ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-114 荒川左岸 『荒川大橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-115 荒川右岸 『熊谷大橋』(7/4)
今回は荒川左岸の大芦橋から遡上して、荒川大橋までの紹介です。大芦橋から左岸上流沿いは農地が続くので、寺院が在る処まで約1kmをスルーします。なので、今回はJR吹上駅から斜めに荊原(ばらはら)の日蓮宗日詔(ひしよう)寺までショートカットで行きます。日蓮宗の寺院一覧では日詔教会になっていますが本堂の扁額は日詔寺でした。日蓮宗では壇信徒数が少ない方から結社、教会、寺院です。創建などは不詳、所在:鴻巣市荊原154。日詔寺の西側50mが左岸堤防道路になっているので、此方で遡上します。河川敷には誰かが種を撒いたのか雑草の中にポピーが顔を出していました。

 

 

 

日詔寺から北東800m程に在る伊奈利神社に寄ります。境内由緒札によると、榎戸村の鎮守で1634年(寛永11)に此の地に土着した横田家が創建に関わっています。かつては稲荷社、弁財天、天満宮と呼ばれていたが何時から伊奈利神社に変わったかは不明です。祭神:倉稲魂命、所在:鴻巣市榎戸1-1。
 

伊奈利神社から北200mに曹洞宗寺院の永勝寺が在ります。創建は不詳、山号:金昌山、本尊:釈迦牟尼仏像、所在:鴻巣市北新宿1114。
 

永勝寺前の道を西に300m程進むと、山神社と不動明王が在ります。山神社は境内由緒札によると、創建は不詳、徳円寺持ちの神社として建立され江戸期は真言宗徳円寺が別当であり、現在地よりも北西800mに鎮座していたが1906年(M39)に現在地に遷座しています。祭神:大山衹神、所在:鴻巣市北新宿920。鳥居は1994年(H6)奉納の明神鳥居です。
 

手前に在るのが不動堂で、1873年(M6)に廃寺になるまでは普明山福性院と号した真言宗の寺院でした。此処に安置されている不動尊像は伊勢原市の大山に在る大山阿夫利神社の月参の供養仏として造られたもので、鴻巣市の有形文化財に指定されています。不動堂前のJR高崎線の踏切を渡り200m西の堤防道路で遡上します。
 

堤防道路を約3km進み前回紹介の久下橋東詰めを通過、更に1kmほど進みます。愈々、日本で一番暑い熊谷(2007年8月に観測史上最高気温となる40.9℃を観測)に突入です。何故、「あついぞ!熊谷」になるかと云うと、都心ビル街で発生するヒートアイランド現象による熱風と、秩父山系から吹き降ろすフェーン現象による熱風とがブツカル「熱風の交差点」と呼ばれる地点が熊谷市上空付近だからなのです。堤防からは荒川越しに秩父の山並みが見えます。今日は河川敷の砂ほこりが舞うほどの風が吹いており、気温は25℃程度で快適です。堤防の右側にはマス釣り場が見え、其の隣に曹洞宗寺院の東竹院が在ります。久下次郎重光が開基、月擔承水法師が開山となり創建されています。山号:梅籠山、寺号:久松寺、本尊:釈迦如来像、所在:熊谷市久下1834。
 

 

東竹院から北東300m程の位置に真言宗智山派寺院の長福寺が在るので寄ります。創建年代は不詳、山号:青雲山、院号:多聞院、本尊:本尊大日像、所在:熊谷市佐谷田3488。
 

 

東竹院前の堤防道路に戻って、遡上再開です。700m進むと、「海まで75km、水源まで94km」の標識が立っていました。と云う事は、遡上進捗メータは現在44%、未だ先は長いね。其の先に八町排水樋管が在ります。形式:鋼製ローラーゲート、径間:4.6m、門扉高さ:3.2m、竣工:1977年(S52)。
 

 

堤防道路を右に降りて北東200mの処に大雷(おおいかづち)神社が在ります。道路端に神明鳥居と両部鳥居が在り参道は駐車場になっており、拝殿が駐車場の奥に見えます。創建は不詳、祭神:大雷命、所在:熊谷市佐谷田3982付近。
 

先程の堤防道路に戻り1km程進むと、今回最終地点の『#61荒川大橋』に到着です。荒川右岸側の熊谷市村岡と左岸側の熊谷市河原町、榎町とを結び、国道407号が通ります。村岡の渡しが在った場所に1909年(M42)木造桁橋が架橋され、其の後何回かの修復、架け替えを経て、1925年(T14)に9径間鋼下路ハウトラス橋が完成しています。現在は架け替えられていますが、当時のトラス部分が遺構として右岸側の橋詰に展示されています。1969年(S44)に9連トラス橋の下流側に新荒川大橋が新設され、1980年(S55)には上流側に現在の荒川大橋が併設されています。翌年には9連トラスの荒川大橋は役目を終え、撤去されています。尚、橋の名称については既に新荒川大橋が河口から21.3kmの位置に在る為、2本の橋を纏めて荒川大橋と呼んでいます。因みに上流側の橋は国道407号の下り線、下流側の橋は上り線として運用されています。
 

 

 



名称:荒川大橋
構造種別:16径間鋼連続鈑桁
河口からの距離:76.4km
橋の長さ:845.9m
有効幅員:8.75m×2
竣工:1969年(S44)、1980年(S55)併設





>>>後書き<<<
暑いが売りの熊谷地区は、梅雨明けで暑くなる前に通過出来そうでラッキーでした。唯、せっかく熊谷に来たので「あついぞ!熊谷」グッズ(手拭いとストラップ)を買って来ました(笑)。荒川大橋から北に500m、秩父鉄道の北熊谷駅前を通過して200m程進むと八木橋百貨店が在ります。正面入口にはNewsでお馴染みの特大温度計が立っています。想定外の温度に対応できる様45℃までの目盛りが付いています(其処まで必要ないだろうけどね)。
 

 

今年の梅雨は長そうですね、梅雨の中休みを狙って遡上取材するチャンスを伺っているのですが、天候不順が続いており躊躇しています(悲)。記事は未だ、ストック分で凌げるので良いけど(笑)。
次回は荒川右岸の久下橋から遡上して、熊谷大橋までの紹介です。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは其の儘、閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/06/30(月) 03:26:35|
  2. 荒川

Scene-113 荒川右岸 『久下橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-114 荒川左岸 『荒川大橋』(6/30)
今回は荒川右岸の荒川水管橋から遡上して、久下(くげ)橋までの紹介です。荒川水管橋の200m上流に風変りな橋脚の橋が架かっています。荒川に並行する和田吉野川を跨ぐ吉見橋(10径間PC補鋼、長さ:85m)で、1978年(S53)に竣工されています。以前は旧大芦橋(冠水橋)が其の先に延長されていて大芦橋が架橋後に撤去されましたが、吉見橋は熊谷市小八林地区と荒川の右岸堤防外地を結ぶ河川敷農耕地への橋として残っています。
 

吉見橋の上流200mの橋が前回紹介の大芦橋で、橋の西側300m程の処に大福寺が在るので寄ります。大芦橋の西詰め下流側に大きな池(鏡ケ淵)が在り柵内へは入らない様にとの看板が見えますが、池廻りは桟橋が張られてヘラ鮒用の釣り堀と化しています。池沿いに200m程進むと真言宗智山派寺院の大福寺です。創建は不詳、本尊:地蔵菩薩像、所在:熊谷市小八林1387。
 

 

荒川堤防側に戻り、荒川の瀬割堤防に並行する和田吉野川の右岸に造られた堤防路沿いに遡上です。左側に豊廼排水機場、右側に1998年(H10)竣工の豊廼樋管(形式:鋼製ローラーゲート、径間:2.5m×2連、門扉高さ:2.1m)が在ります、大雨時に農耕地から水路に集まった余剰水を和田吉野川へポンプで強制排水する施設です。
 

 

 

和田吉野川には農耕地への連絡橋(PC桁橋)が幾つか架けられています。1km程進むと、通殿川排水機場と津田樋管が見えます。通殿川が和田吉野川へ合流する地点に設けられていて、洪水時に通殿川への逆流を防ぐと同時にポンプによる強制排水が行なわれます。
 

 

100m上流に玉作水門が在ります。荒川が増水した際に和田吉野川への逆流を防止する水門で、形式:鋼製ローラーゲート、径間:23.5m×2連、門扉高さ:11.3m、竣工:2000年(H12)。玉作水門の100m上流に在るのが農業用水の取水堰である、横見1号取水堰樋門です。
 

 

取水堰樋門から南西300m付近に玉作の八幡神社が在りましたが、創建、祭神共に不詳、狛犬は不在でした。入口に境内社が並んでいます。所在:熊谷市玉作3468。神社の脇は小麦畑になっていますが、農薬散布用のラジコンヘリが飛んでいます。大芦橋の近くで見掛けた機体番号と同じなので、JAが順番に畑を廻っている模様です。
 

 

 

玉作八幡神社脇の広域農道を200m程進み、和田吉野川に架かる玉作橋(構造:3径間鈑桁、長さ:66.6m、幅員:8.3m)を渡ります。上流側には白と水色の配色がスッキリとして綺麗な橋、2006年(H18)竣工の和田吉野川水管橋(構造:3径間ローゼ補剛形式、長さ:66.5m)が架かっています。橋の付近に「発砲厳禁」の看板、え!思わず周囲にハンターが居ないか見渡しました(笑)。
 

 

 

北へ2km程進み、荒川堤防沿いに戻ります。暫く進むと堤防道路の下に琴平神社が見えます。小さな石垣の上に拝殿が乗っている神社で、拝殿前に2本の銀杏が御神木として立っています。創建、由緒などは不詳、祭神:大物主命、所在:熊谷市津田新田1066付近。
 

 

再び堤防道路に上がり遡上、暫く走ると右岸下流72kmポストが在り、残り1200mで今回最終地点の『#60久下橋』に到着です。
 

久下橋は荒川右岸の熊谷市屈戸と左岸の熊谷市久下とを結び、埼玉県道257号線(冑山・熊谷線)が通ります。初代の架橋は1955年(S30)で、282.4mの冠水橋が現在の橋の上流600mに架けられ、其れまでは久下の渡しが使用されていました。
 

 

 



名称:久下橋
構造種別:9径間鋼連続箱桁
河口からの距離:73.2km
橋の長さ:778m(陸橋部を含むと2462m)
有効幅員:10.8m
竣工:2003年(H15)





>>>後書き<<<
荒川も愈々、あついぞ!熊谷に突入。未だ6月の暑さは猛暑日(35℃以上)が来る前なので、移動は少し楽です。唯、モタモタしていると熊谷の猛暑に巻き込まれそうなので、遡上ピッチを上げます。
先週土曜日は、何時もの飲兵衛仲間5名による定例飲み会でした。場所はSaさんの御子息が仕切っているJR茅ヶ崎駅近くの居酒屋「とり八」です。個室を予約して戴き、超豪華な御造りの差し入れを戴きました(嬉)。普段食べられない、金目鯛、カワハギ、旨~!湘南の地魚、生しらすも甘くて美味でした。


焼き物もビールにピッタリ、刺身を食べ過ぎてお腹一杯、焼酎に切り替えます。


後半、お腹も落ち着いて来たのでカレーうどんで口直し、胡瓜と茗荷のサラダもサッパリとして美味しかったです。馬刺しはIさんの御要望でオーダー、自分は食べません。何故ならば、馬の神様のご機嫌を損ねると馬券に影響があるからです(笑)。鯨の皮の刺身、プリプリと脂が乗って珍味で旨いね。10:30過ぎに御開き、JR南武線の立川行き終電で翌日帰還でした。次回は、何処なのかな?楽しみです。


次回は荒川左岸の大芦橋から遡上して、荒川大橋までの紹介です。
コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは其の儘、閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/06/26(木) 03:23:07|
  2. 荒川

Scene-112 荒川左岸 『大芦橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-113 荒川右岸 『久下橋、荒川大橋』(6/26)
今回は荒川左岸の滝馬室橋から遡上して、大芦橋までの紹介です。滝馬室橋から河川敷内の農道で遡上し、途中の水路に設けられた行人排水樋門を過ぎた先から左岸沿いの堤防道路へ入ります。足立北部水路に架かる小橋を左手に見ながら300m程進むと、河口から63.2kmポスト先に渡内糠田樋管が在ります。形式:鋼製ローラーゲート、径間:3m×2連、門扉高さ:2.6m、竣工:1991年(H3)。
 

 

 

途中の農道脇にはヤグルマギクが綺麗に咲いています。花の蜜を求めて、後ろ脚に花粉団子を付けた蜜蜂ハッチが出勤です。休耕地の中にちょこちょこと動く鳥が居ました。土の色に紛れて見難いけど、ヒバリでした。ヒバリ(雲雀)はスズメ目ヒバリ科に分類される鳥で、春を告げる鳥として知られていますね。全長17cm程で、頭部の冠羽がベッカムヘアーの様に立っているので♂です。
 

 

400m程進み、前回紹介の糠田橋東詰下に曹洞宗寺院の聖泉寺が在るので寄ります。本堂改装記念碑によると、寛永年間(1624~1644年)に、河野権兵衛が開基したと伝えられています。山号:補陀山、本尊:釈迦如来像、所在:鴻巣市糠田1359。
 

 

聖泉寺の西100mに真言宗豊山派寺院の放光寺が在ります。境内の案内板によると、開基は源頼朝の御旗奉行を務めた安達藤九郎盛長で本堂には此の盛長の坐像が安置されており、埼玉県の有形文化財に指定されています。山号:糠田山、院号:毗盧遮那院、本尊:薬師如来像、所在:鴻巣市糠田1435。境内に咲くピンクと赤の牡丹が見事です。牡丹と芍薬、似ていますが見分け方が有ります。葉に切れ込みが有るのが牡丹、切れ込みが無いのが芍薬です。
 

 

 

放光寺の西100mに糠田の氷川神社が在ります。境内由緒札によると、寛永年間(1624~1644年)には村の鎮守であり、1873年(M6)に村社に列格しています。本殿は鴻巣市の有形文化財に指定されている1716年(享保3)の造りで、保存の為に覆屋で保護されていますが隙間から珍しい板葺屋根が見えます。祭神:須佐之男命、櫛稲田姫命、所在:鴻巣市糠田1342。
 

 

氷川神社の西側200mに利根川から引き込まれた武蔵水路が荒川に流れ込んでいます。通水から35年程経過し老朽化が進んでいるので、改修工事中です。
 

武蔵水路沿いに北に2km程進み、小谷の日枝神社に寄ります。境内由緒札によると、日枝神社は旧小谷村の鎮守として祀られ山王社と呼ばれていましたが、明治初年の神仏分離により日枝神社と改められています。祭神:大山咋命、所在:鴻巣市小谷1505。入口の鳥居は1962年(S37)奉納の明神鳥居、狛犬は不在でした。
 

日枝神社の西隣に真言宗智山派寺院の金乗(こんじょう)寺が在ります。創建、本尊は不詳、山号:善光山、所在:鴻巣市小谷1507。
 

隣に曹洞宗寺院の寶勝寺が在ります。此方も創建、本尊は不詳です。山号:慈眼山、所在:鴻巣市小谷1543。
 

寶勝寺から農道を800m程経由して荒川の堤防道路に出ます。堤防道路を1km程進むと右側に鴻巣市吹上総合運動場が見え、堤防脇には屋内運動施設の「コスモアリーナふきあげ」が在ります。更に500m進み、前回紹介の荒川水管橋を潜ると残り400mで今回最終地点の『#59大芦橋』に到着します。
 

アレレ!大芦橋に合流する堤防道路が柵で封鎖されていて行き止まりです。何故?ショウガナイな、右下に側道が在るので其方に行ったら、ナンジャ!此処も封鎖されています。何故??(patr2)です。でも、此方は左脇の菜の花の中を無理やり突破して廻れました。
 

大芦橋は荒川に並行する和田吉野川右岸の熊谷市小八林地区と左岸側の鴻巣市大芦地区とを結び、埼玉県道66号行田東松山線が通ります。歩道は幅員2mで上流側のみに設置されています。
 

架橋前は大芦の渡しと呼ばれる渡船が在った場所で、昭和初期に木製の冠水橋が大芦橋の下流200mの位置に架橋されていますが、増水により幾度も流失しては架け替えが行なわれました。1979年(S54)に永久橋として現在の橋が架橋されて、以前の冠水橋は同時期に撤去されています。毎年秋には左岸堤防(荒川コスモス街道)や河川敷でコスモス祭りが行なわれるそうです。
 

 

 



名称:大芦橋
構造種別:18径間鋼連続箱桁
河口からの距離:68.4km
橋の長さ:1016m
有効幅員:11.5m
竣工:1979年(S54)





>>>後書き<<<
ブログスペースが又、余っちゃったので又々雑記です。カップ焼きそばの「ペヤング」は知っていますよね。ロングセラーで約40年の歴史が有ります。先々月、スーパーでノーマル品の特売があり大量にゲット。普通に食べると飽きるので変わった食べ方で始末しました。其の中で美味しかった食べ方を幾つか紹介します。お勧めは、明太子マヨネーズ、ツナ&コーン、ツナ&水菜(ツナのオイルは捨てます)、いか明太子、ポテチ(容器の下に10枚くらい敷き詰めて麺で押し潰してから注湯します)などです。一回、お試しあれ!和風焼き蕎麦も新しくラインアップされましたが、温かいザル蕎麦風でタレが甘過ぎでイマイチでしたよ。






ワールドカップのサムライブルー、応援したけど寒いブルーになってしまいしたね。賞金総額は約586億円(優勝は35億円!)だけに各国とも気合いモードMax、体幹が劣る日本には不利でしたよね。
次回は荒川右岸の荒川水管橋から遡上して、久下(くげ)橋、荒川大橋までの紹介です。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは其の儘、閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/06/22(日) 03:20:42|
  2. 荒川

Scene-111 荒川右岸 『糠田橋、荒川水管橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-112 荒川左岸 『大芦橋』(6/22)
今回は荒川右岸の原馬室橋から遡上して、糠田(ぬかだ)橋、荒川水管橋までの紹介です。原馬室橋から上流の右岸側は農耕地で何んも在りません。西側の外堤防を越えれば寺社が在るのですが、前回紹介したように川幅日本一で距離が2km以上あるので止めておきます。なので、前回紹介の御成橋と滝馬室橋までの約1km、更に『#57糠田橋』までの1kmをスルーして、いきなり糠田橋の紹介です。荒川右岸の比企郡吉見町明秋と左岸の鴻巣市糠田とを結ぶ橋で、埼玉県道76号鴻巣川島線が通ります。橋上からの水流は緩く、透明度も未だ有りません。
 

架橋前は糠田の渡しと呼ばれる渡船場が在り、昭和初期に木製冠水橋が現在の橋の下流200m側に架橋され、現在の橋が架橋された際に廃止されています。右岸側は横堤に接続され、左岸側は本田高架橋に接続されており、歩道は下流側のみに在ります。橋名は左岸地区の地名からの命名ですね。
 

 

 



名称:糠田橋
構造種別:14径間鋼鈑桁・箱桁橋
河口からの距離:63.5km
橋の長さ:776m
有効幅員:9.75m
竣工:1984年(S59)





糠田橋の上流側に明秋神社が在るので据付け道路を潜って寄ります。創建、祭神共に不詳で、1874年(明治7年の秋)に発足した村の名前(明秋)が付いた神社です。所在:比企郡吉見町明秋510。
 

糠田橋から上流には菜の花ガーデンを起点として「さいたま新花名所」として、四季折々の花の中でスポーツが楽しめる吉見総合運動公園が800m×600m程の広さで続いているので、公園横のサイクリングロードを進みます。園内の菜の花は14haに1400万本も咲き、見事でした(5月上旬の絵)。500m程進むと左手に九頭竜大神碑が在ります、水神の一種で、明秋地区で祀られたものです。先方に赤い鳥居が見えたので寄って見ましたが、記載が無く社名不明でした。途中で公園内を横切り、堤防道路に出ます。案内図では園内に池が何箇所か在る筈なのですが見えませんね。パークゴルフ場では大勢の人がラウンド中で何か大会でも有るのかな?
 

 

 

吉見総合運動公園の端から400m程進むと、堤防道路脇に荒神社が在ります。創建、祭神などは不詳です、川沿いに在るので水神ぽっいですね。所在:比企郡吉見町一ツ木236。
 

 

荒神社から南西200mに吉見町一ツ木の氷川神社が在ります。此方も創建、祭神などは不詳です、他の市では教育委員会や広報で史跡や寺院の案内板が掲載されていますが、比企郡では一切無しですね。所在:比企郡吉見町一ツ木165。
 

一ツ木氷川神社から西400mに天満宮(天神社)が在ります。創建、祭神不詳。所在:比企郡吉見町地頭方526。境内社:頭殿神社。奥には富士塚が祀られています。
 

 

天満宮から西500mに吉見町本沢の熊野神社が在ります。大坂の陣(1614~1615年)において豊臣家家臣、石川九朗左衛門が戦に敗れて此の地に土着し、兜の鉢金の中に在った守り本尊を氏神として祀ったのが始まりと云われています。祭神:伊邪那岐尊、伊邪那見尊、所在:比企郡吉見町本沢115。
 

次に北西1kmの処に在る吉見町中曽根の八幡神社に寄りますが、途中の道端に綺麗なシバザクラが満開です。芝桜はハナシノブ科の多年草で、別名ハナツメクサ(花詰草、花爪草)と云われています。ピンク色の芝桜しか見た事が無かったけど、赤に紫、色々な種類が有るのですね。
 

 

八幡神社の手前に来ると周囲は農道に様代わり、どの道で進むのか迷うね。ナビに伺うと農道もちゃんと載っていました、ナビ頭良いね~。農道脇に鳥居と庚申塔が並んでいます、中央に青面金剛像と下に三猿が刻まれていました。
 

其の儘、農道を100m程進むと吉見町中曽根の八幡神社に着きました。創建は不詳、祭神:誉田別尊、所在:比企郡吉見町中曽根384。境内社:稲荷社、諏訪社、天満宮。入口鳥居は1956年(S31)奉納の明神鳥居です。
 

 

八幡神社から北に1.4km程進み荒川堤防に戻ると、今回最終地点の『#58荒川水管橋』に到着です。荒川に並行する和田吉野川右岸の熊谷市小八林地区から荒川左岸の鴻巣市大芦地区の間に架けられた、水道用水供給の為の水道橋で水管橋としては長さ日本一、埼玉県企業局が管理しています。水源は利根川で、利根大堰で取水されて行田市の行田浄水場へ送られ、上水されて地下のパイプを経由して、荒川水管橋まで圧送されています。
 

 

 



名称:荒川水管橋
構造種別:11径間ローゼ補剛
河口からの距離:68km
橋の長さ:1101m
附属:送水管φ1200×2
竣工:1984年(S59)





>>>後書き<<<
先日仕込んだラッキョウが漬け上がりました。唯、塩漬けしておらず痛むのが早いので朝昼晩にポリポリ、オヤツにポリポリして始末していますが、1kg在るので全然減りません(焦)。其処で、オカズの中にも投入して処理促進です。切り刻んでピラフ、炒飯、タルタルソースにも混ぜます。海老フライ絶品、偽ビール(気分はSUPER"DRY")に合うね。ところで、海老の尻尾は食べますか?カリカリの尻尾が美味で好きなので尻尾の部分だけ二度揚げです。其れから定番のカレーにも、拉麺にも添えて無事処理を完了しました(笑)。
 

 

 

梅雨の中休みだったので久しぶりに遡上探索、早朝は快適でしたが11:00頃から蒸し暑くなり汗が拭いても拭いても止まりません。スポーツドリンクも直ぐに空カラ、13:00過ぎに早めに切り上げて帰宅するや否や、シャワーを浴びながらビールで水分補給?疲れました。
スカイブルーの中に連なる赤い荒川水管橋、見事な配色で見とれますね。次回は荒川左岸の滝馬室橋から遡上して、大芦橋までの紹介です。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは其の儘、閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/06/18(水) 03:38:34|
  2. 荒川

Scene-110 荒川左岸 『御成橋、滝馬室橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-111 荒川右岸 『糠田橋、荒川水管橋』(6/18)
今回は荒川左岸の荒井橋から遡上して、御成橋、滝馬室(たきまむろ)橋までの紹介です。荒井橋に近い駅はJR高崎線の北本駅で自宅最寄り駅から86分、JR武蔵野線経由で行きます。早朝の出発なので車内はガラガラで、車内には数名とハト、えぇ~鳩!府中本町駅で鳩ポッポが乗込んで来て床のパン屑などを車内清掃です。何処まで行くのか見ていると収穫がなかったのか、次の駅で下車、ホームで下りの電車を待っています。多分、下りの電車で戻るんだろうね?昔、伝書鳩って云うのが居たけど、此奴は電車鳩だな?
 

北本駅から荒川方向へ進み、荒井橋の手前1kmで右折して寺社が並んでいる一般道で荒川沿いに遡上します。先ずは、須賀神社です。境内由緒案内によると、天正年間(1573~1591年)の勧請と伝えられ、荒井の天王様とも呼ばれていた神社で、1873年(M6)に村社に列格されています。祭神:素戔嗚尊、他4柱、所在:北本市荒井1-353。境内社:浅間社、橿城神社、神明社。入口の鳥居は1966年(S41)奉納の神明鳥居、狛犬は1928年(S3)の奉納です。
 

 

須賀神社の隣に厳島神社が在ります。1701年(元禄14)に台風で大杉(幹回り約8m)が倒れ、其の根本に出来た池に地元の人が島を造り、弁財天を祀ったと云われています。祭神:市杵嶋姫命、所在:北本市高尾8。
 

厳島神社の正面に北本高尾の氷川神社が在ります。境内由緒案内によると、869年(貞観11)村の鎮守として創建されています。祭神:素戔嗚尊、他5柱、所在:北本市高尾7-31。
 

 

高尾氷川神社から北に1kmの位置に朱色の両部鳥居が建立された北袋神社が在ります。境内由緒札によると、地名に袋が付くのは川沿いの低地に限られ、北袋も荒川沿いの低地に位置する事が地名の由来との事です。北袋神社は1917年(T6)村内に祀られていた神明社、熊野社、橿城社を合併して、地名を冠した神社になっています。祭神:天照大神、面足命、惶根命、所在:北本市高尾4-107。狛犬は1932年(S7)の奉納です。
 

 

北に200m程進むと原馬室(はらまむろ)の愛宕神社が在ります。創建は不詳、旧原馬室村の鎮守でした。祭神:火迦具土命、所在:鴻巣市原馬室2825。狛犬は1939年(S14)の奉納です。
 

 

愛宕神社から北に400m程住むと真言宗智山派寺院の妙楽寺で、境内の落慶碑によると創建は応永年間(1394~1427年)で鎌倉建長寺塔頭名月院惠範の開山で、1405年(応永12)に明月院の末寺になり大工山妙楽寺と号し建立。其の後、天正年間(1573~1593年)に真言宗に改宗して常勝時の末寺となっています。山号:愛宕山、院号:地蔵院、本尊:延命地蔵尊像、所在:鴻巣市原馬室2967。
 

妙楽寺から北へ200m程進むと観音堂が見えます。境内の改修記念碑によると、観音堂は1676年(延宝4)に建立され、1977年(S52)に瓦葺から銅板葺に改修されたもので、先程の妙楽寺の管理です。境内には、聖徳太子は観音菩薩の生まれ変わり、と云う信仰があるからか聖徳皇太子碑が在りました。所在:鴻巣市原馬室1282。
 

観音堂前の道を100m進むと左側の堤防上に石田川排水樋管が在ります、河口から60.4kmの位置です。竣工:1980年(S55)。此処からは西に200m移動して荒川沿いの河川敷道路で進みます。
 

石田川排水樋管の北、400m程先に真言宗智山派寺院の常勝寺が在ります。創建は不詳、本尊:大日如来像、所在:鴻巣市滝馬室586。
 

 

常勝寺の西側100mが荒川左岸河川敷で下流は小麦畑が続いているのですが、此の付近は河川敷に出るとビックリしますよ。何じゃ此れ!と云う位の壮大なスケールで一面、ぽぴ~、poppy、ポピーだらけです。此れは荒川河川敷への不法ゴミ投棄防止と、花の町=鴻巣をアピールする事を目的に、125,000平方米の休耕地に約1,000万本のポピーを市で栽培しており、例年5月中旬から下旬まで此処の河川敷では鴻巣市主催の「ポピー祭り」が開催されています。1,000万本のポピー!凄いね~絶景です。
 

 

 

隣接する24,000平方米でも「麦なでしこ祭り」が開催されていました。市民から不要として提供の鯉のぼり100匹以上の飾りと、地元麦なでしこ栽培組合による麦なでしこが一面、薄紫の綺麗な花が満開です。
 

 

800m程進むと滝馬室の氷川神社参道が右に見えます。境内由緒札によると、滝馬室は隣の原馬室と同様に古墳の石室を示す「むろ」から生じた地名です。神社は高台に鎮座していて境内の一角からの湧き水が御手洗(みたらし)の池を経て、水路に滝として注がれた事が地名の由来で、水の恵みを称えて神社が祀られたとの事です。祭神:素戔嗚尊、所在:鴻巣市滝馬室1180。入口の神明鳥居は1992年(H4)の奉納、両部鳥居二の鳥居脇には2002年(H14)建立記念碑が在ります。拝殿前の狛犬は1934年(S9)の奉納です。境内社:愛宕神社、須賀神社。
 

 

 

参道石段脇には、山犬?いや、牙も爪も鋭いので狼ですね。1840年(天保11)建立の狛狼が居ました、古い物なので彼方此方に修復の跡が見えます。狛狼は、此の先で寄る秩父地方の神社には多いそうです。
 

氷川神社から北に200mで『#55御成橋』の東詰ですが、此処まで来る途中にコンビニが見当たらなかったので朝飯抜き、腹が減って来ました!なので、12時前ですが東詰に在ったトンカツ屋さんで、朝食兼昼食にします。トンカツも美味そうだったけどカツとじ煮(¥1200)を注文、旨かったです。出てくるまで20分、ユックリと喰えば良いのに急いで喰うから熱い肉汁で口蓋をヤケド、薄皮がペロペロと剥けてしまいました。ジャガバターやタコ焼きでも、ショッチュウやらかしてしまいます。でも、口の中って傷が治るの早いよね、3日もあれば完治。此れって唾液に治癒効果が有るからなのかな?動物が傷口を舐めて治すのと同じですね。
 

御成橋は荒川右岸側の比企郡吉見町と左岸側の鴻巣市滝馬室とを結び、埼玉県道27号東松山鴻巣線が通ります。歩道は下流側のみに増設され、欄干で仕切られています。
 

架橋は御成りの渡しが在った場所で、橋名は渡し名からの命名。初代の架橋は1890年(M23)の木桁橋(45.5m)で、其の後冠水橋や吊り橋を経て、現在の橋に架け替えられています。右岸側は横堤に接続されていますが左岸側は大宮台地へ続く為、堤防は在りません。川幅日本一(2537m)に架かる橋としても有名ですが写真でも判る様に実際の川幅は30m程なので、川幅が日本一な訳ないじゃん!と思ったら、川幅の定義が国土交通省では河川敷を含めた堤防間を「川幅」と定めているからで、埼玉県に在る数少ない日本一でした。
 

 

 



名称:御成橋
構造種別:3径間ゲルバー桁(中央部)
構造種別:右岸8径間、左岸7径間鋼鈑桁
河口からの距離:61.3km
橋の長さ:804.8m
有効幅員:約9m
竣工:1965年(S40)




御成橋から100m程上流に架かるのが、又々冠水橋の『#56滝馬室橋』です。鴻巣市滝馬室地区の河川敷内に架かる橋で、両岸に在る農地への連絡道路として使用されていますが、通行制限幅が1.6mなので軽自動車しか通れません。
 

滝馬室橋は荒川低水路(昭和初期に開削した人工水路)に架けられた木橋で、冠水橋故に増水による流失が何回も在りました。先代の橋は木製桁橋(58m)、幅1.8m、9径間でしたが、2001年(H13)の台風15号で壊れ、前回紹介した原馬室橋と同時期、同じ設計によりPC桁橋として架橋されているので、竣工も同じ2002年(H14)と思われます。
 

 

 



名称:滝馬室橋
構造種別:4径間PC桁
河口からの距離:61.5km
橋の長さ:58m
有効幅員:1.8m
竣工:2002年(H14)推定





>>>後書き<<<
今回は長文になり、最後までご覧戴き、ありがとうございます。河川敷のポピーと麦なでしこ、絶景でしたね。26日以降は全面摘み取り自由(無料)で持ち帰ってもOKとの事なのですが、家に着く頃にはヘロヘロになってしまうので、SDメモリに入れて持ち帰り(巧い!座布団2枚です)。未だ、時間が余っているので、対岸方向を遡上してから帰ります。ポピー祭り会場には地元の直売野菜や加工品の模擬店も出ており、そら豆が¥100と安かったので購入だ。帰宅後に、そら豆を塩茹でにしようと皮を剥いたら、アレレ、中身少ね~!此れなら¥100だったんだから、モット買えば良かったね。取り敢えず、端に切り込みを入れて塩小さじ1杯で3分茹でて完成。もぎたてなので豆の味がしっかりとしていて最高に美味しかったです。勿論、薄皮も一緒に食べますが柔らかくて旨いですよ。
 

昨日は天候不順の予報だったので自宅待機でしたが昼過ぎに突然、滝の様な豪雨と雷が鳴り響き、バラバラと雹が落ちて来てビックリです。20分程で快晴に戻りましたが庭の鉢の中に2cm程の落とし物が残っていました。来週は梅雨の中休みに入りますので、暑いけど少し遡上して来ます。次回は荒川右岸の原馬室橋から遡上して、糠田(ぬかだ)橋、荒川水管橋までの紹介です。


コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは其の儘、閉じて下さい。
★今季メジャー第2戦「全米オープン」に出場の松山英樹、初日:-1(6位タイ)、2日目:EVEN(14位タイ)、3日目:+4(23位タイ)、最終日:+8(暫定35位タイ)。超難コースで健闘、お疲れ様でした。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/06/14(土) 03:33:57|
  2. 荒川

Scene-109 荒川右岸 『高尾橋、原馬室橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-110 荒川左岸 『御成橋、滝馬室橋』(6/14)
今回は荒川右岸の圏央道荒川渡河橋から遡上して、高尾橋、原馬室(はらまむろ)橋までの紹介です。圏央道荒川渡河橋を通る首都圏中央連絡自動車道の高架下を潜り左岸堤防上のサイクリングロードで遡上します。200m程進むと左手に三保谷宿(みほやじゅく)の氷川神社が在りますので土手を降ります。境内由緒碑によると、創建は不詳であるが武蔵国一宮氷川神社より分霊を奉祀されたと伝えられています。現在の社殿などは焼失後の1959年(S34)に再建され、其の後1997年(H9)に改築されています。祭神:素戔嗚尊、所在:比企郡川島町三保谷宿572。入口の明神鳥居には1706年(寶永3)建立の刻在り、狛犬は1968年(S43)の奉納です。
 

 

 

氷川神社から西側の一般道で800m程北上して東大塚の諏訪神社に寄ります。創建は不詳、祭神:建御名方命、所在:比企郡川島町東大塚306。入口の鳥居は1952年(S27)の奉納です。
 

諏訪神社前の道を進んで行くと、市野川沿いにドンドンと荒川から外れてしまうので、諏訪神社の裏側に廻り込み荒川河川敷の農道を遡上します。農道なので回りには何も無く、ひたすら2km程北上すると前回紹介の荒井橋に出ます。
 

荒井橋を越えて北西400mの位置に東光神社が在ります。創建不詳、祭神:素盞嗚尊、天照大御神、所在:比企郡吉見町江和井787-1。狛犬は1941年(S16)の奉納です。
 

 

東光神社から東方向に800m、荒川に戻ります。400m程河川沿いに進むと『#53高尾橋』に到着です。Scene-106で登場した樋詰橋と同じ冠水橋で、此の橋も台風による増水で何回も流失しています。北本市高尾地区を流れる荒川左岸側の市街地と右岸側の農地とを結び、北本市道107号線が通ります。1994年に架橋された橋は桁が木製でしたが、現在の橋は鋼製桁に変わり、交通重量制限も1Tonから2Tonに増えています。
 

 

 



名称:高尾橋
構造種別:6径間鋼鈑桁
河口からの距離:58.8km
橋の長さ:43m
有効幅員:2.7m
竣工:2012年(H24)





高尾橋を通る北本市道107号線で西方向に1km走ります。市道と云う名が付いていますが農道ですね。途中から堤防ぽっい道に変わります、道端に59.2kmポストが在ったので堤防道路ですね。更に600m程進むと照稲(てるいね)神社が在りますが、此処も創建は不詳です。祭神:素盞嗚尊、倉稻魂命、國常立尊、所在:比企郡吉見町高尾新田154。入口の明神鳥居は1989年(H1)の奉納です。
 

 

照稲神社から北東に1.2km程の位置に在る、今回最終地点の冠水橋『#54原馬室橋』に行きます。荒川右岸側の比企郡吉見町蓮沼新田と左岸側の鴻巣市原馬室とを結び、橋の両側は農地で左岸側には小麦畑が広がっています。橋には鴻巣市道D-19号線が通ります。橋から東へ300m程の河川敷内に1957年(S32)に架橋されたと思われる冠水橋の架設記念碑が在ります。
 

 

此の橋も冠水橋である為、台風の増水で何回も流失されています。直近では2001年(H13)の台風15号で流れています。従来の桁は鋼材と木製の組み合わせでしたが、翌年に完成した橋はパイル支柱上にPC製桁で造られ桁材の側面は増水時の抵抗を少なくするクサビ形状になっています。車幅制限2.1m、重量制限2Ton。橋脚の上流側には流木などからの橋脚損傷を防ぐ衝撃止めが追加されています。
 

 

 



名称:原馬室橋
構造種別:4径間PC桁
河口からの距離:60.4km
橋の長さ:56m
有効幅員:3.6m
竣工:2002年(H14)





>>>後書き<<<
比企郡を流れる荒川の両岸は殆どが畑になっています。下流域はゴルフ場でしたが、何れも洪水時の貯水機能を持たせているものです。両岸畑への移動用の冠水橋、小さくて橋を撮るには右岸から左岸への移動などが楽ですが、農道は凹凸の砕石道で結構走るのが辛いです(尻ぺったが痛い)。チャリのタイヤも真っ白で途中何処かで洗車したくなりますよ。
ブログスペースが余ったので、雑記です。先日スーパーに買出しに行った時、タイムサービスで「ヒイカ」と云う烏賊が売っていました。美味しそうだったのと、タイムサービスの文句に惹かれて、食べ方も知らずにカゴに入れてしまいました。烏賊だけに、まぁいイカ!早速COOKPADでレシピ検索。其の前にヒイカって何だか確認です、ジンドウイカ(ヤリイカ科)が正式名称との事で、胴体が10cm程の小さい烏賊です。レシピから簡単そうなイカ大根を作ります。大根の輪切りを4つ割り後、乱切りにして10分程煮てから水で洗い、だし汁(毎度の蕎麦つゆ)、みりん、砂糖、塩で15分程煮て冷まします。ゴボウが余っていたので序に参加させました。其の間にヒイカの下処理、足を胴から外して軟骨と目玉、嘴を取り、内臓ごと胴体に戻します。大根とゴボウを煮た鍋から出汁を移して5分程さっと煮てから大根、ゴボウと合体させて完成。プリプリとした感触で美味しかったです。翌日は、大根に味が浸みて旨さ倍増でした。
 

6/5日に下漬けした南高梅、翌日には早くも梅酢が上手い具合にヒタヒタになる位に上がって来たので、3日程此のままにして、今回は1/4程を紫蘇漬け、残りは加圧を半分に減らして紫蘇を追加、梅雨明けまで約1箇月寝かせて紫蘇梅干しにします(オヤスミ)。
 

 

梅雨に入り、天候が悪いので暫く遡上探索は中断。其の間はストック分で繋ぎます。次回は荒川左岸の荒井橋から遡上して、御成橋、滝馬室(たきまむろ)橋までの紹介です。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは其の儘、閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/06/10(火) 03:12:11|
  2. 荒川

Scene-108 荒川左岸 『荒井橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-109 荒川右岸 『高尾橋、原馬室橋』(6/10)
今回は荒川左岸の樋詰(ひのつめ)橋から遡上して、荒井橋までの紹介です。樋詰橋先の荒川沿いには見処が無いので、200m程外れた一般道で遡上します。先ずは、川田谷の熊野神社です。創建は不詳、祭神:熊野権現、所在:桶川市川田谷348。こんもりとした丘の上に鎮座していますが、丘に見えるのは実は古墳なのです。1928年(S3))に社殿を改築した際に、玉類、石製品、銅製品、太刀などの副葬品が出土し古墳である事が判明しています。古墳は直径38m、高さ6mの円墳で、神社境内に在る事から熊野神社古墳と呼ばれ、埼玉県指定史跡、出土品は国指定重要文化財になっています。
 

 

次に熊野神社から北西200m程進んで樋詰の氷川神社に寄ります。神社前は循環バス(べにはなGO:一律¥100)のバス停(樋詰)が在り、JR桶川駅から10分の距離です。境内由緒札によると、創建は不詳ですが化政期(1804~1830年)には樋詰村に氷川神社が村の鎮守であった事が記されています。樋詰の地は荒川の低地に位置し、古くから度重なる水害を被っていました。祭神の素戔嗚尊は八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した事で知られていますが、一説には大雨で暴れる蛇行した川を表し、其の水害を鎮める為の守り神として祀られたと考えられています。成程、それで荒川沿いに在る多くの神社に素戔嗚尊が祀られているのか、納得ですね。所在:桶川市川田谷215。拝殿は現在改装中で、鳥居も以前は朱色の両部鳥居でしたが、新品の明神鳥居に変わっています。神社鳥居の傍に桶川市指定文化財の高さ40cm程の「樋詰の道しるべ:1771年(明和8)」が在ります。正面には、あきは大宮道(火災除けの神として信仰されている指扇の秋葉神社へ向かう道)、左側面には、太郎ヱ門舟渡・石戸宿(太郎右衛門橋付近に在った荒川の渡舟場への道)、右側面には、かうのす道(鴻巣への道)と刻まれています。
 

 

北西500m程の処に松原八幡神社が在りますが、創建など一切不明です。祭神:誉田別命、所在:桶川市川田谷1329。
 

 

東に600mの処に天台宗寺院の東光寺が在るので寄ります。途中の農家の畑にネギ坊主が咲いています、美味しそうな長ネギですね。ネギ坊主も開花前なら天婦羅にして食べられるそうですよ。畦道には綺麗な花も咲いています。リナリアと云うゴマノハグサ科ウンラン属の一年草で、赤色やピンク色、紫色、白色などの花を咲かせます。別名は姫金魚草です。
 

東光寺の開山は829年(天長6)の頃と云われる古い寺院で、慈覚大師円仁が泉福寺(次に出て来ます)の創立時に宿坊として東光寺と西光寺の二つの寺を建立、其の後1881年(M14)に両寺は併合され東光寺になっています。山号:医王山、院号:泉受院、本尊:薬師瑠璃光如来像、所在:桶川市川田谷1176。
 

 

松原八幡神社前に戻り道成に400m程進むと、立派なお寺が見えて来ます、天台宗別格寺院の円頓房泉福寺(せんぷくじ)です。境内由緒札によると、天皇の勅願により829年(天長6)慈覚大師円仁が開山し、大師自らが阿弥陀如来、薬師如来、地蔵菩薩の三体の仏像を刻まれ祈願したと伝えられています。治承・寿永の乱(1180~1185年)における戦火により全てを焼失。其の後、鎌倉時代の1234年(文暦1)に比叡山より信尊上人他により中興されています。山号:東叡山、院号:勅願院、本尊:阿弥陀如来座像、所在:桶川市川田谷2012。阿弥陀如来座像は国指定重要文化財になっています。
 

 

 

 

北に300m進むと氷川大明神が在ります。創建は不詳です。明治期には無格社とされていたが、1929年(S4)に村社に列格されています。祭神:素盞鳴尊、所在:桶川市川田谷2082。拝殿前に在った赤鳥居は撤去されていました。
 

 

 

北西に600m進むと、前回紹介の太郎右衛門橋に出ます。橋の東詰に繋がる埼玉県道12号川越栗橋線の下を潜る細道に入ると、桶川飛行学校入口の看板が見えたので寄って見ます。正式名は熊谷陸軍飛行学校桶川分教場。熊谷陸軍飛行学校(現在の航空自衛隊熊谷基地)の分教場として、1937年(S12)に開校し、閉校までに推定1500~1600名の航空兵を育てた場所で、現在も守衛所、車庫、営庭、本部兵舎、弾薬庫などが残されています。現在は桶川市が敷地を購入し、ボランティアの方々の努力によって建物が維持され、土日祝日は一般公開されています。所在:桶川市川田谷2335-42。
 

 

此処から先の荒川左岸沿いは畑だらけで何も無いので、2.5km程先に在る天神社までスルーします。天神社は江戸時代の中期頃に石戸宿の鎮守として勧請されたと云われています。祭神:菅原道真、所在:北本市石戸宿6-262。朱色の両部鳥居の横には、市の天然記念物にも指定されているムクの大木が聳えています。狛犬は1941年(S16の)奉納。
 

 

 

天神社から1.5km北上して、今回最終地点の『#52荒井橋』を紹介して終わります。荒川右岸の比企郡吉見町と左岸の北本市高尾、荒井とを結び、埼玉県道33号東松山桶川線が通ります。歩道は上流側のみに設置されており、架橋される以前は荒井の渡しが在った場所です。
 

初代の架橋は1933年(S8)の木製の冠水橋で、長さ90m、幅員4m。開通当時は村道でしたが1939年(S14)に県道に編入されています。
 

 

 



名称:荒井橋
構造種別:11径間鋼鈑桁・箱桁橋
河口からの距離:57.8km
橋の長さ:642.1m
有効幅員:10.3m
竣工:1982年(S57)





>>>後書き<<<
以前Scene-104で豆苗(グリンピースのスプラウト)が伸び開花して鞘が出来たと書きましたが、其の後6cm程に成長したものを収穫。肥料も与えていないので1粒から2本程しか成らない、貴重なエンドウマメです。取り敢えず両縁の筋を取ってから塩茹で、見た目固そうなので一つ味見をしましたが鞘が固くて食べられませんでした(悲)。なので中身のグリンピースだけ使う事にしました。卵と焼豚チャーハンの素を使い、ご飯を炒めて最後にレタスの細切りを混ぜ、グリーンピースをトッピングして完成。豆は柔らかくて美味しかったですよ(嬉)。
 

序に梅干し作りの第2工程の紹介です。4日程追熟したので黄緑色に熟して梅の香も充満して来たので、ヘタを竹櫛で取って水洗い、水切りの間に漬物の準備。荒塩(梅量の15%)、ホワイトリカー少量、ステンレスバット2枚、漬物容器、重石(梅量の2倍)。バット2枚に用意した荒塩を半分とホワイトリカーを入れます。梅をホワイトリカーのバットで濡らしてから荒塩のバットでコロコロと塩を塗してから、漬物容器に敷き並べます。全部並べたら塗した塩の残りと、用意した荒塩の残りを上に振り掛けで重石を載せます。後は、梅酢が出て来るのを1週間程待ちます。今回使用した容器は押付け式の漬物容器で、上からネジ式で圧を掛けられて便利ですよ。
 

 

本日は、元職場のゴルフコンペに参加予定でしたが梅雨入りと同時の豪雨予報により中止になり、残念でした。家で取材写真のScene別選択と整理、下書きで時間を潰します。次回は荒川右岸の圏央道荒川渡河橋から遡上して、高尾橋、原馬室(はらまむろ)橋までの紹介です。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは其の儘、閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/06/06(金) 03:11:50|
  2. 荒川

Scene-107 荒川右岸 『太郎右衛門橋、圏央道荒川渡河橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-108 荒川左岸 『荒井橋』(6/6)
今回は荒川右岸の開平橋から遡上して、太郎右衛門橋、圏央道荒川渡河橋までの紹介です。最寄り駅はJR高崎線の上尾、駅から開平橋まで5.5kmなのでチャリだと20分程で着きます。駅前でチャリを組立て完了、取り敢えず朝食ですね。駅前にマック、KFC、すき屋、吉野家などが在り迷いますが、吉牛(Cセット)に決定。ところで、best shotの零式艦上戦闘機、なんで荒川に関係あるのか不思議でしょ。自分でも荒川遡上中にゼロ戦に出会えるなんて想定外の出来事でした。では何処で登場するか、お楽しみに。
JR上尾駅から今回スタート地点の開平橋に到着。右岸上流堤防沿いは、菜の花のフラワーベルト、川沿いはリバーサイドフェニックスGCです。GCの外周道路は一般の人も通行可能なので、前回紹介の西野橋を渡って右岸側にショートカットします。
 

 

未だ8時頃なので9番ホールにはゴルファーは来ていませんね。木立ちでセパレートされているコースなので曲げると厄介ですね。外周道路は途中から畦道状態に変わり、400m程進むと三ッ又沼ビオトープと云う案内板が立っています。三ッ又沼は、かつて蛇行していた荒川と入間川の名残りで、沼を中心として水生植物や湿地性の植物が豊かに茂り、自然の面影を色濃く残している場所です。様々な野鳥も訪れ、絶滅危惧種のサナエトンボやシジミ、蝶などが生息しているそうです。
 

 

三ッ又沼ビオトープは文字通り三ッの沼に亘って2km程の長さです。時間があれば長居したい場所だけど移動中なので我慢です。真ん中の沼に近付くとカモ達が遠ざかってしまいますが、1羽だけ初めて見るお洒落な鴨を見つけました。コガモ(小鴨)と云うカモ目カモ科の鳥類で、♂は頭が栗色で目の周りから後頸にかけての暗緑色が特徴です。残りの沼にも行きたいんだけど、ん~、次の場所に移動します。
 

 

三ッ又沼に沿う散策路を400m程進み、西側の堤防方向へ200m逸れます。土手の菜の花は開平橋西詰から此処まで2km程続いています。
 

土手沿いに走る埼玉県道339号平沼中老袋線に出て、道が左折する処に白山太(はくさんだい)神社が在ります。創建不詳、明治初年の神仏分離により以前の白山妙理権現から社名を白山太神社に改称しています。祭神:菊理媛命、伊弉諾命、伊弉冉命、所在:比企郡川島町出丸中郷331。入口の鳥居は1783年(天明3)の古い明神鳥居です。
 

 

県道339号に沿うサイクリングロードは荒川から段々と逸れて行くので、海まで50kmポスト付近から川沿いの農道をショートカットで走ります。農道はナビにも載っているのですが段々と不安な道に変化、石ころ、轍在りで走り難い。終いには菜の花畑で行く手を遮られ、道が見えません。あじゃぱ~!結局、車が通れる一般道ぽっい農道まで戻り迂回、急がば回れってこういう事を云うのか!反省です。
 

 

 

なんだかんだで旧荒川を迂回するのに約1時間のタイムロス、痛ったです。やっと川島町に在る赤城神社に到着しました。境内由緒碑によると創建は不詳、947年(天歴1)に社殿建築、其の後何回かの焼失を経て1871年(M4)に村社に列格、1874年(M7)拝殿を再建しています。祭神:大己貴命、所在:比企郡川島町出丸下郷55。狛犬は1953年(S28)の奉納です。
 

 

 

赤城神社からサイクリングロードで200m程進むと左手に本田航空整備工場が見え、セスナ機などが整備されています。右手側がホンダエアポート入口で、滑走路脇にベンチや自販機も在るので休憩しながら飛行機でも撮りますか。
 

 

ホンダエアポートは本田航空が運営管理する軽飛行機の飛行場で、旧日本陸軍川田谷飛行場として開設され熊谷陸軍飛行学校の桶川分教場演習施設として使用されていました。戦後放置状態だった当施設を1964年(S39)にホンダが買収しています。此処で自家用操縦士の技能証明を取得する事が出来ます。諸費用で100万円近く掛かりますけど、如何ですか。頻繁にセスナ機がタッチダウン、テイクオフの教習を繰り返しています。
 

 

滑走路の向こう側が駐機エリアで沢山の飛行機が止まっています。あれれ、駐機の中に1機だけ濃緑の機体に黄色の色別マーク、ゼロ戦?望遠で拡大、プラモデルの趣味もありプロペラが1枚足りないけど良く似ていますね。何故、此処に在るのか帰宅してから確認しました。実物の80%サイズのゼロ戦レプリカで、エクスペリメンタル航空機連盟の濱尾会長の自作機だそうです。
 

 

序にマイコレションの戦闘機プラモの半分程を紹介します。引越た時に戸棚を4連入れ替えたのですが、ガラス戸棚の中に入れるものが無くてプラモを大人買して50機余りを略1年で製作して格納したもので、左側の2段目右端がゼロ戦です。
 

サイクリングロードに戻り600m進むと海まで53.2kmポストが在り、後700mで『#50太郎右衛門橋』です。太郎右衛門橋の歩道は両側に在りますが、上流側は欄干で仕切られた追加構造です。橋から見た川面は流れが穏やかで幅は20m程です。
 

 

太郎右衛門橋は荒川右岸側の比企郡川島町と左岸側の桶川市川田谷とを結び、埼玉県道12号川越栗橋線が通ります。架橋前には私設の渡しが在り、その運営者の名前が後の木橋(冠水橋)の名前になっています。木橋が架けられた後も、渡しは1940年(S15)頃まで継続されていたそうです。
 

 

 



名称:太郎右衛門橋
構造種別:3径間鋼ゲルバー桁(河川部)
構造種別:右岸8径間、左岸2径間鋼箱桁
河口からの距離:53.9km
橋の長さ:700.5m
有効幅員:8.7m
竣工:1971年(S46)




太郎右衛門橋の上流800mの位置に架かるのが『#51圏央道荒川渡河橋』で、首都圏中央連絡自動車道が通ります。右岸側の川島ICと左岸側の桶川北本ICとの間に在り、此の区間は2010年(H22)に開通しています。
 

 

 



名称:圏央道荒川渡河橋
構造種別:4径間連続鋼箱桁(左岸河川部301m)
構造種別:9径間連続鋼鈑桁(右岸側669.5m)
河口からの距離:54.7km
橋の長さ:970.5m
有効幅員:10.5m
竣工:2009年(H21)





>>>後書き<<<
今回は河川敷の農道に騙されました。と云うか農道ぽっい道と畦道の区別が判らず進んだのが間違いでした。畦道は畑の一部で、畑のレイアウトが変われば無くなるのは当たり前ですね。ナビも更新が追い付かないよね!次回からは車が通れそうな道、消えない農道を通ります(笑)。
例年、5月下旬には南高梅がスーパーに出始め、梅干し造りの準備に入るのですが、今年は寒かったのか?未だ店頭に並んでいません。代わりに泥付きラッキョウ(¥698)が出ていたので塩漬け不要の、らっきょう酢(¥380)と一緒に購入。先ずはラッキョウの下処理、株をパキパキと割り先っぽと根をカットしながら薄皮剥きですが、数が多くて大変でした。水洗いしてザルで水切り、広口瓶にらっきょう酢と一緒に合体。2週間で完成予定です。2日前に1週間遅れで南高梅(¥780)も店頭に並んだので、シソ(\368)と一緒に2kg購入。ポリ袋に密封して追熟させ、4日後位から漬け込み作業に入ります。出来上がりまでの工程は次回以降も載せますよ。
 

 

★速報:米国男子ツアー「ザ・メモリアルトーナメント」で松山英樹が最終18Hで-13に伸ばし、プレーオフに突入。1ホール目で決着、米ツアー初優勝を達成しました(賞金$111万6000、約1億1380万円)ヤッター!!おめでとうございます、次戦も期待ですね。
次回は荒川左岸の樋詰橋から遡上して、荒井橋までの紹介です。

コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは其の儘、閉じて下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/06/02(月) 03:09:46|
  2. 荒川

最新記事

カテゴリ

多摩川 (62)
多摩川に架かる橋--095 (1)
隅田川 (18)
隅田川に架かる橋--040 (1)
荒川 (59)
荒川に架かる橋----116 (1)
浅川 (14)
浅川に架かる橋----057 (1)
南浅川 (7)
南浅川に架かる橋--036 (1)
江戸川 (21)
江戸川に架かる橋--041 (1)
神田川 (18)
神田川に架かる橋--153 (1)
秋川 (15)
秋川に架かる橋----067 (1)
北秋川 (5)
北秋川に架かる橋--020 (1)
鶴見川 (21)
鶴見川に架かる橋--123 (1)
恩田川 (7)
恩田川に架かる橋--048 (1)
野川 (15)
野川に架かる橋----107 (1)
日本橋川 (5)
日本橋川に架かる橋031 (1)
相模川 (35)
相模川に架かる橋--159 (1)
玉川上水 (18)
玉川上水に架かる橋150 (1)
石神井川 (20)
石神井川に架かる橋179 (1)
入間川 (16)
台湾-台北 (1)
ベトナム-ハノイ (2)
札幌雪まつり (2)
小樽 (1)
加茂水族館 (1)
弥彦温泉 (1)
寶川温泉 (1)
那須塩原温泉 (1)
日光 (2)
袋田の滝 (1)
秩父 (5)
川越 (2)
奥多摩 (2)
やまなみ五湖 (1)
忍野八海 (1)
鎌倉 (1)
横須賀港 (1)
三浦海岸 (1)
真鶴 (2)
伊東城ケ崎海岸 (1)
河津町 (1)
京都・奈良 (3)
大阪-関空と四天王寺 (1)
新宿御苑 (1)
三鷹国立天文台 (1)
神代植物公園 (2)
府中郷土の森博物館 (2)
昭和記念公園 (1)
横田基地日米友好祭 (2)
厚木基地日米親善春まつり (1)
川崎市立日本民家園 (1)
その他 (8)

月別アーカイブ

カレンダー

05 | 2014/06 | 07
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

天気予報

東京の天気予報

東京の天気予報
-天気- -FC2-

検索フォーム

QRコード

QR

FC2カウンター

ご訪問 ありがとうございます。   リンクフリーです。