ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-367 入間川『加治橋~矢久橋』


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次回アップ予定:Scene-368 入間川『割岩橋~岩根橋人道橋』(09/02 12:00)
[Vol-11] 今回はJR八高線入間川橋梁から継続遡上して、加治橋、矢川橋歩道橋、矢川橋、飯能大橋、矢久橋までの紹介です。八高線入間川橋梁から右岸上流方向は学校が並び、左岸側には寺社が固まっているので、左岸沿いの道を進みます。入間川橋梁下から北西に300m程進むと、左手に笠縫不動尊への坂道が見え40m程段丘の下に降りて行くと笠縫不動尊が在ります。創建は不詳、かつては次に寄る正願寺の場所に在ったとも云われていますが、詳細は不明です。所在:飯能市笠縫37。道端にムクゲが満開です。暑さに負けずに元気、夏の花だね。




笠縫不動尊から段丘の上に上がり、北70m程に真言宗智山派寺院の正願寺が在ります。横見郡今泉村(現在の比企郡吉見町今泉)金剛院の末で、村民の嶋崎長兵衛が開基となり、法印覚順禅師が1652年(承応1)に創建したと云われています。山号:縛龍山、院号:成就院、本尊:不動明王像、所在:飯能市笠縫184。山門前に力石が置いてあり、鎖で縛られています。え~、100kgもある石、誰も持って行かないしょ。道端の畑にぽっちっと小さな花が咲いています。大豆の花ですね、後2箇月もすれば枝豆だね。




正願寺の西300mに神明神社が在ります。創建は不詳、拝殿前の石灯篭に1791年(寛政3)の刻みが見られ、古社ですね。祭神:天照大神(推定)、所在:飯能市笠縫11付近。道端に咲いていたオレンジ色の花はノウゼンカズラ(凌霄花)だね、葉の縁が白い奴は何だっけ?初雪草でした。小さな花も咲いているね、えっ、判らないって、拡大して下さいよ(笑)。


神明神社前の道を南に100m進むと『#38加治橋』が架かっています。創架は1928年(S3)で1961年(S36)の増水で崩壊、1964年(S39)に復架されています。現在の橋は2000年(H12の)架け替えで、左岸下流脇に初代の親柱が残っています。入間川左岸の飯能市笠縫・川寺と右岸の飯能市阿須・落合とを結び、埼玉県道218号線(二本木飯能線)が通ります。上流170m右岸側に流入する河川は成木川(流路延長:17.3km)です。





 名称:加治橋
 構造種別:3径間鈑桁
 河口からの距離:31.9km
 橋の長さ:110m
 有効幅員:約16m
 竣工:2000年(H12)



加治橋北詰めから北西に250m程進むと、真言宗智山派寺院の願成寺が在ります。1365年(貞治4)希西法師による開基で、焼失により1793年(寛政5)に現在地に移転したと云われています。山号:仏寿山、院号:宝幢院、本尊:阿弥陀如来像、所在:飯能市川寺688。


願成寺から北650mに真言宗智山派寺院の大光寺が在ります。僧重慶による開山で、1649年(慶安2)に虚空蔵堂領として2石の朱印状を拝領したと云われています。山号:能満山、院号:廣幢院、本尊:大日如来像、所在:飯能市川寺48。彩の国武州路十二支霊場の丑年霊場です。




大光寺から西に320m、入間川に架かる『#39矢川橋歩道橋』へ行きます。入間川左岸の飯能市川寺・南町と右岸の飯能市征矢町・矢颪(やおろし)とを結ぶ、人道専用橋です。「颪」初めて見る漢字で読めなかったね、下流側に併設されている管は、NTTのケーブル類です。



 名称:矢川橋歩道橋
 構造種別:3径間鈑桁
 河口からの距離:33km
 橋の長さ:約67m
 有効幅員:約2m
 完成:1990年(H2)



矢川橋歩道橋の上流隣に架かるのが『#40矢川橋』で、此方は一般道が通ります。



 名称:矢川橋
 構造種別:3径間鈑桁
 河口からの距離:33km
 橋の長さ:約67m
 有効幅員:約6m
 完成:2009年(H21)



矢川橋から450m上流に架るのが『#41飯能大橋』です。入間川左岸の飯能市南町と右岸の飯能市矢颪とを結び、一般道(美杉台通り)が通ります。両岸の段丘間を繋ぐ橋で、上がって降りて、もう大変、遡上終盤なので膝が笑っています(笑)。





 名称:飯能大橋
 構造種別:3径間PC桁
 河口からの距離:33.5km
 橋の長さ:200m
 有効幅員:約11m
 竣工:1989年(S64)



飯能大橋の上流60m程に架かるのが『#42矢久(やきゅう)橋』で、今回終着地点の橋です。入間川左岸の飯能市南町・稲荷町と右岸の飯能市矢颪とを結び、一般道が通ります。1959年(S34)に伊勢湾台風の余波と2年後の集中豪雨で損壊し、3年後に竣工したとされる復旧記念碑が右岸側に建っています。頭上を見かけない飛行機が通過しました、機体のレジ番号でググってもヒット無し。双発ペラ機で探すと、Fairchild Dornier 328で、アメリカ空軍の空軍特殊作戦コマンドでC-146の名称で運用されている機体でした。続いて黒い機体が2羽(笑)、トンビを追いかけているカラスです。昔話に、こんなのがあります。昔、鳥の色は白だけで、神様が鳥を見分けるためにトンビに鳥の色を染める権限を与えたそうで、鳥達は好きな色に染めて貰いましたが、最後に来たカラスは注文が多くて、色々な色を重ねている内に色が混ざって黒くなってしまったそうで、カラスはトンビを見つける度に他の色に戻してくれと追いかけているそうですヨ。







 名称:矢久橋
 構造種別:8径間PC桁
 河口からの距離:33.5km
 橋の長さ:96.1m
 有効幅員:約4m
 竣工:1964年(S39)



矢久橋南詰めから北西250mに滝沢神社が在るので、此処を最後に紹介します。かつて此の付近の渓谷に在った6m程の小滝の傍に不動明王を祀る滝沢神社が在りましたが、美杉台と云う新興住宅の開発により整地され、現在地に移転しています。祭神:滝不動明王、所在:飯能市美杉台1-23。鳥居は2010年(H22)の建立です。


入間川に戻り、矢久橋北詰めから北東350m程に在る西武池袋線飯能駅から帰宅します。あっそうだ、腹が減ったので、飯能名物のうどんを食べてからにするかな。お勧めの店を奥武蔵の山人さんに教えて貰ったので、駅前から北500m程に在る、そば処「せいたろう」に入り、冷やし五目うどんを注文。メニューを見ていると生ビール旨そう、「すいませ~ん、生ビールのグラスを追加で」(笑)。飯能は扇状台地で水田耕作に適さず、代わりに小麦栽培が盛んであり、うどんが名物なのです。細麺で程好い腰で喉越しも良く旨いね、入間川は遡上完了まで残り2回程、飯能駅経由で来るので又食べに来ようっと。


>>>後書き<<<
次回は飯能駅からスタートして、割岩橋、飯能河原流れ橋、飯能河原潜り橋、岩根橋、岩根橋人道橋までの紹介です。

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  1. 2017/08/29(火) 12:00:00|
  2. 入間川

Scene-366 入間川『阿須・岩沢流れ橋~JR八高線入間川橋梁』


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次回アップ予定:Scene-367 入間川『加治橋~矢久橋』(08/29 12:00)
[Vol-10] 今回は上橋から継続遡上して、阿須・岩沢流れ橋、阿岩橋側道橋(旧)、阿岩橋(旧)、新阿岩橋、JR八高線入間川橋梁までの紹介です。上橋の右岸側河川敷に遊歩道が続いているので、此方を進みます。木影にベンチが在ったので遅い朝食休憩、今日はアップルパイです。その他の携行食として、ビタミンゼリーにQBBチーズ、マグボトルの中は氷、PETの水は汗でショッパクなった顔と腕のウォッシュ用です(笑)。


少し雲が出ているけど風が無いので、蒸し暑いですね。川面に景色が綺麗に写ります、一際大きく見える建物は駿河台大学で、此処から約1.5km。今回の終着地点も其の付近ですが、川が蛇行しているので残り約2kmの工程です。河川敷に胡桃(クルミ)の木が在りますが、採るには未だ早いですね。十文字の白い花びらを咲かせる仙人草、此の花が大好きなのがハナムグリで、殆どセットで見られますね。


450m程進むと左方向に木橋が見えます。阿須運動公園の古代広場へと続いています。斜めに飛び出している岩は、ステゴサウルスの骨板をイメージさせるオブジェですね。おっと、アケボノゾウが埋まってますよ(笑)、太古の日本に生息していた小型の象ですが、こんなには小さく無いですよ!体高2m近い🐘です。他にもアンモナイトの水飲み場、白い塊は何かね、恐竜の背骨の椎骨?良くわからん。




埼玉県道195号線を挟んで南側に、地元ではムーミン谷と云われている「あけぼの子どもの森公園」が在るので寄ります。1997年(H9)にムーミン童話の世界を感じられる児童公園として開園、今年(H29)からムーミン作者の「トーベ・ヤンソン」が冠名に付いています。入口にメタセコイア(和名:あけぼの杉)の並木が続いています、秋の紅葉の時期に来たかったですね。杉並木の坂道を上がって行くと右手に子ども劇場、正面にキノコの家が見えます。右手の丘の上に在る森の家はトーベ・ヤンソンに関する資料展示、2Fは図書室です。




小高い位置に芋虫だか、豆の鞘だかイメージ力に乏しいので上手く表現出来ませんが、橋が架かっています。見晴らしの橋と云う名前が付いていました。公園の境界はロープ柵のみ、「外に出ると蜂やヘビに噛まれますよ」の看板が在ります。子供にはインパクトが強い表現ですね。此処にはムーミンやスナフキンなどのキャラクターの展示は有りません。絵本の再現みたいな模擬展示ではなく、自然と共生した環境、いかにも童話に出て来そうな建物などから、自分で夢の世界を造れる場所で子供が喜ぶ事、間違いないですね。入場無料、休園日:月曜と年末年始、所在:飯能市阿須893-1。




県道に戻り、入間川遊歩道を250m程進むと『#33阿須・岩沢流れ橋』が架かっています。入間川右岸の飯能市阿須運動公園と左岸の岩沢運動公園とを結ぶ流れ橋(正式には沈下橋)で、人道専用です。橋桁は橋脚にワイヤーで繋がっており、増水して橋桁が外れても元に戻して復旧出来ます。2012年(H24)に開通しましたが2年後の台風で流され、2015年(H27)に復旧しています。此処は7月中旬に渡っていますが、現在は8月上旬に通過した台風5号の影響で入間川が増水し、流れ橋の両端2枚の床板が外れ、8月下旬の復旧予定まで通行出来ないそうです。戻せると云っても人手じゃ無理、重機が必要だし大変だよね。入間川は500m程前から飯能市に入り、残り約33kmの終端まで飯能市内を流れます。飯能と云えば、終端を含めて入間川の遡上で参考にさせて頂いた奥武蔵の山人さん、お世話になり有難う御座います。奥武蔵周辺の山や川、道なき道もトレッキングされており、URLは次のとおりです。(http://mkaifuu.blog.fc2.com/





 名称:阿須・岩沢流れ橋
 構造種別:10径間沈下橋
 河口からの距離:30.5km
 橋の長さ:約50m
 有効幅員:約1.5m
 完成:2015年(H27)



流れ橋を左岸側に渡り、北600m程に在る真言宗智山派寺院の明王寺に行きます。お寺の脇の畑に色々な花が咲いていましたので、花の撮影会です(笑)。ハナショウブにスカシユリ、半夏生、此処までは知っているけど、水仙の葉に似て赤い花が咲いている奴と、トゲトゲに包まれた蕾だか実の奴は初めて見るね、帰ってから暫しPCと格闘30分、やっと判りました。先ず、赤い花はスプレケリアと云う名でメキシコ産の球根植物で、和名のツバメズイセンは,翼を広げたツバメのような花の形に由来します。トゲトゲは、ニゲラ(クロタネソウ)の種子でした。




明王寺の創建は不詳、横見郡今泉村(現在の比企郡吉見町今泉)金剛院の末で、1624年(寛永1)法印源海による開山と云われています。山号:岩沢山、院号:不動院、本尊:不動明王像、所在:飯能市岩沢999-1。本堂は1984年(S59)の落慶です。


明王寺から南西200mに曹洞宗寺院の見光寺が在ります。入間郡木蓮寺村瑞泉院の末で創建は不詳、一樹松和尚により開山、慶安年間(1648~1651年)に江戸幕府より地蔵堂領として8石の御朱印状を拝領したと云われています。宝篋印塔は安山岩製の石塔で、下から反花座・基礎・塔身・笠・相輪の順で積み上げられ、笠部の隅飾突起が一部欠ける以外は完全な形で残っています。山号:華香山、院号:地蔵院、本尊:薬師如来像、所在:飯能市岩沢1092。






見光寺から西120m程に橋が3つ並んでいます。手前下流側に架かるのが『#34阿岩橋側道橋(旧)』で、入間川左岸の飯能市岩沢と右岸の飯能市阿須とを結ぶ、人道専用橋でした。橋名は両岸地区から一文字ずつ取っての命名です。北詰め道路脇に渡し跡の説明板が在ります。後ろに見えるのは、庚申塚です。





 名称:阿岩橋側道橋(旧)
 構造種別:5径間鈑桁
 河口からの距離:31km
 橋の長さ:約126m
 有効幅員:1.5約m
 完成:不明



真中に架かるのが『#35阿岩橋(旧)』です。かつて「阿須の渡し」と呼ばれる渡船場が在った場所で、創架は1912年(M45)の木橋です。



 名称:阿岩橋(旧)
 構造種別:9径間PC桁
 河口からの距離:31km
 橋の長さ:約126m
 有効幅員:約3m
 竣工:1961年(S36)



最上流に架かるのが2012年(H24)に竣工した『#36新阿岩橋』で、市道1-18号線(阿須小久保線)が通ります。新橋の完成により下流側の2橋梁は廃止、撤去は未定で無理すれば渡れますよ(笑)。



 名称:新阿岩橋
 構造種別:3径間PC桁
 河口からの距離:31km
 橋の長さ:約136m
 有効幅員:約14m
 竣工:2012年(H24)



新阿岩橋の上流200mに架かるのが今回終着地点の『#37 JR八高線入間川橋梁』で、左岸側の東飯能駅と右岸側の金子駅の間に位置しています。地元では「阿須の鉄橋」と呼ばれているそうで、左岸側、東飯能南に在る高麗丘陵と右岸側に在る加治丘陵とを結び、入間川川面から15m程の高さをJR八高線が通過します。





 名称:JR八高線入間川橋梁
 構造種別:13径間鈑桁
 河口からの距離:31.2km
 橋の長さ:249.6m
 軌道:複線
 完成:1931年(S6)



>>>後書き<<<
次回はJR八高線入間川橋梁から継続遡上して、加治橋、矢川橋歩道橋、矢川橋、飯能大橋、矢久橋までの紹介です。

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  1. 2017/08/25(金) 12:00:00|
  2. 入間川

Scene-365 入間川『中橋~上橋』


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次回アップ予定:Scene-366 入間川『阿須・岩沢流れ橋~JR八高線入間川橋梁』(08/25 12:00)
[Vol-09] 今回は新豊水橋から遡上して、中橋、西武池袋線入間川橋梁、西武池袋線旧入間川橋梁、上橋までの紹介です。自宅からJR線・西武線を乗り継いで、前回帰宅した仏子駅からリスタート、駅から北西400m程に架かる中橋に行きます。


新豊水橋の上流1.2kmに架かるのが『#29中橋』で、入間川左岸の入間市野田と右岸の入間市仏子とを結び、一般道が通ります。橋の両縁に歩道拡張工事中ですね。サポート無しの片持ち溶接で強度的に不安だけど、人道専用なのでOKでしょう。





 名称:中橋
 構造種別:4径間鈑桁
 河口からの距離:28.6km
 橋の長さ:100m
 有効幅員:9m
 完成:1983年(S58)



中橋の左岸下流脇に地図に載っていない神社が在りました。鳥居形式は八幡鳥居ですが、扁額も社額も無く××神社ですね。当然の事ながら創建なども一切不明です。


中橋の北詰めから北西150m程に在る諏訪神社に行きます。西武小学校プール横の小道を進んだ高台に鳥居が建っています。此処も神社庁登録していないので、祭神も不明。多分、建御名方命。所在:入間市野田530付近。鳥居は1973年(S48)の奉納です。


諏訪神社から入間川脇の遊歩道に出て、約400m西に進むと河川敷に下りられます。河原に広がる白い岩は台風の大雨で川底の砂利が流され、火山灰質のシルト層が露出したもので、太古のアケボノゾウの足跡やメタセコイアの化石などが見つかっています。川原に咲いていた紫の花はアレチハナガサ(荒地花笠)、菊ぽっい奴はハルシャギク(波斯菊、春車菊)別名はジャノメソウ(蛇目草)です。


中橋の上流700m程、シルト層の先に見えるのが『#30西武池袋線入間川橋梁』で、床止の上を歩いて橋梁下まで行けます。下から見上げる古びた鉄橋、良いね!武蔵野鉄道(西武池袋線の前身)の複線化工事で架けられた橋梁で、左岸側の元加治駅と右岸側の仏子駅との間に位置しています。川原に居たツグミに似た鳥は多分、シロハラですかね?





 名称:西武池袋線入間川橋梁
 構造種別:5径間鈑桁
 河口からの距離:29.3km
 橋の長さ:約175m
 軌道:複線
 完成:1968年(S43)



西武池袋線入間川橋梁の上流40m程に架かるのが『#31西武池袋線旧入間川橋梁』です。武蔵野鉄道が開業した時の創架で、複線化に伴う新しい橋梁が下流側に架けられた為、廃止されましたが橋梁と軌道盛土は撤去されずに遺構として残っています。1世紀の時を超えて朽ちた錆々、見ているだけで何か興奮しますね(笑)。





 名称:西武池袋線旧入間川橋梁
 構造種別:6径間鈑桁
 河口からの距離:29.3km
 橋の長さ:100m
 軌道:単線
 完成:1915年(T4)



左岸側西武池袋線入間川橋梁を潜り、西160m程に在る真言宗智山派寺院の円照寺に行きます。平安初期宗祖弘法大師龍燈桜の奇瑞を感じ霊泉を加持して堂宇を創立した事に始まり、加治豊後守家茂が父家季の菩提の為、円照上人を開山として開基したと云われています。1649年(慶安2)に徳川幕府より御朱印地15石を賜わったとの記録が在ります。山号:光明山、院号:正覺院、本尊:三尊阿弥陀如来像、所在:入間市野田158。武蔵野七福神巡りの弁財天、武蔵野三十三観音霊場の22番、奥多摩新四国霊場八十八ヶ所の58番、関東八十八ヶ所霊場の73番札所です。池には鳥除けのテグスが張られており、カルガモは石燈篭の上でお休み、お前さん良い場所、めっけたネ(笑)。






円照寺山門前から南100mの入間川に戻ります。西武池袋線旧入間川橋梁の100m上流に架かるのが、今回終着地点の『#32上橋』で、入間川左岸の入間市野田と右岸の入間市仏子とを結び、一般道が通ります。





 名称:上橋
 構造種別:3径間PC桁
 河口からの距離:29.4km
 橋の長さ:80.34m
 有効幅員:約9m
 完成:1991年(H3)



>>>後書き<<<

 今週は久し振りに晴れ間が出て、気温も30℃前後予報なので出掛けられそうです。暇なので高校野球をずっと見ていましたが、今年はホームランによる逆転劇が多くて面白いね。逆に見ると図抜けた投手が少ないのかな?土日も暇なので、競馬を始めました(笑)。空模様と同じで、湿った結果でしたがJRAから昨日、残暑見舞いを戴きました?札幌記念(GⅡ)、1番人気から内枠の薄めにマルチで流したら6番人気、12番人気、1番人気の順で入線、¥201400でした(嬉)。


次回は上橋から継続遡上して、阿須・岩沢流れ橋、阿岩橋側道橋(旧)、阿岩橋(旧)、新阿岩橋、JR八高線入間川橋梁までの紹介です。

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  1. 2017/08/21(月) 12:00:00|
  2. 入間川

Scene-364 入間川『豊水橋~新豊水橋


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次回アップ予定:Scene-365 入間川『中橋~上橋』(08/21 12:00)
[Vol-08] 今回は、広瀬橋から継続遡上して、豊水橋、首都圏中央連絡自動車道豊水橋、新豊水橋までの紹介です。では、広瀬橋を左岸側に渡り、北西500m程に在る広瀬神社からの紹介です。創建は、社伝によれば景行天皇代(71~130年)に日本武尊が東征の折、此の地に立ち寄り大和国広瀬郡川合に似ているとして、廣瀬大社の神々を分祀したと云われています。1873年(M6)に郷社列格、翌年には県社に昇格しています。1907年(M40)に愛宕神社、浅間社、八幡神社、稲荷神社、神明神社等を合祀しています。祭神:若宇加能売命、相殿:八街比古命、八街比売命、久那斗命所在:狭山市広瀬2-23-1。境内社:森稲荷社、八幡神社、霞神社。鳥居は2008年(H20)の建立です。






広瀬神社の南西80m程に曹洞宗寺院の禅龍寺が在ります。創建は不詳ながら、かつては尼寺で鎌倉時代には1000石の寺領を有していて、鎌倉東慶寺も此の寺より移したものだと云われています。玉岫璘公尼により開山、花巌文説が曹洞宗寺院として中興開山したと云われています。山号:萬壽山、本尊:木造千手観世音菩薩坐像、所在:狭山市広瀬2-20-1。




禅龍寺から400m南下して入間川の左岸遊歩道に出ます。左岸側広瀬1丁目雨水樋管を過ぎると、河川敷には運動公園が続いています。根岸地区運動公園では、昔のお兄さんお姉さんがゲートボールを楽しんでいますね。400m程進むと、根岸の渡し跡の碑が立っています。1811年(文化8)に開設された渡船場です。


渡し碑の後ろに見えるのが広瀬橋の上流610mに架かる『#26豊水橋』です。入間川左岸の狭山市根岸1丁目・笹井1丁目と右岸の入間市春日町1丁目・2丁目とを結び、国道299号線及び国道407号線が通ります。下流側に見える魚道は豊水堰魚道で、階段式と自然石スロープ魚道が並んでいます。初代の橋は1920年(T9)架設の木橋(300m)で、2代目は1929年(S4)架橋のRC橋、現在の橋は3代目です。橋名は右岸側旧地名の豊岡町と対岸旧地名の水富村から一文字ずつ取った命名なので、「とよみず橋」と読みます。橋下の豊水堰魚道の説明板には「ほうすい堰」のルビが付いていましたが、間違いですね。





 名称:豊水橋
 構造種別:9径間鈑桁
 河口からの距離:25km
 橋の長さ:243.7m
 有効幅員:15.5m
 竣工:2003年(H15)



豊水橋から左岸側遊歩道を遡上します、約800m進むと笹井堰が見えて来ます。地元では笹井ダムと呼ばれている、水田用水確保の為に造られた堰です。1937年(S12)の災害復興工事として着手され、1939年(S14)に完成しています。魚道は階段式と、景観に配慮したステップール魚道が在ります。笹井堰脇に水天宮の祠が建っていますよ。正式名は笹井辨才天水神宮らしいです。




笹井堰から一般道に入り、450m程進むと入間川は大きくS字状に蛇行しています。曲がり角に入間川御嶽神社の鳥居が見えます。1916年(T5)頃、渋谷区鉢山町に於いて初代覚山行者により創建された後、保谷市富士町、さらに1970年(S45)に現在地に遷宮したと云われています。祭神:国常立命、大己貴命、少彦名命、所在:狭山市笹井3046。


入間川は蛇行していますが、御嶽神社脇の市道を真っ直ぐに約500m進むと、豊水橋の上流2.4km程に架かる『#27首都圏中央連絡自動車道新豊水橋』です。入間川左岸の狭山市笹井と右岸の入間市仏子とを結び、圏央道が通ります。1996年(H8)に青梅ICから鶴ヶ島JCT間が開通しており、此の時の架橋と推定します。





 名称:首都圏中央連絡自動車道新豊水橋
 構造種別:4径間鈑桁
 河口からの距離:27.4km
 橋の長さ:170m
 有効幅員:約21m
 完成:1996年(H8)推定



圏央道新豊水橋の上流隣に架かるのが『#28新豊水橋』で、此方は国道299号線バイパスが通ります。右岸上流に新興住宅が固まっており、騒音対策用の防音壁が張られているので景観が悪いね。



 名称:新豊水橋
 構造種別:4径間鈑桁
 河口からの距離:27.4km
 橋の長さ:700m
 有効幅員:約23m
 完成:1991年(H3)



新豊水橋の南詰め据付け橋から橋下に降りて圏央道を潜ると、左手に庚申神社が在ります。境内の由緒案内によると、今から約220年前の1780年(安永9)武蔵国高麗郡仏子村字上広瀬の地に、村の総意によって庚申神が祀られたとあります。拝殿右脇に底に穴が空いた柄杓が奉納されています。此れは、胃病が底抜けに治ったお礼に奉納されたものだそうです。ん~、意味が判り難いね。狛犬の口からキラリと銀歯?いいえ、1円玉の賽銭でした、口に入れても御利益無いので賽銭箱へ入れてね。本尊:猿田彦大神、所在:入間市仏子1263。狛犬は1979年(S54)の建立です。




新豊水橋の上流方向からの絵を撮りながら、入間川左岸側から県道195号線に出ます。此処から西600m程に西武池袋線の仏子(ぶし)駅が在るので、其方から帰宅します。仏子駅の手前に八坂神社が在りましたので、序に紹介しますね。カメラは既にデイバッグにしまっていたので、スマホで撮ります。10枚程撮っていると、アッチ~!画面にも「温度上昇により、ナンチャラカンチャラで使用出来ません」何ですと!外気温が高く、バッテリ残量が20%程だったせい?使えねえ奴だな。生姜無い?のでバッグからカメラを取り出して撮り直しです。創建は不詳、1872年(M5)に社格制定令に伴い、仏子村内に祀られていた六社(白髭神社、家忠神社、諏訪神社、天王社、御霊神社、第六天神社)を合祀して八坂神社に改称、其の後の1904年(M37)に天王社が鎮座していた現在地に遷座しています。祭神:素盞鳴命、相殿:大己貴尊、櫛稲田姫尊、所在:入間市仏子942。鳥居は1954年(S29)、狛犬は1921年(T10)の建立です。




>>>後書き<<<
夏本番、暑いですね~と書きたいところだけど、小雨が続き肌寒いヘンテコリンな天気が続いていますね。偶に晴れても猛暑なので、遡上探索も出来ずに自宅待機も6週間目に突入で、ストック記事が大活躍中です(笑)。来週は太陽が顔を覗かせるようなので出動予定です。次回は新豊水橋から遡上して、中橋、西武池袋線入間川橋梁、西武池袋線旧入間川橋梁、上橋までの紹介です。

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  1. 2017/08/17(木) 12:00:00|
  2. 入間川

Scene-363 入間川『新富士見橋~広瀬橋』


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次回アップ予定:Scene-364 入間川『豊水橋~新豊水橋』(08/17 12:00)
[Vol-07] 今回は昭代橋側道橋から継続遡上して、新富士見橋、新富士見橋側道橋、本富士見橋、広瀬橋までの紹介です。昭代橋側道橋の右岸上流側河川敷に花壇が在りますね、菅原一丁目自治会が管理している「菅一ガーデン」の札が立っています。ポピーにハナビシソウ、ムギセンノウ、此処までは判ったけど、青い花は?検索健作、ラークスパーと云う花で和名は飛燕草、千鳥草です。花が登場すると季節感でストック記事だとバレちゃいますね(笑)、梅雨と猛暑対策用に撮り貯めしていた奴で約2箇月前のデータです。約150m先には右岸側の入間川2丁目雨水樋管が見えます。






500m程遡上すると『#22新富士見橋』です。入間川左岸の狭山市広瀬東1丁目・2丁目と右岸の狭山市入間川3丁目とを結び、埼玉県道262号線(日高狭山線)が通ります。左岸側下流に広瀬東1雨水樋管が在ります。此処にもムギセンノウが咲いていますね。ピンクの小花はムシトリナデシコ(虫取り撫子)で、上部の葉の下から粘液を出して虫を捕る事が名前の由来です。







 名称:新富士見橋
 構造種別:7径間鈑桁
 河口からの距離:22.8km
 橋の長さ:180m
 有効幅員:約8m
 完成:1958年(S33)



新富士見橋から南1km程に航空自衛隊入間基地が在り、橋の廻りをグルグルと自衛隊機が飛んでいます。色々な機種が飛び交うので、遡上を中断して暫し撮影会にします(笑)。先ずは、輸送機から、■C-1中型輸送機(所属:第2輸送航空隊、航空戦術教導団電子作戦群)、■C-130H輸送機(レジ番号判読不明)。


■T-4中等練習機(所属:中部航空方面隊司令部支援飛行隊)、■U-125飛行点検機(所属:飛行点検隊)、■YS-11EB電子情報収集機(所属:航空戦術教導団電子作戦群)。


■U-4多用途支援機(所属:第2輸送航空隊、中部航空方面隊司令部支援飛行隊)、■CH-47J輸送ヘリコプター(所属:入間ヘリコプター空輸隊)。撮影に失敗しても直ぐに一周して戻って来てくれるので、撮っていて楽しいね。


新富士見橋の上流隣に架かるのが『#23新富士見橋側道橋』で、人道専用橋です。





 名称:新富士見橋側道橋
 構造種別:8径間鈑桁
 河口からの距離:22.8km
 橋の長さ:約185m
 有効幅員:約2m
 完成:1995年(H7)



飛行機撮影に時間を使い過ぎて、次の帰宅ポイントの西武池袋線仏子駅まで行けそうにありません。此処から南東800mに西武新宿線の狭山市駅が在るので、一旦帰宅します。序に途中に在る寺社に寄って行きます。先ずは、新富士見橋から東240mに在る大國神社。江戸時代末頃、甲田家先祖佐右衛門が信州木曽の霊岳「御嶽山」より分霊し創建されたと云われています。祭神:国常立尊、大己貴命、少彦名命、所在:狭山市入間川3-22-28。鳥居は1982年(S57)の建立です。


次に北東180mに在る天満天神社。創建は不詳、太宰府天満宮より分霊を鎮祭した村社で、先代社殿は1862年(文久2)の改築でしたが、1962年(S37)に新築されました。祭神:菅原道真公、所在:狭山市入間川2-21-25。


天満天神社の南東100mに曹洞宗寺院の徳林寺が在ります。創建は不詳、入間市金子の瑞泉院末で、開山は瑞泉院三世一樹存松和尚、開基は小澤主税と云われています。山号:福聚山、本尊:釈迦如来像、所在:狭山市入間川2-3-11。武蔵野三十三観音霊場の17番札所です。




徳林寺の南東350mに在る西武新宿線狭山市駅に到着、国分寺駅・立川駅経由で帰宅します。


日が替わって、再び国分寺駅・東村山駅経由で狭山市駅に到着。駅前の松屋でスタミナ補充してからリスタートです。


駅前から西360mに狭山八幡神社が在ります。九州宇佐八幡宮を本社とする全国八幡宮の一社で、創建は社宝『砂破利の壺』の推定年代から、室町時代初期とされています。1649年(慶安2)に江戸幕府から5石1斗余の朱印地を賜っています。祭神:応神天皇(誉田別命)、所在:狭山市入間川3-6-14。鳥居と狛犬は1921年(T10)の建立です。






八幡神社の西280mに子之神社が在ります。元は慈眼寺の境内に在りましたが、慈眼寺が廃寺となり一時、諏訪神社境内に遷されましたが、社殿改築時に或る者が御神体を家へ持ち去った際に悪疫に罹った為、諏訪神社境内に仮宮を建てて戻し、後に子ノ神町内に社殿を建築して御神体を遷したと云う伝承が残されています。祭神:大国主命、所在:狭山市入間川3-24付近。


子之神社から南西300m程、『#24本富士見橋』の東詰め付近に清水八幡宮が在ります。木曽義仲の嫡子源義高が184年(寿永3)、当地で頼朝の追手に討たれた事を悲しんだ、北条政子と其の娘(源義高の妻女)が源義高の霊を祀る為に、当地に祠を建てたと云われています。祭神:清水冠者源義高、所在:狭山市入間川3-35。


清水八幡宮入口の左手、新富士見橋側道橋の上流400m程に架かるのが『#24本富士見橋』で、入間川左岸の狭山市広瀬東2丁目と右岸の狭山市入間川3丁目・4丁目とを結び、一般道が通ります。1975年(S50)に下流側にNTTケーブル橋、1976年(S51)に側道橋が上流側に増設されています。橋下に居た鳥は、初登場のササゴイ(笹五位)で、サギの仲間です。





 名称:本富士見橋
 構造種別:6径間連続鈑桁
 河口からの距離:23.2km
 橋の長さ:約151m
 有効幅員:約7m
 完成:1963年(S38)



本富士見橋から600m上流に架かるのが『#25広瀬橋』で、今回終着地点の橋です。入間川左岸の狭山市広瀬東2丁目と右岸の狭山市鵜ノ木とを結び、一般道が通ります。





 名称:広瀬橋
 構造種別:5径間連続鈑桁
 河口からの距離:23.8km
 橋の長さ:200.3m
 有効幅員:約11m
 完成:1988年(S63)



>>>後書き<<<
次回は広瀬橋から継続遡上して、豊水橋、首都圏中央連絡自動車道豊水橋、新豊水橋までの紹介です。

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  1. 2017/08/13(日) 12:00:00|
  2. 入間川

Scene-362 入間川『入間川水管橋~昭代橋側道橋』


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次回アップ予定:Scene-363 入間川『新富士見橋~広瀬橋』(08/13 12:00)
[Vol-06] 今回は八潮大橋から継続遡上して、入間川水管橋、いるまがわ大橋、狭山大橋、昭代橋、昭代橋側道橋までの紹介です。先ずは、八瀬大橋の上流350mに架かる『#17入間川水管橋』からの紹介です。入間川左岸の川越市的場と右岸の川越市増形との間に架かり、両端にφ750、中央にφ600、計3本の送水管で右岸側の大久保浄水場から霞ヶ関第二浄水場を経由して左岸側の坂戸市、東松山市などへ送水されています。草むらで何か動いています、怖いもの見たさで静かに近付く時に小枝をポキッと踏み鳴らすと、Wow!バタバタと視界を横切って何か飛んで行きました。適当にシャッターを切ったら写っていましたよ、キジでした、お互いにビックリしたなもう(笑)。右岸側の水管橋下近くに、先程(前回)見た廃軌道に続くレールが在りました。2回も見たからには、調べるしかないよね。入間川で採取した砂利を運搬する目的で1925年(T14)に開業した西武鉄道安比奈線で、航空写真で確認すると西武新宿線の南大塚駅へと繋がっていました。其の後、砂利採取規制強化により1963年(S38)に休止され、軌道敷のみが残されています。





 名称:入間川水管橋
 構造種別:8径間ランガー補鋼形式
 河口からの距離:17.3km
 橋の長さ:560m
 有効幅員:約4m
 完成:1980年(S55)



左岸側からの絵も撮らないといけないので、八瀬大橋南交差点まで戻って側道橋を渡ります。左岸側に移動して、水管橋から500m程遡上すると安比奈親水公園や川越親水公園が並び、花壇も在ります。種類別に種を撒けば良いのに、種を混ぜて撒いた花壇なので花がバラバラです。水色の花はネモフィラ、黄色と紫の花はリナリア(姫金魚草)です。季節感の無い花が登場しますが、梅雨対策用の前撮りストックなので、ご容赦下さい。親水公園の端まで進むと小川を渡る木橋が在り、欄干に丸い銘版が付いていますね。ふむふむ、1991年プレファゾー社製のオランダの木橋です。何故、こんな所に架かっているのか不思議ですね。検索して見ましたが、不明でした。




謎の木橋を渡って約1.3km遡上すると『#18いるまがわ大橋』です。ひらがな表記の名前にした理由は何だろうね?入間川を「いりまがわ」って、読む輩が多くて頭にきた入間市民が付けたのかな(笑)、因みに東京都を流れる入間川は「いりまがわ」です。入間川左岸の狭山市柏原と右岸の狭山市下奥富とを結び、都市計画道路柏原新狭山線が通ります。右岸下流側に牧場が在り、和牛が橋から見えますよ、旨そうだね..今夜はステーキにするか(コラコラ)。





 名称:いるまがわ大橋
 構造種別:9径間鈑桁
 河口からの距離:19.6km
 橋の長さ:463.8m
 有効幅員:12.8m
 竣工:2003年(H15)



いるまがわ大橋の上流側歩道に移って入間川左岸側に移動し、埼玉県道260号線まで出て県道沿いに350m程南西方向に進み、横道に入った処に天台宗寺院の常楽寺が在ります。江戸音羽町普門院の末寺で、創建は文政年間(1818~1830年)、開基は増田左輔等英、開山は厳察和尚と云われています。境内には市内に2基しか無い七観音石塔が在ります。1844年(天保15)の建立で、一番上に千手観音、右側上から馬頭観音、聖観音、准胝(じゅんてい)観音、左側の上から十一面観音、如意輪観音、楊柳(ようりゅう)観音が彫られています。山号:沙法山、本尊:不動明王像、所在:狭山市柏原2298。現在、無住です。




傍の畑に巨大キャベツが在りました、採らないで、ほっぽいて置くとこんなになっちゃうんかい?茄子に似た花はジャガイモの花です。アヤメが倒れていましたが、花芽が首をもたげて良い感じで咲いていますね。


常楽寺の北側100m程に、曹洞宗寺院の長源寺が在ります。底庵桂徹による開山と云われています。山号:秀栢山、本尊:千手観音像、所在:狭山市柏原2285。狭山はお茶の名産地でもあり、参道の垣根はお茶の木ですね。


長源寺から入間川方向に戻ります。GoogleNAVIに従って進みますが、農道在り、細い坂道在り等で大変です。「脚が痛いモード」とか無いかね(笑)。漸く左岸側遊歩道に出て、600m程進むと狭山大橋が見えて来ました。


『#19狭山大橋』は入間川左岸の狭山市柏原と右岸の狭山市上奥富とを結び、狭山環状有料道路(埼玉県道397号堀兼根岸線・埼玉県道126号所沢堀兼狭山線)が通ります。有料道路なので歩けないと思っていたら、橋の上をチャリや人が往来していますね、両脇に歩道が付いていました。料金所の脇に料金箱のプレートをぶら下げたウナギ君が口を開けています。チャリは20円だそうですが、通るチャリは無賃走行してますね(笑)。





 名称:狭山大橋
 構造種別:9径間連続鈑桁
 河口からの距離:20.9km
 橋の長さ:379m
 有効幅員:約12m
 竣工:1985年(S60)



狭山大橋から左岸側遊歩道を400m程遡上すると柏原雨水樋管、さらに300m進むと上奥富堰が在ります。完成時期は不明、当初コンクリート製でしたが、堰下の洗掘や台風による決壊が有り、鋼矢板(シートパイル)により補強され、味気ない姿ですね。左岸側にハーフコーン型の魚道(2015年(H27)完成)が付いています。


上奥富堰から600m程進むと、狭山大橋から1.3km程上流に架かる『#20昭代橋』です。入間川左岸の狭山市柏原と右岸の狭山市入間川とを結び、埼玉県道261号線(笠幡狭山線)が通ります。





 名称:昭代橋
 構造種別:3径間連続鈑桁
 河口からの距離:22.3km
 橋の長さ:165m
 有効幅員:約6m
 完成:1981年(S56)



昭代橋の上流隣に架かるのが今回終着地点の『#21昭代橋側道橋』で、人道専用ですね。でも、幅員は5m程あるので昭代橋が完成するまでの13年程は、此方の橋も車両が通っていたと思われます。





 名称:昭代橋側道橋
 構造種別:7径間鈑桁
 河口からの距離:22.3km
 橋の長さ:約163m
 有効幅員:約5m
 完成:1968年(S43)



>>>後書き<<<
台風5号の影響による被害、各地で発生していますね。身近な場所では、昨年遡上した相模川の高月橋付近での土砂崩れ、岩殿山の下を通っており、コンクリートのアンカーが打ち込まれていて崩落とは無縁な場所と思っていましたが、豪雨の凄さが判りますね。被災されました皆様にお見舞い申し上げます。
次回は昭代橋側道橋から継続遡上して、新富士見橋、新富士見橋側道橋、本富士見橋、広瀬橋までの紹介です。

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  1. 2017/08/09(水) 12:00:00|
  2. 入間川

Scene-361 入間川『初雁橋~八瀬大橋』


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次回アップ予定:Scene-362 入間川『狭山大橋~昭代橋側道橋』(08/09 12:00)
[Vol-05] 今回は初雁橋、関越自動車道入間川橋、八瀬大橋側道橋、八瀬大橋までの紹介です。今回はリスタートなので、自宅からJR南武線・武蔵野線経由、北朝霞駅で東武東上線に乗換えて川越駅着、JR八高線に3回目の乗り換えで西川越駅に到着です。


西川越駅前から西に250m進むと、小ケ谷の白山神社が在ります。川越城主松平伊豆守信綱が当地周辺を開発し、入植した村民により鎮守として祀られたと云われています。1871年(M4)村社に列格、1907年(M40)に近在の熊野神社、神明神社、稲荷神社を合祀しています。祭神:菊理姫命、伊弉諾尊、伊弉冉尊、所在:川越市小ケ谷156。鳥居は1802年(享和2)の建立です。


白山神社から西へ350m進むと、JR川越線入間川橋梁の上流200mに架かる『#13初雁橋』です。入間川左岸の川越市的場と右岸の川越市小ケ谷とを結び、埼玉県道15号線(川越日高線)が通ります。1975年(S50)に歩道橋(赤色塗装の鈑桁)が下流側に追加されています。今年はカラ梅雨だったので水量が少なく、川底を伏流水で流れているので、見た目は殆ど無い状態ですね。





 名称:初雁橋
 構造種別:11径間RCゲルバー桁
 河口からの距離:14.8km
 橋の長さ:279.7m
 有効幅員:9m
 完成:1959年(S34)



初雁橋右岸側から南に450m程進むと天台宗寺院の最明寺が在ります。北条時政により、伊豆修善寺で暗殺された源氏二代将軍源頼家の二男である千寿丸が落ち延びて出家し、瑶光房道円と名を改め、此の地で草庵を結び貧しい生活をしていましたが、1262年(弘長2)に出家した北条時頼が諸国行脚の途中、此の地で老僧(千寿丸)に再開。千寿丸を気の毒に思った北条時頼が金150貫を寄付して最明寺が創健されたそうです。山号:瑶光山、本尊:阿弥陀如来像、所在:川越市小ケ谷61。関東百八地蔵霊場の初番札所です。




最明寺の南600m程に曹洞宗寺院の善長寺が在ります。豊田隼人を開基として、龍穏寺7世節庵良筠による開山と云われています。放生池には睡蓮が咲いていましたが、今頃は古代蓮(大賀蓮)が咲いている筈です。山号:豊田山、本尊:正観音像、所在:川越市豊田本939。




本堂前に並ぶ3人の像は、左から善長寺開山の節庵和尚、曹洞宗大本山永平寺開山の道元禅師、大本山總持寺開山の瑩山禅師です。




善長寺から西北西に行く手を遮る関越自動車道沿いに進みます。道端に咲いていたツツジに似た花、何だっけ?思い出せません。画像検索でググルと西洋シャクナゲのサッフォーと云う品種で、春と秋に2回咲く珍しい種類です。1km程で河川敷への道が在り、『#14関越自動車道入間川橋』の下に出ます。入間川左岸の川越市的場と右岸の川越市池辺とを結び、関越自動車道が通り、左岸側鶴ヶ島JCTと右岸側の川越ICとの間に位置し、上り線・下り線別々の橋になります。





 名称:関越自動車道入間川橋
 構造種別:5径間連続鈑桁
 河口からの距離:15.8km
 橋の長さ494m
 有効幅員:14m×2
 完成:1973年(S48)



関越自動車道の下には遊歩道が在りません。轍が残る道を頼りに200m程で河川敷から出ます。次に南東400m程に在る真言宗智山派寺院の三明院へ行きます。元は坂戸市に在る大智寺の末寺で、創建は不詳、恵光による開山で、かつては三日月山と号していましたが、其の後、観池山と改めた際に「三日月」の日月の二字を合わせて明とし、三明院に改めたと云われています。中興開山は孝隆惠、山号:観池山、寺号:地蔵寺、本尊:大日如来像、所在:川越市池辺507。




三明院の南150m程に池辺熊野神社が在ります。三明院住職と村民とが相談の上、鎌倉時代に牛頭天王を勧請したと云われています。1907年(M40)に近在の熊野神社、日枝神社、厳島神社を合併して社名を熊野神社にしています。祭神:素盞嗚尊、所在:川越市池辺261-1。狛犬は1940年(S15)の建立です。境内に居た茶トラ、毛並みが悪いので平野ノラ、もとい普通のノラだね。




池辺熊野神社の西南西200mに曹洞宗寺院の東陽寺が在ります。明鑑による開山で、徳川家光から寺領10石の御朱印状を拝領したと云われています。山号:孤峯山、本尊:釈迦牟尼仏像、所在:川越市大袋133。




東陽寺から西北西900m程に在る『#15八瀬大橋側道橋』に行きます。池辺公園脇から八瀬大橋へのショートカットコースに入りましたが、行き止まりで失敗。急がば回れデスネ(笑)。途中に西武鉄道管理の廃軌道が在りましたが何の線路だか判りますか?(次回、正解あり)。


正規ルートで橋下の遊歩道に続く道に入り、300m程で『#15八瀬大橋側道橋』下に到着です。入間川左岸の川越市的場と右岸の川越市的場・大袋とを結ぶ、人道専用橋です。





 名称:八瀬大橋側道橋
 構造種別:6径間連続鈑桁
 河口からの距離:16.9km
 橋の長さ:240m
 有効幅員:約2m
 完成:1987年(S62)



八潮大橋側道橋の上流隣に架かるのが今回終着地点の『#16八瀬大橋』で、此方は埼玉県道114号線(川越越生線)が通ります。据付け橋部分を含むと側道橋と略同じ239mの長さになります。



 名称:八瀬大橋
 構造種別:3径間連続鈑桁
 河口からの距離:16.9km
 橋の長さ:120m
 有効幅員:8m
 完成:1993年(H5)



>>>後書き<<<
東京は梅雨明け宣言が出た後に、ぐずついた天気が続いており戻り梅雨ですね。当ブログでは晴天とセットの絵を撮るように心掛けている為、半月程取材出来ていません。絵のストックは未だ在りますが、曇り空の絵が出て来るようだとストック切れだと思って下さい(笑)。現在、自宅ベランダの壁面緑化用に植えているフウセンカズラ(風船葛)が満開です。5mm程の小花から蟻んこを引き寄せる匂いを出して、受粉する虫媒花です。受粉すると3cm程に膨らみ、秋には種が3粒出来ますが、お猿さんの顔に見えますよ。
此処数年、パックご飯を頻繁に食べているので、お米が古古古米になっていて、炊いてもパサパサになってしまいます。捨てるのも勿体無いので、無くなるまで空きの植木鉢にバラ撒いて雀の餌です。毎日、美味しそうに食べてくれてますよ(笑)。




次回は八潮大橋から継続遡上して、入間川水管橋、いるまがわ大橋、狭山大橋、昭代橋、昭代橋側道橋までの紹介です。

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  1. 2017/08/05(土) 12:00:00|
  2. 入間川

Spot-47 川越『小江戸散策』-其の2


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次回アップ予定:Scene-361 入間川『初雁橋~八瀬大橋』(08/05 12:00)
今回は前回に引き続き、小江戸散策 後半のSpot紹介です。前回終着地点とした川越氷川神社から南西600m程に在る、川越市のシンボルになっている「時の鐘」へ行きます。地元では鐘撞堂と呼ばれている3層構造の塔で江戸時代の寛永年間に建てられ、現在の鐘撞堂は4代目で1894年(M27)の再築です(川越市指定有形文化財)。鐘撞堂を潜ると薬師神社の境内です。創建は不詳、元町市場に祀られていた市神の薬師堂を1623年(元和9)に現在地に遷座し、観音坊が開山となり天台宗の瑞光山医王院常蓮寺と号していましたが、明治の神仏分離令で常蓮寺は廃寺となり、薬師神社と改称しています。川越大火で鐘撞堂と共に焼失しましたが、翌年に再建されました。本尊:薬師如来像、所在:川越市幸町15-8。


鐘撞堂の先に古い町並みが残る蔵通りですが、My工程の都合で後回しにします。県道51号線へ戻り南に250m程進むと、■日本聖公会川越キリスト教会です。1889年(M22)に最初の礼拝堂が建てられましたが、川越大火により焼失、1921年(T10)に煉瓦造りで再建されました。西に150m進むと左手に、■旧武州銀行川越支店、現在は川越商工会議所として使用されています。川越のパルテノン神殿とも呼ばれ、ルネッサンス・リバイバル様式の建築で、ドリス式柱、バロック風の玄関上の飾りが施されています。1928年(S3)の建築で国の有形文化財に指定されています。商工会議所の角を左に曲がり大正浪漫夢通りに入ると、120m程南に、■シマノコーヒー大正館が在ります。一見レトロな雰囲気を醸し出していますが、なんちゃってレトロな1933年(S8)竣工の人造石洗い出し仕上げの看板建築です。隣の「いせや」も、1935年(S10)創業の和菓子屋です。商工会議所まで戻り、左手に■山崎美術館が在ります。和菓子の老舗「亀屋」の一角に建つ土蔵を利用し、山崎家に伝わる美術品・工芸品等のコレクションを展示している美術館です。入館料は\500、山崎家の建物は川越大火の翌年1894年(M27)の竣工です。


西に20m程進んで右折、蔵通り(一番街商店街)を北に進みます。30m程で左手に、■田中家住宅が在ります。外観はレトロな洋館ですが内部は蔵造りの建物で1915年(T4)竣工(川越市指定文化財)現在は喫茶店です。隣に■旧山吉(やまきち)デパートが並んでいます。1936年(S11)川越に初めて出来た高級百貨店で、鉄筋コンクリート工法による3階建て、ルネッサンス様式を基調とした外観になっており、4本のイオニア式大列柱や壁面のレリーフが施されています。現在は玄関のドアに小さな歯のマークと診療中のプレートが下がり、歯科医院ですね。北50m先に、■モダン洋風長屋が見えます。1932年(S7)に店舗付き賃貸住宅として山吉デパートが建てたものだそうです。端に鍛冶小町堂、川越の土産物と風呂敷、小物のお店です。70m先、右手に、■旧八十五銀行本店本館が在ります。1878年(M11)に埼玉県で初めて開業された国立銀行で、鉄筋コンクリート造3階建、ネオルネッサンス洋風建築です。現在は、埼玉銀行から埼玉りそな銀行に改称されています。


さらに70m程進むと、■原家住宅が在ります、川越大火の翌年に、呉服商を営む山本平兵衛が建てた蔵造りで、川越を代表する蔵造りの構造が随所に見られます。現在は「陶舗やまわ」が店を構え、地元陶芸作家の作品などが並んでいます。直ぐ先の鐘つき通りを過ぎて100m先に、■笛木醤油川越店が在ります、創業は1789年(寛政1)で伝統的な醸造方法を守り続けている醤油屋です。蔵は平成に建てられた新しい造りです。隣に建つのが、■大沢家住宅で、蔵通りの中で最も古く、呉服商の近江屋半右衛門が1792年(寛政4)に建てた蔵造りのお店です。川越大火の焼失から免れ、国の重要文化財に指定されています。40m先に、■川越元町郵便局が在ります、建物は蔵を改造したもので郵便ポストは明治時代に使用されていた黒塗柱箱の復刻版です。


蔵通り札の辻交差点を左折し高澤通りを西に250m、新河岸川に架かる高沢橋の手前を左に曲がると、浄土宗寺院の見立(けんりゅう)寺です。1558年(永禄1)小田原北条氏の重臣で川越の城将だった大道寺政繁が北条氏康の子感譽上人を開山として、城下に建立寺と称して創建、後に見立寺と改めたと云われています。山号:受昌山、院号:了心院、本尊:木造阿弥陀如来像、所在:川越市元町2-9-11。小江戸川越七福神の福布袋尊です。道端に咲いていた紅白の花はハコネウツギ(箱根空木)で、白い花が徐々に赤い花に変化します。




見立寺から南西600m程に日蓮宗寺院の妙昌寺が在ります。日蓮宗大本山本門寺の末寺で、室町時代の1375年(永和1)幸町の地に開創、江戸時代の1741年(寛保1)現在地に移転したと云われています。山号:法眞山、本尊:三宝尊、所在:川越市三光町29-1。小江戸川越七福神の弁財天です。花火の様に広がる青い花は、シラー・ペルビアナで和名はオオツルボ(大蔓穂)です。




妙昌寺から東に450m、浄土宗寺院の蓮馨(れんけい)寺へ行きます。室町時代の1549年(天文18)に川越城将の大道寺政繁の母、蓮馨大姉が仏教を広める為に建てた寺で、感誉存貞による開山と云われています。徳川家は浄土宗への信仰が厚く、開幕後の1602年(慶長7)に設けられた関東十八檀林(僧侶の養成機関・学問所)の一つで、寺領20石を拝領した御朱印寺です。山号:孤峯山、院号:宝池院、本尊:木造阿弥陀如来坐像、所在:川越市連雀町7-1。小江戸川越七福神の福禄寿です。




蓮馨寺前の蔵通りを挟んで東隣に川越熊野神社が在ります。1590年(天正18)蓮馨寺二世の然誉文応僧正が紀州熊野より勧請されたもので、元々は蓮馨寺境内でしたが、明治の神仏分離令の際に加佑稲荷神社、厳島神社の遷座と併せて独立しています。祭神:伊弉諾尊、事解之男尊、速玉之男尊、所在:川越市連雀町17-1。銭洗弁財天で小銭を洗って財布に入れたのですが、洗ったのを忘れて使っちゃいました、あんたバカだね(爆)。




熊野神社から南東200m程に出世稲荷神社が在り、散策は此処で最後にします。1832年(天保2)地主だった立川氏が伏見稲荷大社を勧請した屋敷神で、いちょう窪稲荷とも呼ばれています。祭神:宇迦之御魂大神、佐田彦之大神、大宮能売ノ大神、所在:川越市松江町1-7-1。




出世稲荷神社から南西に約400m、西武新宿線の本川越駅から国分寺経由で帰宅します。川越をグルリと一周、27000歩の散策でした。途中に酒屋が在ったので川越の地ビールCOEDOをお土産に帰宅、川越の名物、鰻も食べたかったけど、時間が早くて何処も準備中。冷凍庫に隠してある特売の鰻でも食べるかな(笑)。冷凍鰻を裏返して、ペティナイフでプスプスと皮に切れ目を入れてからチンすると、ふっくら柔らで美味しく仕上がりますよ。地ビールには肉だよネ、安い牛ステーキもオマケの牛脂が良いと旨くなりますよ。




>>>後書き<<<
次回は通常Sceneに戻り、JR川越線入間川橋梁から遡上して初雁橋、関越自動車道入間川橋、八瀬大橋側道橋、八瀬大橋までの紹介です。

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  1. 2017/08/01(火) 12:00:00|
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