ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-341 石神井川『山中橋~上板橋』


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次回アップ予定:Scene-342 石神井川『山崎橋~桜橋』(05/01 12:00)
[Vol-06] 今回は新西原橋から遡上して、山中橋、久保田橋、向屋敷橋、中板橋、東武東上線石神井川橋梁、間々下橋、下頭橋、宿橋、上板橋までの紹介です。
今回のスタート地点の最寄り駅は東武東上線の中板橋駅で、前回帰路は池袋駅経由で帰りましたが、今回は10分程近くて空いているJR武蔵野線北朝霞駅経由で行きます。途中の府中本町駅の「いろり庵きらく」で朝食、朝方は未だ寒いので暖かい天そばです。


では、中板橋駅の北東200m程の石神井川に架かる『#44山中橋』へ行きます。左岸の板橋区双葉町と右岸の板橋区中板橋とを結び、一般道が通ります。此の辺りの桜は5分咲き程度で、花の隙間から橋の姿も見えて良い感じですね。





 名称:山中橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:6.1km
 橋の長さ:18.9m
 有効幅員:8.1m
 完成:1975年(S50)



山中橋の110m上流に架かるのが『#45久保田橋』で、此の橋も石神井川左岸の板橋区双葉町と右岸の板橋区中板橋とを結び、一般道が通ります。



 名称:久保田橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:6.2km
 橋の長さ:19m
 有効幅員:6.3m
 完成:1973年(S48)



久保田橋の100m上流に架かるのが『#46向屋敷橋』です。石神井川左岸の板橋区双葉町・常盤台と右岸の板橋区中板橋とを結び、一般道が通ります。





 名称:向屋敷橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:6.3km
 橋の長さ:19m
 有効幅員:6.3m
 完成:1975年(S50)



向屋敷橋から150m上流に架かるのが『#47中板橋』で、石神井川左岸の板橋区常盤台と右岸の板橋区中板橋とを結ぶ、人道専用橋です。



 名称:中板橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:6.5km
 橋の長さ:18.5m
 有効幅員:2.25m
 完成:1975年(S50)



中板橋の70m上流に架かるのが『#48東武東上線石神井川橋梁』で、左岸側のときわ台駅と右岸側の中板橋駅との間に位置しています。



 名称:東武東上線石神井川橋梁
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:6.5km
 橋の長さ:約31m
 軌道:複線
 完成:1980年(S55)



東武東上線石神井川橋梁の上流50mに架かるのが『#49間々下橋』で、石神井川左岸の板橋区常盤台と右岸の板橋区中板橋とを結ぶ、人道専用橋です。





 名称:間々下橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:6.6km
 橋の長さ:18.4m
 有効幅員:4m
 完成:1981年(S56)



間々下橋から180m上流に架かるのが『#50下頭橋』で、石神井川左岸の板橋区南常盤台と右岸の板橋区弥生町とを結び、一般道が通ります。橋の右岸側袂に六蔵菩薩の祠が在ります、未だ丸木橋が架かっていた当時、橋の袂に年老いた乞食が住み着き、土下座して旅人から喜捨を受け、土地の人からは六蔵と呼ばれ親しまれていましたが、やがて亡くなり僧によって手厚く葬られました。埋葬に際し懐中から永年貰い貯めた大金が現れたので、僧は此の金で丸木橋を石橋に架け替え旅人の便を図り、村人達は永年、頭を下げていた六蔵の徳を讃えて、石橋を下頭橋と命名し、袂に祠堂を建て六蔵菩薩と崇めて霊を祀ったそうです。





 名称:下頭橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:6.8km
 橋の長さ:18.5m
 有効幅員:11.3m
 完成:1979年(S54)



下頭橋から100m上流に架かるのが『#51宿橋』で、此の橋も石神井川左岸の板橋区南常盤台と右岸の板橋区弥生町とを結び、一般道が通ります。此の付近からは川沿い遊歩道脇に植込みが無く、桜も何にも無く殺風景が続きます、青空で我慢して下さい(笑)。





 名称:宿橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:6.9km
 橋の長さ:18.5m
 有効幅員:4.5m
 完成:1977年(S52)



宿橋の110m上流に架かるのが、今回終着地点の『#52上板橋』です。石神井川左岸の板橋区南常盤台・東山町と右岸の板橋区弥生町・大谷口北町とを結び、国道254号線が通ります。下流及び上流側にガス管と水管橋が併設されています。



 名称:上板橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:7km
 橋の長さ:約18m
 有効幅員:約24m
 完成:1979年(S54)



>>>後書き<<<
今回は、橋ばかりで彩がなかったので、料理ストックから賑やかしを並べて見ました。先ずは、スーパーに東京では珍しい米茄子が並んでいたのでお持ち帰り。縦割りで中身をスプーンで削り、ベーコンと合わせ塩胡椒で炒め、空焼きした本体に戻します。上にピザチーズを掛けてオーブン焼きです。残りの半身は、焼いたブナピーと九条葱と併せて煮びたしです。


そば屋で食べたコーン入りかき揚げが旨かったので、マネました。序にトマトも刻んで彩良く揚がりました。塩パラパラが旨いね。残りは、かき揚げ丼とかき揚げラーメンにトッピングしました。


小粒の新ジャガが安かったので、鶏と一緒に唐揚げです。トマトも揚げたかったけど爆発が怖いので止めました(笑、もとい爆)。残りは、ラーメンにトッピングで此れが本当のチキンラーメンですね。ラーメンライスは最近止めましたが、ラーメンだけだと足りないので、コッソリと、たこ焼きを追加です(笑)。


最後は青梗菜、何故だか野菜の中で何時でも安いよね、ツナのオイルで青梗菜とコーンを炒めてからツナを混ぜます。残ったら炒飯や拉麺の具に使えて便利ですね。


次回は上板橋から継続遡上して、山崎橋、学校橋、耕整橋、小山橋、上の根橋、宮前橋、台橋、桜橋までの紹介です。

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  1. 2017/04/27(木) 12:00:00|
  2. 石神井川

Scene-340 石神井川『西宿裏橋~新西原橋』


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次回アップ予定:Scene-341 石神井川『山中橋~上板橋』(04/27 12:00)
[Vol-05] 今回は愛染橋から遡上して、西宿裏橋、堰の上橋、西堰橋、双栄橋、中根橋、根村橋、新西原橋までの紹介です。先ずは、愛染橋の北230m程に浄土宗寺院の智清寺が在るので寄ります。応永年間(1394~1427年)見誉上人智清によって創建されたと伝えられ、1591年(天正19)に徳川家康から寺領5石を寄進された御朱印寺です。山号:龍光山、院号:恵照院、本尊:愛染明王像、所在:板橋区大和町37-1。北豊島三十三ケ所霊場の15番札所です。堂の柵から空を見上げる二毛猫、何を見てんのか?猫って、人間には見えない何かを偶に凝視しているよね。






智清寺の西120m程に真言宗霊雲寺派の日曜寺が在ります。境内の由緒案内によると、正徳年間(1711~1716年)に宥慶比丘が小堂を結んだのが始まりで、田安家初代徳川宗武(八代将軍吉宗の第2子)の帰依により寺院としての伽藍が整えられました。山号:光明山、院号:愛染院、本尊:愛染明王像、所在:板橋区大和町42-1。豊島八十八ケ所霊場の49番札所、北豊島三十三ケ所霊場の17番札所です。




日曜寺前の道を南に220m進むと『#37西宿裏橋』です。石神井川左岸の板橋区大和町と右岸の板橋区氷川町とを結び、一般道が通ります。此の付近から川沿いの桜が続きますよ、5~7分咲きですけど(笑)。



 名称:西宿裏橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:5.3km
 橋の長さ:21.1m
 有効幅員:6.3m
 完成:1976年(S51)



西宿裏橋から130m上流に架かるのが『#38堰の上橋』で、石神井川左岸の板橋区大和町・双葉町と右岸の板橋区氷川町・栄町とを結び、一般道が通ります。上流の橋にも堰が名前についているので、昔は此の付近に堰が在ったんですかね、調べましたが判りませんでした。



 名称:堰の上橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:5.4km
 橋の長さ:22m
 有効幅員:8.1m
 完成:1976年(S51)



堰の上橋から120m上流に架かるのが『#39西堰橋』です。石神井川左岸の板橋区双葉町と右岸の板橋区栄町とを結び、一般道が通ります。





 名称:西堰橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:5.5km
 橋の長さ:18.8m
 有効幅員:6.3m
 完成:1973年(S48)



西堰橋の上流90mに架かるのが『#40双栄橋』で、此の橋も石神井川左岸の板橋区双葉町と右岸の板橋区栄町とを結び、一般道が通ります。橋名は両岸地区名から一文字ずつ冠にした命名ですね。





 名称:双栄橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:5.6km
 橋の長さ:18.2m
 有効幅員:4m
 完成:1972年(S47)



双栄橋から北西200m程を進むと根村氷川神社の一之鳥居が見えます。80m先に二之鳥居、神門、社殿の並びです。創建は不詳、元応永年間(1394~1427年)に大宮氷川神社から勧請されたと伝えられます。江戸期には根村、板橋宿上宿の産土神として崇敬されていました。祭神:素戔鳴尊、相殿:倉稲魂命、所在:板橋区双葉町43-1。一之鳥居は1958年(S33)、二之鳥居は1962年(S37)、狛犬は1855年(嘉永8)の建立です。






氷川神社から石神井川に戻り、双栄橋の上流180mに架かる『#41中根橋』へ行きます。石神井川左岸の板橋区双葉町と右岸の板橋区栄町・中板橋とを結び、一般道が通ります。下流側に水管橋が併設されています。





 名称:中根橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:5.8km
 橋の長さ:19.4m
 有効幅員:11m
 完成:1973年(S48)



中根橋から110m上流に架かるのが『#42根村橋』で、石神井川左岸の板橋区双葉町と右岸の板橋区中板橋とを結び、一般道が通ります。最近、塗装し直した様で欄干が綺麗ですね。





 名称:根村橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:5.9km
 橋の長さ:19.2m
 有効幅員:6.3m
 完成:1972年(S47)



根村橋の110m上流に架かるのが『#43新西原橋』で、此の橋も石神井川左岸の板橋区双葉町と右岸の板橋区中板橋とを結び、一般道が通ります。南西300m程に東武東上線の中板橋駅が在るので今回終着地点の橋として、池袋駅経由で帰宅します。





 名称:新西原橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:6km
 橋の長さ:19m
 有効幅員:6.3m
 完成:1972年(S47)



>>>後書き<<<
午前中は5分咲き程度だった染井吉野も午後の20℃近い陽気で一気に満開ですね。此の時期を逃す手は無いので、本日は陽が暮れだしたので帰宅しますが、明日も天気が良さそうなので遡上予定とします。と云う事で次回は新西原橋から遡上して、山中橋、久保田橋、向屋敷橋、中板橋、東武東上線石神井川橋梁、間々下橋、下頭橋、宿橋、上板橋までを紹介します。

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  1. 2017/04/23(日) 12:00:00|
  2. 石神井川

Scene-339 石神井川『加賀二の橋~愛染橋』


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次回アップ予定:Scene-340 石神井川『西宿裏橋~新西原橋』(04/23 12:00)
[Vol-04] 今回は緑橋から継続遡上して、加賀二の橋、加賀学園橋、加賀さくら橋、稲荷橋、御成橋歩道橋、御成橋、仲宿人道橋、番場橋、板橋、新板橋、首都高5号石神井川橋、愛染橋までの紹介です。では緑橋の上流360mに架かる『#25加賀二の橋』から紹介します。石神井川左岸の板橋区加賀2丁目と右岸の同じく板橋区加賀2丁目とを結び、一般道が通ります。1987年(S62)下流側に歩道橋(2m)が拡幅されています。





 名称:加賀二の橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.2km
 橋の長さ:20.3m
 有効幅員:4+2m
 完成:1984年(S59)



加賀二の橋から90m上流に架かるのが『#26加賀学園橋』で、此の橋も石神井川左岸の板橋区加賀2丁目と右岸の同じく板橋区加賀2丁目とを結び、一般道が通ります。右岸側に東京都水道局板橋給水所跡が在ります、陸軍の工業用水を造る専用浄水場でしたが、戦後は一般に使われ1969年(S44)に浄水場は廃止され、現在は災害時の給水拠点になっています。





 名称:加賀学園橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.3km
 橋の長さ:23.4m
 有効幅員:4.54m
 完成:1974年(S49)



加賀学園橋の上流隣に架かっているのが『#27加賀さくら橋』で、此方は人道専用橋ですね。



 名称:加賀さくら橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.3km
 橋の長さ:19.4m
 有効幅員:3m
 完成:1970年(S45)



加賀さくら橋から130m上流に架かるのが『#28稲荷橋』で、此の橋も石神井川左岸の板橋区加賀2丁目と右岸の同じく板橋区加賀2丁目とを結び、一般道が通ります。近くに稲荷社が在るかと思い地図を見ましたが、在りませんね。





 名称:稲荷橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.4km
 橋の長さ:19.7m
 有効幅員:2.7m
 完成:1970年(S45)



稲荷橋から70m上流に架かるのが『#29御成橋歩道橋』で、人道専用橋です。石神井川左岸の板橋区加賀2丁目・稲荷台と右岸の板橋区加賀2丁目・仲宿とを結びます。



 名称:御成橋人道橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.5km
 橋の長さ:20.4m
 有効幅員:2m
 完成:1976年(S51)



御成橋人道橋の上流隣に架かるのが『#30御成橋』で、一般道が通ります。



 名称:御成橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.5km
 橋の長さ:20.4m
 有効幅員:5m
 完成:1970年(S45)



御成橋の上流130mに架かるのが『#31仲宿人道橋』で、石神井川左岸の板橋区本町と右岸の板橋区仲宿とを結びます。



 名称:仲宿人道橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.7km
 橋の長さ:19.6m
 有効幅員:1.6m
 完成:1976年(S51)



仲宿人道橋から180m上流に架かるのが『#32番場橋』で、此の橋も石神井川左岸の板橋区本町と右岸の板橋区仲宿とを結び、一般道が通ります。最近、塗装し直した様で綺麗な橋です。



 名称:番場橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.8km
 橋の長さ:21m
 有効幅員:6m
 完成:1971年(S46)



番場橋の南200m程に真言宗豊山派寺院の文珠院が在ります。板橋宿本陣飯田家の菩提寺として江戸時代初期に創建され、権大僧都慶恵による開山と伝えられています。山号:幡場山、寺号:大聖寺、本尊:文殊菩薩像、所在:板橋区仲宿28-5。豊島八十八ケ所霊場の18番札所、北豊島三十三ケ所霊場の18番札所、板橋七福神の毘沙門天です。




石神井川に戻り、番場橋の70m上流に架かるのが『#33板橋』です。石神井川左岸の板橋区本町と右岸の板橋区本町・仲宿とを結び、旧中仙道が通ります。橋の袂に立つ由緒案内によると、板橋と云う地名は此の橋に由来し、江戸時代の宿場名にもなっています。此の橋から京寄りを上宿、江戸寄りを中宿、平尾宿と称し、三宿を総称して板橋宿と呼ばれていました。



 名称:板橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.9km
 橋の長さ:20.3m
 有効幅員:7.5m
 完成:1972年(S47)



板橋の上流160mに架かるのが『#34新板橋』で、石神井川左岸の板橋区本町・大和町と右岸の板橋区仲宿・氷川町とを結び、国道17号(中仙道)が通ります。



 名称:新板橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:5.1km
 橋の長さ:約18m
 有効幅員:約40m
 完成:1973年(S48)



新板橋の真上に『#35首都高5号石神井川橋』が架かっています。1977年(S52)に北池袋出入口~高島平出入口が開通しており、此の時期の架橋と推定します。

 名称:首都高速5号池袋線石神井川橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:5.1km
 橋の長さ:約23m
 有効幅員:約36m
 完成:1977年(S52)推定



新板橋南詰めから国道17号線を60m南下すると右手に下板橋氷川神社が見えます。1206年(元久3)頃に豊島左衛門尉経泰が創建したと伝えられ、江戸期には下板橋村の鎮守でした。別当は勧明寺(南東900m程に在ります)でした。祭神:素戔鳴尊、稲田姫命、所在:板橋区氷川町21-8。鳥居は1905年(M38)の建立です。狛犬は、何食ってんだか、かなりファットな姿ですね(笑)。






下板橋氷川神社から西80m程、新板橋の上流130mに架かるのが、今回終着地点の『#36愛染橋』で、石神井川左岸の板橋区大和町と右岸の板橋区大和町・氷川町とを結び、一般道が通ります。愛染橋の脇に旧流路が残されており、無料の釣り堀公園になっています。





 名称:愛染橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:5.2km
 橋の長さ:20.6m
 有効幅員:6.3m
 完成:1973年(S48)



>>>後書き<<<
競馬、春のGⅠが始まりましたが当たってまっか?(笑)。桜花賞はハズレ、皐月賞も、かすらずの大外れでした。でも、土曜日福島メインで補填(\78,000)でしたが、3着と4着がハナ差で入れ代わっていれば\320,000だったのに残念、付いて無いの~(泣)。


次回は愛染橋から継続遡上して、西宿裏橋、堰の上橋、西堰橋、双栄橋、中根橋、根村橋、新西原橋までの紹介です。

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  1. 2017/04/19(水) 12:00:00|
  2. 石神井川

Scene-338 石神井川『観音橋~緑橋』


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次回アップ予定:Scene-339 石神井川『加賀二の橋~愛染橋』(04/19 12:00)
[Vol-03] 今回は滝野川橋から継続遡上して、観音橋、谷津橋、JR埼京線滝野川橋梁、東橋、金沢橋、加賀緑橋、加賀橋、緑橋までの紹介です。先ずは、滝野川橋東詰めから南東200m程に在る、四本木(しほんぎ)稲荷神社からの紹介です。元々、十条に在った東京砲兵工廠銃包製造所の守り神として、明治末期から大正期に掛けて創建され第二次世界大戦後、現在地に遷座しています。祭神:稲荷神、所在:北区滝野川3-61-1。鳥居は1937年(S12)の建立です。






四本木稲荷神社から南西230m程に滝野川八幡神社が在ります。境内の由緒案内によると、正確な創建は不詳ですが、鎌倉時代の1202年(建仁2)の創建と云われ、滝野川村の鎮守社でした。前回紹介した金剛寺が別当でした。境内裏手からは縄文時代後期の住居址(貝塚)が発見されているようですが、名残は無いですね。祭神:品陀和気命、所在:北区滝野川5-26-15。境内社:富士社、榛名社、稲荷社。鳥居は1985年(S60)、狛犬は1964年(S39)の建立です。






滝野川八幡神社から北に220m程の石神井川方向に戻ると、『#17観音橋』です。石神井川左岸の北区滝野川4丁目と右岸の北区滝野川5丁目とを結び、一般道が通ります。橋名は北に在る観音院に因んでの命名です。





 名称:観音橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:2.7km
 橋の長さ:20.3m
 有効幅員:8.5m
 完成:1974年(S49)



観音橋北詰めから北90mに真言宗豊山派寺院の寿徳寺が在ります。境内の由来案内によると、1214年(建保2)に早船・小宮の両氏が主家の梶原氏と争い、追われて落ち延びる途中で水中から観音菩薩像を拾い上げ、此れを石神井川沿いの堂山に安置したのが始まりと伝えられています。山号:南照山、院号:観音院、本尊:木造観音菩薩坐像、所在:北区滝野川4-22-2。豊島八十八ケ所霊場の12番札所、荒川辺八十八ケ所霊場の17番札所、上野王子駒込辺三十三ケ所観音霊場の12番札所、北豊島三十三ケ所霊場の32番札所です。2008年(H20)に境外仏として、谷津大観音が先程の観音橋左岸脇に建立されています。




寿徳寺から観音橋に戻り、220m程遡上すると『#18谷津橋』で、石神井川左岸の北区滝野川5丁目の音無こぶし緑地と右岸の北区滝野川5丁目の音無くぬぎ緑地とを結ぶ、人道専用橋です。こぶし緑地と云うだけあって、コブシ(辛夷)が満開ですね。モクレン科なので本家の木蓮と良く似ていますが花弁が小振りで、開いて咲くのが特徴です。







 名称:谷津橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:2.9km
 橋の長さ:約26m
 有効幅員:約2m
 完成:不明



音無くぬぎ緑地の端、谷津橋から130m程上流に架かるのが『#19 JR埼京線滝野川橋梁』で、左岸側の十条駅と右岸側の板橋駅との間に位置しています。かつて山手線の本線でしたが1972年(S47)に山手線から分離されて赤羽線となり、1985年(S6)には東北本線別線(赤羽駅~大宮駅)が開業し、此の時から赤羽線と東北本線別線は埼京線と呼ばれています。





 名称:JR埼京線滝野川橋梁
 構造種別:1径間箱桁(下流側)
 構造種別:1径間鈑桁(上流側)
 河口からの距離:3km
 橋の長さ:28.5m
 軌道:複線
 竣工:1982年(S57)


JR埼京線滝野川橋梁から60m上流に架かるのが『#20東橋』で、石神井川左岸の板橋区板橋4丁目と右岸の同じく板橋区板橋4丁目とを結ぶ、人道専用橋です。





 名称:東橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:3.1km
 橋の長さ:23.4m
 有効幅員:約3m
 完成:1987年(S62)



東橋の上流210mに架かるのが『#21金沢橋』です。石神井川左岸の板橋区板橋4丁目・加賀1丁目と右岸の同じく板橋区板橋4丁目・加賀1丁目とを結び、一般道が通ります。橋の下流側と上流側に歩道橋(幅1.8m)が併設されています。





 名称:金沢橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:3.3km
 橋の長さ:19.9m
 有効幅員:約5m
 完成:1982年(S57)



金沢橋の上流120mに架かるのが『#22加賀緑橋』で、石神井川左岸の板橋区加賀1丁目と右岸の同じく板橋区加賀1丁目とを結び、一般道が通ります。ヒヨドリが開花したばかりの桜の蜜を摂っていますね。偶に桜の木の下に付根から、むしられた花が沢山落ちていますが、此れはヒヨドリじゃなくて雀の仕業です。雀は嘴が短いので頭を突っ込んでも蜜まで届かないので、花の付根に在る蜜腺をモグモグと齧っては下に落とすからです。





 名称:加賀緑橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:3.4km
 橋の長さ:19.3m
 有効幅員:2m
 完成:1983年(S58)



加賀緑橋から170m上流に架かるのが『#23加賀橋』で、此の橋も石神井川左岸の板橋区加賀1丁目と右岸の同じく板橋区加賀1丁目とを結び、一般道が通ります。板橋区加賀は、江戸時代に加賀藩前田家の約21万坪に及ぶ広大な下屋敷が在った事に由来しています。橋の脇に咲く黄色い花はヒュウガミズキ(日向水木)です。





 名称:加賀橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:3.6km
 橋の長さ:20.5m
 有効幅員:8m
 完成:1976年(S51)



加賀橋から320m上流に架かるのが『#24緑橋』で、今回終着地点の橋にします。石神井川左岸の板橋区加賀1丁目・2丁目と右岸の同じく板橋区加賀1丁目・2丁目とを結び、一般道が通ります。河口である隅田川から3.8km-Pの距離ポストが在りました、石神井川は此のタイプなんだ。今のところGoogleの距離測定と一致していますね(笑)。







 名称:緑橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:3.8km
 橋の長さ:25.4m
 有効幅員:12m
 完成:1981年(S56)



>>>後書き<<<
次回は緑橋から継続遡上して、加賀二の橋、加賀学園橋、加賀さくら橋、稲荷橋、御成橋歩道橋、御成橋、仲宿人道橋、番場橋、板橋、新板橋、首都高5号石神井川橋、愛染橋までの紹介です。

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  1. 2017/04/15(土) 12:00:00|
  2. 石神井川

Scene-337 石神井川『無名橋~滝野川橋』


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次回アップ予定:Scene-338 石神井川『観音橋~緑橋』(04/15 12:00)
[Vol-02] 今回はJR東北本線他橋梁から継続遡上して、無名橋、舟串橋、音無橋、松橋、紅葉橋、滝野川橋までの紹介です。JR橋梁から80m程上流に架かる木橋が『#11無名橋』です。石神井川左岸の北区王子本町1丁目と北区王子1丁目とを結ぶ人道専用橋で、石神井川の旧流路は音無親水公園となり、現在は汲み上げた地下水がチョロチョロと流れて水車が回転、ん~、していませんね(笑)。コブシの開花も終わりが近づき、代わって桜が開花ですが、今年は寒の戻りが有って一気に満開とまでは行かず、開花にもバラツキが見られます。でも、其の分、花見が長く楽しめそうですね。





 名称:無名橋
 構造種別:1径間木製アーチ
 河口からの距離:1.4km
 橋の長さ:約5m
 有効幅員:約1m
 完成:不明



無名橋の上流30m程に架かる木製アーチが『#12舟串橋』で、此方の橋も音無親水公園内の人道専用橋です。





 名称:舟串橋
 構造種別:1径間木製アーチ
 河口からの距離:1.5km
 橋の長さ:約14m
 有効幅員:約3m
 竣工:1988年(S63)



音無親水公園の北側に王子神社が在るので寄ります。境内の由緒案内によると、創建は不詳で1322年(元亨2)に領主の豊島氏が紀州熊野三社より若一王子を勧請され、以来此の地は岸村から王子と云う地名になったそうで、神社下を流れる石神井川も此の付近では紀州の地名に因んで、音無川と呼ばれています。徳川家康からは1591年(天正19)に社領200石の御朱印状を拝領、明治初期には准勅祭社に指定、戦後には東京十社(根津神社、神田神社、亀戸天神社、白山神社、王子神社、芝大神宮、日枝神社、品川神社、富岡八幡宮、氷川神社)の一社に数えられています。境内の端に都の天然記念物に指定されている大イチョウ、幹囲:5.2m、高さ:24.2mが聳えています。祭神:伊邪那美命、伊邪那岐命、天照大御神、相殿:速玉之男命、事解之男命、所在:北区王子本町1-1-12。境外末社:富士神社、八雲神社、八幡神社、日枝神社、御嶽神社。鳥居は1982年(S57)、狛犬は1976年(S51)の建立です。




境内の西端に関神社と毛塚が在ります。蝉丸公は延喜帝の第四皇子で、髪の毛が逆髪である故に嘆き悲しむ姉君の為に、侍女の古屋美女に命じてかもじ(かつら)を考案し髪を整える工夫をした事から、髪の祖神と崇敬を集め、滋賀県大津の関蝉丸神社に祀られ、其の御神徳を敬仰する かもじ業者を中心として江戸時代に奉斎されたのが関神社です。祭神:蝉丸公、逆髪姫、古屋美女、所在:北区王子本町1-1。境内の奉納石柱に刻まれているのは、当然ながら、かつら屋、床山などの名前がズラリですね。


舟串橋の50m上流に架かるのが鉄筋コンクリート製3連アーチの『#13音無橋』です。石神井川左岸の北区王子本町1丁目と北区王子1丁目・滝野川2丁目とを結び、都道455号本郷赤羽線が通ります。かつて此の地に住んでいた渋沢栄一は、第一国立銀行などの銀行業を初め、王子製紙やキリンビールなどの設立に携わった事業家で、音無橋の架橋にも関与しています。





 名称:音無橋
 構造種別:3径間RCアーチ
 河口からの距離:1.5km
 橋の長さ:49m
 有効幅員:16m
 竣工:1931年(S6)



音無橋の南脇に石神井川飛鳥山隧道の入口が見え、飛鳥山の下を潜り前回紹介した王子桜橋の上流へとショートカットしており、此処から上流が石神井川の本流になりますね。では、石神井川沿いに残り24km程の遡上を再開します。遊歩道も在るけど高さが有って、これじゃあ川面も橋も見えないね、此の先どうなるのかな?まあ行って見ましょう。日陰の桜は3分咲き、でも蕾の桜も好きだな。




飛鳥山隧道から南西200m程に浄土宗寺院の正受院が在ります。弘治年間(1555~1558年)に大和国に住み不動即我の密法を修していたと云う学仙房という僧が、霊夢によって武蔵国に来て此の寺を創建したと伝えられています。山号:思惟山、寺号:浄業三昧寺、本尊:阿弥陀如来像、所在:北区滝野川2-49-5。上野王子駒込辺三十三ケ所観音霊場の4番札所、北豊島三十三ケ所霊場の23番札所。山門は1902年(M35)の建立で、竜宮門形式の鐘楼門です。近藤守重は江戸時代後期の幕臣で探検家、1798年(寛政10)に幕府の命により蝦夷地の調査開発に尽力した人物で、正受院の隣に住んでいたそうです。






正受院から西180m程に音無さくら緑地が在ります。此処も音無親水公園と同じく、石神井川の旧流路を残した公園です。緑地内に架かっている吊り橋は『緑の吊り橋』と云う名前で、1994年(H6)架橋の3代目です。補鋼桁が無い構造なのでメチャクチャ揺れますよ。所在:北区王子本町1-6先。


音無さくら緑地の北側が石神井川で、音無橋から400m上流に架かる『#14松橋』が見えます。石神井川左岸の北区王子本町1丁目と右岸の同じく北区王子本町1丁目とを結び、一般道が通ります。松橋の脇に在った計測装置は電波レベル計で水位観測用に使用されていました。両岸には遊歩道も在り、柵の隙間からの撮影も問題なしです。石神井川は豪雨対策用の雨水排水路として整備されており、普段は雨水や湧水などが少し流れる程度ですが、最大で50mm/hの豪雨に対応出来ます。





 名称:松橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:1.9km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約5m
 完成:1972年(S47)



松橋から150m上流に架かるのが『#15紅葉橋』、欄干飾りが紅葉したモミジで判り易いね。石神井川左岸の北区王子本町1丁目・滝野川4丁目と右岸の北区滝野川2丁目・3丁目とを結び、一般道が通ります。紅葉橋下に浮かんでいるキンクロハジロ、眼つき悪~(笑)。





 名称:紅葉橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:2.1km
 橋の長さ:21.6m
 有効幅員:15m
 完成:1978年(S53)



紅葉橋の南隣に真言宗豊山派寺院の金剛寺が在ります。弘法大師が遊歴した際に創建したと伝えられており、治承年間(1177~1181年)には源頼朝が当地に布陣、辨財天への信仰深く堂舎を建立したとも云われています。此の付近一帯は、徳川八代将軍吉宗の命により楓が植樹され、紅葉寺として今も親しまれています。山号:瀧河山、院号:松橋院、本尊:不動明王像、所在:北区滝野川3-88-17。豊島八十八ケ所霊場の43番札所、荒川辺八十八ケ所霊場の16番札所、上野王子駒込辺三十三ケ所観音霊場の1番札所、北豊島三十三ケ所霊場の31番札所です。山門裏側の左右に置かれている石像は風神と雷神で、胸に宝永七(1710年)の刻みが読めます。






紅葉橋に戻り、右岸沿いを50m程進むと親水公園の音無もみじ緑地が在ります。傍に立つ案内板には松橋弁財天洞窟跡の説明が有ります。かつて此の付近は渓谷で、崖下の岩屋の中には弁財天像が祀られ、岩屋弁天とも呼ばれていたそうで、石神井川の護岸工事により洞窟は消失しています。


更に200m程進むと、今回終着地点の『#16滝野川橋』で、紅葉橋から310m上流に架かっています。石神井川左岸の北区滝野川4丁目と右岸の北区滝野川3丁目とを結び、一般道が通ります。橋名は渓谷が在った時代に多くの滝が在り、別名、滝野川とも呼ばれており地名にもなっています。





 名称:滝野川橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:2.4km
 橋の長さ:20m
 有効幅員:15m
 竣工:1961年(S36)



>>>後書き<<<
次回は滝野川橋から継続遡上して、観音橋、谷津橋、JR埼京線滝野川橋梁、東橋、金沢橋、加賀緑橋、加賀橋、緑橋までの紹介です。

お気付きの点、照会などがありましたら下の[拍手]ボタンからコメントを送って下さい、非公開なので気軽にどうぞ。尚、問い合わせ等につきましては、返信用のメアドの書き込みも願います。

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  1. 2017/04/11(火) 12:00:00|
  2. 石神井川

Scene-336 石神井川『新堀橋~JR東北本線他橋梁』


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次回アップ予定:Scene-337 石神井川『無名橋~滝野川橋』(04/11 12:00)
[Vol-01] 『ぶらっと遡上探索』の第16弾、石神井(しゃくじい)川編の始まりです。小平市花小金井南町を源流とし、北区堀船3丁目で隅田川に合流する流路延長25.2kmと短い河川ですが、何時もの様に橋梁主体に付近の寺社・名所などを紹介しながら遡上しますので、引き続きご覧下さい。


今回は隅田川と合流する河口の新堀橋から遡上して新堀橋歩道橋、豊石橋、新柳橋、溝田橋、堀船橋、鎗溝橋、王子桜橋、無名橋、JR東北本線他橋梁までの紹介です。河口への最寄り駅はJR王子駅、JR山手線の大塚駅で都電荒川線に乗換え、自宅から約80分で王子駅前停留場に到着です。傍のJRガード下に立喰そば処「きそば」が在ったので、小柱・イカ天蕎麦(\400)でエネルギー補給です。




では、石神井川河口となる隅田川との合流部まで約1.2kmを歩きます。石神井川の第一橋梁は『#01新堀橋』で、石神井川左岸と右岸の北区堀船3丁目間を結び、一般道が通ります。頭上に架かる連続トラスは首都高中央環状線隅田川橋梁です。



 名称:新堀橋
 構造種別:1径間RC桁
 河口からの距離:0.1km
 橋の長さ:23.1m
 有効幅員:3.6m
 完成:1960年(S35)



新堀橋の上流隣に架かるのが『#02新堀橋歩道橋』で、名のとおり人道専用橋です。此の付近は護岸ギリギリまで工場や宅地が建ち遊歩道も無いので、橋の撮影ポイントが有りませんね。



 名称:新堀橋歩道橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:0.1km
 橋の長さ:約22m
 有効幅員:約1m
 完成:1972年(S47)



新堀橋歩道橋の50m上流に架かるのが『#03豊石(ほうせき)橋』です。此の後で寄った、西福寺に奉石橋の碑が在り、奉納された石橋が元の橋名の様です。石神井川左岸の北区豊島2丁目と右岸の北区堀船3丁目を結び、一般道が通ります。



 名称:豊石橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:0.2km
 橋の長さ:27.4m
 有効幅員:6m
 完成:1964年(S39)



豊石橋北詰から北西に100m程進むと真言宗豊山派寺院の西福寺が在ります。今から約1200年前の45代聖武天皇の時代に、豊島の郡主庄司左衛門清光の娘(足立姫)が亡くなった事を悲しみ、行基菩薩に依頼して作られた六阿弥陀仏の一つを本尊として創建したと云われています。山号:三縁山、院号:無量壽院、本尊:阿弥陀如来像、所在:北区豊島2-14-1。江戸六阿弥陀巡礼の1番札所、豊島八十八ケ所霊場67番札所、荒川辺八十八ケ所霊場20番、33番札所です。




西福寺山門から南に60m程進むと『#04新柳橋』です。下流に使われなくなった歩道橋(完成:1972年(S47))と、上流に架かる護岸工事車両専用仮設橋の間に挟まれています。50年以上経過する古い橋で、欄干のガードレールがボロボロですね。石神井川左岸の北区豊島2丁目と右岸の北区堀船2丁目・3丁目を結び、一般道が通ります。





 名称:新柳橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:0.3km
 橋の長さ:21.5m
 有効幅員:5m
 完成:1964年(S39)



新柳橋の400m程上流に架かるのが『#05溝田橋』で、石神井川左岸の北区王子1丁目と右岸の北区堀船1丁目・2丁目を結び、都道306号王子千住夢の島線(明治通り)が通ります。未だ、欄干にビニールが被っていて新品出来立ての橋ですね。





 名称:溝田橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:0.6km
 橋の長さ:約28m
 有効幅員:約30m
 完成:2017年(H29)



溝田橋の210m程上流に架かるのが『#06堀船橋』です。石神井川左岸の北区王子1丁目と右岸の北区堀船1丁目とを結ぶ人道専用橋で、橋名は右岸地区名からの命名ですね。



 名称:堀船橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:0.9km
 橋の長さ:約33m
 有効幅員:約3m
 完成:不明



堀船橋の上流150m程に架かるのが『#07鎗溝(やりみぞ)橋』で、此方の橋も石神井川左岸の北区王子1丁目と右岸の北区堀船1丁目とを結ぶ人道専用橋です。橋下を泳ぐオオバンの脚が見える程の水質でビックリ、もっと汚れていると思っていました。





 名称:鎗溝橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:1km
 橋の長さ:20.1m
 有効幅員:3.6m
 完成:2004年(H16)



鎗溝橋の上流100m程に架かるのが『#08王子桜橋』です。此方の橋も石神井川左岸の北区王子1丁目と右岸の北区堀船1丁目とを結ぶ人道専用橋です。石神井川の流れは此の先20m程で北西側に曲がりますが、正面にも水路が見えます。此れは、1969年(S44)に完成した飛鳥山分水路(約500m長)で、暗渠の上には都電荒川線、JR東北・上越新幹線、東北本線、京浜東北線、JR貨物線などが通ります。



 名称:王子桜橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:1.1km
 橋の長さ:約23m
 有効幅員:約6m
 完成:不明



王子桜橋から旧水路沿いに100m程進むと『#09無名橋』が架かっています。石神井川左岸の北区王子1丁目と右岸の同じく北区王子1丁目とを結び、国道122号線が通ります。国道を潜ると左手90度方向に流れが変わりJR王寺駅に喰い込むので橋幅が判りません。



 名称:無名橋
 構造種別:ボックスカルバート
 河口からの距離:1.3km
 橋の長さ:約8m
 有効幅員:不明
 完成:不明



無名橋と隣り合うのが『#10 JR東北本線他橋梁』で、JR東北・上越新幹線、東北本線、京浜東北線、貨物線などが通ります。



 名称:JR東北本線他橋梁
 構造種別:ボックスカルバート
 河口からの距離:1.3km
 橋の長さ:約6m
 有効幅員:不明
 完成:不明



JR東北本線他橋梁を潜ると西側に飛鳥山公園が広がっています。桜の名所なので本ブログも開花時期に合わせ、オンタイムでの撮影です。桜の前に公園南端に在る寺社を先に紹介します。先ずは七社神社、境内の由緒案内によると創建は不詳、元は北区西ケ原の無量寺境内に七所明神社として祀られており、高野山4社明神と天照大神、春日、八幡の7柱を祀っている事から七所明神と呼ばれ西ケ原村の鎮守でしたが、1869年(M2)に神仏分離令により無量寺境内から、現在地の一本杉神明宮社地に遷座しています。祭神:伊邪那岐命、伊邪那美命、天児屋根命、伊斯許理度売命、市寸島比売命、品陀別命、帝中日子命、所在:北区西ケ原2-11-1。境内社:神明宮、稲荷神社、熊野神社、菅原神社、三峯神社、疱瘡神。






七社神社の西80m程に日蓮宗寺院の妙見寺が在ります。中山法華経寺慈徳院日陽上人が1934年(S9)に荒川区尾久に妙見堂教会として創建、1944年(S19)現在地に移転、1947年(S22)に現徳山妙見寺と名称変更しています。山号:現徳山、所在:北区西ケ原2-9-5。


飛鳥山公園は江戸享保期に行楽地として徳川吉宗が整備し、1873年(M6)に上野公園などと共に日本最初の公園に指定され、ソメイヨシノ、サトザクラなど約600本が見られます。都の桜標本木による開花宣言から10日、普通ならば満開なのですが花冷えや小雨の影響で蕾がフリーズ、全体的に5分咲き程度の開花なので、ピックアップした開花を載せますね。公園の中には博物館が3つ並んでいます。北区飛鳥山博物館(地域の自然・歴史・郷土資料などを展示)、紙の博物館(日本最初の洋紙工場だった旧王子製紙の収蔵資料を引き継いだ、紙専門の展示)、渋沢史料館(同地に本邸を構えていた実業家渋沢栄一に関する資料展示)、入場料は各館\300(共通券\720)、休館日は月曜日と年末年始です。内容は興味が無いのでパス、紙の博物館の前に初めて見る花が咲いています。何だか判りますか、三つ叉になった枝、そう!ジンチョウゲ科のミツマタ(三椏)で紙幣の原料ですね。






公園の一角には渋沢栄一の旧邸「曖依村荘」跡が庭園として在り、現存する建物の晩香廬と青淵文庫の内部は土曜日午後のみ有料で公開されています。庭園は無料なのでぶらぶらと散策、木々に覆われ静寂な場所です。庭園の端に兜稲荷社跡が在ります、説明案内によると日本橋兜町の第一銀行構内に在った社で、1897年(M30)の銀行改築時に現在地に移築されたものだそうです。木陰でピョンピョンと動きまわる鳥、ヒヨドリでも無く、ムクドリとも違うね、何だろう?帰宅してから暫し検索、ん~此れかな、スズメ目ツグミ科のアカハラ(赤腹)でした。




公園内にはD51とチンチン電車も静態保存されています。国鉄D51形蒸気機関車 853号機:1943年(S18)製造、東京都交通局6000形電車 6080号:1949年(S24)製造。残念ながら、保存状態は悪いですね。北端に標高差:17.4mを2分で移動する飛鳥山公園モノレール(車両名:アスカルゴ)が在るので下まで降り、今回は此処までで終わり、遡上を継続します。


>>>後書き<<<
次回はJR東北本線他橋梁橋から継続遡上して、無名橋、舟串橋、音無橋、松橋、紅葉橋、滝野川橋までの紹介です。

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  1. 2017/04/07(金) 12:00:00|
  2. 石神井川

Spot-42 横須賀『横須賀港』


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『ぶらっと遡上探索』第16弾の石神井川編が次回から始まるのですが、初回に訪れる場所が桜の名所なので、スタートを開花時期に合せるべく、Spotを差し込んで時間調整です(笑)。と云う事で、神奈川県南東部の三浦半島に在る横須賀港に行って来ましたので、臨海公園、港と軍艦、寺社などをSpotで紹介します。自宅からJR南武線の武蔵小杉駅でJR横須賀線に乗換えて、約90分で横須賀駅に到着です。


駅前に立っていた「よこすか海軍カレー」公式キャラクターのスカレー(Sucurry)君と目が合いました、ハイハイ、後で買って帰りますよ(笑)。駅前北側に横須賀港が開け、一角にフランス・ブルターニュ地方の住宅を模した急傾斜の屋根と石壁造りのヴェルニー記念館が在ります、日本近代化の起点とも云える横須賀製鉄所や横須賀造兵廠などの建設を指導したフランス人技師レオンス・ヴェルニーの功績と、横須賀製鉄所の意義を永く後世に伝える為に建てられた施設です。休館日:月曜日と年末年始、所在:横須賀市東逸見町1-1。入場無料なので入って見ます。中に軍艦「陸奥」の模型が展示してあります、此処の生まれだそうです。右手に高さ約6mと3mのスチームハンマーが見えます。旧横須賀製鉄所で使用されていた3Tonと0.5Tonの鍛造・圧延用ハンマーで、国の重要文化財に指定され、機械遺産にも認定されています。その他にも鍛造に使用する道具や、プレスの仕組みが判る模型なども展示されています。




屋外にヴェルニー公園が続いており、戦艦「陸奥」の第四主砲(41cm主砲身)が展示されています。2016年に船の科学館(東京都品川区)から、故郷である此処横須賀に移設されたものです。陸奥は1918年(T7)に横須賀海軍工廠で起工され2年後に進水していますが、1943年(S18)に主砲火薬庫から爆発を起こして広島湾沖柱島泊地で沈没しています。其の後1970年(S45)から引き上げられた艦船部品が各地に展示されています。


公園の花壇にはフランス品種を中心とした130品種・1400株の薔薇と、日本、米国、ドイツなどの品種と併せて約2000本が植えられています。開花は5月と10月ですね。ベンチで朝食休憩、今日はヨーグルト付きです(笑)。桟橋からは海鳥が沢山見られます、鵜が桟橋突端で佇んでいます。川鵜?海鵜?どっちでしょう、海に居るから海鵜?川鵜も海に魚を捕りに来ますヨ。見分け方は、嘴の口角が三角に尖っているのが海鵜、平らなのが川鵜なので、正解は海鵜です。




オオバンにキンクロハジロも居ますね。カメラを向けても逃げないので、餌付けされているみたいです。公園端の汐入桟橋に軍港巡り(¥1400)用の船が止まっています、Sea FriendⅤとSea Friend 7で米海軍基地と海上自衛隊基地を近くから眺める事が出来ます。平日なので、当日乗船券も残っていましたが、風が強くて湾を出ると揺れそうだし、酔い止めの薬も無いのでパスします(笑)。傍の汐入ターミナルにお土産が並んでいます、此処で「よこすか海軍カレー」を購入です。




軍港巡りの船はパスしたので、桟橋から船などを撮ります。港の左手に係留されているのが、海上自衛隊の汎用護衛艦「てるづきDD-116」です、あきづき型護衛艦の2番艦になります。建造:三菱重工長崎造船所、就役:2013年(H25)です。港の大部分を占めるのが駐留米海軍で、正面にイージス艦が止まっています。艦番号が見えないので艦名は判りません。APL40、此れは米海軍の支援船で、艦船の乗組員等が宿泊出来る船です。後方に76の艦番号がチラッと見えますね、原子力空母のロナルド・レーガン(CVN-76)です。タグボートは大型艦船の微調整移動に欠かせない働き者の船ですよ。




鯨の様に黒い巨体を横たえているのが海上自衛隊の潜水艦です。おやしお型潜水艦は、1998年からの就役で全長:82m、全幅:8.9m。そうりゅう型潜水艦は2009年からの就役で全長:84m、全幅:9.1mです。艦船には識別用の艦番号が標記されていますが、潜水艦は隠密行動が原則なので艦番号の表記が無く、艦名が特定出来ません。横須賀基地に所属しているのは、「ずいりゅう」と「こくりゅう」だそうです。そうりゅう型潜水艦の外観的特徴は後舵装置のX舵で、今までのおやしお型は十字型舵でした。船体表面に貼られているのは、無反響タイルや吸音タイルでステルス性が高く、電気モーターで航行していると何処に居るのか判らないそうです。桟橋から見えるドックは3つ、日本最古の西洋式ドライドックで1号ドックは1871年(M4)に完成、其の後3号ドライドックが1874年(M7)、2号ドックが1884年(M17)に完成し、現在も使用されています。




汐入桟橋から南東450m程に諏訪大神社が在るので寄ります。境内の由緒案内によると、1380年(康暦2)足利義満の頃、三浦貞宗が横須賀の鎮守として、長峯城の城口に当たる古谷山に、信州上下両諏訪明神を勧請したのが始まりと云われています。1873年(M6)村社に列格、1928年(S3)に郷社に昇格しています。祭神:健御名方命、事代主命、所在:横須賀市緑が丘34。鳥居は1926年(T15)、狛犬は弘化丙午と刻まれているので1846年(弘化3)の建立です。




諏訪大神社の東200m程に曹洞宗寺院の良長院が在ります。元は米軍基地内の泊浦(現在の泊町)に在り、長峯城城主の瀬尾重兵衛良長により創建したと云われています。山号:龍谷山、本尊:釈迦三尊像、所在:横須賀市緑が丘2。




良長院山門脇の分岐道に戻り、登り坂と階段を160m程進むと曹洞宗寺院の徳受院に出ます。ふぅ~チョット休憩です(笑)。1876年(M9)に豊川稲荷(円福山妙厳寺)から祭神を分祀して建てられており、正式には豊川稲荷横須賀別院と云うそうです。成田山分霊所が平坂途中に在りましたが、関東大震災の被害に遭い此方に祀られており、三浦不動の第4番札所です。山号:豊川山、所在:横須賀市大滝町2-27。山門東側にも参道石段が在り、220段程降りると三笠ビル商店街の中に続いています。此方が正面入口みたいですよ。






三笠ビル商店街を抜けて北東700m程に保存されている、戦艦「三笠」を見に行きます。大日本帝国海軍の戦艦で敷島型戦艦の四番艦、日露戦争では連合艦隊旗艦を務め、司令長官として東郷平八郎大将らが座乗していす。生まれは英国ヴィッカース社で、1902年(M35)に就役、全長:131.7m、全幅:23.2mです。日露戦争終結直後の1905年(M38)に、佐世保港内で後部弾薬庫の爆発事故で沈没、翌年に浮揚、佐世保工廠で修理され1908年(M41)第1艦隊旗艦として現役復帰。1923年(T12)に除籍となり、現在は防衛省所管で此処の三笠公園に記念艦として保存されています。






「戦艦三笠」の後ろ側が横須賀新港で、三笠桟橋から東方約1.75km沖合の猿島(海岸線長:約1.6km)へ渡るSea Friend Zeroが就航しています。隣の新港第一突堤に東京汽船のタグボート「有馬丸」「信濃丸」「湘南丸」などが連なって停泊していますね、専用自動車運搬船などを押す仕事に使われているそうです。奥に謎の物体を積んだ艀が浮いています、何だろう?気になりますね。




三笠桟橋から東150m程に、よこすかポートマーケットが在ったので序に見て行きます。地場産物総合販売所で、横須賀のお土産も在ったけど、よこすか海軍カレーを買ったからもういいか。おっ、マグロだ、旨そうだけどチョット高いね。カマの照り焼きが25%OFF、此れは買って行こうかな(笑)。ポートマーケットから南西700m程の京浜急行本線の横須賀中央駅から帰ります。帰宅して早速、マグロかまをチン。ん~旨いね、肉だね!結構な量の身が付いていて食べ切れません。翌日、残りは茶漬けで完食です。夕食は、よこすか海軍カレーです。ルーの量が多いのか皿が小さいのか、溢れそうです。海軍カレーは船上で不足するカルシウムを補う牛乳がセットになっています。あんた、船員じゃ無いじゃん!まぁ、いいからいいから(笑)。1箱400円程で市販のレトルト品よりも高いけど、味は文句無しのレストランの味で、メチャ旨でしたよ。




>>>後書き<<<
次回から『ぶらっと遡上探索』の第16弾、石神井川(しゃくじいがわ)編の始まりです。流路延長25.2kmと短い河川ですが、何時もの様に橋梁主体に付近の寺社・名所などを紹介しながら遡上しますので、引き続きご覧下さい。
次回アップ予定:Scene-336 石神井川『新堀橋~JR東北本線橋梁』(04/07 12:00)

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  1. 2017/04/03(月) 12:00:00|
  2. 横須賀港

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