ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-177 江戸川右岸 『つくばエクスプレス江戸川橋梁』


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次回アップ予定:Scene-178 江戸川左岸 『ガス導管専用橋、JR武蔵野線江戸川橋梁、流山人道橋、流山橋』(05/03 12:00)
今回は江戸川右岸のJR常磐線江戸川橋梁から遡上して、つくばエクスプレス江戸川橋梁までの紹介です。
常磐線江戸川橋梁から堤防遊歩道を200m程進むと左手に神社の森が見えます、葛西神社です。境内の由緒案内によると、かつて香取宮と呼ばれ1184年(元暦1)に下総国香取神宮の御分霊を勧請し上葛西、下葛西三十三郷の総鎮守として創建されたと云われています。祭神:経津主神、日本武尊、徳川家康命、所在:葛飾区東金町6-10-5。






葛西神社の北250mに浄土宗寺院の光増寺が在ります。1222年(貞応1)法海が草庵を結んだのが始まりで、1224年(元仁1)親鸞聖人が立ち寄った際に法海が帰依し、浄土真宗光増寺になったと伝えられています。戦国時代の国府台合戦により堂宇を焼失、1587年(天正15)江戸増上寺の僧円蓮社常誉が浄土宗として中興しています。山号:摂取山、院号:蓮池院、本尊:阿弥陀如来三尊立像、所在:葛飾区東金町6-20-17。


光増寺の北250mに半田稲荷神社が在ります。境内の由緒案内によると、711年(和銅4)の創建と云われている古社です。祭神:倉稲魂神、佐田彦神、大宮女神、境内社:大土神社、水神社、白狐社、所在:葛飾区東金町4-28-22。江戸中期、麻疹や疱瘡が流行した時にお札や、おまじないの「くくり猿」を売り歩いた願人坊主が神仏に祈願する時に体のけがれを落とす水垢離を行なった神泉が遺構として残されており、葛飾区の有形文化財に指定されています。






半田稲荷神社から東に400m程江戸川堤防に戻ると、河川敷には江戸川ラインゴルフ場が700m程続いています。距離が無いのでショートコースですね、遊歩道側へのネットが無いので少し危ないネ。200m進むと新橋排水樋管が在ります。江戸川の中程に赤い旗を付けた警戒船が係留されています。警戒船って何を警戒するんだろうね?ググルと、大型船や長尺物の曳船、危険物積載船等については、警戒船の配備が義務付けられているんだそうです。


前回紹介の外環葛飾大橋と葛飾橋を潜り250m、右岸遊歩道-19kmPの先に東金町ポンプ所排水樋管が見えます。左手方向に東金町運動公園が在り、其の北側に日蓮宗寺院の大雄寺が在るので寄ります。


東金町運動公園の脇に小さな池が在り、池の縁に望遠をセッティングした輩が並んでいます。話を聞くとカワセミの餌場が在り、其の撮影だそうです、入る隙間も無いのでスルーします。池を過ぎると埼玉県に突入です、北125mに在る大雄寺は教學院日利が開山となり、1593年(文禄1)に創建、江戸川の改修工事により3度程の移転を経て現在地に移っています。三郷七福神めぐりの大黒天です。山号:正光山、本尊:日蓮聖人像、所在:三郷市高州4-138。




大雄寺の西隣に三福神社(三輪神社)が在ります。1639年(寛永16)の江戸川氾濫の時、三輪野江(現吉川町)の三輪神社ご神体が流れ着き、此れを村人が拾い上げて創始、稲荷社・秋葉社と共に小向村の鎮守社だったと云われています。1910年(M43)に稲荷社を合祀しています。祭神:大物主命、櫛玉命、所在:三郷市高州4-137。鳥居は1935年(S10)の奉納です。


三福神社の参道を出た処に小向の渡し跡の案内板が在ります。江戸時代から昭和中期の葛飾橋が出来るまで使用されていたそうです。参道から東に50m、江戸川堤防に戻ります。小向の渡し跡から900m、海から20kmに位置に在るのが樋野口の渡し跡で、此方は1731年(享保16)の江戸川改修により村が分断され、飛び地になった対岸農地への農耕用の渡しでした。


樋野口の渡し跡から堤防道路を900m程進むと左手に樋野口稲荷神社の鳥居が見えます。創建は不詳、江戸川河川改修により分断した樋野口村西部の鎮守として勧請したと云われています。祭神:倉稲魂命、所在:三郷市東町45-1。


稲荷神社から堤防道路を500m進むと、左手に真言宗豊山派寺院の円福寺が在ります。創建は不詳、長戸呂稲荷神社・長戸呂天神社(現天豊受神社)の別当を勤めていたと云われています。三郷七福神巡りの弁財天です。山号:長流山、院号:光照院、本尊:阿弥陀如来像、所在:三郷市鷹野1-159-3。


円福寺の50m北が前回紹介の上葛飾橋で、橋を潜り堤防道路を500m程北上すると左手に長戸呂天豊受神社の神明鳥居が見えます。元禄年間(1688~1704年)に創建された長戸呂村の鎮守社で、稲荷神社と天神社を1910年(M43)に合祀して天豊受神社になったと云われています。其の後長戸呂堤内に創建されましたが江戸川河川改修に伴い、1959年(S34)に現在地に遷座しています。祭神:宇迦之御魂命、菅原道真公、所在:三郷市鷹野1-34-1。狛犬は不在でしたが拝殿前の灯篭には1893年(M26)の刻が在ります。


天豊受稲荷神社から堤防道路を400m進むと長戸呂排水樋管が在ります。海から22.5kmPが近くに在り、江戸川はスネークライン状に北に向かって行きます。


長戸呂排水樋管から堤防道路を500m程進むと、左手に横堀御嶽神社の裏手が見えるので表に廻り込みますが、文字通り堀の横に在り、利根川水系の大場川(流路延長16.8km)が鳥居前を流れていて正面からの絵が撮れません。横堀御嶽神社の創建は不詳ですが境内の由緒案内によると、昔田んぼから御嶽神社と刻まれた舟形の石が出土され祀ったのが始まりで、元禄年間(1688~1704年)には水防稲荷・水神宮を合祀して、稲荷社と呼ばれていました。1872年(M5)には東福寺管理を離れて御嶽神社に改称しています。祭神:日本武尊、国常立尊、稲倉魂命、所在:三郷市新和4-617。




御嶽神社から大場川沿いに900m程北上すると、中川から江戸川を東西に結ぶ国土交通省管理の三郷放水路(全長約1.5km)にぶつかり、三郷放水路の手前に在るのが1975年(S50)に完成した大場川伏越(ふせこし)です。伏越は逆サイフォンとも呼ばれていて、三郷放水路で分断されている大場川の上流と下流を地下導水管で交差させる施設です。大場川伏越の北に見える水門は大場川水門で、非常時以外は閉鎖されています。三郷放水路に架かる大善橋を渡り、第二大場川に沿って進むと大場川第二水門が在り、三郷放水路の東側末端に見える建物は、洪水時に機能する三郷排水機場です。所在:三郷市新和2-442。




三郷排水機場から堤防道路を500m程進むと三郷浄水場取水樋管(三郷浄水場は西に450m)、更に500m進むと市助排水樋管が在ります。


市助排水樋管から北西200mに市助の稲荷神社が在ります。創建は不詳、市助村の鎮守社で、1912年(M45)に新和稲荷神社に合祀された後、復祀したと云われています。祭神:倉稲魂命、所在:三郷市市助1-115。拝殿の軒に飾られた注連縄、頭と目玉が付いているので龍を模したものですね。


大場川を挟んで西100mに曹洞宗寺院の興禅寺が在ります。門が閉じていて入れなかったので、外からバシャッ。1603年(慶長8)に松戸市中金杉の廣德寺9世、快笑梵せき大和尚により開山され、開基は江戸京橋竹町(屋号)長門屋の当主である楢崎庄兵衛氏です。山号:圓通山、本尊:釈迦無尼仏像、所在:三郷市幸房1071。三郷七福神巡りの弁財天、毘沙門です。


江戸川堤防に戻り、250m程上流に架かるのが今回終着地点の『#26つくばエクスプレス江戸川橋梁』です。正式には2005年(H17)に開通した、秋葉原駅とつくば市つくば駅を結ぶ「常磐新線」ですが、つくばエクスプレスのほうが判り易いですね。江戸川左岸の流山市木と右岸の三郷市岩野木、幸房との間に架かり、左岸側の南流山駅と右岸側の三郷中央駅との間に位置します。鉄道の橋脚は殆ど真っ直ぐですが、此の橋梁は両端が緩いS字状に曲がった珍しい形ですね。





 名称:つくばエクスプレス江戸川橋梁
 構造種別:4径間下路ワーレントラス
 河口からの距離:25.5km
 橋の長さ:418m
 軌道:複線
 竣工:2003年(H15)



>>>後書き<<<
次回は江戸川左岸の上葛飾橋から遡上して、ガス導管専用橋、JR武蔵野線江戸川橋梁、流山人道橋、流山橋までの紹介です。

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  1. 2015/04/29(水) 12:00:00|
  2. 江戸川

Scene-176 江戸川左岸 『外環葛飾大橋、葛飾橋、上葛飾橋』


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次回アップ予定:Scene-177 江戸川右岸 『つくばエクスプレス江戸川橋梁』(04/29 12:00)
今回は江戸川左岸の北総線江戸川橋梁から遡上して、外環葛飾大橋、葛飾橋、上葛飾橋までの紹介です。北総線江戸川橋梁の上流左岸は2km程、江戸川ゴルフ倶楽部が続いているので、前回紹介の新葛飾橋とJR常磐線江戸川橋梁を潜り、『#23東京外かく環状道路葛飾大橋』までスルーします。外環葛飾大橋は江戸川左岸の松戸市小山と右岸の葛飾区東金町とを結び、国道298号東京外かく環状道路(外環)が通ります。下流側のトラスが上り線、上流側が下りの千葉方面行です。





 名称:東京外かく環状道路葛飾大橋
 構造種別:5径間下路ワーレントラス
 河口からの距離:18.8km
 橋の長さ:401.7m
 有効幅員:11m
 完成:1980年(S55)



外環葛飾大橋のトラスを見下ろす中間位置に、2017年(H29)完成予定の外環新葛飾橋(構造種別:7径間連続箱桁、長さ:506m、幅員:26m)が架橋中です。橋脚と桁は略工事が終わっていますが、未だ上部工事が残っていますね。


外環葛飾大橋の100m上流に架かるのが『#24葛飾橋』です。此方の橋も江戸川左岸の松戸市小山と右岸の葛飾区東金町とを結び、千葉県道・東京都道・埼玉県道54号松戸草加線が通ります。橋下の河川敷に居た野鳥は、目の縁が白いジョウビタキですね。





 名称:葛飾橋
 構造種別:5径間下路ワーレントラス
 河口からの距離:18.9km
 橋の長さ:403.1m
 有効幅員:14.9m
 完成:1972年(S47)



葛飾橋から堤防遊歩道を200m程進むと矢切灌漑用取水樋管、其の先100m先に小山樋管が在ります。


小山樋管から北東に500m程先に浄土宗寺院の松龍寺が在るので寄ります。徳川家康が1572年(元亀3)の三方ケ原雪中合戦で、旗本の高木広正に命を救われ、次男の旗本高木広次により1613年(慶長18)に父の菩提を弔って、東漸寺末寺として創建されたと云われています。将軍家の鹿狩りの際には八代吉宗、十一代家斉、十二代家慶などが松龍寺を休憩場所として使用しており、葵御紋の使用を許された名刹で山門には三葉葵紋が残っています。山号:廣大山、院号:高樹院、本尊:阿弥陀三尊像、所在:松戸市松戸1505-1。




松龍寺の北150m程に松戸神社が在ります。江戸時代初期の1626年(寛永3)創建とされ、かつては御嶽大権現と称していました。社殿は1739年(元文4)の松戸宿の大火により焼失。其の後、幕末の1863年(文久3)に再建され松戸神社に改称されています。祭神:日本武尊、所在:松戸市松戸1457。一の鳥居は1970年(S45)、二の鳥居は2011年(H23)の奉納です。




松戸神社から北西250mに坂川の樋門が在るので江戸川に戻ります。江戸時代までの坂川は江戸川への自然流下がうまく行かず、度々氾濫を繰り返していた為、1813年(文化10)頃に水位に応じて開閉する赤圦樋門が造られました。現在の赤圦樋門は、1957年(S32)に建設されたものです。此処で夕方になり、撮影不能となりましたので東側500mのJR松戸駅から帰宅します。


日が変わりまして、赤圦樋門からの遡上継続です。先ずは、北東100m程に真言宗豊山派寺院の宝光院が在るので此処から再開します。前記松戸神社の別当でしたが、創建は不詳。山号:梅牛山、本尊:不動明王像、所在:松戸市松戸1842。


宝光院の北隣に在るのが真言宗豊山派寺院の善照寺で、流山市清瀧院の末寺として創建されたと云われています。創建時は松戸字向山に在りましたが1611年(慶長16)に現在地に移っています。山号:松戸山、本尊:聖観音像、所在:松戸市松戸1857。


善照寺から北西400m程に浄土宗寺院の来迎寺が在るので、途中の坂川に掛かる一平(ひとひら)橋を渡ります。坂川は少し澱んでいて汚れているのに、ヒドリガモのペアが泳いでいます。多分餌付けされ、此の場所に留まっているみたいですね。一平橋の西側一帯は、かつて平潟の遊郭が在った場所で、此処に来迎寺と平潟神社が在ります。来迎寺は1609年(慶長14)の創建で小金東漸寺の末寺です。山号:親縁山、本尊:阿弥陀如来像、所在:松戸市松戸2175。




道路を挟んで西隣に在るのが、平潟神社(水神宮)です。かつては来迎寺の鎮守として境内に在りましたが、神仏分離以降に平潟神社として独立しています。祭神:罔象波乃売命、所在:松戸市松戸2166。拝殿前に平潟遊郭の名残が見られます、天水桶に刻まれた九十九樓の屋号、妓樓からの奉納ですね。狛犬は1917年(T6)の奉納です。




平潟神社の北100mに坂川と六間川の排水処理を行なう樋野口排水機場が在り、西側の河川敷まで樋野口排水樋管が繋がっています。樋管から下流方向に1km、上流方向500mの長さで住息生物の環境を保護するビオトープと傍にミニ公園が在り、公園にはかつて江戸川を運航していた外輪蒸気船などに着船場所を知らせる常夜燈が復元されています。堤防遊歩道脇には所々に一里塚と云う休息場所が設けられており、ベンチやトイレなどが置かれて散策の時に助かります。樋野口からはTSTや富士山が見えますが、送電線が邪魔ですネ。




樋野口排水機場から北500mに真言宗豊山派寺院の大乗院が在ります。創建、本尊などは不詳、山号:女体山、所在:松戸市樋野口880。


大乗院の西隣に女體(にょたい)神社が在ります。創建、祭神等不詳。先程の大乗院山号が女体山であり、関連が有りそうですがググってもヒット無しでした。所在:松戸市樋野口876。入口鳥居は1984年(S59)、狛犬は1934年(S9)の奉納です。




女體神社の北200m程に真言宗豊山派寺院の圓勝寺が在ります。参道入り口両脇に石仏が2体並んでいます。右側の物には下部に三猿が彫られていて、庚申塔みたいですね。創建は不詳、山号:雲仙山、本尊:勢至菩薩像、所在:松戸市古ケ崎175。


更に北150mに鵜森稲荷神社が在ります。1703年(元禄16)の庚申塚の碑が在る古社で、かつては江戸川の略中央に位置し森に囲まれて、数千羽の鵜が住み着いていた事から付いた社名と云われています。江戸川の改修や県道拡張工事などにより度々移転を経て現在地に鎮座しています。祭神:倉稲魂命、所在:松戸市古ケ崎192付近。入口鳥居は2007年(H19)、狛犬は1919年(T8)の奉納です。拝殿の後ろにピンクホテルの看板が写り、邪魔なので消しました(笑)。




鵜森稲荷神社脇を通る県道を150m程、江戸川方向に進むと今回終着地点の『#25上葛飾橋』です。江戸川左岸の松戸市古ケ崎と右岸の三郷市鷹野とを結び、千葉県道・埼玉県道295号松戸三郷線が通ります。歩道は下流側にのみ在り、車道とはカードレールで仕切られています。





 名称:上葛飾橋
 構造種別:6径間連続箱桁
 河口からの距離:21.3km
 橋の長さ:397.8m
 有効幅員:9.8m
 完成:1980年(S55)



>>>後書き<<<
次回は江戸川右岸のJR常磐線江戸川橋梁から遡上して、つくばエクスプレス江戸川橋梁までの紹介です。

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  1. 2015/04/25(土) 12:00:00|
  2. 江戸川

Scene-175 江戸川右岸 『新葛飾橋、JR常磐線江戸川橋梁』


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次回アップ予定:Scene-176 江戸川左岸 『外環葛飾大橋、葛飾橋、上葛飾橋』(04/25 12:00)
今回は江戸川右岸の市川橋から遡上して、新葛飾橋、JR常磐線江戸川橋梁までの紹介です。市川橋の西詰から北西170m程に日蓮宗寺院の本蔵寺が在るので寄ります。1622年(元和8)浅草新寺町に大雄山本蔵寺として創建されましたが、1910年(M43)当地に在った晴立寺と合併した後、北小岩に移転し晴立山本蔵寺に改称したと云われています。山号:晴立山、所在:江戸川区北小岩3-22-19。


本蔵寺の北50mに真言宗豊山派寺院の寶林寺が在ります。境内の由緒案内によると、元は市川市国分の金光明寺の末寺で、大秀法印により創建されたと云われています。山門前には江戸川区の有形民俗文化財に登録されている、1670年(寛文10)の銘が見られる地蔵菩薩像庚申塔と石仏群が並んでいます。山号:愛宕山、院号:地蔵院、本尊:不動明王像、所在:江戸川区北小岩3-23-11。


寶林寺の北60mに伊予田北野神社が在ります。創建は不詳ですが、江戸時代には天神稲荷合社と称して伊予田村の鎮守であったと云われています。祭神:菅原道真公、素戔鳴尊、倉稲魂命、所在:江戸川区北小岩3-23-3付近。境内に並ぶ三つの丸石は、江戸時代後期に日本一の力持ちと言われた三ノ宮卯之助が持ち上げたとされる力石で、卯之助の銘と三十八貫目(約143kg)と刻まれています。狛犬は2003年(H15)の奉納。




北野神社から京成本線江戸川駅を潜り、北700m程の位置に真言宗豊山派寺院の真光院が在ります。境内の由緒案内によると、1602年(慶長7)法印良鑁が東小岩善養寺末として開山したと伝えられています。南葛八十八ヶ所霊場の26番札所です。山号:稲荷山、寺号:遍照寺、本尊:木造阿弥陀如来立像、所在:江戸川区北小岩4-41-6。山門脇に青面金剛刻像塔と馬頭観音が祀られています。


真光院から北西150m程に小岩田天祖神社が在ります。天正年間(1573~1592年)に神明宮と称して創建したと云われており、1802年(享和2)の改築に際して神明・諏訪両大神と称していましたが、1874年(M7)に村社列格し、天祖神社に改称したと云われています。祭神:天照大御神、所在:江戸川区北小岩7-28-19。鳥居は1907年(M40)の建立。




天祖神社から堤防道路沿いに400m程進むと真言宗寺院の唐泉(とうせん)寺が在ります。唐泉寺は、真快和尚を開基とする真言宗総本山御寺泉涌寺派の末寺です。山号:吉祥山、本尊:大日大聖不動明王像、所在:江戸川区北小岩7-10-10。




唐泉寺から堤防道路沿いに300m程住むと左手に大きな水神碑が見えます。昔、上小岩村・中小岩村・小岩田村・鎌倉新田の4ケ村は水に恵まれない地域で、1877年(M10)の大干ばつの後に小岩田村の石井善兵衛を中心にして江戸川からの用水路が開削され善兵衛樋と命名され、其の功績を讃えた碑です。所在:江戸川区北小岩8-26-15付近。水神碑から北西300mに小岩田八幡神社が在ります。創建は不詳、旧小岩田村の鎮守社でした。祭神:誉田別尊、所在:江戸川区北小岩8-23-19。境内社:水神社。鳥居は1972年(S47)改修、狛犬は1933年(S8)の奉納です。




八幡神社から前回紹介の北総線江戸川橋梁を越えて北西900m程に曹洞宗寺院の万福寺が在るので寄ります。1928年(S3)の創建と云われ、柴又七福神の福禄寿です。山号:聖閣山、本尊:毘沙門天立像、所在:葛飾区柴又6-17-20。


万福寺から西300mに在る京成金町線の柴又駅に寄ります。柴又と云えば、「姓は車、名は寅次郎、人呼んでフーテンの寅と発します」でお馴染みの、寅さんの故郷ですね。因みに、下総国葛飾郡大嶋郷戸籍には「嶋俣里」の記載が有り、此の嶋俣(しままた)が(しばまた)に転訛したもので、現在の柴又になったのは江戸時代以降との事です。駅前には寅さんの銅像が立ち、北東300mに在る柴又帝釈天までの参道は観光客で賑わっています。途中に、寅次郎のおいちゃん、おばちゃんが経営する、だんご屋のモデルとされている高木屋老舗が在ります。参道の突き当りが二天門、左側に大鐘楼と西門が在ります。




柴又帝釈天として有名ですが、正式名は日蓮宗寺院の題経寺です。千葉県の中山法華経寺第十九世、禅那院日忠上人の弟子題経院日栄上人が葛飾柴又に寄った際、見事な枝振りの松の下に霊泉が涌いているのを見つけ、日忠上人を開山に仰いで此の地に庵を開きました。此れが題経寺の始まりで、1629年(寛永6)の開山とされています。柴又七福神の毘沙門天、山号:経栄山、本尊:帝釈天板木(板本尊)、三宝祖師・四菩薩・不動愛染両明王像、所在:葛飾区柴又7-10-3。




帝釈天から北西150mに真言宗豊山派寺院の真勝院が在ります。806年(大同1)の創建と伝えられ、江戸時代までは柴又八幡神社の別当寺でした。柴又七福神のうちの弁財天、新四国四箇領八十八ヵ所霊場28番です。山号:石照山、寺号:真光寺、本尊:不動明王・両童子・四天王立像、所在:葛飾区柴又7-5-28。




真勝院から東に400m程進むと、江戸川堤防に出ます。川岸には、江戸時代初期に江戸幕府が地元民の為に設けた渡し場の一つである、葛飾区柴又と対岸の松戸市下矢切とを往復する矢切の渡し場が在ります。現在も渡し場は営業されていて、3月中旬~11月末日までは毎日、其れ以外の期間は土・日・祝日の運行です(荒天の場合は運休)、片道料金が中学生以上¥200。通常は櫓漕ぎで長閑に運ばれますが、繁忙期や風の強い日は船外機で運行されますヨ(笑)。




堤防遊歩道に戻ると左手に500m程の長さで1926年(T15)に竣工された金町浄水場が続いています。江戸川の表面から取水していますが、上流対岸に松戸市下水処理場の排水口が在った影響で、低品質な水道水となり、1984年(S59)には日本一まずい水道水と評されていました。都水道局は1992年(H4)にオゾンによる高度浄水処理を開始、上流の下水処理能力も向上した事により、此の水道水はボトルウォーター『東京水』として都庁舎などの都内施設等で市販されるまでに改善されています。給水区域:墨田区、江東区、葛飾区、江戸川区、足立区、荒川区の全域。所在:葛飾区金町浄水場1-1。


金町浄水場の上流端付近の河川敷からレンガ造りの取水塔が二つ並んでいます。下流側に見える麦ワラ帽子状の施設が金町浄水場への第3取水塔で1964年(S39)竣工、150m上流に見えるトンガリ帽子状の屋根が1941年(S16)竣工の第2取水塔です。因みに創設時の第1取水塔は、第3取水塔が完成した後に解体されています。


第2取水塔から上流300mに架かるのが『#21新葛飾橋』で、江戸川左岸の松戸市上矢切と右岸の葛飾区金町とを結び、国道6号水戸街道が通ります。






 名称:新葛飾橋
 構造種別:9径間連続箱桁
 河口からの距離:17.6km
 橋の長さ:442m
 有効幅員:18.4m
 完成:1964年(S39)



新葛飾橋の上流100mに架かるのが『#22 JR常磐線江戸川橋梁』で、江戸川左岸の松戸市上矢切と右岸の葛飾区金町との間に架かり、左岸側の松戸駅と右岸側の金町駅との間に位置しています。此の区間の開業は日本鉄道(国鉄の前身)によって1896年(M29)に複線で架橋されており、其の後1971年(S46)に綾瀬駅~我孫子駅間の複々線化が完成、複線橋梁が並んで架けられています。下流側の橋梁は常磐線快速とJR貨物、上流側橋梁には常磐線緩行と千代田線の相互乗り入れが走行しています。





 名称:JR常磐線江戸川橋梁
 構造種別:7径間下路ワーレントラス
 河口からの距離:17.7km
 橋の長さ:419.4m(下流側)、416.2m(上流側)
 軌道:複線×2
 完成:1970年(S45)



>>>後書き<<<
次回は江戸川左岸の北総線江戸川橋梁から遡上して、外環葛飾大橋、葛飾橋、上葛飾橋までの紹介です。

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  1. 2015/04/21(火) 12:00:00|
  2. 江戸川

Scene-174 江戸川左岸 『京成本線江戸川橋梁、北総線江戸川橋梁』


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次回アップ予定:Scene-175 江戸川右岸 『新葛飾橋、JR常磐線江戸川橋梁』(04/21 12:00)
今回は江戸川左岸のJR総武本線江戸川橋梁から遡上して、京成本線江戸川橋梁、北総線江戸川橋梁までの紹介です。先ずは総武本線江戸川橋梁左岸端から200m程東に真言宗豊山派寺院の観音寺が在るので寄ります。1362年(天正17)誉賢により開基されています。山号:天宮山、所在:市川市市川2-13-16。


観音寺脇の千葉街道を横断して、北東150m程に日蓮宗寺院の玄授院が在ります。1314年(正和3)の創建と云われており、伊予阿闍梨日頂上人による開山、開基は東光院日属上人です。かつては天台宗浅草寺の末寺で東光院千福寺と号していましたが、日頂上人により改宗されています。山号:東光山、所在:市川市市川3-12-2。


玄授院の北80mに日蓮宗寺院の安国院が在ります。1315年(正和4)松本坊日念上人により開基、慶応年間(1865~1568)までは玉泉山長遠寺と号されていました。山号:玉泉山、所在:市川市市川3-14-13。境内にソテツ(蘇鉄)が生えていますが、蘇鉄は文字通り、枯れ掛かった時に株元に鉄屑を撒いたり、幹に鉄釘を打ち込むと蘇るという伝説に由来しています。


安国院の西100mに市川の春日神社が在ります。創建は不詳、1654年(承応3)に再建の記録が残っており古社ですね。祭神:天児屋根命、所在:市川市市川3-20-8。鳥居は1908年(M41)、狛犬は1959年(S34)の奉納。




春日神社前の千葉県道1号市川松戸線を北に80m程進むと江戸川左岸堤防脇に出ます、堤防遊歩道に上がると市川関所跡の案内板が立っています。江戸川に橋が架かっていなかった江戸時代には、小岩と市川の間には渡しが設けられ、番所が置かれていて其の番所が関所となり、江戸へ入る武器と江戸から出てゆく女性が特に厳しく取り締まられていました。1869年(M2)に関所廃止令が出されて、其の使命を終えています。所在:市川市市川3丁目 江戸川堤防上。


関所跡から100m上流に架かるのが『#19京成本線江戸川橋梁』で、江戸川左岸の市川市市川と右岸の江戸川区北小岩との間に架かり、京成本線が通ります。下流側に市川の渡し跡が在った場所です。橋梁の下を水上スキーが走っていますが、水鳥も避難して迷惑そうですよ。トラスの隙間からTSTも見えますが、暖かさに連れて空気も澱んでいて霞んでいますね。


1912年(T1)に押上駅~伊与田駅(現:江戸川駅)が開通しましたが江戸川右岸手前で終点でした。対岸の市川国府台には、陸軍教導団や陸軍野砲兵第二旅団も置かれていましたが、東京方面への出動が江戸川に阻まれている為に架橋要請が軍から出されており、戦地での鉄道の建設、修理、運転などを含めた各種訓練を行う、鉄道専門の部隊であった鉄道連隊の支援により、1914年(T3)に5連トラスが架橋されています。現在の橋梁は下流側に架けられた2代目になります。同じ川幅である下流の市川橋は7径間、総武本線橋梁は6径間であるのに対して京成本線橋梁は5径間で、トラスの高さもバカデカイですね。





 名称:京成本線江戸川橋梁
 構造種別:5径間下路ワーレントラス
 河口からの距離:13.7km
 橋の長さ:433.2m
 軌道:複線
 完成:1979年(S54)



京成本線江戸川橋梁から200m程進むと、江戸川から分派するする真間川(流路延長8.5km)の流入口に根本水門、上流側に真間川からの排水調整用の根本排水樋管が在ります。


根本水門の上流は江戸川が大きく曲がっている個所で、浸食防止用のテトラが並びカルガモの休憩場所にもなっています。右手に木が生い茂った小山が見えますが、里見公園です。


里見公園は1479年(文明11)に太田道灌が仮陣を置き、弟の太田資忠らが国府台城を築き、其の後里見氏・後北条氏の間で2度に亘る国府台合戦が戦われた場所です。公園の北半分は自然を残した樹林で、石棺の露出した前方後円墳の明戸古墳、国府台合戦の伝説を伝える夜泣き石、北原白秋の旧居紫烟草舎、羅漢の井などが残っています。所在:市川市国府台3-9。
■夜泣き石:里見群亡の碑に隣接して置かれています。1564年(永禄7)に里見・北条の合戦で戦死した里見広次には娘がいましたが、父の霊を弔う為、はるばる遠い安房の国から国府台を訪ねてきたが身も心も疲れ果て、傍に在った石にもたれ、父の名を呼びながら幾日か泣き続け、息絶えてしまいました。以来、此の石から夜になると悲しい声が聞こえて来るという伝説を秘めた石です。
■紫烟草舎:からたちの花の詩で親しまれている詩人北原白秋が、小岩で創作していた時に使用し、白秋自身で紫烟草舎と名付けた離れで、江戸川区小岩から移築復元されています。
■羅漢の井:公園の南斜面下にあり、里見一族が布陣の際の飲用水として使用したと思われ、高台にあっても一年中清水が湧いています。




里見公園の北隣に在るのが曹洞宗寺院の総寧(そうねい)寺です。境内の由来案内によると、近江国の観音寺城主佐々木氏頼により、1383年(永徳3)通幻禅師を開山として近江国に創建、1575年(天正3)に千葉県関宿へ移転したが水害が多い為、1727年(享保12)に徳川吉宗によって、関宿から此の地に移されています。山号:安国山、本尊:釈迦如来像、所在:市川市国府台3-10-1。


総寧寺前の細道を150m程進むと右手に国府台天満神社の鳥居が見えます。太田道灌が当地の鎮守として1475年(文明11)に創建したと云われています。祭神:天満大神、所在:市川市国府台3-11-11。


国府台天満宮から西に100m、堤防道路に出て600m程進むと江戸川左岸流域下水道処理の市川ポンプ場が在ります。所在:市川市国府台3-17-1。江戸川左岸方向に300m程進むと、江戸川支流である坂川(流路延長16km)からの排水を行なう柳原排水機場が見え、坂川と江戸川との合流路に流量調節用の柳原水門(竣工:1989年(H1))が在ります。所在:市川市国府台3-3576付近。




柳原水門橋を渡り、東に200m程の位置に日蓮宗寺院の本久寺が在ります。1690年(元禄3)に創建されたと云われています。山門前に在る六地蔵は、死後に行くとされる六道(天上道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道)で救済の手を差し伸べてくれる仏様だと云われています。寺の西に大木があり、夕陽が当たると御来光に見えた事から、山号を西木山としたそうです。因みに西木山の西と木を組み合わせると栗山になり、此処の地名にしたとも伝えられています。所在:松戸市栗山298。




本久寺から北50mの小山の上に栗山日枝神社が在ります。創建は不詳、祭神:大山咋命、所在:松戸市栗山297。参道石段の上の狭い場所に拝殿が在り、上手い撮影ポイントが在りませんね。




日枝神社から北に200m程進み、坂川に架かる無名のトラス橋を渡って北総線沿い250mで、今回終着地点の『#20北総線江戸川橋梁』です。橋の手前に上水道取水用の下矢切取水樋管が在ります。


北総線江戸川橋梁は江戸川左岸の松戸市下矢切と右岸の葛飾区柴又との間に架かり、1979年(S54)に開通した北総鉄道北総線が通り、左岸側の矢切駅と右岸側の新柴又駅との略中間に位置しています。江戸川橋梁は1991年(H3)に京成高砂駅~新鎌ヶ谷駅間が開業しており、此の時期に竣工。現在、北総線は北総鉄道、京成電鉄、東京都交通局(都営地下鉄浅草線)、京浜急行電鉄の4社による相互直通運転を開始しています。





 名称:北総鉄道北総線江戸川橋梁
 構造種別:4径間下路ワーレントラス
 河口からの距離:16.1km
 橋の長さ:約325m
 軌道:複線
 完成:1991年(H3)



>>>後書き<<<
次回は江戸川右岸の市川橋から遡上して、新葛飾橋、JR常磐線江戸川橋梁までの紹介です。

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  1. 2015/04/17(金) 12:00:00|
  2. 江戸川

Scene-173 江戸川右岸 『市川橋』


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次回アップ予定:Scene-174 江戸川左岸 『京成本線江戸川橋梁、北総線江戸川橋梁』(04/17 12:00)
今回は江戸川右岸の江戸川大橋から遡上して、市川橋までの紹介です。堤防遊歩道は江戸川大橋で分断されているので、河川敷で江戸川大橋西詰めの下を潜ります。150m程進むと本郷取水樋管が在り、1km先には篠崎の浅間神社が在るので寄ります。


篠崎浅間神社は938年(天慶1)に創建された、江戸川区内で最も古い神社で明治時代に江戸川区で唯一の郷社になっています。祭神:木花之佐久夜毘売命、所在:江戸川区上篠崎1-22-31。




境内社には下浅間神社、下浅間御嶽宮、香取神社、天満宮、白髭神社、八幡神社、天祖神社・須賀神社、霧島神社、稲荷神社、柳島稲荷神社、水神宮、道祖神、弁天社など沢山在って、社額とセットで撮らないと判らなくなっちゃいますね(笑)。




浅間神社大鳥居から北200m程に日蓮宗寺院の妙勝寺が在ります。寂海法印本覚坊日寂上人により179年(弘安2)浅草石浜村に開創され、第2世日正上人の代の1322年(元享2)此処篠崎に移転しています。山号:石歴山、所在:江戸川区上篠崎1-23-14。境内の枝垂れ桜が見事で、松の緑に良く似合いますね。




妙勝寺の西側に1967年(S42)に開園した篠崎公園が在り、先月上旬に寄った時は開花が未だだったので、月末に再び訪れて40本程の桜狩りを差し込みます。公園の片隅にはバーベキュー広場も在り、宴会も出来ますが利用は10:00~16:00迄で要予約です。所在:江戸川区上篠崎1-25-1。ソメイヨシノの他にも色々と咲いています、花が閉じ気味に上に咲くモクレンと違って、花が広がって咲くモクレン科のコブシ。ソメイヨシノは満開、此のブログがアップされる頃には葉桜になっていますね。






河津桜も数本在り、見頃は過ぎていましたが一部に開花しているものも在りました。白い花びらの隙間から緑の萼が見え隠れするオオシマザクラも満開です。白に緑、涼しげでソメイヨシノよりも綺麗ですね。桜に引き続いて咲くのがカイドウ、濃いピンクの蕾が徐々に開きかけています。






篠崎公園から北400mに日蓮宗寺院の要法寺が在ります。創建年代は不詳ですが、日善上人が開山となり創建されたと云われています。山号:大乗山、所在:江戸川区北篠崎2-13。
要法寺から北西250m程の江戸川堤防遊歩道に戻ると、堤防脇に樋管が200m置きに3箇所在ります。最初の樋管は南坂排水樋管、真中が興農取水樋管、3番目は下川排水樋管です。




下川排水樋管前の土手を降りて100m程に東小岩の天祖神社が在ります。1555年(弘治1)の創建で、旧笹ケ崎村の鎮守だったと云われています。祭神:天照大御神、所在:江戸川区東小岩1-32-3。


天祖神社から北500mに真言宗豊山派寺院の善養寺が在ります。1527年(大永7)山城醍醐山の頼燈法印が当地へ下向し、草庵を結んだのが始まりと云われおり、1648年(慶安1)寺領10石の朱印状を拝領、江戸時代には数多くの末寺を擁した中本寺格の寺院で、古くから小岩不動尊とも呼ばれていました。山号:星住山、院号:地蔵院、所在:江戸川区東小岩2-24-2。






善養寺で有名なのが、影向の松です。東西方向に長さ約30m、南北方向に約28mに及ぶ枝を張り巡らした此の巨大松は繁茂面積では日本1、2を競い、樹齢600年と推定されています。「影向」とは神仏が姿を現わすと云う仏語です。


善養寺から堤防遊歩道沿いに700m程進み、前回紹介の総武線橋梁の150m上流に架かるのが今回終着地点の『#18市川橋』で、江戸川左岸の市川市市川と右岸の江戸川区北小岩とを結び国道14号千葉街道が通ります。市川の渡しが在った場所に1905年(M38)に架けられた木橋が初代の橋で、当時は江戸川橋と呼ばれていました。其の後1927年(S2)に鋼製トラスに架け替えられ、橋の名前も市川橋に変わっています。現在はトラスが並んで架かっていて、下流側が先代市川橋の橋脚を補修嵩上げして架橋した上り線、上流側が追加架橋された千葉方面の下り線になります。





 名称:市川橋
 構造種別:7径間下路ワーレントラス
 河口からの距離:13.2km
 橋の長さ:399m
 有効幅員:12.5m下流側、17.5m上流側
 完成:1967年(S42)下流側
 完成:1963年(S38)上流側


>>>後書き<<<
ブログスペースが余ると穴埋め料理を載せるのですが、江戸川は河川沿いに名所が多過ぎてスペースが余る暇が有りませんネ。料理写真の在庫も増えて、どうやって作ったのか忘れそうです(笑)。なので、在庫整理で料理を載せます。先ずは小田原で買った鯵の始末です、焼き鯵の身だけ取り外して、胡麻油と味醂、醤油で漬けた大葉を乗せて食べると一味変わった風味でイケてます。冷蔵庫内の整理も序にします、下茹でした南瓜と大根の千切りとカイワレを牛肉で巻いて、フライパンで炒めてから焼き肉のタレと炒り胡麻で絡めて野菜肉巻きの完成。サッパリとしてビールに最高です。又々、鯵です。焼いて身を解してから、豆腐、繋ぎのパン粉と卵を混ぜ捏ねて焼いてヘルシーバーガー丼です。此れにも浸けた大葉と千切りショウガを乗せてどうぞ。


南瓜が未だ余っているので野菜カレーにします。人参、ジャガ芋、玉葱を茹でて、炒めた豚バラ、シメジ、ブロッコリーを追加。南瓜をレンジで下茹でしましたが茹で過ぎで崩れたので、シチューに変更しました(笑)。普通は最後に牛乳を入れるのですが、南瓜の黄色が綺麗だったので入れませんでした。残ったシチューは翌日パスタに絡めてみたり、ルーを加えてカレーにリメイク、鯵バーガーも簡単に出来るので乗せました。


大根も安い時は1本¥30なんて時も有り、1本で買ってしまうけど始末が大変です、味噌汁に入れたりオロシたりしても中々減りませんね。変わった始末として麻婆大根が有りました、大根をサイコロ状に切り下茹でしてから獅子唐と一緒に炒めて、麻婆豆腐の素を半分程絡めて完成。しし唐の辛みが大根で抑えられて美味です。冷凍庫内も整理、海老は尻尾が好きなので尻尾から入れて暫し空中待機、カリカリに揚がった尻尾美味しいよネ。春先になると河川敷に顔を出す土筆、江戸川沿いにも在ると思ったけど中々、出会えませんね。なので近くの多摩川で土筆狩り、時期が少し遅かったので少ししか採れなかったので、春菊と一緒に天婦羅にしました。


春に近付き筍も店頭に並び始めましたね、糠付の筍が安かったので炊き込み御飯にしました。立割りにして米糠と一緒に1時間程煮て、鍋に入れたまま自然冷却。翌日に皮を剥いて2/3はブツ切りにして人参、鶏肉と一緒に醤油ベースで煮付け、残り1/3は細かく切り、人参、椎茸、油揚げを刻んで、出汁と一緒に2合炊飯しました。筍の香りが食欲を誘い旨くてオカワリ。翌日も野菜炒め、ウインナーエッグと一緒に食べたけど、未だ残っているので、最後は残った野菜炒めなどと蒲鉾を細かく刻んで炒飯で完食しました。


次回は江戸川左岸のJR総武本線江戸川橋梁から遡上して、京成本線江戸川橋梁、北総線江戸川橋梁までの紹介です。

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  1. 2015/04/13(月) 12:00:00|
  2. 江戸川

Scene-172 江戸川左岸 『JR総武本線江戸川橋梁』


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次回アップ予定:Scene-173 江戸川右岸 『市川橋』(04/13 12:00)
今回から旧江戸川分を終わり、江戸川放水路左岸に戻って東京メトロ東西線江戸川第二橋梁から遡上して、江戸川左岸のJR総武本線江戸川橋梁までの紹介です。江戸川編初回ルートの継続なので時間はお昼前、最後に寄った大鷲神社から400m近くの東京メトロ東西線の原木中山駅付近に行き昼飯調達でウロウロ、丁度駅前にラーメン屋が在ったので、此処で昼飯休憩です。味噌ラーメン専門店なので色々な味噌味が在り、迷ったけど西京味噌の太麺にしました、マイルドだけどコクがある味で中々イケテます。


駅前から西600m程に日蓮宗寺院の円福寺が在るので寄ります。円福寺手前の民家に咲く白いモクレンが見事です。かつては花が蘭に似ていた事から木蘭と呼ばれていた時期がありましたが、蘭よりも蓮に似ている事から現在では木蓮(もくれん)と呼ばれています。円福寺は1610年(慶長15)に成徳院日圓上人により開山、開基は日真上人です。山号:成徳山、所在:市川市田尻4-12-17。脇門に常徳山円福寺と刻まれているけど、間違いですよね。




民家を挟んで円福寺の左隣に田尻の日枝神社が在ります。創建は不詳ですが、1630年(寛永7)の棟札が残されている事から江戸時代初期には建立されていた古社です。祭神:大山咋神、所在:市川市田尻4-12-25。入口の明神鳥居は1907年(M40)、狛犬は1976年(S51)の奉納です。




日枝神社の左隣に日蓮宗寺院の浄経寺が在ります。1596年(慶長1)法栄院の日清上人による開祖です。本尊:釈尊、日蓮大聖人、御曼荼羅、所在:市川市田尻4-12-25。


江戸川放水路左岸方向に300m程戻り遡上再開です。遊歩道を進み以前に紹介した送水管橋、新行徳橋、行徳橋を通過して約1kmで右側に新義真言宗寺院の雙輪(そうりん)寺が在ります。行徳三十三観音の9番である竜灯山竜厳寺が1449年(宝徳1)養誉法印による開基。同じく10番の稲荷山福王寺が1431年(永享3)康信僧都の開基であり、江戸川放水路が開削される事で竜厳寺の仏像や墓地が福王寺に移され、1941年(S16)に合併して雙輪寺と改められました。山号:稲荷山、所在:市川市稲荷木3-10-2。


雙輪寺から北西260m程に稲荷木(とうかぎ)の稲荷神社が在ります。稲荷木地区の鎮守社として、京都稲山から1635年(寛永12)に勧請されたと云われています。祭神:宇迦之御魂神、所在:市川市稲荷木3-6-13。境内社:天満宮、水神社、疱瘡神。




稲荷神社から北西方向300m程、京葉道路を潜った先に甲大(かぶと)神社が在ります。988年(永延2)に現在地である大和田村の鎮守社であったと云われています。明治維新後村社に列格し、1920年(T9)に天神社・山王社を合祀しています。祭神:誉田別命、所在:市川市大和田2-5-4。境内隅に1923年(T12)の関東大地震の時に倒壊した大鳥居が遺構として残されています。狛犬は1900年(M33)の刻あり。






甲大神社から江戸川堤防沿いに戻ると、江戸川大橋の上流傍に秣(まぐさ)川排水機場と秣排水樋管が在ります。650m先にも樋管が見えます、此方は葛南工業用水の取水樋管です。


更に350m程進み、右側路地100mに大洲(おおす)神社が在るので寄ります。由来案内によると、1960年(S35)に産土神が無かった此の地に、屋敷稲荷を移築したのが始まりで、1973年(S48)に本行徳の神明神社の分霊を勧請し、稲荷神と合祀して翌年に大洲神社となりました。祭神:倉稲魂命、豊受大御神、所在:市川市大洲2-11。


堤防道路に戻り300m程進むと、右側にプラントが約300mの長さで続いています。市川市大洲に在る北越紀州製紙の関東工場で、国内で生産量第6位の製紙会社です。製紙工場なので水を多く使う為、工場から江戸川に直結する取水や排水の樋管が並んでいますね。樋管の手摺に止まっているムクドリを狙っているのか、茶トラが抜き足差し足で近づいています、上手く捕まえられるかな?




北越紀州製紙前から160m、河口から12km地点に市川南ビオトープ(生物の住息環境を保護したエリア)が見えますが、隣に在る樋管は雨水などの下水排水用なので、場所的にチョット矛盾していますね。川向うにはTSTも見えますヨ。


ビオトープから北東400m程に宝神社が在るので寄ります。境内の由緒案内によると、1956年(S31)に宝製薬工場敷地内に奉祀されていた宝稲荷神社神殿を、所有者から譲り受けて現在地に遷座し、市川南地域の鎮守として創建され、其の後、1977年(S52)に大洲地区の東京精鍛工所から拝殿寄贈を受けて現在の姿になっていますとの事。祭神:宇迦之御魂大神、所在:市川市市川南2-9-4。


宝神社から北西800mまで進むと、今回終着地点の『#17 JR総武本線江戸川橋梁』です。左岸側から650m程のJR市川橋の南側に市川市アイ・リンクタウン展望施設が在り、屋上から近隣の橋梁が俯瞰で撮れますので寄ります。ザ・タワーズウェスト45階の展望ロビーから階段で屋上の展望デッキに出られます。開館は9:00から21:00までで、入館は無料です。当日は晴天でしたが、地表がガスっている状態でTSTも富士山も霞んでいましたので絵は無しです。


JR総武本線江戸川橋梁は江戸川左岸の市川市市川南と右岸の江戸川区東小岩との間に架橋されていて、左岸側の市川駅と右岸側の小岩駅との間に位置しています。初代の架橋は1907年(M40)の3連100ftポニー形ワーレントラスです(ポニー形:左右のトラスのみで上横に繋ぎが無い形式)。現在の橋梁はトラスが2列並ぶ形で下流側が緩行線用、上流側は快速が走行します。





 名称:JR総武本線江戸川橋梁
 構造種別:6径間下路ワーレントラス
 河口からの距離:13.0km
 橋の長さ:411.5m
 軌道:複線×2
 完成:1968年(S43)下流側
 完成:1977年(S52)上流側


普通は此処で終わりなのですが、帰路最寄り駅の市川駅から500m程に新田の春日神社が在るので、序に寄ります、オマケですね。新田春日神社の創建は不詳ですが1658年(万治1)に再建されたと云う記録が在り、歴史ある古社です。拝殿は2007年(H19)に賽銭泥棒による放火で焼失、翌年に再建されています。祭神:天児屋根命、所在:市川市新田5-1-7。鳥居は1926年(T15)の建立です。
市川駅に戻る千葉街道の歩道脇に庚申塔が建っていました。中国より伝来した道教に由来する庚申信仰(十干と十二支の組合せの庚申の日に、眠らずに過ごし健康長寿を願う事)に基づいて建てられた石塔で、庚申講を18回続けた記念に建立される事が多いそうです。此処に在る青面金剛塔も庚申塔の一種で、200年程前のもので、下部に三猿、側面には「東 八わた十六丁、中川一里」、「西 市川八丁、江戸両国三り十丁」などの刻みがあり、道標にもなっています(丁:約110m、里:約3.9km)。所在:市川市市川1-25-21付近。因みに十干十二支の組合せは60通りで年・日・時間に当てはめてられ、60歳=還暦は、生まれた時の十干十二支が一回りしたと云う意味です。




>>>後書き<<<
次回は江戸川右岸の江戸川大橋から遡上して、市川橋までの紹介です。

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  1. 2015/04/09(木) 12:00:00|
  2. 江戸川

Spot-24 真鶴 『三ツ石』


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次回アップ予定:Scene-172 江戸川左岸 『JR総武本線江戸川橋梁』(04/09 12:00)
今回はSpot紹介で真鶴Part2です。そう2年前の2月に定年慰労会の前乗りで訪れた場所ですね。今回は、2個下の元同僚の定年慰労会が同じ真鶴で設定されたので、又々、前乗りで真鶴を探索です。前回は時間の都合で真鶴岬の半分程でUターンしてしまったので、残りの継続。と云う事で真鶴岬先端に在る、名勝「三ツ石」を見て来ましたので紹介します。
自宅からJR南武線、東海道本線で約2時間、11:46分に真鶴駅に到着。岬先端までは約5kmなのですが、坂道が多く2時間程掛かるので岬周りの路線バスを使います。30分間隔で出ている駅前発11:55分のケープ真鶴行きの箱根登山バスを利用すると約15分(\260)で着きます。バス停前のケープ真鶴は観光施設で中に貝類博物館や土産物販売店も在ります。ケープ真鶴の裏手が展望台になっていて、大島や伊豆半島が良く見えます。




展望台端が真鶴最南端で海抜54m、此処からも三ツ石が見えます。真鶴岬の先に在るのが三ツ石と呼ばれる大岩で、岬から眺めると二ツ石に見えますが、遊覧船などで海から見ると三ツ石に見えるそうです。展望台から見ると右側の後ろに一つ隠れているのが判ります。神奈川の景勝50選にも選ばれた景勝地で、正式には笠島という名前です。展望台左脇に250段程の階段が下まで続いているので降りますか、当日は晴天で20℃程、上着が要らないネ。階段の途中にも三ツ石が良く見えるビューポイントが幾つか在り、撮影しながらユックリと降りると楽ですよ(笑)。




階段脇に資材搬送用モノレールが見えます、此れで降りられたら楽だろうネ。トイレは展望台のケープ真鶴の他にも浜にも在りますよ。階段を降りると海抜4mの標識、50m降りた計算ですね。階段脇には菜の花が満開、ムラサキカタバミも咲いています。浜に降りると、畑や農家は嫌だと云って逃げ出して来たハマダイコンが居ますね。野生化した大根で食べられるけど、かなり辛いらしいですヨ。




干潮時には岬から三ツ石までの500m程は陸続きになり、歩いて渡れます。但し、干潮から満潮までの時間は4~6時間程、足元は岩場で滑るのでモタモタしていると泳いで帰る羽目になりますよ(笑)。当日は水平線辺りに雲が掛かっているので引きの絵の方が、晴天が背景に入り良い感じで撮れていますね。左の大岩(竜宮岩)頂上付近には鳥居と小さな祠が在るのが見えます。左右の大岩は注連縄で結ばれていますが、直径13cm、長さは約37m、金属で総重量は約1Tonもあるそうです。




磯周りには潮溜まりが在り、ヤドカリやカニに貝なども沢山居て磯遊びが出来ます。岬の右手には番場浦へと続く潮騒遊歩道が在るので、時間がある方はどうぞ。三ツ石の眺めも飽きて来たので戻ります。小山の様な岬へ又50m程登りますが、暑くて汗が吹き出して息切れ(笑)、展望台のベンチで息を整えます。岬にはノラも何匹か居て、コイツらも暑いのか木陰で休んでいます。




ケープ真鶴の2Fに真鶴町立遠藤貝類博物館が在るので、ちょっと覗きます。入口に展示見本が並んでいたので眺め、入館は¥300なのでパス。展示見本だけで十分だね(笑)。1Fに降りて土産コーナーを物色、珍しい焼きアナゴを購入です。


真鶴駅に戻るバスの時間まで少し在るので、駐車場周辺の桜見物です。少し高い標高なので開花は三分咲きですが、蕾のピンクと白い花びらとの配色も綺麗ですね。一部に山桜も在り、此方は満開です。駐車場側に居るキジトラは綺麗な毛並みで飼い猫です。




14:05分、定刻のバスで駅まで戻ります、帰路は伊豆箱根バスです。箱根登山バスとの共同運行ですが、箱根フリーパスは共通で利用出来ますよ。


真鶴駅で他の面子と合流して駅から北東に800m程に在る宴会場の磯ノ宿大和屋まで歩きます。前回泊まった宿の直ぐ傍なので途中の児子神社裏参道でショートカット、3:00丁度にチェックインです。所在:足柄下郡真鶴町岩607。


宿に着いて荷を解くや否や、皆のバックから柿ピー、裂きイカにサラミなどの乾き物と焼酎に日本酒がテーブルに供出されます、負けじとケープ真鶴で買った焼きアナゴと遡上探索のお供、QBBチーズを出します。持込みだけだと怒られるので、ビールを注文、ミニ宴会の始まりです(笑)。1時間半程、軽く飲み夕方の宴会まで未だ時間が在るので、近くの岩海岸を散策します。夏場は岩海水浴場になる100m程の砂浜と右手に漁港が続き、小さな漁船が停泊しています。大きな船は定置網からの魚の運搬船「第八岩丸」です。漁港を跨ぐ様に架かるのが、神奈川の橋100選に選ばれた岩大橋(PC箱桁ラーメン橋、長さ:595m、幅員:7.5m、完成:1980年(S55))で、真鶴ブルーライン(旧 真鶴道路新道)が通ります。




夕刻7:00から宴会の始まりはじまり。ビールで乾杯、冷酒も飛び交います。活魚料理は、地元で獲れた新鮮で美味しい魚介類で文句無いネ。栄螺のつぼ焼き、慎重に捩じって取り出し成功、肝旨っ!真鯵の塩焼きも旨いね、帰りにお土産に買って行かなくちゃっネ。焼魚の食べ方も人によって違うね!ほぐして白身だけ突っつく奴、頭と中骨だけ残す漫画的な食べ方、骨と身に分解してから食べる人(自分)、ジェジェジェ(久し振りに使いました)、頭から尻尾まで丸かじりする熊さん、凄げ~ナ。
閉めの御飯は、栄螺の炊き込み。美味しくて食べ過ぎました(笑)。部屋に戻っても、持ち込みの酒が残っていて酒盛り再開。此奴らアル中だな!12時頃に就寝、豪快なイビキの嵐がヤッテ来たので、必需品の耳栓をして寝ます。翌日は7:00起床、8:00から朝食。朝からのビール、旨いね。今日の予定は小田原城の桜見物で、小田原駅に行く前に岩海岸前で動物達の記念撮影です。




JR真鶴駅から小田原駅まで10分チョイで10:00到着、駅前から南に600m程進むと小田原城址公園です。小田原城の本丸及び天守閣を中心として整備されている公園で、園内の桜は日本さくら名所100選に選定されているのですが、残念!3日程早過ぎで、未だ三分咲き程でした。本丸正門である常盤木門から入り、天守閣などを見て回ります。小田原城は、戦国時代から江戸時代にかけての日本の城(平山城)で、北条氏の本拠地として有名で、別名小峯城、小早川城とも呼ばれ、国の史跡として指定されています。天守構造:複合式層塔型3重4階、築城年:1417年(応永24)、廃城年:1871年(M4)。




城内端にビャクシンの古木が立っています、幹周り:3.1m、株本周囲:3.9m、高さ:約15mで、小田原市の天然記念物に指定されています。タチツボスミレは日本中で見られる代表的なスミレ類の一つですね。我が家にも咲いていて、種が飛び散り群生化しています。


小田原城の南に報徳二宮神社が在ります。薪を担いで本を読む姿でお馴染みの学問と経営の神様、二宮金次郎(尊徳)を祀る神社です。二宮尊徳は報徳社を設立して農村の救済・教化運動を行なっていたが、尊徳逝去後も報徳社は存続し、1891年(M21)尊徳に従四位が贈られると、報徳社員の間で尊徳を祀る神社創建の動きが起き、1894年(M27)尊徳生誕の地である小田原の小田原城址内と、尊徳終焉の地である栃木県日光市に鎮座しています。祭神:二宮尊徳翁、所在:小田原市城内8-10。三之鳥居は1933年(S8)の奉納です。二宮金次郎のブロンズ像は全国1000の小学校などに向けて製作されましたが、戦時中の金属供出に遭い、現在残っているのは此の一体のみです。




小田原を1時間程散策して解散です。予定では小田原のスーパー銭湯、万葉の湯でしたが、午後から天候が崩れる予報なのでお土産を買って帰ります。地下街で、尻尾や鰭が取れた傷物の鯵が6枚入りで¥310、安っ!金目鯛の煮付けが¥270此れも安いね!両方お土産にします。小田原駅から小田急線経由で帰宅して、早速味見です。先ずは金目鯛の煮付け、お湯で10分程暖めて完了。加圧煮なので目玉以外、頭から尻尾まで柔らかく食べられます。甘じょっぱい味付けで超旨いね、お酒に合います。翌日は干物を戴きます、脂が乗っていて美味しいですよ。残りはパックして冷凍庫行きです。小田原に行ったら絶対に又、買いたいね!


>>>後書き<<<
久し振りの泊り宴会、楽しかったです。次回の定年該当者は来年7月か、今度は別の場所が良いな(笑)。
次回は通常Sceneに戻り、江戸川放水路左岸の東京メトロ東西線江戸川第二橋梁から遡上して、江戸川左岸のJR総武本線江戸川橋梁までの紹介です。

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  1. 2015/04/05(日) 12:00:00|
  2. 真鶴

Scene-171 旧江戸川右岸 『江戸川大橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Spot-24 真鶴 『三ツ石』(04/05 12:00)
今回は旧江戸川右岸の今井橋から遡上して、江戸川右岸の江戸川大橋までを紹介します。先ずは、今井橋の北東200m程に新義真言宗寺院の円照寺が在るので寄ります。天文年間(1532〜1554年)の創建で、空盛上人が中興したと云われています、大塚の護持院末です。山号:金光山、院号:明玉院、本尊:不動明王像、所在:江戸川区江戸川3-43-9。


南東80mの都道450号新荒川葛西堤防線に戻ると、上今井香取神社の鳥居が見えます。境内由緒案内によると、1564年(永禄7)に葛西領上今井村一帯の鎮守として創建したと云われており、先程の円照寺が別当寺でした。祭神:経津主命、所在:江戸川区江戸川3-44-8。鳥居は1974年(S49)、狛犬は1960年(S35)の奉納です。




都道450号を200m程進むと上今井の八雲神社が在ります。創建は不詳、先ほどの上今井香取神社と並んで当地周辺で尊崇された神社で、1966年(S41)上今井香取神社に合併されています。祭神:素盞嗚命、所在:江戸川区江戸川3-24-9。


八雲神社から北西200mに浄土宗寺院の金蔵寺が在ります。魁誉覚願が開山となり、龍誉白道が中興したと云われています。山号:寶徳山、院号:寿松院、本尊:阿弥陀像、所在:江戸川区江戸川3-23-4。


脇門前の路地を50m程進むと浄土宗寺院の浄興寺の山門が見えます。元は芝増上寺の末寺で、1266年(文永3)源清和尚が草庵を結んだ事に始まり、弘安年間(1278~1287年)浄土宗第三祖の名僧、記主禅師が鎌倉光明寺から下総国鏑木光明寺へ往来する際に当地に宿泊、当時の住僧が記主禅師に開山を願ったと伝えられています。山号:龍亀山、院号:清養院、所在:江戸川区江戸川3-22-5。


浄興寺の東200mに浄土宗寺院の明福寺が在ります。縁起によると1226年(嘉禄2)親鸞聖人が常陸国笠間郡から上洛の途中、此の地の人々が干ばつに苦しんでいる折に雨乞いをして雨を降らせ、村人を救ったのが縁となって草庵を結んだのが始まりと云われています。山号:天川山、院号:寂光院、本尊:阿弥陀如来像、所在:江戸川区江戸川3-8-1。




南へ80m、都道450号に戻って旧江戸川沿いに遡上します。此の辺りからスーパー堤防が延々と続いており、小型ボート係留施設も沢山在りますね。堤防では、オオバンが芝を穿って餌探しです。前方800m程に聳える白い煙突は1997年(H9)に竣工した江戸川清掃工場の焼却炉煙突で、高さ:150m、外径(下部12.5m、頂部6.8m)もあり、近くからはフレームに入り切らないね。処理能力:600トン/日、所在:江戸川区江戸川2-10。




清掃工場から北東250m程に當代稲荷神社が在ります。創建年代は不詳ですが、当地当代島村の鎮守社であったと云われています。祭神:倉稲魂命、所在:江戸川区江戸川1-41。


當代稲荷神社から北東300mに前川神社が在ります。かつては第六天社と呼ばれ、旧前野村の鎮守となっていたと云われています。1876年(M9)に前川神社と改称。祭神:素盞雄命、面足神、倉稲魂神、所在:江戸川区江戸川1-6-1。


旧江戸川沿いの都道450号に戻り200m程進むと、東京都下水道局の篠崎ポンプ所が在り、旧江戸川に面して放流渠が見えます。下水は汚水と雨水とがあり、此処で集められた汚水と雨水は、葛西水再生センターに圧送し処理されますが、大雨の時は水再生センターの処理能力を超える為、汚水のみ水再生センターに送り、雨水は濾過して放流渠から旧江戸川に放流されています。所在:江戸川区東篠崎2-2-10。篠崎ポンプ所の隣に聳える水色の煙突は何ですかね?地図で見ると王子マテリアになっています。首都圏から発生する古紙を再生して、紙器用板紙を生産している会社です。




篠崎ポンプ所と王子マテリアの前を900m進むと、金海稲荷神社の幟が見えます。付近には造船会社が多く、工業の神として祀られた屋敷神みたいです。祭神:倉稲魂命、所在:江戸川区東篠崎2-4。造船会社は道路側からは中が見えませんが対岸からは丸見えですね。係留所に隅田川で見た水上バス、東京水辺ラインの「さくら号」が泊まっています。此処でメンテしているんですね?変わった船も居ます、山陽造船企業のプッシャー(第五うつみ)。曳き綱を使うタグボートと違い、バージの艫(船尾)を直接押して行く押し船です。




都道450号を800m程進むと、前回紹介の江戸川水閘門。此処から北西600m程に真言宗豊山派寺院の無量寺が在ります。恵心僧都が関東巡錫の際に、当地に草庵を結んだのが始まりだと云われています。山号:金瀧山、院号:真徳院、本尊:木像阿弥陀如来立像、所在:江戸川区篠崎町3-5-15。




東400m程の旧江戸川沿いに戻ると、江戸川水閘門から300m上流に王子マテリアの工業用水取水樋管が在り、200m先には篠崎ポニーランドが在ります。ポニーランドは小学6年生以下であれば無料でポニーに乗馬出来る施設で、1975年(S50)の開園です。ベリーは18歳のおばちゃんだけど、頑張っていますね。所在:江戸川区篠崎町3-12-17。


ポニーランドから200m上流に架かるのが、今回終着地点の『#16江戸川大橋』です。江戸川左岸の市川市稲荷木、大和田と右岸の江戸川区篠崎町とを結び、東日本高速道路管理の有料道路京葉道路が通り、左岸側の市川ICと右岸側の一之江ランプとの間に位置しています。少し塗装が色褪せていて残念ですね。





 名称:江戸川大橋
 構造種別:9径間ゲルバー鈑桁、上り線、
 構造種別:3径間連続鈑桁×3連、下り線
 河口からの距離:9.9km
 橋の長さ:484.8m
 有効幅員:14.5m上り線、15.0m下り線
 竣工:1960年(S35)上り線、1998年(H10)下り線


>>>後書き<<<
次回はSpotで真鶴Part2 『三ツ石』などの紹介です。

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  1. 2015/04/01(水) 12:00:00|
  2. 江戸川

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