ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-191 神田川左岸 『隆慶橋、新隆慶橋、白鳥橋、新白鳥橋、中之橋、小桜橋、西江戸川橋、石切橋』


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次回アップ予定:Spot-26 新潟 『弥彦温泉』(07/02 12:00)
今回は神田川左岸の水道橋から遡上して、隆慶橋、新隆慶橋、白鳥橋、新白鳥橋、中之橋、小桜橋、西江戸川橋、石切橋までの紹介です。先ずは水道橋から外堀通りを700m程進み、北に小石川後楽園が在るので寄ります。小石川後楽園は江戸時代初期の1629年(寛永6)に、水戸徳川家の祖である水戸藩初代藩主・徳川頼房が作庭家である徳大寺左兵衛に命じて築いた回遊式築山泉水庭園で、二代藩主の光圀が改修、明の遺臣朱舜水の命名による中国趣味豊かな庭園です。文化財保護法により国の特別史跡及び特別名勝に指定されています。所在:文京区 後楽1-6-6。入口から入るとホタルブクロが咲いています、色が紫なので園芸品種のサラストロですね。暑いので、マイイブクロにもアイスを咲かせます?右廻りでグルっと見物します。大堰川に架かる渡月橋を渡ると西湖の堤(杭州の西湖の堰に見立てた物)が在ります。




奥の小山に架かる朱色の通天橋を渡ると得仁堂が在ります、光圀18歳の時、史記「伯夷列伝」を読み感銘を受け、伯夷・叔斉の木像を安置した堂です。大泉水(池)の近くに、昔ながらのわびた茶屋の佇まいを再現した丸屋が在り、休憩に丁度良いね。池の畔に灯籠らしき物体が鎮座、異形灯籠の札しか無いので詳細不明です。東門近く、内庭の蓮池に睡蓮が満開です。園内には梅林、桜に花菖蒲などが在り、開花時期に合わせれば楽しめそうな場所ですね。






神田川に戻り200m程進むと前回終着地点の船河原橋で、此処から上流200m程に架かるのが『#20隆慶橋』です。神田川左岸の文京区後楽と右岸の新宿区新小川町とを結び、一般道が通ります。橋名は昔、近くに龍慶寺が在った事からの命名らしいです。



 名称:隆慶橋
 構造種別:1径間プラットトラス
 河口からの距離:4.35km
 橋の長さ:約26m
 有効幅員:約7m
 完成:1935年(S10)前後



隆慶橋の上流50m程に架かるのが『#21新隆慶橋』で、此方の橋も神田川左岸の文京区後楽と右岸の新宿区新小川町とを結び、都道434号牛込小石川線の起点になっています。左岸上流に水道橋分水路の開口部が在ります。





 名称:新隆慶橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:4.4km
 橋の長さ:約50m
 有効幅員:約28m
 完成:2006年(H18)



新隆慶橋から北東200m程に小石川諏訪神社が在ります。創建は1390年(明徳1)、祭神:健御名方命、八坂刀売命、所在:文京区後楽2-18-18。鳥居は1980年(S55)の奉納です。




神田川に戻り、新隆慶橋の上流280mに架かるのが『#22白鳥橋』です。神田川左岸の文京区水道・後楽と右岸の新宿区新小川町とを結び、一般道が通ります。此の付近で神田川は上流方向に大きく曲がっており、江戸時代には大曲と呼ばれ1886年(M19)には大曲橋と云う橋が架かっていました。其の後に架けられた橋から白鳥橋に名称が変わっていますが、かつて此の地が低湿地であり、白鳥池が在った事からの命名です。左岸上流に水道橋分水路呑口が見えます。





 名称:白鳥橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.69km
 橋の長さ:約40m
 有効幅員:約20m
 完成:1934年(S9)



白鳥橋の上流120mに斜めに架かるのが『#23新白鳥橋』。神田川左岸の文京区水道と右岸の新宿区新小川町とを結び、一般道が通ります。歩道が上流側のみに在り、欄干構造が異なるので、後から追加施工された模様です。



 名称:新白鳥橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.8km
 橋の長さ:約42m
 有効幅員:約18m
 完成:1971年(S46)



新白鳥橋の上流80mに架かるのが『#24中之橋』です。神田川左岸の文京区水道と右岸の新宿区新小川町とを結び、一般道が通ります。橋の袂に立つ橋名由来の案内板によると、初代の架橋は不明ですが、江戸時代初期(1670年頃)に刊行された寛文江戸図の中に此の橋が載っています。当時は、橋の数は少なく下流の隆慶橋と上流の石切橋との間に架かっていた事から、中之橋と命名されたとの事です。





 名称:中之橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:4.88km
 橋の長さ:約20m
 有効幅員:約10m
 完成:1994年(H6)



中之橋の上流150mに『#25小桜橋』が架かっています。神田川左岸の文京区水道と右岸の新宿区東五軒町とを結び、一般道が通ります。明治中頃まで此の辺りの両岸には桜並木が続き、東京市内屈指の桜の名所として知られていたそうで、桜からの命名で、橋の色も桜色です。





 名称:小桜橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:5.03km
 橋の長さ:約20m
 有効幅員:約16m
 完成:1997年(H9)



小桜橋の上流110mに架かるのが『#26西江戸川橋』です。神田川左岸の文京区水道と右岸の新宿区西五軒町とを結び、一般道が通ります。此処にも橋名の由来案内板が在ります。初代の架橋は不明で、1887年(M20)頃の地図には、少し上流の位置に架かっていたそうです。橋名は明治時代の地名(西江戸川町)からの命名です。



 名称:西江戸川橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:5.14km
 橋の長さ:約20m
 有効幅員:約11m
 完成:1999年(H11)



橋ばっかりで飽きてきましたか?撮っている自分も飽きたので、西江戸川橋の北250m程に寺院が並んでいるので寄ります(笑)。先ずは、浄土真宗本願寺派寺院の称名寺から紹介します。称名寺の創建年代は不詳、駿河国府中横内村に創建され、其の後1624年(寛永1)に現在地に移転しています。山号:廣國山、院号:一心院、本尊:阿弥陀如来像、所在:文京区小日向1-4-11。


西隣に真宗大谷派寺院の本法寺が在ります。本願寺八代目蓮如上人が開基となり、江州志賀郡堅田新在家に1471年(文明3)に創建、通達院良秀が浅草に再興し、1658年(万治1)牛込改代町へ移転、1678年(延宝6)に妙福寺から本法寺に名称を変え、1705年(宝永2)に現在地に移転したと云われています。山号:高源山、院号:随自院、本尊:阿弥陀如来像、所在:文京区小日向1-4-15。


本法寺の隣に曹洞宗寺院の日輪寺が在ります。吉祥寺第八世松栖用鶴大和尚が小日向神社の別当寺として、1608年(慶長13)に創建したと云われています。山号:慈昭山、本尊:釈迦牟尼佛像、所在:文京区小日向1-4-18。


路地を1本挟み、隣に浄土真宗本願寺派寺院の善仁寺が在ります。1289年(正応2)に覺如上人が関東行化の際に、鶴高日向善仁が帰依、寺院として創建したと云われています。山号:靍高山、院号:圓通院、本尊:阿弥陀如来像、所在:文京区小日向1-5-9。


南西に200m、神田川に戻り、今回終着地点の『#27石切橋』を紹介して終わります。神田川左岸の文京区水道と右岸の新宿区水道町とを結び、一般道が通ります。橋名由来案内によると、初代の架橋は寛文年間(1661~1673年)に架けられたと云われ、付近に石工が住んでいた事からの命名と云われています。中流域にあたる此の付近は1965年(S40)頃までは江戸川と呼ばれており、石切橋は江戸川大橋と呼ばれていました。近くを通る地下鉄の駅名や店名にも江戸川橋店などの昔の地名が残っていますよ。



 名称:石切橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:5.36km
 橋の長さ:約20m
 有効幅員:約9m
 完成:2003年(H15)



>>>後書き<<<
次回は新潟の弥彦温泉に行ってきましたので、其のSpot紹介です。

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  1. 2015/06/28(日) 12:00:00|
  2. 神田川

Scene-190 神田川右岸 『後楽園ブリッジ、後楽橋、小石川橋、船河原橋』


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次回アップ予定:Scene-191 神田川左岸 『隆慶橋、新隆慶橋、白鳥橋、新白鳥橋、中之橋、小桜橋、西江戸川橋、石切橋』(06/28 12:00)
今回は神田川右岸の万世橋から遡上して、後楽園ブリッジ、後楽橋、小石川橋、船河原橋までの紹介です。万世橋から聖橋までスルーして、聖橋南詰めから南に160m程進むと、1891年(M24)に完成した日本ハリストス正教会のニコライ堂が在ります。ニコライ堂は通称で、日本に正教会の教えをもたらしたロシア人修道司祭、聖ニコライに因んでおり、正式名称は東京復活大聖堂。日本で初めの本格的なビザンチン様式の建築物で、国の重要文化財に指定されています。所在:千代田区神田駿河台4-1-3。


ニコライ堂から南西280mに太田姫稲荷神社が在ります。境内の由緒案内によると、室町時代中期に太田道灌の娘が天然痘に罹って生死の境をさまよい、人伝に京都の一口(いもあらい)稲荷神社が天然痘に霊験が有ると聞いた道灌が一口稲荷神社に祈願したところ、治癒したと云う。道灌は此の事に敬服し、1457年(長禄1)一口稲荷神社を勧請して旧江戸城内に稲荷神社を建立したと云われています。徳川家康の江戸入府後、1606年(慶長11)江戸城の改築により、城外鬼門にあたる神田川のほとりに遷座。1931年(S6)御茶ノ水駅の拡張により、現在地に遷座しています。祭神:宇迦之御魂神、菅原道真公、徳川家康公、金山彦命、所在:千代田区神田駿河台1-2。


聖橋まで戻り、神田川を約1.3km進むと、『#16後楽園ブリッジ』が架かっています。神田川左岸の文京区後楽と右岸の千代田区三崎町とを結び、JR水道橋駅前から対岸の東京ドーム球場やJRAウインズ後楽園などへ行く際の専用人道橋です。隣に後楽橋が架かっていますが、歩道橋と兼用になっている為、利用者は圧倒的に此方の橋の方が多いですね。残念ながら外装工事中のカバーで覆われていて、橋の姿が見えません。



 名称:後楽園ブリッジ
 構造種別:3径間PC箱桁
 河口からの距離:3.46km
 橋の長さ:89.8m
 有効幅員:約4m
 竣工:1964年(S39)



【追加】日本橋川の終着地点に寄った際に、改装された後楽園ブリッジを撮りましたので、下記に追加します。


上流側に接するように架かるのが『#17後楽橋』です。此方も神田川左岸の文京区後楽と右岸の千代田区三崎町とを結び、一般道が通ります。関東大震災の復興橋の一つとして架設された橋で、名称は、北側に在る小石川後楽園からの命名ですね。



 名称:後楽橋
 構造種別:1径間鋼ヒンジアーチ
 河口からの距離:3.48km
 橋の長さ:21m
 有効幅員:22.6m
 完成:1927年(S2)



後楽橋から右岸沿いに70m進むと、神田川からの分流である日本橋川(流路延長約4.8km)に架かる三崎橋(長さ27m、幅7.6m)が在り、橋を渡った右手に『#18小石川橋』が架かっています。


小石川橋は神田川左岸の文京区後楽と右岸の千代田区飯田橋とを結び、一般道が通ります。上流右手側に水道橋分水路の吐口が見えます。此の分水路は更に上流の白鳥橋上流に在る呑口から1.64kmの長さで続いています。因みに神田川下流部は、河道沿いにビル、住宅が密集し、更に幹線道路が在り大幅な河道拡幅が出来ない事から、道路下などを利用して洪水を流下させる分水路が設置されています。





 名称:小石川橋
 構造種別:1径間箱桁
 河口からの距離:3.6km
 橋の長さ:29.7m
 有効幅員:13m
 完成:1927年(S2)



小石川橋から南に800m程、少し遠いけど靖国神社が在るので寄ります。1869年(M2)に明治天皇の勅許を受けて招魂社として創建され、後に靖国神社に改称されています。入口の第一鳥居は日本一の大鳥居として1921年(T10)に建立されましたが、風雨による損傷で撤去、其の後1974年(S49)に銅鳥居(高さ25m)として再建されています。第二鳥居は1887年(M20)の建立で青銅製。中門鳥居は2006年(H18)に建て替えられた素木鳥居です。拝殿は1901年(M34)の建立で桁行7間梁間5間の入母屋造平入屋根銅板葺。神門は三間三戸の切妻造銅板葺檜造りで高さ6m。祭神:護国の英霊 246万6千余柱、所在:千代田区九段北3丁目1番1号。






神田川に戻り450m程進むと、今回終着地点の『#19船河原橋』です。神田川は此処から90度方向を北に向け、真上に首都高速5号池袋線が走っています。護岸に珍しくシラサギが居ました。此処に居ると云う事は、魚が居ると云う事ですかね?水は汚いですけどね。船河原橋は手前の小さな橋と外堀通りが通る大きな橋との2つの橋から構成されています。なので小さい船河原橋は左岸の船河原橋と千代田区飯田橋とを、大きな船河原橋は左岸の船河原橋と新宿区揚場町とを結び、外堀通りが通ります。





 名称:船河原橋
 構造種別:1径間箱桁
 河口からの距離:4.09km
 橋の長さ:約30m(下流側)、約25m(上流側)
 有効幅員:約13m(下流側)、約45m(上流側)
 完成:1969年(S44)



>>>後書き<<<
ブログスペースが余りましたので、あの料理コーナーです(笑)。暑くなって来たので、サッパリ系が欲しくなりますね。MoMAさんレシピから冷汁をチョイス、さば水煮缶を使って、胡瓜、茗荷のスライスと海苔、胡麻を掛け味噌で味付け。サッパリとして旨いね。同じく第2弾は、胡瓜、大葉と大蒜の味噌漬け、大葉の風味が良いね。次は漬け丼と青梗菜炒め、鮪ブツとサーモンブツを醤油、味醂、胡麻油で漬けて大葉と胡麻をトッピング、簡単で美味しかったです。青梗菜とベーコンは一緒に炒めて塩胡椒で味付け、片栗粉でトロミを付けて完成。


私事ですが先般、身内に不幸が有り、お供え物を戴いたので其の処分。パイナップル、久し振りに台所に登場です。タイで食べたパイナップル炒飯を再現して見るかな。先ずは準備、味付けに必要なナンプラーをスーパーに買いに行きます。パイナップルを縦半分に切ってボートを作ります。豚バラ、玉葱と大蒜のみじん切り、むき海老を塩胡椒で炒め最後にナンプラーを垂らし、別に炒めた卵と御飯と合体してパイナップルを混ぜ合わせて盛り付け。量が増えてボートからはみ出してしまいました(笑)。海老とナンプラー合うね!パイナップルは多過ぎたね、食べた後で胃がキリキリと疼きました。パイナップルの酵素で遣られたみたいですが、牛乳を飲むと治りますよ。残ったパイナップル半分、豚肉に砕いたパイナップルで30分程漬けて、焼いただけ。肉が柔らかくなり、美味しくなりますね。


デザートにパイナップルゼリーを作りましたが、ゼラチンを入れても固まりません!能書きを読むと生のパイナップルは酸性が強いので、煮るか缶詰品を使って下さいとの事。へ~そうなんだ、でもって再チャレンジ。今度はミカンと一緒に煮て、無事固まりました(汗)。リンゴは芯をくり抜き、砂糖、ブルーベリー、クリームチーズを詰めてからオーブンで200℃、30分で焼き上げました、ローズマリーのシーズニングをチキンに振り掛けて、焼きリンゴとローズマリーチキンの完成、リンゴは焼くと香りが良いね。バナナも焼きました。ブルーベリージャムをホットミルクで溶かしたフルーツソースを掛けて、甘っ!牛乳は最近、オレンジジュースと混ぜて飲むのがマイブームです(笑)。置いておくと分離するので、掻き混ぜながら飲んでね。ミカン類は冷凍庫に御案内、お供え物の処理完了です、合掌。


次回は神田川左岸の水道橋から遡上して、隆慶橋、新隆慶橋、白鳥橋、新白鳥橋、中之橋、小桜橋、西江戸川橋、石切橋までの紹介です。

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  1. 2015/06/24(水) 12:00:00|
  2. 神田川

Scene-189 神田川左岸 『昌平橋、総武本線橋梁、東京メトロ丸ノ内線橋梁、聖橋、お茶の水橋、水道橋』


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次回アップ予定:Scene-190 神田川右岸 『後楽園ブリッジ、後楽橋、小石川橋、船河原橋』(06/24 12:00)
今回は神田川左岸河口から遡上して、昌平橋、総武本線橋梁、東京メトロ丸ノ内線橋梁、聖橋、お茶の水橋、水道橋までの紹介です。左岸河口から前回紹介の柳橋をスルーして浅草橋まで行くと、左岸側に美味しそうな鯛焼き屋さん鳴門鯛焼本舗が在ります。残念ながら営業時間が朝11時からなので、買えませんでした。浅草橋北詰に浅草見附跡が在ります。見附とは主に城の外郭に位置し、外敵の侵攻を発見する為に設けられた城門の事で、江戸城には外濠及び内濠に沿って36の見附が在ったとされています。浅草見附は其の内の一つで、1636年(寛永13)に置かれています。所在:台東区浅草橋1-1-15付近。神田川は川沿いに遊歩道が在る箇所と、家屋が川辺まで密集している箇所が在り、此の付近の左岸井沿いは道が無いので一本外側の道で進みます。


此の付近の左岸側には見処が無いので1.5km程先の『#10昌平橋』までスルーします。昌平橋は神田川左岸の千代田区外神田と右岸の千代田区神田淡路町とを結び、都道405号外濠環状線(外堀通り)が通ります。最初の架橋は寛永年間(1624~1644年)と伝えられ、芋洗橋、新し橋、相生橋などとも呼ばれており、1691年(元禄4)に徳川綱吉が孔子廟である湯島聖堂を建てた際に、孔子生誕地である魯国の昌平郷に因んで、昌平橋と命名されています。上流側と下流側に歩行者用の人道橋(レンガ造り)が併設されています。左岸側下流に御茶の水分水路(全長:約1.3km)の吐口が在り、此の後に登場する水道橋の近くに在る、御茶の水分水路の呑口へと繋がっています。





 名称:昌平橋
 構造種別:1径間RC固定充腹式アーチ
 河口からの距離:1.82km
 橋の長さ:23.77m
 有効幅員:33.6m(人道橋を含む)
 竣工:1923年(T12)、1928年(S3)に改修



昌平橋の80m程上流に斜めに『#11 JR総武本線神田川橋梁』が架かっています。神田川左岸の千代田区外神田と右岸の千代田区神田淡路町・神田駿河台との間に架かり、左岸側のJR秋葉原駅と右岸側の御茶ノ水駅との間に位置し、総武本線が通ります。橋脚は八の字形のラーメン形式で、御茶ノ水方面へはコンクリート製橋台に、秋葉原方面へはコンクリート製橋台を挟んで松住町架道橋(ブレーストリブタイドアーチ、竣工:1932年(S7)、長さ:69.5m)へと繋がっています。



 名称:JR総武本線神田川橋梁
 構造種別:2径間鈑桁
 河口からの距離:1.9km
 橋の長さ:56m
 軌道:複線
 竣工:1932年(S7)



総武本線神田川橋梁の北300m程に、江戸三大祭りの一つである神田祭を行なう神田明神が在るので寄ります。730年(天平2)武蔵国豊島郡芝崎村に入植した出雲系の氏族が、大己貴命を祀ったのが始まりで、東京江戸の中で最も歴史ある神社の一つです。初めは大手町に鎮座していたが、徳川家康が江戸幕府を開き江戸城を拡張した時、江戸城から表鬼門にあたる現在地に遷座しています。江戸時代には神田明神と名乗り、1868年(M1)准勅祭社に指定され其の後、府社に列し1872年(M5)に正式社号が神田神社に改められました。祭神:大己貴命、少彦名命、平将門命、所在:千代田区外神田2-16-2。








神田明神の鳥居を出ると、本郷通りを挟んで対面に湯島聖堂が在ります。由緒案内によると、1632年(寛永9)に尾張藩主徳川義直(林羅山)が上野忍ケ岡(現在の上野恩賜公園)の私邸内に忍岡聖堂(先聖殿)を造営したのが始まりで、1690年(元禄3)に将軍綱吉が此の地に移して大成殿と改称し、其の後1799年(寛政11)に大成殿及び杏壇(きょうだん)門、入徳(にゅうとく)門、仰高(ぎょうこう)門が再建されています。所在:文京区湯島1-4-25。入場無料。湯島聖堂の仰高門から入ると右手に高さ4.6m、質量約1.5Tonの孔子銅像が立っています。中華民国台北市のライオンズ・クラブからの寄贈で、孔子の銅像では世界最大です。近くに楷樹(かいじゅ)が聳えています。うるし科の樹木で中国山東省曲阜にある孔子の墓所に弟子の子貢が植えたと伝えられ、日本には此の種子からの苗木が育ち、儒学関係の場所に植えられています。直角に枝分かれする事や小葉が綺麗に揃っている事から、書道で言う楷書の語源になったと云われています。




入徳門から杏壇門を潜ると大成殿です。間口20m、奥行き14.2m、高さ14.6mの入母屋造りで、大成は孔子廟正殿の名称です。大成殿の屋根には、見事な飾りが乗っています。狛犬に似た鬼龍子(きりゅうし)は想像上の霊獣で、顔は猫科の動物に似て牙を剥き、腹には鱗が在り、蛇腹・龍腹となっています。鯱の様なのが、鬼犾頭(きぎんとう)で頭が龍、尾が魚の架空の霊獣で頭から潮を噴き上げ、火災などから建物を守る役目をしています。




仰高門から出て南西50mの神田川に戻ると『#12東京メトロ丸ノ内線神田川橋梁』が見えます。神田川左岸の文京区湯島と右岸の千代田区神田駿河台との間に架かり、左岸側の御茶ノ水駅と右岸側の淡路町駅との間に位置しています。東京メトロ丸ノ内線が地上に顔を出す数少ない箇所の一つでもあります。丸ノ内線御茶ノ水駅から淡路町駅間の開業は1956年(S31)であり、此の時期に架橋した模様です。



 名称:東京メトロ丸ノ内線神田川橋梁
 構造種別:1径間箱桁
 河口からの距離:2.09km
 橋の長さ:約40m
 軌道:複線
 竣工:1956年(S31)推定



丸ノ内線神田川橋梁の上流70mに架かるのが『#13聖橋』です。神田川左岸の文京区湯島と右岸の千代田区神田駿河台とを結び、都道403号線(本郷通り)が通ります。橋の名前は東京府による公募で、両岸に位置する2つの聖堂(湯島聖堂とニコライ堂)を結ぶ事から聖橋と命名されています。



 名称:聖橋
 構造種別:1径間RCアーチ
 河口からの距離:2.16km
 橋の長さ:92.5m
 有効幅員:22m
 完成:1929年(S4)



聖橋の上流180mに『#14お茶の水橋』が架かっています。此方の橋も神田川左岸の文京区湯島と右岸の千代田区神田駿河台とを結び、一般道(明大通り)が通ります。近くの駅名から御茶ノ水橋との表記も見られますが、正式名は「お茶の水橋」で、初代の架橋は1890年(M23)の鋼製トラス。お茶の水の地名は、徳川家康が鷹狩りに出掛け此の辺りで休息した際に、高林寺の井戸水で入れたお茶が美味しく、其の後此の井戸水を将軍家がお茶に愛用したという逸話からきています。



 名称:お茶の水橋
 構造種別:2径間ゲルバー式鈑桁
 河口からの距離:2.35km
 橋の長さ:80m
 有効幅員:25.3m
 完成:1931年(S6)



お茶の水橋から700m程進むと、左岸脇に神田上水懸樋(掛樋)跡が在ります。江戸時代には此処に木製の樋を架けて神田上水として1901年(M34)まで神田、日本橋方面に供給されていたそうです。更に70m程進むと左岸下にお茶の水分水路の呑口が在り、其の上流に『#15水道橋』が架かっています。お茶の水分水路の吐口(出口)は冒頭の昌平橋近くです。


お茶の水分水路呑口の上流に架かるのが、今回終着地点の『#15水道橋』です。
神田川左岸の文京区本郷と右岸の千代田区三崎町とを結び、都道301号白山祝田田町線が通ります。初代の架橋は不明。1928年(S3)関東大震災の復興事業によって鋼製のアーチ桁が架けられましたが、1988年(S63)に現在の橋に架け替えられています。





 名称:水道橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:3.16km
 橋の長さ:24.9m
 有効幅員:50.2m
 完成:1988年(S63)



>>>後書き<<<
次回は神田川右岸の万世橋から遡上して、後楽園ブリッジ、後楽橋、小石川橋、船河原橋までの紹介です。

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  1. 2015/06/20(土) 12:00:00|
  2. 神田川

Scene-188 神田川右岸 『柳橋、浅草橋、左衛門橋、美倉橋、和泉橋、神田ふれあい橋、東北・上越新幹線橋梁、山手線橋梁、万世橋』


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次回アップ予定:Scene-189 神田川左岸 『昌平橋、総武線橋梁、東京メトロ丸ノ内線橋梁、聖橋、お茶の水橋、水道橋』(06/20 12:00)
貴方はもう忘れたかしら、赤い手拭いマフラーにして~♪..『ぶらっと遡上編』の第7弾:神田川がスタートです。神田川は、三鷹市井の頭恩賜公園内にある井の頭池に源を発し隅田川に合流する流路延長24.6kmの荒川水系の一級河川で、今回は神田川左岸河口の柳橋から遡上して、浅草橋、左衛門橋、美倉橋、和泉橋、神田ふれあい橋、東北・上越新幹線橋梁、山手線橋梁、万世橋までの紹介で、橋ばっかですよ。


神田川河口への最寄り駅はJR総武本線の浅草橋駅、自宅からJRを乗り継いで約1時間、近くて楽だね(笑)。浅草橋駅から南東に300m程で神田川の河口に到着、隅田川は一昨年の11月以来で懐かしいね。両国橋から神田川河口部を撮ってスタートです、序にTSTもバシャッ。


先ずは河口から約60mに架かる、神田川第一橋梁の『#01柳橋』から紹介します。初代の架橋は1697年(元禄10)で、1887年(M20)に鉄橋に架け替えられた後、1923年(T12)の関東大震災で落下してしまいましたが、1929年(S4)に永代橋のデザインを採り入れて完成しています。神田川左岸の台東区柳橋と右岸の中央区東日本橋・日本橋とを結び、一般道が通ります。





 名称:柳橋
 構造種別:1径間鋼タイドアーチ
 河口からの距離:60m
 橋の長さ:38m
 有効幅員:11m
 竣工:1929年(S4)



柳橋の上流200mに架かるのが『#02浅草橋』です。江戸時代初期から奥州街道に通じる交通の要所として重んじられてきた橋で、初代の架橋年は不明。神田川左岸の台東区浅草橋・柳橋と右岸の中央区日本橋馬喰町・東日本橋とを結び、国道6号江戸通りが通ります。現在の橋は銘版によると、1928年(S3)石川嶋造船所製造で復興局による施工で、橋の地下に都営浅草線、下流近くに総武本線が通っています。





 名称:浅草橋
 構造種別:1径間ソリッドリブアーチ
 河口からの距離:0.26km
 橋の長さ:35.8m
 有効幅員:33m
 完成:1928年(S3)



浅草橋の上流260mに『#03左衛門橋』が架かっています。初代の架橋は1875年(M8)の木橋で、2代目は明治後半に鋼製トラス橋が改架、関東大震災後の復興事業によって、1930年(S5)に現在の橋に架け替えられ、2000年(H12)に大規模改修工事が実施されています。橋の名前は旧町名由来案内によると、此の場所には1598年(慶長3)以来、徳川譜代大名庄内藩酒井左衛門尉邸が在り、神田川に望む此の地は俗に左衛門河岸と呼ばれていた事からの命名で、1890年(M23)には浅草左衛門町が起立しています。神田川左岸の千代田区東神田・台東区浅草橋と右岸の中央区日本橋馬喰町とを結び、一般道(左衛門橋通り)が通ります。上流側に通信ケーブルらしき付帯橋が架かっています。





 名称:左衛門橋
 構造種別:1径間鋼ヒンジアーチ
 河口からの距離:0.52km
 橋の長さ:35.5m
 有効幅員:15m
 完成:1930年(S5)



左衛門橋の上流160mに架かるのが『#04美倉橋』です。初代の架橋は江戸時代前半で、当時は柳原新シ橋と呼ばれていました。橋の名前は、江戸時代の此の地区には神田紺屋町二丁目横町蔵地、神田相佐柄木町蔵地、本銀町会所屋敷蔵地の三つの蔵地が在り三倉地と呼ばれており、明治時代に「三」を「美」と変えた美倉町から命名されています。右岸側には三倉を模した公衆トイレが在りますよ。神田川左岸の千代田区神田佐久間町と右岸の千代田区東神田とを結び、清洲橋通りが通り、上流側に付帯水管橋が架かっています。





 名称:美倉橋
 構造種別:1径間鋼ヒンジアーチ
 河口からの距離:0.76km
 橋の長さ:35.8m
 有効幅員:22m
 完成:1929年(S4)



美倉橋の上流約400mに『#05和泉橋』が架かっています。初代の架橋は不明ですが、寛永年間(1632~1644年)には架橋されていた模様です。其の後、1892年(M25)に変え架けられ現在の橋が3代目です。橋の名前は、北に藤堂和泉守高虎の屋敷地が在り、此れに由来しています。神田川左岸の千代田区神田佐久間町と右岸の千代田区神田岩本町とを結び、国道4号線(昭和通り)が通り、橋の上には首都高速1号線上野線が架かっています。





 名称:和泉橋
 構造種別:1径間鋼ヒンジアーチ
 河口からの距離:1.18km
 橋の長さ:35.8m
 有効幅員:44m
 完成:1916年(T5)



和泉橋から右岸沿いの道を150m程進むと右手に柳森神社が在ります。境内の由緒案内によると、1458年(長禄2)太田道灌が江戸築城の際に北方即ち此処に城郭鎮護鬼門除けとして、京都伏見稲荷大明神を勧請し祀ったのが始まりで、神田川の土手に数多くの柳の木を植えたのが、柳原の名と共に柳森神社の起源です。1680年(延宝8)に駿河富士宮浅間神社から分祀した富士浅間神社を合祀しています。本殿前に在る福寿社は、徳川5代将軍綱吉の母、桂昌院が江戸城内に福寿いなりとして創建していたものを移設した物で、おたぬき様と呼ばれる狸の像は「たぬき=他を抜きん出る」という意味から、勝負事や立身出世、金運向上などにご利益があると云われています。大奥の御女中衆に撫でられたのか、アソコがツルツルです(笑)。境内に在る力石は、大正時代に此の道の力士で有名であった飯田徳三と其の一派が使用していたものです。所在:千代田区神田須田町2-25-1。






柳森神社から30m程進むと『#06神田ふれあい橋』が架かっています。東北・上越両新幹線東京駅乗り入れ工事に伴うJR橋梁工事用の橋でしたが、工事完了後も地元の要望で其のまま一般に開放されています。神田川左岸の千代田区外神田・神田佐久間町と右岸の千代田区神田須田町とを結ぶ人道専用橋で、対岸からJR秋葉原駅へ渡る人で結構混雑しています。



 名称:神田ふれあい橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:1.38km
 橋の長さ:48.6m
 有効幅員:2.5m
 完成:1989年(H1)



神田ふれあい橋に隣り合うように架かるのが『#07東北・上越新幹線神田川橋梁』で、1991年(H3)の上野駅~東京駅間延伸開業に伴い架橋された橋梁です。下流側からしか、撮る位置が在りませんね。神田川左岸側の秋葉原駅と右岸側の神田駅との間に位置しています。

 名称:東北・上越新幹線神田川橋梁
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:1.39km
 橋の長さ:約60m
 軌道:複線
 完成:1988年(S63)



更に隣に架かるのが『#08山手線神田川橋梁』、実際には山手線と京浜東北線、2015年(H27)に開業した上野東京ライン(宇都宮線・高崎線・常磐線・東海道線)が通ります。

 名称:山手線神田川橋梁
 構造種別:1径間RCアーチ
 河口からの距離:1.42km
 橋の長さ:32.9m
 軌道:複線×3
 竣工:1925年(T14)



山手線神田川橋梁から上流170m程に『#09万世橋』が架かっています。初代の万世橋(最初は萬世橋)は、1872年(M5)の石造アーチで、現在地より上流方向に在り、現在地に架橋された万世橋は1903年(M36)。神田川左岸側の千代田区外神田と右岸側の千代田区神田須田町とを結び、国道17号(中央通り)が通ります。左岸側は秋葉原電気街で、橋の上には中国からの爆買ツアーのバスが停車しています。橋の袂に長蛇の列、何待ちかな?アッチャ、パチンコ屋の開店待ちの列でした(笑)。







 名称:万世橋
 構造種別:1径間RCアーチ
 河口からの距離:1.59km
 橋の長さ:約55m
 有効幅員:約35m
 完成:1930年(S5)



>>>後書き<<<
次回は神田川右岸側河口から遡上して、昌平橋、総武線橋梁、東京メトロ丸ノ内線橋梁、聖橋、お茶の水橋、水道橋までの紹介です。

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  1. 2015/06/16(火) 12:00:00|
  2. 神田川

Spot-25 調布 『神代植物公園』


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次回アップ予定:Scene-188 神田川 『柳橋、浅草橋、左衛門橋、美倉橋、和泉橋、神田ふれあい橋、東北上越新幹線橋梁、山手線橋梁、万世橋』(06/16 12:00)
今回は最寄り駅の京王線調布駅からバスで13分、自宅から40分程の調布市に在る神代植物公園に行き、芍薬や薔薇を見て来ましたので、其のSpot紹介です。神代植物公園は都立唯一の植物公園で、1961年(S36)の開園、園内には四季折々に咲く約4800種類、10万株の植物が植えられています。行った時期は5月下旬だったのでバラが盛りでした。因みにバラ園には都内最多の409品種約5200株が植栽されています。休園日:月曜日、年末年始。入園料:500円。所在:調布市深大寺元町5-31-10。此の辺りは、かつて深大寺村と呼ばれていましたが其の後、神代村に変わり旧地名からの命名です。
平日だけど、自由人達(自分も)で園内は賑わっていますネ。正門入口から入り右手に芍薬園が在ります。牡丹は終わっていましたが芍薬は未だ見頃でしたので、幾つか紹介します。種類が多いけど、花の名前札が整備されていて判り易いです、黄色の芍薬が綺麗ですね。






隣にバラ園が在ります。バラのアーチを潜ると、国際ばら新品種コンクールの花壇が目に入ります。財団法人日本バラ会(The Japan Rose Society)により、神代植物公園で開催されるコンクールで、仏、米、独、伊、日など世界の未発表バラの新品種を公募して試作、評価し、表彰されます。ずらりと並んでいるのは未発表の新種なので名無しのバラで、番号札が付いています。将来、此の中から世に広がって行く新品種はあるのかな?個人的に気に入った薔薇をバラバラと紹介します、バラだけに!(笑)








新品種まだまだ続きますよ、此れだけ数が在ると撮るのも疲れるね!バラは人工受粉で簡単に交配出来ますが、新品種として世に出すとなると何10年も掛かるそうです。






バラ園は真中に噴水が配され、其の廻り(140m×80m)に各種のバラが植えられています。苗木の即売所も在るけど、結構良い値段だね。全体的にピンクと白系が多く、黄色と紫系が少し在ります。
■アビゲイル:作出1988年(独)、■アメリカン・スピリット:作出1986年(米)、■イントゥリーグ:作出1982年(米)、■スヴェニール・ド・アンネ・フランク:作出1960年(白)、■チャイコフスキー:作出2000年(仏)、■ソーニヤ ホルストマン:作出1967年(独)






廻りに漂う甘い香り、上品な匂いでオバチャンのキツイ香水とは雲泥の差ですね(笑)。
■ピンク・パンサー:作出1981年(仏)、■ファラオン:作出1967年(仏)、■ブルー・バユー:作出1993年(独)、■ムーンスプライト:作出1956年(米)、■ムーン・シャドウ:作出1995年(米)、■モンパルナス:作出1966年(仏)、■グロアール・ド・ミディ:作出1988年(独)、■ジーン・バーナー:作出1968年(米)、■ジョン・F・ケネディ:作出1965年(米)。






■デスティニィ:作出1989年(仏)、■ドクターファウスト:作出1957年(独)、■ノックアウト:作出2000年(仏)、■マジョリカ:作出1988年(独)、■マガリ:作出1986年(仏)、■フロリック:作出1953年(米)、■ユーロピアーナ、■天津乙女:作出1960年(日)、■花籠:作出1972年(日)。未だ未だバラが在りますが、撮るのも疲れて来たので、此処らへんで打ち切ります。






バラ園の脇にせせらぎが流れ、睡蓮が見頃です。岸辺からはブオーブオーと豪快な泣き声が響き渡っています、ウシガエルです。初めて撮れたけどデカイ、20cm位あるね。




園内の周回道路沿いに歩きながら帰ります。途中に咲いている草花もパチリ。芝生広場に咲くススキの仲間、パンパスグラス、人が傍に居るので大きさが判ります、超デカイね。珍しい樹木も在ります、オーストラリア原産のブラシノキ。ナイスネーミングって云うか、其のままですね。ユリノキは花が終わって、果実が成っています。






深大寺門から出ると手打ち蕎麦のお店が在ります。深大寺と云ったら蕎麦が有名なので食べて行きます。腰が有る蕎麦で香りも良く旨いね。深大寺周辺の土地は米作りに適さない場所である為、小作人は蕎麦を作り、米の代わりに蕎麦粉を寺に納め、寺では蕎麦を打ち来客をもてなしたのが、深大寺蕎麦の始まりです。


南側に天台宗別格本山の仏教寺院、深大寺が在るので序に寄ります。隣接する神代植物公園は旧寺領で、733年(天平5)に満功上人が法相宗の寺院として開創したと伝えられ、859年(貞観1)に天台宗に改宗しています。山門は1695年(元禄8)の建立で、深大寺で最も古い建造物です。山号:浮岳山、本尊:阿弥陀三尊像、所在:調布市深大寺元町5-15-1。






深大寺から東200m程に青渭(あおい)神社が在ります。創建は不詳ですが、西暦900年より以前に創建されていたとされています。古くから深大寺町の鎮守として信仰を集め、境内に大池が在り、湧き水が青波を湛えていた事から青波天神社とも称されていました。祭神:青渭大神(水神)、所在:調布市深大寺元町5-17-10。鳥居脇に聳えるケヤキは調布市内唯一の巨木で、市の天然記念物に指定されています。狛犬は1880年(M13)の奉納。神社前のバス停から帰宅します。




>>>後書き<<<
神代植物公園は四季折々の花が見られ、近くて暇潰しに良いね。お腹が空いたら、近くに蕎麦屋さんが20軒程在るので最適です(笑)。
次回から「ぶらっと遡上探索」の第7弾:神田川がスタートします。三鷹市井の頭恩賜公園内の井の頭池に源を発し、隅田川に合流する河川です。何時もの様に河口から源流に向けて遡上します。距離は流路延長24.6kmと短いのですが、橋の数は153橋梁と多く、遡上シミュレーションでは18話完結予定ですので、引き続き御覧願います。


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  1. 2015/06/13(土) 12:00:00|
  2. 神代植物公園

Scene-187 江戸川の纏め(江戸川に架かる橋 41)



■江戸川(流路延長59.5km)に架かる橋梁(河口順)。絵をクリックすると、其々の掲載Sceneへリンクします(計21話)。

『#01JR京葉線第二江戸川橋梁』   『#02市川大橋』              『#03首都高速湾岸線第二江戸川橋』


『#04江戸川放水路水管橋』       『#05メトロ東西線江戸川第二橋梁』 『#06江戸川放水路送水管橋』


『#07新行徳橋』              『#08行徳橋』               『#09JR京葉線第一江戸川橋梁』


『#10舞浜大橋』              『#11首都高速湾岸線第一江戸川橋』『#12メトロ東西線江戸川第一橋梁』


『#13浦安橋』                『#14今井橋』               『#15江戸川水閘門管理橋』


『#16江戸川大橋』             『#17JR総武本線江戸川橋梁』     『#18市川橋』


『#19京成本線江戸川橋梁』       『#20北総線江戸川橋梁』        『#21新葛飾橋』


『#22JR常磐線江戸川橋梁』      『#23東京外かく環状道路葛飾大橋』 『#24葛飾橋』


『#25上葛飾橋』               『#26つくばEX江戸川橋梁』       『#27ガス導管専用橋』


『#28JR武蔵野線江戸川橋梁』     『#29流山人道橋』             『#30流山橋』


『#31常磐自動車道江戸川橋』     『#32玉葉橋』               『#33野田橋』


『#34東武野田線江戸川橋梁』     『#35金野井大橋』            『#36宝珠花橋人道橋』


『#37宝珠花橋』              『#38関宿橋』               『#39中之島公園管理橋』


『#40関宿水門管理橋』          『#41関宿閘門管理橋』



■江戸川の水門、閘門、可動堰

『行徳可動堰』               『境川西水門』               『境川西副水門』


『新川東水門』               『当代島水門』               『新井水門』


『欠真間三号水門』            『押切水門』                『本行徳水門』


『河原水門』                『江戸川水門』               『江戸川閘門』


『根本水門』                『柳原水門』                『松戸水門』


『関宿水門』                『関宿閘門』



>>>後書き<<<
次回アップ予定:Spot-25 調布 『神代植物公園』(06/13 12:00)
江戸川終盤は、自宅から2時間以上掛かり少し疲れましたね(笑)。次回は骨休みで近場の神代植物公園に行き、芍薬や薔薇などを見て来ましたので、其のSpot紹介です。

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  1. 2015/06/08(月) 12:00:00|
  2. 江戸川に架かる橋--041

Scene-186 江戸川左岸最終回 『中之島公園管理橋、関宿水門管理橋、関宿閘門管理橋』


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次回アップ予定:Scene-187 江戸川の纏め (06/08 12:00)
今回は江戸川左岸の宝珠花橋から遡上して、中之島公園管理橋、関宿水門管理橋、関宿閘門管理橋までの紹介で、『ぶらっと遡上探索』江戸川編の最終回ですヨ。先ずは宝珠花橋東詰めから北に350m程に在る三嶋神社からのスタートです。創建等は不詳、明神鳥居が朱色、いやワインカラーに塗られた珍しい鳥居ですね。所在:野田市次木345。鳥居は1975年(S50)の奉納です。


三嶋神社から北西250m程に八坂神社が在ります。創建は不詳、境内の新築記念碑によると、本殿は明治時代後期に建立されましたが二度に亘る江戸川改修工事などによる解体移転と老朽化により、2009年(H21)に新築されています。祭神:須佐之男命、所在:野田市親野井200-12。境内の石灯篭は1743年(寛保3)、鳥居は1991年(H3)の建立です。


八坂神社前の流山街道で2.7km進むと左手に、諏訪神社の鳥居が見えます。創建は1450年(宝徳2)、祭神:御健名方神、所在:野田市新田戸508。鳥居は1961年(S36)の奉納です。


諏訪神社から西に500m、浄土真宗本願寺派寺院の常敬寺が在ります。1284年(弘安7)親鸞聖人の孫、唯善上人による開基です。元々、常敬寺は鎌倉に在りましたが、蒙古襲来(1274年文永の役、1281年弘安の役)による大火に遭う事を心配した惟康親王が、北条時宗に命じて下総国関宿深栖郷に七堂の大伽藍を建立させた事が始まりで、現在地に移転しています。山号:中戸山、院号:西光院、本尊:阿弥陀如来像、所在:野田市中戸379-1。堤防道路に出て暫し歩くと、海から55kmポストが見えました、江戸川の終着点迄残り5km程です。




堤防道路を約1.7km進むと堤防右手下に神明神社が見えます。元は、安国山総寧寺が別当をしていた神社で、1711年(正徳1)に総寧寺が移転し残された御神霊を礎に、地域の鎮守として創建されています。祭神:天照皇大神、所在:野田市関宿内町172。鳥居は1952年(S27)の奉納です。


神明神社の北400mに、鎌倉時代末期に興った浄土教の一宗派である時宗寺院の吉祥寺が在ります。鎌倉後期の1295年(永仁3)に真教による開基と云われています。所在:野田市関宿元町124。


吉祥寺から西に100m、堤防道路脇に関宿元町香取神社が在ります。創建は不詳、祭神:菅原道真公、所在:野田市関宿元町88。鳥居は1986年(S61)の奉納です。


堤防道路に戻り300m程進むと、堤防右下に浄土真宗大谷派寺院の雲国寺が見えます。境内の由緒案内によると、1464年(寛正5)に当時の関宿の領主であった佐竹刑部大輔義経による開基と云われています。山号:清流山、所在:野田市関宿元町119。堤防道路に戻ると海から57kmポスト、300m程先に架かる前回紹介の関宿橋を横目に、約1km先の関宿江戸町香取神社に行きます。




関宿江戸町香取神社の創建は不詳、1915年(T4)と1957年(S32)の江戸川改修工事により現在地に移転し、現在の拝殿は1979年(S54)の新築です。祭神:経津主命、所在:野田市関宿江戸町25-1。狛犬は芸術的で素晴らしい造りです。




関宿江戸町香取神社から北に約1km、利根川と江戸川の合流付近に在り、1995年(H7)に開館した千葉県立関宿城博物館に行きます。関宿城の城跡近くに在り、旧関宿町や関宿城に関する資料が置いてある博物館で、天守閣は残っている古記録に基づいて外観を再現した模擬天守閣です。定休日:月曜、年始年末、入館料:200円。入口に利根川で多く使われていた揚げ船と蛇籠などが置いてあります。館内は撮影禁止なので絵は有りません。関宿城博物館前に休息所が在るのでアイスを齧りながら休憩、序に産地野菜の赤玉葱(2個100円)をお土産に購入です。所在:野田市関宿三軒家143-4。






関宿城博物館から150m程堤防道路を戻ると『#39中之島公園管理橋』が架かっています。江戸川左岸の野田市関宿三軒家と、利根川と江戸川に挟まれた中洲状の中之島公園とを結び、公園に続く人道専用の橋です。





 名称:中之島公園管理橋
 構造種別:5径間箱桁
 河口からの距離:59.6km
 橋の長さ:約258m
 有効幅員:約5~6m
 竣工:1981年3月竣工



中之島公園管理橋の中洲側から右岸側に仮設橋が架かっています。利根川上流に建設中の圏央道橋梁建設車両の為の専用橋で、一般車両は勿論人も通行出来ません。なので、江戸川に架かる橋からは除外しています。仮設工事橋の長さ:約185m、幅:約8m、構造種別:8径間鈑桁です。


中之島公園は昭和初期の江戸川改修に伴い関宿水閘門脇に造られた公園で、治水工事に関連した歴史遺産などが展示されています。中之島公園管理橋の脇に置かれているのが1966年(S41)製造の浚渫船山王号、現在は新山王号が活躍しています。隣に在るのが1976年(S51)製造の水路浚渫機、戦車みたいにゴツイですね。排気管が上部に向いているので、浚渫船では作業出来ない浅い水辺でも作業が可能です。


歴史遺産として展示されているのが、1907年(M40)に総武鉄道の江戸川に架けられていた、3連100ftポニー形ワーレントラスの江戸川橋梁です。其の後、1926年(T15)に撤去され、2連が横浜市の生糸検査所引き込み線で大岡川橋梁として使用されていましたが、1994年(H6)に大岡川からも撤去、1999年(H11)に長さを1/3に縮め、当時の原材料、工法を採用して復元展示されています。関宿水門の近くに浚渫で使用したバケット、棒出し(川幅を狭めて江戸川への水流を調整する施設)の石が置いて在ります。水位観測所は1988年(S63)まで使用されていた施設です。




本日は25℃超えの夏日ですが、湿度が低く爽やかです。公園内に珍しい雑草が生えているのでパチリパチリ、雑草教室です(笑)先ずはハルジオン(春紫菀)北アメリカが原産で、ヒメジョオン(姫女苑)に似ています、ハルジオンの蕾は下を向いて項垂れているのが特徴です。ヘラオオバコ(箆大葉子)ヨーロッパ原産の帰化植物です。此の辺から難しいですよ、ヤガミスゲはカヤツリグサ科の夏緑多年草。スイバ(酸い葉)タデ科の多年草で、文字通り葉を噛むと酸味があります。ナヨクサフジ、マメ科でヨーロッパ原産の帰化植物です。最後はハナニガナ(花苦菜)キク科ニガナ属の多年草です。小さいけど良く見ると可愛い花ですよ。幾つ知っていましたか?




中之島公園の端に関宿水閘門が在り、水門に架かるのが『#40関宿水門管理橋』です。江戸を度々混乱に陥れていた洪水を治める為に、徳川幕府により千葉県銚子市へ流す大治水工事が行なわれ、分岐点になったのが関宿で、関宿水門は茨城県猿島郡五霞町の利根川と江戸川の分岐付近に設置され、江戸川への分派量を調節する目的で、1918年(T7)着工し1927年(S2)に完成しています。水門はディーゼルエンジンにより昇降する8門のストーニ式ローラゲート(門幅7.6m、高さ4.5m)によって機能しています。





 名称:関宿水門管理橋
 構造種別:8径間RC橋
 河口からの距離:59.8km
 橋の長さ:約83m
 有効幅員:約2m
 完成:1927年(S2)



関宿水門の西側に船が行き来する為の関宿閘門が在り、上に『#41関宿閘門管理橋』が架かっています。閘室長100m、幅10mの両側に閘門ゲート(合掌式)が設置されていて、Scene-170で紹介した江戸川水閘と同様に水位の異なる区間を船が往来出来るようにしています。関宿水閘門は歴史的土木施設として、2003年(H15)に土木学会選奨土木遺産として認定されています。





 名称:関宿閘門管理橋
 構造種別:1径間RC橋
 河口からの距離:59.8km
 橋の長さ:約41m
 有効幅員:約2m
 完成:1927年(S2)



関宿閘門管理橋を渡り、江戸川右岸を行ける所まで進みます。500m程進むと堤防道路は工事車両専用になり、歩けません。河川敷方向を見ても河岸は見えず、堤防道路脇に立つポストは利根川河口からの表示に変わっているので、此の付近を利根川の合流点、江戸川の終端として遡上を完了します(パチパチパチ)。


>>>後書き<<<
関宿城博物館前の休息所で買った産地野菜の赤玉葱を帰宅してから料理に使いました。先ずは鰹のタタキに薬味として大葉と赤玉葱をスライス、胡麻とポン酢を振り掛けて完成。辛みが少なく甘くて旨いね。もう一つは、レンジのオーブン機能を使って焼きました。100均の耐熱皿に半輪切りの赤玉葱を並べて塩胡椒、上にツナコーンとピザ用チーズを乗せ、パン粉を振り掛けて20分程加熱。赤玉葱、ツナと合いますね。添え物は便詰めピクルスと、じゃこ天のサラダです。瓶詰めに入っていたカラシ菜は飾りですよ。最後はピーマンの肉詰めをベーコンで巻いて焼き、カイワレと赤玉葱をスライスしてサラダ、旨塩ドレッシングでどうぞ。


江戸川は河口から約60kmも有ったのですが、橋梁の数が少なかったので移動距離が長い為、意外と早く21話で完結しましたネ。次回は江戸川に架かる橋(41橋梁)を纏め、「ぶらっと遡上探索」の第7弾は都内を流れる「神田川」に決定しました。

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テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2015/06/04(木) 12:00:00|
  2. 江戸川

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