ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-78 隅田川右岸 『小台橋』


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【次回アップ予定:2月5日】
今回は隅田川右岸の尾竹橋から遡上して、小台橋までの紹介です。尾竹橋の下では釣りに興じている人が居ますが、中々当たりがありません。傍でヒドリガモが、おこぼれ頂戴待ち状態で「おっちゃん、餌ついてんのか?」と心配しています。右岸上流はカミソリ堤防ですが、味気ない景観を少しでも良くする目的で、蔓性観葉植物のマツコデラックス、もとい!(もとい!は軍隊用語だそうで、元へ戻るの意味です。小学生の頃、軍隊あがりの先生が頻繁に使っていてクラスで流行った記憶が有ります)。もとい!ヘデラ・ヘリックスで壁面緑化されています。ヘデラ・ヘリックス(西洋木蔦)はウコギ科ヘデラ属の蔓性観葉植物で、イングリッシュ・アイビーとも呼ばれており、原産はヨーロッパ、北アフリカ。日本には明治の終りに入っています。壁に訳の判らないヘンテコなイラストを描かれるよりは、良いかも!
 

 

前回紹介の尾久橋まで1600mを護岸沿いにテクテクと進みます。前回紹介の舎人ライナー橋梁手前で遊歩道は途切れ、立入出来ないカミソリ堤防に戻ってしまいます。
 

尾久橋の先隅田川沿いの路地を200m程進むと真言宗豊山派の華蔵院が在ります。華蔵院の創建年代は不詳ですが、室町時代末期から江戸時代初期に掛けての創建と推定されています。山号:大悲山、寺号:観音寺、本尊:正観音像、所在:荒川区東尾久8-46-2。
 

南方向へ200mの処に尾久八幡神社が在ります。八幡信仰のもと尾久の総鎮守として栄えてきた神社で、創建は定かではありませんが、社に伝えられている最古の棟札には1385年(至徳2)と記されており、勧請されたのは南北朝以前である事が知られています。江戸時代には当地周辺(旧上尾久村、旧下尾久村、旧船方村)の鎮守、明治期には村社に列格していました。境内社:厳島神社、稲荷神社、祭神:応神天皇、所在:荒川区西尾久3-7-3。入口鳥居は1937年(S12)奉納の明神鳥居です。
 

 

八幡神社の前が都電の停留場になっていて都電が停まっています。懐かしいね。帰りは此奴で帰るとするか。
 

隣に曹洞宗寺院の大林院が在ります。1643年(寛永20)に三田の功雲寺内に開創された駒込大林寺末です。明治時代に廃寺となった此の場所の願勝寺跡に移転し、現在に至っています。山号:霊明山、所在:荒川区西尾久3-9-5。本堂の入口階段に猫ちゃんが日向ぼっこで気持ち良さそうに熟睡しています。起こさないように望遠でパチリ。
 

 

更に隣に真言宗霊雲寺派の地蔵寺が在ります。地蔵寺は1751年(宝暦1)に分了智範和尚が地蔵堂として創建したのが始まりで、1759年(宝暦9)武蔵国久良郡金沢領寺之前村に所在していた無住の地蔵寺の寺名を譲り受け、現寺号となっています。山号:金光山、院号:宝珠院、本尊:地蔵立像、所在:荒川区西尾久3-10-6。
 

 

100m程隅田川沿いに進むと、本日最終地点の『#34小台橋』です。右岸の荒川区西尾久と左岸の足立区小台とを結び、都道458号白山小台線(小台通り)が通る橋です。橋の名前は左岸の地名に因んで付けられています。
 

架橋前は、小台の渡し又は尾久の渡しが在った場所で、小台橋が最初に架橋されたのは1933年(S8)で、関東大震災後の都市復興事業により架蹴られた橋です。其の後老朽化により現在の橋に架け替えられています。
 

 

 



名称:小台橋
構造種別:鋼ニールセンローゼ桁
河口からの距離:17.3km
橋の長さ:122m
有効幅員:15m
竣工:1992年(H4)





>>>後書き<<<
尾久八幡神社を紹介した時に見た都電で、JR大塚駅経由にて帰宅しましたので、序に都電の紹介です。中学生時代には黄色に塗られた都電で新宿や渋谷に遊びに行った記憶が有ります。かつて東京都23区内を中心に多路線を展開していた都電路線は殆ど廃止され、1972年以降唯一現存する路線が荒川線で、荒川区南千住の三ノ輪橋停留場から新宿区西早稲田の早稲田停留場まで12.2kmを結ぶ、東京都交通局を事業主体とする軌道路線です。7000形は1954年(S29)に登場した路面電車、9000形は2007年(H19)に登場の車両で、レトロ車両(モチーフは明治から昭和初期の東京市電の車両)の装飾が施されています。
 

次回は隅田川左岸の尾久橋から遡上して、首都高中央環状線隅田川橋梁、豊島橋までの紹介です。

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  1. 2014/01/30(木) 02:12:22|
  2. 隅田川

Scene-77 隅田川左岸 『舎人ライナー橋梁、尾久橋』


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【次回アップ予定:1月30日】
今回は隅田川左岸の千住水管橋から遡上して、舎人(とねり)ライナー橋梁、尾久橋までの紹介です。千住水管橋の上流側、川沿いの路地100m先に橋戸稲荷神社が在るので寄ります。橋戸稲荷神社は、926年(延長4)の創建とも、1490年(延徳2)の創建とも伝えられています。祭神:倉稲魂命、所在:足立区千住橋戸町25-1。拝殿前の神狐は1906年(M39)の奉納で、左側の狐様は鼻もげらで可哀そう状態です。
 

 

隅田川沿いの一般道を500m程進むと、地図に櫻神社と記載されていますが、場所は2010年(H22)に㈱ニッピ本社ビルが建設されている場所で本社構内です。此の場所の櫻神社を検索してもヒット無しなので、ニッピの沿革を検索。日本皮革㈱として1907年(M40)に大倉組皮革製造所、桜組、東京製皮、今宮製革所が合併して設立された会社との事です。推定すると、其の中の桜組に関係する神社と云う事なのですかね?良く判りません。なので、創建も祭神も不明、所在:足立区千住緑町1-1-1。明神鳥居は1993年(H5)の建立。
 

 

千住水管橋先はカミソリ堤防が続いて見処も無いので、日光街道沿いに在る神社に寄りながら進みます。600m程進むと道路脇に八幡神社(白旗八幡宮)が在ります。1908年(M41)に現在地に白旗八幡宮の社殿を建て、仲町氷川神社の境外摂社として信仰されたのが始まり。勧請の時期は不明ですが、足立区の各地に残る源頼義、義家の奥州討伐の伝説のひとつがこの八幡で、源義家が隅田川の渡裸川の渡し場を渡る際に、両岸に白旗を立て目印にした事に因んでいると云われ、此の時の白旗が納められているとの事です。祭神:誉田別命、所在:足立区千住宮元町3-8。入口の神明鳥居は1908年(M41)奉納。
 

 

更に50m先の千住警察署入口信号を左折して100m程進むと千住神社です。926年(延長4)に地区の鎮護と五穀豊穣を祈って伏見稲荷より御分霊を勧請し、稲荷神社を創立したのが始まりで、1279年(弘安2)には一の宮氷川神社の御分霊を勧請し、氷川神社が近くに創立されています。1872年(M5)両社は、村社と定められ翌年に稲荷神社を氷川神社に合祀して西森神社と名を改め、其の後、郷社と定められ、1915年(T4)以来、千住神社と改称されています。祭神:須佐之男命、宇迦之御魂命、所在:足立区千住宮元町24-1。入口の鳥居は1866年(慶応2)奉納の古い明神鳥居です。
 

 

狛犬は1830年(文政13)の建立で芸術的な造りで、いいね~。左手に神楽殿が在ります、古い造りですが戦災で焼失し、境内の建物は全て1958年(S33)以降に再建されたものです。(@_@)え~、桜だ!枝は小ぶりだけど境内に早くも桜が咲いていました、寒桜と書いてあります。一番早く咲く桜で、寒緋桜と山桜の雑種と推定されているらしいです。近くに富士塚も在ります。富士塚は、戦国時代から江戸時代初期、開祖・角行により始まった富士山登山信仰・富士講に基づき、富士山に模して造営された人工の山や塚です。
 

 

 

300m程西に移動して隅田川に戻ります、此の辺りは東京電力の千住火力発電所(1963年(S38)に稼働停止)の跡地であり、都市再開発と同時にスーパー堤防が構築されています。当時、千住火力発電所には巨大な4本の煙突が立っていて、見る角度で重なって3本、又は2本に見える為、付近住民からは「お化け煙突」の名で呼ばれていました。少し進むと帝京科学大学千住キャンパスが在り、先程のお化け煙突の一部を利用したモニュメントが校舎脇に飾られています。正面から見ると昔のお化け煙突の様子が判ります。
 

 

帝京科学大学千住キャンパスの直ぐ上流が前回紹介の尾竹橋です。橋の上流には短い遊歩道があり、又々カミソリ堤防に戻ってしまいます。堤防を離れても北200mで荒川、此処は中洲みたいな場所で見処が無いので、ひたすら堤防の脇を1600m進み、『#32舎人ライナー橋梁』を目指します。(あ~退屈だ!此の堤防何とかせい、足立区長)
 

 

漸く、東京都交通局日暮里・舎人ライナー橋梁に到着です。舎人ライナーは荒川区の日暮里駅と足立区の見沼代親水公園駅を結ぶ、2008年(H20)に完成した、東京都交通局が運営する案内軌条式鉄道?何のこっちゃ。運転手がいない、コンピュタ制御による自動運転の新交通システム路線です、成程。
 

 

 



名称:東京都交通局日暮里・舎人ライナー橋梁
構造種別:上路鋼3径間連続鋼箱桁
河口からの距離:16.6km
橋の長さ:238m
竣工:2006年(H18)






上流側に接するように架けられている橋が本日終着点の『#33尾久橋』で、右岸の荒川区東尾久と左岸の足立区小台を結び、都市計画道路放射11号尾久橋通り(都道58号台東川口線)が通る橋です。此の場所は熊野の渡しが在った場所で、尾竹橋、小台橋の架橋により廃止されています。
 

 

 



名称:尾久橋
構造種別:3径間連続鋼床鈑箱桁
河口からの距離:16.6km
橋の長さ:431m
有効幅員:24m
竣工:1968年(S43)





>>>後書き<<<
メタボ予備軍の健康指導で歩く事、野菜を多く摂るように言われています。野菜は煮ると食べやすいので、手間だけどカップ麺を止めて、袋ラーメンに野菜を極力入れる様にしています。最近作ったラーメンの内容は、ミックス野菜+ソーセージ+卵、もやし+ベーコン+卵、小松菜+生卵、生卵の時はスープを少な目で絡めて食します。マイブームはコショウをバサバサ、バサバサと此れでもかと云う位、ぶっ掛けて食べるのが刺激的で美味ですよ。
 

 

 

隅田川遡上も残り4Sceneで完結!次の遡上河川候補を選択中です、多分「荒川」かな?次回は隅田川右岸の尾竹橋から遡上して、小台橋までを紹介します。

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  1. 2014/01/25(土) 02:16:15|
  2. 隅田川

Scene-76 隅田川右岸 『東京電力送電橋、京成電鉄橋梁、尾竹橋』


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【次回アップ予定:1月25日】
今回は隅田川右岸の常磐線橋梁から遡上して、東京電力送電橋、京成電鉄隅田川橋梁、尾竹橋までの紹介です。常磐線橋梁の上流100mの処に日枝神社が在ります。日枝神社は江戸時代山王社と呼ばれた旧中村町(千住宿)の鎮守であり、1316年(正和5)に建てられたと伝えられています。俗に山王清兵衛と呼ばれ、歯痛に悩む者が祈願する千住の歯神として有名との事です。入口は柵で施錠されていて中には寄れません。祭神:大山咋神、所在:荒川区南千住7-23-18。
 

西に100m程進み国道4号(日光街道)を渡った左方向に素戔雄神社の提灯と明神鳥居が見えます。素戔雄神社は、当地に神石が出現した事により795年(延暦14年)に創建したと伝えられています。東参道側から境内に入ると幹廻り3.3m、高さ30mの御神木の大銀杏が立っています。此の木の皮を煎じて飲むと乳の出が良くなると云う言い伝えがあり、絵馬を奉納祈願する習わしが現在も続いています。正面参道前の鳥居は1805年(文化2)奉納の明神鳥居で、正面にデカイ社額がぶら下がった拝殿が待ち構えています、両脇には山の様に積まれた日本酒の薦被り(こもかぶり)、過去に奉納されたもので中身は参拝者へ振舞われたり、身内で処分されたりするそうです。祭神:素戔雄命、事代主命、所在:荒川区南千住6-60-1。
 

 

正面鳥居の右に手水舎、左手に神楽殿が在ります。鳥居横の狛犬は1935年(S10)奉納で、拝殿前には獅子山型の狛犬が鎮座しています。
 

 

 

日光街道を100m、前回紹介の千住大橋手前まで戻り、隅田川右岸沿いの細道を遡上します。細道に入って直ぐ、熊野神社が左手に見えます。創建は1050年(永承5)、源義家の勧請によると伝えられています。千住大橋を架ける際に奉行伊奈備前守が熊野神社に成就祈願し、橋の完成にあたり、橋の残材で社殿修理を行なったそうです。入口の柵が施錠されていて本殿には近付けません。所在:荒川区南千住6-70。
 

50m程進み、路地を川沿いに入ると『#29東京電力送電橋』の上だけが見えます。カミソリ堤防に阻まれ、前にも横にも動けないので、一脚で頭上からバシャッバシャッと終わりです。此の先の上流も暫くはカミソリ堤防が続き、300m先位からスーパー堤防が在る事が判ります。
 

東京電力送電橋は文字通り、東電が管理する送電用の橋です。左岸側の橋の袂には、荒川専用橋(足洞30号)の記載が在るだけで送電の詳細は不明、橋を渡るケーブル末端は地中の側溝に消えて行きます。
 

 

 



名称:東京電力送電橋
構造種別:鋼タイドアーチ桁
河口からの距離:12.8km
橋の長さ:約104m
竣工:不明





此処から西300m程に若宮八幡宮が在るので寄ります。若宮八幡宮は名のとおり仁徳天皇を祭神とする神社です。所在:荒川区南千住6-35。入口の明神鳥居は1935年(S10)奉納、狛犬は同じ年の奉納です。
 

 

神社から約200m、隅田川沿いに戻ります。護岸堤防はカミソリ堤防が途切れて、スーパー堤防に変わりますが、500m程で終わり、又々カミソリ堤防に戻ってしまいます。堤防ベンチで昼食(コンビニおにぎり)を食べていると、ユリカモメが1羽、2羽、段々と集合、ハトポッポまで集まって来たのでコソコソと完食して退散します。堤防脇の道路を進むと道を跨ぐ形で緑色の物体が架かっています。道路脇に在る三河島水再生センター下水処理場から伸びている汚泥残土の排出用ベルトコンベアで、川岸に廃棄物回収船が横付けされて積み込まれる仕組みです。200m先に『#30京成本線隅田川橋梁』が見えますが、橋梁手前の堤防はカミソリ堤防では無いけど、段差がある緩傾斜堤防で上がれません。トホホ!
 

 

 

京成本線隅田川橋梁は右岸側の町屋駅と左岸側の千住大橋駅との間に在り、京成本線のスカイライナー、快速などが走ります。※1931年(S6)に上野~青砥間が開業し、同年に京成本線荒川橋梁が架橋されている事から、隅田川橋梁も同時期に架橋したと思われます。
 

 

 



名称:京成本線隅田川橋梁
構造種別:下路複線トラス
河口からの距離:13.6km
橋の長さ:約125m
竣工:1931年(S6)※推定






河川沿いの道は京成本線の高架で遮断されているので直角に200m程迂回して高架を潜ります。河川沿いに戻っても直進可能な道が無いので此の儘、北上して尾竹橋通り経由で約1100m先の『#31尾竹橋』へ向かいます。尾竹橋の右岸下流は工場、住宅密集地で例のカミソリ堤防ですが、反対側は再開発されていてスーパー堤防になっています。下流の右岸側に突き出ている物体は、不燃ゴミの船積み中継所(尾竹橋清掃作業所)の排出ホッパーです。上流側はカミソリ堤防の儘です。
 

 

尾竹橋は右岸の荒川区町屋と左岸の足立区千住桜木町を結ぶ橋で、初代の橋は関東大震災復興事業として1933年(S8)にゲルバー桁橋が架けられ、其の後老朽化の為、現在の橋に架け替えられています。江戸時代には「お茶屋の渡し」と呼ばれていた場所で、左岸側に三軒のお茶屋が在り、其の茶屋に「お竹」と云う美人が居て、別名「お竹の渡し」と呼ばれており、其れが尾竹橋の由来です。右岸橋の袂にドン・キホーテ町屋店が在りました。年賀状で永代橋の夜景を印刷したら黒色だけ、あっと云う間に無くなってしまったので予備を此処で購入です。
 

 

 



名称:尾竹橋
構造種別:3径間連続鋼ローゼ桁
河口からの距離:15km
橋の長さ:130.3m
有効幅員:15m
竣工:1992年(H4)





>>>後書き<<<
ブログランキングに参加しないのですか?とよく聞かれます。ん~、該当するカテゴリーが見当たらないし、競い合うのは好きではないし、ランキングの目的が判らないので参加していません。ブログの内容は人によって好き嫌いがあるが、客観的に観て中身と順位が相応していないブログが在るのは何故なのか?恐らく仲良しクラブや身内による応援票によるものだろうけど、如何なものかと思います。個人的に好きでお勧めなのは「節約メニューと普段使いの食器」(http://northwind2013sun.blog.fc2.com/):食材を余す事無く活用した料理テクに感心、お洒落な食器に綺麗な盛り付けで美味しさが伝わってきます。偶に脱線する妄想話も笑えますよ。
次回は隅田川左岸の千住水管橋から遡上して、舎人(とねり)ライナー橋梁、尾久橋までの紹介です。

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  1. 2014/01/20(月) 02:14:41|
  2. 隅田川

Scene-75 隅田川左岸 『千住大橋(新と旧)、千住水管橋』


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【次回アップ予定:1月20日】
今回は隅田川左岸の千住汐入大橋から遡上して、千住大橋(新と旧)、千住水管橋までの紹介です。千住汐入大橋の上流に千住水上バス乗り場が在ります。年数回運航の「いちにちゆらり旅」用の発着場で、岩淵水門から荒川を下り、東京湾から隅田川を遡上周回する一日コースです。遊歩道は200m程で行き止まり、周辺は工場、物流センター倉庫が密集していて都道461号墨堤通りを大きく迂回するしかありません。
 

都道461号と常磐線との交差付近に、やっちゃば緑道と云う細道が在ります。「やっちゃば」とは、競り市場の事で、「やっちゃ」は、競り市場の掛け声で、「やっちゃやっちゃ」と聞こえる事から「やっちゃ場」と呼ばれるようになったとの事です。近くには中央卸売市場の足立市場が在ります。
 


都道461号を50m進み、右折すると仲町の氷川神社が在ります。仲町氷川神社は、延喜年間(901~23年)牛田に鎮座していた氷川神社を、1616年(元和2)に仲町へ遷座したと云われています。祭神:素盞嗚尊、所在:足立区千住仲町48-2。狛犬は1966年(S41)奉納。
 

 

弁天像供養庚申塔は1689年(元禄2)の造りで、庚申塔にしては珍しく弁財天を主導とし陽刻され、下部に三猿が表わらされており足立区の有形民俗文化財に登録されています。
 

都道461号に戻り200m進むと、浄土宗の源長寺の山門が見えます。1598年(慶長3)に当地を開拓した石出掃部亮吉胤が、郡代伊奈備前守忠次を勧請開基とし、圓誉不残を開山に迎えて1610年(慶長15)に創建したと云われています。山号:稲荷山、院号:勝林院、本尊:阿弥陀如来像、住所:足立区千住仲町4-1。
 

都道461号を100m程進むと国道4号(日光街道)に合流。左折し50m程で河原町稲荷神社の西側鳥居が左手に在ります。千住河原町の鎮守で、古くから先程の中央卸売市場足立市場(やっちゃば)の守り神として崇敬されてきた神社です。祭神:倉稲魂命、所在:足立区千住河原町10-13。西側明神鳥居は1969年(S44)奉納、参道側の明神鳥居は1830年(文政13)の古い鳥居です。狛犬の建立年は不明ですが浅草神社(Scene-70)の狛犬とそっくりの造りです。
 

 

 

国道4号線を400m程進むと『#26千住大橋(新橋)』です。右岸の荒川区南千住と左岸の足立区千住橋戸町とを結び、国道4号(日光街道)が通り、旧橋の交通量増大により架けられた橋です。
 

 



    名称:千住大橋(新橋)
    構造種別:3径間連続鋼箱桁(陸橋部を含む)
    河口からの距離:12.6km
    橋の長さ:502.5m
    有効幅員:18.9m
    竣工:1973年(S48)





千住大橋(新橋)の左岸下に短い遊歩道が在ります。歴史資料空館と云う青空展示スペースが在り、水面に浮かぶブイの謎とか、河川番付などが貼られています。ブイは昔の木橋の橋杭が残っている場所を示す物で、航行する船の障害物の目印になります。
 

 

隣の上流に架かるのが『#27千住大橋(旧橋)』です。昔は「大橋」と云う名称で、橋の入口に「大橋」のプレートも残っていますが、両国橋が出来てから千住を冠して区別する様になったそうです。最初に千住大橋が架橋されたのは、徳川家康が江戸に入府して間もない1594年(文禄3)で、隅田川最初の架橋でした。当初の橋は現在より上流200m程の処で、当時「渡裸川の渡し」と呼ばれる渡船場があった場所です。千住大橋は何度も改架、改修が行われ、1647年(正保4)~1767年(明和4)までの間に6回に及び、其の後再架橋されたが、関東大震災後の復興事業の一環として現在の橋が架橋され、タイドアーチ橋としては日本最古の橋になります。
 

 

 



名称:千住大橋(旧橋)
構造種別:鋼タイドアーチ桁
河口からの距離:12.6km
橋の長さ:91.6m
有効幅員:24.2m
竣工:1927年(S2)





旧橋の上流側に東京都水道局の工業用水道専用橋である『#28千住水管橋』が並行して架けられています。此の工業用水は隅田川左岸の墨田区、江東区、江戸川区の地盤沈下対策を目的に供給としているものです。
 

 

 



名称:千住水管橋
構造種別:鋼タイドアーチ桁
河口からの距離:12.6km
橋の長さ:106m
送水管:800mm×2本
竣工:1963年(S38)





>>>後書き<<<
日本列島を寒波襲来、東京も今週は日中7℃前後で寒いです。でも北海道やアメリカ北部の厳冬に比べたら温かいかも、YouTubeで見た凍った地下鉄車内、凄まじいね。遡上探索は電車が混まない早朝に出掛ける事が多く、なおさら寒さが厳しく鼻水が凍りそうですよ。又、川沿いは風が吹き抜けるので、お肌も唇も傘傘、カサカサだ、リップクリームは必需品になっています。これからは、天気予報で風速もチェックして出掛けなくちゃ!10℃位に戻る日を待って、暫く遡上待機。早く三人の日(春)が来ないかな。
次回は隅田川右岸の常磐線橋梁から遡上して、東京電力送電橋、京成電鉄橋梁、尾竹橋までを紹介します。

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  1. 2014/01/15(水) 02:15:58|
  2. 隅田川

Scene-74 隅田川右岸 『Me日比谷線橋梁、つくばEXP橋梁、常磐線橋梁』


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【次回アップ予定:1月15日】
今回は隅田川右岸の白髭橋から遡上して、東京メトロ日比谷線橋梁、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレス橋梁、JR常磐線橋梁までの紹介です。白髭橋から隅田川と平行する314号線を100m程進むと、石濱神社の神明鳥居が左に見えます。724年(神亀1)に聖武天皇の命により創建したと伝えられる古社で、源頼朝が藤原泰衡討伐の折に当社に祈願、大勝した事から社殿を寄進されたと云われています。祭神:天照大御神、所在:荒川区南千住3-28-58。入口一の鳥居は1779年(安永8)奉納、二の鳥居は額束付きの神明鳥居で1748年(寛延2)奉納、古社らしく何れも歴史のある見事な鳥居です。境内左に手水舎、二の鳥居横に鎮座している狛犬は1989年(H1)奉納の比較的新しい狛犬です。
 

 

拝殿前の狛犬は1915年(T4)奉納で、彫りが細かくて芸術的な作風で好きなタイプです。左右の狛犬の形が同じ造りは珍しいです。正面に拝殿が在り、入口の門柱に「修理固成」と「光華明彩」の文字が彫ってあります。古事記の中で、天の神が伊邪那岐命・伊邪那美命の二柱の神様に国生みを命じる場面に「この漂へる国をつくり固めなせ」の言葉が出て来ます。此の「つくり固めなせ」の漢字表記が「修理固成」です。しかし国造りは未完成であり、八百万の神々にも引き継がれ其の精神は日本人の心にも宿り、古来「ものつくり」を大切にする国民であれとの教えです。そして天照大御神が生まれ、高天原を統治する皇祖の太陽として、全てを光り麗しく照らし、太陽の恵みを与えます。此れも漢字表記で「光華明彩」と表され、世の為人の為に尽くしなさいと云う教えになります。
 

 

摂社として江戸神社、亀香神社。末社として真先稲荷神社、招来稲荷神社、江戸神社、鹿香神社、北野神社、妙義八幡神社、粟島水神社、白狐社、大黒天、寿老神が祀られています。
 

右岸沿いの遊歩道を200m程進むと入江が在り運河が繋がっていましたが、現在はウオーターフロント開発で運河は潰され、入江だけが残されており、其の入江に架かる瑞光橋を渡ります。右岸沿いは此の辺りから1500m程の長さでスーパー堤防になっていて、親水性に富む景観です。
 

瑞光橋の左前方に都立産業技術高等専門学校荒川キャンパスが見えます。前身校が航空高専であり、教材として使用していた航空機類が展示されているFAMEギャラリー(科学技術展示館)が、年間7日程一般公開されており、先月17日の一般公開日に見学しましたので其の内容を紹介します。所在:荒川区南千住8-17-1。公開日は次のURLで確認出来ます。http://www.metro-cit.ac.jp/information/pavilion/
 

館内には所狭しと、色々な飛行機が展示と云うか、置かれていましたので、主なものを紹介します。
□東洋TT-10:1952年(S27)に設立された東洋航空工業が、僅か5ケ月の短期間で設計製作した複座練習機。全福:8.6m、全長:7.2m、最高速度:210km/h。
□東洋フレッチャーFD-25A:東洋航空工業がアメリカのフレッチャー社と技術提携して国産化した複座の軽飛行機。全幅:9.2m、全長:6.6m、最高速度:270km/h。
 

□F-86Dセイバードッグ:1949年(S24)に画期的な電子機器を搭載して全天候化した機体であり、我が国に全天候機の運用をもたらした。当時の3km世界速度記録を樹立している。全幅:11.9m、全長:12.3m、最高速度:1074km/h。
 

□富士重工FA200-180エアロスバル:我が国で本格的な量産が行なわれた軽飛行機。1965~1986年(S61)までに299機が製造され、内170機が輸出されている。全幅:9.4m、全長:8m、最高速度:230km/h。
 

□クリスレアCH3:イギリス、クリアレス社の4座席の軽飛行機。全幅:11m、全長:6.6m、最高速度:203km/h。
□航空高専ストルプSA-300:アメリカのホームビルト複葉機。曲線を多用した美しい外観を持つ機体で、卒業研究として制作された機体。全幅:7.3m、全長:6.1m、最高速度:200km/h。
 

□川崎重工ベル47D-1:レシプロエンジン・ヘリコプタの最高傑作機で4000機以上が生産され、各国でライセンス生産された。ロータ直径:10.7m、全長:12.6m、最高速度:161km/h。
 

珍しい飛行機が沢山見られて楽しかったね。さて、遡上を続行します、400m程スーパー堤防の遊歩道を進むと、素人が建てたみたいな木造の塔が在ります。下に入口が付いているのでトイレかな?寄って見ます。失礼しました、手前の説明板によるとアートだそうです。「汐入タワーはアーティスト川俣正によるアートプロジェクトで、世界的なメトロポリス都市である東京を定点観測するために設置されました。」と書かれているけど、なんのこっちゃ?意味が判らん?中に入ると螺旋のスロープが上まで続き、展望デッキ(高度7m)から前回紹介の水神大橋が良い感じで定点観測(撮影)出来、役立ちましたよ。えっ、目的が違うって(-_-;)。高さ:10.7m、所在:都立汐入公園(荒川区南千住八丁目)。
 

 

隅田川は此処から左に大きくカーブし、遊歩道沿いに800m程進むと左手に神社の千木が見えて来ます、胡録(ころく)神社です。1561年(永禄4)上杉謙信の家臣高田嘉左衛門らが川中島の合戦に敗れ、当地へ逃れて土着、村落生活の安寧を祈願する為、守護神を祀ったのが始まりで、古くは大六天と称していたが、明治維新の神仏分離令の際に胡録神社と改称しています。胡録は武士が矢を入れる武具。又、当地で盛んだった胡粉作りの胡の字と大六天の六にあやかったのが社号由来です。境内末社:道祖神、祭神:面足尊、惶根尊、所在:荒川区南千住8-5-6。入口の神明鳥居は2003年(H15)奉納、二の鳥居は1902年(M35)奉納、獅子山型狛犬は古い造りですが制作年は不詳、獅子山型は江戸時代中期以降に造られる様になったものです。
 

 

拝殿前の狛犬は1839年(天保10)に奉納された古いもので、表面の彫が一部剥がれ始めています。拝殿の後ろ側にも廻り込める様になっており、幕末から明治初期の造りの本殿が良く見えます。
 

 

境内の片隅に末社の道祖神が祀られています。道祖神は旅の安全、足の病気平癒の神様として崇められていて、祈願の草履が奉納されています。隣に在る塚は、高田嘉左衛門らが落人となり、刀と鎧兜を地中深く埋めた場所を刀塚として祀ったものです。
 

右岸遊歩道に戻ると1500m程続いていたスーパー堤防も終わり、橋の手前200mまで来ましたが、再びカミソリ堤防が続きます。今回は一脚持参で堤防をクリア出来る筈でしたが、ゲゲゲ!カミソリ堤防の手前にフェンスまで張られて接近不能です。あじゃぱ~?遠景と橋下からの絵しか撮れませんでした。
 

『#23メトロ日比谷線隅田川橋梁』は、隅田川右岸の荒川区南千住と左岸の足立区千住関屋町の間を渡る、東京メトロ日比谷線が通る橋梁で、南千住駅と北千住駅の間に在ります。此の駅の区間は1962年(S37)に開業しており、橋梁も同時期に竣工していると思われます。直ぐ上流側につくばエクスプレスの橋梁が架かっている為、上流側から直接全体を見る事は出来ません。
 

 

 



名称:東京メトロ日比谷線隅田川橋梁
構造種別:下路式ワーレントラス
河口からの距離:12.1km
橋の長さ:約131m
幅員:9.5m
竣工:1962年(S37){推定}





直ぐ上流に架かっているのが『#24つくばエクスプレス隅田川橋梁』です。隅田川右岸の荒川区南千住と左岸の足立区千住関屋町の間を渡り、首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスが通る橋梁で、南千住駅と北千住駅の間に在ります。下流約10mには先程紹介した東京メトロ日比谷線隅田川橋梁が、上流約5mにはJR常磐線の橋梁が架かっている為、橋梁全体を直接見る事は出来ません。橋梁は2003年(H15)に竣工し、つくばエクスプレスは其の2年後に開業しています。橋の絵は、何とか電車からの撮影を含めて3枚確保、空からの絵はGoogleから拝借しました。
 

 



    名称:つくばEXP隅田川橋梁
    構造種別:下路式ワーレントラス
    河口からの距離:12.2km
    橋の長さ:128.4m
    竣工:2003年(H15)






本日最終地点である『#25JR常磐線隅田川橋梁』が上流5m程の位置に架かっています。初代の橋梁は1896(M29)に日本鉄道土浦線(現常磐線)の時代に我が国で始めて複線式のプラットトラスとして登場。架橋から32年後の1928年(S3)に撤去されています。尚、撤去された2連の橋梁は新鶴見操車場の旧江ヶ崎跨線橋に移設された後、横浜市中区新山下に霞橋(橋長:33m、幅員:6m)として2013年(H25)に再生されています。2代目の橋梁は1928年(S3)に架橋、3代目が現在の橋梁になります。上流側はカミソリ堤防だけでフェンスが無いので一脚の出番です。カメラを取付けて堤防の上に差し出してタイマー撮影、知らない人が見たら「変なオジサンが不審な動きをしている」と通報されそうです。
 

 



    名称:JR常磐線隅田川橋梁
    構造種別:下路式ワーレントラス
    河口からの距離:12.2km
    橋の長さ:128.4m
    竣工:2002年(H14)






>>>後書き<<<
今年は、初詣に行かれましたか?一般的には、正月三が日に参拝する事を初詣と云っていますが、日にちに関係なく参拝すれば良いと思います。因みに昨年は多摩川と隅田川沿いの寺社に参拝(撮影の序)した件数を暇なので数えてみました。お寺115山、神社172社、合計287箇所でした、沢山参拝したので御利益はそこそこに有りましたよ。ソコソコに!
次回は隅田川左岸の千住汐入大橋から遡上して、千住大橋(新旧)、千住水管橋までの紹介です。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/01/10(金) 02:05:57|
  2. 隅田川

Scene-73 隅田川左岸 『水神大橋、千住汐入大橋』


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【次回アップ予定:1月10日】
今回は隅田川左岸の桜橋から遡上して、水神大橋、千住汐入大橋までの紹介です。桜橋の上流には遊歩道が在りますが長さ300m程で終わり、又、殺風景なカミソリ堤防になってしまいます。カミソリ堤防は高潮からの洪水を防ぐ為に厚さ30cm程度で造られた垂直なコンクリート堤防で、最近の緩傾斜型の堤防に比べて、切れやすい(決壊)、厚さが薄い事からの命名です。最近になって隅田川全域に対して、人が水辺に近づける親水性にも配慮した緩傾斜堤防事業に着手されていますが、工場、住宅が護岸縁に密集している地域では用地の拡張が難しく未だに多くのカミソリ堤防が残っています。
 

途中から、隅田川と平行する461号墨堤通りに迂回して400m程進むと、白鬚神社が在ります。951年(天暦5)に慈恵大師が関東下向時に、琵琶湖湖畔に鎮座する白髭大明神の分霊を当地に祀った事が、東向島鎮座・白鬚神社の始まりです。祭神:猿田彦大神、所在:墨田区東向島3-5-2。参道の明神鳥居は1898年(M31)建立。
 

 

拝殿前に鎮座する狛犬は1806年(文化3)の奉納刻が在る古い物です。
 

 

再び隅田川沿いの味気ないカミソリ堤防沿いに戻り、400m程進むと首都高速道路6号線高架下寄りに隅田川神社が在るので寄ります。元は浮島神社と云い、水神社、水神宮、浮島宮などとも呼ばれ、「水神さん」として親しまれてきた神社で、創建は不詳。1180年(治承4)の頃、源頼朝が関東下向の折、暴風雨に遭い当社に祈願し水神の霊験に感じて社殿を造営したと伝えられ、1872年(M5)に隅田川神社に改名しています。祭神:速秋津日子神、 速秋津比賣神、 鳥之石楠船神、 大楫木戸姫神、所在:墨田区堤通2-17-1。
 

 

墨田の鎮守、船頭や荷船仲間に広く深く信仰され、水の神様らしく境内社殿前には狛犬の代わりに神亀が鎮座しています、良く見ると耳が付いている珍しい亀さんです。境内社は粟島神社、金神社、天神社、若宮八幡神社、三財稲荷神社などが祀られています。
 

 

首都高6号線高架下を400m進むと『#21水神大橋』で、右岸の荒川区南千住と左岸の墨田区堤通を繋ぎます。橋の名前は先程の隅田川神社(水神宮)に因んで付けられており、都道461号吾妻橋伊興町線が通ります。橋が架かる前は「水神の渡し」と云う渡船場があった場所です。
 

 

 



名称:水神大橋
構造種別:3径間連続ニールセンローゼ桁
河口からの距離:10.4km
橋の長さ:157m
有効幅員:17m
竣工:1989年(H1)





都道461号を西に200m進むと赤門寺とも呼ばれている曹洞宗寺院の圓徳寺が在るので寄ります。円徳寺は、駒込吉祥寺13世離北良重和尚が1613年(慶長18)に開山したと伝えられています。山号:醍醐山、本尊:薬師如来像、所在:墨田区墨田5-42-17。
 

 

隅田川に戻ります。遊歩道を300m程進むと運河(旧綾瀬川)で行止まりになります。旧綾瀬川は荒川の隣を流れる綾瀬川の支流として隅田川に流込んでいましたが、荒川放水路が開削された事で分断されてしまい、現在は荒川と隅田川の間に残っている300m程の長さが旧綾瀬川になります。なので旧綾瀬川に架かる綾瀬橋を渡って、墨堤通りに迂回して次の橋へ向かいます。名称:綾瀬橋、構造種別:1径間アーチ桁、長さ:61.5m、幅員:20.5m、竣工:1961年(S36)。
 

 

隅田川が略180度に向きを変える蛇行部の先に『#22千住汐入大橋』が架かっています。
 

千住汐入大橋は隅田川に架かる橋の中で2番目に新しい橋で、右岸の荒川区南千住と左岸の足立区千住曙町を結び、都道314号言問大谷田線が通ります。橋の名前は此の場所に在った渡船場、「汐入の渡し」に因んでいます。
 

 

 



名称:千住汐入大橋
構造種別:2径間連続鋼床鈑箱桁
河口からの距離:11.1km
橋の長さ:158.6m
有効幅員:19.2m
竣工:2006年(H18)





>>>後書き<<<
世間では正月休みも一段落し電車も混み始めていますが、我が家は今月一杯まで正月休み。来月は冬休み、其の次も**休みで1年365日がお休みです。なんせ無職ですからね。年金が満額貰えるまでは赤字になるけど、年金保険が赤字を補填してくれています。若い頃に入ったお蔭で掛け金も安く、現在は倍返しで明治生命のおばちゃんに感謝です。
休み過ぎで体が重くなって来たので、遡上を再開します。次回は隅田川右岸の白髭橋から遡上して、メトロ日比谷線橋梁、つくばエクスプレス橋梁、常磐線橋梁までの紹介です。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2014/01/05(日) 02:14:15|
  2. 隅田川

Scene-72 隅田川右岸 『白髭橋』


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【次回アップ予定:1月5日】
新年明けましておめでとうございます。今年は午歳、骨休めのSpotを織り込ませながら馬く更新して行きますので、宜しく。何時やるのかって?馬でしょ!(ヒヒ~ン)
今回は隅田川右岸の言問橋から遡上して、白髭橋までの紹介です。右岸側にも、言問橋を挟んだ下流から上流の約1kmの長さで隅田公園が在ります。此方には庭園などは無く、殆ど桜並木で埋め尽くされていて春先はTSTを眺めながらの花見、7月は隅田川花火見物の名所になっています。護岸内側には整備された遊歩道も続き、前回紹介したイソシギ君が此方側にも遊びに来て居ました。前回紹介の桜橋の手前に台東リバーサイドスポーツセンターが建っています。台東区芸術文化財団が管理する総合体育施設で、区民が優先的に利用出来る様になっています。
 

 

 

スポーツセンターの西側に曹洞宗寺院の慶養寺が在るので寄ります。1625年(寛永2)に浅草蔵前に創建されたのが始まりとの事。山号:霊亀山、本尊:三尊釈迦弥陀弥勒像、所在:台東区今戸1-6-22。山門前に寺院内に仏敵が入り込む事を防ぐ守護神の金剛力士が睨みを利かせています。
 

 

道を挟んだ北側に今戸神社が在ります。1063年(康平6)源頼義、義家父子が奥州征伐の折、京都岩清水八幡宮を鎌倉鶴ヶ岡八幡宮と共に当地に八幡宮を勧請し創建したと云われています。祭神:応神天皇、伊弉諾尊、伊弉冉尊、福禄寿、所在:台東区今戸1-5-22。入口の鳥居は1939年(S14)奉納の明神鳥居。
 

 

境内に今戸焼(いまどやき)発祥の地なる碑が立っています。今戸焼は、台東区今戸の地で焼かれていた日用品の土器類・土人形類の事で、江戸を代表する焼き物で、此の土地の粘土が良質であり、今戸焼が栄えた理由との事です。横に沖田総司の終焉の地なる碑も立っています。幕末の志士・沖田総司が結核を患っていた時に治療していた医師の松本良順が当時、今戸神社を仮住まいとしていた事からきています。
 

今戸神社から北に600m程の処に日蓮宗寺院の長昌寺が在ります。浅草寺住職を務めた天台宗の寂海法印が、1279年(弘安2)に当地で日蓮上人の弟子日常と宗論を交わし、「仏教の真髄は法華経にある」と説く日常上人の信仰に強く心を動かされ、身延山に登って日蓮聖人に接した後、弟子となり名を日寂と賜りました。浅草寺に帰った日寂は、日蓮宗に改宗すべく務めたものの成就せず、意を決した日寂は正観世音菩薩像と共に浅草寺を立退き、橋場の地に開創し妙昌寺として開山したのが始まりです。其の後水害に遭い、1321年(元享1)現在地に再興して長昌寺と改めています。山号:深栄山、本尊:正観世音菩薩像、所在:台東区今戸2-32-16。境内一角に在る梵鐘は、将軍家霊廟の灯籠を制作するなど当時を代表する鋳物師の一人であった小幡内匠勝行が1720年(享保5)に造ったものです。成程、浅草寺の本尊が秘仏本尊と云われて非公開の理由が此の事なのかな?
 

 

長昌寺から北西400mに玉姫稲荷神社が在ります。1333年(正慶2)の創建と伝えられる古社で、新田義貞が北条高時を追討の際に参拝し戦勝祈願として御影弘法の筆を瑠璃の宝塔に収めて当地に祀ったとの事。名前の由来は、昔此の辺りに住んでいた砂尾長者という金持ちの一人娘が恋に破れて、鏡が池に身を投げて命を絶った玉姫を祀った事から玉姫稲荷と呼ばれているらしいが、神社には祀られていないとの事。拝殿前の狛犬は1940年(S15)の奉納。祭神:宇迦之御魂命、所在:台東区清川2-13-20。
 

 

境内に口入稲荷神社が在ります。元々は江戸新吉原に高田屋という口入屋(現在の職業紹介所)の庭内に鎮座してあったものだが、夢のお告げで此処に移されたそうです。境内社は八神(白山神社、金刀比羅神社、八幡神社、松尾神社、八坂神社、天祖神社、春日神社、王子神社)。
 

 

隅田川に戻ります。此の辺りの護岸はカミソリ堤防と云われている高さ3m程の壁が続き、川面から完全に遮蔽されており橋も見えません。次回からは一脚が必要だな!橋の手前に来て、漸く堤防を越えられる階段が在り、『#20白髭橋』の絵が撮れます。此の場所は、「橋場の渡し」と云う渡船場があった場所で、初代の橋は1914年(T3)に近在の人々が基金を募って白鬚橋㈱を設立し有料の木橋を架橋しましたが、渡船との競合や橋の維持管理に支障を懐ようになり破綻、1925年(T14)に東京府が買い取っています。
 

白髭橋は、関東大震災後の復興事業の一環として架替えられ、右岸の荒川区南千住と台東区橋場、左岸の墨田区堤通を繋ぎ、都道306号王子千住南砂町線(明治通り)が通っています。現在、橋梁補修工事中であり景観が悪いです。
 

 

 



名称:白髭橋
構造種別:ブレースドリブドタイドアーチ桁
河口からの距離:9.4km
橋の長さ:168.8m
有効幅員:22m
竣工:1931年(S6)





>>>後書き<<<
現在、お正月なので神社は人混みで絵が撮り難いので、遡上散策も暫くお正月休みにします。其の間のアップはストック分で補填だ。と云う事で、次回は隅田川左岸の桜橋から遡上してした、水神大橋、千住汐入大橋までの紹介です。年末ジャンボ、何時も当たらないので買わない予定でしたが、魔が差して30枚購入。先程ネットで番号を確認しゲゲゲ、一瞬夢を見ました。組違いで100万円が逃げて行きました!矢張り買わなければ良かったね。(ガックシ)

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  1. 2014/01/01(水) 02:13:27|
  2. 隅田川

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