ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-106 荒川左岸 『西野橋、樋詰橋』


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次回アップ予定:Scene-107 荒川右岸 『太郎右衛門橋、圏央道荒川渡河橋』(6/2)
今回は荒川左岸の新上江橋から遡上して、西野(にしや)橋、樋詰(ひのつめ)橋までの紹介です。本日のスタート地点はJR川越線の指扇駅、駅前が工事中で全体が撮れていません。荒川右岸沿いには大宮国際カントリークラブとリバーサイドフェニックスゴルフクラブが重なるように連なっているので、指扇駅前から埼玉県道57号さいたま鴻巣線で北上して途中の寺社等に寄りながら荒川右岸に入ります。
 

先ずは駅前から約700mの16号西大宮バイパスを越えた先に在る宝来の八雲神社です。創建は不詳、祭神:素戔嗚尊、須佐之男命、所在:さいたま市西区宝来1287。入口の鳥居は1988年(S63)奉納の神明鳥居です。
 

次は600m程北上して穂積神社です。昔は峰岸氷川神社と呼ばれていて、現在は近在地区名(宝来、辻、峰岸)の頭文字をとって、ホ・ツ・ミ神社、穂積神社に変更されたそうです。創建、祭神等不詳です。所在:さいたま市西区峰岸13。境内では八重桜が満開です。
 

 

 

穂積神社から700m程、北上。曹洞宗寺院の清真寺に寄ります。境内掲示板によると、草創期は1468年(応仁2)と云われ本尊は十一面観世音菩薩坐像で、同形の小十一面観音菩薩像が胎内に収められており上尾市の有形文化財に指定されています。所在:上尾市平方領々家785。
 

 

更に400m北上すると、わくわくランドと云う施設が見えました。何なんだか寄って見ます、上尾市の健康ランドでした。風呂付の屋内プールが在り¥600で利用出来ます。風呂のお湯は隣に在る西貝塚環境センターのゴミ焼却で発生する85℃の余熱を利用しています。所在:上尾市大字西貝塚17-1。
 

わくわくランド前から400m程進むと地図に載っていない堂と石碑が在り、桜が綺麗だったので寄ります。案内板には森朴斎の碑とあります。朴斎は漢学の大家で、本名は森彰、別名を喜久良、独立庵と号しており勢州桑名の藩士。詩歌俳諧の道に長じ、平方村に飄然と現れ近辺の子弟に学問を教えた功績により名主から学舎を授かり、没後に子弟がその徳望を敬慕して建立したものです。敷地内には観音堂が建てられています。所在:上尾市平方528-5付近。
 

北に100m、前回紹介の開平橋を通る埼玉県道51号川越上尾線を越えて100m進むと、橘神社が在ります。明治期に神社の社格の制定や合祀が行なわれ、五大字に所在した氷川社、神明社、稲荷社などが合祀され、旧平方村の氷川社の地に橘神社として改称されています。本殿の裏手に御神木の大欅が在ります。主幹が台風で折れた為、切断されていますが樹齢800年と推定される幹回り5.8mの古木で市の天然記念物に指定されています。本尊:素戔嗚尊、所在:上尾市平方2124。入口の鳥居は1909年(M42)奉納の神明鳥居、狛犬は1928年(S3)の奉納です。
 

 

 

神社前の通りを東に200m進むと浄土宗寺院の馬蹄寺が在ります。1532年(天文1)感誉上人によって創建されたと云われる古刹です。山号:弧峯山、院号:寶池院、本尊:阿弥陀如来像、所在:上尾市平方2088。境内に県指定の天然記念物、モッコク(木斛)が枝を広げています。推定樹齢:650年、幹回り:2m、樹高:8mです。
 

 

先程の橘神社へ戻り、更に200m進むと八枝(やえだ)神社が在ります。境内由緒札によると創建は元禄年中(1688~1704年)、江戸時代までは牛頭天王社として祀られ、明治初年に八坂神社の祭神と同じ牛頭天王を祀っている事から八坂神社の枝社として、八枝神社と改称しています。祭神:素戔嗚尊、狛狗大神、所在:上尾市平方488。
 

 

西に100m、荒川の左岸沿いに遡上します。400m程進むと『#48西野橋』が見えて来ます。荒川で初めて見る60m足らずのチビッコい冠水橋で、洪水時には水没し欄干は取り外されます。以前は木造橋でした。下流に見える橋は前回紹介の開平橋です。
 

右岸側のリバーサイドフェニックスゴルフクラブと左岸側の上尾市平方とを結び、上尾市道10156号線が通りますが通行する車は殆どゴルフカートで、偶に農作業の軽自動車が走り、通行車両制限は幅1.8m、2Tonです。簡易型のナイロンロープ欄干が怖いですね。
 

 

 



名称:西野橋
構造種別:4径間鋼製鈑桁
河口からの距離:48.6km
橋の長さ:57.1m
有効幅員:2.4m
竣工:1967年(S42)





左岸沿いのサイクリングロードを600m程進むと、アッピーお休み処と云う休息場が在り一服休憩です。アッピーとは上尾市のイメージロゴで、上尾市のア、向上を意味するアップ、幸せのハッピーを合わせた造語です。傍に丸山ポンプ場からの八塚樋管排水門が在りました。
 

サイクリングロードを600m程進むと道端に牛が居てビックリ!機嫌を損ねたらヤバイよね。良く見ると鼻輪から鎖が地面に繋がっていたので一安心。ホルスタインの小牛で、周囲の雑草をブチブチと長い舌でちぎっては食べています。近くに在る牧場の牛ですね。
 

 

此の辺りからサイクリングロードは牧草地を避けるように、クネクネと曲がっています。傍を流れる荒川の川面も見えます、流れはユックリなので薄緑色(青く見えるのは空の色です)、周囲は湿原のように自然一杯です。ん~クチャイぞ~!鼻にも自然の田舎の匂いが漂って来ました、牧場が近づいて来たみたいです。榎本牧場の柵が見え、中にロバ?が寛いでいました。近所で飼われていたロバで、此処で引き取ったそうです。
 

 

荒川左岸は此の先、農道ぽっい道になってしまうので牧場を横切って近くに在る寺社に寄ります。牧場の中には100頭位の乳牛が居て、自家製のジェラートアイスも販売して居るそうです。榎本牧場の入口付近に咲く八重桜、開山と云う品種ですね。茶色の葉から桜餅を連想しました。偶に甘いものが食べたくなります、量は少しで良いんですけど?所在:上尾市畔吉736-1。
 

 

榎本牧場から北に200m進むと天台宗寺院の徳星(とくしょう)寺が在ります。境内由緒札によると弘法大師による創建で真言宗であったが、いつの頃か天台宗に改められたと云われています。徳星寺には古文書として徳川家康以降歴代12通の朱印状が在り、上尾市の文化財に指定されています。山号:東高野山、院号:遍明院、本尊:阿弥陀如来像、所在:上尾市畔吉751。
 

徳星寺から西に400mの位置に畔吉の諏訪神社が在るので寄ります。境内由緒札によると、創建は不詳。村の名主であった井原家の氏神であったが1741年(寛保1)に徳星寺に寄進され、徳星寺が別当になるが神仏分離後に無格社となり、1882年(M15)に本殿を再築、1907年(M40)近在9社を合祀して村社に昇格しています。祭神:建御名方命、所在:上尾市大字畔吉835。境内社:愛宕社、稲荷社、八幡社、水神社、琴平社、弁財社。入口の鳥居は1845年(弘化2)建立の明神鳥居、狛犬は1930年(S5)の奉納です。
 

 

諏訪神社から荒川沿いに800m戻り、800m遡上して今回最終地点となる『#49樋詰橋』を紹介して終わります。桶川市川田谷地区の西側に蛇行して流れていた荒川部分が昭和初期の直線化によって河川改修され、旧荒川と荒川との間に取り残された農耕地への生活道路用の橋で、桶川市道18号線が通ります。川面の流れは緩く川底は見えませんね、2km程上流の橋付近で同じ川幅で水深1.7mなので同じ位の深さと思われます。


 

橋の入口に立つ道路標識には車幅制限:1.8m、重量制限:3Tonとあるので小型自動車までは渡れます。此の橋も冠水橋で洪水時にはビニール被覆ワイヤロープの欄干は撤収されます。最初の架設は1927年(S2)の荒川直線改修時です。其の後台風により何回か流失しては、架け替えが繰り返されています。えぇ~!桁材が木材だよ、珍しいですね。
 

 

 



名称:樋詰橋
構造種別:7径間木製桁(橋脚:パイルベントφ400)
河口からの距離:51.6km
橋の長さ:49.5m
有効幅員:3.1m
竣工:1982年(S57)





>>>後書き<<<
今回は見処一杯で長文になりましたが、最後までご覧戴きありがとうございます。荒川も中流域に入ると川の幅も狭くなり、小さな橋が架かっている場面になると此れが荒川?って思う小川の雰囲気で、下流で見た広大な荒川とのギャップがMaxです。唯、川幅の定義は両岸の堤防間の距離なので、依然として1km以上の橋渡りで大変です。4-Scene後には国内最大の川幅、2537mとされている場所が現れますよ!
次回は荒川右岸の開平橋から遡上して、太郎右衛門橋、圏央道荒川渡河橋までの紹介です。

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  1. 2014/05/29(木) 03:32:50|
  2. 荒川

Scene-105 荒川右岸 『開平橋』


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次回アップ予定:Scene-106 荒川左岸 『西野橋、樋詰橋』(5/29)
今回は荒川右岸の治水橋から遡上して、開平(かいへい)橋までの紹介です。治水橋の上流右岸側は大宮カントリーが2km程続き、周辺に何も無いので右岸河川堤防で大宮カントリーの端までスルーします。
 

大宮カントリーの端から堤防を降りて100m程の場所に天台宗寺院の灌頂(かんじょう)院が在ります。天長年間(824~834年)に延暦寺第三代座主円仁(慈覚大師)が詔を奉じて仏法を東国に広めた際に、この地に建立したと云われています。山号:寶聚山、寺号:東漸寺、本尊:阿弥陀如来像、所在:川越市古谷本郷1428。入口山門は重厚な造りで歴史が感じられます。境内は樹木が多くて、残念ながら本堂の全体が撮れませんでした。
 

 

西隣に古尾谷八幡神社が在ります。灌頂院を建立した慈覚大師が863年(貞観4)に再び訪れた際に、古尾谷が石清水八幡宮(旧称:男山八幡宮)の社領であった事から男山八幡宮の分霊を勧請したのが始まりと云われています。1577年(天正5)に北条氏政の命によって古谷城主、中筑後守資信が社殿を建てており、旧本殿は埼玉県の文化財に指定されています。本殿は現在保存修理工事の最中でした。祭神:品陀和気命、息長帯姫命、比売神、所在:川越市古谷本郷1408。拝殿前には新旧の狛犬が並んでいますが、旧の方が芸術的で好きです。
 

 

 

境内社には護国神社、稲荷神社などが祀られています。稲荷神社の守護獣、狐様は他の神社で見ると殆どが鼻もげら状態なので普段は撮らないのですが、此処の狐様は損傷無く綺麗なので久しぶりにパチリです。
 

 

 

右岸側の土手斜面には菜の花のフラワーベルトが数kmに亘って設けられています。菜の花って、食べられるけど花が開いた菜の花はどうなんだろう?咲く前の蕾だったら食えそうだけど、良く判りません。
 

河川堤防に戻って約100m進み、前回紹介の川越線荒川橋梁の踏切を渡り、600m程で堤防下に降りると古谷本郷の小さな氷川神社が在りますが、創建不詳です。祭神:建速須佐之男命、所在:川越市古谷本郷872。入口の鳥居は1871年(M4)奉納の明神鳥居、狛犬は1928年(S3)奉納です。
 

 

再び河川堤防に戻って400m程進むと国道16号と交差し、前回紹介の上江橋が架かっています。橋を通る16号線の下を潜り河川堤防に戻りますが、荒川右岸には入間川が平行しているので入間川の右岸側を進む事になります。


河川堤防をひたすら2km程進み、堤防から西200mの下老袋に在る氷川神社に寄ります。創建不詳、此の神社では埼玉県指定の無形民俗文化財「老袋の弓取式」と「老袋の万作」が行なわれているとの事です。老袋の弓取式は、ユミトリと呼ばれる人が境内に用意された的を射って、弓が当った位置により其の年の天候を占い、豊年を祈る行事。老袋の万作は、境内に舞台を作り、地域に住む人達が自演の踊りや芝居で豊作を祝う芸能です。祭神:素戔嗚尊、所在:川越市下老袋732。
 

 

 

河川堤防を北に500mで県道51号線にブツカリ、此処から見えるのは河口から48kmの入間大橋になります。構造種別:6径間連続箱桁橋、全長:314m、幅員:9m、完成:1982年。
 

入間大橋と接続する橋が今回最終地点の『#47開平橋』で、入間川右岸の川越市中老袋と荒川左岸の上尾市平方とを結び、埼玉県道51号川越上尾線が通ります。荒川右岸上流方向に見えるゴルフ場はリバーサイドフェニックスゴルフクラブ、上流に見えるブルーの小さな橋が次回に寄る西野橋です。
 

初代の橋は1883年(M18)に完成した舟を並べて、上に板を渡した舟橋でした。橋脚のある板橋になったのが1911年(M44)で、其の後数回の架け直しが行なわれています。
 

 

 



名称:開平橋
構造種別:14径間単純合成箱桁
河口からの距離:48km
橋の長さ:816.8m
有効幅員:10m
竣工:1977年(S52)





>>>後書き<<<
此の後のScene-110 『荒川左岸滝原馬橋』 で紹介する、御成橋と滝原馬橋間の左岸河川敷では現在、ポピー祭りが5月25日まで開催されており、6月上旬までは見頃が続くと思います。1,000万本ものポピーが河川敷一面に展開する壮絶なスケールです。ブログで登場する頃には終わっているので、ON Timeで紹介します。咲いているポピーは2種類で、オレンジ色のカリフォルニアポピーは満開。ピンク、赤色のシャーレーポピーは全体的には3分咲き、一部エリアは満開でした。唯、今週末は30℃近くに気温が上がるので、行かれる場合には暑さ対策はお忘れなく!
 

 

 

隣接する24,000平方米の麦なでしこ畑も満開です。麦畑の雑草として沢山生えてくるらしいけど、雑草とは思えない薄紫の綺麗な花が咲いています。
 

アクセスはJR高崎線「鴻巣駅」西口よりフラワー号馬室コース(北本駅西口行き)7:20、8:45、10:10、11:40、13:10、14:35、16:10、17:35、18:55分発。所要時間約7分、バス停:給食センター前で下車、徒歩5分です。料金:一律¥150(ICカードは使用出来ません。現金のみ)。
復路時刻は、給食センター前よりフラワー号馬室コース(鴻巣駅西口行き)8:23、9:51、11:16、12:46、14:16、15:46、17:13、18:33、19:48分発。所要時間約14分。
逆コース北本駅西口行きは、給食センター前より7:27、8:52、10:17、11:47、13:17、14:42、16:17、17:42、19:02分発。所要時間約23分です。

次回は荒川左岸の新上江橋から遡上して、西野(にしや)橋、樋詰(ひのつめ)橋までの紹介です。

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  1. 2014/05/25(日) 03:31:16|
  2. 荒川

Scene-104 荒川左岸 『川越線橋梁、上江橋、新上江橋』


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次回アップ予定:Scene-105 荒川右岸 『開平橋』(5/25)
今回は荒川左岸の羽根倉橋から遡上して、川越線荒川橋梁、上江(かみごう)橋、新上江橋までの紹介です。羽根倉橋東詰から橋の側道に沿って河川敷方向へ進みます。途中にサーキット秋ヶ瀬が在り、ミニバイク、レーシングカート、レンタルカートでの走行が可能で、10周回¥2000程度です。所在:さいたま市桜区上大久保1099。羽根倉橋の上流左岸沿いはノーザンカントリークラブ錦ヶ原ゴルフ場になるので、ゴルフ場沿いに遡上です。河原にはムクドリが居ましたけど、相変わらず見栄えがしない鳥ですね。序に雀も、此方は3羽並んで廻りを警戒中です。
 

 

河川敷から北400mの位置に薬師堂のマキと云う名所が載っているので寄ります。道は2m程の農道に変わり途中に八幡社の鳥居が在り、鳥居の先へ行ったのですが祠などの建物は見当たりません。鳥居に戻ると薄汚れた野良猫が2匹お迎え、お腹が空いているのか人の顔を見てはオネダリの鳴き声です。ゴメンネ!今、食べ物は持ってないんだ。又、今度ね。
 

鳥居から100m程進むと畦道に薬師堂のマキ入口の立札が在り、竹林下の畦道を入って行きます。視界が開けた場所に薬師堂のマキが聳えて居ました。標準和名はイヌマキと云い、マキ科の常緑樹です。幹回り:2.25m、高さ:17m(H7年計測時)で近郷の名木として保存価値が高く、浦和市の天然記念物に指定されています。
 

 

此処から北400mに桜区塚本の神明神社が在るので寄ります。途中に堤防が在りますが左岸の堤防とは別物なので多分、外堤だと思います。羽根倉橋下流の荒川第一調節池を以前に紹介しましたが、第二調節池が此の辺りから上流に計画されているので、其の準備段階の堤防ですね。
 

外堤を越えて北東100mに旧村社の塚本神明神社が在ります。創建不詳、祭神:天照大御神、素戔男尊、他7柱、所在:さいたま市桜区塚本35。境内の狛犬は1969年(S44)の奉納、逃げないように縄で括られています。
 

 

荒川河川敷に戻りますが、延々とゴルフ場が続くので、『#44川越線荒川橋梁』まで6.5kmを30分でワープします。(遅!)川越線荒川橋梁は右岸側のJR東日本川越線南古谷駅と左岸側の指扇駅との間に位置し、1940年(S15)に大宮駅から高麗川駅間の全線が開通し、1969年(S44)までは蒸気機関車が走っていました。日中は20分間隔程度のローカル線なので、電車と橋のセット写真を撮るのが大変です。
 

 

 



名称:JR東日本川越線荒川橋梁
構造種別:下路曲弦ワーレントラス×77.5m(中間部)
構造種別:19.2m×4径間鋼鈑桁(右岸部)
構造種別:19.2m×32径間鋼鈑桁(左岸部)
河口からの距離:44km
橋の長さ:約791.2m
軌道:単線
竣工:1940年(S15)



川越線荒川橋梁の1.2km上流に架かるのが『#45上江橋』です。入間川と荒川を連続して跨ぐ橋で、入間川右岸側の川越市と荒川左岸側のさいたま市西区とを結び、現在は国道16号の内回り(川越方面行き)車線が通ります。下流600m先では入間川が荒川に合流しています。旧上江橋は上江橋が架橋された際に取り壊されましたが、遺構として橋脚1基が残されています。橋の左側に小さく写っている奴です(ズームで撮るの忘れました)。
 

旧上江橋(長さ861.6m、幅員6m)は1957年(S32)に60m程下流に曲弦トラス構造のPC橋として架けられていました。其の後、『#46新上江橋』(後述)が上流側に架けられましたが、交通量の増加により2車線では対応が困難な為、旧上江橋の架け替えとして現在の上江橋が架橋されています。
 

 

 



名称:上江橋
構造種別:12径間鋼連続箱桁
河口からの距離:45.2km
橋の長さ:1609.9m
有効幅員:10.5m
竣工:1997年(H9)





『#46新上江橋』は旧上江橋の後継として架けられた橋で、現在は外回り(春日部方面行き)車線として使用されています。一般国道の橋で河川に架かる橋としては、富士川に架かる新富士川橋(1523m)が日本一長い橋でしたが、新上江橋は架橋時1604mで記録を更新。其の後は前述の上江橋が1609.9mとなり全国最長の座を譲っています。
 

 



    名称:新上江橋
    構造種別:12径間鋼連続箱桁
    河口からの距離:45.2km
    橋の長さ:1604m
    有効幅員:10m
    竣工:1977年(S52)





>>>後書き<<<
新上江橋よりも新しいのが上江橋でした、紛らわしいよね。次回は荒川右岸の治水橋から遡上して、開平(かいへい)橋までの紹介です。荒川も段々と内陸部に入り、暑くなって来ました。此の先の猛暑地で有名な熊谷は真夏になる前に通過したいね!
暑さも本格的になり、サッパリとしたものが食べたくなる季節になりましたね。其処でMoMAさんのブログレシピを参考に豚肉の大根おろし乗せを作りました。しゃぶしゃぶ用豚肉を茹でるとアクがドッサリ、冷水で洗って水切り、其の間に大根を擦ります。大根が太くて力が入らずに中々擦れましぇん!其処で閃きました、大根を左手に、下し金を右手に持ち替えて下し金を動かして擦ると、あら不思議!簡単にドンドン擦れます。後は、スライスした新玉ネギで豚肉を挟んで大根おろしをドッサリと、彩に豆苗をチョキチョキと乗せ、ポン酢を振り掛けて完成!簡単に出来ました。ん~サッパリとして食が進みますね、ビールにも合うね。量が多くて残ったので、翌日は豚肉を細切りにして冷やし中華の具に変身、豆苗と胡瓜を追加して此れもサッパリで美味しかったですよ。豆苗は¥94で安いけど、繊維ぽっいので生で食べる時は先っぽの柔らかい部分を使い、茎の部分は炒め物やラーメンの具に使います。観葉植物代わりに窓際に置いておき、使う分だけチョキチョキすると又、伸びて来るので結構使えますよ。其れから、豆苗を5粒程プランターに植えておいたら、何時の間にか1m程に伸びて赤紫の花が咲きました。4日後には小さな鞘が出て来ました(絹サヤです)。此の先何処まで大きく育つのか?楽しみです。
 

 

 


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  1. 2014/05/21(水) 03:30:52|
  2. 荒川

Scene-103 荒川右岸 『治水橋』


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次回アップ予定:Scene-104 荒川左岸 『川越線荒川橋梁、上江橋、新上江橋』(5/21)
今回は荒川右岸の秋ヶ瀬橋から遡上して、治水橋までの紹介です。早朝にチャリを携行してJR西浦和駅で下車、駅前で組み立てて一先ず休憩、駅前に立喰いそば屋が在ったので腹ごしらえです。今日は何にするかな?偶には春菊蕎麦にするか卵も入れてね。あっちゃ~黄身が崩れているぜよ、まぁいいか大人の対応でガマン。さてと、駅前から約2km走って、秋ヶ瀬橋からのスタートです。
 

秋ヶ瀬橋の上流500m、河口から35kmの位置に秋ヶ瀬取水堰が在り、河口からの船舶は此処で行き止まりになります。29km上流の糠田橋付近に流入する武蔵水路からの利根川の水を、東京の朝霞浄水場及び三園浄水場、埼玉の大久保浄水場へ送水する役目を担っており、西側に流れる新河岸川と隅田川への浄化用水も供給しています。堰の左端が調節ゲート、右側3門が洪水吐ゲートで右端に魚道が設けられています。可動堰長さ:127m、調節ゲート:幅10m×1、洪水吐ゲート:幅34m×3、ゲート高さ:6m、竣工:1965年(S40)。堰下では釣り人が密集しています、暫く様子を覗っていましたが釣れている人で5分に1匹程度でワカサギの稚魚が釣れていました。
 

 

秋ヶ瀬取水堰の下流側には、荒川の水位が不足した場合に浄化された下水処理水を補給する排水門が在り、さらに不足した場合に彩湖の水を補給する樋管が堰の上流側に在ります。逆に余剰が生じた場合には上流側の樋管から取水して大久保浄水場へ送水されます。又、秋ヶ瀬取水堰の右岸上流には宗岡取水口が在り、朝霞浄水場と三園浄水場へ送水されます。秋ヶ瀬取水堰と宗岡取水口、右岸堤防とは連絡橋で繋がっていて河川敷が水没しても管理の為の移動が出来る構造になっています。宗岡取水口は、形式:ローラーゲート、ゲート幅:6m×6、ゲート高さ:3.7m、竣工:1964年(S39)、改築:1980年(S55)。
 

 

右岸土手の上には河口から35.2km標識と送水用の宗岡樋管が在ります。河川敷内には管理道路が在りチャリも走行可能なので、其方で荒川沿いに遡上します。堰の上流100m程から志木市のさくら草公園が続き、サクラソウもチラホラと顔を出しています。前回紹介のサクラソウ自生地に生えれば、天然記念物に指定されて保護されたのに場所を間違えたね(残念!)
 

 

河岸近くには紫や黄色の花が見えるのでチャリを降りて接近、ムスカリと花ニラや花大根、黄色は菜の花じゃなくてケシ科のクサノオウです。枯草の陰には成虫で越冬するバッタ、ツチイナゴも暖かい日差しに誘われて顔を出しています。
 

 

500m程進むと、志木リバーサイドパークゴルフ場が在ります。コース沿いに桜並木も在りますが、開花ピークを過ぎて風に舞う花びらが雪の様ですね。此処から土手沿いに在る寺社へ移動です。土手沿いには雪柳が未だ満開です。
 

 

土手沿いから50m降りた処に産財(さんざい)氷川神社が在ります。境内の由緒札によると、中ノ氷川神社とも呼ばれ、永享年間(1429~1441)に武蔵国一の宮氷川神社を分祀して創建したと云われ、江戸時代には宗岡村の鎮守社で、其の後村社に列格しています。祭神:須佐之男命、所在:志木市上宗岡2-29-12、境内社:御嶽社、八坂社など。本殿は彫刻や建築手法など質の高い建造物であるとして志木市の文化財に指定されています。
 

 

産財氷川神社前の一般道を約1km進むと、国道463号の手前に羽根倉浅間神社が在ります。境内の由緒札によると、源頼朝が1193年(建久4)に富士の裾野で巻狩りをした際、宗岡の里人は勢子役を課せられたが其の代償として年貢が免除された。里人は此れを記念して字大野の地に祠を建てて富士浅間社を祀ったが、其の後、長禄年間(1457-60)に荒川が洪水した際に祠が羽根倉(現在の羽根倉橋の上流)に流れ着いた事から神が此の地に住みたいと云う意志と考えて現在地に祀られたと云われています。祭神:木花開耶姫命、所在:志木市上宗岡4-27-20。境内社:富士塚、稲荷社、八幡社、御嶽社。守護獣の狛犬はおらず代わりに猿が鎮座していますが、辛うじて猿と判別できる程破損しています。
 

 

浅間神社前の道を右に出ると直ぐ国道463号で、前回紹介の羽根倉橋西詰めに出ます。橋の付近と土手は菜の花が植えられ満開です。右岸沿いはノーザンカントリークラブなのでOBが届かない右岸遊歩道で遡上します。
 

 

土手の遊歩道を約2.5km進むと、南畑(なんばた)排水機場と排水門が見えて来ます。南畑排水機場は、西側に流れる新河岸川が増水した時に荒川に強制的に排水する設備で、排水ポンプ能力は30立方米/秒×2台で、1秒間にドラム缶(200L)300本分の排水が可能です。竣工:1986年(S61)。
 

南畑排水機場から400m、土手下に降りた処に八雲神社が在ります。境内の由緒札によると、塚本地区の鎮守で、寛政(1789~1801年)の頃此の地に疫病が蔓延し、村の長が名古屋に赴き厄除加護厚き津島神社に参籠し牛頭天王神霊を奉載、霊験により悪疫が退散したと云われています。祭神:建速須佐之男命、所在:さいたま市西区塚本3。拝殿前の狛犬は20cm程度のチビッコだけど細かい彫りで良く出来ています。
 

 

八雲神社の西600mに塚本町の神明神社が在ります。境内の由緒札によると、かつて植田谷本村の下新田に鎮座し近くの神明社からの分霊を受け、塚本町神明社として創建されています。祭神:天照大神、所在:さいたま市西区塚本町2-180-1。入口鳥居は1979年(S54)奉納の神明鳥居です。
 

 

北へ1600m進み、びん沼川(かつての荒川の流路)を渡って、西に500mの処に萱沼(かいぬま)神明神社が在ります。創建は不詳、祭神:天照大神、所在:川越市萱沼2599-9。入口の鳥居は2001年(H13)奉納の明神鳥居です。びん沼川に架かる高架道路は、此れから紹介する治水橋を通る埼玉県道56号さいたまふじみ野所沢線です。
 

 

再び、びん沼川を渡り150m東の荒川に戻り、今回最終地点の『#43治水橋』を紹介します。治水橋を挟んだ上流、下流の河川敷は大宮カントリーになっています。
 

右岸のさいたま市西区飯田新田と左岸のさいたま市西区二ツ宮とを結び、埼玉県道56号さいたまふじみ野所沢線が通り、左岸側は横堤上に接続されています。初代の橋は1934年(S9)に架けられた全長628mの曲弦トラス構造を持つPC橋です。
 

 

 



名称:治水橋
構造種別:13径間鋼連続箱桁
河口からの距離:42km
橋の長さ:833.1m
有効幅員:12.5m
竣工:1993年(H5)





>>>後書き<<<
気温が25℃を越える夏日も増え、ビールが美味しい季節になりましたね。先週、又々、何時もの真鶴面子+1の5名で飲み会。今回は鶴見の老舗焼き鳥店「多味」です、取り敢えず大生で乾杯。豚バラと玉ネギの串焼き、玉ネギが甘くて旨いね、ベーコン巻も炭焼きで旨くアルコールが進みます。サッパリとした冷やしトマト、そら豆も良いね、アレレそら豆の薄皮食べないんだ!食べない派3名、食べる派2名で少数派になってしまいました。栄養が有って体に好いのにね。次回の場所(茅ヶ崎)だけ決めて22時過ぎに解散、楽しかったです。
 

 

今回の治水橋で河口から42km、荒川全行程の約1/4を3ヶ月で遡上したので、単純計算では来年の2月に完走予定です。真冬の秩父は辛いので、遡上時期を調整するかな?未だ先なので其の時に又、考えましょう。次回は荒川左岸の羽根倉橋から遡上して、川越線荒川橋梁、上江(かみごう)橋、新上江橋までの紹介です。

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  1. 2014/05/17(土) 03:05:11|
  2. 荒川

Scene-102 荒川左岸 『羽根倉橋』


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次回アップ予定:Scene-103 荒川右岸 『治水橋』(5/17)
今回は荒川左岸の幸魂大橋から遡上して、羽根倉橋までの紹介です。幸魂大橋の東詰めから橋の下を潜り彩湖の東岸に降りて彩湖沿いに遡上します。既に紹介したように彩湖は荒川第一調節池の中に在り、洪水時の受け皿と貯水池としての機能を持っていますが、自然環境保全の機能も持たせており幸魂大橋から下流の彩湖と其の両岸は立入禁止エリアになっています。橋の上流側は一般に公開されていて、カヤックやボート類も使用出来、湖面ではウィンドサーフィンをしている人も居ます。但し、東京と埼玉の水瓶でもあり釣りは禁止されています。
 

 

幸魂大橋を潜った右手に彩湖自然学習センターが在るので入ります。荒川を舞台に自然と人、人と人との交流の場として1997年(H9)に開館された戸田市立郷土博物館の分館です。館内には荒川や周辺に生息する水中、水辺の動植物などが展示されており、屋上には彩湖周辺が一望できる展望広場が在ります。所在:埼玉県戸田市大字内谷2887。休館日:第2・第4・第5月曜日、月末、年始年末。彩湖は調節池で、ダムの仲間でもあり、国土交通省と独立行政法人水資源機構が管理する施設で発行されるダムカードが此処でも貰えます。荒川は此の先、二瀬ダムでもカード配布が在るので忘れなければ寄る予定です。
 

 

 

彩湖自然学習センターの周りには観察池と木道で造られた野草などの自然観察フィールドが在り、今の時期はさくら草が咲いています。
 

 

岸廻りには親水域や季節の花も咲き、天気の良い日には最適な散策コースになります。遊歩道脇の木立ちにはホオジロやシジュウカラなどの野鳥も沢山見られますよ。
 

 

 

彩湖の略中央に両岸を結ぶ長さ約200mの管理橋(5径間PC橋:プレストレスト・コンクリート橋)が架かっています。管理橋から南方向に幸魂大橋が見え、湖面に浮かぶ赤いブイは網場(あば)と呼ばれ、ブイから1m程の網がぶら下がっていて水面と水の表層部分のゴミを集める装置です。
 

 

 

彩湖両岸に遊歩道が在りますが、管理橋を渡り、彩湖西岸と荒川左岸囲曉堤の中間に在る遊歩道を進みます。湖畔には桜も咲き、白い雲が浮かぶ青い空を見上げながら緑の芝生で昼食休憩(コンビニの何時もの🍙)です。
 

 

休憩を終わり、西岸沿いに遡上。左手の荒川との間には湿原や葦で覆われたビオトープが造られています。湖面にはヒドリガモ♂♀の混成チームが息ピッタシで、シンクロナイズドスイミングです。お見事、採点は9.5です!
 

 

見掛けた水鳥は殆どカモの仲間です。色鮮やかなマガモ♂も居ました。
 

 

彩湖の北端に荒川貯水池機場の建物と、上流の第一調節池からの増水時受入れ口となる流入堤が在ります。周囲の堤防よりも数m低く造られているのが判りますか。全体像が判りにくいので、Googleからの航空写真を拝借して紹介します。
 

 

 

流入堤の右側へ400m程進みJR武蔵野線の高架を潜ると荒川に流れ込む鴨川が横切り、荒川の外堤を繋ぐ形で昭和水門が在ります。形式:鋼製ローラーゲート、径間:19.7m×3連、門扉高さ:16m×1、15m×2、竣工:1991年(H3)。通常時は鴨川の排水を行ない、荒川第一調節池が機能した場合には閉められます。水門背面に見える黄色い花は菜の花、正面側に見える黄色は田島ヶ原サクラソウ自生地に生えているノウルシです。
 

 

ノウルシ(野漆)は、河川敷や湿地に生育する高さ30~50cm程の多年草で準絶滅危惧種に指定されており、和名は茎葉に傷を付けるとウルシに似た白乳液が出て、手に着くと被れる事からの由来です。此処のサクラソウ自生地は国の特別天然記念物に指定されており、保護の為に順路が作られ柵内へは入れません。柵内にはサクラソウとノウルシが共生していますが、圧倒的にノウルシの勢力が強く、ノウルシの隙間にサクラソウがポツポツと顔を出しています。少し、ノウルシを間引く必要は無いのかな?
 

 

 

サクラソウ(桜草)はサクラソウ科サクラソウ属の多年草で、野生の群落を見る事は稀になっています。此処のサクラソウは花屋で売られている西洋サクラソウとは違い、ニホンサクラソウ(日本桜草)であり、ノウルシと同様に準絶滅危惧種に指定されています。緑の中に淡い紫が浮かび上がり、可愛くて綺麗ですね。
 

 

柵内には他の小さな花も咲いていて、丁寧に名札が付けられているので判り易いですよ。幾つか紹介します。ヒキノカサ(蛙の傘):キンポウゲ科キンポウゲ属の多年草で、黄色で光沢のある花弁を持つ直径1.3cm前後の花を付けます。アマナ(甘菜):ユリ科アマナ属の多年草で、長さ25mm程の花被を6片付けます。ツボスミレ:スミレ科の多年草。小型で長く茎を出し、小さな白い花を付けます。ムラサキケマン(紫華鬘):ケマンソウ科キケマン属の越年草で、赤紫色の長さ2cm程の筒状の花を付けます。
 

 

西に少し移動するとさくら草公園が在り、レンギョウや雪柳、桜も満開です。園内を横切る鴨川沿いに桜のトンネルを潜っていくと、鴨川が荒川に流れ込む位置にさくらそう水門が在ります。
 

 

 

さくらそう水門は、荒川左岸寄りの囲繞堤を繋ぐ形で配置されていて、通常時は鴨川の排水を行ないますが、荒川が増水して上流の羽根倉橋下の越流堤(後半に紹介します)を越える洪水が発生した際にはさくらそう水門が閉じられて囲繞堤の役割を、昭和水門が閉じられて外堤防の役割を果たし、彩湖流入堤への道筋を作ります。形式:鋼製ローラーゲート、径間:20m×2連、門扉高さ:16.2m、竣工:1997年(H9)。尚、昭和水門が閉じられた際の鴨川の増水は強制ポンプにより彩湖へ排水されます。荒川第一調節池に溜まった洪水は、荒川の水位が下がった時点で下流の第一調節池排水門と、此のさくらそう水門を開けて荒川本流へ排水されます。
 

 

さくらそう水門管理橋を渡り、囲繞堤の上を進みます、左側堤防下は浦和新日本ゴルフの練習場です。500m程で秋ヶ瀬橋の桁下に囲繞堤が潜りますが隙間は1m程で、しゃがまないと進めません。但し、先に進んでも此の先に在る越流堤区域は立入禁止で封鎖されているので、囲繞堤の右に降ります。ありゃや!堤防下の遊歩道も立入禁止になっています。
 

 

仕方ないので秋ヶ瀬公園脇の管理道路で進みます。公園内は野球場、サッカー場、テニスコートなどスポーツ施設と、芝生広場が在るだけです。道路脇には豪雨により越流堤から入水した際の避難方向を示す看板が立っています、有事の場合には調節池の東側外堤防へ800m程避難する事になります。
 

 

秋ヶ瀬橋から2.8km遡上し、今回最終地点の『#42羽根倉橋』に到着です。橋の紹介の前に橋の下流左岸に在る、越流堤を説明します。増水時に洪水が流れ込む越流堤の間口は約500mに広げられていて、囲繞堤よりも4m程低く造られています。羽根倉橋からと対岸から越流堤の一部分が見えます。判り易くGoogleから拝借した航空写真で洪水時の水の流れを矢印で示します。黄色の線が外堤防、赤線が囲繞堤です。
 

 



羽根倉橋は荒川右岸の志木市宗岡と左岸のさいたま市桜区とを結び、一般国道463号が通ります。初代の橋は1938年(S13)に下流の秋ヶ瀬橋の古材を再利用した仮橋として架設され、架橋される以前は羽根倉の渡し渡船場が在りました。
 

羽根倉橋の両端で横堤上の据付け道路に接続しています。横堤は川の流れに対して河川敷に略直角に突き出しており、日本では荒川だけに見られる堤防で、洪水時の流速を緩めて河川敷や耕作地を保護する為の物で荒川中流域には26箇所に設置されています。
 

 

 



名称:羽根倉橋
構造種別:8径間鋼連続箱桁
河口からの距離:37.2km
橋の長さ:859.6m
有効幅員:22.8m
竣工:1974年(S49)





>>>後書き<<<
荒川は大規模洪水対策として荒川放水路を開削しただけだと思っていたけど、越流堤、流入堤、調節池、横堤などの様々な仕組みで洪水対策が施されていたとは驚きです。遡上しながら色々な新しい発見があり、勉強にもなり楽しいですよ。次回は荒川右岸の秋ヶ瀬橋から遡上して、治水橋までの紹介です。

今回は長文になりましたが、最後までご覧戴きありがとうございました。コメントがありましたら、[拍手]ボタンから送って下さい(非公開扱いです)。拍手だけでも結構です、開いたウィンドウは其の儘、閉じて下さい。

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  1. 2014/05/13(火) 03:05:12|
  2. 荒川

Scene-101 荒川右岸 『JR武蔵野線荒川橋梁、秋ヶ瀬橋』


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次回アップ予定:Scene-102 荒川左岸 『羽根倉橋』(5/13)
今回は荒川右岸の笹目橋から遡上して、武蔵野線荒川橋梁、秋ヶ瀬橋までの紹介です。笹目橋右岸上流側は運動公園が在るだけで、寺社や見処も無いので前回紹介の幸魂大橋までスルーします。幸魂大橋へは前回Scene-100の続きで左岸側から渡ります。橋の下では荒川を下るカヌーが見えます、スプリント用のカヤックでバランスを取るのが難しそうです。戸田公園まで行くのかな?荒川右岸上流側には新河岸川が流れ込む位置に朝霞水門が見えますが、橋から右岸に降りられる道が無いので後半近くに寄る機会に紹介する事にします。右岸橋下には、荒川右岸流域下水道終末処理場からの排水門が在ります。
 

 

幸魂大橋の据付け橋を約400m降りて、埼玉県道79号朝霞蕨線沿いに在る寺社に寄りながら遡上します。先ずは東京外環自動車道の新倉氷川神社信号を右折して、上新倉氷川八幡神社に寄ります。境内由緒札によると、弘安年間(1278~1287年)に創建された上新倉村の鎮守社で、1868年(M1)に村社に列格、1953年(S28)に氷川八幡神社になっています。二の鳥居は1899年(M32)奉納の明神鳥居、鳥居後ろの狛犬は1882年(M15)の奉納です。
 

 

祭神:須佐之男尊、誉田別尊、所在:和光市新倉2-18-60。拝殿前の狛犬は1990年(H2)の奉納です。境内社:元宮神社、御嶽神社、神明神社、稲荷神社、富士嶽浅間神社、天神宮。
 

 

 

上新倉氷川八幡神社から北西600m程の位置に真言宗智山派寺院の金剛寺が在ります。創建年代は不詳ですが、堯諄法印が創建したと云われています。本尊:不動明王像、山号:不動山、院号:光照院、所在:朝霞市根岸台3-4-3。入口の山門は茅葺きで古い造りです。両脇に仁王像が立っているので仁王門だと思ったら、脇の石碑に不老門とありました。
 

 

 

境内には何故か狸の置物が沢山並んでいますけど、何で狸のキン○○はデカいんだろうね?一説によると金箔を作る時に狸の皮に挟んで伸ばすと大きく拡がる事から、狸のキンパクは大きくなる→狸のキン○○は大きい、に変わったらしいです。
 

金剛寺から北西に500m、柊塚(ひいらぎづか)古墳歴史広場の中に6世紀前半に造られた全長72m、後円部径48m、高さ8mの前方後円墳が在り、埼玉県指定史跡になっています。所在:朝霞市岡3-26-4。西隣に在る朝霞第二小学校の塀際には、今から1500年前に此の地を治めていた豪族の墓である一夜塚(いちやづか)古墳跡が在ります。
 

小学校の外周沿いに西方向に廻り込むと岡氷川神社が在ります。境内の由緒札によると、創建は不詳、岡村、根岸村、溝沼三村の鎮守社で、明治時代には村社に列格していました。祭神:素盞嗚尊、所在:朝霞市岡3-20-1。境内社:訪神社、八幡神社、三宝荒神社、水天宮、御嶽神社、須賀神社、菅原神社、天満宮、稲荷神社、猿田彦大神。
 

 

 

県道79号朝霞蕨線に戻り、黒目川に架かる笹橋を渡って100m先に真言宗智山派寺院の冨善寺が在ります。冨善寺は、田島村の地頭富永善左衛門守定が開基となり、1617年(元和3)に創建され、江戸時代には、田島に在る田島神明神社、美女神社の別当を冨善寺が務めていたと云われています。山号:田島山、本尊:地蔵菩薩像、所在:朝霞市田島1-6-11。
 

 

冨善寺から北東に200m程に朝霞市田島の神明神社が在ります。境内の由緒札によると、創建年代や由緒については不詳ですが、先程の別当寺であった冨善寺と同時期に創建されたと推定されています。祭神:天照大神、面足尊、所在:朝霞市田島2-224。境内社:稲荷神社、秋葉神社、八坂神社、御嶽神社、榛名神社、水神宮。飛地境内社:美女神社。入口の鳥居は1957年(S32)奉納の神明鳥居です。
 

 

県道79号朝霞蕨線を400m北上して新河岸川を渡り、国道254号和光富士見バイパス経由で荒川沿いに戻ります。南東に800m進んだ位置に下内間木の氷川神社が在ります。明治時代には村社に列格していた神社です。祭神:素盞嗚尊、所在:朝霞市上内間木36。境内社:八幡大神、大禄天、富士浅間神社など。
 

 

漸く荒川に近付きましたので、冒頭の朝霞水門に寄ります。朝霞水門は、新河岸川の洪水を荒川に分派するもので、荒川本流の水位が上がった場合には閉じられます。形式:鋼製ローラーゲート、径間:20m×2連、門扉高さ:17.4m、16.7m(2号)、竣工:1995年(H7)。
 

水門の上流右岸から荒川は右に大きく曲がり、河川敷は朝霞パブリックゴルフ場が先のJR武蔵野線橋梁下まで続きますので1km程、河川敷を遡上してから西側に在る内間木神社に寄ります。
 

内間木神社の創建年代は不詳、境内の由緒札によると古来重殿権現社と呼ばれ、1873年(M6)に村社として内間木神社と改称されています。祭神:日本武尊、所在:朝霞市上内間木443。境内社:厳島神社、稲荷神社。入口の鳥居は1985年(S60)、二の鳥居は1928年(S3)奉納の明神鳥居です。
 

 

内間木神社の北200mにJR武蔵野線が走っているので高架沿いに400m程進み荒川に出ると、『#40武蔵野線荒川橋梁』が現れます。荒川右岸側のJR武蔵野線の北朝霞駅と左岸側の西浦和駅との間に位置する橋梁です。防風柵が取り付けられているので列車の姿は屋根部分しか見えませんね。1973年(S48)に府中本町駅~新松戸駅間が開業しており、同時期に架橋された模様です。
 

 

 



名称:JR武蔵野線荒川橋梁
構造種別:7径間下路ワーレントラス
河口からの距離:33.6km
橋の長さ:1292m
軌道:複線
竣工:1973年(S48)推定





武蔵野線橋梁から上流800mに架かるのが、今回最終地点の『#41秋ヶ瀬橋』なのですが、西側800mに在る
下ノ氷川神社を先に紹介します。1351年(観応2)に上宗岡の氷川神社を分祀したものと云われ、此方の下宗岡の神社を下ノ氷川神社、上宗岡の氷川神社を上ノ氷川神社の呼称になっています。祭神:素戔嗚尊、所在:志木市下宗岡4-7-43。境内社:八坂神社、水神社、稲荷社。入口鳥居は2002年(H14)奉納の明神鳥居です。
 

 

 

最後に秋ヶ瀬橋を紹介して今回分を終わります。荒川右岸の志木市下宗岡と左岸のさいたま市桜区との間を結び、埼玉県道40号さいたま東村山線(志木街道)が通ります。江戸時代前期に秋ヶ瀬の渡しと呼ばれる渡船場が在った場所に、初代の橋が1908年(M41)に木製冠水橋として架けられ、其の後1938年(S13)に中路カンチレバートラス橋が架けられました。現在の橋は3代目で、西側の荒川と東側の荒川第一調節池の上に架かる為、橋脚数は22径間と多めに造られています。歩道は上流側のみに設置されています。
 

 

 



名称:秋ヶ瀬橋
構造種別:22径間鋼連続箱桁
河口からの距離:34.4km
橋の長さ:1044.7m
有効幅員:10m
竣工:1982年(S57)





>>>後書き<<<
今回も前回の続きでチャリ遡上でしたので、1kmと長い秋ヶ瀬橋も10分足らずで往復出来るので楽ちんです。此の先、JR高崎線の熊谷駅辺りまではチャリ携行で行けそうです。但し、遡上ペースが速くなるのでブログ上での季節感が現状と少しずれ込みますが、ご容赦願います。次回は荒川左岸の幸魂大橋から遡上して、羽根倉橋までの紹介です。

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  1. 2014/05/09(金) 03:02:03|
  2. 荒川

Scene-100 荒川左岸 『幸魂大橋』


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次回アップ予定:Scene-101 荒川右岸 『武蔵野線荒川橋梁、秋ヶ瀬橋』(5/9)
今回は荒川左岸の戸田橋から遡上して、幸魂(さきたま)大橋までの紹介です。戸田橋上流左岸堤防から桜満開の戸田公園が見えるので寄ります。漕艇場を中心とした公園で、第12回東京オリンピックの漕艇競技が予定されていましたが日支事変の影響で中止、漕艇場自体は全長2400m、幅70m、水深2.5mで1937年(S12)に完成しています。漕艇場は其の後、拡幅され1964年(S39)に第18回東京オリンピックの漕艇競技が開催されています。漕艇場の東端に在る戸田橋親水公園の入口には、三代目戸田橋の親柱が残されていました。漕艇場の手前側には大学や実業団チームの艇庫がずらりと並んでおり、コースではエイト、フォア、ペアなど様々な種類のボートが水を切って快走しています。
 

 

 

漕艇場コース内にはカルガモも泳いでいますが、ボートが近づく度に右往左往と迷惑そうです。岸辺に上がって避難しているカルガモも居ます。漕艇場西端がコースの0m位置で、500m地点には1988年(S63)竣工の2径間斜張橋(長さ約190m、斜張塔高さ61.4m)の戸田公園大橋が架けられています。此の橋は漕艇場北岸から対岸の戸田競艇場へ行く為の人道橋で、橋の後ろ側に立つ赤白のポールはTBSラジオの中波送信用のアンテナ鉄塔です。
 

 

 

漕艇場の西端から500mの区域には戸田競艇場が在り、戸田ボートレースが開催されている場合は閉鎖されます。当日は開催中でしたが時間もお金も無かったので入場はパス、戸田公園大橋の上から適当にバシャッして河川敷へ戻ります。
 

 

 

土手沿いの桜は、2週間前には未だ蕾だったのに一気に開花、雨風の影響で土手沿いの桜並木は満開を過ぎ、早くも散り始めています。
 

 

土手沿い桜並木の末端に荒川に流れ込む笹目川が在り、左岸河口から27.8kmの位置に笹目水門が設けられています。形式:鋼製ローラーゲート、径間:14.5m×2連、門扉高さ:14m、竣工:1985年(S60)。約100m上流には笹目川排水機場からの排水門も在ります。
 

 

笹目水門管理橋を渡ると400m先に、前回紹介の笹目橋が見えます。橋の手前20m程の倉庫群道路脇に早瀬の渡し跡の碑が在ります。説明板によると、此の渡船場は下笹目の早瀬村と赤塚村を結び、古くから江戸との往来の旅人に利用されていたもので、1942年(S17)に木製の笹目橋が架橋されて其の役目を終えています。
 

笹目橋を通る首都高速5号池袋線に沿って北に700m程に在る笹目神社に寄ります。途中に在る工場の塀から半魚人?と半鳥人?のオブジェと目が会いました。良く出来ている作品で思わずバシャッしてしまいました。看板は無かったのですが、帰宅してから地図で確認すると大澤製作所と云う会社で映像、舞台用の金物制作の会社で、オブジェ自体の詳細は判りませんでした。
 

笹目神社は境内掲示板によると、創建は不詳、もとは聖様と呼ばれていて1873年(M6)に村社となり、1907年(M40)に笹目神社に改称されています。祭神:天照皇大神、所在:戸田市笹目6-28-7。
 

 

拝殿前に鎮座する狛犬は1833年(天保4)奉納の古い造りです。尻尾の長いネコちゃんも鎮座しています、メインクーンに近い雑種系です。これから暑くなるのでロンゲは大変だね。
 

 

笹目神社から北400mに真言宗智山派寺院の平等寺が在ります。開山などは不詳、山号:普門山、院号:蓮花院、本尊:聖観世音菩薩立像、所在:戸田市笹目6-5-4。
 

 

南西に700m程戻り、朝霞市付近の荒川左岸隣に在る荒川第一調節池に行きます。調節池なので平常時には水は無く、公園やゴルフ場になっています。荒川中流域における洪水・渇水対策として造られ、地図内の赤枠で囲った羽根倉橋下流から笹目橋上流1kmの間の全長8.1kmに亘っています。調節池の中には貯水池としての機能を持つ彩湖が1997年(H9)に出来ており、完成して間もなくの1999年(H11)には埼玉、神奈川、東京の山間部を中心に記録的豪雨が降り荒川の観測開始以来最高水位が記録され此の時、羽倉橋下流の流入堤から最大で690立方m/Secの水が流れ込み、ピーク時には彩湖に2070万Tonが貯水されて治水効果を発揮したとの事です。赤枠の中が全て洪水で埋まると云うことか!凄いね!!調節池の末端には終末処理場放流渠樋管、調節池水位調節堰、調節池排水門などが在ります。形式:鋼製ローラーゲート、径間:10m×2連、門扉高さ:17.7m、竣工:1991年(H3)。
 

 

彩湖の西岸側(幸魂大橋下流)は自然環境保護区域に指定されていて立入が禁止されているので、彩湖の東岸土手沿いに遡上します。堤防道に止まっている白い自転車、何処かで見た事があるね。そうです、マイチャリの登場です。荒川の下流域では交通網が上手く絡んで移動に問題が無かったのですが、中流域に入ると鉄道網の間隔が10km以上に広がり、橋の長さも1km程度に伸びる為、徒歩の移動では距離が稼げないのです。なので、今回は通勤で混まない早朝の電車に輪行袋に押し込んだチャリを載せてJR武蔵野線経由、埼京線戸田公園駅からのスタートで、帰りも電車が混む前の16:00迄に遡上探索を切り上げます。
河口から30k標識の先に荒川終末処理場放流樋管が在り、今回最終地点の『#39幸魂大橋』が見えます。橋の手前200m右手には荒川水循環センターのプラント施設が在り、下水処理場施設の上は芝生で覆われた上部公園として開放されているそうです。荒川水循環センターの施設能力:93万立米/日、処理開始:1972年(S47)。
 

 

最後に彩湖に架かる『#39幸魂大橋』を紹介して終わります。西側の荒川右岸から荒川第一調節池、彩湖、道満グリーンパークまでを跨ぐ約1.5kmもの長さの橋で、国道298号と東京外環自動車道が通ります。
 

彩湖を跨ぐ部分が斜張橋で、両端は箱桁橋とゲルバー桁橋で連結されています。歩道は上流側にのみ在りますが、荒川右岸側と彩湖東岸からは何れも600m程据付け橋を使用しないと渡れないので歩く人は少なく、今回のチャリ移動、大正解でした。
 

 

 



名称:幸魂大橋
構造種別:2径間斜張橋(中間部)
構造種別:10径間鋼箱桁(右岸部)
構造種別:3径間ゲルバー桁(左岸部)
河口からの距離:30.9km
橋の長さ:1485.9m(斜張部381.5m)
有効幅員:21.5m×2
竣工:1992年(H4)



>>>後書き<<<
今回から折り畳み式チャリを携行しての遡上に切り替えましたが約40kmを楽々と移動出来、徒歩の約4倍に行動範囲が広がり助かりました。荒川上流部にも高崎線や秩父鉄道が近くを走っているので、チャリ携行による遡上が増えると思います。時間に余裕が出るので、其の分、細かい処まで探索しますので引き続きご覧下さい。



次回は荒川右岸の笹目橋から遡上して、JR武蔵野線荒川橋梁、秋ヶ瀬橋までの紹介です。

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  1. 2014/05/05(月) 03:08:13|
  2. 荒川

Scene-99 荒川右岸 『笹目橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-100 荒川左岸 『幸魂大橋』(5/5)
今回は荒川右岸の東北貨物線荒川橋梁から遡上して、笹目橋までの紹介です。JR赤羽駅から分岐する東北本線・京浜東北線と東北・上越新幹線とに挟まれた位置に在る赤羽台の八幡神社から寄ります。正確には境内社務所の地下を東北・上越新幹線が走っています。神社H.Pによると創建は不詳ですが、平安時代、桓武天皇の御代784年(延暦3)坂上田村麻呂の東夷征伐の折り、此の地に陣を張り八幡三神を勧請したと言い伝えられ、江戸時代には、赤羽根村、下村、袋村、稲付村、岩淵郷の総鎮守とされたとの事です。祭神:品陀和気命、帯中津日子命、息長帯比売命、所在:北区赤羽台4-1-6。男坂入口鳥居は1931年(S6)奉納の明神鳥居です。
 

 

 

拝殿の側縁には透かし彫の脇障子(板障子とも呼ばれている)が掛かって居ます。左側に神功皇后の子供(応神天皇)を抱く武内宿禰、右側には祭神の息長帯比売命(後の神功皇后)が彫られています。境内社は赤羽招魂社、古峯神社、北野神社、御嶽神社、阿夫利神社、大山神社、住吉神社、稲荷神社、疱瘡神社。


 

 

西に600m進んだ処に赤羽八幡神社の兼務社である、諏訪神社が在ります。境内掲示板によると、別当寺であった真頂院(足立郡川口宿錫杖寺末寺)の第一世秀善和尚が1396年(応永3)に信州諏訪大社より勧請したとされています。祭神:建御名方神、所在:北区赤羽北3-1-2。正面鳥居1926年(T15)と北参道鳥居は1967年(S42)奉納の神明鳥居、狛犬は1913年(T2)の奉納です。
 

 

此方の拝殿側縁の透かし彫の脇障子は、左側に恵比寿様、右側には大国主と因幡の白兎が彫られています。境内社は須賀神社、稲荷神社、大六天神社、八幡神社、白山神社、猿田彦神社。


 

北東に600m、前々回渡った新河岸川に架かる中の橋から荒川河川敷に戻ります。前々回紹介した東北貨物線荒川橋梁の上流側は赤羽ゴルフ倶楽部が3km程続きます。途中のゴルフ倶楽部入口前から浮間公園方向に逸れます。
 

 

赤羽ゴルフ倶楽部入口から北100mの位置に浮間の氷川神社が在ります。創建年代は不詳、1907年(M40)村内に在った第六天社、御嶽社、稲荷社、八王子社、猿田彦社を合併合祀しています。祭神:素盞嗚命、寄稲田姫命、所在:北区浮間2-19-6。境内社:猿田彦社、第六天社、八王子社、稲荷社、御嶽社。入口鳥居は1995年(H7)奉納の明神鳥居です。
 

 

 

神社の西側に浮間ヶ池を中心とした都立の浮間公園が在ります。昔の浮間地区の荒川は南に蛇行していましたが、1928年(S3)頃に河川改修で直線化された時に蛇行部の一部が幅100m、長さ400m程の浮間ヶ池として残ったものです。園内にはシンボルの風車が廻り、池では釣りもOKで太公望が竿を並べています。所在:板橋区舟渡2-15-1、入園は無料です。
 

 

浮間ヶ池の端には葦原やバードサンクチュアリが在り、四季に応じて沢山の野鳥が見られます。池には、今の時期はキンクロハジロの♂&♀、川鵜などが居候しています。
 

 

隅田水門で見た赤鼻のバンも居ました。人に慣れているのか、岸辺近くの岩場の上で色々なポージングを披露してくれました。それにしても足の中指が長いね、良く見ると足に水かきが無いので泳ぎは上手くなさそうです。
 

 

オオバン、ユリカモメ、カルガモ、樹の上にはアオサギも見られ、池の中央では引切り無しに水中に潜っている鳥が居ます。初登場のカイツブリ君です、勢いを付けて潜り20秒程、行方不明になります。気が付けば夕暮れが迫り、此れ以上の撮影は支障があるのでJR埼京線最寄り駅の浮間舟渡駅から一旦帰宅します。
 

 

 

日を改めて、JR浮間舟渡駅から再開します。浮間公園から西に100m程に舟渡の氷川神社が在るので、公園の桜並木を潜って行きます。園内にはハナカイドウ(花海棠)、ユキヤナギ(雪柳)も満開です。
 

 

 

舟渡氷川神社は地元では「十度宮」と親しまれている神社で、境内に立つ「十度宮」の由来札によると、此の舟渡の地には、昔から塔婆型の石祠が祀られており、洪水によって何度も流されながら十度、此の地に戻って来たので其の名が生まれたとの事です。ところが、1919年(S8)頃に中山道の改修工事により、此処から南西2km程の蓮根の氷川神社に移されてしまいます。其の後、此の地区の区画整理により舟渡町が誕生し神社を建設して「十度宮」を遷座、1966年(S41)に氷川神社として創建されています。祭神:須佐之男命、奇稲田姫命、所在:板橋区舟渡2-18-2。入口の鳥居は1964年(S39)奉納の神明鳥居です。
 

 

 

100m程北に移動して荒川河川堤防へ出ます。堤防から今居た方向を見ると古い煙突が2本聳えており、白い煙がモモクと流れています。硝子瓶の専門メーカーである第一硝子で使用されていた硝子溶融炉の煙突です。1968年(S43)頃に建てられた煙突で、現在は使用されていません、なのに煙?。先程の氷川神社近くで下から見た時には煙突の脇に沿った別の煙突が在り、其処から出ているのでした。此の煙突から出ている煙は、溶融炉排気ガスに含まれる硫黄酸化物を除去する為に脱硫装置を通過したもので、殆どが水蒸気との事です。
 

土手には雑草も枯れた色から緑に変わりつつあり、遠目雑草ですが近くで見ると綺麗な花が咲いているものも在ります、オオイヌノフグリやヒメオドリコソウですね。河川敷には戸田橋ゴルフ練習場が在り平日なのに人が一杯だ、平日2時間打ち放題(¥2000)だからか?土手上に河口から24.8kmの標識、400m上流に前回紹介した東北新幹線・埼京線橋梁が見えます。
 

 

東北新幹線・埼京線橋梁から上流右岸側は運動場や競技場が連なり、付近にも見処が無いので今回最終地点の『#38笹目橋』までスルーします。此の辺りから上流は右岸も左岸も埼玉県になります。笹目橋は、新河岸川及び荒川右岸の板橋区三園、高島台と左岸の戸田市笹目、早瀬とを結び、国道17号新大宮バイパス(上り下り)と首都高速5号池袋線が通る3本の橋で構成されています。初代の木橋は1942年(S17)現在の場所から上流数百mの位置に架けられており、1964年(S39)に現在地に637mの鋼連続箱桁橋が架橋されて新大宮バイパスが開通しています。其の後、1977年(S52)上流側に新橋を架橋(622m)、1988年(S63)には下流側に上り車線用を架橋(621m)、真ん中の橋を1990年(H2)首都高速5号池袋線(高島平~ 戸田南間)、上流側の橋は下り車線用として供用されています。
 

 

 



名称:笹目橋
構造種別:①7径間鋼連続箱桁(新大宮バイパス上り)下流側
構造種別:②7径間鋼連続箱桁(首都高速5号池袋線)
構造種別:③8径間鋼連続箱桁(新大宮バイパス下り)上流側
河口からの距離:28.8km
橋の長さ:①621.7m、②637m、③622m
有効幅員:①18.2m、②15.3m、③16.5m
竣工:①1988年(S63)、②1964年(S39)、③1977年(S52)



>>>後書き<<<
浮間公園内にはバードサンクチュアリが在り、色々な野鳥が飛来していて楽しめました。野鳥の聖域を設ければ、民家の近くでも人間が立ち入らない場所である事が判るのか、自然と野鳥が集まるのですね。チョウゲンポウ、オオタカ、ツミなどの猛禽類も来るそうなので見たかったです。機会が有れば又寄るか!?
次回は荒川左岸の戸田橋から遡上して、幸魂(さきたま)大橋までの紹介です。

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  1. 2014/05/01(木) 03:06:05|
  2. 荒川

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