ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-128 荒川左岸 『和銅大橋』


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次回アップ予定:Scene-129 荒川右岸 『秩父セメント-ベルコン橋、旧秩父橋、秩父橋』(9/2 12:00)
今回は荒川左岸の栗谷瀬橋側道橋から遡上して、和銅大橋までの紹介です。栗谷瀬橋側道橋を通る埼玉県道37号皆野両神荒川線で荒川沿いに遡上し、300m程進むと埼玉県道44号秩父児玉線に分岐する角地に国神神社が在ります。境内の由緒案内によると、かつては金毘羅社、琴平神社と称し、創建は不詳ですが天正年間(1573~1592年)に北条の家臣、多比良丹波守忠平が此の地を領地としていた時に、武運長久を祈願して大物主神を勧請したと伝えられています。1907年(M40)に金崎上郷の各社を合祀して、社号を国神神社に改称しています。祭神:大物主神、他20柱、所在:秩父郡皆野町国神709。
 

県道37号に戻り500m程で曹洞宗寺院の長楽寺が右手に見えます。創建は不詳、山号:大渕山、本尊:観世音菩薩像、所在:秩父郡皆野町大渕115。
 

 

長楽寺の左手の坂道を300m程上ると、熊埜神社が在ります。創建は不詳、祭神:熊野権現、所在:秩父郡皆野町大渕82。入口鳥居は両部鳥居、狛犬は暑いので何処かに避暑に行った模様で不在でした。
 

県道37号を約1.2km進むと曹洞宗寺院の嶺松寺が在ります。創建及び本尊は不詳、所在:秩父郡皆野町大渕545。
 

荒川は此の付近で南東方向に90度向きを変えるので、県道37号から分岐する県道44号秩父児玉線で遡上です。200m程進み、荒川に合流する赤平川河口に架かる郷平橋を渡ります。正面が長瀞方向、左の山は宝登山です。
 

県道44号を400m程進むと、左手に梵の湯入口の看板が在りました。泉質は重曹泉だそうで、入って見たかったけど時間が無いのでパス(残念)。其の先に曹洞宗寺院の寶蔵寺の入口が見えます。創建は不詳、山号:龍樹山、本尊:地蔵菩薩像、所在:秩父市小柱331-2。
 

 

寶蔵寺前の道を挟んだ反対側200mに秋葉神社が在るので寄ります。道路脇の細道の先に鳥居が見えたので近くに行くと由緒案内板は在りますが、拝殿らしき建物が見当たりません。創建は不詳、先程の寶蔵寺が別当寺でした。祭神:秋葉山三尺坊威徳大権現、所在:秩父市小柱。代わりに細道に生えている柿と紫の花をパチリです。紫の花はリアトリスと云うキク科ユリアザミ属の多年草で、和名はキリンギク(麒麟菊)。ヒゲ状の穂状花序を付けます。
 

 

県道44号に戻り500m程進み蒔田川に架かる諏訪橋が渡ると、左手に秩父市蒔田の諏訪神社が在ります。創建は不詳、祭神:建御名方神、所在:秩父市蒔田5-1付近。
 

 

県道を更に800m程進み左手の細道を200m進むと尺土神社が在ります。森の中に在る神社で、入口が判りません。森の周囲を眺めながら進むと、漸く参道らしき入口を発見。此れ、判り難いね!森の中に入って行くと原木が芸術的に並んで居ます、椎茸の原木栽培らしいです。途中に山椒の実も成っています。山椒と云えば鰻の蒲焼、此処数年値段が高くて手が出ません。鰻、食いたいなぁ!尺土神社の創建、祭神は不詳、所在:秩父市寺尾211付近。
 

 

200m程南下し、荒川方向に300m進むと、今回最終地点の『#86和銅大橋』です。左岸の秩父市寺尾と右岸の秩父市黒谷とを結び、県道44号秩父児玉線と国道140号彩甲斐街道を結ぶ一般道が通ります。橋の名前は、右岸地区に在る和銅の露天堀産地からの命名です。下流側に縁石で区切られた歩道が付いています。橋の両側は木立ちに遮られており、撮影ポイントが見つかりませんでした。
 

 

 



名称:和銅大橋
構造種別:3径間鋼連続鈑桁
河口からの距離:117.2km
橋の長さ:143m
有効幅員:約10m
竣工:1981年(S56)





>>>後書き<<<
ブログスペースが余りましたので、秩父鉄道を走る蒸気機関車SL C58363(パレオエクスプレス)の紹介です。かつて東北地方などの旧国鉄で活躍し、1972年(S47)の引退後は吹上町立吹上小学校の校庭で展示保存されていましたが、1988年(S63)に開催された「さいたま博覧会」でのSL運行が決まり、前年に車籍を復活し現在も継続して運行されています。C58形は1938年(S13)から22年にかけて427両が製造された機関車で、現役運行しているのは秩父鉄道のSL C58363のみです。


愛称の「パレオ」は秩父地方に凡そ2000万年前に生息していた海獣パレオパラドキシアに因んだ名前で、乗車には乗車券の他に「SL座席指定券」700円、又は「SL整理券」500円が必要です、稀に蒸気機関車に不具合が発生して電気機関車による牽引になった場合は、普通乗車券のみで乗れます。運行は通年の土日祝日と、年始、夏休み期間中の木金曜日に限定されており、開催イベントや記念日、企業タイアップなどに応じて様々な種類のヘッドマークが付けられています。


動輪直径は1520mmが3輪で、C57程スピードは出ず、D51の様な重い物は運べません。エクスプレスの名前が付いていますが、熊谷駅発のC58は途中の寄居駅と秩父駅で後続の各駅停車に抜かれます(笑)。ナンバープレートのアルファベットや数字は機関車の形や大きさを表しており、Cは動輪数が3つ付いた機関車(Bは2輪、Dは4輪、Eは5輪)、58は運転室の後ろに炭水車を連結している大型機関車で8番目の形(50~90番台が此のタイプで、10~40番台が運転室と炭水車が一体型の小型機関車)、363はC58形の363番目に作られた機関車を意味します。終点の三峰口駅ではSL転車台により、方向を変えて熊谷行に折り返しますが、其のシーンは後半のScene-137辺りで紹介します。



    機関車型式名:C58363
    機関車重量:58.7Ton(空車時53.6Ton)
    炭水車重量:41.5Ton(空車時18.5Ton)
    台車形式:先台車LT-127、縦台車LT-155
    最大寸法:18275L×2936W×3940Hmm
    シリンダ牽引力:12570kg
    ボイラーの圧力:16kg/cm2




序にもう一つ。先日ミニトマトの安売りが有り、オイル漬けを作りました。先ずミニトマトを横割りしてヘタを取り、切り口を上にしてザルに並べて塩をパラパラ、胡瓜も一緒に3日程天日干しで半分位の大きさにします。広口瓶にドライトマト、ドライ胡瓜、パプリカ、大蒜、香草(ローズマリー)と一緒にオリーブオイルを入れて1週間程冷蔵庫で漬けるだけで完成です。冷蔵庫保存するのでオリーブオイルだけだと固まってしまうので、シーズオイルを多めに混ぜてあります。早速、パスタで味見です。茹でたパスタにオイルを捨てたツナ缶と、オイル漬けの油を少し混ぜて塩胡椒で味付け、オイル漬けをトッピングして完成。粉チーズを掛けて食べましたが、トマトと胡瓜の味が凝縮して甘みが半端無い旨みに変わっていて上出来でした。パンに乗せて食べても美味しいですよ。
 

今週の東京は太陽が見えない天候で、雨も降り肌寒い陽気でしたが、来週からは日差しも復活し30℃前後の動き廻るには最適な条件になるので、遡上範囲を広げます。次回は荒川右岸の新皆野橋から遡上して、秩父セメント-ベルコン橋、旧秩父橋、秩父橋までの紹介です。

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  1. 2014/08/29(金) 12:00:00|
  2. 荒川

Scene-127 荒川右岸 『皆野橋、新皆野橋』


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次回アップ予定:Scene-128 荒川左岸 『和銅大橋』(8/29 12:00)
今回は荒川右岸の親鼻橋から遡上して、皆野橋、新皆野橋までの紹介です。スタートは秩父鉄道の親鼻駅なので、南武線立川から拝島、東飯能、西武秩父、御花畑を経由して親鼻駅。乗り換えは多いけど2時間程で着き、早朝移動なので車内はガラガラ、貸し切り状態です。親鼻駅は1日の乗車人員が300名程の長閑なローカル駅で、駅前にはお店が在りません(今日は、自宅からパン持参なので大丈夫だよ~ん)。
 

親鼻駅前を通る埼玉県道37号皆野両神荒川線沿いに、800m程進むと右手に真言宗智山派寺院の圓明寺が在ります。創建は不詳、関東地蔵札所の第十五番札所です。山号:歓喜山、所在:秩父郡皆野町皆野1331-1。
 

 

圓明寺前の国道を1.2km程進むと、荒川に架かる『#84皆野橋』に出ます。荒川左岸の秩父市小柱と右岸の秩父郡皆野町とを結び、埼玉県皆野町-秩父市 県道43号線が通ります。1935年(S10)まで大濱の渡しが在った場所で、下流方向右上に見える山は、前回紹介した宝登山神社由来の宝登山です。
 

 

 



名称:皆野橋
構造種別:3径間PCアーチ
河口からの距離:114.4km
橋の長さ:105m
有効幅員:5.5m
竣工:1935年(S10)





皆野橋から国道を200m程戻り右の小道を100m程入ると、秩父七福神巡りに指定されている真言宗智山派寺院の大黒天圓福寺が在ります。創建は不詳、将門の開基と伝えてられています。本尊:阿弥陀如来像、本尊は1782年(天明1)の紀年銘が在り、皆野町の有形文化財に指定されています。所在:秩父郡皆野町皆野293。
 

 

圓福寺前の小道を300m程進むと、椋(むく)神社が在ります。椋神社は延喜式神名帳に掲載された武蔵国秩父郡の式内社で同名社が秩父郡市内に5社を数え、此方は皆野椋神社と呼ばれており、111年(景行天皇41)に日本武尊が東征の折に創建したと云われています。祭神:猿田彦命ほか、所在:秩父郡皆野町皆野238。入口に赤く聳える明神鳥居、二の鳥居は両部鳥居です。山沿いには白い雲が流れているけど、頭上はピーカン天気でアチチです。撮影的には青空が綺麗に映えて良い絵が撮れるけど、体には堪えますね。神社内の木陰で小休止です。
 

 

 

秩父は武甲山の伏流水による湧水が豊富に在り、さらに大豆と麦の産地でも在る事から味噌造りが有名で、椋神社の大鳥居脇にも秩父味噌の醸造工場が在りました。新井武平商店で、1985年(S60)まで使用されていた味噌の仕込み用大樽(六尺桶)が敷地内に展示されています。傍らに売店も在り、店内を覗いていると冷たい麦茶のサービス。こりゃあ何か買わないといけないかな(笑)、と云う事で麦味噌に切り刻んだ茄子、生姜を混ぜた「秩父おなめ」をお買い上げです。名前は箸を舐める程美味しい事からの由来です。瓶入りでも良かったんですが、嵩張るので小箱(¥432)にしました。所在:秩父郡皆野町皆野573-2。あれれ、売店の写真も撮ったと思ったのですが、在りませんでした(暑さボケ)。
 

300m程進むと国道140号皆野秩父バイパスと交差し、右手に進むと今回最終地点の『#85新皆野橋』に到着です。荒川左岸の秩父市小柱と右岸の秩父郡皆野町とを結び、国道140号皆野秩父バイパスが通ります。左岸橋詰め付近民家にサルスベリ(百日紅=ヒャクジツコウ)が綺麗に咲いています。
 

将来的には皆野有料道路との接続が予定されており、新皆野橋の上流側に新しい橋が架けられています。唯、開通は未定で、橋には未だ橋梁灯も付いていない状態です。
 

 

 



名称:新皆野橋
構造種別:5径間連続PC箱桁
河口からの距離:115.3km
橋の長さ:489m
有効幅員:約10m
竣工:2010年(H22)





>>>後書き<<<
暑くなると「冷やし中華はじめました」の張り紙が目に付きますね。我家では、季節感無く年がら年中好きで食べています。ブログスペースが余ったので、此処数箇月に食べた冷やし中華のバリエーションを紹介します。炒め物のオカズが残った時は便利です、海藻サラダもトマトもヘルシーで旨いですよ。


タレが同類のもずく酢もアリです。大根おろしにオクラと生姜を切り刻み、梅干し造りの副産物である梅紫蘇酢を加えるとサッパリ感が増して美味です。


野菜も摂らないといけないので、ニラもやし、ピーマン炒め、ダイレクトにベビーリーフ等も偶に入れます。


序に昨日、打ち上げられた第32回調布市花火大会は自宅から徒歩15分程で見られるので、前年に引き続き撮影して来ましたので比較的良く撮れた絵を紹介します(絵は打ち上げ順です)。








次回は荒川左岸の栗谷瀬橋側道橋から遡上して、和銅大橋までの紹介です。

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  1. 2014/08/25(月) 12:00:00|
  2. 荒川

Scene-126 荒川左岸 『栗谷瀬橋、栗谷瀬橋側道橋』


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次回アップ予定:Scene-127 荒川右岸 『皆野橋、新皆野橋』(8/25 12:00)
今回は荒川左岸の金石水管橋から遡上して、栗谷瀬橋、栗谷瀬橋側道橋までの紹介です。荒川の左岸側300mに並行して走る国道140号で遡上します。600m程南下すると右手に白山神社が在るので寄ります。地図では100m程の山中に在るのですが、写真の様に山裾に鳥居と拝殿が鎮座しています。創建は不詳、祭神:菊理媛大神、所在:秩父郡長瀞町長瀞246付近。
 

拝殿の裏に超長い石段が続いています。上に本殿が在るのかな?スタートしたばかりでパワー満タンなので上がるか、ざっと100段位を登ります、あちゃ~下から見えた100段目辺りは中間の踊場で未だ同じ位の石段が続いています。急に疲れが出て、此処で小休止。石段の脇に赤いキノコ発見、色から見て絶対に毒キノコだと思ったけど、後で検索したらタマゴタケと云う食用可能なキノコで美味しいとの事です。だけど判っていても手が出ない色だよね(怖)。何とか頂上まで辿り着くと、拝殿跡らしき石垣が残っているので麓の拝殿に遷座した模様で、石垣脇には境内社らしき小さな祠が残っています。参道の石段、下りもキツイね、石段を数えながらユックリと降りたら207段も在りました。
 

 

 

拝殿手前の稲荷社脇に珍しい花が咲いています、ヘメロカリスと云う花で夜会と云う品種です。ヘメロカリスはユリ科の多年草でニッコウキスゲやヤブカンゾウの仲間ですね。隣にはサクラソウも、秩父の山に近いので開花が二月程ずれています。
 

白山神社から国道140号に戻る途中に真言宗智山派寺院の光安寺が在ります。本堂再建記念碑によると、1120年(保安1)に元壽法印による開山としています。山号:白雲山、院号:福寿院、本尊:十一面観世音菩薩像、所在:秩父郡長瀞町長瀞235。
 

光安寺前の道を400m程南下すると、秩父鉄道長瀞駅前から続く宝登山神社の参道に出ます。参道入り口には1956年(S31)奉納のデカイ明神鳥居が聳えています。此処から宝登山神社までは800m程離れていますが、秩父三大神社の一つなので寄ります。因みに残りの二つは秩父神社と三峯神社です。参道入り口鳥居から100m程、右手に1890年(M23)創業の長瀞阿左美冷蔵が見えます。長瀞の天然氷を使用した、かき氷で有名な専門店で只今満席でした。2軒隣にサル劇場が在ります、平日はCLOSEです。
 

 

400m程参道を進むと1935年(S10)奉納二の鳥居が在り、左に手水舎、石段参道の上に拝殿が見えます。境内の由緒案内によると、約1900年前の111年(景行天皇41)、日本武尊が東征の際、遥拝の為に山頂に向っている途中で山火事に遭遇し進退窮まった時に、多くの巨犬が現れて火を消し止めて、尊を助けた事から火止山の名が起き、後に宝登山と改称しています。後に、巨犬は大山祇神の神犬であった事を知り、防火守護の為に火産霊神を拝し、山麓に社殿を建て神武天皇、山の神、火の神を祀ったのが始まりと伝えられています。祭神:神日本磐余彦尊(神武天皇)、大山祗神、火産霊神、所在:秩父郡長瀞町長瀞1828。狛犬は1937年(S12)の奉納です。
 

 

 

拝殿等は2010年(H21)に大改修が行なわれ、彫刻に彩色を施して創建当時の姿に復興しているので、拝殿唐破風妻飾りや、欄間には日光東照宮の廻廊に負けず劣らずの極彩色の彫り物が見られますよ。拝殿両側の欄間には、二十四孝(中国に昔から伝わる24の孝行話)の内の8話が彫刻されています。拝殿の脇障子には三国志などの中国古典の逸話として、左側には趙雲愛馬白龍を駆る赤壁の闘い、右側に赤兎馬を駆る関羽が彫られています。本殿脇にも在りましたが、正面からの撮影ポイントが在りませんでした(残念)。
 

 

 

 

長瀞駅方面に戻り、長瀞岩畳が広がる荒川河川敷へ出ます。駅前に長瀞ライン下りの発券場が在り、此処からもBコース(クーポン利用で¥1400)で乗れます。長瀞駅前の踏切を渡ると駅構内に電気機関車(デキ500形)が停車しています。秩父鉄道では鉱石運搬用の機関車が計18両程在り、旅客ダイヤの隙間を縫う様に頻繁に運行されています。此処から河川敷までの道は両側にお土産屋が連なり、有名な豆の大沢屋も在りましたが、お土産として買ったのは野沢菜やフキ、茎山葵が入った「山菜わさび」と、香ばしい焼ネギと皆野町名物の麦味噌を和えた「深谷焼ネギ秩父味噌」、両方ともに本体価格¥500でした。
 

 

 

河川敷は一面の岩畳ですが足場は平らな岩が続き、散策コースも在り絶景です。紅葉のシーズンだったら最高でしたけどね(惜)。
 

 

長瀞駅前に戻り国道140号彩甲斐街道で遡上を継続します。駅前から500m程で左手に竃三桂(かまどみはしら)神社が在ります。創建、祭神等は不詳、境内社:稲荷社、所在:秩父郡長瀞町長瀞1013近辺。狐様は1991年(H3)の奉納です。
 

 

竃三桂神社から150m先の道路右側に長さ4m程のデッカイ草鞋(わらじ)が立っています。お精進と呼ばれる疫病除けの民俗行事で使用される大草鞋です、内容は説明文をどうぞ。
 

大草鞋が在った場所から200m程進むと、秩父鉄道の上長瀞駅が左に見えます。駅前の下り坂を進んで行くと荒川の河川敷に出られます。此処からは秩鉄橋梁が良く見える撮影スポットで休日は混雑するそうです。川幅が狭くなる場所で流れも速く、カヤックやラフティングの絶好ポイントでカヤックによる縦回転(舳を水中に突っ込み、水中で回転する技)をトライしていました。連続モードで撮った一部を載せますが見事ですね。ラフティングも駅から来る途中に施設が在り、150分¥7000で体験出来ますよ。帰りは送迎バスで戻り、ボートもトラックで帰還です。ライン下りよりもコッチの方が楽しそうだな!
 

 

 

 

河川沿いの道に戻り600m程進むと金崎神社が在ります。創建は不詳、祭神:知知夫彦命、所在:秩父郡皆野町金崎109。
 

川沿いの道を約1km進むと、今回最終地点の『#82栗谷瀬橋』と『#83栗谷瀬橋側道橋』に到着です。栗谷瀬橋のトラスは、利根川の昭和橋に架かっていた4連トラスの内、2連を転用したもので、荒川右岸の皆野町皆野と左岸の皆野町金崎とを結び、県道37号皆野両神荒川線が通ります。周囲は河岸段丘となっていて河道との標高差が在るので河川堤防は在りません。架橋前は1957年(S32)まで栗谷瀬の渡しが在った場所です。
 

 

 



名称:栗谷瀬橋
構造種別:2径間下路曲弦ワーレントラス
構造種別:1径間連続鋼鈑桁(右岸側)
河口からの距離:112.6km
橋の長さ:159.4m
有効幅員:5.5m
竣工:1963年(S38)




栗谷瀬橋の上流20m程の位置に並行して架かるのが、栗谷瀬橋側道橋です。上流方向の山並み中央付近が荒川の始点になり、残りは60km程です。
 

栗谷瀬橋が架橋された際には歩道が無く、16年後に上流に人道専用の側道橋が架橋されています。
 

 

 



名称:栗谷瀬橋側道橋
構造種別:3径間鋼連続箱桁
河口からの距離:112.6km
橋の長さ:約170m
有効幅員:約4m
竣工:1979年(S54)





>>>後書き<<<
長瀞で買ったお土産、早速試しました。山菜山葵はワサビの刺激を抑えた辛さだけど香りは最高、焼き鳥に付けて食べると美味です。秩父味噌は甘辛く、野菜などの炒め物の味付け用に重宝できますし、其のままでも美味しく、冷奴に乗せても、白ご飯のお供にも最適でした。秩父味噌最高!又、買ってこようっと!!話が変わりますが、保冷温タンブラー、今まで色々買いましたが写真のタンブラー(通販Cecileで¥1058)は氷をガンガン入れても結露せず、コースター不要の優れものです。当然、熱い物を入れても其のまま持てるし最高です。
 

 

今回は長文になり、最後までご覧戴きありがとうございました。宝登山神社、秩父三大神社の一つと云われるだけに、見応えの在る神社でしたね。残りの秩父神社は遡上途中に在るので寄る予定ですが、三峯神社は奥山で8km程離れているのでどうするかな?見応えは在るので、取敢えず保留にして置きますか。
次回は荒川右岸の親鼻橋から遡上して、皆野橋、新皆野橋までの紹介です。

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  1. 2014/08/21(木) 12:00:00|
  2. 荒川

Scene-125 荒川右岸 『秩父鉄道荒川橋梁、親鼻橋』


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次回アップ予定:Scene-126 荒川左岸 『栗谷瀬橋、栗谷瀬橋側道橋』(8/21 12:00)
今回は荒川右岸の高砂橋から遡上して、秩父鉄道荒川橋梁、親鼻橋までの紹介で、高砂橋から荒川右岸沿いに走る埼玉県道82号長瀞玉淀自然公園線で遡上します。100m程進むと、臨済宗妙心寺派寺院の法善寺が在ります。入口の由緒案内によると、鉢形の泉福寺末で初代天神山城主藤田右衛門佐康邦が開基となり創建したと云われています。法善寺は長瀞秋の七草寺巡りの一つで、此のお寺には藤袴が植えられています。本尊:阿弥陀如来像、山号:金嶽山、所在:秩父郡長瀞町井戸476。藤袴は8月~10月頃が時期なので未だ花は見られませんでした。代わりにヘアブラシの様な雄蕊(おしべ)が密集している黄色い花が満開でした。初めて見る花です、帰宅して画像検索して見ましたが、雄蕊の色が違うけど一番似ているのがビヨウヤナギでした。
 

 

 

法善寺から約1km南下すると真言宗智山派寺院の積蔵院が在ります。開山は600年前と云われていますが、古文書などが消失している為、不詳です。山号:岩倉山、本尊:大日如来像、所在:秩父郡長瀞町井戸897-1。参道脇には虹系のヤマアジサイが見頃でした。
 

 

県道82号線を更に400m南下すると長瀞トンネル(600m)の手前右に春日神社が在ります。境内の由緒案内によると創建は不詳ですが、長瀞町内に在る春日三社の一つで江戸末期頃の建立と伝えられています。祭神:天児屋根命、武甕槌命、斎主神、比賣神、所在:秩父郡長瀞町井戸1222。迂回する様にトンネル脇に旧道が荒川沿いに続いていますので、此方側を進みます。
 

 

旧道と云う名前が付いているけど、路面は石畳みで歩き易く整備されています。右側は断崖となり、下を覗くと長瀞の岩畳が見えます。長瀞の名所である岩畳は次回に詳しく紹介します。
 

旧道は600m程で再び県道82号線に合流し、1.5km程で赤城大神社の赤い明神鳥居が左手に見えます。境内の由緒案内によると、第十代崇神天皇の皇子である豊城入彦命が遊猟の際、当地で休憩した際に村の鎮守として大山祇神、大己貴命を祀ったのが始まりと伝えられています。其の後、日本武尊が参拝した際に豊城入彦命を合祀しています。祭神:大山祇神、大己貴命、豊城入彦命、所在:秩父郡皆野町下田野919。境内脇には社叢(しゃそう)と呼ばれる神社の森が在り、樹齢200年を超すイロハモミジやイタヤカエデ、アカシデ等の大木が沢山在り、皆野町の天然記念物に指定されています。
 

 

赤城大神社から荒川沿いの一般道に戻り300m程進むと秩父鉄道の踏切が在り右に100mが荒川橋梁なのですが、此処からは全体が見えないので後で紹介します。地図では左手100m程に真言宗豊山派寺院の西福寺が在ります。暫くお寺を探しましたが、民家と間違うような本堂が在りました。違っていたらゴメンナサイです。創建、本尊等は不詳。所在:秩父郡皆野町下田野1224-1。
 

先程の踏切から500m程進むと、『#81親鼻橋』の南詰めから長瀞ライン下り乗場へ降りられますので、此処から『#80秩父鉄道荒川橋梁』を紹介します。右岸側の秩父郡皆野町と秩父郡長瀞町との間に位置する、1914年(T3)に架橋されたイギリス積みで組まれた煉瓦造りの古い橋梁で高さは約20m。橋脚は最上段がコンクリート製になっていますが、此れは後年の補修によるもので元々は4段目も煉瓦製でした。河原には変成岩だらけで縞模様が芸術的で、暫し電車の通過を待ちながら昼食休憩です。川には魚影が濃いのか、多くの川鵜やオオサギも昼食の餌狙いです。
 

 

 

秩父鉄道荒川橋梁は荒川右岸側の秩父鉄道親鼻駅と左岸側の上長瀞駅との間に在り、最寄り駅は上長瀞駅で此処から約200mです。下流と上流方向の絵は勿論、車窓からで、上流に見える橋が親鼻橋です。
 

秩父鉄道は武甲山で採石される石灰岩の輸送用に敷設された路線で、現在も鉱石運搬用ホッパ車が頻繁に運行しています。又、秩父鉄道名物のSL(C58-363)は、通年の土日と、夏休み期間の平日(木、金)のみ1日1往復で運行されていますので、ダイヤに合わせて遡上。河原からバシャッ×2。SLパレオEXPは此の先、運行時刻を確認すれば何回か出会えますので、其の時に紹介します。
 

 

 



名称:秩父鉄道荒川橋梁
構造種別:10径間連続鋼鈑桁
河口からの距離:110.8km
橋の長さ:167m
軌道:単線
竣工:1914年(T3)





秩父鉄道橋梁の上流500mに架かるのが親鼻橋です。荒川右岸側の秩父郡皆野町皆野と左岸側の秩父郡皆野町金崎とを繋ぎ、国道140号が通ります。右岸側の橋詰めには旧親鼻橋の親柱が残っています。橋下の河原へは車でも降りられ、長瀞ライン下りの乗船場が在ります。尚、ライン下りの乗船券売り場は長瀞駅付近に在り、其処から送迎バスで此処まで来ますので注意です。橋の上流右岸側には世界で最も美しいと云われている紅簾石(こうれんせき)片岩が露出していて、直径2m程の最大級の甌穴(おうけつ:岩の窪みや割れ目に入った小石が過流で回転して岩盤を削り、次第に円形の穴が深く成長したもの)が見られます。
 

 

歩道は上流側のみに設置されていますが当初は、歩道は無く、下流で紹介した高砂橋と同様に、後に上流側に橋脚を拡幅して其処に歩道専用の橋が増設されています。両岸は河岸段丘で、堤防などの河川設備は在りません。
 

架橋前は親鼻の渡しと呼ばれる私設の渡船場が対岸を結んでいた場所で、1902年(M35)に木造上路トラス橋が紅簾片岩の真上に架けられ、1914年(T3)に同形式の橋に架け替えられています。其の後、50m下流側に現在の親鼻橋が架橋されています。
 

 

 



名称:親鼻橋
構造種別:3径間連続鋼鈑桁
構造種別:3径間連続鋼箱桁(側道橋)
河口からの距離:111.3km
橋の長さ:110.8m
有効幅員:7m
竣工:1957年(S32)




>>>後書き<<<
荒川遡上で対象とした橋の数は116橋梁で、今回の親鼻橋が81橋梁目なので残り35橋梁。距離的には現在111.3km(地図の赤丸位置)なので遡上進捗率は約65%です。終着点まで後少しと思っていましたが、数値的にはまだまだ残っていましたね。今月も夏日が続いているので、比較的涼しい午前中に動けるように始発電車(4:46発)で出掛けて、7時頃から遡上しています(眠)。


次回は荒川左岸の金石水管橋から遡上して、栗谷瀬橋、栗谷瀬橋側道橋までの紹介です。

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  1. 2014/08/17(日) 12:00:00|
  2. 荒川

Scene-124 荒川左岸 『金石水管橋』


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次回アップ予定:Scene-125 荒川右岸 『秩父鉄道荒川橋梁、親鼻橋』(8/17 12:00)
今回は荒川左岸の白鳥橋から遡上して、金石水管橋までの紹介です。白鳥橋から300m先に秩父鉄道の樋口駅が在り、今回は此処からのスタートです。因みに樋口駅に自宅から行くルートは3つ程選択可能で、今回は時間優先のJR武蔵野線北朝霞経由、東武東上線で寄居駅、父鉄に乗換えて2時間20分(¥1570)のルートで7:22に到着です。但し、寄居駅での東武東上線と父鉄の発着は1時間に2、3本なので乗り換えのタイミングが合わないと40分程待たされます(田舎)。樋口駅ホームから目の前の長瀞第二小学校の塀に「-水-」の看板が見えます。説明文によると、1742年(寛保2)の洪水で増水した時の水位を示すそうで、小学校の裏には寛保洪水位磨崖標が在り、圓福寺も傍に在るので寄ります。
 

寛保の江戸大洪水は4昼夜連続の豪雨により秩父郡長瀞町野上下郷では、荒川の水位が60尺(約18m)上昇して辺り一帯が水没。増水時の水位を崖に「水」と刻んだ、洪水位磨崖標は洪水史の貴重な記録として埼玉県の有形文化財に指定されています。保護区柵の外からなので、雑草に埋もれて「水」の刻みは確認出来ませんが、「水」の下には、寛保二年壬戌八月十日、亥刻大川水印迄と刻まれています。洪水位標脇の道を30m程上がっていくと、新義真言宗智山派寺院の圓福寺です。創建は不詳、山号:瀧之山、院号:彌陀院、本尊:大日如来像、所在:秩父郡長瀞町野上下郷1010。
 

 

長瀞第二小学校脇の裏道沿いに200m程進むと、瀧野神社の社号標が建っています。鳥居は、あっちゃ~、長い参道石段の上に見えます。創建は不詳ですが、先程の寛保の大洪水時に流されて現在地に遷座しているので歴史在る神社で宝登山神社の管轄社です。久し振りの階段登り、キツイす(汗)。祭神:日本武尊、所在:秩父郡長瀞町野上下郷1218。境内社:諏訪神社、琴平神社、白山神社、天満天神社。鳥居は1975年(S50)奉納の明神鳥居です。
 

 

 

瀧野神社前の国道140号彩甲斐街道に出て1km程進むと、右手に真言宗智山派寺院の光明寺が在ります。創建、本尊は不詳、山号:宮澤山、所在:秩父郡長瀞町野上下郷1952-1。2002年(H14)に瓶に入った小判38枚が境内で発見されたそうです。黄金に輝く不動明王像、純金!な訳ないよね、触ってみたら金色塗装でした(笑)。
 

 

 

光明寺入口前の国道140号を渡って100mの位置に下野上神社が在ります。途中の秩父鉄道踏切を渡ると、「危ない!、左右を良く見て渡りましょう」と、警報音が流れます。勿論、渡る時には左右を確認していますが、渡り終えてから警報が突然出るのでビックリ、イラッとします。秩父鉄道線路の70kmには此の様な第4種踏切(遮断機と警報機の無い踏切)が100箇所近く在り、接近センサーが反応して音声ガイドが流れますが、此処のセンサーは反対側の見通しの悪い方向から用ですね。下野上神社は、かつて貴布弥神社、貴船神社と呼ばれていて1879年(M12)に下野上神社と改称されています。祭神:高龗神、罔象女神、所在:秩父郡長瀞町野上下郷2046。宝登山神社の管轄社です。
 

 

 

国道140号に戻り600m程進み、交差する埼玉県道287号長瀞児玉線を左折して300m先に天照皇大神の神明鳥居が見えます。創建は不詳、祭神:天照皇大神、所在:秩父郡長瀞町中野上。狛犬は1961年(S36)の奉納です。
 

 

更に県道287号を400m程進むと、真言宗智山派寺院の多宝寺です。英明法印が開山となり1321年(元享1)に創建したと云われています。多宝寺は長瀞秋の七草寺巡りの一つで、此のお寺には桔梗が植えられており、寺院脇の桔梗畑ではチラホラと咲いています。山号:金王山、院号:観音院、本尊:十一面観世音菩薩像、所在:秩父郡長瀞町本野上40-1。
 

 

 

多宝寺から南へ200m、前回紹介の高砂橋の橋詰めに天台宗比叡山別院の妙音寺弁財天が在ります。入口の由来案内によると、新潟の海で網に掛かった体内佛を浅草寺住職に見て戴いたら、立派なものなので仏像を造って納めるように言われ比叡山生田僧正を紹介され、比叡山守護神の分身として弁財天を彫って祀ったとの事です。山号:高砂山、所在:秩父郡長瀞町本野上109-3。
 

妙音寺弁財天から県道287号の延長路を600m程南下すると、真言宗智山派寺院の真性寺が在ります。皇極天皇の御代、646年(大化2)の創建と伝えられる古刹です。此のお寺も長瀞秋の七草寺巡りの一つで、此処には女郎花(オミナエシ)が植えられています。境内には高さ3m程の中世(凡そ鎌倉時代~安土桃山時代)に造られた板石塔婆が立っています。其の石の色から青石塔婆とも呼ばれており、長瀞町では、前々回紹介した野上下郷の石塔婆に次ぐ2番目の大きさで、町の有形文化財に指定されています。山号:東谷山、本尊:不動明王像他、所在:秩父郡長瀞町本野上436。
 

真性寺から200m南下すると、左手に今回最終地点の『#79金石水管橋』へ続く細道が在ります。荒川左岸の秩父郡長瀞町本野上と右岸の秩父郡長瀞町井戸とを結び、人道専用の歩道橋が併設されています。右岸側には長瀞オートキャンプ場が在り、上流方向には鶴沢からの沢水が一旦、溜池に溜まり荒川に注いでいます。沢水は凄く綺麗で冷たく、此処で体を冷まし暫し休憩です。目の前には長瀞ライン下りの船が通り、左岸側の撮影ポイントに向かって、はいチーズ!です。
 

 

 

金石水管橋の下は長瀞渓谷の略中間点で、両岸の木々の中を気持ち良さそうにライン下りが流れて行きます。下流方向には白波が目立ち浅くなっているけど、どのルートで進むのかな?
 

 

かつて下流の高砂橋から上流の親鼻橋までの4km区間には橋が無く、右岸側から左岸の長瀞第一小学校へ通う道として、歩道橋が付帯された水管橋が架橋されたそうです。場所は金石の渡しが在った場所で、金石水管橋が架橋される1981年(S56)まで渡船が使われていました。
 

 

 



名称:金石水管橋
構造種別:3径間鋼連続箱桁
河口からの距離:108km
橋の長さ:157.5m
有効幅員:3.2m
付帯設備:水道管φ350mm
竣工:1981年(S56)




>>>後書き<<<
暑いので冷たい料理がないか探していたら、MoMAさんレシピに「冷汁」が在り、マネて見ました。材料は、鯖の水煮缶、スライス胡瓜の塩もみ、炒胡麻、茗荷、少しアレンジして味噌を焼いて、湯掻いたナメコを追加しました。冷ましたご飯に鯖の水煮を乗せて、冷蔵で冷やした冷汁をぶっ掛けて完成。サラサラ、ツルツル、シャキシャキと様々な食感のハーモニーが最高です。焼味噌の香りも良く食が進んで、オカワリ。又、作って見ます。単品だと寂しいので鶏のバジルソテーを追加しました(笑)。
 

今年の8月11日は満月で、最も月が35万7000kmと地球に近づく、スーパームーンだそうです。生憎と11日午前3時09分の満月は台風11号の影響で撮れなかったので、20時間遅れのお月様を夜景モードで撮影しました。若干、右端が影っています。因みに大きさは約14%増、明るさは30%増との事です。次回は9月9日です。
 

次回は荒川右岸の高砂橋から遡上して、秩父鉄道荒川橋梁、親鼻橋までの紹介です。

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  1. 2014/08/13(水) 12:00:00|
  2. 荒川

Scene-123 荒川右岸 『高砂橋』


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次回アップ予定:Scene-124 荒川左岸 『金石水管橋』(8/13 12:00)
今回は荒川右岸のJR八高線荒川橋梁から遡上して、高砂橋までの紹介です。此の付近は荒川沿いに遊歩道などが無いので、一般道で遡上します。先ずはJR八高線から西に400m程進み、真言宗智山派寺院の常光寺から寄ります。創建は不詳、山号:法雲山、本尊:阿弥陀如来像、所在:大里郡寄居町折原 605。境内にガクアジサイが綺麗に咲いています。
 

 

 

常光寺の裏手の細道を100m程進むと、佐太彦神社が在ります。創建は不詳、入口の明神鳥居は屋根付きで、増水による流失を防ぐ為なのか裾周りが固定され、更に鎖で繋がれています。現在の神社境内標高は荒川の水面から18m程なので、昔は荒川の川底が今ほど洗掘されていなかった事が想像出来ます。狛犬は1939年(S14)の奉納です。祭神:猿田彦大神、所在:大里郡寄居町折原615。
 

 

 

常光寺に戻り西に100m程進むと、高野山真言宗寺院の西林寺が在ります。創建は不詳、山号:稲荷山、所在:大里郡寄居町折原800。
 

此の先の右岸沿いは山で荒川に沿う道が在りません。なので前回紹介の折原橋を渡って左岸沿いに、寄居橋までの2km対岸を迂回して寄居橋から右岸に回り込むと、寄居橋の西詰めに白髭神社が鎮座しています。神社入口脇には殿蔵の渡し跡の案内板が立っていました。架橋前には右岸側の金尾山城と対岸の屋敷町との往来に使われていたそうで、現在は玉淀ダムにより玉淀湖に水没しています。白髭神社の創建は不詳で、境内の由緒案内によると、金尾の鎮守で、清寧天皇(白髪大倭根子命)を祀り、猿田彦命、大己貴命、保食神、菅原道真公が合祀されています。境内社・金比羅神社、八坂神社他、所在:大里郡寄居町金尾256-1。
 

 

 

白髭神社の脇を通る埼玉県道82号長瀞玉淀自然公園線で300m程進むと、左手に真言宗智山派寺院の伝蔵院の入口が見えます。伝蔵院は鉢形城の支城であった金尾山城の麓に在り、城主金尾氏の居館跡とされています。創建は不詳、山号:金尾山、所在:大里郡寄居町金尾216-1。
 

伝蔵院から先の県道は山の中を抜けるだけなので1.5km先の長瀞町までスルーして、長瀞町岩田の真言宗智山派寺院の満光寺に寄ります。創建は不詳、本尊:大日如来像、所在:秩父郡長瀞町岩田870。
 

途中の民家の軒先に燕の巣が在りました。最近都会では見る機会が少なりましたが、地方では餌も多く環境が良いのか多く見られます。巣の中に4羽居ましたが、中央の1羽は他の兄弟に邪魔されて発育が遅れている見たいです(頑張れ)。
 

満光寺から南西300mに臨済宗妙心寺派寺院の道光寺が在ります。道光寺は長瀞町の「秋の七草寺巡り」に指定されているお寺で、此処には35種類程の尾花(ススキ)が植えられています。約500年前に創建された禅宗の寺で、室町時代後期から戦国時代に寄居町に在る泉福寺の末寺でした。本尊:釈迦如来像、所在:秩父郡長瀞町岩田735。因みに残りの七草寺は、洞昌院:萩、遍照寺:葛、不動寺:撫子、真性寺:女郎花、法善寺:藤袴、多宝寺:桔梗です。
 

 

道光寺前を走る埼玉県道82号で1.6km走り、白鳥神社に寄ります。境内の由緒案内によると、元慶年中(877~885年)に武蔵七党「丹党」の岩田武信が勧請し白鳥天神宮と称し祀ったのが始まりと云われており、1876年(M9)に白鳥神社と改称しています。祭神:菅原道真公、日本武尊、埴山姫命、所在:秩父郡長瀞町岩田1881。
 

 

白鳥神社前の埼玉県道82号を更に600m程進むと、道の左側に大手桜の看板が在りました。大手桜は読んで字の如く、天神山城の大手門に在った桜と解されています。別名「物見の桜」とも呼ばれているエドヒガン桜で、現在の桜樹は二代目と云われ、樹齢200年以上と推定されています。傍らに山からの湧き水が噴出しています。汗でしょっぱい腕と顔を洗浄です、ヒンヤリとした湧き水で腕を漬けていると痺れる位の冷たさで、生き返ります。
 

700m程進むと埼玉県道287号長瀞児玉線にぶつかります。右折して200mで、今回最終地点の『#78高砂橋』に到着。上流側に側道橋が増設されています。此の付近は上流の親鼻橋下から出ている船下り(長瀞ライン下り)が有名な場所で、高砂橋の下流300mが終点になっています。
 

 

 



名称:高砂橋
構造種別:3径間連続鋼鈑桁
河口からの距離:107.2km
橋の長さ:105m
有効幅員:6m
竣工:不明





>>>後書き<<<
8月に入り夏真っ盛り。猛暑日が続き、外出する時に躊躇しますよね。暑い時に必要なミネラル補給に梅干しが最適ですが、6月上旬に漬けた梅干しが完成しました。梅雨明け後に3日間天日干しした普通の梅干しと、赤紫蘇に約2箇月漬けた紫蘇漬け梅、良い具合に仕上がりました。役目を終えた赤紫蘇も天日干しでカラカラに乾燥し電動ミルに10秒掛けて赤紫蘇の、ゆかりフリカケも完成。天日干し1週間のカラカラ梅干し、塩が噴出して最高にしょっぱいけど、携帯に便利で遡上時に持参しています。其れから、紫蘇梅酢も副産物で出来ましたので、醤油代わりに冷奴や卵焼きなどに掛けるとサッパリとした味になり重宝しています。
 

次回は荒川左岸の白鳥橋から遡上して、金石水管橋までの紹介です。

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  1. 2014/08/09(土) 12:00:00|
  2. 荒川

Spot-12 群馬 『水上/寶川温泉』


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次回アップ予定: Scene-123 荒川右岸 『高砂橋』(8/9 12:00)
今回はSpot紹介です。先日、飲み友達のIさんと飲んでいると、夏休みに温泉でも行こうよと声が掛かりました。「良いよ!で、何時夏休みとれたの」と聞くと31日が待機当番なので7/28~30日、てっ!10日前かよ。取り敢えず此方側で場所を見繕って連絡する事にするちゃ。先んずは、候補1、青森。交通費だけで往復¥35000なので即、却下されたずら。じゃあ、こぴっと近場で探すと云う事で群馬県に内定するべ(最近、NHKの朝ドラの影響を受けています、笑)。空いている温泉宿を検索して、水上に在る寶川温泉に決定しました。温泉宿は汪泉閣(おうせんかく)です。此処の大露天風呂が2日半貸し切りで閉鎖して、映画テルマエロマエ2のロケ地になったそうです。当然の事ながら温泉場の絵は撮影が禁止されているので、汪泉閣のHP(http://www.takaragawa.com/ryouri.html)の「写真お貸し致します」から借用しています。
 

■1日目:自宅からJR武蔵小杉駅経由東京駅まで約50分。11:16発の上越新幹線Maxとき319号で高崎駅まで行き、JR上越線に乗換えて終着駅水上に13:27着、約3時間で到着です。尚、上越線の越後湯沢・小出・長岡・新潟方面へは右に写っている電車で乗り換えになります。水上駅前は温泉観光地だけあって、土産店、飲食店が並んでおり此処で遅い昼食です。下調べ済みの駅前のそば処くぼ田で、冷やし三食きのこ蕎麦を注文。腰が在る蕎麦で、山菜、なめこ、舞茸天婦羅も美味しかったです。クーポン持参で味噌おでんがサービスでした。
 

 

 

送迎バスが来るまで時間が在るので、駅下の利根川沿いを散策します。水質は綺麗だけど量は少なく、浅い流れの中をラフティングボートが底を擦りながら流れています。下流方向に歩いて行くと、水上大橋(跨線橋)が在ります。山側からの奥利根ゆけむり街道が上越線を跨ぎ、利根川を渡ると思いきや急に90度カーブして県道61号沼田水上線に繋がる変な橋?です。橋の上からは谷川岳が微かに望めます。
 

 

此の辺りは、見る処が無いので戻ります。水上駅前の温泉街はバブル時期には盛栄でしたが、現在は、すっかり寂れて廃ホテル、旅館が目立ちます。駅前近くのホテル大宮は廃業してから20年以上経過しているのに、取り壊し費用を捻出する事が出来ず未だに朽ちた姿を晒しています。あちゃ~、対岸に渡る吊橋(水上諏訪原公園吊り橋)も老朽化により床が抜けたままで通行禁止状態です。修理しないのかね?渡る人が少ないから直す必要もないか!
 

水上大橋から上牧方向を眺めると右手に水上温泉街が見え、彼方は幾らか賑わいを残しているそうです。中央に写っているのが水上トンネルで上越線の上り線用、下り線は右手の利根川沿いを走ります。水上大橋から水上駅方向は、かつて水上機関区が在った場所で複数の引込線が現在も残っています(1986年(S61)に廃区)。旧機関区横に1970年(S45)に退役したSL(D51745)が展示されていましたが、野晒で錆が酷く、見るに堪えない姿になっていました(残念)。
 

 

15:00発の送迎バスで一般国道291号を進み、大穴から県道63号・264号経由で約30分、寶川温泉入口の大手門を潜り汪泉閣に到着です。朝日岳から流れる宝川沿いに東館、本館、旧館、第一別館が連なっています。此れから2泊する宿は第一別館、1936年(S11)築の古い造りで部屋にはバス、トイレは無しです。
 

 

 

送迎バスの中もそうだったけど、ロビーに居る客の半分が外国人でビックリ!世界中で利用されている旅行ガイドブック(ロンリープラネット)で、日本の温泉ランキング1位に寶川温泉の汪泉閣が選ばれており、外国人に大人気の温泉なんだそうです。確かに宿から吊橋を渡り、渓流の宝川沿いに連なる4箇所の露天風呂に入れるシチュエーション、HPで四季折々の露天景観の紹介など、人気になるのも頷けます。摩耶の湯は女性専用で広さ100畳、泉温が高いので夏期は加水されます。
 

寶川温泉の説明は後にして取り敢えず、お風呂、お風呂へ行きます。摩訶(まか)の湯は広さ120畳、深さ60cm程、24H混浴(女性は湯あみ着を利用)、男はタオルで前を隠すんだけど、宿のチビたタオルは短くて腰に廻り切らずケツ丸出し、文字通りの頭隠して尻隠さずです(大笑!)。お湯はアルカリ性単純泉で透明、源泉を直接嗅ぐと硫黄の匂いが微かにします。温度は40℃程のぬるめだけど、長湯には丁度良いね。
 

1時間程ゆったりと湯に浸かり、宿に戻る途中の吊橋の近くにツキノワグマが飼育されています。寶川温泉と云えば熊との入浴でも有名で、40年程前までは小熊と一緒に入れたそうですが現在は禁止されています。部屋から眼下には宝川が流れ、起きている時は渓流の音が心地良い響きですが、寝る時は喧しいです。
 

 

部屋で一休みし、18:00から広間で夕食です。料理はオプションを付けない標準仕様で、飲み物だけ追加しました。茶碗蒸し、土筆のキンピラ、白魚のマリネ、お刺身、鮎など、量は少ないと云うか飲みながらなので適量で、一通り食べるとお腹一杯です。


鉄板焼き、奥州肉は早く焼け美味しかったけど、ジャガイモを乗せるのが遅れて中々火が通らずに着火剤が燃え尽きても、半生でしたが食べました(笑)、締めに五穀米に麦トロ、熊汁が登場です。吊橋近くに居た熊さんじゃないよね?歯応えが有り、味はタイで食べた水牛に似た味でした。てっ、それじゃ判らんずら!


あ~食べた飲んだ!珍しい料理も在り大満足で部屋に戻ります。寝る前に一風呂浴びるか?嫌、飲酒しているので明日の朝にするちゃっ。と、云う事で1日目は此処で終わりです。
The day changed.
■2日目:昨日は早く寝たので5時頃に起床、洗い場が在る東館の内風呂で朝風呂です。窓の外は宝川に架かる、みこと橋が見え、橋から丸見えだ。隣の女子風呂も見えるのかって?残念でした女子風呂の窓はブラインドが掛かっていますよ(笑)。7時に朝食を終え、温泉廻りを散策します。先ずは、大手門先に在る薬師堂です。山の斜面を上った50m程の場所に在り、参道途中にはヤマユリが咲き、幾つもの子地蔵が並んで居ます。開けた場所に鐘楼堂、開山堂、薬師堂が在ります。薬師堂なので本尊は薬師如来像、創建は不詳です。
 

 

 

次は寶川温泉脇を流れている宝川沿いに遡上して、約2kmの処に在る宝泉峡へ行きます。川沿いに林道が通り平坦で歩き易い道で、途中に車止めのゲートが在りましたが脇をすり抜けて進みます。林道脇にもヤマユリが自生しています。他にもキク科のオオハンゴンソウ(大反魂草)、北米原産で明治中期に観賞用に導入されたものが野生化して各地に広がっています。白が綺麗なユキノシタ科のトリアシショウマ(鳥足升麻)やオカトラノオ(丘虎の尾)も沢山生えていて散策に飽きません。
 

 

 

川面に目を移すと、日向でトンボが沢山飛び回っています、アキアカネですね。トンボは近づくと逃げますが、止まっている場所はお気に入りの場所なので、カメラを構えていると必ず戻って来るので撮影は楽です。川には大きな岩がゴロゴロと峡谷の様相を呈しています。紅葉の時期は良い景色に成るんだろうね。
 

 

 

2km付近で前方に崖崩れが見え、通行止めです。途中のゲートは此れだったんですね。山肌ではがけ崩れを修復中で、斜面に作業員がへばり付いています。取り敢えず此処で折り返し休憩します、川の水は冷たく透明で綺麗でした。
 

 

汪泉閣まで戻り、今度は800m程先の展望台へ行きます。本館脇の門の潜り戸から裏山に入ります。不動橋を渡ると右手に一丈不動明王立像が立ち、下には小さな滝が流れています。麓に熊除けの鐘がぶら下がっていたので、取り敢えず鐘をガンガン鳴らしてから入ります。
 

 

山道は瓦礫も少なく登り勾配も緩くて歩き易いです。写真を撮りながら登っているので、相方はドンドン先に行ってしまいます、熊除けに丁度良いか(小笑)。途中にも幾つも熊除けの鐘がぶら下がっているので、鳴らしながら進んでいると出ました。熊!でなくて、猿です。目を合わすと危険なので棒切れを拾って、木を叩きながら追い払いました。いざとなったら2対1なので多分勝てます(笑)。
 

 

途中に灰褐色の美味しそうな?キノコ発見、確認したけどウラベニホテイシメジに似ています。キノコは湿度など環境が変わると形も変わるので、専門知識が無い人は採取しない方が無難ですね。20分程で山頂の展望台に到着、汪泉閣先代社長の小野喜興三さんがお出迎えです。展望台からは汪泉閣が眼下に見え、GPSナビによると約140m登った計算です、南側に見える山は多分、三峰山かな?適当に汗もかいたので此の後で入る温泉の楽しみ倍増です。さてと、露天風呂に戻りますか。
 

 

帰りは下りなので10分程で宿に無事帰還、露天風呂に直行です。今度は魔訶の湯の反対側に在る子宝の湯に入ります。何処かに古代ローマに通じる穴が在る筈なのですが見つかりませんでした?寶川温泉で一番の大きさで約200畳の広さです。泉温が高いので夏期のみ加水されています、残念な事に清掃したばかりなので未だお湯が30cm程しか溜まっていません。取り敢えず仰向けに寝転んで見ましたが、アソコが潜望鏡の様に出てしまうので諦めて(大笑)、魔訶の湯の裏側の般若の湯に変更です。此方は摩訶の湯の半分の50畳程で、若干浅くなっています。結局、深くてゆったり入れるお気に入りの魔訶の湯に戻りました。
寶川温泉は日本武尊が東国征伐の折り、当地に寄られ病に伏せっていた時に、下界より白鷹が飛び立つのを見つけ、其の地に立ち寄ると温泉が湧いており、お湯に浸かると病が治り旅を続ける事が出来たと伝えられています。其の事から寶川温泉は、白鷹の湯と呼ばれていたとの事です。其れで入口に日本武尊の石像が立っていた訳だ。
 

 

部屋に戻り暫し休憩。昨晩と今朝、食べ過ぎたので昼食は抜きます。代わりに館内で調達した缶ビールと持ち込みのツマミで乾杯!風呂上がりのビール最高ずら。此の後、内風呂に入り18:00から夕食です。
黄色の小鉢に入っている金粉付の緑色、何だと思います?餅でも羊羹でも無く、梅のシロップ漬けです。中まで濃緑、どうやって色付けするのかね。


奥州牛は豆乳で、シャブシャブして胡麻たれ(画面に入れ忘れ)で食べます、美味です。締めの御飯は鰻が在ったので、ひつまぶし風にして戴きました。最近、高くて食えなかったけど鰻、旨いね!


寶川温泉は結構山の中で、麓では30℃位でしたが宿付近の気温は24~26℃で超快適です、ジッとしていると少し寒い位ですね。朝は16℃、布団を頭から被って熟睡ですよ(笑)。
帰りに売店でお土産購入、何にでも合うニンニク味噌です。帰宅してから早速、野菜炒めに使って見ましたが矢張り合うね。旨い!
 

>>>後書き<<<
今回は2日分を纏めたので、長文になりましたが最後までご覧頂きありがとうございます。久しぶりの温泉、ゆったりと浸かり楽しかったですよ。帰路は水上駅10:34発で高崎駅経由、Maxたにがわ408号で予定通りに帰宅、東京はアチチで戻りたくなりました(笑)。オ.ワ.リ...
次回は、通常Sceneに戻って荒川右岸の八高線荒川橋梁から遡上して、高砂橋までの紹介です。

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  1. 2014/08/05(火) 12:00:00|
  2. 寶川温泉

Scene-122 荒川左岸 『折原橋、末野大橋、玉淀ダム管理橋、寄居橋、白鳥橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Spot-12 群馬 『水上/寶川温泉』(8/5 12:00)
なので、Scene-123 荒川右岸 『高砂橋』は 8/9日に変更です。
今回は荒川左岸の正喜橋から遡上して、折原橋、末野大橋、玉淀ダム管理橋、寄居橋、白鳥(しらとり)橋までの紹介です。正喜橋から荒川沿いの一般道で約1km進み、前回紹介のJR八高線橋梁近くに在る宗像神社から寄ります。境内の由緒案内によると、奈良時代の701年(大宝1)に荒川の氾濫を鎮める為に、九州備前の宗像大社からの分霊を祀ったものです。祭神:多紀理比賣命、狭依比賣命、多岐津比賣命、所在:大里郡寄居町藤田299-2。境内社:岡象神社、丹生神社、長男神社、菅原神社、二柱神社、稲荷大神、厳島神社など。正面鳥居は1938年(S13)奉納の明神鳥居、狛犬は1936年(S11)の奉納です。
 

 

 

宗像神社の横をJR八高線が通っています。高麗川駅以北の此の区間は、埼玉県内で唯一の非電化区間なので車輛はディーゼル気動車で、乗っているとエンジン音が五月蠅いですよ。尚、2両編成のワンマン運転では前方のドアしか開かない駅が在るので、社内アナウンスが判らない外人で何時も大騒ぎ、偶にバックしますよ(笑)。神社前の踏切を渡って直ぐ右手に真言宗豊山派寺院の極楽寺入口が見えます。境内の由緒案内によると、創建は平安時代の820年(弘仁10)に弘法大師が当地象ケ鼻に歓喜天(聖天)を勧請されたのに始まります。明治末年に現在地に遷座しています。山号:象頭山、院号:聖天院、本尊:聖天象、所在:大里郡寄居町藤田249。歓喜天堂前の狛犬は1836年(天保7)建立の古い造りです。
 

 

 

北側に走る秩父鉄道沿いに約800m進むと、浄土宗寺院の藤田善導寺が在ります。境内の由緒案内によると、中世の武蔵七党猪俣党の支流である藤田氏の菩提寺です。1297年(永仁5)に藤田持阿良心上人による創建でしたが、1590年(天正18)に豊臣秀吉の攻略軍勢により破壊、衰退してしまいます。徳川家康入府の後、照蓮社寂誉導道上人が再興しています。山号:白狐山、院号:悟真院、本尊:阿弥陀如来像、所在:大里郡寄居町末野1686。
 

 

 

線路脇を通る国道140号彩甲斐街道に出て400m程進むと、140号の皆野寄居バイパス(一般道)が通る『#73折原橋』が架かり、荒川右岸側の大里郡寄居町折原と左岸側の大里郡寄居町末野とを結んでいます。200m上流に玉淀ダムで貯められた玉淀湖が在るので、ダムから放流されている水質は薄緑色です。
 

架橋場所は日山の渡しと呼ばれる渡船場が在った場所で、橋の名前は右岸地区からの命名ですね。折原橋の上流頭上には『#74末野大橋』が架かっています。
 

 

 



名称:折原橋
構造種別:下路ローゼ橋
河口からの距離:97.6km
橋の長さ:129m
有効幅員:17.2m
竣工:2001年(H13)





末野大橋は、折原橋と上流の玉淀ダムとの中間に斜めに架かるアーチ橋で、水面から約50mの高さに国道140号のバイパス(有料道路)が通ります。なので、橋上からの絵は在りません。
 

 

 



名称:末野大橋
構造種別:上路式鋼ア-チ橋
河口からの距離:97.7km
橋の長さ:190m
有効幅員:8.5m
竣工:2005年(H17)





末野大橋の上流100mに在るのが1964年(S39)に完成した埼玉県営の玉淀ダムで、灌漑、発電を目的としており、ダム湖は玉淀湖と呼ばれています。ダムの左岸側に横軸円筒カプラン水車発電機が1基設されていてダムから毎秒、最大30立方米の水を取り入れ、最大4,300Kwの電力を発生させた後、ダム直下に放流されています。堤頂には『#75玉淀ダム管理橋』が併設されていて、自由に往来する事が出来ます。玉淀湖には上流からの流木やゴミがかなりの量が溜まっていますが、取水口前のスクリーンで除去されます。
 

 

 



名称:玉淀ダム
ダム型式:重力式コンクリートダム
堤高:32m
堤頂長:110m
堤体積:37,000立方米
ローラーゲート:幅12.5m、高さ16.3m×6
竣工:1964年(S39)




次に、国道140号彩甲斐街道に戻り800m程先に在る末野神社に寄ります。末野神社は、飯玉神社、箱石神社、諏訪神社らの鎮守を政府の合祀政策に従って地内の各地に祀られていた他の無格社と共に、1909年(M42)に飯玉神社に合祀し、更に同社を末野神社と改称しています。祭神:豊宇気昆売命他、所在:大里郡寄居町末野495-1。入口鳥居は1899年(M32)建立の明神鳥居、狛犬は1990年(H2)奉納です。
 

 

末野神社前の道を北に約1.3km、円良田(つぶらだ)ダムが在ります。ダムは山の上に在り、登るのが辛いのですが此のダムは小さくて標高も50m程上がるだけなので離れているけど寄る事にします。円良田ダムへの道は緩やかで良い調子で上がっていましたが、放水路脇の最後の登坂はキツイですね。
 

円良田ダムは古典的な型式のアースダムで堤体は草で覆われており、荒川水系の逆川を堰き止めた灌漑専用のダム湖は円良田湖と呼ばれています。堤頂部は車も通行可能で、対岸の木陰で休憩、息を整えます。円良田湖の右側に見える赤い屋根の建物は取水塔です。湖面には平日にも拘わらず釣り人が竿を並べて居ます。同世代の引退親父ばかりですね、ヘラ鮒、ワカサギなどの釣り場として人気があるそうです。
 

 

 

ダム堤体の横に越流式の洪水吐が在り、此処から放水路へ流れていますが、当日は満水で洪水吐からの放水が見られました。
 



名称:円良田ダム
ダム型式:アース
堤高:21m
堤頂長:138m
堤体積:17,1000平方米
竣工:1954年(S29)




円良田ダムからの下り坂は重力に任せて楽チン、風を切って涼しく下山。再び国道140号彩甲斐街道に戻り600m程進むと、『#76寄居橋』に到着です。玉淀湖の上に架かる橋で、国道140号のバイパス道路である埼玉県道82号長瀞玉淀自然公園線が通ります。湖面の色はダムで水が滞留しているので薄緑色です。
 

旧橋は1947年(S22)に架けられた長さ89mの吊橋で、現在の橋の下流側両岸に連絡道路が残っています。吊橋が架かる以前は殿蔵の渡しが在りましたが、玉淀ダムの完成により水没しています。寄居橋の上流左岸付近からは秩父郡長瀞町で、荒川遡上編も愈々、終盤に入ります。
 

 

 



名称:寄居橋
構造種別:1径間ニールセンローゼ
河口からの距離:99.8km
橋の長さ:128.2m
有効幅員:12m
竣工:1986年(S61)





玉淀湖沿いに走る国道140号彩甲斐街道を次の目標値、埼玉県の有形文化財に指定されている矢那瀬の石幢まで2km程進みます。途中、玉淀湖畔の葉暮橋から見える景色は絶景!秋の紅葉の時期に来たい場所です。右手には秩父鉄道が走っていますが、本数が少ないのでタイミングが合いませんでした。歩道沿いの木立の隙間からは玉淀湖でラフティングしている姿も見えます(楽しそう)。寄居橋から1.2km程進んだ地点で、木材の良い香りが漂ってきました。道端に木材がゴロゴロと積まれ、樹種別にチップ化する埼玉木材チップ協同組合でした。此処では、建築用材として利用出来ない間伐材や、用地造成等により発生した原木を木材チップに加工し、製紙原料、木質バイオマス発電原料、燃料などに活用されています。所在:秩父郡長瀞町大字矢那瀬480。更に800m程進み、石幢入口の標識が見えて来たので、チャリを道端に止め小高い山道へ入ります。沢水が流れ込む道でヒンヤリとして涼しい!順路標識を頼りに進んで行くと開けた中腹に矢那瀬の石幢が立っていました。室町時代の石幢の一つで高さ169cmの重制式石幢で、下から基礎、幢身、中台、龕(がん)部、笠、請花、宝珠の順に積み重ねられています。所在:秩父郡長瀞町矢那瀬北久保9。
 

 

 

今回は遡上距離も長く、長文になります。残り2km弱で終わりますので、ご辛抱願います。石幢入口から1.6km程進むと、道路脇に国内最大の野上下郷の超デカイ石塔婆が聳えています。緑泥片岩製で、地上高537cm、最大幅120cm、厚さ12cm。表面上部には釈迦如来が刻まれており、国の史跡に指定されています。
 

石塔婆から300m進むと、今回最終地点の『#77白鳥橋』です。荒川右岸の長瀞町岩田と左岸の長瀞町野上下郷とを結び、右岸側の埼玉県道82号長瀞玉淀自然公園線と左岸側を走る国道140号彩甲斐街道との連絡橋になっています。橋から下を眺めると荒川上流固有の変成岩が現れ、此の付近から上流が長瀞渓谷になります、此処も紅葉の時期には絶景ポイントになりますね。
 

 

初代の橋は大正初期に架けられた吊橋で以前は、渡しや丸木橋が渡河手段でした。橋の名前は明治期の村名からの由来です。
 

 



    名称:白鳥橋
    構造種別:3径間連続鋼鈑桁
    河口からの距離:104km
    橋の長さ:99.7m
    有効幅員:5.5m
    竣工:1958年(S33)





>>>後書き<<<
今回は長文になり、最後までご覧戴きありがとうございます。荒川遡上も愈々終盤に差し掛かり、秩父郡に突入です。荒川の景観も渓谷的な要素が強まり、絶景ポイントが増えるのは良いのですが、両岸が崖の為、橋下の川辺に降りられる場所が少なくて痛し痒しです。次回は夏休みで、群馬の水上/寶川温泉に行きましたので其のSpot紹介です。

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  1. 2014/08/01(金) 12:00:00|
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