ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-150 浅川左岸 『鶴巻橋、中央自動車道北浅川橋、松枝橋(仮設橋)、松枝橋、松枝橋(歩道橋)』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-151 浅川右岸 『勝手橋、陵北大橋』(01/04 12:00)
今回は浅川左岸の暁橋から遡上して、鶴巻橋、中央自動車道北浅川橋、松枝橋(仮設橋)、松枝橋,松枝橋(歩道橋)までの紹介です。先ずは、暁橋の北詰から北300m程に名綱神社が在るので寄ります。ひよどり山の麓に建っている小さな神社で、創建、祭神などは不明。所在:八王子暁町2-2。入口の神明鳥居は1897年(M30)の奉納です。


名綱神社から浅川の暁橋に戻ります。暁橋から左岸沿いには見処が無いので、前回紹介した浅川橋と萩原橋を過ぎて2km先の『#19鶴巻橋』まで一気にスルーします。鶴巻橋は浅川左岸の八王子市中野上町と右岸の八王子市元本郷町とを結び、一般道が通ります。橋の下には下流の浅川大橋と同様に河川床に新第三紀層の露出が見られます。鶴巻橋の上流には魚が沢山居ると聞いてオオサギが餌取り中、やっと採れたのに獲物は小魚で怒っています(詐欺ダ!)。




橋の両端と歩道部分には八王子の歴史に関する銅像モニュメントが8体程設置されています。橋の上流右岸側に南浅川が合流しており、合流地点から上流の浅川は地図上では北浅川と呼ばれています。左岸上流100m程に中野町排水樋管が在ります。形式:鋼製ローラーゲート、径間:1.3m、門扉高さ:1m、竣工:1979年(S54)。





  名称:鶴巻橋
  構造種別:5径間PC連続箱桁
  河口からの距離:12.7km
  橋の長さ:160m
  有効幅員:14.2m
  竣工:1986年(S61)





鶴巻橋から北方向500mに天満宮が在るので寄ります。地図では天満宮になっていましたが、鳥居の社額は六社大神宮に変わっていましたので六社大神宮で紹介します。創建は不詳、祭神:菅原道真、所在:八王子市中野上町4-36-19。入口の明神鳥居は(H25)の奉納です。


六社大神宮の南西100mに楢原の神明神社が在ります。創建は不詳、祭神:天照皇大神、所在:八王子市楢原町211。入口の神明鳥居は2014年(H26)奉納の新品です。


神明神社から浅川左岸に400m戻ります。中央自動車道手前までの左岸遊歩道は桜並木が続き、途中に浅川のメタセコイア化石林の看板が立っています。1967年(S42)に発見された170~200万年前の化石群で、自然の形で保存されています。


メタセコイア化石林の終端に架かるのが『#20中央自動車道北浅川橋』です。北浅川左岸の八王子市清川町と右岸の八王子市叶谷町との間に架かり、中央自動車道が通ります。橋下の床固めは段差が1m程有りますが、中央部にハーフコーン型魚道が設けられています。


1968年(S43)に中央自動車道の八王子ICと相模湖IC間が開通しており、北浅川橋は此の時期に架橋された模様です。





 名称:中央自動車道北浅川橋
 構造種別:5径間PC連続箱桁
 河口からの距離:14km
 橋の長さ:約132m
 有効幅員:約23m
 竣工:1968年(S43)推定




中央自動車道北浅川橋を潜り、北に300m程進むと楢原町の鹿島神社が在ります。境内の由緒案内によると正式には鹿島社、地元では鹿島さまと呼ばれています。創建は不詳ですが、平安末期に武蔵守源頼義が家臣に命じて社を草創したとの伝承が残っているそうです。祭神:武甕槌命、所在:八王子市楢原町273。


浅川沿いまで戻って約1km進むと松枝橋ですが、現在は新しい橋を架ける準備段階なので仮設橋を含めて3橋梁の紹介になります、先ずは『#21松枝橋(仮設橋)』。5年後の2019年(H31)に完成予定の新松枝橋が出来るまでの仮設の橋ですが、しっかりとしています。右岸側南詰めの下流部分は一部未完成です。





  名称:松枝橋(仮設橋)
  構造種別:5径間鈑桁
  河口からの距離:15.3km
  橋の長さ:約150m
  有効幅員:約14m
  竣工:2014年(H26)





上流隣に架かるのが『#22松枝橋』です。北浅川左岸の八王子市楢原町と右岸の八王子市泉町・四谷町とを結び、都道46号八王子あきる野線(高尾街道)が通ります。





   名称:松枝橋
   構造種別:10径間鈑桁
   河口からの距離:15.3km
   橋の長さ:約146m
   有効幅員:約6m
   竣工:1961年(S36)





松枝橋の上流5m程に架かるのが『#23松枝橋(歩道橋)』です。松枝橋架橋の10年後に並設されていますが、此の橋も老朽が激しいので、新橋の架橋完成までの寿命ですね。





 名称:松枝橋(歩道橋)
 構造種別:4径間鈑桁
 河口からの距離:15.3km
 橋の長さ:約142m
 有効幅員:約2m
 竣工:1971年(S46)





>>>後書き<<<
今年も本日が最終日ですね、遡上中に大きな怪我や事故にも合わず1年無事に過ごせ(擦り傷は少し!笑)、Spot12件を含めて合計91件が紹介出来、沢山の拍手と閲覧を戴きましてありがとうございました。暮れは寒さがキツかったので、遡上をサボっていました。暇なのでおせち料理を早めに作りましたので紹介。煮しめは、定番の里芋、蓮根、牛蒡、人参、蒟蒻、鶏肉を煮た奴。伊達巻、蒲鉾、焼豚は切っただけ、珍味は出来あいを載せただけです(笑)。










明日からの2015年、皆様にも良い年でありますように。
次回は浅川右岸の萩原橋から遡上して、勝手橋、陵北大橋までの紹介です。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/12/31(水) 12:00:00|
  2. 浅川

Scene-149 浅川右岸 『浅川橋、萩原橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-150 浅川左岸 『鶴巻橋、中央自動車道浅川橋、松枝橋(仮設)、松枝橋、松枝橋(歩道橋)』(12/31 12:00)
今回は浅川右岸の大和田橋から遡上して、浅川橋、萩原橋までの紹介です。大和田橋の最寄り駅、京王八王子駅からのスタートですが、大和田橋上流付近には見処が無いので駅から北西方向に進み、寺社に寄りながら浅川に向かいます。先ずは京王八王子駅から北西600m程に在る、八幡八雲神社です。八幡神社と八雲神社を合祀した神社で、八幡神社は、924年(延長2)武蔵守小野隆泰か武蔵国多摩郡横山に石清水八幡宮を勧請した事に始まります。八雲神社は、916年(延喜16)に華厳菩薩妙行が深沢山に牛頭八王子権現を勧請したとの云い伝えが有り、深沢山に築城した北条氏照は牛頭八王子権現に因んで城名を八王子城とし、此れが八王子の地名の由来になっています。1590年(天正18)、八王子城落城後の1598年(慶長3)に八幡神社と合祀され八幡八雲神社になっています。八幡神社の祭神:誉田別尊、八雲神社の祭神:素盞鳴尊、所在:八王子市元横山町2-15-27。八幡神社の開祖横山義孝の御霊を鎮める横山神社が境内社として在ります。







八幡八雲神社の北東200m程に在るのが、真言宗智山派寺院の大義寺(だいぎじ)です。1336年(延元1)徳翁法印により開山。古くは大元寺と称していましたが、大永年間(1521~1527年)に十世清満法印が足利将軍義植の一族である事から、将軍から一字を賜り「大義寺」に改めたと云われています。現在の本堂、庫裡、書院は1975年(S50)に再建されたものです。山号:龍華山、本尊:薬師如来像、所在:八王子市元横山町2-8-4。多摩八十八ヶ所霊場の77番です。


次に北西600m程に在る浄土宗寺院の極楽寺に行きます。1504年(永正1)鎮誉即也上人によりに開基、滝山城主大石定重が城下に創建したと云われています。北条氏照の八王子城築城に伴い同地へ移転され、八王子城が落城の際に兵火に焼かれた後、現在地に再建されましたが、本堂は1728年(享保13)建立の歴史ある建物です。山号:寶樹山、院号:正受院、本尊:阿弥陀如来立像、所在:八王子市大横町7-1。


極楽寺の山門を出て右手100mに見えるのが『#17浅川橋』です。浅川左岸の八王子市中野上町と右岸の八王子市大横町とを結び、国道16号線が通ります。架橋されるまでは板橋を掛けて渡っていたそうです。河原では陽に暖められた砂利の上でカルガモがお休みかも、カモだけに?


橋の直ぐ下流には大きな床固めが在り、中央に魚道が設けられています。初代の架橋は1901年(M34)の木橋で、1930年(S5)に鋼製桁橋に架け替えられた後、現在の橋になっています。





 名称:浅川橋
 構造種別:7径間連続鈑桁
 河口からの距離:11.4km
 橋の長さ:117m
 有効幅員:24m
 竣工:1963年(S38)





浅川橋の南詰めから150m程、国道16号を進むと右手に時宗寺院の宝樹寺が在ります。1317年(正和4)に時宗の開祖一遍上人の第2世、遊行二祖真教よって創建されたと云われています。山号:四木山、院号:声寿院、本尊:阿弥陀如来像、所在:八王子市大横町10-18。左隣に宝樹寺の別当であった、聲阿彌稲荷社が在ります。祭神:阿弥陀仏像。




宝樹寺の西側70m程に水天宮の祠と鳥居が在りますが、創建等詳細は不明です。所在:八王子市大横町9-5付近。鳥居は1917年(T6)の建立です。


水天宮の北50mに臨済宗南禅寺派寺院の福全院が在ります。1532年(天文1)天界令高禅師による開山、中興開山は樹天令俊禅師です。現在の本堂は1739年(元文3)建立の歴史ある建物です。山号:大横山、本尊:聖観世音菩薩像、所在:八王子市大横町9-3。


福全院から浅川沿いに出て500m程進むと、今回最終地点の『#18萩原橋』に到着です。浅川左岸の八王子市中野上町と右岸の八王子市元本郷町とを結び、東京都道32号八王子五日市線(通称:秋川街道)が通ります。


最初の架橋は1901年(M34)の木橋ですが、此れは萩原彦七(八王子の器械製糸工場創業者)と地元民250名の寄付により賄ったもので、萩原氏の徳を讃えて「萩原橋」と名付けられています。萩原橋は其の後、1923年(T12)と1931年(S6)に架替られ、1990年(H2)に現在の橋になっています。





  名称:萩原橋
  構造種別:3径間連続鈑桁
  河口からの距離:12km
  橋の長さ:120m
  有効幅員:15.8m
  竣工:1990年(H2)





>>>後書き<<<
ブロクグスペースが余ったので、又、しょうもない料理の紹介です。カイワレ大根と豆苗はサラダなどに良く入れますが、其のままサラダだけだと飽きるので他の食べ方です。先ずは炒飯(ウインナー、大蒜、キムチ入り)の周りにカイワレを並べてゴマドレと一緒に、カイワレが沢山食べられますよ。次に豚肉のカリカリ炒め、ネギ、コーン、そしてカイワレを添えた定番の拉麺。豆苗は炒めた玉葱と一緒に豚肉でクルクル巻いて、焼き肉のタレと黒胡椒で炒めて完成。残った肉巻きは、そば汁で煮た玉葱を添えて肉巻き丼で始末。話が変わりますが、¥100均で温泉卵器を購入し説明書きを斜め読みして、容器に卵と水を入れて40秒セットでレンジへ。30秒程して爆発です!げっ何で?説明書きを良く読むと黄身が破裂する場合が有るので黄身に楊枝で穴を空けて下さい..とありました(笑)。黄身が半分なってしまったけど拉麺に乗せて食べました。次回からは楊枝で黄身に穴をプスプスと空けてチン、良い具合に温泉卵が完成。豆苗、野菜と一緒に拉麺に乗せて一見落着です(笑)。




次回は浅川左岸の暁橋から遡上して、鶴巻橋、中央自動車道浅川橋、松枝橋(仮設)、松枝橋、松枝橋(歩道橋)までの紹介です。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/12/27(土) 12:00:00|
  2. 浅川

Scene-148 浅川左岸 『暁水管橋、浅川大橋、暁橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-149 浅川右岸 『浅川橋、萩原橋』(12/27 12:00)
今回は浅川左岸の長沼橋から遡上して、暁水管橋、浅川大橋、暁橋までの紹介です。長沼橋先の左岸堤防路は自然のままの未舗装で歩くには良いけど、チャリには不向きですね。300m程進むと、右手に地図には載っていない沼が在りました(google Earthには写っていました)。長さ200m、最大幅40m程の三角形状で、右手側を走る川北用水からの水が溜まった「さいかち堰上流沼」と云うそうで、宅地からは茂みで遮断されています。倒木による隠れ場所も在り野鳥の休息場になっていて、日本に居るカモ類の中では一番小さいコガモが沢山泳いでいます。堤防路を400m程進むと前回紹介の中央線橋梁にブツカリ、あっちゃ!行き止まりだ。と思ったら右に細道が在り中央線橋梁を潜れました(ホッ)。河川敷に出ると高速で飛ぶ鳥が河原に着地、カワセミです。2枚目を取ろうとしたら逃げられました(笑)。




中央線橋梁の先、150mに西平山排水樋管が在ります。形式:鋼製ローラーゲート、径間:1.5m、門扉高さ:1.5m、竣工:1986年(S61)。前回紹介の浅川水管橋を過ぎて、新浅川橋の手前にも新浅川橋排水樋管、形式:鋼製ローラーゲート、径間:3.5m、門扉高さ:2m、竣工:1982年(S57)が在ります。
 

新浅川橋の北東250m程に関根神社が在るので寄ります。創建は不詳、小宮粟ノ須の旧家関根家の祖先を奉斎し、家名を神社名にしたとの事です。祭神:素盞嗚尊、所在:八王子市大和田町1-26。鳥居、狛犬は2000年(H12)の奉納で、境内社に稲荷社、日枝神社が在ります。




前回紹介のJR八高線浅川橋梁を過ぎて200m、浅川第五排水区樋管が在ります。形式:鋼製ローラーゲート、径間:3.8m、門扉高さ:3.4m、竣工:1995年(H7)。更に約500m進み、前回紹介の大和田橋を過ぎて450m先に架かるのが『#14暁水管橋』で、浅川左岸の八王子市大和田町と右岸の八王子市元横山町との間に架かります。八王子市水道局により架けられた上水道配水本管で、暁水管橋の構造は水管橋に多く見られる、ワーレントラス三角断面と云う三弦トラスです。





 名称:暁水管橋
 構造種別:5径間三弦トラス
 河口からの距離:10.2km
 橋の長さ:約206m
 有効幅員:約2m
 竣工:1971年(S46)




暁水管橋から100m程の位置に大和田排水樋管が在ります。形式:鋼製ローラーゲート、径間:2m、門扉高さ:2.5m、竣工:1976年(S51)。河原には白鷺(コサギ)が餌探し、冬場で魚が少ないので大変だね!
 

暁水管橋の上流300mに架かるのが『#15浅川大橋』で、浅川左岸の八王子市大和田町と右岸の八王子市元横山町との間に架かり、八王子市道(中央通り)が通ります。河川敷に紫の花が咲いていたので接近、アレチハナガサ(荒地花笠)と云うクマツヅラ科の草丈1m程の多年草で、河川敷や道端に生育する雑草です。


浅川大橋は、既に架橋されていた下流の大和田橋と、上流の暁橋との中間に交通量緩和を目的に架けられた橋で、以降京王八王子駅からの西東京バス路線も開設されています。橋の下には新第三紀層(粘土及びシルトが固結した層)の露出が見られます。





  名称:浅川大橋
  構造種別:4径間PC連続箱桁
  河口からの距離:10.5km
  橋の長さ:153.6m
  有効幅員:18.7m
  竣工:1973年(S48)





浅川大橋の北詰から300m程北に、曹洞宗寺院の大泉寺が在ります。創建は1626年(寛永3)、元は港区麻布に在ったそうで、第二次大戦の空襲で罹災した後、現在地に移転しています。山号:法台山、本尊:釈迦牟尼仏像、所在:八王子市大和田町7-13-1。


浅川大橋まで戻り、左岸沿いに300m程進むと今回最終地点の『#16暁橋』に到着です。浅川左岸の八王子市暁町と右岸の八王子市元横山町との間に架かり、一般道が通ります。初代の架橋は1923年(T12)の木橋です。


1960年(S35)にPC橋に架け替えられており、1978年(S53)には橋脚に張出部を追加した緑色塗装の鈑桁人道橋が下流側に追加されています。





  名称:暁橋
  構造種別:6径間PC連続箱桁(付属の人道橋は鈑桁)
  河口からの距離:10.8km
  橋の長さ:122.6m
  有効幅員:6m
  竣工:1960年(S35)
  竣工:1978年(S53)人道橋




>>>後書き<<<
ブログスペースが余ったので、鶏のモモ肉料理です。一人で鍋物を作ると色々な食材が入り、一回で完食出来ません。先ずは水炊きで普通に食べ、余った具は別取りし汁に御飯を煮込んで卵とじ、粉チーズを掛けてリゾット風です。まだ汁が残っていたので、もう一回リゾットにして豆苗と卵を乗せて蒸して完食。次に又、鶏モモ肉、今度はトマト煮込みにしました。残った具材はシメジを追加してスパゲッティで始末、最後はリゾットでやっと完食です(笑)。





次回は浅川右岸の大和田橋から遡上して、浅川橋、萩原橋までの紹介です。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/12/23(火) 12:00:00|
  2. 浅川

Scene-147 浅川右岸 『中央本線浅川梁橋、浅川水管橋、新浅川橋、八高線梁橋、NTT専用橋、大和田橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-148 浅川左岸 『暁水管橋、浅川大橋、暁橋』(12/23 12:00)
今回は浅川右岸の滝合橋から遡上して、JR中央本線浅川梁橋、浅川水管橋、新浅川橋、JR八高線梁橋、NTT専用橋、大和田橋までの、端から端まで橋ばっかりの紹介です(笑)。滝合橋から右岸上流付近には見処が無いので、前回紹介の長沼橋までの1.2kmをスルーします。浅川には長沼橋の先で湯殿川(右支川:流路延長8.9km)が右岸側に合流しているので、湯殿川を渡れる橋まで迂回します。一番河口側に架かるのが1985年(S60)竣工の栄橋で、此処から浅川右岸側に廻り込めます。長沼橋の上流150mに在るのが長沼団地排水樋管で、形式:鋼製ローラーゲート、径間:1.5m、門扉高さ:1.5m、竣工:不明。600m上流に長沼排水樋管、形式:鋼製ローラーゲート、径間:1.65m、門扉高さ:1.65m、竣工:1971年(S46)が在ります。150m上流に架かるのが、『#08 JR中央本線浅川梁橋』です。
 

 

JR中央本線浅川梁橋は浅川左岸の日野市西平山と右岸の八王子市北野町との間に架かり、豊田駅と八王子駅との間に位置します。
 

JR中央本線の前身である甲武鉄道会社線が1889年(M22)に新宿~立川間で開業され、前年から着工していた多摩川橋梁と浅川橋梁が完成した事で、立川~八王子間が延長開業されています。此の時に初代の中央本線浅川橋梁(139.5m)が完成しています。





 名称:JR中央本線浅川梁橋
 構造種別:3径間連続箱桁
 河口からの距離:8.1km
 橋の長さ:132m
 軌道:複線
 竣工:1985年(S60)





中央本線浅川橋梁脇に隧道が在り、此れを潜ると左側にオイルターミナルが見えます。八王子駅から中央本線に沿って伸びる保線基地線を分岐させた先に在る、日本オイルターミナル八王子営業所(油槽所)です。此の油槽所には根岸駅や千葉貨物駅から石油輸送用貨物列車が集まり、常時ガソリン等の危険物12000kℓが貯蔵されています。
 

中央本線浅川梁橋の上流280mに架かるのが、『#09浅川水管橋』です。浅川左岸の八王子大和田町と右岸の八王子市北野町との間に架かり、水道管(φ800mm)2本が渡されています。右岸上流300m程に東京都水道局北野給水所が在り、東村山水系の水が此処まで送られている模様です。





 名称:浅川水管橋
 構造種別:5径間ランガー桁
 河口からの距離:8.3km
 橋の長さ:209.5m
 有効幅員:約2.5m
 附属品:水道管φ800mm×2
 竣工:1974年(S49)




水管橋の先、30mに浅川に山田川(右支川:流路延長4.8km)が合流しており、山田川に架かる下中田橋を渡ります。
 

水管橋の上流に架かるのが『#10新浅川橋』、浅川左岸の八王子市大和田町と八王子北野町とを結び、国道16号八王子バイパスが通ります。橋の上流に八王子下水処理放流施設が在ります。


上流側の車線が1983年(S58)3月にⅠ期工事で完成し、2年後に下流側車線部がⅡ期工事で出来ており、両端の据付け部を含むと橋の長さは385mになります。





 名称:新浅川橋
 構造種別:4径間連続鈑桁
 河口からの距離:8.6km
 橋の長さ:190.7m
 有効幅員:16m
 竣工:1985年(S60)





新浅川橋の上流300mに架かるのが『#11 JR八高線浅川梁橋』です。橋梁の手前に1982年(S57)竣工の北野排水樋管(排水径:1m)が在ります。


八高線浅川橋梁は浅川左岸の八王子市大和田町と右岸の八王子市明神町との間に架かり、JR八高線の単線が敷設されていて、左岸側の北八王子駅と右岸側の八王子駅との間に位置しています。1931年に八王子駅~東飯能駅間(25.6km)の八高南線が開業しており、架橋年も此の時期としました。





 名称:JR八高線浅川梁橋
 構造種別:9径間連続鈑桁
 河口からの距離:9.2km
 橋の長さ:203m
 軌道:単線
 竣工:1931年(S6)





八高線浅川梁橋の約700m上流に架かる色褪せた赤色の橋は『#12公衆電気通信線路専用橋』で、浅川左岸の八王子市大和田町と右岸の八王子市明神町に架かり、橋の銘版は日本電信電話公社(現:NTT東日本)大和田専用橋になっています。





 名称:公衆電気通信線路専用橋
 構造種別:3径間(箱桁+トラス+箱桁)
 河口からの距離:9.7km
 橋の長さ:124m
 有効幅員:約2m
 竣工:1979年(S54)





NTT大和田専用橋の隣上流に架かるのが『#13大和田橋』です。浅川左岸の八王子市大和田町と右岸の八王子市明神町に架かり、国道20号甲州街道が通ります。1905年(M38)に初代の木橋が架けられ、1927年(S2)に八王子初の鉄筋コンクリート橋(RC橋)が架けられています。
 

現在の橋は1941年(S16)に架橋後、1960年(S35)に改修されています。橋の歩道を渡る時、足元を注意して見ると焼夷弾痕跡が保存されています。此れは、1945年(S20)のB29爆撃機による八王子空襲の際に被弾した焼夷弾の跡で、上下歩道各1箇所は透明板で覆われ、他15箇所は色タイルで其の位置を示しています。





 名称:大和田橋
 構造種別:7径間RC箱桁+鋼製補強
 河口からの距離:9.7km
 橋の長さ:121.1m
 有効幅員:12m
 竣工:1960年(S35)





>>>後書き<<<
寒くなって来たので鍋物が恋しくなる季節ですね。簡単に出来るのが🍢(おでん)、好きな具材は大根の沁みた奴です。圧力鍋で美味しく出来るので紹介します。大根を圧力鍋の中に入る長さで切って皮むき、縦半分に切っておでんの素と色付け用に醤油を少し入れて、10分程加熱し自然冷却します。大根を取り出して、おでんの具を入れて煮たら大根を戻して一晩寝かせて完成。大根に味が沁みて美味です。ミニトマトもおでんに合いますよ。天婦羅も揚げたてが美味しいですよね、冷蔵庫に余っている食材(舞茸、春菊、人参、玉葱、海老)を処理するのにも役立つね。余った天婦羅は、翌日に天婦羅蕎麦で始末。其れから、以前に柿の保存方法を紹介しましたが、実践してみました。2週間以上冷蔵庫に入れていた柿を開けると、凄い!全然柔らかくなっていませんでした。なので、柿と大根を千切りにしてブロッコリーの解凍したものとマヨで和えてサラダの完成、味も落ちてなく旨いです。あと一つ残っているので、水分を付けたティッシュを交換して継続保存で様子を見ます(1箇月保存で正月に食えるかな?笑)。


S&Bのドライキーマカレーのレトルトが安かったので試食、ひよこ豆と挽肉がたっぷりでスパイシーで旨かったです。此れにも余った串カツをトッピングして始末。又、買って来よ(笑)。豆苗とキャベツ、大蒜も余っていたので、塩焼ソバに入れて片付けです。何でこんなに食材の始末をしているのかって?今月初めに台北旅行で4日程、家を留守にした時の冷蔵庫内の食材処分の絵ですよ(笑)。余った食材の始末で食べ過ぎたので、朝はサッパリと卵掛けごはん。鮭ほぐしを乗せて戴きます。味噌汁の具材に栃尾の油揚げを入れたら、食べ応えが有り、また満腹。でも、ヘルシーだから良いか!


次回は浅川左岸の長沼橋から遡上して、暁水管橋、浅川大橋、暁橋までの紹介です。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/12/19(金) 12:00:00|
  2. 浅川

Spot-21 八王子 『高尾山』


This best shot


次回アップ予定:
Scene-147 浅川右岸 『中央本線梁橋、水管橋、浅川橋、八高線梁橋、NTT専用橋、大和田橋』(12/19 12:00)
浅川の終盤近くになると南4km程に高尾山が在るのですが、冬季に入る今の内に登って来ました。なので、今回は高尾山の様子をSpotで紹介します。高尾山は東京都八王子市にある標高599mの山で、多くの観光客や登山者が訪れます。因みに年間の登山者数は約260万人を超えて世界一です。自宅からも近いので8:00頃に自宅最寄り駅から京王線分倍河原駅経由で高尾山口駅まで45分、9時前に到着。平日なのに駅前は登山する学生で一杯でした。駅前の細道を右手方向に200m程進むと、高尾山別院不動院が在ります。高尾山薬王院の別院で、現在の建物は1988年(S63)に再建されたものです。不動院の先70mに高尾登山鉄道の清滝駅が見えます。山頂へのルートは、稲荷山コース(3.1km)、6号路(3.3km)、1号路(3.8km)、1号路とケーブルカー、エコーリフトとの併用などのコースが有り、体力に応じて選択可能です。3kmも山道を歩けないので、1号路の途中の高尾山駅までケーブルカーで行きます。片道:480円、15分間隔運行で乗車時間:6分で到着。




高尾山駅前から山頂まで1号路を約2km上がって行きます。高いだけあって道端のモミジも色良く紅葉しています。200m程進むと、蛸杉と呼ばれる不思議な形をした樹齢450年を越える杉が在ります。昔、参道を新しく拡張する際に邪魔になるので切り倒そうとしたら、一夜の内に後ろに退いたと云う伝説が残っています。以前は触る事が出来、テカテカでしたが現在は柵で保護されています。更に100m進むと、薬王院の浄心門が建ち此処からが薬王院境内となります。右側に4号路、門の先左側が3号路に分岐しており、左には修験道の祖と云われる役行者(えんのぎょうじゃ)が祀られている神変堂が在ります。




150m程進むと男坂(108段の階段)と、緩やかな上り坂の女坂に分かれますが、何方も250m程で権現茶屋の前で合流します。合流点の後ろ側に仏舎利塔へ続く坂道が在ります。正式名は高尾山有喜苑仏舎利宝塔で、お釈迦さまの真身骨がタイ国王より分贈されたものです。仏舎利宝塔付近の紅葉が綺麗ですよ。




参道は立派な杉並木が在り、1966年(S41)の台風26号でかなりの被害を受けましたが、最大で幹周り5.6m、高さ47mの巨木が残っています。


暫く進むと薬王院の四天王門が右手に見えます。三間一尺の八脚門、重層入母屋造り、桜門形式で、屋根は瓦棒型銅板葺という木造総檜造りです。境内を道成に進むと右手に朱塗りの仁王門が在ります。門を潜ると正面が薬王院の本堂です。薬王院の正式名称は高尾山薬王院有喜寺、744年(天平16)に聖武天皇の勅令により東国鎮守の祈願寺として、高僧行基が薬師如来を刻み安置したのが開基とされており、永和年間に京都醍醐寺の俊源大徳が飯綱大権現を祀り、修験道場として以来、時の武将達の帰依、保護を受け寺は栄えました。




本堂の右手に並ぶのが左端から、弘法大師を祀る大師堂、歓喜天が祀られた聖天堂、愛染堂、鐘楼堂です。


本堂脇から上に登ると本社の飯縄権現堂が在り、左脇には飯縄大権現の随身として高尾山を守る天狗を祀る天狗社、福徳稲荷社が在ります。飯縄権現堂脇の1号路の石段を上がって行くと、奥の院不動堂が在り、本尊の不動明王、行基菩薩・俊源が祀られています。隣に在るのは浅間社で本尊は浅間大菩薩です。




残り600m程で山頂、1号路の登山路は舗装されていて、山頂まで楽に登れます。道端には野菊の種類のシラヤマギクが沢山咲いています。山頂に近付くに連れて色々な木々の紅葉が深まって来るのが判ります。漸く、山頂に到着、たかが600m程の山ですが、普段山歩きしていないのでキッツ~です。御褒美は山頂の紅葉で一番綺麗ですね、此処に来る時に電車からは富士山がハッキリと見えていたのに、山頂からは静岡方面の天候が崩れたみたいで御目に描かれませんでした(残念)。冬場の時季ならば、高い確率で大室山の右後ろに姿を見せます。紅葉の木陰に移動、駅前で買った弁当を食べながら暫し休憩してから下山です。






帰りは途中に吊り橋が在る4号路で下山します。下りだから楽だと思ったら、階段の段差が高くて着地の時に膝に来て、登りよりキツイね。道が平らになったと思ったら木の根っ子で、凸凹。山道の片側は柵が無い崖なので油断するとコケて滑落するので注意ですよ。




1km程下って吊り橋が見えました。1969年(S44)に竣工の「みやま橋」で全長36m、幅は1.5m程です。橋の下は木々で遮られていて高さが掴めませんが、下から30mの高さとの事です。


400m程で往路の1号路に合流、帰りはエコーリフトで帰るかな。高尾山駅から200m程離れている山上駅へ向かいます。エコーリフトも片道480円、待ち時間がゼロなので天候が良い時はケーブルカーよりは便利ですね。所用時間12分で山麓駅に到着、京王線で帰宅です。山麓駅付近の紅葉も綺麗でしたよ。






>>>後書き<<<
次回は通常Sceneに戻り、浅川右岸の滝合橋から遡上して、中央本線浅川梁橋、浅川水管橋、新浅川橋、八高線梁橋、NTT専用橋、大和田橋までの紹介です。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/12/15(月) 12:00:00|
  2. 奥多摩

Spot-20 台湾 『台北観光』


This best shot


次回アップ予定:Spot-21 八王子 『高尾山』(12/15 12:00)
今回のSpotは海外遠征版の台湾で、メンツは何時もの飲み仲間のIさんとSさん。11/29日から12/2日まで台北を中心に中正記念堂、九份、故宮博物院などを4日間、ぶらっと廻って来ましたので紹介します。

■序文的章:フライトは7:20分発の早朝便、始発電車でも間に合わないので、羽田国内線TM内のFirstCabinを予約(¥5300)して前泊。簡易宿泊施設ですが部屋内は広く、ベッドで立ち上がっても頭は天井に当たらない高さです。5:00発のシャトルバスで羽田国際線TMに移動すると、早くも冬季イルミネーションでデコられています。出発ロビーでチケットを受け取り、手荷物類の保安、税関検査と出国審査を終えて搭乗ゲート前で待機。漸くチャイナエアラインAirbus A330-300、CI-223便に搭乗、略定刻に離陸です。1時間程して機内朝食、メニューは和食(鯖、サーモンのテリーヌ風)と洋食(オムレツ)との選択でフィッシュをチョイス。味はアメリカのお母さん(Mama)でした(笑)。




■第1日『龍山寺、中正紀念堂、九份』:略4時間で台北の松山空港に到着。日本との時差は1時間遅れです(以下、現地時間で表記)。空港に降りるとピーカン天気で、此処1週間は27℃前後でしたが本日の気温は、なんと32℃!日本よりも暖かいとは聞いていたけど、真夏の様相で上着を脱いで腕捲りです(汗)。市内ツアーは現地旅行社のマイクロバス移動で、最初は空港から南西方向6km程の台北市万華区に在る龍山寺です。1738年、清時代の乾隆3年に大陸福建省泉州から渡ってきた漢民族の移民により創建され、福建普江安海龍山寺の分霊を迎え入れた台北市内で最古の寺院だそうで、本尊は観世音菩薩・普賢菩薩・文殊菩薩ですが、現在では祀られている神は100以上に及び「神様のデパート」の別称で親しまれています。前門や正殿などの屋根上には龍や虎、鳳凰などがタイルや焼き物でカラフルに彩られた飾り付けによる中国宮殿式廟宇建築が見られます。日本の寺院は心に静寂をもたらすけど、此方の寺院は派手で人も多く、気分が高揚しますね。




次は龍山寺から東2km台北市中正区に在る、中正紀念堂へ移動です。中華民国の初代総統である蒋介石を顕彰し1980年に竣工した建物で、中正とは蒋介石の本名です。本堂に登る石段は89段、蒋介石の享年と同じ段数です。本堂の屋根は八角形で「忠、孝、仁、愛、信、義、和、平」の八徳を象徴しており、又「人」の字が重なって天に達する様に見える設計もされており、「天人合一」天と人が一つになると云う中国の思想を反映しています。国家音楽庁(コンサートホール)の反対側に在る同じ様な建物は国家戯劇院(劇場)です。紀念堂内部は工事中で、塀で塞がれていて儀丈兵の交替式も中止でした(残念)。




北東2km程に在る永楽市場内へ移動して、お茶専門店「永楽」でお茶セミナーです。入口には烏龍茶の茎を温めた籠が置いてあり、茎茶で手を洗うとカテキンにより殺菌効果が有るとの事で、手に茶の香りが移って良い匂いです。店内で色々なお茶のウンチクと入れ方、飲み方のレクチャー、凍頂ウーロン茶は黄金色で香りが強いお茶で美味しかったですよ。空気と一緒に啜りながら飲むと香りが口中に広がります。セミナー後は、マンツーマンによる、お茶如何ですか攻撃!に負けて携帯泡茶ボトルと、チョット高級なジャスミン茶を購入です(笑)。


永楽市場から東に約2kmの康華大飯店(GOLDEN CHINA HOTEL)へ13:00チェックイン、14:00まで休憩です。部屋で半袖に着替えて、荷物整理。空港での両替RATEは0.253、手数料30圓で20000円が5030圓(NT$)でした。


14:00から西に約32kmの位置に在る九份老街へ約1時間で行きます。土日は混雑により一般バスの通行規制があり、九份手前の九番坑バス停でシャトルバスに乗換え、1km程坂道(汽車路:バス通り)を上って代天府バス停で下車。少し歩いて九彬昭霊宮の先の軽便路をクネクネと300m程進むと、豎崎路に合流します。九份老街は「三横一縦」の4本の道路で構成されていて、三横は汽車路、軽便路、基山街で、一縦は三横を縦に繋ぐ豎崎路です。古い町並みや昔の映画館などが残り、昔にタイムスリップです。2m程の狭い石段の豎崎路は人で溢れ、石段を登った頂上には九份小学校が在ります。九份はかつて9世帯の過疎の村で、9世帯分のものが運ばれていた事から此の名称が付いたと云われています。1890年に金鉱が発見された後、4千世帯の鉱山町へと変貌しますが、採掘量の減少に伴い1971年に閉山し衰退の一途を辿ります。其の後、「悲情城市」と云う台湾映画で古い町並みを残した九份が登場してから、多くの観光客が訪れるようになっています。因みに映画「千と千尋の神隠し」のモデルになった町と云われていますが、違うそうですよ。




九份小学校の校庭端からは基隆港や基隆山、右側には商売繁盛の関公が祀られている聖明宮が見えます。此処の屋根飾りも派手で綺麗です、偶に汚れを落としているのかな?ピカピカです。かつての金鉱の町であった名残のモニュメントも在ります。17:00、軽便路と豎崎路との交差点に在る九戸茶語で夕食です。円卓形式で最初は色々な種類のお芋、玉蜀黍、落花生などが蒸された前菜、主菜は蒸し海老、白身魚、ベーコン、小籠包、豚肉煮などです。肉料理の味付けは台湾独特の五香粉と云う混合香辛料が使われています。桂皮、丁香(クローブ)、花椒(カホクザンショウ)、小茴(フェンネル、ウイキョウ)、大茴(八角、スターアニス)などの粉末を混ぜて作られ、香りの元は八角だそうですが、癖の有る香りと味で少し抵抗があります。ビールも飲みたかったのですが、次の移動先まで途中にトイレが無いと云われたので諦めました(笑)。






帰りは西に約32km戻り、士林区にある観光夜市、士林夜市の散策です。上野アメ横的な雰囲気で、観光客だらけです。途中で抹茶カキ氷を食べながら一周り、お土産を少し買ってホテルに戻ります。小腹が空いたのと、アルコールが欲しくなったので近くのコンビニで摘みと台湾ビールを調達、部屋で乾杯です。摘みの鰻の蒲焼、此処でも台湾調味料の五香粉が使われていて、蒲焼とは思えない独特の味ですが、食べている内に慣れて来るのが不思議ですね。と云う事で初日は終わり、明日は起床6:00。風呂に入って就寝です。あっ耳栓、忘れずにしないとね(笑)。




■第2日『霞海城隍廟、故宮博物院、台北101』:7:00からホテルレストランで朝食、バイキング形式です。炒飯、ビーフンは美味です、サラダの人参は固くてNG、ラッキョは変な味でNG、パン類は全て美味しかったですよ。2日目の最初はホテルから西2km程の迪化街に在る霞海城隍廟に行きます。100年以上の歴史を持つ霞海城隍廟は、迪化街の守り神で、霞海城隍爺や其の夫人、月下老人等600を越える神様が祀られており、台湾では神像密度の最も高い古廟です。迪化街は台北最古の問屋街で、歴史ある老舗問屋や、美しいバロック建築の建物が並んでいます。






500m程戻り寧夏路に在る豆花荘で名物のスイーツ、花生(ピーナツ)豆花を食べました。豆腐プリンにシャーベットと、甘く煮込まれたピーナッツが混ざったスイーツで、程好い甘さでピーナッツに濃くが有って美味です、本日の気温も28℃位でシャーベットがより美味しく感じます。


昼食は牛肉麺が予定されていますが、量が物足らないとの配慮で、途中で台湾風ハンバーガー(割包)がバス内で配られました。楕円形のパンに豚のバラ肉、酸菜(漬物)、香菜が挟まっています。豚肉は八角の香りと味ですが、慣れてきて美味しかったです。お腹が減っていたので即完食、アレレ、割包の写真を撮るのを忘れました。まっあ、いいか(笑)。途中でお土産のデパートFlawlessと云う店に連れて行かれました。場所は中正祈念堂の近くで、店に入ると集められて台北北部の温泉地・北投温泉で発見されたラジウム鉱石(北投石)の説明が延々と始まり、イオンテスターなる機械で掌を計測、北投石を握って再度計測すると数値が4倍位に上がるのですが、アクセサリーは興味が無いし、インチキ臭いので購入はパスです。翡翠の彫刻品など高価な芸術的な商品もずらりと並び、目の保養には成りますよ。


Flawlessから北に2km程、中山区の新生北路と長春路交差点の角に在る金品牛肉麺に移動して昼食。店は金品の名前が付いており、小籠包の有名店「金品茶樓」を経営している「金品茗茶」が今年オープンした牛肉麺専門店です。肉は牛スジ肉、麺は細麺で醤油ベースの味付け、癖も無く青菜のシャキシャキ感がアクセントになり好きな味でした。


金品牛肉麺から北北東に約6km移動して国立故宮博物院の見学です。第二次世界大戦後に中華民国政府率いる国民革命軍と中国共産党率いる中国工農紅軍との間で行なわれた内戦が激化、中華民国政府は形勢が不利になった為、故宮博物院から約70万点の所蔵品を精選して台湾に撤退し、此処台北に誕生したのが国立故宮博物院です。館内は撮影禁止で、カメラはバックの中に入れないと注意されます。B1F入口横の孫文像だけは、撮影エリア内から撮っても良く、皆此処で記念撮影です。館内は人気スポットだけに人混みで、入場者が2800人を超えると一旦入場規制が掛かります。展示エリアもロープ規制され、前の集団が見学を終えて次のエリアに進まないとロープ解除されません。展示品は芸術性の高い逸品ばかりで、見飽きませんよ。特に有名な2点を紹介します、写真はお土産用に買った絵葉書のCopyです。★翠玉白菜は長さ18.7cm、幅9.1cmと意外と小さいです。緑の葉の上には多産を象徴するキリギリスとイナゴが止まっており、光緒帝の妃である瑾妃の嫁入り道具だったと推測されています。★肉形石は高さ5.7cm、幅6.6cm、厚さ5.3cm、豚の角煮にそっくりですよ。皮の毛穴や煮込み具合の色合いなどリアルですね。


故宮博物院を2時間ほど見学してから、8km程南に戻り雑貨、飲食店が並ぶ永康街を散策します。途中で「思慕昔」スムージーと云う意味のお店で、芒果(マンゴー)の雪花氷(ミルクカキ氷)を食べたけど、量が多くてマンゴーだけ完食、氷は半分残しました。


夕食は永康街の信義路二段に在る鼎泰豊(信義店)に小籠包を食べに行きます。前菜と餃子が数種類、小籠包が食べ放題のコースです。アッチチの小籠包かと思ったら、火傷しないような程好い熱さで、食べ易いです。上に細く切った生姜を乗せて食べるとサッパリして美味、幾らでも食べられますよ。食後は、信義路からも見える台北101に行きます。


鼎泰豊から西に3.5km移動して、超高層ビルの台北101に到着。全面ガラス張りで、輪郭は伝統的な宝塔と竹の節がイメージされているビルで、高さ509.2m、地上101階、名前の由来です。2004年に完成した時は超高層ビルとしては世界一の高さでしたが、現在では6番目です。夕方からライトアップされ、曜日により色が変わります。今日は日曜日なので紫色のライトアップでした。展望台へは500元の入場料が取られますが、天気が曇っているのと、混雑しているのでパスしてホテルへ帰還。又、部屋で飲んで就寝です。


■第3日『自由行動日』:昨日は疲れから其のまま寝てしまったので、今朝は朝風呂です。3日目はFreeなので何処へ行くか決めておく筈でしたが、皆サボってNo Plan!天気模様と相談して決めます。其の前に朝食、パンが美味しかったので今朝は洋食風に決めました。卵料理、やっぱり醤油が合うね!少し食べ過ぎましたが、相方のSさんの食欲にビックリ(ダイエット中と聞いていたんだけど??)10:00過ぎにホテルから北方向の寺院などを見て回る事に決めて出発。天気は小雨も止み曇り空、気温は18℃前後で肌寒いです。市内はバスが頻繁に走っていて、便利そうですが行先のバス停番号など下調べしていないので、歩いて行きます。街の中にはセブンイレブンが至る処に在り、マックや日本風の拉麺屋も見掛けます。




先ずは、北300m程の処に在る行天宮に寄ります。多い時で1日に2万人以上が訪れると云う、人気の高い寺院の一つで、平日の朝から多くの人がお参りしています。祀られているのは商売の神様の関羽、呂洞賓、張単、王善、岳飛の「五恩主」です。


北西に700m程進むと花博公園で、手前に消防局圓山分隊が在り、日本と同じ赤色塗装の消防車、通報も同じ119番です。公園の東に松山空港が在り、丁度真上に羽田から乗ったCI-0223便が着陸するところです。芝生の上で台北のカラスが遊んでいました。日本のカラスと同じ体型ですがカササギと云う鳥で、羽と胸に白い羽根が有り綺麗だね。園内に腋毛ボウボウの木が生えています(笑)。熱帯地方に分布するクワ科の常緑高木のガジュマルで、幹から褐色の気根を垂らしていて此れが絡まる事から、カラマル→カジュマルの名前になったそうです。




天使生活館の周囲にも初めて見る変わった花が咲いています。艷紫荊(バウヒニア)と云うマメ科の木で別名がホンコンオーキッドツリー。其れからジンジャーの花で野薑花(ジンジャーリリー)と云う花も綺麗ですね。公園沿いの濱江路を歩いていると、民家の塀の上に鳥の置物?えっ、動いたよ。本物の鳥です、人に慣れているのか無視されているのか近付いても逃げません。取り敢えずパチリ、帰ってから検索するとズグロミゾゴイと云うサギ科の鳥で、日本では沖縄で見られるそうです。




次に基隆河に架かる中山橋を渡って対岸1km程に在る、忠烈祠に行きます。新生高架橋と国道1號(高速公路)を潜ると朱塗りの14階建ての建物が見えます、1973年に落成した高級ホテルの圓山飯店です。


あっちゃ!忠烈祠に行く道を間違えて、ハイキングコースに入ってしまいました(笑)。途中で間違えに気が付きましたが、圓通巖なる寺院の標識板が在ったので序に行く事にしました。500m程坂道を上がって漸く到着。円形石段の上に廊が建っています。本尊は観音菩薩像です。道の両側は草木が生えていて、熱帯地らしい見慣れない植物が多いです。葉はパパイヤに似ているので、実は変な形だけど多分パパイヤ?紫の花はヤナギバルイラソウと云う名前で、キツネノマゴ科の一日花。オウコチョウは蝶の様に舞っている雄しべから、蝶の名前が付いた花でマメ科です。道は未だ続いていますが何処へ行くのか不明なので、引き返します。




北安路に戻り西に300m程進むと忠烈祠です。戦没した英霊を祀る祠で、中華民国国防部の管轄下にあります。忠烈祠も衛兵交代のセレモニーで有名なので、中正紀念堂で見られなかった衛兵交代式を此処で見て行きます。時間は12:30分、交代は1時間置きなので其れまで祠内を散策します。山門を入ると正面が大殿で左右に烈士祠が建っています。衛兵は陸・海・空軍より選抜された兵士で、本日は海軍が担当です。大門鐘楼前と大殿前に2名ずつ1時間は微動だにせず固まっています。視線を動かしたり、瞬きも禁止されているそうで、大変な仕事ですね。傍に世話係りが付き汗を拭いたり、チョッカイを出す輩を排除します。13:00前になると大殿中庭から部外者は外に出され、交代式が始まりました。引率の兵士1名を含む5名が大門から大殿まで移動して2名交代し、大門に戻り2名交代します。一糸乱れずにシンクロした動きで威厳を感じます、カッコイイです。中庭に残る薄い線は、毎日同じ所を歩む事で付いた衛兵の軌跡です。因みに儀杖兵の資格は身長175~195cm、体重65±1kgが条件だそうで、皆イケメン揃いです。





道路脇に珍しい街路樹や植物が並んでいます。幹が捻じれた木、白千層と云う銘板が付いておりティーツリーと云うフトモモ科の木です。細い松葉が30cm以上有り、風に靡いている大王松。姑婆芋(インドクワズイモ)、此れは説明文が付いています。葉が最大で1m程になり食事用の皿代わりに使用できます。芋は毒性が有り食べられませんとの事です。


昼食を摂れる場所が無かったので、途中のコンビニでサンドイッチとコーヒーを調達してホテルに戻り補充、暫し休息です。夕方になり、外に飲みに行こうと云う事で出掛けましたが、安心して飲めそうな居酒屋的な店が見当たらず、結局ホテルのレストランに戻り、宴会です。レストランの味は癖も無く、肉料理も五香粉を使っていない中華風の味付けで美味でした。変わった野菜が出て、名前を聞いたら中国語で芥蘭菜、帰ってググルとカイラン(芥藍)と云うアブラナ科の緑黄色野菜で、別名チャイニーズ・ブロッコリーです。成る程、ブロッコリーの仲間で葉っぱの部分ですね。シャキシャキして美味しいですよ。


■第4日『最終日、林安泰古厝民俗文物館』:本日は台北最終日、16:00に空港に向かう予定で其れまで時間が有るので、昨日休館日で入れなかった濱江路の林安泰古厝と云う200年以上経つ古民家に行く事にしました。距離的には1.5km程なのですが、歩き疲れているので、今日は地下鉄MRT(Mass Rapid Transit)で行きます。ホテル傍の行天宮站から2つ目の民権西路站で淡水線に乗換えて、1つ目の圓山站で降ります。料金は20元、駅自販機で切符の代わりのトークンと云うメダルを買います。改札を入る時にトークンをかざして、降りる駅の改札機でトークンを投入口に入れます。






林安泰は、台北に残る建物の中では最も保存状態の良い古民家で、竣工されたのは清の時代の1783年、場所は大安区四維路でした。此の豪邸の主は、中国福建省から移民し、迪化街での商売で財を成した林回公で、故郷を記念する為に福建泉州安渓の「安」と屋号栄泰の「泰」を取って邸宅に「安泰厝」と名付けたそうで、道路拡張工事により、此の場所に1986年に移築されています。古民家の中まで自由に見る事が出来、中国建築の木組である斗拱(ますぐみ)も見られます。市内から近いのに訪れる人は少なくて、ユックリと見られる穴場ですよ。入口に日本語のパンフレットも置いてあり、入場無料です。






2:00過ぎ、花博公園の屋台村で遅い昼食を摂ります。鮮肉抄手乾麺附湯(豚ワンタン麺スープ付)を注文、相方は牛丼。10分程して出来上がり、メニューの絵と違うレタスを茹でた鉢が付いていたけどサービス?判らないけど食べちゃいました(笑)。


ホテルに戻り、荷物整理。お土産はジャスミン茶と携帯ボトル、置物と故宮博物院のストラップ。其れから空港で両替出来なかったコインの圓、空港の銀行ではお札しか円に両替してくれません。戻る日本円も500円単位で、なんと日本円の端数は圓のコインで、ジャリ銭の土産が増えました(笑)。定刻にCI-0222便で離陸、トラブルも無く無事帰国です。疲れたけど、楽しかったですよ!
 

>>>後書き<<<
4日分を無理やり、1回分に纏めてしまったので長々文になりました。最後までご覧頂きありがとうございました。次回は浅川の南4km程に在る、高尾山に登って来ました内容をSpotで紹介します。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/12/11(木) 12:00:00|
  2. 台湾-台北

Scene-146 浅川左岸 『長沼橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Spot-20 台湾 『台北観光』(12/11 12:00)
今回は浅川左岸の一番橋から遡上して、長沼橋までの紹介です。一番橋北詰めから南西方向700mに白髭神社が在るので寄ります。近くの路地まで行き、石段を上がると神社が在るのですが見当たりません。木々に囲まれた境内らしき場所は残っていますが、拝殿は廃殿されたみたいです(笑)。
 

市道を南西方向に300m程進みます。道路脇には浅川から引き込まれた水路が流れていますが、透明で水質は綺麗ですね。脇道を100m程右に入ると日野市立中央図書館の敷地内に鳥居が見えます、豊田の八幡宮です。創建は不詳、祭神:応神天皇、所在:日野市豊田2-49。
 

 

図書館前の道を100m程進んだ処に真言宗豊山派寺院の地蔵院が在ります。創建は不詳、本尊:地蔵像、山号:東光山、所在:日野市豊田2-27-3。
 

地蔵院前の道を400m進むと前回紹介の平山橋ですが、左岸沿いに道が無いので平山橋を渡り右岸沿いに滝合橋経由で左岸側に廻り込みます。滝合橋から浅川沿いに300m進んで右折約200m、七生病院前に西平山の八幡神社が在ります。1478年(文明10)に創建されたとの伝承が残っています。祭神:伊邪那岐命、伊邪那美命、所在:日野市西平山1-23-1。狛犬は1986年(S61)の奉納です。神社鳥居の右側に境内社の辨天宮が在ります。
 

 

 

 

八幡神社から浅川沿いに戻り400m程進むと、今回最終地点の『#07長沼橋』です。上流からの流れが大きく曲がり、右岸から湯殿川が合流する為に橋の下には大きな中洲が形成されています。上流方向には次回紹介の中央本線浅川梁橋と浅川水管橋が見えます。丁度お昼になったので近くのコンビニで購入したフワフワオムライスを土手で頂きます、チンで加熱し過ぎなのでフワフワ感は有りませんね(笑)。
 

 

初代長沼橋の架橋は1954年(S29)で木造橋でした。現在の橋は1993年(H5)の架橋で、浅川左岸の日野市西平山と右岸の八王子市長沼町とを結び、八王子市道由井51号線が通ります。
 

 

 



名称:長沼橋
構造種別:3径間連続箱桁
河口からの距離:7.2km
橋の長さ:143.5m
有効幅員:12m
竣工:1993年(H5)





>>>後書き<<<
今回は見処が少なくてブログスペースが余りましたので、最近の親爺料理を載せます。秋に入り魚も美味しくなって来ましたね。先ずは簡単な、戻り鰹のタタキ。水に晒した大蒜と玉葱スライス、浅葱を乗せてポン酢で頂きます。次は、少し奮発して鮪と山芋で山かけ丼、ワサビ菜のピリピリと合い美味です。豆鯵が安かったので唐揚げにしました。鯵の下処理はゼイゴを削ぎ落として、エラからペティナイフを腹まで差し込み腹を開きます。次に喉元を指先で摘みエラ毎、内臓を引き抜いて水洗い。水気を拭いて、塩胡椒と小麦粉を塗して、170℃で鯵が浮き上がるまで揚げて一旦油切し、今度は180℃で泡が小さくなるまで二度揚げです。豆苗と塩漬けレモンをかじりながら頭からムシャムシャと食べられますよ。焼ナスは秩父味噌味と大根おろしのポン酢味です。


残った豆鯵は南蛮漬けです。二度揚げしてあるので酢と水の割合は1:2、醤油、砂糖、塩を適量の南蛮酢に、人参、ピーマン、赤唐辛子、玉葱のスライスと塩漬けレモンと一緒に混ぜて、冷蔵庫で一晩寝かせて完成です。秋の味覚、柿も美味しくなりましたよね。昔は近所の木から失敬していましたが、最近は柿の木自体が少なくてスーパーで買う時代なんですね(笑)。レタス、ブロッコリーと一緒にドレッシングとクリームチーズを乗せて、お洒落なサラダの完成。柿とチーズ、合いますよ。柿は直ぐに柔らかくなってしまいますよね!柿の長期保存方法をググったら、有りました。柿はヘタから呼吸して水分が減り柔らかくなるそうなので、ヘタの大きさにティッシュを畳んで濡らし、ラップで包んでポリ袋に入れて下向きで冷蔵保存すると2~3週間はシャキシャキ感が残るそうですよ。最後に茄子の味噌汁、皮を剥かない派ですが普通に煮ると味噌汁の色が汚くなりますよね。茄子を常温にしておきカット、出汁を入れて沸騰したお湯に切った茄子を入れて一気に過熱して2分、火を止めてから味噌を入れると色が落ちませんよ!


次回はSpotの海外編です。場所は台北(台湾)、都内に比べて10℃程暖かい(暑い)場所でしたよ。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/12/07(日) 12:00:00|
  2. 浅川

Spot-19 奈良 『西ノ京から奈良公園』


This best shot


次回アップ予定:Scene-146 浅川左岸 『長沼橋』(12/07 12:00)
■お詫び:先週、金曜から火曜日まで台北/台湾へ遊びに出掛けていましたので、皆様のページにアクセス出来ずにスミマセンでした。又、コメント戴いた皆様にも直返が出来ませんでしたので本日、遅れて返信しました事、ご容赦願います。尚、内容は12/11日分に掲載しますので宜しければ見て下さいませ。

と云う訳で今回も前回Spotに引き続き古都の紹介で、場所を奈良に移しての紹介です。
■『3日目』:11/19日、宿泊ホテルを7:30にチェックアウト、本日はJR奈良線の稲荷駅から奈良方面に行きますが、其の前に京都洛南で残っている平等院に寄りたいので、30分程乗って宇治駅で途中下車です。


■『宇治橋』:平等院は拝観受付が9:00からなので、其の前に宇治川対岸の寺社に寄ります。宇治駅から北東に約400m、宇治橋が架かっています。1996年(H8)竣工の橋で、長さ155.4m、幅25m。初代の橋は646年(大化2)に架けられた、我が国最古級の橋だそうです。


■『宇治神社と宇治上神社』:宇治橋を渡って上流方向に400m程進むと、宇治神社が在ります。創建は不詳、祭神:菟道稚郎子命、所在:宇治市宇治山田1。道なりに100m、山の方に上がって行くと宇治神社と対をなす宇治上神社が在ります。此方も創建は不詳、祭神:菟道稚郎子命、応神天皇、仁徳天皇、所在:宇治市宇治山田59。本殿は改修工事中です。




■『興聖寺』:次に曹洞宗寺院の興聖寺に行きます。宇治神社鳥居前から200m程宇治川沿いに遡上すると、左手に在る関西電力㈱宇治発電所からの放流水が観流橋の下を激流の如く流れ込んでいます。100m程先に興聖寺の入口が見え、琴坂と呼ばれている200m程の参道を上ると山門ですが、静寂で琴坂両脇のモミジが綺麗な場所です。興聖寺の創建は1233年(天福1)、開基は曹洞宗の開祖道元禅師、山号:仏徳山、本尊:釈迦三尊像、所在:宇治市宇治山田27。






■『十三重石塔』:9時になったので平等院に行きます。宇治川に架かる朝霧橋が途中に在り、此方から対岸に渡ります。宇治川の中州に高さ約15.2mの十三重石塔が建っています。石塔は西大寺の高僧叡尊により宇治川での殺生の罪を戒め、供養塔として1286年(弘安9)に建立されましたが、1756年(宝暦6)の大洪水により流失。150年後の1907年(M40)に川底からの発掘に着手し、翌年に再興されまた、現存する日本最大の最古の石塔です。


■『平等院』:藤原氏ゆかりの寺院で、創建は1052年(永承7)、藤原道長の別荘「宇治殿」を寺院に改めたのが平等院の始まりです。山号:朝日山、本尊:阿弥陀如来像、所在:宇治市宇治蓮華116。拝観料:¥600。今年、屋根の葺き替え・柱等の塗り直し修理が行なわれています。鳳凰堂中堂の屋根に飾られている鳳凰は復元模像で、本物は鳳翔館に展示保存されてますよ。




■『奈良へ移動』:JR宇治駅に戻り奈良線みやこ路快速で40分、奈良駅に到着です。昼前でしたがお腹が減ったので駅ナカのモスバーガーで、海老カツとモスチキンセットで腹ごしらえです。


■『平城京跡』:最初に平城京跡に行きます。南都平城京は710年、元明天皇が政治を行なう中心地として、其れまでの都だった藤原京から遷都して現在の奈良市に造られた都ですね。此処から2.5km程あるので市バスで行きます。バス停を降りると、75mの幅をもつ朱雀大路の先に平城宮の正門である朱雀門が建っています。門の左右には高さ6mの築地により130haの広さの宮城を取り囲んでいたそうです。朱雀門の前面に接し、東西に延びるのが二条大路跡で右側に壬生門が在ります。背後には、えっ!電車が走っていますよ、近鉄奈良線です。将来的には地下鉄化されるそうです。




近鉄奈良線の踏切を渡ると右手に東院庭園入口が在ります、入園は無料。1967年(S42)に発見された平城宮東張出し部の庭園遺跡で、1998年(H10)に復元されています。入園者は少ないですが、逆に静寂な場所で落ち着きますよ。




平城京跡の北東角に宮内庁の復元建物が建っています。周囲の空き地はススキで埋め尽くされています。中央方向に聳える建物は第一次大極殿。地面高約27m、直径70cmの朱色の柱44本、屋根瓦約10万枚を使った平城宮最大の宮殿で、天皇の即位式や外国使節との面会など、国の重要儀式の為に使われていた場所です。外周歩道を西に進み、近鉄奈良線の大和西大寺駅へ行きます。




■『薬師寺』:近鉄奈良線の大和西大寺駅から2駅目の西ノ京駅で下車、100m程進むと法相宗大本山の薬師寺北入山口です。近鉄奈良線はホームで喫煙出来るんだ、嬉しいね。


薬師寺は680年(天武天皇9)天武天皇の発願により、飛鳥の藤原京の地に造営が開始され、平城遷都後の8世紀初めに現在地の西ノ京に移転されたものです。本尊:薬師三尊像、所在:奈良市西ノ京町457。東塔は現在、保存修理工事中です。拝観料:¥800。




■『唐招提寺』:薬師寺から北に500m、唐招提寺に行きます。創建は759年(天平宝字3)、鑑真が建立した寺院で、本尊:廬舎那仏像、所在:奈良市五条町13-46。唐招提寺という寺号は、「唐僧鑑真和上の為の寺」という意味合いです。拝観料:¥600。






■『3日目宿泊』:唐招提寺東側400mのバス停から奈良駅に戻ります。駅からホテルまで約1km、街中をぶらぶらしながら歩きます。途中にほかほか亭が在ったので、唐揚げスペシャル弁当を買ってホテルで夕食です。ホテルから北200mに興福寺の五重塔が見え、夜間ライトアップされているので撮りに行きます。露光をもっと上げたかったのですが三脚を持って来ていないので、1/8秒が限界で今いちでしたね。奈良公園も200m程なのでモミジをフラッシュ撮影。柵の中に鹿耳のシルエットが薄っすらと見えます。鹿のオブジェかと思ったら、お休み中のモノホンでした(驚)。本日の徒歩数、約33000歩でした。




■『興福寺』:4日目、午後には京都に戻らなければいけないので、興福寺、春日大社、東大寺の順に廻って帰ります。先ずは興福寺、法相宗大本山の寺院。創建は699年(天智天皇8)、藤原氏の祖・藤原鎌足と其の子息・藤原不比等ゆかりの寺です。本尊:釈迦如来像、所在:奈良市登大路町48。境内はFree、国宝館と東金堂の拝観は有料です。五重塔は高さ50.1mで、木造塔では東寺五重塔に次ぎ2番目の高さです。




興福寺と猿沢池の間に在るのが五十二段と呼ばれている石段。此の石段の下が六道の辻で、六本の道が連なっていて前世の生き方により地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間、天上の何れかに生まれ変わると云う選択肢を表しているそうです。


■『浮見堂』:次に春日大社に向かいますが、春日参道の南側丘陵地を遠回りして行きます。途中の荒池周辺に神の使いである鹿が沢山いますね、公園には合計で約1200頭いるそうです。藤棚の剪定で落とした枝に鹿が群がって食事中です。


奈良公園の鷺池に浮かぶのが、檜皮葺きの八角堂形式の浮見堂です。お堂の詳細は不明、堂へ繋がる橋の袂には水琴窟も在ります。訪れる人も少ない静かな場所で、紅葉も綺麗な穴場ですね。鷺池と云うだけあって、鷺もいましたよ。




■『春日大社』:鷺池から参道に出て700mで、春日大社に到着です。全国に約1000社ある春日神社の総本社で、藤原氏の氏神を祀る為に768年(神護景雲2)に創建されました。祭神:春日神、所在:奈良市春日野町160。中門からの参拝は有料で、時間も無いのでパスです。




■『東大寺』:最後に華厳宗大本山の寺院である東大寺に寄ります。創建は8世紀前半、開基は聖武天皇、本尊:盧舎那仏像、所在:奈良市雑司町406-1。境内と大仏殿はFreeなのですが、帰路の電車の時間に間に合わなくなるので大仏拝観はパスです(残念)。バス通りまで急ぎ、途中に在った転害門と焼門だけパチリ、奈良駅の予定の電車に間に合い、無事に京都経由で帰宅です(パチパチ)。






>>>後書き<<<
奈良の最終日、帰路の電車の都合で慌ただしくなりました。もう少し朝、早く出掛ければ良かったですね(笑)。京都、奈良の古都の風情、紅葉など堪能出来て楽しかったです。4日目は約16000歩で、4日間で合計10万歩を超えたけど腹廻りは痩せませんね!何故?(大笑)
次回は通常Sceneに戻って浅川左岸の一番橋から遡上して、長沼橋までの紹介です。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/12/03(水) 12:00:00|
  2. 京都・奈良

最新記事

カテゴリ

多摩川 (62)
多摩川に架かる橋--095 (1)
隅田川 (18)
隅田川に架かる橋--040 (1)
荒川 (59)
荒川に架かる橋----116 (1)
浅川 (14)
浅川に架かる橋----057 (1)
南浅川 (7)
南浅川に架かる橋--036 (1)
江戸川 (21)
江戸川に架かる橋--041 (1)
神田川 (18)
神田川に架かる橋--153 (1)
秋川 (15)
秋川に架かる橋----067 (1)
北秋川 (5)
北秋川に架かる橋--020 (1)
鶴見川 (21)
鶴見川に架かる橋--123 (1)
恩田川 (7)
恩田川に架かる橋--048 (1)
野川 (15)
野川に架かる橋----107 (1)
日本橋川 (5)
日本橋川に架かる橋031 (1)
相模川 (35)
相模川に架かる橋--159 (1)
玉川上水 (18)
玉川上水に架かる橋150 (1)
石神井川 (20)
石神井川に架かる橋179 (1)
入間川 (23)
入間川に架かる橋--109 (1)
高麗川 (5)
台湾-台北 (1)
ベトナム-ハノイ (2)
札幌雪まつり (2)
小樽 (1)
加茂水族館 (1)
弥彦温泉 (1)
寶川温泉 (1)
那須塩原温泉 (1)
日光 (2)
袋田の滝 (1)
秩父 (5)
川越 (2)
名栗渓谷鳥居観音 (1)
奥多摩 (2)
やまなみ五湖 (1)
忍野八海 (1)
鎌倉 (1)
横須賀港 (1)
三浦海岸 (1)
真鶴 (2)
伊東城ケ崎海岸 (1)
河津町 (1)
京都・奈良 (3)
大阪-関空と四天王寺 (1)
新宿御苑 (1)
三鷹国立天文台 (1)
神代植物公園 (2)
府中郷土の森博物館 (2)
昭和記念公園 (1)
川崎市立日本民家園 (1)
入間基地航空祭 (1)
横田基地日米友好祭 (2)
厚木基地日米親善春まつり (1)
その他 (8)

月別アーカイブ

カレンダー

11 | 2014/12 | 01
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

天気予報

東京の天気予報

東京の天気予報
-天気- -FC2-

検索フォーム

QRコード

QR

FC2カウンター

ご訪問 ありがとうございます。   リンクフリーです。