ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-121 荒川右岸 『八高線荒川橋梁』


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次回アップ予定:Scene-122 荒川左岸 『折原橋、末野大橋、玉淀ダム管理橋、寄居橋、白鳥橋』(8/1 12:00)
今回は荒川右岸の花園橋から遡上して、JR八高線荒川橋梁までの紹介で、前回右岸で紹介した出雲乃伊波比神社からの続きです。埼玉県道81号熊谷寄居線を600m程進み右折すると、真言宗智山派寺院の常楽寺です。境内の由緒案内によると、開山は鎌倉末期と伝えられています。山号:五眼山、院号:蜜厳院、本尊:大日如来像、所在:大里郡寄居町赤浜860。
 

次に河川敷の農道を800m程西に進み、臨済宗妙心寺派寺院の清本寺に寄ります。農道の途中で強烈な獣の香りが漂って来ました、出元は近くの養豚場です。臭チャ~、口呼吸で必死に通過、東武東上線沿いに進み清本寺入口に到着です。創建、本尊などは不詳、所在:大里郡寄居町小園199。
 

 

西に400m進むと県立の「川の博物館」が在ります。埼玉の母なる川、荒川を中心とする河川や水と人々の暮らしとの関わりを様々な体験学習を通して、理解して貰う目的で建てられた施設で、1997年(H9)に開館しています。本館入場料:400円、休館日は月曜日、所在:大里郡寄居町小園39。入場はパスして、外から見学します。中には水車小屋や、2004年(H16)までは日本一の大きさだった23mの大水車が在ります。因みに現在の日本一は岐阜県恵那市に出来た直径24mの水車です。博物館の先にトイレが在ったので休憩、トイレ前から、かわせみ河原に出られ、前回紹介の玉淀大橋下流は此処からの撮影でした。河原ではBBQやキャンプも可能で、利用する場合には環境美化整理費として入場時に¥300徴収されます。
 

 

 

東武東上線沿いの道に戻ると150m先に波羅伊門(はらいど)神社の神明鳥居が見えて来ます。境内の改築記念碑には1815年(文化12)建立とあり、祭神は瀧の神、河の神でもある瀬織津姫、所在:大里郡寄居町保田原18-1。入口鳥居は1915年(T4)の奉納、神門前の灯篭には1832年(天保3)の刻が残っています。狛犬は不在でした。
 

 

神社前の道端にマーガレットに混ざって、初めて見る白い花が咲いていました。何だろう?葉は人参ぽっいよね、帰ってから検索。セリ科シャクに似ているけど花弁が違うね、花弁3枚が大きい白い花で再検索!有りました、セリ科のオルラヤ ホワイトレースと云う花でした。
 

波羅伊門神社前の沿線道路を500m程進み、玉淀橋を通る一般国道254号との交差点近くに浄土宗寺院の浄恩寺が在ります。創建は不詳、本尊:阿弥陀如来像、所在:大里郡寄居町保田原117。
 

国道254号を渡り埼玉県道30号飯能寄居線を100m程進むと右手に東武東上線の鉢形駅が在りますが、駅前までの43mが埼玉県道で最も短い一般県道253号鉢形停車場線です。曲がり角に駅まで1分の案内板が在るけど、無くても判るんじゃね~!いや、洒落ですよね(笑)。
 

鉢形駅の北側400m程に白山神社が在るので寄ります。境内の奥宮再建記念碑によると、元中年間(1384~1392年)の勧請で、永禄年間(1558~1570年)に鉢形城主北条氏邦が鬼門除けの祠として再建されています。祭神:菊理媛命、伊弉諾尊、伊弉冉尊、所在:大里郡寄居町鉢形468。入口の鳥居は1959年(S34)奉納の神明鳥居です。
 

 

白山神社から南西に400m、東武東上線踏切を渡った先にお寺が2つ並んで居ます。最初に臨済宗妙心寺派寺院の泉福寺に寄ります。創建、本尊は不詳、山号:玉泉山、所在:大里郡寄居町鉢形617。枯山水の庭園が綺麗なお寺でした。
 

 

 

隣に在るのが浄土宗寺院の浄福寺です。此方も創建は不詳、本尊:阿弥陀如来像、所在:大里郡寄居町鉢形620。
 

 

県道30号に戻り道なりに600m進むと、鉢形城跡の入口です。鉢形城は戦国時代の城跡で、荒川と深沢川とに挟まれた自然の要害をなし北関東支配の拠点として、甲斐、信濃からの侵攻を防ぐ要の役割を担っていました。現在は国の史跡に指定され、24万平米の鉢形城公園として整備されています。城郭構造:連郭式平山城、築城年:1476年(文明8)、廃城年:1590年(天正18)。所在:大里郡寄居町鉢形2609。曲輪とは開削や盛土を施した防御陣地です。
 

 

 

鉢形城跡の二の曲輪付近に鉢形城の守護神社である城山稲荷神社が在りました。創建は不詳、稲荷神社なので鳥居だらけです。
 

 

鉢形城跡の大手門横に諏訪神社が在ります。境内の由緒案内によると、武州日尾城主の諏訪部遠江守が鉢形城の家宅となって出仕した時、信州に在る諏訪神社を守護氏神として分祀したと云われています。祭神:建御名方命、所在:大里郡寄居町鉢形。
 

諏訪神社から北西1.2kmに在る『#72八高線荒川橋梁』を紹介して終わります。残念ながら右岸側からは八高線橋梁が見通せるスペースがないので、左岸側からの絵になります。左岸上流からは河原に出る道も在るので下からの撮影で河原に降ります。上流に玉淀湖が在り、水が滞留しているので水質は薄緑色のまま下流に流れています。
 

八高線荒川橋梁は荒川右岸の大里郡寄居町折原地区と左岸の大里郡寄居町藤田との間に架かり、JR八高線の折原駅と寄居駅との間に在ります。橋梁は右岸側に1径間の下路トラス(66m)と左岸側に3径間のポーナル型鋼鈑桁(19.5m×2+39.5m×1)との組み合わせです。
 

 

 



名称:JR八高線荒川橋梁
構造種別:1径間下路トラス(右岸側)
構造種別:3径間ポーナル型鋼鈑桁(左岸側)
河口からの距離:96km
橋の長さ:約144.5m
軌道:単線
竣工:1986年(S61)




>>>後書き<<<
夏野菜の一つオクラは好きで、其のままマヨネーズを付けてポリポリ食べていますが、キャベツの代わりにオクラを使用したお好み焼きをTVで観たので、マネして見ました。材料は、スライスしたオクラとピーマン、小海老、胡麻。市販の粉に混ぜてかき混ぜると、凄い粘りが出てきます。フライパンで、両面10分程度弱火で焼いて完成。ふっくらと出来上がり、美味しかったですよ。
 

次回は荒川左岸の正喜橋から遡上して、折原橋、末野大橋、玉淀ダム管理橋、寄居橋、白鳥(しらとり)橋までの紹介です。

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  1. 2014/07/28(月) 12:00:00|
  2. 荒川

Scene-120 荒川左岸 『玉淀大橋、東武東上線荒川橋梁、正喜橋』


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次回アップ予定:Scene-121 荒川右岸 『八高線荒川橋梁』(7/28 12:00)
今回は荒川左岸の荒川第二水管橋から遡上して、玉淀(たまよど)大橋、東武東上線荒川橋梁、正喜(しょうき)橋までの紹介です。荒川第二水管橋先の河川敷は畑なので、水管橋脇の農道から国道140号(秩父往還)に出て、前回紹介の関越車道荒川橋600m手前に在る薬王寺までスルーします。畑には後少しで収穫される小麦がたわわに実っています。
 

薬王寺は高野山真言宗の寺院で創建は不詳、本尊:薬師如来像、所在:深谷市黒田1518。
 

薬王寺から南に200m離れた場所に豊栄神社が在ります。旧地名から赤口神社と呼ばれていたが、1906年(M39)に同地区内の聖天社を合祀して豊栄神社と改称されており、通称、聖天様とも呼ばれています。祭神:伊弉諾命、伊弉冉命、所在:深谷市黒田1497。
 

 

豊栄神社から国道140号に戻り、約3km先に在る『#69玉淀大橋』までワープします(便利)。玉淀大橋は荒川右岸の大里郡寄居町保田原と左岸の大里郡寄居町桜沢とを結び、一般国道254号が通ります。河床は緑泥岩や砂礫が見られ、渓流的な雰囲気です。魚も多そうで、橋の下にはオオサギや川鵜も居ました。
 

 

荒川上流域は、砂金の産地である事を知っていますか。場所は長瀞付近が有名ですが、10km程下流の玉淀大橋の下でも砂金が採集出来るそうですよ。唯、労多くして益少なしなので、趣味の世界ですね!此の辺りからは河口からの距離ポストが見当たらないので、地図による計測で表示しています。
 

 

 



名称:玉淀大橋
構造種別:4径間PC連続箱桁
河口からの距離:約92.7km
橋の長さ:225.2m
有効幅員:12m
竣工:1979年(S54)





玉淀大橋の北詰を通る国道140号と交差する埼玉県道296号菅谷寄居線の交差点、太平洋セメントの手前に小さな古峯神社が在ります。創建は不詳、祭神:日本武尊、所在:大里郡寄居町桜沢。
 

 

古峯神社前の県道296号沿いに1km程北西方向に廻り込み、『#70東武東上線荒川橋梁』に向かいます。荒川右岸の大里郡寄居町鉢形地区と大里郡寄居町寄居地区間に架かる東武東上線の橋梁で、右岸側の鉢形駅と左岸側の玉淀駅との中間に位置しています。橋梁下へは右岸下流と左岸上流から降りられ、河原には初夏の暑さを凌ぐようにシオカラトンボがお休みでした。河原には上流から転がってきた巨岩がゴロゴロとしており、洪水の力が実感出来ます。
 

 

 

東武東上線橋梁は1925年(T14)に造られたリベット接合が主流の古いトラスで、垂直材に圧縮力、斜材に引張力が生じる平行弦プラットトラスです。橋梁の上流に見える山々は秩父山系です。
 

 

 



名称:東武東上線荒川橋梁
構造種別:3径間上路トラス(中央部)
構造種別:鋼鈑桁(両端部)
河口からの距離:約93.9km
橋の長さ:163m
軌道:単線
竣工:1925年(T14)




東武東上線橋梁から西300mに浄土宗寺院の浄心寺が在ります。創建は不詳、末野村善導寺の末寺です。山号:木持山、院号:荒川院、本尊:阿弥陀如来像、所在:大里郡寄居町寄居918。
 

浄心寺から西に200m程進み、埼玉県道30号飯能寄居線に出ます。県道を南に300m程下ると、今回最終地点の『#71正喜橋』です。荒川右岸の大里郡寄居町鉢形と左岸の大里郡寄居町寄居とを結び、埼玉県道30号飯能寄居線が通ります。橋から下を覗くと流れは早いけど水深は浅く、河床一体に緑泥岩が見えます。
 

初代の架橋は木製の橋ですが架橋年は不明です。其の後、1920年(T9)に地元の神谷茂助氏により、長さ150mの鋼製吊り橋(正喜橋)が架けられたそうです。橋の名前は架橋時の元号と神谷氏の父、喜十郎からの命名です。
 

 

 



名称:正喜橋
構造種別:3径間鋼連続箱桁
河口からの距離:約94.6km
橋の長さ:145.9m
有効幅員:7.5m
竣工:1971年(S46)





>>>後書き<<<
梅雨が明けたみたいで、蒸し暑くてヘロヘロです、デイバッグを背負っていると背中が汗でビッショリなので、最近はチャリに背負わせています(賢)。コンビニで昼用のお握りと、暑かったのでアイスを購入、赤城乳業のガツンとみかん、此れミカンのシャキシャキ感と酸味が熱い体に最高!かなり旨いです。買ったお握りは食欲無く、お持ち帰り(笑)。帰宅してデイバッグから出したペタンコのお握りを夕飯で処理です。其のままだと寂しいので、切り刻んでチンしてからレトルトカレーを掛けて食べましたが、ツナと明太子だったので味はシーフードカレーに仕上がり、思ったよりも美味でアリですよ。


今回で河口から約95km遡上。荒川基点までは173kmなのですが、残り78kmの遡上工程について地図上でシミュレーションした結果、終着予定地の荒川基点への到着は当初よりも早い10月末予定になりそうです(頑張った)。
次回は荒川右岸の花園橋から遡上して、JR八高線荒川橋梁までの紹介です。

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  1. 2014/07/24(木) 12:00:00|
  2. 荒川

Scene-119 荒川右岸 『重忠橋、関越道荒川橋、花園橋』


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次回アップ予定:Scene-120 荒川左岸 『玉淀大橋、東武東上線橋梁、正喜橋』(7/24 12:00)
今回は荒川右岸の植松橋から遡上して、重忠橋、関越道荒川橋、花園橋までの紹介です。植松橋から堤防道路沿いに800m程進むと、井椋(いくら)神社が在ります。境内由緒案内によると、1125年(天治2)畠山重忠の父重能が館を畠山に移した時、祖父の重綱が秩父吉田郷の井椋五所大明神を勧請(分祠)したもので其の後、井椋神社に改称しています。祭神:猿田彦大神他4柱、所在:深谷市畠山942。
 

 

井椋神社の南隣に、真言宗豊山派寺院の満福寺が在ります。境内の由緒案内によると、鳥羽天皇(1110年頃)の御代に弘誓房深海上人が草創し、後に畠山重忠公が寿永年間(1182~1184年)に再興し、菩堤寺としたものです。本尊:不動明王、制迦、矜羯羅両脇侍の三尊立像、山号:白田山、院号:観音院、所在:深谷市畠山931-1。
 

 

堤防道路に戻り200m上流に『#66重忠橋』が架かっています。新六堰頭首工に付いている堰の管理用橋で、荒川右岸の深谷市畠山と左岸の深谷市田中とを結び県道296号菅谷寄居線が通ります。
 

歩道は下流側のみに設置されており、上流側に新六堰頭首工が在ります。橋の名前は一般公募により、地域に由来のある畠山重忠公からの命名である重忠橋が選ばれました。
 

 

 



名称:重忠橋
構造種別:5径間PC連続箱桁
河口からの距離:86.8km
橋の長さ:236m
有効幅員:9m
竣工:2004年(H16)





新六堰頭首工は、前回紹介した旧六堰頭首工の後継堰として2006年(H18)に完成しており、左岸側に設けられた取水口から両岸の幹線導水路を経由して各用水路に供給しています。ゲートは5門で水位調整用の土砂吐きゲートと、洪水時の水位調整用の洪水吐きゲートで構成されています。土砂吐きゲート:河川水位を58.1m(東京湾を0m)に設定維持しています。純径間:22m×1、扉高:3.05m、構造:鋼製ローラーゲートフラップ付2段ゲート(シェル構造)。洪水吐きゲート:洪水などの増水時に対応します。純径間:40.75m×4、扉高:2.85m、構造:鋼製ローラーゲート(シェル構造)。右岸側には流水改善水路、階段式と緩勾配式の2種類の魚道が設けられています。旧六堰頭首工に使われていたローラーゲート(建設当時は東洋一の規模)が遺構として、管理所の敷地内に保存されています。
 

 

 

重忠橋から南に400m程進むと、此の地で生誕された畠山重忠の史跡公園が在ります。鎌倉時代の関東武士を代表する武将である畠山重忠は、源頼朝の挙兵に際して当初は敵対するが、後に臣従して治承・寿永の乱で活躍。知勇兼備の武将として常に先陣を務め、幕府創業の功臣として重きをなした人物で、頼朝亡き後、北条氏に謀られて1205年(元久2)に二俣川にて一族とともに討たれています。重忠は怪力としても知られており、公園内には一ノ谷合戦で「鵯越の逆落とし」にて愛馬三日月を背負って降りる逸話の銅像が建っています。他に、重忠主従の墓所と伝えられる畠山館跡、1304年(嘉元2)に建立され川本町の有形文化財に指定されている板石塔婆などが在ります。
 

 

公園から南西に1.4km進むと、『#67関越自動車道荒川橋』の高架下に出ます。荒川右岸側の深谷市畠山地区と左岸側の深谷市黒田地区との間に在り、関越自動車道の嵐山小川ICと花園ICとの間に架かる橋で、1980年(S55)に東松山IC~前橋IC開通していますので、同時期に架橋された模様です。
 

 


    名称:関越自動車道荒川橋
    構造種別:8径間PC連続箱桁
    河口からの距離:88.8km
    橋の長さ:500m
    有効幅員:約30m
    竣工:1980年(S55)推定





関越道荒川橋から堤防道路で焼く1.2km進むと今回最終地点の『#68花園橋』ですが、据付け橋付近に出雲乃伊波比(いずものいわい)神社が在るので先に寄ります。かつては花園橋付近に祀られていて、源頼義も奥州征討の際、戦勝祈願を行なったとされています。1580年(天正8)の洪水により被害を受け、現在地に遷座しています。祭神:須佐之男命、三穗津姫命、天照大神、誉田別命、天児屋根命、天太玉命、天穗日命、天照皇大神、軻遇突智命、所在:大里郡寄居町赤浜723。入口の鳥居は笠木に屋根が乗っているお洒落な明神鳥居、拝殿前の狛犬は1935年(S10)奉納です。
 

 

花園橋は荒川右岸の河岸段丘に在る大里郡寄居町赤浜と同じく左岸の深谷市荒川とを結び、埼玉県道296号菅谷寄居線が通り、歩道は上流側のみに設置されています。花園橋が架橋される前は赤浜の渡しと呼ばれる私設の渡船が在った場所で、1960年(S35)に木造桁の冠水橋が直ぐ上流側に架橋されていました。
 

 

 



名称:花園橋
構造種別:9径間PC連続箱桁
河口からの距離:89.8km
橋の長さ:185.8m(据付け橋を含むと879.8m)
有効幅員:9.75m
竣工:1987年(S62)





>>>後書き<<<
愛用のハンディGPSが暫し不調でタッチパネルが反応しません。電源を入れ直したりして、何とか使っていましたが先日、完全にノックダウン。修理費用は高そうだし、修理しても他の箇所が逝かれそうだし、2年近くフル稼働し減価償却はしているので、泣く泣く2代目を購入しました(痛)。次回は左岸の荒川第二水管橋から遡上して、玉淀(たまよど)大橋、東武東上線橋梁、正喜(しょうき)橋までの紹介です。

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  1. 2014/07/20(日) 12:00:00|
  2. 荒川

Scene-118 荒川左岸 『荒川第二水管橋』


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次回アップ予定:Scene-119 荒川右岸 『重忠橋、関越道荒川橋、花園橋』(7/20 12:00)
今回は荒川左岸の押切橋から遡上して、荒川第二水管橋までの紹介です。押切橋の最寄り駅は秩父鉄道の大麻生駅なのでJR熊谷駅経由で到着。荒川遡上に於いて自宅から約2時間30分、最長距離の駅になります。あちゃ~、大麻生駅前はローカル駅で売店もコンビニも在りません。失敗したな熊谷駅で朝食すれば良かったな!取り敢えず駅前から西に600m進み、押切橋まで行きます。途中にコンビニ在るよね?
 

押切橋の上流側は大麻生ゴルフ場と牧草地が在るので、押切橋の左岸据付け道路から降りて堤防道路で遡上します。
 

 

堤防道路を1km程進むと、浄土宗寺院の明道寺が在ります。境内の由緒案内によると応永年間(1394~1428年)に行満上人が開山し上田和泉守が開基と伝えられています。山号:河原山、院号:善樹院、本尊:阿弥陀如来像、所在:熊谷市川原明戸182。
 

明道寺の南隣に川原明戸の諏訪神社が在りました。前回Scene117で紹介した右岸側の新上田諏訪神社が「男諏訪神社」で狩猟の神、此方の神社は「女諏訪様」で機織(はたおり)の神として伝えられています。祭神:建御名方命、所在:熊谷市川原明戸177。狛犬は1993年(H5)の奉納です。
 

 

諏訪神社から北に200m程の堤防道路に戻ります。途中に大里地区の国営用水路の分水工が在りました。荒川から取水し、奈良堰幹線用水路、玉井堰幹線用水路、大里幹線用水路の3用水路に分岐します。堤防道路から300m程進むと前方に六堰頭首工と江南サイフォン跡が見えます。
 

六堰とは荒川の大里地区に造られた六つの堰(奈良堰、玉井堰、大麻生堰、成田堰、右岸側の御正堰、万吉堰(現在は吉見堰))で、干ばつになると起こる水争いや洪水による堰の流失を防ぐ目的で六つの堰を統合した、六堰頭首工と江南サイフォンが1939年(S14)に完成し、大里地域の農業発展に大きな役割を果たして来ました。江南サイフォンは荒川の左岸から川底を潜り、右岸側に用水を送る施設です。
しかし、荒川の河床低下、施設の老朽化などにより、上流4kmに新しい六堰頭首工を建設している最中の1999年(H11)、大雨の影響による急激な増水に耐え切れず旧六堰頭首工の一部が壊れて流失しています。其の後、新六堰頭首工(次回Sceneで紹介)が完成し、江南サイフォン跡は幅100m程の砂防ダムとして生まれ変わっています。中央部に見えるのは魚道で、下流と上流側には秩父古生層の泥岩が露出しており此処では、メガロドン(サメ科)の歯の化石も見つかっているそうで、化石を探している人も居ました。
 

 

江南サイフォン跡から北西300m程に川本明戸八幡神社が在ります。創建は不詳、祭神:品陀和氣命、所在:深谷市川本明戸113。
 

八幡神社から西に約1.2kmに菅沼天神社が在るので寄ります。此の辺りの荒川左岸は断続的に段丘崖が分布しており、菅沼天神社も其の崖上に鎮座しています。崖下には大里用水の菅沼沈砂池が見えます。荒川から取水された農業用水に混ざる土砂を取り除いて用水が土砂で埋まる事を防ぐ施設で、写真右側に見える吐口から土砂と余水が再び荒川へ戻されます。現在は、新六堰頭首工からの取水時に土砂は除去されている為、余水排水のみが機能しています。菅沼天神社の創建は不詳、祭神:菅原道真、丑年丑の日生まれの道真に因んだ牛天神石像が在りました。所在:深谷市菅沼480。拝殿前の鳥居は2011年(H23)奉納の明神鳥居です。
 

 

 

大里用水脇から南へ300m、荒川の堤防道路に戻ります。堤防道路脇にプラント施設が見えます。入口にUDK・NIPPO深谷工場とあり、廃棄アスファルト混合物の再生処理施設です。川岸には白鳥飛来地の看板が立っています。過去には此処で白鳥への餌付けが行なわれていましたが、鳥インフルエンザの問題や生態系への影響を理由に2008年(H20)から餌付けが廃止された為、飛来数は減少していますが10月下旬から3月中旬頃には、300羽近いコハクチョウとオオハクチョウが越冬しに来るそうです。600m程荒川沿いに進むと前回紹介の植松橋で、橋の据付け道路先に寺社が在るので寄ります。
 

 

先ずは知形(ちかた)神社、創建は不詳、昭和初期までは知形大神社と呼ばれており、拝殿の社額は知形大明神のままです。祭神:彦火瓊瓊杵尊、所在:深谷市田中612-1。
 

 

北隣に真言宗豊山派寺院の應正寺が在ります。此方も創建は不詳、山号:吉祥山、本尊:十一面観音像、所在:深谷市田中608-1。此の先の水管橋の北300mの飛び地に應正寺の月見堂と宗念堂が在りましたので序に載せます。
 

 

 

植松橋まで戻り遊歩道で遡上しますが、此の付近は荒川から離れた場所に段丘が連なる為、川沿いの堤防は低く遊歩道的な造りです。遊歩道は300m程で右に逸れて農道に繋がり、目前に『#65荒川第二水管橋』が見えます。水管橋の上流から先が、荒川の上流域に入るみたいです。
 

 

荒川第二水管橋は荒川右岸の深谷市畠山地区と左岸の深谷市田中地区との間に架かる水管橋で、送水管を下弦材としたローゼ桁です。送水元及び送水先は不詳ですが、上流の新六堰頭首工から両岸に幹線導水路が伸びており、流量調整用の導水管かもしれません?
 

 

 



名称:荒川第二水管橋
構造種別:4径間ローゼ補剛
河口からの距離:86.3km
橋の長さ:263m
附属:送水管φ600×2
竣工:1991年(H3)





>>>後書き<<<
時間はお昼近く。幹線道路から外れた道で遡上したので結局コンビニ等が見つからず、非常食の魚肉ソーセージとサプリメントゼリーで腹の虫を宥めます。近くに国道140号(秩父往還)が通っているので、其方で昼食を探しながら遡上を継続します(笑)。
次回は荒川右岸の植松橋から遡上して、重忠橋、関越道荒川橋、花園橋までの紹介です。

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  1. 2014/07/16(水) 12:00:00|
  2. 荒川

Scene-117 荒川右岸 『植松橋』


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次回アップ予定:Scene-118 荒川左岸 『荒川第二水管橋』(7/16 12:00)
今回は荒川右岸の熊谷大橋から遡上して、植松橋までの紹介です。熊谷大橋から先の右岸は農地なので前回紹介の植松橋付近まで熊谷大橋右岸上流堤防道路で2km程飛ばします。
 

植松橋の南詰下流側に押切の八幡神社が在ります。境内の由緒案内によると、正式名は八幡・若宮八幡神社。明治初年までは八幡宮と呼ばれていたが、1872年(M5)に上押切御正山若宮坊東陽寺の氏神若宮八幡社の御祭神仁徳天皇を移転合祀し、同時に現社名にされています。創建年代は不詳であるが、1809年(文化6)以降の度々の大洪水で流失し、1829年(文政12)に現在地に遷座しています。入口の明神鳥居には1830年(文政13)建立の刻が残っています。祭神:誉田別命、所在:熊谷市押切1056-1。拝殿脇の狛犬は1930年(S5)の奉納です。神社前の道端にシャーレーポピーが満開、白色も綺麗に咲いています。
 

 

 

 

八幡神社から南西400m、埼玉県道81号熊谷寄居線沿いに新上田の諏訪神社が在ります。境内由緒案内によると、創建は不詳。拝殿は1742年(寛保2)に建立され、本殿は1746年(延享3)に柴田信右衛門豊忠により再建されています。祭神:建御名方命、所在:熊谷市上新田227。境内社:女諏訪神社、天神社、琴平神社。
 

 

諏訪神社から西に600m、畑の中にポツンと白い拝殿が見えます、大天白神社です。創建、祭神は不詳、拝殿前の灯篭には1798年(寛政10)の刻みが在るので古い社です。所在:深谷市本田3695-3。やっと熊谷から脱出だけど、深谷も暑いよね。
 

此処から西400m程の荒川河川敷付近に埼玉県指定史跡の鹿島古墳群が在るので寄ります。6世紀後半に築造が開始され7世紀前半に全盛となり、8世紀初頭まで継続されたと推定される此の地域を治めていた豪族の墓域で、荒川に沿って南北約300m、東西約1200mの範囲に在り、殆どが円墳で構成されています。現在は荒川河川敷の白鳥飛来地を取り囲む様に、雑木林の中に56基の円墳が分布しています。古墳公園の端に白鳥飛来地入口が在りましたが林の中で、行っても時期的に白鳥は居ないのでパスです(飛来期間:10月から3月)。
 

 

 

県道81号に戻り、800m程進むと深谷市本田の春日神社が在ります。下本田の鎮守として信仰された神社で旧村社に列格、748年(天平20)に河内国の枚岡神社を勧請したもので、古くは枚岡神社と呼ばれていました。祭神:武甕槌命、経津主命、所在:深谷市本田2025。境内社:古峯神社、八幡神社、雷電神社、山之神社、冨士浅間神社など。入口鳥居は1974年(S49)奉納の明神鳥居です。
 

 

春日神社の北100mに時宗寺院の教念寺が在ります。創建は不詳、山号:安養山、院号:阿弥陀院、本尊:阿弥陀如来像、所在:深谷市本田2030。江戸期に造られた瓦葺入母屋造の鐘楼は深谷市の有形文化財に指定されています。
 

西400mに同じく時宗寺院の称名寺が在ります。創建、本尊は不詳、山号:不二山、院号:遊座院、所在:深谷市本田1831。
 

称名寺から西に800m程進むと、本田の八幡神社が在ります。716年(霊亀2)に多治比縣守が遣唐使を命ぜられた折、筥崎八幡宮に祈誓して霊験を受けた事、又、720年(養老4)に持節征夷将軍として東国の鎮撫にも神護を受けた事に感謝して722年(養老6)、此処に筥崎宮を勧請して創建したと伝えられています。誉田別命を祀った事から誉田八幡と崇め、此の地は誉田郷と呼ばれるようになったとの事です。祭神:誉田別命、所在:深谷市本田138。狛犬は1990年(H2)の奉納です。
 

 

八幡神社脇を通る埼玉県道69号深谷嵐山線を800m程北上すると、今回最終地点の『#64植松橋』です。荒川右岸の深谷市本田と左岸の深谷市田中とを結ぶ橋で、植松冠水橋が架けられるまでは、植松の渡しと呼ばれる渡船が在った場所です。河床には砂利や秩父泥岩が見え、水質も段々と清流に近づいていますね。
 

 

先代の橋は1951年(S26)にコンクリート製の冠水橋として架橋されており、右岸上流に植松冠水橋記念碑が建っています。現在の架橋により冠水橋は撤去されましたが、下流側中洲先にはコンクリート製冠水橋の橋脚跡が見えます。植松橋の両側は河岸段丘の段丘面になっている為、堤防は在りません。
 

 

 



名称:植松橋
構造種別:8径間連続鋼鈑桁
河口からの距離:85.8km
橋の長さ:370m
有効幅員:10.5m
竣工:1971年(S46)





>>>後書き<<<
今週は梅雨と台風のダブルパンチで遡上先の天気が読めません。2時間以上を掛けて行って、雨に降られると悲惨なので自宅待機。暇なので自宅から近い府中市郷土の森に在る修景池へ昨年と同様に蓮の写真を撮りに行きましたので、幾つか紹介します。今の時期は早咲きの大賀蓮は既に開花が終わり、舞妃蓮、知里の曙も後少しで終わります。
 

 

現在の見頃は原始蓮、桜蓮、ネール蓮、嘉祥蓮などで、此の先は週替わりで新しい品種が咲き始めます。
 

 

次回は荒川左岸の押切橋から遡上して、荒川第二水管橋までの紹介です。尚、次回から予約更新に変更して、お昼(12:00)にアップしますので、宜しくご覧下さい。

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  1. 2014/07/12(土) 03:24:01|
  2. 荒川

Scene-116 荒川左岸 『押切橋』


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次回アップ予定:Scene-117 荒川右岸 『植松橋』(7/12)
今回は荒川左岸の荒川大橋から遡上して、押切橋までの紹介です。スタートはあついぞ熊谷駅、本日の天気予報では30℃近くになるとの事ですが、未だ早朝は涼しいので駅そばの「天婦羅そば」で腹ごしらえです。自宅から此処までの所要時間は電車で106分(¥1320)、暑くなる前にチャッチャッと遡上します。熊谷駅から前々回紹介の荒川大橋まで1kmをワープします。橋の上流に水位計が在ります。5m60から危険水位になっていますが堤防高さが9m程有り、川幅も広いので、此の辺りが越流する事はないね。
 

 

堤防道路を800m程進むと、右下に荒川神社が見えます。入口に2008年(H20)奉納の神明鳥居と二の鳥居が立ち、奥に小さな拝殿と伏見稲荷社が並んでいます。創建、祭神などは不詳。所在:熊谷市見晴町460。
 

 

堤防道路に戻り200m程先に河川敷の教習所、埼玉自動車学校が在ります。其の先は、熊谷ゴルフクラブが続きますので、77.6kmポスト辺りから北に400m程移動して、秩父鉄道を越えた所に在る赤城久伊豆神社に寄ります。秩父鉄道は武甲山から産出される石灰石を運ぶ貨物輸送用に曳かれた路線で、未だに単線です。
 

 

赤城久伊豆神社は、忍城主となった成田氏が用水堀を開削し、その源に当たる荒川の水門に久伊豆神社を勧請したものです。その後、境内が浸食されるようになった事から赤城神社に合祀、赤城久伊豆神社となったと云われています。祭神:豊城入彦命、大己貴命、大山祇命、境内社:稲荷社、五間社など、所在:熊谷市石原1007。北参道の狛犬は1793年(S48)台湾からの奉納です。
 

 

 

 

神社前を通る秩父鉄道脇を800m程進むと、ひろせ野鳥の森駅と云う変わった名前の駅が在ります。駅前に見える堤防道路に上がると野鳥の森入口看板が立っていましたが、何故か肝心の入口が見えません。其のまま堤防道路を進むと79.2kmポストが立ち、目前に前回紹介の熊谷大橋が見えます。熊谷大橋の下を潜り79.6kmポスト過ぎで堤防の雰囲気が変わっています。
 

 

お~荒川で初めて見る陸閘(りっこう)だ!(陸閘:堤防を通常時は生活の為に通行出来るよう途切れさせておき、増水時にはゲート等により塞いで堤防の役割を果たす施設です)。荒川に現存する唯一の陸閘で、大麻生陸閘と名前が付いています。堤防脇には1954年(S29)竣工の陸閘記念碑が在りました。
 

 

左岸側河川敷は大麻生ゴルフ場、堤防道路上は距離ポストだけなので、先程の陸閘から300mの国道140号 (秩父往還)沿いの寺社に寄ります。陸閘先踏切の右側は秩父鉄道車両基地、1日に1往復だけSLが走っているそうなので駐車しているか見ましたが見当たりませんでした。荒川は此の先の三峰口まで秩父鉄道が並走しているので、其の内SLと遭遇するでしょう(後で確認したら、平日運転は夏休みと紅葉時期のみで、殆ど休日運転でした。長瀞辺りで休日に出掛けるかな?)。偶々来た電車は東京急行電鉄からの譲受改造車両で秩父鉄道の7500系電車です。
 

 

国道を200m程進むと臨済宗南禅寺派寺院の正光寺の山門が見えます。創建、本尊などは不詳、山号:赤城山、所在:埼玉県熊谷市大麻生1100-1。
 

 

国道を更に800m程進むと、右手に大栄神社の神明鳥居が見えて来ました。創建は不詳、元は五社稲荷神社が境内に在り、1913年(T2)に産泰神社、浅間神社、駒形神社、天神社、八荒神社を合祀して大栄神社と改称したそうです。祭神:菅原道真公、日本武尊他、所在:熊谷市大麻生454。入口の神明鳥居は1963年(S38)、狛犬は1981年(S56)の奉納です。合祀社脇に弓場跡と云う碑が在りましたが、何なのか不詳です。
 

 

 

100m程西隣に真言宗豊山派寺院の宝蔵寺が在ります。創建、本尊は不詳、所在:熊谷市大麻生438-1。
 

宝蔵寺前の国道を西側に400m程進むと、今回最終地点の『#63押切橋』に到着です。上流方向の河床は砂利が見え、コンクリ護岸も無く自然な川の雰囲気が出ていますね。遠くには秩父の山並みも見えます、2箇月後位には近くまで行く予定です。
 

荒川右岸の熊谷市押切と左岸側の熊谷市大麻生とを結び、埼玉県道47号深谷東松山線が通ります。架橋前は押切の渡しと呼ばれる私設の渡船が在り、1919年(T8)に初めて木桁橋の冠水橋が架けられました。其の後、数回の冠水橋の架け替えが行なわれ、1959年(S34)にはコンクリート+一部木製の冠水橋に架け直されたが、1961年(S36)、1971年(S46)、1966年(S41)、1983年(S58)の台風により流失や損壊が繰り返されています。冠水橋が架かっていた場所から上流600mに、現在の押切橋が架橋された事により、今までの冠水橋は撤去されています。
 

 

 



名称:押切橋
構造種別:16径間PC連続箱桁
河口からの距離:81.2km
橋の長さ:1399.1m
有効幅員:10.5m
竣工:1991年(H3)





>>>後書き<<<
夏バテ防止の為、大蒜(ニンニク)を良く食べます。丸ごと素揚げが好きで、食べたくなると序に鳥の唐揚げと一緒に作ります。爆発しないように画鋲でプスプスと穴を開け、150℃で6分程待つだけです。序に鶏肉も出汁(麺つゆ、醤油、味醂、塩、胡椒、おろし大蒜)に20分程漬け込んでから、片栗粉を塗して揚げます。大蒜の素揚げ、ホクホクして美味です。油切りして直ぐに、レタスを敷いた皿に盛り付けるとレタスが余熱でシンナリとなり野菜も沢山食べられますよ。残った唐揚げは翌日に、ざるラーメンの具(茗荷、胡瓜、レタスの千切り)にトッピングです。
 

荒川遡上も沿線がJR高崎線から分岐する秩父鉄道に変わります。唯、秩鉄は本数が1時間に2~3本と少ない上に、運賃も15分程の区間で¥470と他の私鉄運賃の倍近くで高い路線です。ブログの取材単価を下げる為、チャリで効率良く回らないとね(笑)。今週は大型台風8号が上陸しそうですので、皆さん注意しましょう。次回は荒川右岸の熊谷大橋から遡上して、植松橋までの紹介です。

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  1. 2014/07/08(火) 03:10:57|
  2. 荒川

Scene-115 荒川右岸 『熊谷大橋』


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次回アップ予定:Scene-116 荒川左岸 『押切橋』(7/8)
今回は荒川右岸の久下橋から遡上して、熊谷大橋までの紹介です。先ずは、久下橋から堤防道路で約2km先に在る手嶋神社に向かいます。途中、久下橋から500m程の処に、池が見え釣りをしている人が沢山います。切所沼(きれしょぬま)と云う公園化された池です。他には何も無く、河口からの距離ポスト位しか撮るものが在りません(ツマラナイね)。オレンジ色の派手な車、国土交通省の河川巡回パトカーです。
 

 

75km標識を過ぎて堤防道路左側に下ります。土手の斜面に水神宮碑が立って居ました、荒川は荒ぶる川でもあり各所に水神様が祀られています。手島神社の創建、祭神は不詳、所在:熊谷市手島212付近。鳥居は1930年(S5)奉納の明神鳥居です。近くにキジトラの子猫が顔を出しています、首輪が付いているので飼い猫ですね。
 

 

手島神社から堤防道路で約1km、前回紹介の荒川大橋前を渡り堤防道路で遡上します。600m進み、河口から77km標識を通過、左手にコンクリート製の土管が売る程並んでいます(落とすとドッカーンと危ないのでドカンかい、寒~!)。現在は、ヒューム管と呼ばれている日本ヒュームと云う会社の製品です。
 

 

堤防道路を更に1km進み、堤防道路を降りて南に400m程移動して樋春の七社(しちしゃ)神社に寄ります。創建、祭神などは不詳、所在:熊谷市樋春1023-1。入口鳥居は1862年(文久2)建立の明神鳥居、狛犬は1958年(S33)の奉納です。
 

 

 

七社神社の前に藤棚が在ったので、日陰のベンチで休憩です。荒川中流域の河川敷に在る農地は殆どが麦畑で、七社神社横の畑も小麦です。麦は補水管理が楽で、水はけが良い土地なんだろうね。
 

 

七社神社前を通る埼玉県道385号(熊谷東松山道路)の対面に真言宗智山派寺院の真光寺が在ります。1614年(慶長19)宥定和尚により開山された後、幾度かの無住時代を経て、1743年(寛保3)に第8世廣祐和尚により本堂が再建されています。本尊:聖観世音菩薩像、所在:熊谷市樋春297。境内には埼玉県の有形文化財に指定されている、日本で2番目に古い紀年銘1228年(安貞2)を有した板石塔婆(板碑)が在ります。種子使用の完形品としては日本最古だそうで、主尊の梵字は阿弥陀如来を表す、キリークが彫られています。下記は、梵字(種子字)の一例で、左から、阿弥陀如来:キリーク、勢至菩薩:サク、観音菩薩:サ、虚空蔵菩薩:タラーク、文殊菩薩:マン、普賢菩薩:アン、大日如来:バン、不動明王:カーン、千手観世音菩薩:キリークです。


 

 

北西400mの位置に天台宗寺院の寶憧寺が在ります。創建は不詳、山号:田中山、院号:冥迦院、本尊:阿弥陀如来像、所在:熊谷市押切134。此の寺院にも古い板石塔婆が在りました。1258年(正嘉2)の銘と阿弥陀如来:キリークを表す梵字が彫られています。此方は熊谷市の有形文化財に指定されています。
 

 

埼玉県道385号の下を潜り、200m程荒川沿いに戻ると、個人所有の古民家(平山家住宅)が在り、一般に無料開放されています。建物は桁行19.3m、梁間10.9mの入母屋造り茅葺の平屋建てで、江戸時代中期の建築。南関東地方に於ける典型的な農家住宅として、国の重要文化財に指定されています。所在:熊谷市樋春1067。
 

 

北側100mに在る堤防道路から荒川の河原まで50m程なので出てみます。岸辺は護岸ブロックで整備されていて釣りをしている人も居ます。水の透明度は未だ悪く、流れが緩い為に藻の発生が見られます。清流になるのは未だ遥か上流の様ですね。途中の林の木陰にジャノメ蝶が群れています。コジャノメ(小蛇目)です、チョウ目(鱗翅目)タテハチョウ科ジャノメチョウ亜科に分類され2~3cmの大きさで、ヒメジャノメに似ていますが、後翅裏面の大きな目玉模様の上に並ぶ小さな目玉模様の数が4つ(ヒメジャノメは3つ)なので見分けられます。堤防道路に戻ると、目前に今回最終地点の『#62熊谷大橋』が見えます。
 

 

熊谷大橋は、荒川右岸の熊谷市押切と左岸側の熊谷市広瀬とを結び、埼玉県道385号武蔵丘陵森林公園広瀬線(熊谷東松山道路)が通ります。荒川上流方向には河原石も見え、流れも早く清流ぽっくなって来て居ます。かつて此の橋の付近には樋春の渡しと呼ばれる私設の渡船が存在していました。
 

橋はPC(プレストレスト・コンクリート)の連続ラーメン橋で、橋脚と桁が一体構造になっており、歩道は下流側のみに設けられています。橋の左岸広瀬側は秩父鉄道を越える陸橋(取付高架)と一体化しています。初代の橋は1909年(M42)の架橋です。
 

 

 



名称:熊谷大橋
構造種別:10径間PC連続ラーメン橋
河口からの距離:79.3km
橋の長さ:1163.9 m(渡河部910m)
有効幅員:10m
竣工:1976年(S51)





>>>後書き<<<
暑いと食欲落ちますよね、冷たい物ばかりだと体に悪いので、熱いけどピリリッとした麻婆豆腐は好きで良く食べます。唯、麻婆豆腐の素で作ると必然的に2人分出来てしまうので翌日も食べる羽目になるのですが、違う食べ方をMoMAさんレシピで知り、アレンジした冷やし麻婆豆腐拉麺を作りました。普通に麺を茹でてから水洗い、丼に半分位のお湯で溶かしたスープを作り、ドッサリの氷と麺を合体。上に冷蔵庫で冷えた昨日の麻婆豆腐をトッピングして完成です。冷えているので麻婆豆腐のトロミも溶けずに、麺に絡んで美味しかったですよ。
 

4月に消費税が8%に上がる前に何か買い溜めしましたか?自分はタバコを4カートン程買いましたが、丁度ローソンのタバコ纏め買いキャンペーンがあったので応募したら先月、コーヒー(Root)5缶との引換券に当選、ラッキーでした。
 

荒川も漸く中間付近まで遡上して来たので、水質も段々と清流の雰囲気に近づいて来たので、此の先が楽しみです。次回は荒川左岸の荒川大橋から遡上して、押切橋までの紹介です。

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  1. 2014/07/04(金) 03:28:42|
  2. 荒川

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