ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-290 相模川『新昭和橋、相模川水路橋、相模川渡河橋、高田橋』


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次回アップ予定:Scene-291 相模川『小倉橋、新小倉橋』(09/01 12:00)
[Vol-10] 今回は昭和橋から遡上して、新昭和橋、相模川水路橋、相模川渡河橋、高田橋までの紹介です。最寄り駅はJR相模原線の原当麻(はらたいま)駅で、駅前から昭和橋を渡って厚木に行く神奈中バスが有るので利用します。


途中に時宗寺院の無量光寺が在るのでバスを降ります。1261年(弘長1)一遍により草庵が結ばれて、金光院と名付けたのが始まりで、其の後、1303年(嘉元1)に弟子の真教により無量光寺が開かれたと云われています。後北条氏の外護を受け、1591年(天正19)には徳川家康より30石の寺領を賜っています。山門は珍しい二脚門ですね。山号:当麻山、院号:金光院、本尊:木造一遍立像、所在:相模原市南区当麻578。






境内に「真教上人ゆかりの木患樹」と立札が立ち、傍に小さな黄色の花を付けた木が在ります。木患子(モクゲンジ)はムクロジ科の落葉高木で、種子は数珠の材料にもなります。以前、多摩川の上流で見た時は種の状態で、開花は初めて見ました、小さいけど綺麗な花だね。木患子は、無患子(ムクロジ)とも書き、患わない事から縁起が良い樹木と云われています。無量光寺は亀形峰(きぎょうほう)と呼ばれる丘に在り、山門脇の崖から綺麗な清水が流れています。ペットボトルに詰めて後で使う事にします。


無量光寺の西参道から降りて、南西300m程に在る白笹神社に行きます。創建は不詳、拝殿の社額には白笹神社と日枝神社の併記で、神奈川県神社庁データベースでは日枝神社で登録されているので、日枝神社で紹介します。祭神:大山咋命、所在:相模原市南区当麻2637。


次に日枝神社から北西340mに在る、金山神社に行きます。創建は不詳、祠横に見える盛り土の様なものは谷原古墳群の一つだそうです。祭神:金山彦命(推定)、所在:相模原市南区当麻140。


金山神社が在る場所は相模川左岸の段丘上なので、下に降りると次に上がるのが辛いので此のまま段丘上を進みます。640m程先に時宗当麻派寺院の向得寺が在ります。先程の無量光寺末寺で、僧向得による開山と云われています。天文の頃(1532~1555年)戦火に罹り衰退したが、其の後、津久井城主内藤氏が再興し、住阿弥により中興されています。山号:塩田山、本尊:地蔵菩薩像、所在:相模原市中央区田名塩田3-15-15。途中の道端に咲いていた花も序にパチリ。




向得寺から南西250m程、段丘を1段降りて相模川左岸沿いに出ます。上流方向に在る残りの寺院は2km先なので、今回最終地点の橋に行った際に寄る事にし、左岸側からの橋の絵を撮りながら昭和橋方向へ戻ります。260m戻ると、史跡田名向原遺跡公園が在ります。後期旧石器時代末(約2万年前)の遺跡で、旧石器時代の住居状遺構、縄文時代の竪穴住居、古墳時代の小円墳などが復元展示されています。所在:相模原市中央区田名塩田3-13。




田名向原遺跡から1.3km遊歩道を戻り、昭和橋を渡って右岸側に行きます。昭和橋南詰めから50mに依知(えち)神社が在ります。境内の沿革由緒碑によると、古来より依知郷の鎮守で創建は不詳、平将門が関東平定の折り依知神社に参詣し、相模川が氾濫し村人の苦難する様子を見て、復興の助けとして赤城山の神馬を献上。神馬の活躍により堅牢な護岸が完成し、此れに感謝した氏子らにより将門公の御霊を相殿にして937年(天慶1)に社殿を再建して赤城明神社と称した。1873年(M6)に村社列格、1894年(M27)再び依知神社と改名しています。祭神:磐筒之男命、所在:厚木市上依知1。鳥居は1866年(慶應2)、狛犬は1982年(S57)の建立です。






依知神社脇から右岸沿いの国道511号線を600m程進むと『#20新昭和橋』です。相模川左岸の相模原市南区当麻と右岸の厚木市上依知とを結び、国道129号が通ります。左岸側に繋がる高架部は3径間連続RC桁6連と2径間連続鈑桁で合計長さは756mになります。「かながわの橋100選」の53番です。国道511号線は此処から上流8km程に在る砂利採石場からのダンプカーが頻繁に往来するので注意が必要です、しかも歩道の幅が50cm程度しか無いので、対向からトラックが来た時は体を細くします(怖)。





 名称:新昭和橋
 構造種別:4径間連続鋼鈑桁×2連
 河口からの距離:25km
 橋の長さ:450m+(左岸側高架橋306m)
 有効幅員:約20m
 竣工:1979年(S54)



新昭和橋の上流290m程に架かるのが『#21相模川水路橋』です。此の橋も相模川左岸の相模原市南区当麻と右岸の厚木市上依知との間に位置する水道専用橋で、「かながわの橋100選」の53番です。右岸側約31km先に在る酒匂川水系の三保ダムからの取水を、対岸の金山神社裏に在る相模原ポンプ所に導く為の水路橋で、日量最大180万トンの水が通過し、相模原浄水場や川崎市西長沢浄水場などに送られます。





 名称:相模川水路橋
 構造種別:5径間鋼ランガー桁+鋼箱桁(両端)
 河口からの距離:25.3km
 橋の長さ:873m
 有効幅員:3.4m
 竣工:1974年(S49)



相模川水路橋から290m上流に架かるのが『#22相模川渡河橋』です。やっと川原に降りられる道が見えたので河川敷に入ります。此の橋も相模川左岸の相模原市南区当麻と右岸の厚木市上依知とを結び、県道52号線や国道129号線から繋がる、首都圏中央連絡自動車道(さがみ縦貫道路)相模原愛川ICのランプウェイ橋です。





 名称:相模川渡河橋
 構造種別:6径間連続ラーメン箱桁
 河口からの距離:25.6km
 橋の長さ:420m
 有効幅員:約17m
 竣工:2009年(H21)



相模川渡河橋の手前から河川敷に入ったは良いけど、此の先で国道に出られるのかね?不安だけど、微かに轍跡も残っているので、轍道で河川敷を進みます。500m程歩くと河原からの出口が見えました、ヤレヤレですね。


国道511号線を横断し平行する裏道に入り、西450m程に在る曹洞宗寺院の久昌寺に行きます。江戸時代前期の砲術家である井上外記の陣屋跡に建つ寺院で竜福寺末。石門為橋による開山と云われています。山号:興雲山、本尊:薬師如来像、所在:愛甲郡愛川町中津2597。


久昌寺からダンプが通らない裏道を2km程進み、高田橋南詰めに在る寺社へ行きます。途中の木陰で小休止、無量光寺で汲んだペットボトルの水で洗顔、汗臭いタオルも洗濯します(笑)。高田橋南詰めに到着、南60mに在る小山は小沢古城址で、豪族小沢氏の館跡に建つのが浄土宗寺院の還浄寺です。創建は不詳、乗誉瑞鳳和尚による開山と云われています。山号:正業山、院号:大乗院、本尊:阿弥陀如来像、所在:愛甲郡愛川町角田931。


還浄寺の東隣に角田諏訪神社が在ります。創建は不詳、小沢城の鬼門除けと相模川の洪水から守る為に、祀られたと云われています。祭神:建御名方命、所在:愛甲郡愛川町角田934。鳥居は1997年(H9)、狛犬は2000年(H12)の建立です。


角田諏訪神社の石段を降りて左手に見えるのが、今回終着地点の『#23高田橋』です。相模川左岸の相模原市中央区水郷田名と右岸の愛甲郡愛川町角田とを結び、神奈川県道54号相模原愛川線・63号相模原大磯線が通り、旧両岸地区の高峰村と田名村の頭文字を取って、高田橋と命名されています。「かながわの橋100選」の52番です。江戸時代中期に大山講が隆盛し、相州大山詣で用の「久所の渡し(田名の渡し)」と呼ばれる渡しが在った場所で、創架は1924年(T13)、2代目の架橋は1929年(S4)、現在の橋が3代目です。交通量が多い橋で、上流側に拡張用の橋が追加工事中でした。





 名称:高田橋
 構造種別:3径間連続鋼箱桁×2連
 河口からの距離:28.5km
 橋の長さ:342m
 有効幅員:約11m
 完成:1975年(S50)



高田橋から左岸側に渡り、550m東に在る臨済宗建長寺派寺院の南光寺を紹介して終わります。境内の由緒案内によると、1354年(文和3)に仏寿師により開山され、1648年(慶安1)には寺領8石1斗の御朱印を賜っています。山号:陽原山、本尊:釈迦如来像、所在:相模原市中央区田名5646。




南光寺から北1kmに田名バスセンターが在り、其処から橋本駅行きのバス経由で帰宅します。


>>>後書き<<<
次回は高田橋から遡上して、小倉橋、新小倉橋までの紹介です。

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  1. 2016/08/28(日) 12:00:00|
  2. 相模川

Scene-289 相模川『昭和橋側道橋、昭和橋』


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次回アップ予定:Scene-290 相模川『新昭和橋、相模川水路橋、相模川渡河橋、高田橋』(08/28 12:00)
[Vol-9] 今回は座架依橋から遡上して、昭和橋側道橋、昭和橋までの紹介です。前回と同様に右岸沿いに寺社等が無いので、座架依橋西詰めから270m先で圏央道を潜り、西側に在る寺社を辿りながら遡上します。圏央道脇に水天宮と移転碑が見えます、圏央道の工事により此処に移転したものだそうです。西側は丘陵地で坂が多くて、歩くには辛いね。斜面に生えている雑草を撮りながら上ります、キク科のオオブタクサ(大豚草)は帰化植物で北アメリカ原産です。でかいアザミも生えていますね、アメリカオニアザミかな?アザミは100品種程在るそうです。ミョウガの葉に似た奴は、奥多摩でよく見掛けたツユクサ科のヤブミョウガだね。




400m程坂道を進んで行くと、山際神社に到着です。古くは第六天社と云い、依知村の鎮守でした。創建は不詳ながら、1591年(天正19)に徳川家康から朱印地1石を賜ったと云われている古社で、明治の神仏分離令の際に山際神社と改称されています。祭神:素盞嗚尊、所在:厚木市山際180。拝殿の脇障子や扉の彫刻が見事です。二之鳥居は1996年(H8)の建立。一之鳥居が参道入り口に在り、撮ったのですがPC取り込み後に表示不能になり絵が使えません。此の現象、偶に出るんだよね。




山際神社前の道を北に350m程進むと、住宅地の一角に天神塚の表記と稲荷鳥居が在ります。説明案内によると、俗に長塚と云い、弥生時代から武家時代に至る豪族や武士を埋葬した墓で、中平講中により七塚弁天が祀られているとの事です。所在:厚木市山際1070-7付近。


天神塚から北180mに曹洞宗寺院の長福寺が在ります。創建は不詳、入口に不動明王を乗せた形の大山道の道標と庚申塔が立っています。道標は1838年(天保9)の建立で、右、大山道、左厚木道 猿ケ島村渡船場と刻まれています。傍の庚申塔は1860年(万延1)の建立です。山号:多寶山、所在:厚木市山際1023。






長福寺から100m程バックして、圏央道脇の馬坂を下ります。馬坂は猿ケ島村から大山詣での際に通る道で、依知村には馬が飼育されていて、農耕以外の荷物運搬にも利用され、多くの馬が通った事が由来です。400m程の下り坂で膝に来るね、下り用の馬、いね~かな(笑)。圏央道厚木5号隧道を潜り、山際川に架かる馬坂下橋を渡ると、前方の水田の中に小さな森が2つ見えますヨ。次に行く神社で判り易いね。


馬坂下橋の前方160mの森が中神社で、鳥居の先に小さいけど立派な造りの拝殿が在ります。創建は不詳、祭神:水天尊、地神尊、所在:厚木市山際(厚木市猿ケ島350先)。鳥居は1996年(H8)の建立です。


中神社から北500m程に見える森が、猿ケ島熊野神社だね。創建は不詳、此処も田んぼの中に在る神社とは思えぬ造りの拝殿で、此れは田んぼが後に出来たんだね。祭神:予母津事解男命、伊弉冊命、速玉男命、所在:厚木市猿ケ島37。鳥居は1893年(M26)の建立です。




猿ケ島熊野神社の北500mに日蓮宗寺院の本立寺が在ります。創建は不詳、入口付近に1788年(天明8)に郷土の俳人五柏園丈水が弟子と共に建立した猿塚が在ります。「年々や猿にきせたる さるの面」という、松尾芭蕉の句が刻まれています。正月の芸能の一つ、猿回しで猿が猿のお面を着けている様子を見て「年が明けても人間其のものは変わらない」という意が込められた句だそうです。山号:妙法山、本尊:本尊三宝諸尊(推定)、所在:厚木市猿ケ島178。途中の道端にコスモスが咲いていました、夏咲き品種のコスモスですね。ナス科のワルナスビ(悪茄子)もいますね、プチトマトの様な実が付きますがソラニンを含み、悪魔のトマトとも呼ばれ、中毒死する場合が有るそうです。葉が赤い花の様に見えるのは、ポインセチアの仲間の猩猩草(しょうじょうそう)です。




本立寺の北130m程の角地に地図に載っていない神社が在りました。立札には山王社とあり、相模川の洪水に苦しんだ村民が、五穀豊穣、水難防除、家内安泰を祈願して建てたもので、山王社、稲荷社、水神社が祀られていました。所在:厚木市猿ケ島151付近。周りは水田だらけ、中にアオサギが何羽か居ます。オタマジャクシが泳いでいるので、蛙狙いですね。




山王社から北西600m程に、今回右岸側に在る最後の寺社になる日蓮宗寺院の妙傳寺が在ります。1278年(弘安1)本間重連が檀越となり、日源が日蓮を開山としての創建です。江戸時代23世日修上人が、不受布施の教義を唱えた事から、徳川将軍から廃寺の命が下りましたが、法華経の外護者である水戸光圀公が常陸の加倉井妙徳寺より日遥上人を招き、再興の上 釈迦如来像初め建造物を寄進され、御朱印まで回復されたと云われています。山号:星梅山、本尊:一塔両尊四士、所在:厚木市上依知2397。手水鉢は狛犬が背負っていますね、井桁に橘紋は日蓮宗の紋です。山門は持国天と毘沙門天とが警護する二天門で、1746年(延享3)の建立です。両脇の持国天像と毘沙門天像は、釈迦堂に安置されている釈迦如来立像の脇侍として1697年(元禄10)に造られたものです、古い造りで良いね。紫陽花の葉を日陰にしてニホンアマガエル(日本雨蛙)のピョン吉が涼んでいますね。








妙傳寺の西300mに県道508号線が通り、朝に乗った系統のバス通りになっているので、座架依橋付近までバスで戻ります。では、座架依橋東詰めへ移動して相模川沿いに進みます。途中に見処が無いので、遊歩道脇の花などを載せます。初めて見る枝垂れのアジサイが在りました、クグルと柏葉アジサイと云う品種でした。木陰のアジサイは未だ元気ですね。萩も咲き始めています、黄色い花はマツヨイグサ(待宵草)でアカバナ科、オレンジの奴はキスゲの仲間のヤブカンゾウ(薮萓草)、似た花で一重咲きの奴はノカンゾウやニッコウキスゲです。




少し雲が出て来たけど暑いね!首回りが重く、暑さにヤラレタみたいなので木陰のベンチに入ります。夏場はマグボトルを2本持参しており、1本に入っている追加用の氷で頭を冷やしながらロング休憩だね。でもベンチの絵を撮っている余裕があるので、未だ大丈夫だね(笑)。10分程休んで復活、本日の残り工程約2kmを頑張ります。少し進むと、良い匂いが漂って来ます、クチナシだね。更に進むと、今度は満員電車で嗅ぐようなオバチャン系の臭い(爆)、アベリアです。香りが強過ぎるので、此れは匂いでなく臭いだね。


座架依橋東詰めから約2.2kmの位置に在るのが、曹洞宗寺院の能徳寺です。創建は不詳ながら、永禄時代(1558~1570年)に建立されたと云われ、1649年(慶安2)には7石6斗の御朱印を賜っています。山号:礒平山、本尊:聖観世音菩薩像、所在:相模原市南区磯部425-1。境内に咲くピンクの百合はオリエンタルリリーのアカプルコだよね、控えめな配色で良いね。




能徳寺の西側150mに1930年(S5)竣工の磯部頭首工(河川などから農業用水を用水路へ引き入れるための施設)が在ります。下流堰、中間部の床止部、上流堰で構成され、上流の磯部頭首工堰は1968年(S43)竣工で、手前から土砂吐門(鋼製ローラーゲート5m×2.3m×2門)、魚道、洪水吐門(鋼製越流型自動転倒ゲート堰30m×1.3m×3門、魚道、固定堰が並んでいます。上流堰の上流部は水が堰止められて湖の様ですね。上流堰の左岸側に取水門が10門並び、手前6門は左岸灌漑用水幹線、奥の4門は右岸灌漑用水幹線に振り分けられています。取水門型式:ステンレス鋼製スライドゲート、径間:1.5m、呑口高:1.6m、設置数:10門、竣工:2000年(H12)。所在:相模原市南区磯部。






左岸側の取水門から左岸灌漑用と右岸灌漑用に取水されると、サラリと書きましたが、左岸側から取水して右岸側の灌漑用水に使うって、矛盾していますよね。此れにはカラクリが有り、相模川の川底を伏越(ふせこし)と云う、逆サイフォンの原理で水を送る仕組みが使われています。取水は傍の磯部頭首工公園の下を潜り、左岸用と右岸用の灌漑用水幹線に分かれるので、右岸用の灌漑用水幹線を追って見ると、公園の下から左岸沿い140m先で右岸に繋がる伏越呑口に吸い込まれ、相模川を潜ります。右岸灌漑用水の伏越位置の絵の「入禁」の文字の先に伏越のコンクリートの一部が見えますよ。近くに伏越の原型が展示されています。完成:1954年(S29)、伏越延長:612m。対岸の厚木市猿ケ島スポーツセンター付近で潜った水が吹き上がっている筈です。磯部頭首工公園の脇に望月翁の像が立っています。1930年(S5)に近郷7ケ町村を結合して相模川左岸普通水利組合を設立して管理者となり、十数年に亘る灌漑用排水改良事業の完成に尽力した人です。




磯部頭首工公園の脇に磯部の渡し跡も在ります。土手の階段にショウリョウバッタ(精霊蝗虫)見っけ!幼虫なので未だ羽根が生え切っていないね。そんな見つかり易い場所に居ると、お子ちゃまに、夏休みの昆虫採集で連れていかれちゃうよ。そう、草むらに隠れていれば安全だヨ。


磯部頭首工から北東500m程進むと、磯部八幡宮の鳥居が見えます。参道は一般道を陸橋で跨ぐ形で、陸橋を降りると、手水舎と不動堂が在ります。不動堂には八幡宮の別当であった仏像院(明治の神仏分離令により廃寺)の護摩堂に安置されていた不動明王座像が祀られています。拝殿は更に石段を上がります。境内の由緒案内によると、創建は不詳、古来より磯部村の鎮守として仏弥陀を奉斉しており、仏像院が廃寺になり八幡大神になっています。祭神:応神天皇、所在:相模原市南区磯部1388。狛犬は1928年(S3)の建立です。






八幡宮から相模川沿いに戻りながら700m程進むと、三段の滝が在ります。左岸の段丘上から相模川に合流する鳩川(流路延長16.1 km)分水路の勢いを緩衝する為に段差が造られ、其の段差が三段である事から、「三段の滝」と呼ばれています。分水路は新旧二つ在り、新分水路を「鳩川分水路:1933年(S8)完成」、旧分水路を「鳩川隧道分水路:1988年(S63)完成」と呼んでいます。疲れで足が重くなってきました。三段の滝から北200m程にJR相模線下溝駅が在るので、橋本経由で帰宅します。1.3km上流に在る昭和橋の紹介はどうするの?妙傳寺のピョン吉に任せます。






ゲロゲ~ロ、右岸妙傳寺で紹介戴いたピョン吉です。うちの妙傳寺から約500m、座架依橋から4.3km程上流に架かるのが『#18昭和橋側道橋』でケロ。相模川左岸の相模原市南区当麻と右岸の厚木市上依知とを結ぶ人道専用橋ですヨ。橋の絵は妙傳寺に寄った時に撮ってあるので見てケロロ。





 名称:昭和橋側道橋
 構造種別:4径間鋼鈑桁
 河口からの距離:24.4km
 橋の長さ:約365m
 有効幅員:約4m
 完成:1990年(H2)



昭和橋側道橋の上流隣に架かるのが『#19昭和橋』で、2車線の神奈川県道508号厚木城山線が通ります。歩道は有りません。かつて平塚八王子道・埼玉往還路の経由地となる当麻(上依知)の渡しが在った場所で、1925年(T14)に近衛工兵隊により仮橋が架けられましたが洪水で流失し、再び渡船に戻りましたが1928年(S3)の洪水で渡船に被害が出た為、災害復旧事業として本格的に架橋されました。橋名は、昭和の新時代を象徴する橋と云う事からの命名です、以上でケロ。





 名称:昭和橋
 構造種別:16径間鋼鈑桁
 河口からの距離:24.4km
 橋の長さ:363.6m
 有効幅員:7m
 完成:1931年(S6)



>>>後書き<<<
今回分は、寺社と名所が多くて長文になり、スイマセン。長くなった序に先日(8/21日)、地元近くで開催された 2016調布花火大会の絵を少し載せますネ(笑)。




次回は昭和橋から遡上して、新昭和橋、相模川水路橋、相模川渡河橋、高田橋までの紹介です。

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  1. 2016/08/24(水) 12:00:00|
  2. 相模川

Scene-288 相模川『座架依橋』


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次回アップ予定:Scene-289 相模川『昭和橋側道橋、昭和橋』(08/24 12:00)
[Vol-8] 今回は新相模大橋から遡上して、座架依橋までの紹介です。先ずは、小田急本厚木駅前の厚木バスセンターから3km程バスに乗り、金田バス停で下車。冷え冷えの車内から降りると、朝から30℃近い暑さで一気に汗が噴き出ます、今日は暑くなるね。東に800m程進むと新相模大橋に到着、右岸側の遡上開始です。橋の上流300mに下依知のダム放流警報所が在り、上流16kmの城山ダムから放流時に警報サイレンが出ます。額からも多量の汗が放流、熱中症の注意警報が出てますね(笑)。


此の付近の右岸沿いには寺社が無く、相模川と平行する圏央道の西側に在るので圏央道を潜り、北西300m程に在る、曹洞宗寺院の廣徳寺に行きます。途中の道端の綺麗な紫の花、アガパンサスと云うヒガンバナ科の花で、和名は紫君子蘭です。アオイ科のムクゲ(木槿)も咲き始めて夏だね。廣徳寺の開山は1634年(寛永11)と云われています。山号:東水山、本尊:釈迦如来像、所在:厚木市下依知468。




廣徳寺から北西650m程進むと、中依知浅間(せんげん)神社ですが、手前の宮の腰公園に水道と東屋が見えたので、小休止します。汗臭いタオルを此処で洗濯、上半身を拭いてスッキリ、下半身も拭きたいね(爆)。木陰にキジトラがへばっています、「お前だけ涼しくなってズルイにゃ~」と睨んでいます。


中依知浅間神社の鳥居を潜り50m程の参道を進むと拝殿です。中依知村・下依知村の鎮守で、此の後紹介する安龍寺が別当でした。鐘楼の銅鐘は神奈川県の重要文化財に指定されており、銘文によると1350年(貞和6)市内飯山の鋳物師清原宗広により鋳造されたもので、元は鎌倉大楽寺の鐘楼でしたが、1459年(長禄3)に浅間社の法器になったと追記されています。祭神:木花咲耶姫命、所在:厚木市中依知488。末社:稲荷社、金比羅社、秋葉社、鳥居は1984年(S59)、狛犬は1932年(S7)の建立、狛犬は右手完全骨折で痛々しいね。




中依知浅間神社の北隣に曹洞宗寺院の安龍寺が在ります。創建は不詳ですが、1591年(天正19)に徳川家康から朱印地2石を賜ったと云われている古刹です。山号:東泉山、本尊:虚空蔵菩薩像、所在:厚木市中依知495。


安龍寺から北西700m程に日蓮宗寺院の蓮生寺が在ります。『立正安国論』により幕府や諸宗を批判したとして日蓮上人は、1271年(文永8)に流罪(守護代本間六郎左衛門重連預け)となり佐渡に向う前、依知に在る重連の館に滞在しています。1274年(文永11)に流罪放免の帰途に再び依知に上宿し、高台から遙か安房小湊を拝し、両親に回向され宝塔を積上げ、此の地を宝塔山蓮生寺と命名したと云われています。此処には本間役宅跡をお寺にした三光山梅香寺が在りましたが、相模川の氾濫で廃寺になり、蓮生寺と合併しています。山号:宝塔山、本尊:一塔両尊四菩薩像、所在:厚木市中依知679。




蓮生寺から北西500m程に関口日枝神社が在ります。境内の由来案内によると、創建は不詳、関口村が上下に分村した時、下関口村の鎮守社として祀られ、明治に入り関口日枝神社と改称されています。祭神:大山咋命、所在:厚木市関口504。鳥居は1990年(H2)の建立です。




関口日枝神社の東斜面下に浄土宗寺院の大信寺が在ります。1192年(建久2)意久阿蘭により開基、かつては天台宗として開山したが、1474年(文明6)に独誉九工上人が浄土宗に改宗したと云われています。山号:関口山、院号:仏性院、所在:厚木市関口494。


大信寺の北に通る県道42号線を進むと座架依橋なのですが、左岸側の寺院紹介が残っていますので、新相模大橋左岸側に移動します。橋の東詰めから北に1.1km程進むと、浄土宗寺院の浄土寺が在ります。境内の由緒案内によると、四ツ谷村民の市兵衛が開基、願誉門悦が開山となり、元亀年間(1570~1573年)四ツ谷村三屋に創建されましたが、相模川の洪水により現在地に移転したと云われています。山号:心光山、院号:往生院、本尊:阿弥陀如来像、所在:座間市四ツ谷489。相模七福神の恵比寿です。




浄土寺の北隣に四ツ谷日枝大神が在ります。境内の由緒案内によると、元亀年間(1570~1573年)織田信長に敗れた美濃国の斎藤龍興(道三の孫)の遺臣4名による創建で、当地の四ツ谷を開拓した際に山王大権現として祀ったと云われています。1869年(M2)に日枝神社に改称、祭神も大山咋命に変わり、1873年(M6)村社に列格されています。1934年(S9)に麹町の日枝神社より新たに分霊し、社号を日枝大神に改称しています。祭神:大山咋命、所在:座間市四ツ谷479。境内社:天満宮、稲荷社、諏訪社、秋葉社、三峰社。鳥居は1978年(S53)、狛犬は1870年(M3)の建立です。






四ツ谷日枝大神から北西に1km進むと、浄土宗寺院の専念寺が在ります。境内の由緒案内によると、八王子市大善寺の末寺で、創建は1603年(慶長8)で、開基は宮代甚助、開山は念誉存貞上人と云われています。境内の右田に在る神社は、1773年(安永2)に寺の鎮守として勧請された瘡守稲荷で、明治の神仏分離令により分離されました。山号:永照山、院号:三昧院、本尊:阿弥陀如来像、所在:座間市新田宿309。現在の本堂は1878年(M11)の再建、狛犬は1965年(S40)の建立です。






専念寺から北100m程に新田宿諏訪明神が在ります。境内の由緒案内によると、創建は1604年(慶長9)と伝えられ、神官、新田氏の祖先が、信州より此の地に移り住んだ時、故郷の諏訪大社の分霊を祀ったのが始まりと云われています。祭神:建御名方命、所在:座間市新田宿288。境内社:蚕影社、天神社、秋葉社、稲荷社、鮭明神、鳥居は1900年(M33)、狛犬は1940年(S15)の建立です。




新田宿諏訪明神から北に300m、県道42号線を西に700m程進むと、今回終着地点の『#17座架依(ざかえ)橋』で、下流の新相模大橋から2.6km上流の位置に架かります。相模川左岸の座間市座間・新田宿と右岸の厚木市関口とを結び、県道42号藤沢座間厚木線が通ります。創架は1959年(S34)の木製の橋で、大水の度に流失される為、1964年(S39)に鋼製橋になりましたが1982年(S57)に上陸した台風10号により流失しています。橋名は左岸の座間市座(ざ)間と右岸の厚木市依(え)知とを架(か)ける事からの命名です。





 名称:座架依橋
 構造種別:4径間連続鋼鈑桁×2連
 河口からの距離:20.1km
 橋の長さ:499.6m
 有効幅員:約11m
 竣工:1992年(H4)



>>>後書き<<<
ブログスペースは余っていないのですが、料理ストックが溜まったので蔵出しです(笑)。先ずは、金目鯛兜(半身)の煮付け、味醂、酒、蕎麦汁と黒砂糖のタレで蒸し煮。火が通ったら、タレ汁を掛けながら煮詰めるとテカテカに照りが出ます。焼きネギと焼きナスを添えて完成、冷酒に合いますよ。次は牛ステーキ、山芋と南瓜を焼いて添えました、此方はビールですね(笑)。オクラのスライスに水少量を加えて10分程放置しておくとヌルヌルの汁が出て来るので、ポン酢を混ぜてオクラソースを作り、生姜焼の豚ステーキに掛けます。和風味で結構イケてます。


冷蔵庫に木の根っこ(牛蒡)が残っていたので、手羽元と一緒に唐揚げにしました。最初に牛蒡を食べた人は凄いね!何処から見ても、木の根だよね(笑)。水で晒すと旨みが抜けるので、其のまま揚げました。残りは牛蒡炒飯です。豚バラを茹でてアク抜き、味噌と和えて炒めたキャベツと合体して肉味噌丼、御飯に合いますよ。


残った肉味噌は、焼きナス、オクラ、大葉を添えて冷やし肉味噌うどん。うどんは冷水麺です、うどんは茹でるのに時間が掛かるので助かります。残り物の天婦羅も、大根おろしを添えて麺汁をぶっ掛けるだけで簡単だね(笑)。最後は冷やし中華のフルーツバージョン、キウイの甘さに、生ハムの塩気、トマトの酸味にスープのしょっぱさ、大葉の香りなど複雑な味覚が口の中を駆け巡りますが意外とミスマッチで旨かったですヨ。


次回は座架依橋から遡上して、昭和橋側道橋、昭和橋までの紹介です。

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  1. 2016/08/20(土) 12:00:00|
  2. 相模川

Scene-287 相模川『あゆみ橋、首都圏中央連絡自動車道相模川橋、上郷水管橋、新相模大橋』


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次回アップ予定:Scene-288 相模川『座架依橋』(08/20 12:00)
[Vol-7] 今回は相模大橋から遡上して、あゆみ橋、首都圏中央連絡自動車道相模川橋、上郷水管橋、新相模大橋までの紹介になります。相模大橋の上流120mに架かるのが『#13あゆみ橋』です。下流の相模大橋の前身となる相模橋と称する橋が在った場所で、相模川左岸の海老名市河原口と右岸の厚木市東町を結び、一般道が通ります。完成当初は2径間でしたが、2012年(H24)に左岸海老名市側へ1径間126.8mが延伸されています。左岸側河川敷へは、首都圏中央連絡自動車道下の付帯工事(工事用道路の補修、高架下の排水など)の為、入れません。





 名称:あゆみ橋
 構造種別:3径間バスケット・ハンドル型ニールセン・ローゼ桁
 河口からの距離:14.9km
 橋の長さ:362.8m(当初は2径間の236m)
 有効幅員:9.5m
 竣工:1996年(H8)


あゆみ橋から右岸側の側道を40m進むと河川敷の降り口に、じょう橋の碑が在ります。1908年(M41)に待望常設の相模橋が架かりましたが、常に在る橋、常に渡れる橋、庶民のそんな思いから、じょう橋と云う愛称が付けられたと刻まれています。更に200m程進むと、三差路に厚木の渡し碑と厚木村渡船場跡の史跡案内板が在ります。此の地は、矢倉沢往還や藤沢道、八王子道が相模川を渡る渡船場で、先程の相模橋が出来、廃止されています。隣に在る厚木市消防団のシャッター絵、洒落ていますね。


相模川沿いの側道は右岸側に入り込む小鮎川支流に沿って西へと遠ざかるので、暫し河川敷を散策します。キク科の雑草、ハルシャギク(波斯菊)が綺麗に咲いていますヨ、別名ジャノメソウ(蛇目草)です。ガクアジサイも土手に並んでいますね。ヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡)も実を付け始めています、秋には赤黒く熟した実に成ります。牛蒡の名が付いているけど毒草なので食べられませんよ。川では鮎のコロガシ釣りをしています、何か引っ掛かりましたが残念、雑魚でした。上流方向に見える電波塔は国土交通省関東地方整備局の厚木無線中継局です。




渡船場跡から側道を500m程進み、小鮎川(流路延長19.5km)に架かる第二鮎津橋を渡り、橋の北詰から西180m程に在る臨済宗建長寺派寺院の青松寺に行きます。おっ、途中にクリエイトSDが在りました、関東圏に在るドラッグストアで普段良く利用しています。今日は5の倍数日のポイント2倍デーなので、序に詰替用スパイスやサプリメントゼリー、菓子パン、飲み物などを購入です(笑)。小鮎川沿いに進むと青松寺の山門が見えて来ます。創建などは不詳、山号:吉祥山、本尊:釈迦如来像、盧舎那仏像、所在:厚木市妻田南1-10-6。




第二鮎津橋北詰まで戻り180m程進むと、今度は中津川(流路延長32.8km)に架かる第一鮎津橋を渡ります。道成りに170m進み右折200mで河川敷への道が在り、河原に降りて行くと『#14首都圏中央連絡自動車道相模川橋』の下流に出ます。


首都圏中央連絡自動車道相模川橋は、相模川左岸の海老名市河原口と右岸の厚木市金田との間に架かり、首都圏中央連絡自動車道が通ります。2013年(H25)に海老名IC~相模原愛川IC間が開通しており同時期に架橋された模様です。橋下は大きな日影が出来、暑さ凌ぎに丁度良いね。此処で、さっき買ったパンとコーヒーでエネルギ補充です(笑)。





 名称:首都圏中央連絡自動車道相模川橋
 構造種別:8径間連続箱桁
 河口からの距離:16km
 橋の長さ:568m
 有効幅員:約28m
 竣工:2013年(H25)



首都圏中央連絡自動車道相模川橋の上流250m程に架かるのが『#15上郷水管橋』で、相模川左岸の海老名市上郷と右岸の厚木市金田との間に位置し、直径20inの鋳鉄水道管が渡されています。海軍が軍港の用水確保の為に、自ら水道施設を建設した横須賀軍港水道の一部で、此処から北西15km程に在る宮ケ瀬ダム近くの半原浄水場から取水されて53km先の横須賀市の逸見浄水場まで送られていましたが、此の半原系統の取水は、需要減少、水質悪化、施設老朽化などに伴い2007年(H19)に停止、2015年(H27)に廃止されています。





 名称:上郷水管橋
 構造種別:10径間下路プラットトラス
 河口からの距離:16.3km
 橋の長さ:497m
 有効幅員:約3m
 完成::1918年(T7)



河原に出来た轍道で側道に出ます。途中で咲いていた雑草や雑木をパチリ。ユリ科のスキゲの仲間が咲いています、ノカンゾウでもニッコウキスゲでも無いね。川原で多く見かけるヒルガオ(昼顔)が起きています、昼になっても萎まないので、此の名が付いています。白い小花が集まっているのは、モクセイ科のトウネズミモチ(唐鼠黐)で、秋には実が紫黒色に熟し、実を干した物は強壮剤として漢方薬になっています。バッタも居ますね、眼下の黒い線が泣いているように見えるのが特徴のツチイナゴだね。側道に出ると、厚木市環境センターのごみ焼却施設が聳えています。此の先、右岸側は終着地点まで見処が無いので、左岸側にバトンタッチします。




では、左岸側のあゆみ橋東詰めからリスタートします。工事中の圏央道脇を70m程進むと、角地に弁財天の祠が見えます。創建は不詳、所在:海老名市河原口2-5-5。


弁財天社から小道を挟んで東隣に曹洞宗寺院の安養院の屋根が見えます。入口が反対側なので100m程迂回します。入口に三眼六足稲荷社が在ります。由緒案内によると、平安の頃から相模二十三座の式内社として有鹿岡に鎮座しており、鎌倉時代末期に地頭である海老名尾張守季貞が、此の稲荷大明神を深く信仰し累代守護所と崇め、三貫六百文(三貫六束文)の神田を捧げた事で三貫六束稲荷と呼ばれるようになり、安養院が開山された時に境内鎮守としています。現在は三眼六足稲荷社になっていますが経緯は不明です、拝殿欄間の装飾に三眼六足の狐が彫られています。狛狐は1988年(S63)の奉納です。




安養院は、寛永年間(1624~1645年)格雲守存和尚による開山です。山号:稲荷山、本尊:釈迦牟尼佛像、所在:海老名市河原口2-4-12。




安養院から北500m程に神武神社が在ります。創建などは不詳、河原口地区の鎮守で、有鹿神社(後で紹介)の摂社です。所在:海老名市河原口3-3。


神武神社から北東200mに、次に行く総持院が在るのですが、先程紹介済みの圏央道相模川橋の絵を撮りに北西200m程の河川沿いに寄りました。さてと、左岸側からの撮影も終わったので遊歩道から見える総持院に行きたいのですが、ん~、遊歩道から右に出る道が在りません。柵を越えても畑の中を歩く事になるので、上流の上郷水管橋の絵を先に撮りに行きます。漸く、水管橋の脇に遊歩道からの出口が在り、50m程進むと次の次に行く予定の有鹿(あるか)神社の前に出てしまいましたので、此方を先に紹介しますネ(笑)。


有鹿神社は相模国最古級の神社ですが、創建は不詳。祭神:有鹿比古命、有鹿比女命(奥宮)、所在:海老名市上郷1-4-41。鳥居は1899年(M32)、旧狛犬は1919年(T8)の建立です。






では、南140mに在る高野山真言宗寺院の総持院へバックします。先程の有鹿神社の別当として754年(天平勝宝6)に創建、1591年(天正19)に徳川家康より寺領10石の御朱印状を拝領したと云われています。山号:海老山、寺号:満蔵寺、本尊:虚空蔵菩薩像、所在:海老名市河原口3-11-10。八角燈篭は奈良東大寺大佛殿前の八角燈篭を元に鋳造されたものです。境内にギボウシに似た花が咲いています、葉っぱが違うので何だろう?山門前の紅葉は年に2回紅葉するノムラモミジで、オオモミジ系の園芸品種です。






総持院から北東600m程に曹洞宗寺院の龍昌院が在ります。能山雲元による開山と云われています。山号:上郷山、本尊:釈迦牟尼佛像、所在:海老名市上郷1-20-1。境内のガクアジサイ、墨田の花火に似ていますね。




龍昌院から北700m程に曹洞宗寺院の宗珪寺が在ります。圏央道建設の為、2008年(H20)に海老名市河原口から現在地に移転した寺院で、仁王門も本堂もピカピカです。香林寺(小田原市板橋)の末寺で、壽翁による開山と伝えられている事から、室町時代の創建と考えられています。山号:天王山、本尊:木造釈迦如来坐像、所在:海老名市下今泉1-22-1。




宗珪寺から北280mに架かるのが、上郷水管橋から1km上流の『#16新相模大橋』で、今回の終着地点です。相模川左岸の海老名市上郷と右岸の厚木市金田とを結び、国道246号大和厚木バイパスが通ります。





 名称:新相模大橋
 構造種別:3径間連続鋼鈑桁×3連
 河口からの距離:17.4km
 橋の長さ:442.8m
 有効幅員:約21m
 竣工:1969年(S44)



>>>後書き<<<
次回は新相模大橋から遡上して、座架依橋までの紹介です。

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  1. 2016/08/16(火) 12:00:00|
  2. 相模川

Scene-286 相模川『小田急小田原線相模川橋梁、相模大橋』


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次回アップ予定:Scene-287 相模川『あゆみ橋、首都圏中央連絡自動車道相模川橋、上郷水管橋、新相模大橋』(08/16 12:00)
[Vol-6] 今回は東名高速道路相模川橋から遡上して、小田急小田原線相模川橋梁、相模大橋までの紹介です。前回、東名高速道路相模川橋の右岸側で終わりましたが、左岸側上流に3箇所寺社が固まっているので、其方から紹介します。遊歩道は東名相模川橋の手前で閉じられ、右手に迂回路が見えますが、左岸側からの絵も撮らないといけないので、川岸沿いに進んで廻り込みます。前日の雨で水溜りが在るけど、釣り人もいて良い雰囲気です。300m程進むと、貫抜川放水路で行き止まりです、右に圏央道下への獣道が見えるので其方に進みます。草むらに黒緑色の光沢が綺麗なハグロトンボも居ますね。10m程で圏央道下に出ましたが、アッチャー、工事専用道になりダンプカーの通り道で柵から抜けられませんね。仕方ないので最初の迂回路までバックして、圏央道を潜り、JR相模線も横断地下通路で潜り~ので、ランプウェイだらけの処に出ました。






50m程北に進むと、真宗大谷派寺院の法閑寺が在ります。後北条氏が滅亡後、其の家臣達が社家へ移住、其の中に始祖となった大住主水が居て、庵を開いた後の永禄年間(1558~1570年)に法閑寺を開山したと云われています。山号:清谷山、院号:華台院、本尊:阿弥陀立像、所在:海老名市社家2998。


法閑寺の北90mに真宗大谷派寺院の明窓(みょうそう)寺が在ります。天正年間(1573~1579年)の創建と云われ、1619年(元和5)の災火により、草庵その他烏有に帰し一切の記録を失っており、開基などは不詳です。山号:光室山、院号:旭登院、本尊:阿弥陀像、所在:海老名市社家3377。




明窓寺から北に170m程進むと、三島社の参道に出ます。明治初期の神仏分離令により廃寺となった真言宗寺院の正明寺の別当であり、所有の仏像等は三島社の不動堂に安置されています。祭神:大山咋命、所在:老名市社家3392。鳥居は1969年(S44)、狛犬は1935年(S10)の建立です。






此の先、左岸側に見処が無いので右岸側に移動します。東名高速相模川橋上流の遊歩道から西側に100m進むと、三嶋神社が在ります。街角の史跡・文化財案内によると岡田村の鎮守でした。戦時中に供出された鐘には1691年(元禄4)の奉納で、雨乞い祈願として伊豆国三島神社を勧請したと刻まれていたそうですが、社号標は三嶋神社になっていますね。祭神:事代主神、所在:厚木市岡田4-19-5。鳥居は1940年(S15)、狛犬は1979年(S54)の奉納です。




三嶋神社から西150mに曹洞宗寺院の永昌寺が在ります。此れも史跡・文化財案内によると功雲寺末で、当初は観音堂として建立され、1223年(貞応2)に補陀洛院、1329年(元徳1)に桂林寺、1520年(永正17)に永昌寺に改称されています。山号:岡田山、本尊:聖観音菩薩像、所在:厚木市岡田4-29-14


次は永昌寺から北に1.3km、少し離れている智音神社に行きます。天正年間(1573~1592年)開基の古刹で、かつては、厚木神社(後で紹介)の別当寺でしたが、明治の神仏分離令により廃寺とし智音神社になっています。真言宗寺院の智音寺は那須与一が屋島の合戦の後、鎌倉に引き上げてから目の病に掛かった時、厚木の天王森に祭られた薬師如来が眼病に効くと伝え聞き、祈願を行うと完治し、其のお礼として建立したものと云われています。所在:厚木市旭町2-11-19。鳥居や拝殿は無く、山門にお墓が残り、地元では智音寺として通っているそうで、地図に載っている記号も卍マークです。境内のガクアジサイ、変わった種類ですね、品種は判りませんね。




智音神社前の通りを120m進むと熊野神社の鳥居が左手に見えます。かつては下厚木村の鎮守で、1873年(M6)に厚木神社に合祀され、明治中期に再び現在地に祀られています。所在:厚木市旭町3-14。拝殿の隣に、厚木市指定天然記念物である樹齢450年の大銀杏が聳えています。神社付近は古来「熊野の森」と呼ばれ、渡辺崋山の厚木六勝図の一つ、熊林暁鴉は此の森を描いたものです。鳥居は1959年(S34)の建立です。


熊野神社前から北東に150m進むと、曹洞宗寺院の最勝寺が左に在ります。正門は閉じられていましたが、通用門が空いていたので失礼します。1561年(永禄4)上杉勢の関東侵攻の際に、最勝寺の仏堂や大伽藍などが戦禍により焼失、1563年(永禄6)に上杉輝虎(後の上杉謙信)が償いとして再興したと云われています。山号:金光山、本尊:阿弥陀三尊像、所在:厚木市旭町3-5-11。




最勝寺から北に450m程進むと、『#11小田急小田原線相模川橋梁』です。相模川左岸の海老名市河原口と右岸の厚木市幸町・厚木町との間に位置し、左岸側の厚木駅と右岸側の本厚木駅との中間に架かります。相模川橋梁はトラス上部を鋼材で接続しており、遠目には連続トラスに見えるが6連トラスです。





 名称:小田急小田原線相模川橋梁
 構造種別:6径間単純下路平行弦ワーレントラス
 河口からの距離:14.6km
 橋の長さ:410m
 軌道:複線
 竣工:1971年(S46)



小田急小田原線相模川橋梁から川沿いの道を150m進むと、厚木神社の裏手に出ます。境内の由緒案内によると、円融天皇(996~984年)の時代、藤原伊尹公より勧請されたと伝えられています。かつては牛頭天王と称し、明治維新以後に厚木神社に改称、1873年(M6)に船喜多神社と熊野神社を合祀し、1907年(M40)に郷社に列格されています。祭神:速須佐之男命、五十猛命、奇稲田比売命、予母津事解男命、伊弉冉命、速玉男命、大名牟遅命、所在:厚木市厚木町3-8。狛犬は1930年(S5)の建立です。






厚木神社から北に70m、小田急小田原線相模川橋梁の上流220mに架かるのが今回終着地点の『#12相模大橋』で、相模川左岸の海老名市河原口と右岸の厚木市厚木町・東町とを結び、県道40号横浜厚木線が通ります。「かながわの橋100選」の58番です。創架は1908年(M41)で現在位置より上流に相模橋として架橋、其の後の豪雨による流失、関東大震災による落橋を経て、現在地に相模大橋として新たに架橋されています。





 名称:相模大橋
 構造種別:7径間ゲルバー桁
 河口からの距離:14.8km
 橋の長さ:381m
 有効幅員:約14m
 竣工:1955年(S30)



>>>後書き<<<
次回は相模大橋から遡上して、あゆみ橋、首都圏中央連絡自動車道相模川橋、上郷水管橋、新相模大橋までの紹介です。

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  1. 2016/08/12(金) 12:00:00|
  2. 相模川

Scene-285 相模川『相模川水管橋、相模大堰管理橋、東名高速道路相模川橋』


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[Vol-5] 今回は戸沢橋から遡上して、相模川水管橋、相模大堰管理橋、東名高速道路相模川橋までの紹介です。戸沢橋の上流280m程に建設中の橋が見えます。左岸側沿いに、昨年開通した圏央道に直結する新東名高速道路の渡河橋で、橋脚や橋桁は略出来ており、両端のランプウェイ工事が残っています。海老名南JCTから右岸側の厚木南IC間が2017年度に開通予定です。






左岸側に建設中の海老名南JCT脇を進んで行くと、住宅地の一角に鳥居と小さな祠が在り、若宮八幡宮の額が祠に掛かっています。創建は不詳、若宮は八幡宮から分祀され、日本各地に存在する社ですね。祭神:応神天皇、所在:海老名市門沢橋2-14。他に撮る物も無いので、近くの送電鉄塔をパチリ。銘板に「秦浜線No46」とあり、序にググルと、ん~凄いね、山奥の発電所から順番に送電塔を辿るブログなど沢山ありますね、其の道のプロですね、感心です。其れによると、新秦野変電所から横浜市の京浜送電所へと繋ぐ、秦浜線送電鉄塔90基の46番目の塔でした。


若宮八幡宮から北に700m程進むと、日蓮宗寺院の妙泉寺が在ります。愛甲郡金田村妙純寺末で、創建は不詳、1622年(元和8)日養による開山と云われています。山号:正蓮山、本尊:三寳諸尊、祖師、所在:海老名市中野104。


妙泉寺から北西に150m進むと中野八幡宮の鳥居が見えます。境内の由緒案内によると旧中野村の鎮守で、本殿内にある1603年(慶長8)の古棟札二枚と、神体の木造将軍地蔵騎馬像の作から、室町時代後期に遡る事が出来、同年に本殿と覆屋が造られた古社と云われています。祭神:誉田別命、所在:海老名市中野1-1-1。御神木の大銀杏は推定樹齢800年、幹囲8.5m。1965年(S40)に台風で倒木、枯れたと思われていましたが、其の後に脇目から復活しています。鳥居は1991年(H3)、狛犬は1986年(S61)の奉納です。






中野八幡宮の西隣に曹洞宗寺院の盛福寺が在ります。創建は不詳、中野八幡宮の別当だったので此の寺院も古いと思われます。山号:中野山、所在:海老名市中野1-1-19。


盛福寺から西に50m程で相模川左岸の遊歩道に出ると、『#08相模川水管橋』が架かっています。相模川左岸の海老名市社家と右岸側の厚木市岡田との間に位置し、酒匂川飯泉取水堰からの取水が伊勢原浄水場で浄水され、此の水管橋に渡された内径1350mmの上水導管を経由して、左岸側の海老名市有馬浄水場へと送水されています。遊歩道の茂みにノラ、あまり見ない毛色だね。キジトラとブルー系のハーフかな?





 名称:相模川水管橋
 構造種別:8径間三弦トラス
 河口からの距離:11.8km
 橋の長さ:約530m
 有効幅員:約2m
 竣工:1975年(S50)



相模川水管橋の上流310mに相模川取水堰の相模大堰が在り、堰の上に『#9相模大堰管理橋』が架かっています。左岸側の海老名市社家と、右岸側の厚木市岡田との間に位置し、左岸の取水口から綾瀬浄水場及び相模原浄水場を経由して、上水道・工業用水として利用されています。管理用の橋なので入口は閉じされていて、通常は通行出来ません。但し、鮎の遡上見学や「みずきフェスタ」と云う開放イベントの日だけ通る事が出来、今年は7/23日(土)でした。限定公開もの大好き(笑)と云う事で、行って来ましたよ。JR相模線社家駅から徒歩10分で社家取水管理事務所に到着。早速構内を見学、取水は排砂処理装置で砂利や砂、ゴミなどが取り除かれ、活性炭投入、沈砂池を経て上水場へ送られます。普段見られない、取水工程、ゲート巻き揚げ室内や魚道側面など興味深く見学出来ましたよ。お土産の「やまなみ五湖のブレンド水」は相模川の浄水です。






堰型式:全面可動堰、長さ:495m(可動部293.5m)、放流設備:洪水吐ゲート42m×4門、調節ゲート40m×2門、土砂吐ゲート21m×1門、魚道2条、取水口4門、沈砂池4槽。





 名称:相模大堰管理橋
 構造種別:11径間鋼鈑桁
 河口からの距離:12.1km
 橋の長さ:約507m
 有効幅員:約10m
 完成:1998年(H10)



相模大堰管理橋から今回の終着地点までの上流左岸側には以上で見処が無くなりましたので、別撮りの右岸側に移動します。ワ~プ完了、戸沢橋西詰めから北西150m程に子易神社が在ります。創建は不詳、祭神:木花佐久夜毘売命、所在:厚木市戸田474。鳥居は1965年(S40)の奉納です。


小易神社から北に900m程進むと、曹洞宗寺院の高徳寺が在ります。道端に葉が白い半夏生、穂状の花が咲いています。高徳寺の創建、本尊などは不詳。所在:厚木市酒井2427。




高徳寺から北200m程に浄土宗寺院の法雲寺が在ります。境内の由緒案内によると芝増上寺末で、創建は天正の頃(1590年代)、此の地を開領した山角家が古くから在った寺院と薬師堂を再興して、菩提寺としたと云われています。山号:来迎山、院号:勝長院、本尊:阿弥陀如来座像、所在:厚木市酒井2471。参道脇に色とりどりの紫陽花が綺麗に並んでいますね。




法雲寺から北に600m程に浄土真宗本願寺派寺院の法徳寺が在ります。開基は教信坊で、栃木県から聖徳太子像を背負い現在地に辿り着き、念仏の道場を建てたと伝えられており、500年の歴史がある寺院です。山号:知恩山、院号:高栄院、本尊:阿弥陀如来立像、所在:厚木市岡田5-4-12。現本堂は1975年(S50)の建立です。


法徳寺から北100mに浄土真宗東本願寺派寺院の長徳寺が在ります。開山は不詳、浄光坊による開基で元は真言宗の僧侶でしたが、国府津真楽寺に宗祖親鸞聖人が逗留の際に、聖人に謁見して弟子となり、浄土真宗に改宗したと伝わっています。戦国期には、小田原・北条氏直公から十石の御朱印地を賜り、江戸開府以降も徳川将軍家より十石の御朱印地を拝領しています。山号:寿永山、院号:慈雲院、本尊:阿弥陀如来像、所在:厚木市岡田5-3-23。




長徳寺から150m程北上すると、今回終着地点の『#10東名高速道路相模川橋』で、相模大堰管理橋の上流300mに架かっています。相模川左岸の海老名市社家と右岸の厚木市岡田とを結び、左岸側の海老名SAと右岸側の厚木ICとの間に位置しています。右岸側の遊歩道と桁下との隙間は1m程、屈んで30m歩くのは辛いネ、まるで罰ゲームだね。桁には例によってショボイ落書き、Photoshopで消してやりましたヨ(笑)。





 名称:東名高速道路相模川橋
 構造種別:2径間PC+3径間連続鋼鈑桁3連
 河口からの距離:12.4km
 橋の長さ:約480m
 有効幅員:約30m
 完成:1999年(H11)



>>>後書き<<<
次回は東名高速道路相模川橋から遡上して、小田急小田原線相模川橋梁、相模大橋までの紹介です。

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  1. 2016/08/08(月) 12:00:00|
  2. 相模川

Scene-284 相模川『戸沢橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-285 相模川『相模川水管橋、相模大堰管理橋、東名高速相模川橋』(08/08 12:00)
[Vol-4] 今回はJR東海道新幹線相模川橋梁から遡上して、戸沢橋までの紹介です。前回からの継続で新幹線相模川橋梁から右岸側西に300m程進み、新幹線高架の第二神田橋梁を潜ると、曹洞宗寺院の真芳寺山門前に出ます。1478年(文明10)後北条氏支族の仁忠による開山と云われています。境内に砦の碑が在り、説明案内によると、真芳寺境内から北方八幡原にかけては、相模川の自然堤防の最も狭まった箇所で、此処を通過する軍勢を阻む要衝の地でした。真芳寺開山の仁忠良義禅師は、本家庇護のもと、此の要所に寺を建立し、周囲に空堀・水濠・土塁などを配して要害化し、小田原城防衛の一拠点としたとあります。山号:大上山、本尊:釈迦如来像、所在:平塚市大神2138。境内には、ゼニアオイやガクアジサイなどが綺麗に咲いています。






真芳寺の北200mに日蓮宗寺院の隆盛寺が在ります。山門前に古戦場碑が立っています、先程の真芳寺の砦跡でも紹介した様に、此処の地形は八王子道が縦断していて敵の軍勢を防ぐには絶好の地形であり、1455年(享徳4)の島ケ原の戦いや、1561年(永禄4)の長尾景虎による小田原攻め、1569年(永禄12)武田信玄による同じく小田原攻めの際に陣が置かれていたそうです。隆盛寺は1650年(慶安3)に池上本門寺の圓是院日耀上人による開山と云われています。山号:大神山、本尊:大曼荼羅、所在:平塚市大神2160-1。境内に南天の花が咲いています、秋には赤い実を付けますよ。




隆盛寺から北東700m程に下戸田菅原神社が在ります。下戸田の鎮守で、かつては天満宮と呼ばれていました。鐘楼の鐘は1971年(S46)の鋳造、鳥居は1929年(S4)の建立です。祭神:菅原道真、所在:厚木市戸田2287。


下戸田菅原神社から北西450mに高野山真言宗寺院の延命寺が在ります。総本山は和歌山の金剛峯寺、1525年(大永5)良覚法印による開山と云われています。山号:戸田山、院号:普賢院、本尊:千手観音坐像、所在:厚木市戸田1099。紫陽花もそろそろ終わりですね、境内にバラの様な綺麗なガクアジサイを見っけ!ググルとマナスルと云う品種でした。




延命寺の北西180mに戸田八幡神社が在ります。創建は不詳、下戸田の鎮守で、かつては天満宮と称し、相模川近くに在りましたが、度々の洪水により1828年(文政11)に先程の延命寺境内に移されました。境内に庚申塔と並んで、いぼ神様が鎮座しています、沢山の小さな穴に入っている白石で、いぼを擦ると取れると云われています。祭神:応神天皇、所在:厚木市戸田1055。拝殿の脇障子に龍の透かし彫りが見られます、左側は逆光でボケちゃいました。逆光撮影、難しいよネ。




戸田八幡神社から北に200m進むと浄土宗寺院の福蔵院が在ります。1183年(寿永2)に岡津古久村に桃林寺として創建されたのが始まりで、其の後、現在地に移転されたと云われています。山号:仙寿山、寺号:量光寺、本尊:木造阿弥陀如来座像、所在:厚木市戸田1032。


福蔵院から北に200m進むと県道22号線で、東に進むと今回終着地点の『#07戸沢橋』ですが、対岸側にも寺社が残っているので其方を先に紹介します。約500mの戸沢橋を渡ると450m先に寺社が3つ点在しています。先ずは、県道から南100mに在る旧門沢橋村の鎮守だった渋谷神社です。境内の由緒案内によると、創建は不詳ですが、鐘楼の鐘が掛けられたのが1679年(延宝7)であり、江戸時代初期からの古社で、神寿神社(稲荷社)と称していましたが、1874年(M7)に渋谷神社に改称しています。祭神:倉稲魂命、所在:海老名市門沢橋4-11-14。鳥居は1996年(H8)、狛犬は2001年(H13)の奉納です。






渋谷神社の東60m程にかつての大山街道・柏尾道を挟んで、増上寺の末寺である浄土宗寺院の浄久寺と正覚寺が在ります。浄久寺は然誉知全が開山、長谷川筑後守政成による開基と伝えられています。境内に長谷川家石造宝篋印塔15基が並んでいます。1625年(寛永2)幕府旗本の長谷川正成が門沢橋村を所領地として与えられた事から、浄久寺が長谷川家の菩提寺となり、幕末まで代々の当主と家族が葬られ、墓塔として建立されてきたものです。山号:長谷川山、院号:隆崇院、本尊:木造阿弥陀如来坐像、所在:海老名市門沢橋4-11-1。本堂は関東大震災で倒壊し、1927年(S2)の再築です。




浄久寺前の対面に高野山真言宗寺院の正覚寺が在ります。安楽寺(寒川町岡田)の末寺で創建は不明ですが、本尊を初めとする仏像の製作年代から、室町時代に創建されたと考えられています。山号:橋澤山、院号:延命院、本尊:十一面観音坐像、所在:老名市門沢橋4-13-13。


相模川に戻り、今回終着地点の戸沢橋を紹介して一旦、終わります。相模川左岸の海老名市門沢橋と右岸の厚木市戸田とを結び、県道22号横浜伊勢原線が通り、橋名は、右岸地区の戸田と左岸地区の門沢橋から一文字ずつ取っての命名で、「かながわの橋100選」の60番です。かつて戸田の渡しが在った場所で、創架は1930年(S5)RC桁の下相模川橋で洪水により流失後、1940年(S15)に木橋に架け替えられ、戸沢橋と命名されています。翌年の洪水により損壊し通行不能になり、渡船による往来に戻ります。1953年(S28)のRC製の冠水橋を経て、現在の鋼鈑桁になっています。橋下では鮎釣りの人で賑わっていますね、橋の脇に丸花の珍しい紫陽花が咲いています、おたふく紫陽花と呼ばれている奴で、正式名は渦紫陽花です。







 名称:戸沢橋
 構造種別:8径間連続鋼鈑桁
 河口からの距離:10.5km
 橋の長さ:526m
 有効幅員:約15m
 竣工:1967年(S42)



>>>後書き<<<
少しブログスペースが余ったので、料理ストックを並べます。先ずは、バラハン(バラバラ・ハンバーグ)、玉葱のみじん切りをオリーブオイルで狐色に炒め、豚引き、パプリカのみじん切り、塩胡椒を追加して炒めるだけ。其のままでも、御飯のお供、炒飯の具など、色々使えて便利ですよ。


安価なカツも煮ると旨くなるので、良く玉子閉じにします。葉っぱにコーン、トマトを添えてトレッシングでサラダ仕立て、サッパリとイケます。海老カツもホワイトソースで化粧させて、大根、レタス、トマト、黄色くなったパセリ(笑)でサラダです。コロッケも偶に食べると旨いね。


最後は魚シリーズ、海鮮を出し汁で漬け丼。大根おろしに炒り胡麻と刻み海苔と大葉、風味がイケテます。そろそろカツオも終わりですね、たっぷりの玉葱スライスに乗っけて、大葉千切りに大蒜醤油をぶっ掛けて、炒り胡麻パラパラ、ビールに合うね。秋刀魚は未だだね、なので、サンマ缶詰で冷やし秋刀魚そばです。普通に旨いね(笑)。


次回は戸沢橋から遡上して、相模川水管橋、相模大堰管理橋、東名高速道路相模川橋までの紹介です。

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  1. 2016/08/04(木) 12:00:00|
  2. 相模川

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