ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-71 隅田川左岸 『桜橋』


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【次回アップ予定:1月1日】
今回は隅田川左岸の吾妻橋から遡上して、桜橋までの紹介です。吾妻橋から200m程進むと運河(北十間川)で行き止まりなので、運河沿いに迂回します。隅田川と北十間川の接続点に設置されているのが源森川水門、形式:鋼製単葉ローラーゲート、径間:11m×1連、門扉高さ:7.5m、竣工:1959年(S34)。
 

 

まくら橋からTST(東京スカイツリー)まで900m、離れていますが寄ります。当日券売り場に10:00頃に着きましたが、じぇじぇ(もう古いか?今年一杯有効にしましょう)平日なのに長蛇の列、聞くと1時間待ちとの事です。並ぶのは嫌いなのでUターンだ。TSTは後日、日を改めて早めに来る事にして、東武スカイツリーライン沿いに隅田川へ戻ります。高速の下に隅田公園が在りました。東京都の隅田川沿いにある公園で、右岸の台東区浅草、花川戸と左岸の墨田区向島に跨っており、左岸側の公園内庭園は旧水戸藩下屋敷「水戸徳川家小梅邸」内の池、遺構を利用して造られています。
 

庭園内の池には湧清水も流れ込み、隅田川よりも綺麗なので野鳥に評判の良い、露天風呂付の無料宿泊施設になっています。本日はユリカモメの団体とオナガカモの留学生が泊っていて、朝からお風呂場は満員。わっはは、傍で水戸の御老公が高笑いしながら麺麭(パン)を振舞っており、至れり尽くせりです。あれれ!誰かの作風に感染してしまったな。
 

 

TSTが近くなので市街地からも見えますが、電線などが邪魔で絵になりません。此処の隅田公園からは電線も邪魔にならず良い絵が撮れます。

 

庭園の緑や紅葉、春先には桜とのコラボショットも撮れます。池に写る逆さTSTも面白いですよ。唯、カモが餌を貰えると勘違いして、近くに寄ってくると水面がグチャグチャに成ります。
 

 

池にはユリカモメやオナガカモの他にもサギやカルガモ、亀吉も宿泊しています。
 

 

隅田公園の中間、言問橋の手前に牛嶋神社が在ります。貞観年間(859~879)に慈覚大師が一草庵で素盞之雄命の権現である老翁に会った際の託宣により建立され、牛御前と呼ぶようになったと伝えられ、本所の総鎮守として知られています。祭神:須佐之男命、天之穂日命、貞辰親王命、所在:墨田区向島1-4-5。入口の鳥居は1957年(S32)奉納の明神鳥居、拝殿前に在る鳥居は明神鳥居の左右に脇鳥居を付けた珍しい鳥居で、初めて見る鳥居です。奈良県桜井市三輪に鎮座する大神(おおみわ)神社に在る鳥居を、標準とする事から三輪鳥居(別名:三ツ鳥居、三光鳥居)と言われています。
 

 

拝殿左右に1828年(文政11)作の獅子山型狛犬が在ります。彫りが細かくて芸術術的な仕上がりの狛犬です。牛嶋神社ならではの狛犬ならぬ1859年(安政6)奉納の神牛も拝殿左右に鎮座しています。
 

 

境内に撫牛(なでうし)が在ります、撫牛の習慣は江戸時代から知られていて、自分の体の悪い部分を撫でて、牛の同じ部分を撫でると病が治るという信仰です。此処の神社の撫牛は体だけではなく、心も治るという心身回癒の祈願物として有名です。頭テカテカは判るけど、角までテカテカだ。自分の角は何処だ?境内隅に包丁塚(食肉になった牛の慰霊塚)も在ります。正面奥の拝殿は総檜権現作りで風格があり、銅葺き屋根が良い色に錆びていますね。
 

 

前回紹介した言問橋へ繋がる言問通りを渡り、200m程進むと三囲(みめぐり)神社の参道が見えて来ます。文和年間(1352年~1355年)の頃、近江三井寺の僧源慶が東国を巡錫中、墨田川牛島畔の弘法大師建立になる荒れ果てた小堂に立ち寄り、改築の際に床下より現れた壷を開けると、其の中から白狐が現れ壷の中の宇迦之御魂命の神像の廻りを、三度巡って消え去った事から三囲神社と改称されたと云われています。祭神:宇迦御魂之命、所在:墨田区向島2-5-17。拝殿手前の明神鳥居は1866年(慶応2)奉納の古い鳥居です。社域の一角には没後100年を経た三井家当主を祀った顕名(あきな)霊社が在ります。
 

 

 

三井家(三越などの創業家)では、享保年間に三囲神社を江戸に於ける守護社と定めたが、理由は三囲神社のある向島が、三井の本拠である江戸本町から見て東北の方角にあり、鬼門だった事と、三囲神社の「囲」の文字に三井の「井」が入っており、「三井を守る」と考えられた為です。境内には、三井邸から移設された三角石鳥居や三本柱の手水舎が在り、2009年(H21)に閉店した池袋三越前に在ったライオン像も寄贈されています。因みに三越の名前は、三井家の名前と京都の越後屋を合わせて出来ています。境内入口付近には藤堂高睦(伊賀上野城主)が1707年(宝永3)に奉納した超古~い燈籠が立っています。
 

 

拝殿の左手方向に大国神と恵比寿神が祀られています。拝殿前には赤い涎掛けを纏った狐が鎮座しています、三囲のコンコンさんの愛称で親しまれている1802年(享和2)奉納の神狐です。目尻が下がっていて思わず笑い返してしまいます。
 

 

三囲神社前の道を300m北上すると、弘福寺の山門が見えます。黄檗宗(おうばくしゅう)の寺院で、かつて隅田村香盛島(高森島)に在り、1673年(延宝6)に鉄牛道機禅師が創建したと云われています。山号:牛頭山、本尊:釈迦如来像、所在:墨田区向島5-3-2。
 

 

隅田川に戻ると護岸の浅場に珍しい野鳥が水浴びしています。初登場のイソシギ君です。出身はユーラシア大陸で、現在は日本に永住(留鳥)しているチドリ目シギ科の野鳥です。全長は20cm程、上面は灰褐色で覆われ、羽毛の軸に沿った斑紋(軸斑)は黒く、下面は白い羽毛で覆われ、胸部側面に羽角に架けて白い部分が切れ込んでいるのが特徴です。
 

上流に架かる橋が本日最終地点の『#19桜橋』です。橋の名前は向島側の墨田堤に植えられた桜並木からの由来で、現在も都内有数の花見の名所になっています。橋の中央部に向かい合う形で置かれている「双鶴飛天の図」と題したオブジェは、平山郁夫画伯の原画を細井良雄氏が彫刻にしたものです。午前中はTSTのシルエットが桜橋の傍に影として現れます。
 

桜橋は右岸の台東区今戸地区の隅田公園と、左岸の墨田区向島地区の隅田公園とを結ぶ、隅田川唯一の歩行者専用橋で上から見ると×字形の特異な形をしています(冒頭のThis best shot参照)。
 

 

 



名称:桜橋
構造種別:3径間連続鋼X形曲線箱桁(人道橋)
河口からの距離:8.2km
橋の長さ:169.5m
有効幅員:6m~19.6m
竣工:1985年(S60)





TST(東京スカイツリー)に日を改めて寄りました。TSTに上るには日時予約(+¥500)すれば良いのですが、其の日が無風、晴天かどうかは保障されないので、眺望を目的にするなら当日の天気が確定できる当日券がお勧め。今回は発券窓口が開く8:00のタイミングに合わせて到着です。8時正解、とうきょうスカイツリー駅もガラガラ、窓口への列に並ぶ人も居らず余裕で展望デッキ入場券(¥2000)を購入し、エレベーターでフロア350(標高350mの意味)に上がります。エレベーターは最高速度600m/分、50秒でフロア350に到着。フロアには未だ人は疎らで、混む前に隅田川に架かる橋などの撮影開始です。
 

 

 

当日は晴天でしたが、ガスが掛かった状態でクリアに見える範囲は新宿辺りまでの10km程。富士山は霞んだ状態でした。TSTから東方向は逆光で撮影不能(白とび)だ。まあ、隅田川に架かる橋の見える範囲は撮れたので目的完了、ノープロブレムです。100m上のフロア450展望回廊へは、¥1000追加で上がれますがガスが掛かっているので上がる価値が無いのでパスです。
 

 

 

下界の様子は車が砂粒程度に小さく見え、高さが実感出来ます。フロアガイドのお姉さんが「TSTの影が下界に写っていますよ」、成程、云われないと判らなかったね。フロア340へ降りるとキャーキャーと五月蠅い声、ガラス床の部分が在り恐る恐る、皆さん覗いています。強化ガラスなので乗っても安全なのですが、脚が竦みます。下界へはフロア340のエレベーターから降ります。東京に60年住んでいるけど東京タワーでさえ1回上がったきり、TSTも今回が最初で最後かな?以上TSTの紹介でした。
 

 

>>>後書き<<<
TSTの高さは武蔵野に語呂合わせした634mで、展望デッキはモット高い場所に在るのかと思ったけど450m。それでも十分な高さで、冬の空気が澄んだ日に何処まで見えるか?もう一度来たい場所でした。桜橋は隅田川に架かる橋40橋梁の中間(19番目)、距離的には約1/3を遡上した計算で、来年2月末には隅田川は完走予定です。
今年も残り数日だ、定年後の暇潰しに始めたブログだけど彼方此方に遡上、撮影、データ編集などでボケル暇も無い程で忙しい1年でした。レディカカトの薄利骨折、尿缶欠席、五十過多(ワード検索でヒットしないように誤魔化し)色々と体が錆びて来たけど、何れも軽度で収まって良かったです。老体に鞭打っての遡上は慎み、マイペースでブログ更新して行きますので来年も閲覧の程、宜しく願います。
次回は隅田川右岸の言問橋から遡上して、白髭橋までの紹介です。では、良いお年を...

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  1. 2013/12/29(日) 02:11:51|
  2. 隅田川

Scene-70 隅田川右岸 『東武鉄道隅田川橋梁、言問橋』


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【次回アップ予定:12月29日】
今回は、隅田川右岸の厩橋から遡上して東武鉄道隅田川橋梁、言問(こととい)橋までを紹介します。前回紹介の厩橋の先に屋形船の乗り場が在ります。土日祝日が営業日で乗船代、料理込みで¥8800~。永代橋、隅田川派川の相生橋、そしてレインボーブリッジを潜り、お台場海浜公園で折り返し、隅田川の勝鬨橋から戻る95分のコースです。
 

厩橋から400m先が前回紹介の駒形橋で、橋の袂に浅草寺(せんそうじ)の駒形堂が建っています。朱雀天皇の942年(天慶5)の創建で、昔は此の辺りが船着場で浅草寺参詣に訪れる人々は此の地で上陸し、駒形堂をお参りしてから観音堂へ向かったと云われています。駒形堂は、北斎や広重らによって描かれており、小さくても江戸で名を馳せていたとの事。本尊:馬頭観世音菩薩像。所在:台東区雷門2-2-2。以前のお堂は関東大震災で焼失、此のお堂は2003年(H15)に再建されたものです。
 

200m上流に前回紹介の吾妻橋、此処から西方向へ雷門通りを進みます。吾妻橋交差点角に1880年(M13)創業の日本最初のバーである、神谷(かみや)バーが在ります。浅草の文豪が愛した店で、電気ブランと名付けられたカクテルが有名です。電気が珍しい明治の頃、目新しい物と云うと電気○○などと呼び、ベースになっているブランデーのブランとの合体で名付けられており、その他にジン、ワインキュラソー、薬草などがブレンドされたカクテルです。所在:台東区浅草1-1-1。橋の夜景撮影で近くに来た時の夜景も載せておきます、序に隣の松屋浅草店も夜景が綺麗だったのでNDフィルタ+TV8secでバシャッ~です。
少し進むと浅草寺入口山門の雷門です、正式名称は、風雷神門だそうで、真ん中の大提灯は5代目で10年ぶりに京都市下京区の高橋提燈で新調され、先月に交換されました。浅草寺は後で紹介するとして、少し離れていますが、先に東本願寺に寄ります。
 

 

東本願寺は、浄土真宗東本願寺派の本山で、正式名称は「浄土真宗東本願寺派本山東本願寺」。1651年(慶安4)、東本願寺第12世教如が神田に江戸御坊光瑞寺を建立したのが始まりで、京都東本願寺の別院になっています。1657年(明暦3)の大火により焼失し、現在の浅草に移転しています。本尊:阿弥陀如来像、所在:台東区西浅草1-5-5。
 

浅草寺方面に戻ります。途中、道を間違えて浅草公会堂の前に出てしまったので、序に紹介します。台東区立のホールで、浅草歌舞伎、浅草芸能、映画上映会、舞踊などが開催されています。所在:台東区浅草1-38-6。ホールの正面入り口前には、大衆芸能分野で活躍、多くの人々に愛され浅草縁の俳優、落語家、歌手、芸能人の原寸手形とサインが並べられ、大スター美空ひばりの手形も在りました。近くの路地にお笑いコンビ、猫しろし&くろしが稽古していました。違うか!
 

 

浅草寺仲見世に戻り浅草寺を紹介します。ん~相変わらず人気がある場所で平日なのに観光客だらけ、後からの編集が楽な様になるべく人の映り込みを避けての撮影です。浅草寺は都内最古のお寺で、元は天台宗に属していたが第二次世界大戦後独立し、聖観音宗の総本山になっており、観音菩薩を本尊とする事から通称、浅草観音と呼ばれています。山号:金龍山、本尊:聖観音菩薩像、所在:台東区浅草2-3-1。雷門を潜り、仲見世の商店街を抜けた先に在るのが入母屋造の宝蔵門で、1964年(S39)に再建されており、門の左右に仁王像を安置している事から、かつては仁王門と呼ばれていたが、昭和の再建後は宝蔵門と称しています。2007年(H19)に屋根の改修工事の際に耐震性の向上と参拝客に対する安全確保の為、軽量かつ耐食性に優れたチタン製の瓦を全国で初めて採用しているとの事です。へえ~、言われても遠目からだと判らないね。
 

宝蔵門を潜った先に在るのが、観音堂とも呼ばれている本堂です。旧堂は東京大空襲で焼失し、現在の堂は1958年(S33)に再建されたもので、2010年(H22)には平成の本堂大営繕として屋根の葺き替えが再建以来50年ぶりに行なわれました。此の時も、宝蔵門改修工事で使用されたチタン製瓦が採用されています。真ん中に下げられた志ん橋大提灯は奉納提灯で、浮世絵師・広重の浅草寺雷門之図には、新橋から奉納された「志ん橋」大提灯が描かれています。
 

宝蔵門の左に見えるのが五重塔。当初の五重塔は942年(天慶5)に平公雅により建立、其の後の焼失で1648年(慶安1)に再建されるも1945年(S20)の東京大空襲で焼失してしまい、現在の塔は1973年(S48)に再建されています。鉄筋コンクリート造、アルミ合金瓦葺き、基壇の高さ約5m、塔の高さは約48mです。本堂の左(西側)に影向堂(ようごうどう)が在り、1994年(H6)の建立で堂内には本尊聖観音像や阿弥陀如来坐像などが安置されています。影向堂の左に単層六角型造りで瓦葺の六角堂が建っています。室町時代の建立で境内最古の建物で都の有形文化財に指定されており、堂内には日限を定めて祈願すれば願いが叶うと云う、日限(ひぎり)地蔵が本尊として祀られています。12月31日に7億円当たりますように!
 

 

更に左側に建つのが木造、入母屋造りの淡島堂で、江戸元禄年間(1688~1704)に紀州の淡島明神を勧請したものです。影向堂の前に建っているのが橋本薬師堂で、徳川家康公の没後、家光が再建した東照宮の建物の一つ。堀に架かる橋の近くに在ったことから橋本と命名されたとの事。薬師堂の裏手に銭塚弁財天と秩父三峯神社の末社である三峰神社が在ります。祭神:日本武尊、伊耶那岐命、伊耶那美命。
 

 

浅草寺は夜間ライトアップされているので、幾つかを紹介します。
 

 

浅草(あさくさ)神社が浅草寺本堂の東側に在ります。お寺で用いる言葉は音読みが多く、浅草もお寺では「せんそう」と読ませます。浅草寺の本尊を隅田川で漁猟中に発見した桧前浜成・桧前竹成兄弟と、奉安者の土師真中知の3人を祭神とした神社で、三神を祀ることから三社樣とも呼ばれています。現在の社殿は1649年(慶安2)家光によって再建されたもので、江戸時代初期の権現造りと云われる建築様式の建物で国の重要文化財に指定されています。狛犬の奉納年は不明ですが見た目かなり古い代物です、ロン毛が靡いてハンサムですね。
 

 

拝殿前狛犬は1963年(S38)の奉納。拝殿の飾り瓦、一見して最初は馬に見えたのですが、写真をじっくり確認すると獅子が逆立ちしている姿だね。三つ葉葵の御紋も目に入りませんでした。「控えおろう!」ひぇ~。
 

 

浅草神社の裏側に境内社の被官(ひかん)稲荷社が在ります。新門辰五郎(江戸時代後期の侠客、浅草寺門番)が妻女の病気快癒を京都の伏見稲荷に祈願し、其のお礼として1855年(安政2)に建立したもので、鳥居や灯篭に新門と彫られています。所在:台東区浅草2-3-1。
 

隅田川沿いを散策していると水面に浮くゴミが少ない事に気が付きます、此れには理由があり何隻もの海掃船が河川内に浮くゴミを回収、清掃しているからです。現在、河川水面清掃として東京都建設局の清掃船(12隻)、運搬船(1隻)、台船(7隻)など、大小20隻の船舶によって隅田川、神田川など、30河川、107kmを対象として清掃しています。何時も綺麗にして戴き、ありがとうございます。
 

吾妻橋の上流付近で、空撮用ラジコンヘリのテストを行なっていました。プロペラが上下に付いた新しいタイプですね。此れがあったら橋の撮影など楽に出来るな!欲しくなりました。値段は3万円前後か、ん~考えておこう。
 

被官稲荷社を右に隅田川へ戻ります。あれれ、言問橋だ。少し行き過ぎたので隅田川をバックして、『#17東武鉄道隅田川橋梁』に到着です。東武鉄道伊勢崎線が浅草駅まで延長する為に隅田川に架けた橋梁で、右岸の町名である花川戸(はなかわど)に東武鉄道の浅草駅が在る事から、地域限定で花川戸鉄道橋とも呼ばれています。レールの両渡り分岐器が橋の上に設置されている珍しい橋梁で、右岸付近は半径100mの急カーブである為、電車は時速15km/hの制限でゆっくりと走るのでTSTを眺めるのに最適です。
 

 

 



名称:東武鉄道隅田川橋梁
構造種別:3径間カンチレバーワーレントラス
河口からの距離:7.3km
橋の長さ:166m
竣工:1931年(S6)






400m上流に架かるのが『#18言問橋』です。右岸の台東区花川戸と浅草から左岸の墨田区向島に架かる橋で、国道6号、都道319号環状三号線言問通りが通ります。昔は、竹屋の渡しと云う渡船場があった場所で、関東大震災の復興事業として計画された橋です。橋の西詰はTSTの撮影スポットになっています。
 

 

 



名称:言問橋
構造種別:3径間ゲルバー鈑桁
河口からの距離:7.7km
橋の長さ:238.7m
有効幅員:22m
竣工:1928年(S3)





>>>後書き<<<
先週予想の有馬記念、配当が安くて当たり損で、ありゃ~まあ記念!になってしまいました。多摩川、隅田川を遡上しながら数え切れない程の寺社に参拝しているのに御利益無しかい!もう、賽銭あげないぞ!!プンプン。それにしても、オルフェーヴル強いね!未だ走れるけど、種牡馬(種馬)の道の方が莫大な利益が出るので引退です。因みに種牡馬シンジケートは、ディープインパクトの51億円を超えるのは確実です。すげ~!
次回は隅田川左岸吾妻橋から遡上して、東京スカイツリー(TST)、桜橋までの紹介です。

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  1. 2013/12/25(水) 02:21:08|
  2. 隅田川

Scene-69 隅田川左岸 『駒形橋、吾妻橋』


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今回は、隅田川左岸の総武本線橋梁から遡上を開始して、駒形橋、吾妻(あずま)橋までの紹介です。総武本線橋梁上流の左岸は前々回紹介したテラスギャラリーが続くので一旦テラスから離れます。東に100m進むと両国国技館(正式名称:國技館)が在ります。大相撲興行の為の施設で、プロレスやボクシングなどの格闘技の試合に使われる事もあります。竣工:1984年(S59)、所在:墨田区横網1-3-28。
 

国技館前の歩道脇に面白いツール発見、横の説明板には雨水利用の大切さを伝えるシンボルとして、天水タンク「両国さかさかさ」を設置したと書かれています。傘を逆さにしたような三角の屋根“逆さ傘”に由来した命名で、集められた雨水は下のタンクに貯められて歩道脇の花壇に供給する仕込みだそうです。寄贈元はライオン㈱です。国技館の横がJR両国駅になります。国技館の裏側に在る高床式のユニークな建物が江戸東京博物館、東京の歴史と文化に関わる資料を収集、保存、展示する事を目的に1993年(H5)に開館されています。休館日:月曜日・年末年始、観覧料( 常設展):一般\600、所在:墨田区横網1-4-1。
 

 

東に200m程の処に野見宿禰(のみのすくね)神社が在ります。かつて此の地の東側に高砂部屋が在り、1885年(M18)に親方の高砂浦五郎が津軽家上屋敷跡地に相撲の神様として知られる野見宿禰を祀ったのが始まり。石垣の石柱には力士や相撲関係者の名前が並び、境内には歴代横綱の石碑が二基あり、直近の石碑には47代柏戸から70代日馬富士までが刻まれています。入口の明神鳥居は1953年(S28)奉納、狛犬は其の前年に相撲茶屋からの奉納です。
 

 

 

北西100m程の処に小さな祠が鎮座している双葉稲荷神社が在りました。創建は不詳、祭神:宇迦之御魂神、所在:墨田区亀沢1-20-12。
 

西方向の清澄通りに出て100m程北上すると都立の横網町公園で、園内に東京都慰霊堂が在ります。関東大震災直後、周辺の下町一帯から多くの人が、此の公園を避難場所として集まりましたが、巨大な火災旋風に巻き込まれた結果、横網町公園に避難した人だけで38000人が犠牲になりました。其の後、公園内に関東大震災による遭難死者約58000人の遺骨を納める納骨堂(三重塔)や慰霊堂が建てられています。又、1945年(S20)の東京大空襲などによる殉難者の遺骨も合わせて此の霊堂に奉安され、現在では約163,000体の遺骨が安置されており、名称は1951年(S26)に東京都慰霊堂に改称されています。
 

 

北50m離れた処に徳之山稲荷神社が在ります。本所・深川の開発事業を推進した本所築地奉行徳山五兵衛重政の屋敷跡である当地に稲荷神を祀ったのが始まりで、徳山五兵衛の死後、功績を称えて御霊を合祀し、徳之山稲荷神社としたと云われています。祭神:宇迦之御魂神、徳山五兵衛公、所在:墨田区石原1-36-10。境内に日本左衛門首洗い井戸と碑が在ります。日本左衛門は江戸時代中期の大盗賊で、徳之山五兵衛・本所築地奉行が捕えた際、思い残した事を尋ねると、日光を見た事がないと云うので、処刑前に日光参拝を許したとの事。其の後、打ち首前に此の井戸で首を洗ったと云う事なのか?
 

 

蔵前橋通りに出て隅田川へ戻ります。前回紹介の蔵前専用橋手前に、水上バスの両国発着場が在ります。隅田川には6箇所程の発着場が在り、運行は1時間に2便程度なので利用する場合は事前に確認したほうが良いですよ。日ノ出桟橋から浅草までは約40分(¥760)です。発着場の前に両国ポンプ所水門が在ります、隅田川に隣接する内陸部は海抜が殆ど水面と同じなので、降雨で溜まった水を強制的に隅田川に排出する必要が在り、両国ポンプ所も幾つも在るポンプ所の一つです。水門は、満潮時と高潮時には逆流防止の為、締められます。
 

前回紹介の蔵前橋から上流に約1km遡上すると、『#15駒形橋』が架かっています。橋の名前は右岸袂に在る駒形堂からの由来で、右岸の台東区雷門及び駒形から左岸の墨田区東駒形を繋ぐ橋で、都道463号上野月島線(浅草通り)が通ります。現在の橋は、関東大震災後の復興計画により初めて此の場所に架橋されており、其れまでは「駒形の渡し」が使用されていました。
 

 

 



名称:駒形橋
構造種別:3径間ソリッドリブタイドアーチ桁
河口からの距離:6.7km
橋の長さ:149.6m
有効幅員:22m
竣工:1927年(S2)





駒形橋の上流300m程に架かるのが『#16吾妻橋』です。右岸の台東区雷門及び花戸川から左岸の墨田区吾妻橋を繋ぐ橋で、東京都道463号上野月島線吾妻橋支線(雷門通り)が通ります。初代の架橋は1774年(安永3)で、其れまでは「竹町の渡し」と呼ばれた渡し舟が利用されていた場所でした。1887年(M20)に隅田川最初の鋼製プラットトラス橋として、人道、車道、鉄道(東京市電)の3橋梁が平行して架けられていたが、床部分か板張りだった為に関東大震災の時に焼け落ちてしまい、一時的な補修の後、現在の橋に架け替えられています。
 

 

 



名称:吾妻橋
構造種別:3径間連続ソリッドリブ2ヒンジアーチ桁
河口からの距離:7.0km
橋の長さ:150m
有効幅員:22m
竣工:1931年(S6)





吾妻橋の上流右岸側に水上バス乗り場が在り、殆どの水上バスは此処で折り返し運航されています。此の上流先では殆ど見られなくなるので、水上バスの種類等を此処で纏めます。

◆HIMIKO(ヒミコ):松本零士がプロデュースした宇宙船の様な船体で、2004年(H16)から浅草~お台場間を運航。船体扉はガルウィング形式です。乗船は予約制で料金は¥300上乗せ。
 



総トン:114GT
定員:171名
全長:30.5m
全幅:8m
速力:12ノット
所属:東京都観光汽船





◆HOTALUNA(ホタルナ):松本零士プロデュース第2弾の船体で、2012年(H24)から浅草~お台場間を運航。船体扉はガルウィング形式を継承、船体屋上に遊歩甲板が設置されています。HIMIKOと同様に乗船は予約制で料金は¥300上乗せ。
 



総トン:167GT
定員:261名
全長:40m
全幅:9m
速力:11.3ノット
所属:東京都観光汽船





◆龍馬:海・東京に関係した偉人シリーズの1号船として名付けられた船です。
総トン:143GT、定員:506名、全長:32m、全幅:7.8m、速力:11ノット、所属:東京都観光汽船
◆道灌:海・東京に関係した偉人シリーズとして、竜馬と姉妹船となる船です。
総トン:148GT、定員:553名、全長:32.4m、全幅:7.8m、速力:11ノット、所属:東京都観光汽船
 

◆リバータウン:船首のピンクがチャームポイント。
総トン:141GT、定員:550名、全長:29.7m、全幅:7.7m、速力:11ノット、所属:東京都観光汽船
◆アワータウン:ユアータウンの姉妹船、白と黒のツートンカラー。
総トン:141GT、定員:550名、全長:29.8m、全幅:7.7m、速力:11ノット、所属:東京都観光汽船
 

◆さくら:1991年(H3)就航の水上バス。
総トン:53GT、定員:140名、全長:24m、全幅:6m、速力:13ノット、所属:東京水辺ライン
◆カワセミ:水上バスの中でもコンパクト。日本橋川や神田川等の幅の狭い川も航行可能。
総トン数17GT、定員65名、全長16.5m、所属:東京水辺ライン
 

◆こすもす:1993年(H5)就航
総トン数76GT、定員200名、所属:東京水辺ライン
◆ルーク:2012年(H24)就航の双胴船タイプで、屋根が無く運河クルーズに適した船
総トン数2.6GT、定員44名、全長:10m、全幅:3.3m、所属: ZEAL
 


>>>後書き<<<
愛媛に居る兄貴から地場のミカンが届きました。「紅まどんな」と書いてありました、ま~どんな味なんだろう。取り敢えず食ってみるか!皮、薄いね~、ぱくっ、う、うんめ~。なんじゃ此れ、ジュレぽっくて甘い。今まで食ってきたミカンの比じゃないぞ。知り合いの貧民にも食べさせたいね。「紅まどんな」、ネット検索して見ました。南香と天草という品種のミカン類とオレンジ類を掛け合わせて生まれたタンゴール類(柑橘類の交雑種呼称の一つ)で、2005年(H17)に品種登録された愛媛のオリジナル品種です。タンゴール類としては、デコポン、せとか等が有名です。成程、高級フルーツなんだ、ご馳走様でした。
 

今週の日曜日はラストGⅠ「有馬記念」です。今年は競馬の成績は上々でしたので、予想します。オルフェーヴルを3連単軸1頭ながしマルチで6→1,4,10,14,16の60点買いです。どうなるかな?船橋のフナッシーも予想していたな、2-7-4 大穴だな。ん~ふなしのゴロ買いじゃね~か、ふざんな!
次回は隅田川右岸の厩橋から遡上して、東武鉄道橋梁、言問橋までを紹介します。

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  1. 2013/12/20(金) 02:19:58|
  2. 隅田川

Spot-9 鎌倉 『北鎌倉から長谷』


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今月は忘年会のシーズンですが、以前の職場から忘年会の御案内を受け、参加する事になりました。例年、泊まり掛けの忘年会であり、金曜日終業後の移動と云う事もあり会社から交通の便が良い、何時もの熱海です。宴会は夕刻からの開始だ。なので、其の前に途中の鎌倉で降りて散策した内容をSpotで紹介します。
川崎、大船経由でJR横須賀線の北鎌倉駅に10:06に到着、先ずは駅前の臨済宗円覚寺派の大本山である円覚寺(えんがくじ)からです。鎌倉時代の1282年(弘安5)に北条時宗が元寇(2度の蒙古襲来)における戦没者追悼の為、中国僧の無学祖元を招いて創建した寺院です。山号:瑞鹿山、本尊:宝冠釈迦如来像、所在:鎌倉市山ノ内409、拝観料:¥300。
 

改札を出て直ぐ左手に円覚寺総門が見え、其の先に三門、仏殿が直線上に並んでいます。仏殿堂内には本尊が安置され、天井画の「白龍図」は前田青邨の監修で日本画家守屋多々志が描いたものです。
 

 

本尊は冠を被っているので宝冠釈迦如来と呼ばれています。1563年(永禄6)の大火で焼失した際に顔のみが救出され、1625年(寛永2)の仏殿再建時に補造されています。其れと同時に、本尊の両脇に梵天と帝釈天が祀られています。
 

県道21号横浜鎌倉線沿いに南東へ1km程の処に臨済宗建長寺派の大本山、建長寺が在ります。鎌倉時代の1253年(建長5)の創建で、開基は鎌倉幕府第5代執権北条時頼です。山号:巨福山(こふくさん)、寺号:建長興国禅寺、本尊:地蔵菩薩像、所在:神奈川県鎌倉市山ノ内8、拝観料:¥300。入口の総門は1783年(天明3)の建立で、京都の般舟三昧院から移築されたものです。総門額の「巨」の字の3画目の下に、余分な点が書き加えられている事で字に安定感が出ているとされるとの事。ん~本当かね、間違えちゃったんじゃないの?
参道を進むと三門(山門)が待ち受けています、1775年(安永4)の建立で、重要文化財に指定されています。銅板葺きの二重門で、関東大震災で倒壊した後、再建されています。
 

三門の後ろに仏殿(重要文化財)。芝増上寺に在った徳川秀忠夫人崇源院の霊屋を建て替えた際に譲渡されたもので、1647年(正保4)に移築されたものです。仏殿の天井は格天井で、本尊の地蔵菩薩坐像、千体地蔵菩薩立像、千手観音坐像、伽藍神像などが安置されています。仏殿の後ろ両脇にビャクシン(白槙)が植えられていますが、開山以来の樹齢約750年と云われている古木です。
 

 

仏殿の後ろに法堂(はっとう)、此れも重要文化財です、1814年(文化11)の建立で、内部に釈迦苦行像や千手観音坐像が安置されています。鎌倉最大級の木造建築で天井画は小泉淳作筆の雲龍図です。仏教において、龍は仏の教えを人々に伝えると云われ、「法の雨を降らす」という意味から天井画に多く描かれています。
 

 

法堂の左後方に在るのが唐門(重要文化財)で方丈入口の門です。仏殿と同じく、崇源院霊屋から移築したものです。紅葉も終わりに近く、落葉を待つだけですね。
 

建長寺を出て県道21号を進み、お洒落なトンネルの先200m程で鶴岡八幡宮の西参道の鳥居が左に見えます。此処からも入れますが、説明がややこしくなるので境内正面鳥居(三の鳥居)から入ります。
 

鳥居は一の鳥居から三の鳥居まで在りますが、一の鳥居は三の鳥居から1300m離れている処に在るのでパス、500m先の二の鳥居から紹介します。二の鳥居から段葛(だんかずら)と呼ばれる一段高い参道が始まり、此の辺りの幅は4m程ですが、三の鳥居付近では幅が3m程になっています。此れは目の錯覚を利用して参道を実際より長く見せ、奥の本殿を厳かに見せる為の造りとなっています。
 

境内の源平池を横切るように架けられているのが石造りの太鼓橋で、創建当時は木造の朱塗りだった事から赤橋と呼ばれていたそうです。太鼓橋の右手に、北条政子が建立したと伝わっている旗上弁財天が在ります。源平池にはカモが沢山泳いでいます、多摩川ではあまり見かけなかったオナガガモです。居る処には居るもんだね!こんなに沢山の群れは初めてだ。ん~、近くでおばちゃんが餌付けしてんのか、成る臍。
 

 

参道脇に手水舎、奥に舞殿と本宮が在ります。舞殿は下拝殿とも呼ばれています。当日は、新年の五穀豊作を約束してくれる神を祀る準備をする為の宗教行事である、煤払いが行なわれていました。毎年、正月の準備を始める「事始め」の13日に行なっているそうで、巫女や神職ら約100人が総出で、長さ5mの煤竹やハタキで掃除です。屋根上は重機まで動員して本格的な大掃除ですね。
 

 

舞殿の後ろに61段の大石段が在ります。左横には樹齢1000年とされる大銀杏が聳えていたのですが、2010年(H22)に強風で折れてしまい、現在は根本部分のみが残されています。大石段を登りきると桜門、其の奥に拝殿と繋がった本宮が在ります。本宮は上宮とも呼ばれ、1828年(文政11)に徳川家斉が再建した、流権現造りの建物で国の重要文化財に指定されています。
鶴岡八幡宮は1063年(康平6)に河内国を本拠地とする源頼義が、前九年の役での戦勝を祈願した京都の石清水八幡宮を鎌倉の由比郷鶴岡に鶴岡若宮として勧請したのが始まり。祭神:応神天皇、比売神、神功皇后、所在:鎌倉市雪ノ下2-1-31。
 

 

参道を引返して、県道311号鎌倉葉山線の交差点まで進み西方向に右折、1300m程進むと右手に甘縄神明神社の参道が見えます。甘縄神明神社は、710年(和銅3)行基の草創により染谷太郎時忠が山上に神明宮、麓に神輿山円徳寺を建立、後に寺号を甘縄院と名付けたのが始まりで、鎌倉最古の神社と云われています。旧社殿は関東大震災で損壊し、現在の社殿は1937年(S12)に新築されています。祭神:天照大神、伊邪那岐尊、倉稻魂命、武甕槌命、菅原道真公、所在:鎌倉市長谷1-12-1。入口鳥居は当然、神明鳥居。狛犬は社殿の新築と同時期に奉納されています。
 

 

 

県道311号線を300m程進むと長谷寺ですが、其の前に南に在る御霊(ごりょう)神社に寄ります。長谷寺への道の1本隣の細道を進んでいくと東参道の神明鳥居1923年(T12奉納)の前に出ます。通称、権五郎神社として知られている神社で創建は不詳、元は関東平氏五家の始祖である、鎌倉氏・梶原氏・村岡氏・長尾氏・大庭氏の5名の霊を祀った神社で在ったとされ、五霊から転じて御霊神社と呼ばれています。祭神:鎌倉権五郎景政、所在:鎌倉市坂ノ下4-9。正面の鳥居は2011年(H23)奉納の新しい明神鳥居で、境内の直前は江ノ電が通過するので参拝用に踏切が在ります。境内に聳えるタブノキは、樹高20m、推定樹齢350年に達し、鎌倉市の天然記念物に指定されています。
 

 

正面に本殿が位置し、右側に石神神社など境内社が8社祀られています。本殿前の狛犬は1913年(T2)奉納。丸石が2つ並んでいます、祭神景正公が手玉に取り、袂に入れたと伝えられる公の人知を超えた霊才を示す重量の石で、手玉石が28貫(105kg)、袂石が16貫(60kg)です。
 

 

 

御霊神社東参道脇に長谷寺の駐車場裏口が在ったので、ショートカットして長谷寺に行きます。正式名は海光山慈照院長谷寺と号し、通称の長谷観音として親しまれている浄土宗系統の単立寺院で、736年(天平8)の創建と伝えられています。本尊:十一面観音菩薩像、所在:鎌倉市長谷3-11-2。入口に飾られた鮮やかな赤提灯が特徴の山門から入りたい所ですがNG、左横の入山受付で入山料:¥300を徴収されます。下境内の池を渡り、山腹に切り開かれた上境内に行く参道の途中に地蔵堂が在ります。
 

上境内の右端に鐘楼堂、現在掛かっている梵鐘は1984年(S59)に鋳造された新しいもので、1264年(文永1)に造られた古い梵鐘は、国の重要文化財に指定されていて宝物館に収蔵展示されています。隣に阿弥陀堂が在ります、厄除阿弥陀と呼ばれ鎌倉六阿弥陀の一つに数えられ、源頼朝公の厄災消除を祈願して造立されたと云う伝承があります。其の隣の建物が観音堂で、本尊の十一面観音菩薩立像が祀られています。(十一面観音菩薩立像は撮影禁止でした)
 

 

観音堂の左手に位置するのが大黒堂で、鎌倉江ノ島七福神の大黒天像が祀られています。左側には、内部に回転式の書架を備える輪蔵が納められた経蔵が在ります。
 

下境内に降りると弁天堂が在ります。弘法大師が刻んだと云われる弁財天像(宝物館に収蔵)が祀られています。弁天堂の奥へ進むと、弘法大師参籠の地と伝わる弁天窟が在り、其の名に因み窟内壁面には弁財天と十六童子が彫られています。下境内の橋に新しく出来た書院が在りますが、建物の中は、写経をする人以外は入れません。なので、門から中庭、枯山水をバシャッ。なんか京都ぽっいね。
 

 

下境内には妙智池と放生池が在り、菖蒲や紫陽花が池の周りや参道脇に配されていますが、今の時期は残念な季節で春に来たい場所ですね。山門前の右手に寺務所と軒続きに在るのが、平成になってから完成した純木造りの本堂で、専ら壇徒の法要に使用されていて一般には非公開です。
 

鎌倉と言ったら大仏、本日メインの浄土宗高徳院へ行きます。長谷寺から高徳院入口まで約500m、県道32号藤沢鎌倉線を遡上します。入口の山門は、18世紀初頭、内部に安置された一対の仁王像と共に他所より移築されたもので、仁王門と呼ばれています。高徳院の創建は不詳、山号:大異山、本尊:阿弥陀如来像、所在:鎌倉市長谷4-2-28。
 

銅造阿弥陀如来坐像は1252年(建長4)から10年の歳月を掛けて造られた、鎌倉時代を代表する仏教彫刻として国宝に指定されています。原型の作者は不明で、鋳工として丹治久友、大野五郎右衛門らが関わっている事が知られています。像高:約11.3m、耐震補強工事の際にジャッキ23台で大仏を持ち上げ、其の下に秤を入れて測定した重量は約121tonです。
 

 

大仏の後ろ側に観月堂が在ります。15世紀中頃、漢陽の朝鮮王宮内に建築されたと伝えられる建物で、1924年(T13)に所持者の杉野喜精(山一合資会社(後の山一證券)社長)より移築・寄贈されたものです。内部には、徳川秀忠が所持していたとされる聖観音像が安置されています。
 

海の近くまで来ているので富士山が見える海岸、稲村ケ崎まで行きます。長谷駅から稲村ケ崎駅まで1.6km、歩き疲れたので江ノ電で行きます。鎌倉市内でも風が少し吹いていましたが、海岸沿いに出ると猛烈な強風(風速10m前後)で、帽子が飛ばされてしまいます。風で海岸の砂が飛ばされ砂嵐状態、ひぇ~、砂粒が顔に当たって痛いよ~。富士山が見えるポイントまで歩けましぇ~ん!適当に海辺の絵を撮って退散です。ダウンのポッケにお土産の砂が一杯入っていました。
 

 

 

熱海の忘年会へ行くまで時間が余ったので、鎌倉駅周辺の寺社をブラブラします。駅の南東300m程の処に在る八雲神社。平安時代永保年間、源新羅三郎義光が鎌倉に疫病が流行しているのを見て、厄除神として霊験あらたかな京都の祇園社を勧請したと伝えられています。祭神:須佐之男命、稲田比売命、所在:鎌倉市大町1-11-22。入口に明神型の一の鳥居、奥に二の鳥居、正面に拝殿が位置します。
 

八雲神社と鎌倉駅までの中間に在った本覚寺。日蓮宗の本山で山号は妙厳山。身延山の久遠寺にあった日蓮の遺骨を分骨した為、東身延とも呼ばれています。本尊:釈迦三尊像、所在:鎌倉市小町1-12-12。入口の楼門は江戸時代の建立で、明治初期に三浦半島の寺院から移設したと云われています。右手には幕府の裏鬼門にあたるとして幕府の守り神として建立された夷堂が在ります。現在の建物は1981年(S56)に再建されたものです。正面が本堂で1919年(T8)の創建。右横に祖師分骨堂、分骨堂は日朝上人の時に、日蓮聖人の遺骨を此処に分骨し、東身延としてわざわざ身延山にお参りしなくても済むようにしたものです。お正月の飾り付け準備用の枠柱が邪魔ですね。
 

 

 

時間になったので、鎌倉駅から大船経由で熱海に向かいます。忘年会の参加者は21名、宴会、ビンゴ、カラオケ、ボウリングなど盛り沢山の催し物を計画された幹事さん、ご苦労様でした。歩き疲れた脚を温泉で癒し、楽しい時を過ごせました。宴会内容は掲載スペースも無くなり、地域限定秘密保護法に触れるので割愛、ホテルからの眺望だけ載せます。
 

>>>後書き<<<
今年は暑夏→寒冬のパターンだそうで、東京も例年よりも1週間早い降雪予報が出ていますね。エジプトで雪が降るなど、地球が異常な状態です。遡上探索では天気の良い日を選んで出掛けていますが、寒いのは苦手。防寒対策を完璧にして出陣です。次回は本編に戻り、隅田川左岸の総武本線橋梁から遡上して、駒形橋、吾妻橋までを紹介します。

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  1. 2013/12/18(水) 02:22:03|
  2. 鎌倉

Scene-68 隅田川右岸 『蔵前専用橋、蔵前橋、厩橋』


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今回は隅田川右岸の新大橋から遡上して、蔵前専用橋、蔵前橋、厩(うまや)橋までの紹介です。新大橋の直ぐ上流に浜町公園が在ります、関東大震災の復興事業の一環として造られた中央区を代表する公園で、総合スポーツセンターも在り、各種格安料金で利用出来ます。公園の片隅に健康遊具広場が在り、足裏にある内臓器官に繋がると云われる末梢神経が集中している場所を示す反射区の説明や、脚踏みの体験ボードが置いてありました。反射区の場所を刺激すると其の部位の血液循環が改善されるそうですよ。歩く=健康に繋がる理由が判りますね。
 

 

此処の場所は江戸時代には、熊本藩主・細川氏の下屋敷であり、藩主が熊本本妙寺から勧請して創建した加藤清正を祀る日蓮宗の清正公寺が在り、一般に公開されています。所在:中央区日本橋浜町2-59-2。
 

 

隅田川テラス沿いに戻ります。前回紹介の首都高両国橋付近は上に首都高速が走り、雨露が凌げてブルーシートハウスを建てたい処だが、そうはどっこい問屋が卸さない。庭園の様な置石で埋められ、平らな寝床が確保できませんよ!状態にして居住を御遠慮して戴いています。護岸には珍しくオアサギが居ました、此処に居るという事は魚が捕れるのか!どんな魚が捕れるのかね?ネット検索してみたら、ハゼ、ボラ、スズキ、鯉などが釣れるそうなので、それらを餌にしているみたいです。川面にはウミネコがプカプカ、お前さん達は何食っているんだい?
 

 

首都高両国橋の上流に東京水辺ライン(水上バス)浜町発着所待合所、此の発着場は不定期便用で特定水曜日だけの運用です。200m程進むとテラス案内板が在り、薬研堀不動院なる場所が載っていましたので行ってみます。薬研堀(やげんぼり)不動院は、真言宗智山派大本山川崎大師平間寺の東京別院で、根来寺の大印僧都が不動尊像を背負って東国へ下り、1585年(天正13)に創建したと伝えら、目黒不動、目白不動と共に江戸三大不動として知られています。本尊:葛籠不動明王像、所在:中央区東日本橋2-6-8。
 

 

隅田川に戻り遡上再開、前回紹介の両国橋を潜ると運河(神田川)で行く手を遮られるので、神田川第一橋梁の柳橋を渡ります。柳橋の初代は1697年(元禄10)完成で、1887年(M20)に鉄橋に架け替えられた後、1923年(T12)の関東大震災で落下してしまいましたが、1929年(S4)に永代橋のデザインを採り入れて完成しています。構造種別:鋼タイドアーチ桁、橋の長さ:38m、幅員:11m、竣工:1929年(S4)。
 

柳橋を渡り、西に50m程の処に篠塚稲荷神社が在ります。創建は不詳、正平年間新田義貞の家臣篠塚伊賀守重廣が、当地に在った稲荷社に祈願を続けていた事から篠塚稲荷と呼ばれています。祭神:倉稲魂命、所在:台東区柳橋1-5-1。
 

篠塚稲荷から北上して前回紹介の総武本線を潜った、西100m先の江戸通りの裏手に銀杏岡(いちょうがおか)八幡神社が在るので寄ります。源頼義・義家が奥州征伐に向かう途中、小高い丘だった当地に銀杏の枝を差して戦勝祈願し、その帰途1062年(康平5)に創建したのが始まりとの事で、銀杏岡八幡神社の名前の由来でもあります。其の後、銀杏は大樹となり、隅田川を上り下りする舟や街道を行き交う人々の良い目標となっていたが、1806年(文化3)の江戸大火で焼失しています。祭神:誉田別命、所在:台東区浅草橋1-29-11。入口の明神鳥居は1957年(S32)、狛犬は1992年(H4)の奉納刻在り。
 

 

江戸通りに戻り100m程進むと予定外の鳥居が見えました、遡上用に印刷した地図を2段階拡大しないと表示されない神社で須賀神社でした。須賀神社の創建は600年(推古天皇)と境内案内板にあり、疫病が流行した折、郷人等が牛頭天王の祠を奉ったのが始まりと伝えられています。祭神:素盞鳴尊、所在:台東区浅草橋2-29-16。拝殿前の狛犬は1933年(S8)の奉納刻在り。
 

 

更に100m程北上した右手方向に第六天榊(だいろくてんさかき)神社が在ります。日本武尊が、110年(景行天皇40)に創建したと云われ、古来より第六天神宮と称されており、鳥越神社、熱田神社と共に鳥越三所明神と呼ばれています。明治維新の廃仏毀釈により社号は榊神社に改称されています。祭神:天神第六代坐榊皇大御神、淤母陀琉命、阿夜訶志古泥命、所在:台東区蔵前1-4-3。入口鳥居は1938年(S13)奉納の神明鳥居。
 

 

 

100m先の江戸通りと蔵前橋通りの交差点近くに揖取(かじとり)稲荷神社が在ります。第六天榊神社の兼務社で、揖取稲荷神社は慶長年間(1596-1615)に江戸幕府米倉造営用の石材を船で運搬中の遭難を避ける為、浅草御蔵内に稲荷社を創建したと云われています。祭神:倉稲魂命、御歳神、豊受姫神、所在:台東区蔵前2-2-11。
 

蔵前橋通りを西に200m程進むと鳥越神社が在ります。651年(白雉2)日本武尊を祀って白鳥神社と称したのに始まるとされています。前九年の役征圧のため源頼義、義家父子が此の地を通った際、白い鳥が飛ぶのを見て浅瀬を知り大川(隅田川)を渡る事が出来た。それを白鳥明神の加護と讃え、鳥越大明神の社号を奉ったと云われています。祭神:日本武尊、天児屋根命、東照宮公、台東区鳥越2-4-1
 

 

蔵前橋通りで隅田川へ戻ると蔵前橋に出ますが、其の前に手前約100mに架かる『#12蔵前専用橋』を先に紹介します。此の辺りからは東京スカイツリー(以下TSTと略)が良く見えます。
 

蔵前専用橋は、隅田川右岸に在るNTT東日本蔵前通信ビルと左岸を結ぶ、日本で初めての洞道(通信線トンネル)専用橋で中央に水道管が併設されています、当然の事ながら人は渡れないので橋の上はウミネコ、カモメ、ハト達のお宿になっています。橋の上縁には洞道内部の排熱換気用窓が並んでいるので居心地が良いみたいですね。
 

 

 



名称:蔵前専用橋
構造種別:3径間連続鋼箱桁
河口からの距離:5.6km
橋の長さ:155.4m
有効幅員:約3m
竣工:1967年(S42)




対岸のテラスギャラリー堤防壁には浮世絵などが飾られていましたが、此方の右岸(台東区側)には浮世絵を嵌め込んだ置石が飾られています。絵は綺麗だけど、左岸側テラス(墨田区側)の方がスケール、浮世絵の種類数で勝っています。
 

上流100m右岸の台東区蔵前から左岸の墨田区横網に架かるのが『#13蔵前橋』で、都道315号御徒町小岩線(蔵前橋通り)が通ります。橋の欄干には力士のレリーフが飾られていますが、此れは1984年(S59)まで東詰に蔵前国技館が在り、大相撲の縁の場所である事が垣間見えます。
 

蔵前という地名は江戸時代に幕府の卸米蔵や酒蔵が100軒も建ち並んでいた事からの由来で、蔵の前だから蔵前と云う地名、単純~。蔵前橋は鮮やかな黄色に塗られていて目立ちますね。現在、橋の補強工事中で景観は落ちます。
 

 

 



名称:蔵前橋
構造種別: 3径間連続ソリッドリブ2ヒンジアーチ桁
     +PC固定アーチ桁
河口からの距離:5.7km
橋の長さ:173.4m
有効幅員:22m
竣工:1927年(S2)



蔵前橋から上流400mの位置に架かる橋が3連アーチの『#14厩橋』です。右岸の台東区蔵前と駒形、左岸の墨田区本所を結び、都道453号本郷亀戸線(春日通り)が通ります。此の場所は元禄年間頃には右岸に幕府の馬小屋が在り、「御厩(おんまい)の渡し」と呼ばれた場所ですが、渡し船の転覆事故が多発した事から「三途の渡し」と揶揄され、民間の手により最初の木橋が1874年(M7)に架橋されました。其の後、1893年(M26)にプラットトラス形式の鉄橋に架け替えられたが関東大震災で被災。其の後の復興計画により架橋されたのが現在の橋です。
 

 

 



名称:厩橋
構造種別: 3径間タイドアーチ桁
河口からの距離:6.2km
橋の長さ:151.4m
有効幅員:21.8m
竣工:1929年(S4)




>>>後書き<<<
12月12日はブログ掲載を始めてからの1周年記念日でした。初期のブログを見ると傾いた写真も在り恥ずかしい出来で、サムネイル写真の映りも甘いですね。アップロード出来る写真サイズが2MBだったので、撮影画素数を2MB以下で撮影していましたが、それが甘くなった原因でした。途中からは4000×3000(12MB)画素で撮影した後、写真編集ソフトで1000×750シャープネスにリサイズ(圧縮後のサイズは0.2MB前後)にしてから、サムネイルサイズでアップロードする事で綺麗に仕上がるようになりました。それから写真の傾きや歪調整はAdobePhotshop(dynabookにプレインストール品)を使用して修正しています。以上、御参考情報です。それから、神社祭神の読みについては、検索すれば判るので今回から省略する事にしました。
次回は隅田川左岸の総武本線橋梁から遡上して、駒形橋、吾妻橋までを紹介します。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/12/15(日) 02:22:00|
  2. 隅田川

Scene-67 隅田川左岸 『首都高両国大橋、両国橋、総武本線橋梁』


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今回は隅田川永代橋から左岸沿いに、首都高両国大橋、両国橋、JR総武本線隅田川橋梁までの紹介です。永代橋から隅田川大橋までは見処が無いのでスルーします。隅田川大橋の下に隅田川の水位レベル表示が在りました。伊勢湾台風級が来た場合には高潮で水位が約5m上昇し、護岸上端まで残り1.4mまで上昇するみたいです。地球温暖化の影響で台風の規模が大きく成ってきており、水辺近くに住む人にとっては脅威だよね。満潮時のテラスと隅田川の水位は略同じで、遊覧船などが通過した後は引き波を被りテラスが濡れています。
 

隅田川大橋を潜った先に佐賀稲荷神社が在ります。佐賀稲荷神社は、佐賀町に住む人々の厄除招福を願い1630年(寛永7)に創建された神社です。祭神:宇迦之御魂命(うかのみたまのかみ)、所在:江東区佐賀2-4-8。西に200m程進むと清川橋、其の先に清澄公園が見えます。清澄公園は、隣に在る清澄庭園の開放公園として一般に無料公開されている公園です。所在:江東区清澄3-3-9。
 

 

隣に清澄庭園が在るので入って見ます。清澄庭園は池の周囲に築山や名石を配置した回遊式林泉庭園で、東京都の指定名勝です。1878年(M11)、荒廃していた邸地を三菱財閥創業者の岩崎弥太郎が買い取り、社員の慰安と賓客接待を目的とした深川親睦園の造成に着手し、1891年(M24)に庭園として完成していました。関東大震災時に清澄庭園は避難場所としての役割を果たし多数の人命を救い、岩崎家では、庭園が持つ防災機能を重視し、翌年破損の少ない東側半分を公園用地として東京市に寄付し、市では此れを整備して1932年(S7)に公開しています。入園料:¥150円、所在:江東区清澄3-3-9。入って左に、大正天皇の葬儀に用いられた葬場殿を移築した大正記念館、傍に枯山水が在ります。
 

 

泉水(庭園の池の事)の中に三つの島を配置して、広い水面に小島や木々の影を映しだす綺麗な庭園で、池の周りには飛び石や石橋が在り、水面の景観を色々な角度から楽しめます。カルガモも泳いでいますが、餌付けされていないので人が近づくと遠のく野性的な鴨です。
 

 

園内には岩崎家が自社の汽船で全国から集めた名石が彼方此方に配置され石庭の様相も呈しています。築山も在り、つつじとサツキで覆われ別名「つつじ山」と呼ばれており、5月初旬頃には全体が花で咲き乱れるとの事です。入口から対岸方向に数寄屋作りの涼亭が在ります。
 

 

清澄庭園の北200mに深川稲荷神社が在ります。1630年(寛永7)の創建で以前は、旧町名の西大工町に因んで西大稲荷と呼ばれていました。祭神:宇賀魂命(うかのみたまのかみ)、所在:江東区清澄2-12-12。入口鳥居は1959年(S34)奉納の明神鳥居、後ろの二の鳥居は神明鳥居です。奉納石垣に大鵬の名前が見られます。
 

隅田川に繋がる小名木川に架かる萬年橋(下路ソリットリブタイドアーチ、橋長:56m)を渡ります。橋の上流側に新小名木川水門が在ります。形式:鋼製単葉ローラーゲート、径間:11m×3連、門扉高さ:7.8m、竣工:1961年(S36)。橋の左に芭蕉稲荷神社が見えます。1917年(T6)の津波来襲の後、芭蕉が愛好したと云われる石造の蛙が発見され、地域の人々により創建された神社です。祭神:宇迦之御魂命(うかのみたまのかみ)、所在:江東区常盤1-3。
 

 

200m直進すると芭蕉記念館が在ります、松尾芭蕉が此の付近に住んでいたそうで、芭蕉に関する資料が展示されています。俳句は興味無しなので入館はパス、観覧料\200です。Uターンして隅田川テラス沿いに戻ると、護岸前には芭蕉の句が並んでいます。
 

北東200mに深川神明宮が在ります。慶長年間(1596~1614)に摂津国の深川八郎右衛門他6人が、当時無人の此の地を開拓して勧請した神社です。尚、深川の地名は此の開拓者の名から付けられたとの事。祭神:天照皇大神(あまてらすおおみかみ)、所在:江東区森下1-3-17。入口鳥居は1987年(S62)奉納の神明鳥居です。
 

 

100m程北に進み新大橋通りを左折して、前回紹介の新大橋に戻ります。左岸テラス沿いに遡上して行くと、クネクネと曲がった『#09首都高速道路両国大橋』が見えます。テラスの一部が意図的に陥没した構造の箇所が複数在り、満潮時には波が被って水浸し状態です、暑い夏場には子供が遊ぶのに良いかも。水溜りを避けて右脇の高段を進みます。
 

首都高速道路両国大橋は、1971年(S46)に開通した首都高速6号向島線(下段)と首都高速7号小松川線(上段)が交差する橋で、横から見ると特徴の無い橋ですが、下から望むと流れるような曲線構造が美しい橋です。唯、残念な事に橋の色が頂けないね。何色なのか?腐った桃色?
 

 

 



名称:首都高速道路両国大橋
構造種別:3径間連続鋼床版箱桁
河口からの距離:4.4km
橋の長さ:329.5m
有効幅員:2×6.5m
竣工:1969年(S44)




首都高速道路両国大橋の下を潜り進んで行くとテラスは運河(堅川)で行き止まりになり、河口部に竪川水門が在ります。形式:鋼製:単葉ローラーゲート、径間:11m×2連、門扉高さ:7.5m、竣工:1959年(S34)。テラスをUターンして竪川を渡れる橋まで首都高速7号小松川線下を進みます。
 

100m程進んだ処に、江島杉山神社が在ります。此処は江戸時代、関東周辺の枇杷法師や鍼灸師、按摩などの盲人を統括していた総禄屋敷の跡で、1693年(元禄6)に杉山流管鍼術を考案した杉山検校が江の島弁財天を勧請して創建したと伝えられています。1952年(S27)に社殿が再建され、杉山検校も合祀して江島杉山神社と改称されています。祭神:市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)、杉山和一検校(すぎやまわいちけんぎょう)、倉稲魂命(うがのみたまのみこと)、所在:墨田区千歳1-8-2。入口鳥居は1952年(S27)奉納の明神鳥居、狛犬は1955年(S30)の建立です。
 

 

堅川に架かる一之橋を渡り隅田川テラスに戻ると、上流側に3連アーチの『#10両国橋』が見えます。近くには大相撲が開催される国技館が在り、両国橋前後のテラス手摺には相撲の決め技が飾られています。「そとむそう」は聞いた事があるけど「しぎのはがえし」?なんじゃそれ?
 

両国橋は西岸の中央区東日本橋と東岸の墨田区両国を結ぶ橋で、国道14号靖国通り京葉道路が通ります。昔の武蔵と下総の二国を結ぶ境界位置に在った事から両国橋と呼ばれていて、現在の橋は、震災復興事業として架け替えられています。橋の親柱は昔の両国国技館の屋根を模した形状ですね。
 

 

 



名称:両国橋
構造種別:3径間ゲルバー式鋼鈑桁
河口からの距離:4.9km
橋の長さ:164.5m
有効幅員:24m
竣工:1932年(S7)




両国橋の上流から厩(うまや)橋の手前800m程の長さで防潮堤の壁が『隅田川テラスギャラリー』と呼ばれていて、両国地域の伝統的な江戸情緒を感じられる錦絵や地域学校の卒業制作品などが展示されています。展示内容も定期的に変わり11、12月は北斎まつりで、葛飾北斎「富嶽三十六景」のお馴染みの神奈川沖浪裏や凱風快晴、「勝景雪月花」、「榧寺の高灯篭、御馬屋川岸乗合」などが数多くキャンバスに描かれています。
 

 

 

200m程ギャラリーを眺めながら歩いている内に、今回の終着点『#11JR総武本線隅田川橋梁』に到着です。隅田川橋梁は総武本線を両国駅から御茶ノ水駅まで延長する為に架けられた橋梁で、JR両国駅と浅草橋駅の間に位置しています。此の橋梁はランガー桁(桁とアーチの双方で荷重を支える補剛アーチ形式)が、日本で初めて採用されたそうです。此処から東京スカイツリーまで2km程なので、橋梁の下流側からツリーの頭が良く見えます。
 

 

 



名称:『JR総武本線隅田川橋梁』
構造種別:3径間ゲルバー桁+ランガー桁(中央径間)
河口からの距離:5.1km
橋の長さ:172m
線数:複線
竣工:1932年(S7)




>>>後書き<<<
今年も気が付いたら早くも師走で、1年が経つのが早いですね。てっいうか、歳を取ると時間の経過が早く感じられます。此れには理由があり、60歳の1年間と30歳の1年間では記憶の時系列領域が2倍違うからで、若い時のイメージと比較して1年が早いと感じる為らしいです、何処かのTVで放送していたのを思い出しました。ボケて過去の時間を忘れるからだと云う人もいますけどね。(ナットクだ)
次回は隅田川の新大橋から右岸沿いに遡上して、蔵前専用橋、蔵前橋、厩橋までを紹介します。

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  1. 2013/12/10(火) 03:12:23|
  2. 隅田川

Scene-66 隅田川右岸 『隅田川大橋、清州橋、新大橋』


This best shot
 

今回は隅田川右岸佃大橋から遡上し、隅田川大橋、清州橋、新大橋までの紹介です。佃大橋の袂から佃大橋交差点まで戻り右折、300m程先に鐵砲洲稲荷神社が在ります。平安時代創建の古社で、京橋地域の産土神(うぶすながみ:神様の区分の一つで、生まれた土地の守護神)として祀った事が始まりです。此の辺りの地名は昔、鐵砲洲と呼ばれていましたが、種子島に伝来の鐵砲に地形が似ていた事や、徳川家が入府の際に大筒の試射場であった事からの由来で、神社にも其の名前が付いています。入口に1984年(S59)奉納の明神鳥居、後ろ側に百度石が在ります。百度参りは社寺入口から拝殿・本堂まで行って参拝し、また入口まで戻る事を百度繰り返す。俗に此れを「お百度を踏む」と云い、其の際の入口近くに目標として置かれた石柱です。入り口前に居る狛犬、3頭身でブサカワイイです。
 

 

鐵砲洲稲荷神社の祭神:雅産霊神(わくむすびのかみ)、豊受比売神(とようけひみのかみ)、宇迦之御魂神(うがのみたまのかみ)、所在:中央区湊1-6-7。正面が拝殿で、其の前に皇紀2596年奉納の狛犬、西暦だと1937年(S12)が鎮座しています。
 

 

隅田川沿いに進むと運河(亀島川)に遮られ、河港出口に亀島川水門が在ります。形式:鋼製単葉ローラーゲート、径間:15m×2連、門扉高さ:8m、竣工:1968年(S43)。
 

亀島川沿いに迂回して南高橋を渡ります。南高橋は次回紹介する両国橋が最後に架け替えられる際、損傷の殆ど無かった3連トラスの内、1連が移設されたものです。橋の左袂に小さな祠が祀られています、徳船稲荷神社です。徳川期の越前松平家下屋敷に祀られていた稲荷で、1657年(明暦3)の大火(世に云う振袖火事)や、関東大震災、戦災により類焼したが御神体は難を免れた後、中央大橋架橋工事の為、此の場所に遷座されたとの事です。
 

亀島川河口水門の先に碇が立った碑が在りました。1890年(M22)に設立された東京湾汽船(東海汽船の前身)が伊豆諸島や房総半島との間に航路を開き、此の地を拠点とした事を記念する碑です。テラスにはベンチや花壇が在り、紫に白い縁取りの花も綺麗に咲いています。デュランタ宝塚と云う品種で、クマツヅラ科の植物。原産地は北アメリカ南東やブラジルです。
 

前回紹介の中央大橋を潜るとテラスの手摺に沢山のカモメが休憩中、足が赤く目の後ろに耳の様な模様が特徴のユリカモメです。200m程進み、此の辺りに在る於岩(おいわ)神社に寄ります。「東海道四谷怪談」の田宮伊左衛門の妻お岩を祀った、於岩稲荷神社は四ツ谷が有名ですが、火災で焼失して一時移転先として再建されたのが此処の於岩稲荷田宮神社です。此の場所に移転した理由は、芝居小屋に近い新川に住む歌舞伎役者の市川左団次が私有地を提供して田宮神社を再興したからで、其の後、於岩稲荷神社は四ツ谷に再建されましたが、此処の神社は分社として残されています。祭神:豊受比売神(とようけひみのかみ)、田宮於岩命(たみやおいわのみこと)、所在:中央区新川2-25-11。
 

 

隅田川沿いに戻り、永代橋を横目に300m程遡上すると、運河(日本橋川)が現れ、直ぐ傍に在る豊海橋を渡ります。豊海橋は1927年(S2)竣工で、梯子を横倒しにした様な外観で中央区民有形文化財に登録されています。橋を渡った左先に石碑が在りました、何だろう。日本銀行は1896年(M29)に日本橋に移転しているが、1882年(M15)に開業したのが此の地であり、創業100周年を記念して建てられた記念碑でした。
 

右岸沿いに200m程進むと二階構造の『#06隅田川大橋』が見えてきます。右岸の中央区箱崎町と左岸の江東区佐賀を結ぶ橋で上層部に首都高速9号深川線、下層部に都道475号永代葛西橋線が走ります。隅田川に架かる橋は橋梁建築技術や美的観点から価値の高い橋が多いのですが、此の橋は比較的新しく機能性重視で建設されたので、完成当初から景観に対する評判が芳しく無いけど、インフラ整備も重要だよね。
 

 

 



名称:隅田川大橋
構造種別:3径間連続鋼床鈑箱桁(上層部)
構造種別:7径間単純鋼床鈑箱桁(下層部)
河口からの距離:2.7km
橋の長さ:385.3m
有効幅員:30m
竣工:1979年(S54)



隅田川テラスには付近の名所などを載せた案内板が橋の近くに在り、散策するのに好都合です。隣に在った船着き場は、案内図によると防災船着場ですね。
 

隅田川大橋の上流500mに架かる橋が『#07清州橋』で、清州橋も「帝都を飾るツイン・ゲイト」として下流の永代橋と一緒に、土木学会の第1回選奨土木遺産として選定されています。ライン川に架かるドイツのケルンの吊橋をモデルに、大震災後の復興事業として内務省復興局が手がけた6橋の内の一つで、青い塗装と曲線的な優美さを持った女性的な橋とされています。当時の深川区清澄町と日本橋中洲町を結ぶ事から、清洲橋と命名され、此の橋が架橋されるまでは「中洲の渡し」が利用されていました。
 

 

 



名称:清州橋
構造種別:自碇式鋼鉄製吊り橋
河口からの距離:3.2 km
橋の長さ:186.3m
有効幅員:22m
竣工:1928年(S3)




清州橋から清州通りと首都高速6号向島線が交差する手前の交差点脇に鳥居が見えましたので寄って見ます、金刀比羅宮で、地域の同志により四国琴平宮の御霊を遷座奉祀した神社です。所在:中央区日本橋中洲11-1。入口の鳥居は1954年(S29)奉納の明神鳥居、祠前に狛犬が鎮座しています。
 

 

此の辺りはオフィス街なので路上ランチ販売も在り、¥400のデラ弁を買ってテラスのベンチでお昼にします。川からウミネコが物欲しげに此方を覗っているので食べ難いけど、無視して戴きます。
 

清州橋から300m程進むと隅田川は左に大きく曲がり、視界に『#08新大橋』が現れます。初代の架橋は1694年(元禄6)で、其の後20回以上の木橋の架け替えが行なわれました。1912年(M45年)にはピントラス式の鉄橋に生まれ変わり、関東大震災にも耐え避難者を迎える「お助け橋」としても活躍しましたが、橋脚の沈下と老巧化により外され、橋の一部は明治の貴重な建築物として愛知県犬山市の明治村に展示保存されています。橋の中程に旧新大橋のレリーフが、左岸の橋詰には昔の親柱が保存展示されています。
 

現在の新大橋は右岸の中央区日本橋浜町と左岸の江東区新大橋を結ぶ斜張橋で、都道50号東京市川線が通ります。夕方からは橋桁部がライトグリーン、主塔部がイエローでライトアップされています。
 

 

 



名称:新大橋
構造種別:2径間連続斜張橋
河口からの距離:3.9 km
橋の長さ:170m
有効幅員:24m
竣工:1977年(S52)




>>>後書き<<<
ライトアップ撮影の序に屋形船の光跡撮影を行ないましたが、橋の上からだと大型車が通過すると橋全体が揺れて思うように撮れません。結局、テラスからの撮影で何枚か撮れましたが出来栄えは、ちょっと不満です。次回は隅田川左岸の永代橋から、首都高両国橋、両国橋、JR総武本線隅田川橋梁までを紹介します。

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  1. 2013/12/05(木) 03:11:12|
  2. 隅田川

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