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ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-430 境川『根岸橋~宮前橋』

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次回アップ予定:Scene-431 境川『共和橋~高橋』(06/02 12:00)
[Vol-24] 今回は新中里橋から継続遡上して、根岸橋、山根橋、両国橋、宮前橋までの紹介です。では、新中里橋から左岸側遊歩道を約600m進み、右折350m程に在る淡嶋神社まで行きます。創建は不詳ながら、享保年間(1716~1745年)頃既に祀られていた碑が在ると云われ古社です。元は箭幹八幡宮の飛地境内社だったそうです。祭神:少彦名命、天照皇大神、菅原道真公、所在:町田市根岸2-7。鳥居と狛犬は1995年(H7)の建立です。




淡嶋神社から西へ360m、境川に戻ると『#98根岸橋』です。新中里橋の上流770mに架かり、境川左岸の町田市根岸1丁目と右岸の相模原市中央区淵野辺本町3丁目・5丁目とを結び、一般道が通ります。上流方向は護岸改修中で、植生護岸ブロックにより環境に配慮していますね。





 名称:根岸橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:36km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約9m
 完成:1979年(S54)



根岸橋の上流330mに架かるのが『#99山根橋』で、境川左岸の町田市根岸1丁目・根岸町と右岸の相模原市中央区淵野辺本町2丁目・3丁目とを結び、神奈川県道・東京都道57号相模原大蔵町線が通ります。少し雲が広がって来て、画が暗くなりましたね。本日分は残り3橋梁なので我慢して下さい。





 名称:山根橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:36.3km
 橋の長さ:約26m
 有効幅員:約16m
 完成:2001年(H13)



山根橋の上流280mに架かるのが『#100両国橋』です。境川左岸の町田市矢部町と右岸の相模原市中央区淵野辺本町2丁目とを結び、一般道が通ります。先代の橋は1929年(S4)のRC桁橋でした。





 名称:両国橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:36.6km
 橋の長さ:約22m
 有効幅員:約6m
 完成:1982年(S57)



両国橋の上流260mに架かるのが、今回終着地点の橋となる『#101宮前橋』です。境川左岸の町田市矢部町と右岸の相模原市中央区淵野辺本町1丁目・2丁目とを結び、一般道が通ります。護岸は環境配慮型の植生ブロックなので、降雨による土砂の堆積が発生しますよね。橋の上流方向では其の土砂の浚渫工事中です。





 名称:宮前橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:36.9km
 橋の長さ:約21m
 有効幅員:約6m
 完成:1972年(S47)



宮前橋が今回終着地点の橋ですが、宮前橋の西160m程に淵野辺日枝神社が在り、此方を紹介してから終わりにします。日枝神社は、出家した執権北條貞時が1307年(徳治2)に淵野辺を遊歴した際、山王大権現を祈願して、地頭淵野辺伊賀守義博に大蛇退治を命じたとの云い伝えが残されています。祭神:大山咋命、相殿:飯綱大神、大鳥連祖神、所在:相模原市中央区淵野辺本町1-36-16。境内社:日枝神社、弁天社、第六天社、八坂社、蚕影社。社殿は2013年(H25)、鳥居は1937年(S12)、狛犬は1986年(S61)の建立です。日枝神社が設定した帰宅スポットで、神社前から南西900mに在るJR横浜線の淵野辺駅から帰宅、下森橋からの遡上歩数24200歩でした。




>>>後書き<<<
関東地区は今週に梅雨入りしそうですが、今年のGⅠレース収支は早くも梅雨入りです。日曜日の日本ダービーは1着2着4着5着6着の馬は選んだのに3着馬が抜けておりハズレ!かすりましたが高配当だっただけに悔しさ倍増、フォーメーション買いにしておけば当たったかも?(悲)。競馬中継はBS11やフジTVなどの民放が行なっているのに、大レースにNHKがしゃしゃり出て来るのは何故なんだ、ダブリ放送は受信料の無駄遣いだ、やめろ~。競馬当たらないので、八つ当たりですね(笑)。
ブログスペースが出たので、料理ストックで埋めますね。レシピなんて洒落たものは無いですよ、味付けはイメージと気分。なので、今回は説明無し、見た目と名前から想像して下さい(笑)。
■アスパラエッグ、■ウインナ塩焼きそば、■ズッキーニ担担冷やし中華、■ナメコ天そば。


■ハンバーグ、■ベーコンエッグバジルパスタ、■トマト麻婆豆腐丼、■山芋とウインナエッグ。


■焼き茸、■唐揚げチーズ被せ、■冷やし天婦羅うどん、■茹で青梗菜。


次回は宮前橋から遡上して、共和橋、常矢橋、馬場橋、高橋までの紹介です。

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  1. 2018/05/29(火) 12:00:00|
  2. 境川

Scene-429 境川『境橋~新中里橋』

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次回アップ予定:Scene-430 境川『根岸橋~宮前橋』(05/29 12:00)
[Vol-23] 今回は境川橋先の古淵鹿島神社から継続遡上して、境橋、中里人道橋、中里橋、新中里橋までの紹介です。では、古淵鹿島神社前の道を500m程北進して右折、『#94境橋』からの紹介です。境川左岸の町田市木曽東2丁目・木曽西1丁目と右岸の相模原市南区古淵1丁目・町田市木曽西1丁目とを結び、一般道が通ります。境川で一番多い名前の橋で、#06、#56、#80と重複しています。





 名称:境橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:34.5km
 橋の長さ:約38m
 有効幅員:約5m
 完成:不明



境橋から西300mに在る曹洞宗寺院の龍像寺へ行きます。南北朝時代初期の1338~1341年、村の池に潜む龍を地頭の淵辺伊賀守が退治したところ、体が3つに飛び散り各々の場所に葬り、天台沙門存光師を招いて龍頭寺、龍像寺、龍尾寺を建立しました。其の後、巨海才和尚が三寺を龍像寺に統合して再興、1648年(慶安1)には江戸幕府より寺領12石の御朱印状を拝領したと云われています。山号:淵源山、本尊:釈迦牟尼仏像、所在:相模原市中央区東淵野辺3-25-1。武相卯歳観音霊場四十八ケ所の48番札所です。




観音堂の廻りに、釈迦如来の生涯レリーフが16面飾られています。どれも見事な仕上がりなので全て載せますね。■降誕:聖母摩耶の右腋から出生されたとされ、誰の扶けもなく自ら七歩あゆみ、天上天下唯我独尊と獅子吼された。■出家:ヤソーダラー妃と愛し子ラーフラとの生活も釈尊をたましいの奥底から満たすことは出来ず人生、生死に深く思惟され、二十九歳の時、真理を求め出家されました。■苦行の日々:出家後の釈尊は解脱(さとり)を求めて、さまざまな苦行をする日々が続いた。■スジャータ:苦行が解脱の道でないことを悟った釈尊は山を降りるが、その釈尊に少女(スジャータ)が水を差し出した。


■降魔:釈尊は、菩提樹の下で静座、瞑想し 悪魔に打ち勝ち、悟りの境地に達した。■成道:悟りを開いた釈尊は成道し、禅定の姿を表わす。■最初の説法:悟りを得た釈尊は梵天の勧めによりサルナート(鹿野苑)において最初の説法を行った。■迦葉の帰仏:釈尊と共に苦行し、後ろに違う道を歩むも、釈尊の威徳の下に帰仏した。


■カピラ城へ:悟りを開いた釈尊はカピラ城へ帰城し、父 浄飯王と接見し法を説く。■心を耕す:釈尊は、在家信者に対して その法を説き、教化をすすめた。■父王への最後の説法:父 浄飯王の臨終に際し、最後の説法を行った。■忉利天の説法:ある時 釈尊は忉利天に上り説法を行った。その為 釈尊の姿を久しく拝することの出来ない優填王は釈尊を慕い病気となり、王の病を癒そうと家臣達は釈尊の形像を作った。


■無量寿経:釈尊は救いを求める違提稀夫人に、浄土を説き聞かせ、極楽浄土を見せた。■ジェンダ供養:鍛冶屋ジェンダの宴に招かれた釈尊は、病魔に襲われながらも その献身的な供養を受けた。■クシナガラの地:死期の近いことを悟った釈尊は従者阿難に話し、衰弱に耐えて説法を続けながらクシナガラの沙羅樹林に入った。■涅槃:枕を北に向けて床を敷かせ、その上に身を横たえた釈尊は、多くの弟子に見守られながら禅定に入ったまま安らかに入滅した。


龍像寺から北西350m程に在る八阪神社へ行きます。途中細い坂道を上がっていると、「橙(ダイダイ)御自由にお持ち下さい」との事なので、痛んでいないのを1個貰いました。生だと酸味が強く苦みもあり美味しくなく、ポン酢やマーマレードにするらしいけど、面倒なのでお風呂に浮かべました(笑)。丘陵の上に建つ八阪神社に到着、社殿のみで鳥居も狛犬も見えませんね。祭神:素戔嗚尊(推定)、所在:相模原市中央区東淵野辺2-9-87。丘陵から境川方向へ200m程降ります。




境橋の上流600mに架かるのが『#95中里人道橋』で、境川左岸の町田市木曽西1丁目と右岸の相模原市中央区東淵野辺2丁目とを結ぶ人道専用橋です。





 名称:中里人道橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:35.1km
 橋の長さ:約23m
 有効幅員:約1m
 完成:1976年(S51)



中里人道橋の30m上流に架かるのが『#96中里橋』です。境川左岸の町田市木曽西1丁目・2丁目と右岸の相模原市中央区東淵野辺2丁目とを結び、一般道が通ります。



 名称:中里橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:35.2km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約4m
 完成:1976年(S51)



中里橋の上流80m程に架かるのが、今回終着地点の橋となる『#97新中里橋』です。境川左岸の町田市木曽西2丁目と右岸の相模原市中央区淵野辺本町5丁目・町田市木曽西2丁目とを結び、一般道が通ります。



 名称:新中里橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:35.2km
 橋の長さ:約25m
 有効幅員:約13m
 竣工:1989年(H1)



>>>後書き<<<
次回は新中里橋から継続遡上して、根岸橋、山根橋、両国橋、宮前橋までの紹介です。

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  1. 2018/05/25(金) 12:00:00|
  2. 境川

Scene-428 境川『島橋~境川橋』

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次回アップ予定:Scene-429 境川『境橋~新中里橋』(05/25 12:00)
[Vol-22] 今回は森野橋から継続遡上して、島橋、横浜線第1境川橋梁、ひのき橋、境川橋までの紹介です。では、森野橋左岸側に接続している住吉橋を渡り、北東200mに在る妙延寺へ行きます。


妙延寺は日蓮宗寺院で、池上本門寺末。1395年(応永2)に渋谷左近尉重宗が開基、日顕が開山となり、創建されたと云われています。山号:長瀧山、院号:多聞院、本尊:三寳祖師、所在:町田市森野2-9-6。


森野橋まで戻り、右岸上流側から高架道を降ります。森野橋の150m上流に架かるのが『#90島橋』で、境川左岸の町田市森野5丁目と右岸の同じく町田市森野5丁目とを結び、一般道が通ります。上流方向に取水堰が見え、両岸には少ないけど畑が残っていますか、殆どが宅地に化していますね。





 名称:島橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:32.2km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約4m
 完成:1973年(S48)



島橋を左岸側に渡り、下流脇に在る神社前隧道でJR横浜線を潜ると、森野住吉神社の前に出ます。当地領主の須藤太郎左衛門盛忠公が願主となり、1640年(寛永17)に村の鎮守として創建したと云われています。神仏分離令により1871年(M4)、冒頭で紹介した妙延寺境内から現在地に遷座、1975年(S50)に森野2丁目に在った山王社を合祀しています。祭神:住吉三神(上筒男命、中筒男命、底筒男命)、神功皇后、所在:町田市森野5-10-2。境内社:山王社、鳥居扁額表記は住吉宮、鳥居は1866年(慶應2)、狛犬は1926年(T15)の建立です、味わいある造りで好きなタイプです。




島橋上流の取水堰にカモメが1羽佇んでいます、河口付近では見掛けるけど、こんな場所で珍しいね。セグロカモメよりも羽色が薄く、初登場のシロカモメ(白鴎、白鷗)です。
堰から少し上流では久し振りにカワセミ君に遭えました。堰で水嵩があり、小魚が捕りやすいみたいです。枯れ枝に止まってくれれば良いのに、廃棄ゴミのワイヤロープに掴まっています。「掃き溜めに鶴」状態で絵面が悪いね、もう少し上に移動した所でシャカシャカ..、画像確認で眼を外した際に見失ってしました(残念)。


取水堰から200m程上流に境川親水護岸が在り、オナガガモが休んでいるので、一緒に休憩。本日、電車の接続が良過ぎて、朝食を摂る暇が有りませんでした、腹減ったね(笑)。背後の崖下に史跡案内板が立っています、1981年(S56)河川改修工事の際に発掘された古墳時代の古淵横穴墓です。崖に接する遊歩道には土砂崩落除けのアースシェッドが3連ケーソンで代用されています。


アースシェッドを潜って100m、左手に古淵の露頭説明板が立ち、崖下に関東ローム層が露頭しています。約8~9万年前から近世までに富士山や箱根火山からの噴出火山灰が降り積もったもので、相模野第1スコリア層、姶良Tn火山灰層、箱根東京軽石層が観察出来るそうですが、斜面に枯葉が積もっていたので、全く判りませんでした(爆)。所在:相模原市南区古淵5-35。


古淵の露頭から境川に戻ると、『#91 JR横浜線第1境川橋梁』です。左岸側の町田駅と、右岸側の古淵駅との間に位置しています。10km程上流に第2境川橋梁も在りますよ(あとでね)。





 名称:JR横浜線第1境川橋梁
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:33km
 橋の長さ:約70m
 軌道:複線
 完成:1977年(S52)



横浜線第1境川橋梁から150m上流に架かるのが『#92ひのき橋』です。境川左岸の都町田市森野6丁目と右岸の相模原市南区古淵4丁目とを結び、一般道が通ります。





 名称:ひのき橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:33.1km
 橋の長さ:約23m
 有効幅員:約5m
 完成::1972年(S47)



ひのき橋の上流700mに架かるのが、今回終着地点の橋となる『#93境川橋』です。境川左岸の町田市木曽東2丁目と右岸の相模原市南区古淵1丁目・4丁目とを結び、一般道が通ります。橋名は#07、#45と重複しています。今は5月中旬に入っていますが、此のブログ遡上時期は3月上旬、三寒四温で寒い日もありますが、風が無いと水面も鏡のようで10℃でも暖かいですね。此の先、左岸側は東京都住宅供給公社の境川住宅が続きます。





 名称:境川橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:33.8km
 橋の長さ:約29m
 有効幅員:約17m
 完成:1990年(H2)



境川橋の西詰め方向に寺社が在るので、其方を紹介して終わりにします。橋の傍にファミマが在り、腹ペコなのでお握りでも調達しますか。ファミマの角を曲がった裏手に真言宗寺院の古淵大日堂(白楊山返常寺)が在ります。近くの井出の沢で1335年(建武2)に北条時行と足利直義による合戦が行なわれ、其の亡骸を弔う為に建立された堂で、元は南側の崖下に在り、江戸時代に此の場所に移されたと云われています。本尊:大日如来像、所在:相模原市南区古淵1-34-15。
背後の欅に寄生木(ヤドリギ)が付いていますね、ヤドリギの粘着質な種子を食べた鳥のウンティ~により増殖します。




大日堂前の道を北西に70程進むと古淵の鹿島神社が在ります。創建年代等は不詳ながら、新田義貞が鎌倉攻めの際に祈願の為に建立したとか、当地の地頭で南北朝時代の武将だった淵辺義博の子、義喬が建立したとかの云い伝えがあります。祭神:武甕槌命、境内社:香取神社、稲荷神社、所在:相模原市南区古淵1-34-23。社殿、鳥居は2017年(H29)の新築、旧鳥居は1986年(S61)、狛犬は1992年(H4)の建立です。先程買ったツナと梅お握りを境内のお休み処で遅い朝食休憩、次回へ繋げます。




>>>後書き<<<
次回は境川橋から継続遡上して、境橋、中里人道橋、中里橋、新中里橋までの紹介です。

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  1. 2018/05/21(月) 12:00:00|
  2. 境川

Scene-427 境川『幸延寺橋~森野橋』

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次回アップ予定:Scene-428 境川『島橋~境川橋』(05/21 12:00)
[Vol-21] 今回は下森橋から遡上して、幸延寺橋、神明人道橋、榎堂橋、森野橋までの紹介です。では、小田急町田駅北口から下森橋まで移動し、右岸側に渡ってリスタートします。川沿いの遊歩道脇には幾つか遊水地が在ります、豪雨の一時貯蔵用ですね。橋下にコサギが朝食タイム、こんな街中の河川にも獲物が居るんだね。




300m程進んだ左手に鹿島神社元宮が在ります。前回紹介した谷口鹿島神社の元宮で、1801年(享和1)に遷座しており、鳥居と祠が残されています。祭神:武甕槌命、所在:相模原市南区上鶴間本町2-11。かつて、此の付近には水田用の谷口堰、上鶴間堰が在った場所で、記念碑が並んでいます。元宮の脇にも遊水地が見えますね。


元宮前の道を北西に180m程進むと、右手に下森橋の上流480mに架かる『#86幸延寺橋』が見えます。境川左岸の町田市森野1丁目・2丁目と右岸の相模原市南区上鶴間本町2丁目・南区鵜野森2丁目とを結び、一般道が通ります。橋名は次に紹介する幸延寺からの命名ですね。





 名称:幸延寺橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:31.7km
 橋の長さ:約26m
 有効幅員:約6m
 完成:1973年(S48)



幸延寺橋から西80m程に在るのが日蓮宗寺院の幸延寺です。鎌倉妙本寺の末寺で、善巧院日旭が開山、大谷伊織が開基となり創建したと云われています。山号:福寿山、本尊:三宝祖師像、鬼子母神、所在:相模原市南区鵜野森2-32-2。戦前に付近の畑から発見されたと云う、唐の開元通宝や明の宣徳通宝など62種、1万枚余りの古銭が寺宝として保存されているそうです(非公開)。




幸延寺の西130mに鵜野森日枝神社が在ります。鵜野森村の鎮守で創建は不詳ながら、1725年(享保10)再建の棟札が残されており古社です。古くから鵜野森には山王社、神明社、鹿島社、八幡社の4社が在り、山王社が1871年(M4)に日枝大神に、1873年(M6)には日枝神社に改称し、村社に列格。1922年(T11)に神明社、鹿島社、八幡社を合祀しています。祭神:大山昨命、所在:相模原市南区鵜野森2-29-1。鳥居は1981年(S56)、狛犬は1935年(S10)の建立です。




日枝神社から北西100m程に青松院が在ります。相模原佛教会にも登録が無く、ググっても宗派や創建など不明の寺院です。所在:模原市南区鵜野森2-28-12。境内に枝垂れ桜が在りますが、3月の画なので咲いていませんね(笑)。上空に新型の海上自衛隊P-1哨戒機が通過します、厚木飛行場からの奴ですね。


青松院から北東200m程の境川に戻ります。幸延寺橋の上流270mに架かるのが『#87神明人道橋』で、境川左岸の町田市森野2丁目と右岸の相模原市南区鵜野森2丁目とを結ぶ人道専用橋です。





 名称:神明人道橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:31.9km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約2m
 完成:1978年(S53)



神明人道橋の上流100mに架かるのが『#88榎堂橋』で、此の橋も境川左岸の町田市森野2丁目と右岸の相模原市南区鵜野森2丁目とを結び、一般道が通ります。左岸側橋詰めに車輛進入禁止ポールが刺さっているので、人道専用橋ですね。





 名称:榎堂橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:32km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約4m
 完成:1978年(S53)



先代の榎堂橋は1936年(S11)のRC桁橋で、河川付け替え(流路直線化変更)が行なわれ、旧流路に残っています。


榎堂橋の上流50mに架かるのが今回終着地点の橋となる『#89森野橋』です。境川左岸の町田市森野2丁目・5丁目と右岸の相模原市南区鵜野森2丁目・町田市森野5丁目とを結び、神奈川県道・東京都道52号相模原町田線が通ります。





 名称:森野橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:32.1km
 橋の長さ:約33m
 有効幅員:約14m
 完成:不明



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次回は森野橋から継続遡上して、島橋、横浜線第1境川橋梁、ひのき橋、境川橋までの紹介です。

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  1. 2018/05/17(木) 12:00:00|
  2. 境川

Scene-426 境川『境橋~下森橋』

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次回アップ予定:Scene-427 境川『幸延寺橋~森野橋』(05/17 12:00)
[Vol-20] 今回は上鶴間橋から継続遡上して、境橋、千寿橋、鹿島橋、谷口橋、小田急小田原線境川橋梁、下森橋までの紹介です。では、上鶴間橋から北東280m程に在る金森杉山神社から紹介します。創建は不詳ながら、残された棟札に1683年(天和3)に旗本高木伊勢守の一族が下屋敷内に再建した事が記されており古社になります。祭神:日本武尊、所在:町田市金森7-1-326。境内社:八坂神社、境外社:渋池神社。鳥居は1913年(T2)、狛犬は1936年(S11)の建立です。




杉山神社から北西250m程に在る渋池神社へ行きます。元々、渋池地区に鎮座していたと思われる弁財天社で、先程の金森杉山神社の境外社です。祭神:市杵嶋姫命、所在:町田市金森1-8。鳥居は1977年(S52)、社殿は1988年(S63)の建立です。社殿新築を契機に、かつての呼称、渋池弁財天社を表記しています。


渋池神社から北西270m程に町田天満宮が在ります。創建は天正年間(1573~1593年)で、1615年(元和1)に社殿を造営したと云われています。1964年(S39)に飯綱神社、日枝神社を合祀、社号を菅原神社から町田天満宮に改称しています。




町田天満宮は本町田の菅原神社、南大谷の天神社と共に町田三天神の一つです。祭神:菅原道真公、宇迦乃御魂命、大山咋命、所在:町田市原町田1-21-5。境内社:稲荷神社、恵比寿神、金比羅社、八雲社。原町田七福神の恵比寿神、鳥居と新狛犬は1967年(S42)の建立です。




天満宮鳥居前の道を西に約150m、原町田交差点から右手に山門が見えますね。地図を拡大すると曹洞宗寺院の宗保院でした。道順から漏れていましたね、寄りましょう。伊勢原市の雨降山石雲寺末でしたが、現在は鶴見総持寺末です。大河伊与が開基となり天文年間(532~1555年)に創建され、吸江呑恕和尚による開山で、1649年(慶安2)には寺領7石3斗の御朱印状を拝領したと云われています。山号:金森山、本尊:千手観音立像、所在:町田市原町田1-8-13。武相卯歳観音霊場四十八ケ所の39番札所、原町田七福神の布袋尊です。




宗保院前の都道51号線を西に250m程進むと、『#80境橋』に出ます。境川左岸の町田市原町田1丁目と右岸の相模原市南区上鶴間本町3丁目・5丁目とを結び、都道・神奈川県道51号町田厚木線が在ります。橋名は『#06境橋』『#56境橋』と重複しています。





 名称:境橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:30.7km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約16m
 竣工:1997年(H9)



境橋を右岸側に渡り、西270mに在る日蓮宗寺院の青柳寺に行きます。鎌倉の本覚寺末でしたが、現在は身延山久遠寺の末寺です。1499年(明応8)に日朝が起こした清龍寺と云う草庵を基に、渋谷越後守義重が開基となり、律正院日題を開山に迎えて1583年(天正11)に創建されたと云われています。山号:方運山、本尊:釈迦如来像、所在:相模原市南区上鶴間本町3-7-14。




青柳寺の右隣に谷口鹿島神社が在ります。創建年代は不詳ですが、建久年間(1190~1199年)に源頼朝が鶴舞の里(鶴間)に鶴舞神社(現在の浅間神社)を創建した頃に相前後して創建されたと推定されています。当初、境川付近に在りましたが、1801年(享和1)に現在地へ遷座、1933年(S8)村社に列格しています。祭神:武甕槌命、所在:相模原市南区上鶴間本町3-7-11。狛犬は1934年(S9)の建立です。




鹿島神社から北東210m程に在る『#81千寿橋』へ行きます。境橋の上流240mに架かり、境川左岸の町田市原町田1丁目と右岸の相模原市南区上鶴間本町3丁目とを結び、一般道が通ります。





 名称:千寿橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:31km
 橋の長さ:約25m
 有効幅員:約6m
 完成:1999年(H11)



千寿橋の上流30mに架かるのが『#82鹿島橋』で、境川左岸の町田市原町田1丁目・相模原市南区上鶴間本町3丁目と右岸の相模原市南区上鶴間本町3丁目とを結び、一般道が通ります。



 名称:鹿島橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:31km
 橋の長さ:約25m
 有効幅員:約4m
 完成:1999年(H11)



鹿島橋の上流70mに架かるのが『#83谷口橋』で、境川左岸の相模原市南区上鶴間本町3丁目と右岸の同じく上鶴間本町3丁目とを結び、一般道が通ります。



 名称:谷口橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:31.1km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約10m
 完成:1980年(S55)



谷口橋の上流95mに架かるのが『#84小田急小田原線境川橋梁』で、左岸側の町田駅と右岸側の相模大野駅との間に位置し、左岸側200m程が町田駅です。創架は町田駅~相模大野駅が開通した1927年(S2)です。





 名称:小田急小田原線境川橋梁
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:31.2km
 橋の長さ:約46m
 軌道:複線
 完成:1988年(S63)



小田急小田原線境川橋梁の20m上流に架かるのが今回終着地点の橋となる『#85下森橋』です。境川左岸の相模原市南区上鶴間本町3丁目・町田市森野1丁目と右岸の上鶴間本町2丁目とを結ぶ人道専用橋です。帰宅ポイントなので、左岸側に在る小田急町田駅から帰ります。二津屋橋からのリスタート歩数、29200歩でした。



 名称:下森橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:31.2km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約3m
 完成:1989年(S64)



>>>後書き<<<
次回は下森橋から遡上して、幸延寺橋、神明人道橋、榎堂橋、森野橋までの紹介です。

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  1. 2018/05/13(日) 12:00:00|
  2. 境川

Scene-425 境川『西田橋~上鶴間橋』

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次回アップ予定:Scene-426 境川『境橋~下森橋』(05/13 12:00)
[Vol-19] 今回は高木橋から継続遡上して、西田橋、金山橋、鶴金橋、上鶴間橋までの紹介です。では、高木橋を左岸側に渡り、北西320m程に在る西田杉山神社へ行きます、西田は旧地名です。創建は不詳ながら、1683年(天和3)に高木伊勢守居城の鬼門に当たる現在地に守護神として創建されたと云われています。祭神:日本武尊、所在:町田市金森6-46-12。鳥居は1921年(T10)の建立です。




杉山神社から南西400m程に在る『#76西田橋』へ行きます。境川左岸の町田市金森5丁目と右岸の大和市下鶴間とを結ぶ人道専用橋です。橋名は左岸側の旧地名からです。コサギの揺らぎ写真は、ウォーターイフェクト(http://watereffect.net/jp/)の無料ツール利用です。





 名称:西田橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:28km
 橋の長さ:約30m
 有効幅員:約2m
 完成:1970年(S45)



西田橋の上流250mに架かるのが『#77金山橋』で、境川左岸の町田市金森6丁目と右岸の相模原市南区上鶴間本町9丁目とを結ぶ人道専用橋です。途中右岸側に流入する河川は深堀川(流路延長約2km)で、右岸側は此の付近から相模原市に入ります。左岸側に見えるグラウンド下に金森調節池(地下式)が建設予定ですが、土砂搬出ダンプの運行に反対する周辺地元民との調整が遅れているみたいです。カイツブリ、久々の登場ですね。水深が浅いからか潜らないね。





 名称:金山橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:28.3km
 橋の長さ:約30m
 有効幅員:約2m
 完成:1971年(S46)



金山橋を右岸側に渡り、北500m程に在る中和田長嶋神社へ行きます、上鶴間村小名中和田の鎮守です。創建は不詳ながら、1657年(明暦3)、1703年(元禄16)、1844年(天保15)の棟札が残る古社です。1964年(S39)に近在に鎮座していた山神社、天満宮、大山不動、秋葉社、神倭伊波札毘古命、地神塔、石神井社、大六天社、道祖神、伊勢山社、山王社、神明社を合祀しています。祭神:伊邪那岐命、伊邪那美命、所在:相模原市南区上鶴間本町9-17-32。現社殿は1961年(S36)、狛犬は1957年(S32)の建立です。




長嶋神社から北東300mに曹洞宗寺院の泉龍寺が在ります。元は、浄土宗の西光庵として結ばれましたが、日洲、雪天透瑞が曹洞宗に改宗し、泉龍寺に改号、其々が開基、開山になったと云われています。山号:中和山、本尊:釈迦牟尼佛像、所在:相模原市南区上鶴間本町8-54-21。武相卯歳観音霊場四十八ケ所の17番札所です。








泉龍寺脇の市道を東に100m程進むと『#78鶴金橋』です。境川左岸の相模原市南区上鶴間本町8丁目と右岸の相模原市南区上鶴間本町8丁目・9丁目とを結び、一般道が通ります。先代の橋は1931年(S6)に河川付け替え(直線化工事)により、東80m程に残されています。かつての流路が見られますが、小川の様な河川で豪雨の度に氾濫する筈ですね。旧流路は遊水地代わりに使用されているみたいです。







 名称:鶴金橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:29km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約6m
 完成:1971年(S46)



鶴金橋から泉龍寺に戻り、北西300m程に在る惣吉稲荷神社へ行きます。創建は不詳、地頭の大岡義成には惣吉という忠実な下男がおり、主人に仕えていたが義成が没した後、稲荷神社の北側に在った西光寺の寺男となり其の墓を守っていたが、後に西光寺は廃寺となったが、惣吉の忠誠善行と篤い信仰心を讃えた人達が末社の 稲荷を惣吉稲荷と名付け残したと云われています。所在:相模原市南区上鶴間本町8-42-8。鳥居は1993年(H5)の建立です。


惣吉稲荷神社から北400m程に竹ノ内金山神社が在ります。上鶴間村小名中和田内の旧竹之内地区の鎮守で、創建は不詳ながら、1847年(弘化4)再興の棟札が残されています。境内社の八坂社は1867年(慶応3)、大六天社は1825年(文政8)の勧請で他所より此処に遷座したものだと云われています。祭神:金山彦命、金山姫命、所在:相模原市南区上鶴間本町5-30-20。境内社:八坂社、大六天社。社殿は1990年(H2)、鳥居は1930年(S5)の建立です。境内に季節外れの蝋梅が咲いていますね、因みに此処の撮影時期は2月上旬でした(笑)。




竹ノ内金山神社から東100mに架かるのが『#79上鶴間橋』で今回終着地点の橋です。境川左岸の町田市金森1丁目・7丁目と右岸の相模原市南区上鶴間本町5丁目・8丁目とを結び、一般道が通ります。橋名は右岸地区名からの命名ですね。先代の架橋は1933年(S8)で、河川付け替えにより廃橋されています。





 名称:上鶴間橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:29.8km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約6m
 完成:1972年(S47)



>>>後書き<<<
次回は上鶴間橋から継続遡上して、境橋、千寿橋、鹿島橋、谷口橋、小田急小田原線境川橋梁、下森橋までの紹介です。

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  1. 2018/05/09(水) 12:00:00|
  2. 境川

Scene-424 境川『横浜水道境川水管橋~高木橋』

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次回アップ予定:Scene-425 境川『西田橋~上鶴間橋』(05/09 12:00)
[Vol-18] 今回は鶴間1号橋から継続遡上して、横浜水道境川水管橋、東急田園都市線境川橋梁、二津屋橋、境川高架橋、鶴間橋、高木橋までの紹介です。それでは、鶴間1号橋の上流120mに架かる『#70横浜水道境川水管橋』から紹介します。φ1500の上水管が手前に1本、奥に3本見えます。手前の水管は神奈川県内広域水道企業団の上水管で、酒匂川系統の飯泉取水堰から伊勢原、相模原浄水場を経由して横浜市の川井、西谷浄水場などへ中継しています。下から見上げる水管のぶっ太さに圧倒されますよ。どんだけ水飲むんかい(笑)。
上流側の水管3本は相模原市緑区に在る横浜市水道局青山水源事務所で取水された道志川系統(1本)と、相模川の沼本ダムで取水されて津久井分水池、相模原沈殿池を経由する相模湖系統(2本)で、同じく左岸側の川井、西谷浄水場へと中継し、広域水道企業団の取水とブレンドしています。





 名称:横浜水道境川水管橋
 構造種別:1径間固定アーチ
 河口からの距離:26.5km
 橋の長さ:56m
 送水管:φ1500-3条
 完成:1974年(S49)



横浜水道境川水管橋の80m上流に架かるのが『#71東急田園都市線境川橋梁』です。境川左岸の町田市鶴間2丁目と右岸の大和市下鶴間との間に位置し、左岸側の南町田駅と右岸側のつきみ野駅との略中間に架かります。





 名称:東急田園都市線境川橋梁
 構造種別:3径間箱桁
 河口からの距離:26.6km
 橋の長さ:137.3m
 軌道:複線
 完成:1975年(S50)



田園都市線境川橋梁の上流95mに架かるのが『#72二津屋橋』です。境川左岸の町田市鶴間1丁目と右岸の大和市下鶴間とを結び、公所66号-1号線が通ります。橋名は右岸側の旧地名からです。





 名称:二津屋橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:26.7km
 橋の長さ:28.8m
 有効幅員:約3m
 完成:1975年(S50)



二津屋から東急田園都市線沿いに東に500m程進むと、帰宅ポイントの南町田駅が在るので、小田急線経由で一旦帰宅します。Scene-414 桜ケ丘駅前からのRestart歩数、39600歩でした。
日が替わりまして、今回はJR南武線溝ノ口駅から溝の口駅経由で南町田駅に到着、此方のルートの方が近くて安かったですね。因みに溝ノ口は昔からの地名で、新住居表示が溝の口になり、後から開業した田園都市線の駅名は溝の口駅になっています。


さてと、境川方向へ進んで二津屋橋からRestartします。200m上流に架かるのが『#73境川高架橋』で、境川左岸の町田市鶴間1丁目・南町田4丁目と右岸の大和市下鶴間とを結び、国道16号線(大和バイパス)が通ります。歩道部が2008年(H20)に増設されています。





 名称:境川高架橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:26.9km
 橋の長さ:約39m
 有効幅員:約20m
 完成:2006年(H18)



境川高架橋から北東260mに鶴間熊野神社が在ります。創建は不詳ながら、熊野本宮社を勧請し1726年(享保11)に本殿が建立されたと云われています。祭神:伊弉諾命、伊弉冉命、所在:町田市鶴間4-18-580。境外社:八坂神社(素戔嗚尊)、日枝神社(猿田彦命)、大六天神(面足神)、現在の社殿は1971年(S46)のRC造り、神楽殿は1992年(H4)の建立、鳥居と新狛犬は1970年(S45)の建立です。




鶴間熊野神社から北120m程に町谷八坂神社が在ります、町谷は昔の地名です。1873年(M6)の地租改正により国有地となり、1948年(S23)に熊野神社所有になっています。かつては日枝神社、山王権現と呼ばれていました。祭神:素盞鳴尊、所在:町田市南町田3-10-35。


八坂神社から北西350m程に在る『#74鶴間橋』へ行きます。橋名は『#67鶴間橋』と重複しています。境川左岸の町田市南町田1丁目・4丁目と右岸の大和市下鶴間とを結び、神奈川県道・東京都道56号公所(ぐぞ)バイパス(町谷原通り)が通ります。





 名称:鶴間橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:27.4km
 橋の長さ:30.2m
 有効幅員:16m
 竣工:1971年(S46)



鶴間橋西詰めから町谷原通りを西に230m程に在る公所(ぐぞ)浅間神社へ行きます。途中の道端に白梅が満開、良い香りに誘われてメジロが食事中です。


境内の由来案内によると公所浅間神社の創建は不詳ながら、源頼朝が創建したと伝わり、文亀年間(1501~1503年)の文亀神名録には鶴間神社として記載されています。現存する1707年(宝永4)の棟札に富士浅間大菩薩とあり、此の頃既に浅間神社と呼ばれていた模様です。1924年(T13)社殿を改築、1944年(S19)村社に列格された際に子之神社、住吉神社を合祀しています。祭神:木花開耶姫命、大己貴命、表筒男命、所在:大和市下鶴間391。鳥居は1975年(S50)の建立です。境内の端に古墳時代後期の下鶴間甲一号遺跡が在ります。




浅間神社の北160m程に曹洞宗寺院の定方寺が在ります。1610年(慶長15)に境川沿いに創建されましたが、度重なる水害の為、1690年(元禄3)頃に現在地へ移転したと伝えられています。山号:境国山、本尊:釈迦如来像、所在:大和市下鶴間145。




定方寺から北120m程に在る『#75高木橋』へ行きます。橋下で川鵜が盛んに潜水して餌採り中です、水面から顔を出すと脂で頭がテカテカですね。コガモのペアが合体していました、♂に体重を掛けられて♀は水没です、やり過ぎデッセ(笑)。ミドリガメから大きくなったアカミミガメ、こいつらも始めそう、春です(爆)。


『#75高木橋』は鶴間橋の上流210mに架かり、町田市金森5丁目と右岸の大和市下鶴間とを結ぶ人道専用橋です。区切りが良いので、此の橋を今回終着地点の橋とします。





 名称:高木橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:27.6km
 橋の長さ:28.6m
 有効幅員:約5m
 完成:



>>>後書き<<<
境川遡上における河口からの橋梁数、そして距離も約半分をクリアしており、5月下旬頃が最終回の予定だったんですが、差込み版やスポットが入りましたので、7月上旬にズレます。次回は高木橋から継続遡上して、西田橋、金山橋、鶴金橋、上鶴間橋までの紹介です。

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  1. 2018/05/05(土) 12:00:00|
  2. 境川

Scene-423 境川『目黒橋~鶴間1号橋』

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次回アップ予定:Scene-424 境川『横浜水道境川水管橋~高木橋』(05/05 12:00)
[Vol-17] 桜の差込み遡上が入りましたので、境川遡上は、略1箇月のご無沙汰ですね。今回は大和橋から継続遡上して、目黒橋、鶴間橋、鶴瀬橋、鶴間1号橋までの紹介です。では、大和橋から北西300m程に在る下鶴間諏訪神社へ行きます。丘陵の上に鎮座しており、東側は崖下で道が無いので西側に坂道を大廻りします。後半の遡上なので、少し足に来ています、ふ~。
創建は不詳ながら、1680年(延宝8)と1711年(宝永8)再建の棟札が残る古社で、かつての石楯尾神社と比定され1940年(S15)に村社列格となっています。祭神:建御名方神、所在:大和市下鶴間2540。境内社:稲荷神社、古峯神社、秋葉神社。旧狛犬は1859年(安政6)、新狛犬は1983年(S58)の建立です。






下鶴間諏訪神社から境川沿いに戻り、90m程先右岸に目黒川(流路延長約6km)が流入しています。此の付近は水質が透明で、キセキレイが水浴びしていました。コガモも逃げないので近くからのアップ撮影、羽が綺麗ですね。


目黒川に架かる目黒川管理橋を渡り60m先に、大和橋から280m上流に架かる『#66目黒橋』が見えます。境川左岸の横浜市瀬谷区目黒町と右岸の大和市下鶴間とを結び、下鶴間117号線が通ります。橋名は左岸地区名からの命名ですね。





 名称:目黒橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:25km
 橋の長さ:33.5m
 有効幅員:約7m
 完成:1974年(S49)



目黒橋の上流350mに架かるのが『#67鶴間橋』で、境川左岸の横浜市瀬谷区目黒町・五貫目町と右岸の大和市下鶴間とを結び、神奈川県道・東京都道56号目黒町町田線が通ります。1982年(S57)台風18号の増水により損壊したと云われていますが、上流7橋梁目にも鶴間橋が在り、何方の鶴間橋かは不明です。





 名称:鶴間橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:25.4km
 橋の長さ:37m
 有効幅員:約12m
 完成:1983年(S58)



鶴間橋の上流70mに架かるのが『#68鶴瀬橋』で、境川左岸の横浜市瀬谷区五貫目町と右岸の大和市下鶴間とを結び、一般道が通ります。橋名は両岸地区名から一文字ずつを冠とした命名ですね。





 名称:鶴瀬橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:25.4km
 橋の長さ:約28m
 有効幅員:約6m
 完成:1977年(S52)



鶴瀬橋を右岸側に渡り30m先右手に高野山真言宗寺院の観音寺が在ります。創建は不詳、かつて金亀坊と称し、頼満和尚による中興開山と云われています。山号:鶴間山、院号:東照院、本尊:十一面観音像、所在:大和市下鶴間2240。武相卯歳観音霊場の初番札所、相寅歳薬師如来霊場の21番札所です。




観音寺から西に80m、大山阿夫利神社分霊社が在ります。創建は不詳、祭神:大山祇大神、大雷神、高靇神、大国主大神、太閤豊臣秀吉公霊、所在:大和市下鶴間2233付近。狛犬は1981年(S56)の建立です。かつて此の付近は大山道(矢倉沢往還)の宿場で、道路脇に相州鶴間村宿石碑が在ります。




大山阿夫利神社分霊社から西に150m程進むと、下鶴間宿に残された宿場町時代唯一の商家建築が復元されています。1856年(安政3)建築の旧小倉家の母屋と、前身建物の古材を用いて1918年(T7)に再建された土蔵で大和市の重要文化財に指定されています。母屋の裏手に明治三年の太政官高札、慶応四年の高札のレプリカも展示されています。所在:大和市下鶴間2359。


高札前から西に100m、高台の上に浄土宗寺院の鶴林寺が在ります。鎌倉の光明寺末で、1569年(永禄12)貞山覚智による開山と云われています。階段を上がると右手に下鶴間不動尊が在ります。山号:宝亀山、院号:寿翁院、本尊:阿弥陀如来像、所在:大和市下鶴間1938。




鶴林寺から北東550m程に在る第六天神社へ行きます。神奈川県神社庁に登録無しで、創建等詳細は不明です。祭神:面足命、惶根命(推定)、所在:大和市下鶴間2170。鳥居は1983年(S58)、狛犬は1989年(H1)の建立です。




第六天神社から東に300m、境川に戻り400m程遡上すると、今回終着地点の橋となる『#69鶴間1号橋』で、鶴瀬橋の約1km上流に架かります。左岸側は鶴瀬橋上流付近から東京都の外れになり、境川左岸の町田市鶴間2丁目と右岸の大和市下鶴間とを結び、一般道が通ります。





 名称:鶴間1号橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:26.4km
 橋の長さ:28m
 有効幅員:約5m
 完成:1974年(S49)



>>>後書き<<<
巷では、大型の9連休真っ只中ですね、でも自分の365連休には勝てないだろ(笑)。中央競馬も春のGⅠシーズンに突入し、今月は毎週GⅠレースが有ります。馬券の的中は浮き沈みがあり、連続して買うと絶対に損する仕組みで出来ているので、今年はGⅠに限定して購入しています。一昨日の天皇賞(¥11650)は当たりでしたが、此処まで今年は1勝3負1分け、分けは桜花賞の¥3780。収支は¥-6000程です(悲)。今月は、大きく浮いてくれますように(願)。


次回は鶴間1号橋から継続遡上して、横浜水道境川水管橋、東急田園都市線境川橋梁、二津屋橋、境川高架橋、鶴間橋、高木橋までの紹介です。

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  1. 2018/05/01(火) 12:00:00|
  2. 境川

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mark60

Author:mark60
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