ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-65 隅田川左岸 『相生橋、中央大橋、永代橋』


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今回は、隅田川左岸河口から遡上して中央大橋、相生橋、永代橋までの紹介で、自宅から此処までは新宿経由大江戸線で約1時間、勝どき駅からのスタートです。左岸の河口部は1963年(S38)に埋め立てが完成した豊海町で、上流の月島、佃へと続いており、昔の河口部は月島辺りに成ります。下の絵は左側の豊海水産埠頭から右に晴海埠頭で、白い船は東京海洋大学海洋科学部が管理する海洋調査船・練習船4代目「海鷹丸」です。総トン数:1886トン、全長:93m:型幅:14.9m。


 

勝鬨橋上流のプラザ勝どきB棟後ろに三五稲荷神社が在ります。由来碑によると1904年(M37)に京都伏見稲荷神社の分神として創建され、勝どき河岸倉庫地区の守護神として当地に鎮座しているとの事。祭神:宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、所在:中央区勝どき1-1。
 

神社の後ろが運河(月島川)で、隅田川との交差部に月島川水門が在ります。形式:鋼製単葉ローラーゲート、径間:11m×1連、門扉高さ:8.6m、竣工:1964年(S39)。右側の月島川に架かる橋を渡り、隅田川の左岸沿いに出ます。隅田川の両岸には整備された遊歩道が在り、中央区ではテラスと云う洒落た名称で呼んでいます。テラスでは自転車が走行している場面に出合いません、何故なら自転車乗り入れが禁止されているからで河川保安員も2名ペアで巡視され、ルール遵守が徹底されています。
 

テラスの脇に高さ2m程の堤防が続きますが、堤防の内側は略河川水面と同じ高さなので水災害が発生したら大変な事になりますね。埋立て時の標高はもっと高かったのですが、地下水の過剰汲上げによる数mの地盤沈下(現在は汲上げ禁止により現状維持)が原因です。水門から100m程先の「わたし公園」内に月島の渡し跡が在ります。月島1号地の埋立てが完成した1892年(M25)頃に手漕ぎの私設有料渡船が始まり、1901年(M34)に東京市が市営化して汽船による無料運行されていましたが、勝鬨橋が架橋された後、廃止されています。
 

対岸に見える高層ビルは聖路加レジデンス(142m)と聖路加タワー(右:221m)から成る複合施設です。以前はタワーに無料展望台が在ったそうですが、現在は展望レストランに変わっています。500m程進むと前回紹介の佃大橋で、橋の下を潜ると佃島渡船跡が在ります。佃島は河口に出来ていた自然の寄洲で、1876年(M9)には対岸との間を渡し銭五厘で営まれ、1926年(T15)に東京市の運営に移り、無料の曳船渡船となった後、佃大橋の完成により廃止。石碑は渡船の歴史を記念する史跡として中央区民文化財に登録されています。右隣に1859年(安政6)創業の佃煮屋さんが在り、買おうかなと思ったら未だ開店前でした、残念。テラス先に住吉水門が在ります。形式:鋼製単葉ローラーゲート、径間:4m×1連、門扉高さ:5.7m、竣工:1965年(S40)。
 

 

住吉水門上流側に住吉神社が在ります。1646年(正保3)に住吉三神(底筒之男命、中筒之男命、表筒之男命)、息長足姫命(神功皇后)、東照御親命(徳川家康)を奉遷祭祀し、住吉神社が創建されています。所在:中央区佃1-1-14。入口の明神鳥居は1989年(H1)奉納ですが、上に掛かる扁額は珍しい陶製で、額字は1882年(M15)に有栖川宮幟仁親王の筆によるものです。右に在る手水舎、此処では水盤舎(おみずや)と呼んでおり、水盤舎は1869年(M2)に再建され、欄間の表裏には佃島漁師の日常が彫られています。水盤は1841年(天保12)に寄進されたものです。狛犬は1929年(S4)の奉納刻在り。
 

 

 

正面が拝殿。拝殿千木の背景に写るタワーはリバーポイントタワー(132m)で、古来の建造物と最新のビルとのアンバランスが良いね。
 

住吉神社に並んだ道筋、佃島渡船の石碑の隣に地域文化の継承や都心コミュニティの活性化を図る事を目的とした、佃まちかど展示館が在りました。中には神輿、獅子頭や地域の歴史・文化資料などが収蔵、展示されています。所在:中央区佃1-2-10先。
 

相生橋から先程の隅田川左岸テラスに500m程戻ります。運河を挟んだ住吉神社の反対側に佃公園が在り、此の場所は昔、石川島と呼ばれていて突端に航行用の燈台が在ったそうです。因みに石川島播磨重工(IHI)の発祥の地も石川島です。石川島の燈台は、1866年(慶応2)に、人足寄場(軽犯罪者の自立支援施設)奉行が航行船舶の安全の為に、油絞りの益金を割き、人足の手で寄場南端に常夜灯を点かせた六角二層の建物で、現在は佃公園の一角に石川島燈台のレプリカが建ち、燈台の下はトイレとして有効利用されています。所在:中央区佃1-1。暫く進むと高層ビル群に圧倒されます、大川端リバーシティ21です。
 

 

シティビル脇に進んで行くと、白い主塔が聳える斜張橋『#03中央大橋』が登場です。隅田川はフランスのセーヌ川と友好河川を提携しており、デザイン設計はフランスのデザイン会社が実施、主塔は兜をイメージしています。上流側の中央橋脚部にはパリ市から友好の印として贈られた「メッセンジャー」と名付けられた彫像が飾られています。上流方向には東京スカイツリーが略全景の形で見られますよ。
 

中央大橋は右岸の中央区新川と左岸の大川端リバータウン21とを結ぶ都道463号上野月島線が通る橋で、夕刻から夜10時まで白色水銀灯と暖色系のカクテル光でライトアップされています。
 

 

 



名称:中央大橋
構造種別:2径間連続鋼斜張橋
河口からの距離: 1.9km
橋の長さ: 210.7m
有効幅員:24m
竣工:1994年(H6)




隅田川は永代橋の下流で二手に分かれ、本流は中央大橋の方へ、もう一方は相生橋の方へ分かれます。此の分流の流れを隅田川派川(すみだがわはせん)と呼び、相生橋の下流から晴海運河に注ぐ900mの長さです。隅田川に架かる橋として、相生橋も含まれるので隅田川派川沿いに500m程移動して紹介します。


 

1892年(M25)に埋立てにより造られた月島への交通手段は渡し船しかなく、1903年(M36)に木橋が架けられましたが、1923年(T12)の関東大震災において上流からの流れついた炎上船舶によって延焼、焼失してしまいます。其の後、1926年(T15)に震災復興事業の最初の橋として、鉄鋼ゲルバー橋が再架橋された後、老朽化により現在の『#04相生橋』に架け替えられています。
 

 

 



名称:相生橋
構造種別:3径間鋼トラス桁
河口からの距離: 0.9km
橋の長さ:149.1m
有効幅員:31m
竣工:2000年(H12)




相生橋を渡り隅田川派川沿いに進みます。400m程で越中島公園の先が運河(大横川)で行き止まり、大島川水門が在ります。形式:鋼製単葉ローラーゲート、径間:11m×2連、門扉高さ:7.5m、竣工:1958年(S33)。川辺にはカモメ(此奴はウミネコです)が泳いでいますが、眼つき悪いね~!ウミネコ(海猫)はチドリ目カモメ科カモメ属に分類される鳥で、鳴き声が猫に似ている事が由来とされているけど、実際に聞いた声は「あ~あ~」と甲高く五月蠅いだけで、猫の鳴き声には聞こえませんでした。水門の後ろの巽橋で迂回します。
 

橋を渡って左300m程で永代橋なのですが、直進300mの処に紀文稲荷神社が在るので遠回りします。紀文稲荷神社は江戸中期(元禄時代)の豪商紀国屋文左衛門が京都伏見稲荷神社より御霊を拝受し、此の地に祀ったのが始まりです。祭神:宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、所在:江東区永代1-14-14。
 

西方向に200mで今回の終着地点、『#05永代橋』に到着です。隅田川には様々な屋形船や水上バスが航行しています。屋形船は100名程が乗船可能で、上流の言問橋辺りから河口先のレインボーブリッジ間を約150分で往復します。料金は飲食含めて1万円程~です。水上バスは変わった姿の物も在るので、追々紹介していきます。
 

永代橋は1698年(元禄11)に、深川の渡しに代わって架けられた橋で、昔は此の辺りが永代島と呼ばれていた事からの命名だそうです。初代の橋は関東大震災で大破し、現在の橋に架け替えられており、夕方は欄干部が鮮やかなブルーにライトアップされ、水面に反射する光が幻想的に写り見とれてしまいます。多摩川に架かる多摩水道橋に似た造りで、曲線が美しくて好きな橋です。
 

「帝都を飾るツイン・ゲイト」として上流の清州橋と永代橋はセットで、土木学会の第1回選奨土木遺産として選定されています。選定理由は、「近代橋梁技術の粋を集めて造られ、震災復興橋梁群の中心的存在である。永代橋は我が国初のスパン100mを越えた橋で、現存最古のタイドアーチ橋である。」との事。イギリス海軍が1912年(T11)に開発した軍艦用鋼材(デュコール鋼)を橋梁に世界で最初に使用したのが永代橋で、当時世界最先端のドイツ橋梁技術が導入されています。
 

 

 



名称:永代橋
構造種別:鋼バランスドタイドアーチ桁
河口からの距離: 2.4km
橋の長さ:184.7m
有効幅員:22m
竣工:1926年(T15)




>>>後書き<<<
此処2週間程、天気が良く快晴の下、順調なスタートです。隅田川は橋の展覧会場と呼ばれている様に、架かっている橋は様々な構造、色彩が多くて飽きないですね。ライトアップされている橋は夕刻に引き返しての撮影になるけど、目の保養にもなり楽しいし、河川沿いに地下鉄が網羅されているので便利です。唯、地下鉄の出口を間違えると悲惨(遠回り)だけどね!
次回は隅田川右岸佃大橋から、隅田川大橋、清州橋、新大橋までの紹介です。

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  1. 2013/11/30(土) 03:12:30|
  2. 隅田川

Scene-64 隅田川右岸 『勝鬨橋、佃大橋』


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前回で多摩川遡上編が終了しましたので、ぶらっと遡上探索シリーズの第2弾を隅田川に決定しました。隅田川は東京都北区に在る岩淵水門を起点とする荒川から分派して東京湾に注ぐ長さ23.5kmの一級河川で、昔は荒川の下流でしたが、荒川で発生した1907年(M40)と1910年(M43)の大水害を契機に荒川放水路が開削され、1965年(S40)に放水路の方を荒川、岩淵水門から下流の東京湾までを隅田川と云う名称にされています。岩淵水門橋から下流の勝鬨橋まで40近い橋梁が架けられていますので、其の橋梁と近在の見処を紹介しながら遡上を開始します。と云う事で、今回は隅田川右岸河口から勝鬨橋、佃大橋までを紹介します。
勝鬨橋は中央部が跳ね上がる可動橋として有名ですが都内には、あまり知られていない可動橋がもう一つ在ります。羽田の海老取川と首都高速湾岸線が交差する場所に在る羽田旋回橋です。今回は、此の旋回橋を紹介してから、隅田川河口部の竹芝埠頭、浜離宮恩賜庭園、築地の寺社、勝鬨橋、佃大橋までのコースです。スタート地点は京急羽田線の穴森稲荷駅。改札左手に出て突当りのJALシティホテル右脇を呑川まで1300m程を北上します。呑川に架かる小橋を渡って右折、川沿い500m程先の海浜公園に出ると左側に旋回橋が見えます。


可動橋は、一部又は全体が移動する事の出来る橋で、架橋により水上交通が妨げられる場合に橋を移動する事で船舶の航行を可能にします。種類として、此処の旋回橋、跳ね上げ橋(勝鬨橋)などが有ります。羽田可動橋は、海老取川河口に架かる首都高速道路羽田線の橋梁で、橋桁が水平方向に回転する橋が2つ在り、両岸に接続されます。1990年(H2)に使用が開始されましたが1994年(H6)に湾岸線が開通され、交通量の減少により1998年(H10)に使用停止となりましたが、羽田空港拡張後の交通量増加に備え、現在も撤去されずに残されています。所在:大田区大森南5-6付近。場所的には羽田空港の隣であり、B滑走路からの離陸も序にバシャッ。あっ、今年札幌に行った時に乗ったANAのBoeing 747だ、現役で残っている3機の内の1機で来年3月末には全て引退です。護岸には家族連れがピクニック、傍でキジトラ猫ちゃんが、お裾分けを狙っています。






次に行く場所は、隅田川河口の竹芝埠頭です。モノレールの昭和島駅まで運河沿いの遊歩道で歩きます。道は途中、呑川水門で遮られているので左に迂回して見晴らし橋を渡り、昭和島駅に到着。竹芝埠頭近くの浜松町駅まで11km有るので、モノレールで行きます。


浜松町駅に着き、約600m竹芝埠頭入口まで進みます。竹芝桟橋交点から東京スカイツリーが頭を出しています、スカイツリーは此の先、隅田川からも頻繁に見えるのでお楽しみに。竹芝埠頭公園の入口には、帆船日本丸のマストのレプリカが立っています。実物の初代日本丸は、横浜みなとみらい21地区に保存展示されていますよ。


竹芝埠頭からは伊豆諸島、小笠原諸島への定期航路が就航しています。埠頭に東京湾を約2時間で周遊する大型レストラン船、ヴァンテアン号が停泊していました。ランチタイムは¥5100~、ディナータイムは¥10200~です。ところで、隅田川は23.5kmの長さなのですが、河港の0km位置は何処なのでしょうか?地図的には此の辺りぽっいのですが、多摩川の様なkmポストが無いので正確な位置が判りません。此の先の遡上中に河口からの距離表示が在る事を願って進みます。埠頭からレインボーブリッジも見えましたので序にバシャッ。




竹芝埠頭から首都高速都心環状線に沿って900m程進み、浜離宮恩賜庭園に到着。中の御門から入ります。浜離宮恩賜庭園は、潮入の池と二つの鴨場を持ち、江戸時代には江戸城の「出城」としての機能を果たしていた徳川将軍家の庭園です。歴代将軍によって幾度かの造園、改修工事が行なわれ、明治維新の後は皇室の離宮、名前も浜離宮となりました。其の後、東京都に下賜され、1946年(S21)から有料公開されています。休園日:年末・年始、入園料:¥300、所在:東京都中央区浜離宮庭園1-1。


鴨場は鴨猟を行なう為に作られた池で、池には幾筋かの引堀を設け、覗き窓から鴨の様子を覗いながらエサで引堀に誘い込み、機を見て土手の陰から網で掬いとる猟が行なわれていたとの事、近くには獲物になった鴨の霊を慰める鴨塚が在ります。


中島は潮入の池の中央に位置する小さな島で、中島橋で渡り、将軍を初め後台様、公家達が庭園の眺望を堪能した休息所の御茶屋が在り、潮入りの池は色々な橋で対岸への通行が出来る様になっています。




潮入の池は海水を導き、潮の干満によって池の趣を変える様式で都内に在る江戸の庭園では唯一現存する海水の池で、水門を開閉して水位を調整します。当然ながら池に棲む魚はボラ、セイゴ、ハゼなどです。


園内の一角に旧稲生(いなぶ)神社が在ります。創建は不詳ですが江戸後期の絵図に記載が在り古くから祀られていました。現在の社殿は1894年(M27)の地震で倒壊したものを宮内省内匠寮の手によって、同規模・同型式で再建され、其の後幾度の修理を経て現在に至っています。


出口近くに 季節の花が咲き誇る大きな花畑が在り、今の時期は黄花コスモス、コスモスが満開です。夕日をバックに良い絵が撮れました。出口横に三百年の松が在ります。江戸時代、徳川家宣が改修したときに植えられたと伝えられる都内最大の黒松で、太い枝が低く張り出し堂々たる姿を誇っています。




大手門から出て、築地方向に進みます。築地市場と場内の水神社に寄る予定でしたが、既に市場が閉まってしまっています。近くの寺社も夕暮れになり、暗くて良い絵が撮れません。仕方ないので此の部分は次回に撮り直すとして、勝鬨橋のライトアップでも撮ってから帰宅する事にします。


日が変わって3日後、築地市場から続けます。築地市場は東京都中央区築地にある公設の卸売市場で、都内に11ケ所在る中央卸売市場の一つです。場内は車やターレットトラックが引切り無しに走り、注意しないと轢かれそうです。平日なのに見物客で混雑しています、話し声からタイ、中国からの観光客でした。場内には食堂、寿司屋も在り値段は高めですが結構、繁盛しています。所在:中央区築地5-2-1。


場内の一角に魚河岸水神社が在ります。歴史は古く、1590年(天正18)に漁師達が大漁、海上安全と子孫繁栄を祈願して弥都波能売命(みずはのめのみこと)を祀った大市場交易神が其の始まりと云われています。入口左に「旗山」の碑が在ります、此の場所は江戸時代には松平定信公の庭園跡で、日本海軍発祥の地の縁を記す貴重な史跡です。鳥居は神明鳥居、狛犬は1936年(S11)建立です。所在:中央区築地6-27築地魚市場内。






築地市場の海幸橋門から出ると波除(なみよけ)神社が在ります。波除神社の創建は1659年(万治2)と云われています。当時、築地一帯の埋立てに際し、堤防が度々波に崩されて工事が難行していた或る日、海に漂う稲荷神の像を見つけ、此れを祀ったところ、風も波も収まり工事が無事完了したと伝えられています。「波除」という名称も此の伝説に由来し、現在の社殿は1937年(S12)に建立されています。祭神:倉稲魂命(うがのみたまのみこと)、所在:東京都中央区築地6-20-37。入口の鳥居は1996年奉納の外宮鳥居です。6月に催される築地獅子祭の例大祭で担がれる雄獅子、雌獅子が境内両脇に在ります。築地場内だけに、海老塚、魚塚、玉子塚などの卸しに関する食材を慰霊する碑も沢山並んでいました。




波除神社から晴海通りに出て右折すると、橋の手前に勝鬨の渡し碑が立っています。1905年(M38)に渡船場が先程の波除神社辺りに設けられていて、1940年(S15)に勝鬨橋が架橋されるまで運用されていました。碑の後ろ側に「かちどき橋の資料館」が在るので入って見ます。館内には橋の模型、橋の部品、CG映像、発電設備などが展示されており、橋脚内の開閉機械設備の見学ツアー(50分)については、往復葉書により申込みを受付けています。開館日:火木金土曜日、入館料:無料、所在:中央区築地6-20-11。




資料館を出ると、隅田川に架かる最初の橋である『#01勝鬨橋』とご対面です。初日に撮影した夕暮れ時と、ライトアップされた絵を含めて紹介します。尚、ライトアップは17時過ぎからでした。


勝鬨橋の上流に河口からの距離表示が載っている案内板が在りました。此れによると河口0kmは勝鬨橋の下流170mになります。以降、此の表示を信用して橋の河口からの距離表示に使用します。勝鬨橋からはスカイツリーは見えませんが、代わりに東京タワーが見えますよ。


勝鬨橋は右岸の築地と左岸の月島を結ぶ橋で、隅田川の最下流に架かる橋桁が左右に跳ね上がる跳開橋(ちょうかいきょう)です。可動部は70度の角度まで70秒で開き、船が通る間の20分間は交通止めになっていたそうです。航行する船の減少と晴海通りの交通混雑が激しくなり1970年(S45)11月29日を最後に開閉は中止されています。橋の名前は、1905年(M38)日露戦争に勝利した記念として設けられた「勝鬨の渡し」が近くに在り、其の名前からの由来です。








名称:勝鬨橋
構造種別:シカゴ型双葉跳開式鋼鈑桁(可動部)
構造種別:鋼ソリッドリブタイドアーチ桁
河口からの距離:0.2km
橋の長さ:246m
有効幅員:22m
竣工:1940年(S15)




勝鬨橋から晴海通りを築地方向へ戻り300m右に築地本願寺が在ります。築地本願寺は浄土真宗本願寺派の都内に於ける代表的な寺院の一つで、京都市に在る西本願寺の直轄寺院です。創建は1617年(元和3)と云われています。本尊:阿弥陀如来像、所在:中央区築地3-15-1。




勝鬨橋の上流約1km先の橋が『#02佃大橋』です。橋の下辺り、隅田川の下を東京メトロ有楽町線が走っています。佃大橋も右岸の築地と左岸の月島を結ぶ橋で、此処にも昔は佃の渡しが在ったそうです。上流方向には東京スカイツリーが良く見えます。後ろに見える斜張橋は、次回紹介する中央大橋です。








名称:佃大橋
構造種別:3径間連続鋼床鈑箱桁
河口からの距離:1.3km
橋の長さ:476.3m
有効幅員:25.2m
竣工:1964年(S39)





>>>後書き<<<
40年位前に勝鬨橋を渡った記憶が在りますが、当時は家庭や工場からの排水が垂れ流しで川に流れ込む為、川面は黒く汚れて悪臭が漂うドブ川でしたが、現在は綺麗になっている様ですね。川の色は茶色に濁っていますが上流で降った雨による色です。橋の種類も様々で、ライトアップされている橋も多いので撮影していても楽しいです。夜景撮影は2度手間になるけど、出来るだけ夜景も含めて紹介する事にします。次回は隅田川左岸河口から中央大橋、相生橋、永代橋までの紹介です。

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  1. 2013/11/25(月) 03:05:05|
  2. 隅田川

Spot-8 奥多摩 『川乗谷の紅葉と滝々』


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『ぶらっと遡上探索』多摩川編の最終取材が10月中旬だったので紅葉シーズン前に終わってしまい、奥多摩の紅葉がご覧戴けませんでしたね。なので現在、紅葉がピークな奥多摩の景色をお届けします。唯、紅葉だけだと面白くないので、奥多摩川乗谷(かわのりだに)に点在する滝巡りも一緒にどうぞ。
本日(11/19)のスタート地点はJR奥多摩駅、何度も訪れた駅で懐かしいね。日原鍾乳洞行きバスの始発8:10分に合わせて、8:01分に到着です。駅前に止まっているバスは平日なのに既に満員!同世代の引退組と元山ガールだね。約15分(¥250)で日原街道の川乗橋バス停に着きましたが、約半分の人が一緒に降ります。殆どが川乗山(標高1363m)へ登山する人で、手軽に登れる山なので初心者に人気らしいです。バス停横が川乗山登山口のゲートで左脇から入ります。目の前を流れる日原川の紅葉、良い感じで色付いていますね。
 

 

奥多摩の天気は晴れ時々曇り、気温6℃~12℃の予報なので、少し寒いけど歩くには丁度良い温度です。先ずはルート確認、此処から川乗谷に沿う林道と登山道で百尋(ひゃくひろ)ノ滝まで約5km、現在の標高418mから870m位まで、途中に在る7箇所程の滝を観ながら遡上します。現在8:40分、通常90分の徒歩コースです。林道は緩い登りだけど整備されていて歩き易く、眼下には川乗谷の豊富な水流も見え足取りは軽いね。
 

 

林道の杉並木の切れ間からは、奥多摩の素晴らしい紅葉が望めるし、川乗谷には大きな落石で堰止められた小滝が数え切れない程在り、早く歩いて行くのが勿体無いね。
 

 

又々、小滝です!此処までは手撮りなのでスローシャッターだと若干のブレが見られるけど、上流には未だ沢山の滝が在り、其方では三脚とNDフィルタを使って本格的に撮影しますので、期待して下さい。撮影しながらなので、後続の登山者にドンドン追い抜かれ最後尾になりました。まぁ~目的が違うから、気にならないけどね。林道にはガレキがゴロゴロ転がっていて、デカイ岩が道路脇の側壁を破壊した跡も在り、横の崖を見上げると落石予備軍が睨んでいます、桑原桑原。
 

 

奥多摩の山々は植林された杉が多く、紅葉になる木々は一部ですが、杉の緑の中に浮かび上がる紅葉も綺麗ですね。距離的には1/3程度歩き、此の付近に聖滝が在るのですが崖下で其の姿は見られません。手前200mに水利への道が在り、沢沿いに降りて進めば行けるのですが、川の中を進む箇所が在るとの事なのでパス。夏場だったら行っても良いけど、今の時期はゴメンナサイです。代わりに近くの小滝をパチ~リ。
 

 

林道沿いには山草も在る筈なのですが薄暗くて判りません。目に付くのは赤が鮮やかなマムシグサの実(日光霧降で見たのと同じ)で、彼方此方に咲いています。間もなく竜王橋を通過、此処の紅葉も綺麗です。
 

 

竜王橋の上流に小滝が見えます、落差5m程の中位の名も無い滝です。橋の先から緩い上り坂で落ち葉が沢山在り、踏み締めながら歩くとクッション代わりで足裏が楽ちんです。林道の左下に沢の流れが近く見え、此の辺りから三脚とND16、それとリモートレリーズの登場です。TVを1sec設定で、取り敢えずパチ~リ。お~良い仕上がりだね、P-ModeだとNDを付けていても適正露出に調整してくれるので楽だし、50倍ズーム付きでPowerShotは使い易くて良いですよ。
 

 

 

NDで遊んでばかりいると時間がどんどん過ぎて行くので、NDを外して遡上、遡上。銀杏、もみじの紅葉も撮らなくちゃバシャッ、バシャッ。暫く進むと落差9m程の大きい滝が在ります。多聞、『魚止の滝』だと思います、何せ案内看板が無いもので良く判らんのじゃ。滝は上からの絵しか撮れませんでした。本当は、誰かが残した滝下へ降りる縄梯子が林道脇にぶら下がっていたのですが、ロープが古そうだし崖下の構造も判らず単独だと不安(SoftBankのガラ携は圏外でした)なので、縄梯子は見なかった事にしました。
 

 

 

400m程進むと略中間点の細倉橋に到着です。橋の袂に上流からの落差17mの沢水を利用した水力発電小屋が建ち、隣に在るバイオマストイレの動力を賄っています。此処から先は、トイレは無いので此処で減量して序に一服休憩です。此処まで約1時間半、撮影しながらなので良いペース配分だし、今日は次の予定も無く日光の滝巡りの時と比べたら楽勝です。さて、最終目的地の百尋ノ滝まで残り1.9kmだ、ボチボチと行きますか。
 

 

登山道沿いに川乗谷の紅葉を見ながら、杉で覆われた右岸沿いの登山道を進みます、杉は細い木でも太い木と変わらずに真っ直ぐに伸び、良く倒れないものだと感心します。川乗谷のもみじ、鮮やかですね。
 

 

登山道から200m程で下百尋の滝が見えて来ます、此の先、次から次へと滝が登場しますよ。滝下へは降りられないので上からの撮影だけど、小枝が視界を遮り撮りにくいね。正面へ移動すると、今度は導水管が滝の前に写り込みます。こんな時は編集ソフト『Adobe PhotoShop』の出番です、導水管をゴミ消しツールで処理すれば、こんな感じに修正出来ますよ。
 

 

滑り止めが付いた木橋を渡り、左岸の沢沿いに進みます。又、此処でNDを使ってお遊びです。緑に苔生した岩に降り積もった落ち葉と川の流れのコントラストが良いですね。登山道はガレキの道や濡れ落葉の道と変わるので、崖下へ滑落しないように注意して歩く必要が在ります。2番目に登場する木橋は 谷側に傾いていて、木の上は滑るので山の法面側を歩きます。先客が滑って横木を壊した跡も見えます、危ないね~。
 

 

 

階段状の木橋を上がると最も狭い山道が在ります。右下はかなり深い崖なので、此処は集中して慎重に歩きます。写真撮っている場合じゃ無いですよ!此処を過ぎると左下に『長滝』が見えます。横縞の入った黒い岩盤の上を滑るように落差約15mを流れ落ちる滝です。手前の木が邪魔なので、又、消して見ます(ハハハ)。
 

 

『長滝』の先に『三筋滝』が見えます。落差は3m程の小さい滝ですが、横に幅広く三つの滝が連なる事からの名前です。滝の真上に架かる木橋を渡り対岸へ移ります、其の前に橋の上から撮影。ダメだ、手撮りだとブレる!三脚を取り出し、前後に人影が無い事を確認して狭い橋の上に素早く設置、撮影完了です。
 

 

 

5本目の木橋を渡ると山道は沢沿い近くを通り、対岸にチョロ滝が見えます。山道は再び上りに入り、ガレキの道、上からの蔓にも注意です。幅員の狭い箇所が此処にも在りますが、落ちても下の木に引っ掛かるので大丈夫、じゃないか。連続する木橋、何本目かな?全て撮っていれば6本、7本目ですね。
 

 

 

眼下には沢の流れが見え、小滝も沢山在ります。三筋滝から100m程で『ウスバの細滝』手前の木橋に着き、木橋の右側に滝が見えます。滝の下で先客が撮影中なので、フレームから捌けるまで暫く待機休憩です。此方に気が付き挨拶、ビューポイントを譲ってくれました。『ウスバの細滝』は落差7m程で、川乗谷の支流から流れ込む滝です。水量は少なく、其の状態から付いた名前なのかな?判りません。
 

 

 

『ウスバの細滝』から400m程で登山道の左側に三つの小滝が繋がっているのが見えます。一番上が『釜滝』、下の二つが『二段滝』と呼ばれていて落差は何れも3m程です。木橋を渡り先に進みます。
 

 

10本目の木橋を渡ると沢沿いから山道へと上り始め、木道の階段で上に上へと登ります。登山道に架かる木橋を渡った辺りから下りに入り、右側に見える沢下まで降ります。
 

 

沢の下まで降りて来ると新しく出来た木橋が在ります。付近に大鋸屑も落ちていて、現地調達、現地組立で造られている模様です。重機も入れない場所で、良くこんな太い丸木を組むね、感心と感謝です。最終目的地の『百尋ノ滝』まで、残り一山を登れば着きますが本日最大の傾斜で足元もガレキで不安定なので、撮影は中断してカメラと三脚をデイバッグに入れて登山に専念します。
 

 

急な登山道を7分程で登ると、『百尋ノ滝』と『川乗山』への分岐標識に出ます。最後の木橋を渡り、木製の階段を2つ降りると滝下に出られます。階段は急勾配だけど、脇に備え付けられた玉結びのナイロンロープを使えば安全ですよ。
 

 

『百尋ノ滝』に到着、時間は11:20分。90分コースを例の如く撮影しながらのゆっくりペースで160分掛け、撮影カット数は340枚でした。『百尋ノ滝』は落差約40m、川乗谷上流部に在る奥多摩山域で有名な滝の一つです。滝の左側には断崖絶壁が連なり雄大な景観です。滝下では滝壺への落水が舞い上がり、寒い位の風を受けますが心地良い気分です。帰りのバス停時刻は13:46分、下山は撮影無しで普通に歩くので90分として、此処で50分程時間に余裕が有るので、昼食休憩を30分取ってから下山する事にします。
 

 

 

川乗橋バス停に予定通りの90分で下山完了、20分程バスが来るまでベンチで休憩です。略定刻にバスが到着、奥多摩駅の売店で定番のワサビ漬けを買って帰宅、ワサビ漬けを刺身で包んで食べると美味ですよ。本日の徒歩数18420でした。
 

>>>後書き<<<
川乗谷に点在する多くの滝を撮影しながらの山登り、紅葉も綺麗で楽しめました。なんたって、時間に余裕がある行動は、のんびり出来て良いですね。此れで温泉が有れば最高なんだけれど、あれれ!奥多摩駅から徒歩10分で『もえぎの湯』が在ったじゃないの、うっかり八兵衛でした。Spot-8は此れで終わります。
来週からは多摩川遡上編に続き、隅田川遡上編の連載が始まりますので、引き続き閲覧の程、宜しく願います。

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  1. 2013/11/21(木) 02:45:52|
  2. 奥多摩

Scene-63 多摩川の纏め (多摩川に架かる橋 95)



■多摩川(流路延長 138km)に架かる橋梁(河口順)。絵をクリックすると、其々の掲載Sceneへリンクします(計62話)。
『#01高速大師橋』             『#02大師橋』                『#03六郷橋』


『#04京浜急行六郷川橋梁』       『#05東海道本線六郷川橋梁』     『#06京浜東北線六郷川橋梁』


『#07多摩川専用橋』            『#08多摩川大橋』              『#09ガス橋』


『#10横須賀線多摩川橋梁』        『#11東海道新幹線多摩川橋梁』    『#12丸子橋』


『#13東急東横線橋梁』          『#14新多摩川大橋』            『#15田園都市線橋梁』


『#16二子橋』                『#17新二子橋』              『#18東名高速道路多摩川橋』


『#19小田急線多摩川橋梁』       『#20多摩水道橋』             『#21京王相模原線多摩川橋梁』


『#22多摩川原橋』             『#23多摩川原水道橋』          『#24稲城大橋』


『#25是政橋』                『#26南武線多摩川橋梁』         『#27武蔵野線多摩川橋梁』


『#28関戸橋』                『#29新関戸橋』               『#30京王線多摩川橋梁』


『#31府中四谷橋』             『#32石田大橋』               『#33中央道多摩川橋』


『#34日野橋』                 『#35立日橋』                 『#36中央本線多摩川橋梁』


『#37多摩大橋』               『#38八高線多摩川橋梁』         『#39拝島橋』


『#40拝島水道橋』              『#41睦橋』                  『#42五日市線橋梁』


『#43多摩橋』                 『#44永田橋』                  『#45羽村大橋』


『#46羽村堰下橋』             『#47小作堰管理橋』            『#48多摩川橋』


『#49友田水管橋』             『#50圏央道多摩川橋』          『#51下奥多摩橋』


『#52調布橋』                『#53鮎美橋』                 『#54柳淵橋』


『#55旧万年橋』               『#56万年橋』                『#57和田橋』


『#58神代橋』                 『#59好文橋』                『#60奥多摩橋』


『#61軍畑大橋』               『#62楓橋』                  『#63鵜の瀬橋』


『#64御岳小橋』               『#65御岳橋』                『#66杣の小橋』


『#67神路橋』                 『#68潜り橋』                 『#69梅沢橋』


『#70奥多摩大橋』              『#71万世橋』                『#72寸庭橋』


『#73鳩ノ巣大橋』              『#74バンガローの橋』           『#75雲仙橋』


『#76鳩ノ巣小橋』              『#77白丸ダム管理橋』          『#78数馬峡橋』


『#79海沢大橋』               『#80海沢橋』                 『#81もえぎ橋』


『#82昭和橋』                 『#83登計橋』                 『#84南氷川橋』


『#85弁天橋』                 『#86愛宕大橋』               『#87笹平橋』


『#88琴浦橋』                 『#89桧村橋』                 『#90境橋』


『#91しだくら橋』               『#92道所橋』                 『#93水根沢橋』


『#94水根橋』                 『#95小河内ダム管理橋』


■多摩川の水門(河口順)
『#01羽田第一水門』            『#02羽田第二水門』           『#03新日本製鐵水門』


『#04六郷水門』               『#05河港水門』               『#06三沢川水門』


■多摩川の堰(河口順)
『#01調布取水堰』              『#02二ケ領用水宿河原堰』        『#03二ケ領上河原堰』


『#04大丸用水堰』             『#05四ツ谷本宿用水堰』          『#06日野用水堰』


『#07昭和用水堰』              『#08羽村堰』                『#09小作堰』


>>>後書き<<<
さて、多摩川遡上編の次弾としてのターゲットを何処にするか、色々候補が在りましたが、最終的に隅田川に決定しました。隅田川は橋の展覧会場と呼ばれる様に、様々な橋が架かっています。多摩川と同様に河口から上流に向かって近在の見処紹介をしながら遡上しますので、ご期待下さい。

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  1. 2013/11/18(月) 02:46:33|
  2. 多摩川に架かる橋--095

Scene-62 多摩川 『道所橋、水根沢橋、水根橋、小河内ダム管理橋』


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今回は、多摩川しだくら橋から、道所(どうどころ)橋、水根沢橋、水根橋、そして多摩川起点の小河内ダム管理橋までの紹介で、多摩川遡上編の最終回になります。前回終わりのしだらく橋から、むかし道での遡上を再開します。奥多摩町では、むかし道を楽しく歩いて貰う為に注力している様で、色々な名所の説明板が在ります。此処にも、馬の水飲み場の説明板。荷物を運ばせる馬の休憩場所で、傍には「たてば」と云う茶店も3軒在って、菓子、うどん、饅頭、煙草、お酒も売られていたそうです。道の下に見える多摩川の川面は流れが緩やかで深さも在り、薄緑状態です。少し歩くと又、説明板が在ります。荷物の運搬手段として牛も使われていて、牛馬の息災を祈る為の牛頭観音が祀られています。右側斜面に、むし歯地蔵尊。歯が痛い時に、煎った大豆をお地蔵さんに供えて一心に祈ると痛みが治まると云われた民間信仰の一つです。
 

 

色々な説明板の名所を撮るのに時間を取られたので、歩を早めます。400m程進むと道所橋と云う吊り橋が現れました。『#92道所橋』は、むかし道から対岸へ渡る吊り橋で、此の吊り橋も前回紹介した、しだくら橋と同じ様に3人以上同時に渡らぬようとの注意書きが在ります。渡って見ましたが、スパンがしだくら橋の2/3と短い45mなので揺れは少なく普通でした。
 

 

 



名称:道所橋
構造種別:無補剛吊橋(歩道橋)
河口からの距離:89km
橋の長さ:45m
竣工:1976年(S51)









むかし道に戻り200m程先のヘアピンカーブの場所に沢から流れる小滝が在りました。多摩川の川面も見えますが、水流は少ない。更に進むと多摩川を挟む渓谷の先に空間が開けて来ました。小河内ダムの下まで残り少しです。
 

 

更に400m程進むと、むかし道はダム下への道と合流するので、其方の道に行こうとしたのですが、じぇじぇじぇ!!!道が柵で封鎖され、進めないぞ。此の先は水道局施設なので部外者立入禁止なんだとさ。後100m道を曲がれば、ダム下からの絵と水根橋が撮れたのに残念。仕方ないので、諦めて411号線への道を戻り中山トンネル経由で小河内ダムへ行きます。ガッカリしている所に標高100m程の坂道を上らなければならずMAXキツイです。
 

 

長~い中山トンネル(391m)を抜けると、目の前に小河内ダムの一部である余水吐(よすいはき:余剰の水を放流する目的の水路)が見えます。漸く小河内ダムに来たなって云う景観です。因みに余水吐水門からの放流は年に数回程で、ダム水位が90%近くになると行われ、当日の水位は75%であり水門からの放流は見られませんでした。放流された水は一旦、減勢池(げんせいち:越流堤からの水の勢いを弱める施設)を経て多摩川に放流されます。
 

 

多摩川の源流は、山梨県甲州市の笠取山(標高1953m)山頂南斜面下で、一之瀬川、丹波川を経て奥多摩湖(530m)に注がれ、多摩川と呼ばれるのは奥多摩湖の湖水出口の小河内ダム余水吐水門から下流になります。と云う事で、減勢池の下からの流れが多摩川の起点になり、多摩川遡上編の終点とします。因みに源流まで行くのであれば丹波山村(600m)までバスで行き、一之瀬高原(1300m)まで8km歩き前泊、翌日に笠取山へ登山と云う残り48kmの工程になります。
 

ダム余水吐の右側にダム建設工事用鉄道(水根貨物線)の跡が在ります。此の貨物線は廃線では無く、将来の観光用路線への転用を目的に休止線として登録されていて、現在も奥多摩駅までのトンネルや線路が残っています。但し、転用の見込みは無い模様です。
 

坂道を200m上がると道が分岐しています。小河内ダムへの標識方向へ左折、200m程で小河内ダム入口に到着です。
 

余水吐水門の上に架けられている橋が水根橋ですが、其の前に水道局施設内で撮影出来なかった『#93水根沢橋』をダム堤体上から紹介します。水根沢橋はダム下流の水道局の専用道路に架かる橋で、ダムの竣工と同時期に完成しています。
 



名称:水根沢橋
構造種別:上路RCアーチ
河口からの距離:90km
橋の長さ:51.6m
竣工:1957年(S32)





『#94水根橋』は余水吐水門の上に架けられ、水門とダム堤体とを繋ぐ橋で、余剰水が放流された場合に下流の余水吐水路が水で埋まります。現在は、放流が無いので干からびた状態ですね。水根橋もダム竣工と同時期に完成しており、上流側にダムの管理橋が見えます。
 

 

 



名称:水根橋
構造種別:上路鋼桁橋
河口からの距離:90km
橋の長さ:71.7m
竣工:1957年(S32)





余水吐水門の奥多摩湖側に架かる橋が、『#95小河内ダム管理橋』で、多摩川に架かる橋として紹介する最後の橋になります。文字通り小河内ダムの管理用の橋です。此の橋もダム竣工と同時期に完成したものと思われます。
 

 

 



名称:小河内ダム管理橋
構造種別:上路鋼桁橋
河口からの距離:90km
橋の長さ:71.7m
竣工:1957年(S32)





最後に小河内ダムと奥多摩湖を紹介して終わります。小河内ダムは、1938年(S13)に起工されましたが、途中、激化する戦局の為に工事を中止。1948年(S23)から再開したダムコンクリートの打込みは、1957年(S32)まで続けられ、総量1,675,680立方米のコンクリートが使用されています。1957年(S32)11月26日、945世帯の移転のもと完成しています。小河内ダムが完成した当時は、東京の水源は主に多摩川水系に依存していましたが、現在は都の水源の約20%を担っています。

■ダム名:小河内ダム、ダム形式:重力式コンクリートダム、所在地:東京都西多摩郡奥多摩町原5、堤高:149.0m、堤頂長:353.0m、総貯水量:189,100,000立方米、有効貯水量:185,400,000立方米

 

 

ダム堤体上に白い建物が2つ見えますが、湖面からみて右側が展望塔です。開館時間:am10:00~pm4:00、休館日:年末年始、入館料:無料。中にダムに関する資料や模型が展示され、3Fからは奥多摩湖が眺望出来ます。入口で来場記念にダムカードを戴きました。ダムカードは国土交通省及び独立行政法人水資源機構が管理するダムなどで無償配布されており、全国で350箇所以上在ります。因みに東京での配布は此処小河内ダムのみ、一番配布の多い県は新潟の25箇所です。
 

 

その他の関連施設も紹介します。先ず、第2号取水施設。第2号取水施設とダム下の第一発電所とを導水管で連絡していて、夏季における奥多摩湖表層の温かい水を多摩川に放流し、冷水による川魚の育成低下を改善する為の施設で、遠景2に写っている先端のメッシュスクリーン部から取水されます。
 

人工降雨装置。此の夏、渇水対策として稼働したのがNewsで流されたので記憶に在ると思いますが、堤体の左側斜面に在りました。人工降雨装置は、水蒸気と結びつき易い性質のヨウ化銀を燃焼させて、其の煙を大気中に放出させて上空の雨雲の中で人工的に水滴をつくる仕組みです。原理的には雨雲の中に核が出来れば雨として落ちますが、地上発煙で上空6000mの雲まで送り込むのは至難の業で、其の効果は眉唾ものです。
 

奥多摩湖は多摩川を小河内ダムによって堰き止めて造られた人造湖で、正式名称を小河内貯水池と言い、東京都西多摩郡奥多摩町と山梨県北都留郡丹波山村、同県同郡小菅村に跨る東京都水道局管理の人造湖です。 堤体の右側には、小河内ダム建設に於いて亡くなられた尊い87名の霊を祀った建設慰霊碑が立てられています。其の先には、湖畔に沿った自然散策路として「奥多摩憩いの道」が12kmの長さで造られています。
 

本日は時間が無くなったので後日、日を改めて取材した奥多摩湖と、奥多摩湖に架かる個性的な橋を続けて紹介します。日が変わって、JR奥多摩駅に7:27分着、今まで気が付かなかったけど電車とホームとの隙間が広いのでビックリです。駅前の西東京バスの小菅行(7:33発)で奥多摩湖に7:48分に到着です。撮影しながらジグザグと徒歩で5時間程費やした距離を、たったの15分、¥340で来るとは複雑な気分です。
 

奥多摩湖バス停前に水と緑のふれあい館が在りますが、9:30からの開館なので帰りに寄る事にして、奥多摩周遊道路で湖畔沿いに進みます。本日は晴天だけど暑くも無く、快適です。因みに地元との標高差は500mなので、其れだけで3℃は気温が低くなります。小河内ダムの背景もブルーでスッキリですね。
 

約1300m進むと小河内郵便局と原駐在所が在り、入江のような場所からの奥多摩湖です。其の先400mの熱海トンネル(61m)を潜ると、奥多摩湖の一番幅の広い箇所が一望出来ます。中央に、ひょっこりひょうたん島(年配の方は御存知です)が見えます。
 

 

室沢トンネル(215m)と鶴の湯トンネル(157m)を抜けた2km先に、鶴の湯温泉源泉が在ります。小河内ダム建設により湖底に沈む事になったがダム建設時に、温泉引揚げ施設が設けられて奥多摩町の旅館、民宿で利用されています。手水石風の鉢に源泉が流れて一般の人も無償で利用出来たそうですが、貼紙が在り、7月から都合により利用不可となっていました。都合って、どんな理由なのかな?
 

此処からの景観は、対岸斜面の緑が距離に応じてグラデーションしていて、奥多摩湖の奥行きが手に取るように感じられます。湖畔の駐車スペースには、紅いエノコログサが生えています。エノコログサ(別名:猫じゃらし)の変種でムラサキエノコログサ(紫狗尾草)です。イネ科で、日当たりの良い草地や道端に生える1年草。穂が紫色になった品種で、金色になる品種も有ります。ススキも銀色の穂をそよ風に靡かせて、夏の終わりも近いね。
 

 

小さいトンネル2つと坂本トンネル(260m)を抜けた約1km先に、真っ赤で派手な色の蜂谷橋(みねだにはし)が見えます。
 

蜂谷橋は、411号線青梅街道の奥多摩周遊道路に架かる橋です。時期的には紅葉まで未だ早いけど、廻りの緑の中に真っ赤に浮かび上がり、気分は紅葉です。欄干飾りは、男性が女装して踊る民俗芸能「小河内鹿島踊り:国指定重要無形民俗文化財」が描かれています。
 

 



    名称:峰谷橋
    構造種別:下路鋼ブレースドリブアーチ
    橋の長さ:125.9m
    竣工:1957年(S32)






600m先にカラフルな麦山橋が在ります、今度オレンジ色だ。此の橋も青梅街道の奥多摩周遊道路に架かる橋です。
 

 



    名称:麦山橋
    構造種別:下路鋼ブレースドリブアーチ
    橋の長さ:67.1m
    竣工:1957年(S32)






奥多摩周遊道路を1km程進むと、411号線青梅街道から分岐して一般国道139号(奥多摩町~富士市)へ続く道が在り、其の起点に深山(みやま)橋が在ります。橋はランガー桁橋ですが、橋の両端部に跳出しの橋が繋がっており、橋の長さは其の部分を含んでいます。此処の欄干飾りには、多摩町小留浦(ことずら)の郷土芸能の三匹獅子舞が描かれています。
 

 



    名称:深山橋
    構造種別:下路鋼ランガー桁
    橋の長さ:200.2m
    竣工:1957年(S32)






深山橋から左前方に三頭橋(みとうばし)が見えます。三頭橋は奥多摩湖に流入する小菅川の河口部に架かる橋で、構造はアーチから橋床を吊るすワイヤを綾状に組んだもので、ニールセン形式アーチ橋と呼ばれている珍しい橋です。橋の名前は南に在る三頭山から付けられています。
 

 



    名称:三頭橋
    構造種別:下路鋼ニールセン・アーチ
    橋の長さ:132m
    竣工:1970年(S45)






橋の近くに白い小花をつけたセンニンソウ(仙人草)が咲いています。キンポウゲ科センニンソウ属の多年草で多数の白い花を付けている様に見えますが、4枚の花弁に見えるのは萼片で、本当の花弁ではないそうです。名前は果実には白い毛があり、此れを仙人のヒゲに見立てた事からの由来です。三頭橋と深山橋との間に位置する陣屋前から乗って、バス停奥多摩湖に戻ります。
 

バス停前の「奥多摩 水と緑のふれあい館」に寄ります。東京都水道局が運営するPR施設で、東京近代水道100周年及び小河内ダム竣工40周年の記念事業として、ダムサイトに奥多摩町と共同で1998年(H10)に開館されました。奥多摩の自然と歴史、水と自然の大切さやダムの仕組みなどが判り易く展示されています。休館日:水曜日、入館料:無料、所在:西多摩郡奥多摩町原5。ふれあい館の横にはナナカマドが実を赤くしていました。ナナカマド(七竈)はバラ科の落葉高木で、赤く染まる紅葉や果実が美しく鳥類の食用となるが、果実酒にも利用出来ます。ナナカマドと云う名前は材が硬く、燃え難く7回竈にくべても燃え残る事から付いています。
 

2階に奥多摩の郷土料理を味わえるレストランも在り、此処で冷やしたぬきそばを注文。関西風に云うと、そばに天カスを載せた奴です。隣に奥多摩の名産品販売店も在り、お土産に珍しい葡萄の種子から搾った「ぶどうのオイル」を購入です。
 

 

此処からバスで奥多摩駅まで帰ります。バスが来るまでの時間、水と緑のふれあい館前の休息場で一服休憩。暫くしてバスが来たので乗車、奥多摩駅から帰宅です。
 

>>>後書き<<<
今回で、多摩川遡上編は最終回になりました。定年後のブログ開設から約1年経ち、記事の書き方も大分慣れて来ました。閲覧カウント、拍手も段々と増えて来て、励みになります。日頃のブログ閲覧、ありがとうございます。引き続き、ご覧の程よろしく願います。
さて、次回からの遡上テーマを何にするか現在、思案中です。取り敢えず、次回分は多摩川に架かる橋等の纏めを載せる事とし、次弾の遡上テーマは、其れまでに考えておきます。

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  1. 2013/11/15(金) 03:35:30|
  2. 多摩川

Scene-61 多摩川 『琴浦橋、桧村橋、境橋、しだくら橋』


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今回は、多摩川の笹平橋から、琴浦橋、桧村橋、境橋、しだくら橋までの紹介です。
前回最終の笹平橋を渡り、南斜面に慈眼(じがん)寺と山祇(やまつみ)神社が在るので寄ります。距離は100m程なのですが、坂道を60m登るのでキツイな!曹洞宗慈眼寺の創建は不詳、近くの山祇神社の別当寺です。所在:西多摩郡奥多摩町氷川1236。境内に在る稚児地蔵、かなりメタボです。
 

 

慈眼寺の左上に山祇神社が在ります。1532年(天文1)に慈眼寺住職により愛媛の大山祇神社から分祀、創建されたそうです。祭神:大山祇命(おおやまつみのみこと)、所在:西多摩郡奥多摩町氷川1275。石段上の鳥居は1978年(S53)奉納の明神鳥居、拝殿前に1924年(T13)奉納の狛犬が鎮座しています。
 

 

神社近くにも集落が在り、此処から下界景色を見ると、ちょっとした山の上です。毎日、此処への上り下りをするのは大変だね。山には依然として雲が掛かっていますが、雨は漸く止んでくれました。雨だと撮影の度にレンズの水滴を拭き取らねばならず、厄介なのです。
 

411号線に戻り300m程進むと『#88琴浦橋』が在ります。多摩川の奥多摩町氷川に架かる411号線の橋です。橋の左右は渓谷なので遠景から撮影出来るポジションが無く、1脚にカメラを固定して欄干から差し伸ばしてのタイマー撮影。アングルが思うように調整出来ずに悪戦苦闘でタイムロスだ!プンプン。
 

 

 



名称:琴浦橋
構造種別:上路鋼ランガー桁
河口からの距離:85km
橋の長さ:99.7m
竣工:1973年(S48)





更に411号線を300m程進むと『#89桧村橋』です。此の橋も多摩川の奥多摩町氷川に架かる橋です。此の辺りの昔の地名は桧村と云い、近くの浄水場やバス停に其の面影が残り、此の橋も地名から付けられました。橋の袂にはススキとクズが密集しています。コスモスやタマアジサイの蕾も見られます。葡萄みたいな草も生えています。自宅近くにも在ったな、名前はヨウシュヤマゴボウ(洋種山牛蒡)と云います。ヤマゴボウ科ヤマゴボウ属の多年草で別名、アメリカヤマゴボウです。北アメリカが原産で日本では明治初期に、各地で雑草化している帰化植物です。実は熟すると青色から紫色になります。名前からして食べられそうですが、草全体と実にも毒があるので絶対に食べないように!
 

 

桧村橋も左右が渓谷で囲まれていて、全体の絵は撮れませんでした。
 

初代の桧村橋は1938年(S31)に架けられ、現在の橋が2代目になります。
 

 

 



名称:桧村橋
構造種別:上路鋼ローゼ桁
河口からの距離:85km
橋の長さ:98m
竣工:1980年(S55)





桧村橋を渡って行くと「小菅の湯」の看板。こんな処に温泉が、と思ったから小さい文字で此れより35分の表示、紛らわしいね。因みに小菅は山梨県北都留郡です。411号線の橋詰トンネル(238m)に入ります、トンネル内は照明が灯っていますが、念の為に携帯LEDライトをストロボモードにして進みます。トンネルを出ると白髭トンネル(359m)が見えます。此の両トンネルの間に在るのが『#90境橋』です。
 

 

橋詰トンネルを出て境橋に到着です。境橋も含め今回登場する橋は全て多摩川の奥多摩町氷川に架かる411号線の橋です。境橋の名前の由来は、かつて甲斐の国と武蔵の国の境であった地名から付けられています。
 

境橋は水面からの高さが約50m、初代の橋はアーチ橋でしたが、現在の橋は、前回紹介した南氷川橋と同じ方杖ラーメン構造で、色も同じブルーです。普通、橋の近くのバス停は××橋前とか、○○橋北と云う名前の付け方ですが、此処のバス停はズバリ境橋で、橋の上に在ります。何故ならば、橋の両端がトンネルだからで、トンネルの中にバス停は置けないものね。
 

 

 



名称:境橋
構造種別:上路鋼方杖ラーメン
河口からの距離:87km
橋の長さ:90.6m
竣工:1975年(S50)





白髭トンネルの手前右側にむかし道(旧青梅街道)へ合流する道が在り、此処から此方の道で進みます。むかし道は、奥多摩駅付近から始まり奥多摩湖へ続いている道で、境橋から100m程進んで合流します。道は砂利、舗装、色々ですがカード柵も在り整備されています。
 

 

200m程進むと、右側斜面に白髭神社が在るので寄ります。此の場所に在る大岩は三世紀石灰岩が白亜紀泥質岩の上に急角度で衝上した逆断層で、下層の泥質岩は多摩川の浸食により失われと考えられ、高さ約30mもある巨大な岩がオーバーハングする形で残っています。此の大岩自体を御神体として祀ったのが白髭神社で、地元の人々によって祀られたとの事です。祭神:塩土翁命(しおつおうのみこと)、所在:西多摩郡奥多摩町境470。参道石段を上がった処に、全て角材で造られた変形の神明鳥居が立ち、手前に1952年(S27)奉納の狛犬が鎮座しています。
 

 

断層面が露出した大岩は学術的にも貴重で、此の大岩は白髭大岩と呼ばれ、東京都の天然記念物に指定されています。参道の石段脇にはシュウカイドウが群生しています。
 

 

石段を降りて、むかし道に戻ると白髭神社入口の左前方に高さ3m程の大岩と説明板が在ります。下の方に腕が入る程の穴がある事から、往来の人々に親しまれ、力の強い弁慶に付会した「弁慶の腕抜き穴」と呼ばれているとの事です。穴は甌欠(おうけつ)で出来る物に似ているね。それと岩全体を良く見ると、水の流れで削られた割れ目も在り、横に寝せた状態で上から沢水が掛かって出来上がり、上の崖から落ちて此処に止まったのかも?考え過ぎですね。
 

反対側道路脇に耳神様の説明板。昔は耳が痛い時に医者も居ないし、どうしようもなかったので穴の開いた小石を見つけて、耳神様に供えて祈ったとの事で民間信仰の一つです。
 

暫く進み、むかし道と平行する白髭トンネルの出口先に、いろは楓の説明板が在ります。いろは楓は山々に自生する樹齢200年位の「山もみじ」の一種で、11月中旬からが見頃です。
 

 

300m程先に惣岳(そうがく)の不動尊が在ります。明治年代、水根の奥平大乗印と信仰心の厚い惣岳の奥平庄助によって成田不動尊を勧請・祭祀されたもので、1935年(S10)に本殿と覆舎が再建されています。
 

暫く進むとトイレ発見、此の先のダムまではトイレは無いので此処で減量します。道の山肌には落石防止用の防護ネットが張られており、ネット下には結構大きな石が落ちています。木立ちの場所には防護ネットが無いので、落石に注意です。
 

200m程進むと、『#91しだくら橋』に到着です。しだくら橋の辺りは惣岳渓谷と呼ばれ、昔の橋は巨岩から巨岩を繋ぐように20cm程の丸太を5本ずつ藤蔓で結んだ物で架橋していたそうです。現在のしだくら橋は老朽化しているのか、少し前まで5人以上は乗らない様にとの表示だったが、現在は3人に変更されています。「しだくら」と云う名前は、近くに在るシダクラ沢から付けられたのかな?良く判りません。
 

対岸まで渡りましたが、しだくら橋の揺れは、半端ない程の怖い揺れ方だ!なるべく揺らさない様に吊り橋の中央を歩くが、歩く度に揺れが増幅されスリリング満点。対岸に在る橋の基礎部分に立っても橋の揺れが基礎部分まで伝わってきます。多聞、基礎部分も老朽化していて、此の揺れが増幅しているものと思われます。
 

 

 



名称:しだくら橋
構造種別:無補剛吊橋(歩道橋)
河口からの距離:88km
橋の長さ:61m
竣工:1957年(S32)









>>>後書き<<<
掲載ボリュームが大きく成りましたので、一旦此処で締めます。To be continuedです。
次回は多摩川の、しだくら橋から、道所(どうどころ)橋、水根沢橋、水根橋、そして多摩川起点の小河内ダム管理橋までの紹介で、多摩川遡上の最終回になります。

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  1. 2013/11/10(日) 03:05:57|
  2. 多摩川

Scene-60 多摩川 『登計橋、南氷川橋、弁天橋、愛宕大橋、笹平橋』


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今回は、多摩川の昭和橋から登計(とけ)橋、南氷川橋、弁天橋、愛宕大橋、そして笹平橋までの紹介です。本日のスタートはJR奥多摩駅で、早朝からトレッキング(山歩き)の連中がゾロゾロと下車して、混み合っています。駅の西側を流れる日原川の対岸斜面に周慶院が在るので寄って行きます。駅前の道を右に進み日原川に架かる北氷川橋を渡り、日原街道を100m南に戻ると曹洞宗の周慶院が見えて来ます。
 

参道の石段を上がって行くと正面に本堂、右側に鐘楼堂が在ります。周慶院の創建は不詳、本尊:薬師如来像、所在:西多摩郡奥多摩町氷川1513。じぇ、奥多摩駅方向の山に雲が掛かっています。本日の天気予報は曇りなのに、小雨がパラパラ。近所ならば出直す手もあるが2時間も掛けて来たので、それは無いでしょ!此の儘、小雨で持ってくれるか、晴れるかを願って遡上続行です。
 

 

411号線に出て氷川大橋を渡り、駅方向へ50m程戻ります。道路右側に都指定の天然記念物「氷川の三本杉」が聳えています。現在の樹齢700年、樹高は約43mで三本杉と呼ばれているけど、根本は1本で途中から3本に分岐しています。場所は奥氷川神社の境内で、古来より御神木として保護されています。
 

奥氷川神社は、埼玉県に在る氷川神社、中氷川神社と並び、武蔵三氷川神社の一つです。日本武尊が東征の折に祀った社を起源とし、860年(貞観2)に奥氷川大明神として再興したと伝えられ、1986年(M2)に奥氷川神社に改称しています。因みに現在の奥多摩駅は、開通当時は神社の名前から取った氷川駅だったそうです。祭神:素戔嗚尊(すさのおのみこと)、奇稲田姫命(くしなだひめのみこと)、所在:西多摩郡奥多摩町氷川178。入口鳥居は1928年(S3)奉納の神明鳥居、右手に手水舎が在ります。境内中央に拝殿、後ろの本殿は元禄年間(1688~1704年)に建てられた歴史ある建造物で、奥多摩町の有形文化財に指定され、覆屋で保護されています。
 

 

拝殿前の狛犬は1929年(S4)奉納刻在り。拝殿屋根の千木、シンプルだけど良い顔をしています。
 

 

鳥居右脇の細道を通って、『#83登計橋』に行きます。多摩川に合流する支流の日原川に、氷川小橋と云う吊り橋が架かっているので渡ります。
 

 

氷川小橋を渡った先に昔の道標が立っており、「右 日原山、左 温泉場」、温泉は近くに在る「麻葉の湯」のことかな?左岸には自然路の遊歩道が在り崖沿いですが、柵が付いていて安全に進めます。下の川ではカヤック教室が開かれていて楽しそうです。河原に降りられる石段も在り、狭いけどミニキャンプも出来そうです。木影に宴の跡(ゴミ)が残されています、マナー違反で残念ですね。ゴミは必ず持ち帰りましょうね!
 

 

左岸遊歩道の先の登計橋に到着です。右岸の遊歩道と繋ぐ吊り橋で、人道専用です。
 

 

 



名称:登計橋
構造種別:無補剛吊橋(歩道橋)
河口からの距離:83km
橋の長さ:24m
竣工:1970年(S45)





411号線青梅街道に戻り、遡上します。道路脇には一般民家、お店が立ち並び面白味は在りません。途中に、むかし道(旧青梅街道)の案内板が在り、此の道でも小河内ダムまで行け面白そうな道ですが、多摩川に架かる橋と離れるのでダメですね。この先の境橋以降で利用出来そうなので、楽しみにして411号線を進みます。
 

案内板から150m程進むと『#84南氷川橋』に到着です。南氷川橋は多摩川の西多摩郡奥多摩町氷川に架かる411号線の橋です。
 

南氷川橋は、上路鋼の両端を杖(つえ)で支えている様な構造で方杖(ほうづえ)ラーメンと云う構造です。深い谷を渡る橋梁で中間に橋脚が立てられない場合などに用いられていて、方杖を曲線化するとアーチ橋になります。
 

 

 



名称:南氷川橋
構造種別:上路鋼方杖ラーメン
河口からの距離:83km
橋の長さ:99.8m
竣工:1969年(S44)





南氷川橋を渡り奥多摩消防署の先、左側に溜池が在り、睡蓮が咲いています。溜池の後ろ側には小さな祠が3つ在ります。社額などの表記が無く、個人の祠かと思われます。
 

200m程進むと『#85弁天橋』が目前に現れます。橋の下では釣りをしている人が居ます、雨の中で俺も頑張っているから、お前も頑張れ。弁天橋も多摩川の西多摩郡奥多摩町氷川に架かる411号線の橋です。
 

 
弁天橋は水面から約25mの高さで、橋からは上流・下流共に渓谷美に溢れる景観です。
 

 

 



名称:弁天橋
構造種別:PC箱形断面ラーメン
河口からの距離:84km
橋の長さ:71m
竣工:1969年(S44)





弁天橋を渡ると、左に都道184号線の起点となるバイバス道が走り、直ぐ先に赤いアーチの橋。『#86愛宕大橋』が架かっています。
 

愛宕大橋は、弁天橋の上流70m側に架かっている橋で、411号線青梅街道のバイパス道である都道184号奥多摩あきる野線が通り、愛宕トンネル(1043m)を抜けると海澤方向へ出られます。
 

 

 



名称:愛宕大橋
構造種別:上路鋼ローゼアーチ
河口からの距離:84km
橋の長さ:104m
竣工:2000年(H12)





愛宕大橋から411号線青梅街道に戻ると、直ぐ目の前に本日終着地点の『#87笹平橋』が見えます。多摩川の西多摩郡奥多摩町氷川に架かる411号線の橋で1933年(S8)のラーメン橋の後、現在の橋に架け替えられています。
 

 

 



名称:笹平橋
構造種別:上路RCアーチ
河口からの距離:84km
橋の長さ:71.3m
竣工:1973年(S48)





>>>後書き<<<
掲載ボリュームが大きく成りましたので、一旦此処で締めます。小雨が続いていますが、晴れ間も偶に出て来るので天気は大丈夫だ。此の儘、小河内ダムまで遡上を継続します。次回は多摩川の笹平橋から琴浦橋、桧村橋、境橋、しだくら橋までの紹介です。

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  1. 2013/11/05(火) 03:06:00|
  2. 多摩川

Spot-7 日光 『霧降高原~中禅寺湖』


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2日目は霧降高原に在る霧降ノ滝と隠れ三滝、東照宮、中禅寺湖へ行く予定です。先ずは東武日光駅まで行き、霧降高原行の始発バス(7:39)で霧降ノ滝入口まで乗って行きます。バス停前の道をY字路まで進むと、霧降ノ滝入口の標識が在り、右側の道成りに400m程進むと観瀑台に到着、時刻は8:00です。
 

 

霧降ノ滝は、華厳滝、裏見滝と共に日光三名瀑の一つに数えられています。霧降川から高さ75mで上下2段に分かれて落ち、周りの森林の中から滝の流れが白く浮かび上がる美しい滝です。
 

霧降川の上流にも幾つか滝が在ります。霧降高原道路からは外れた場所に、ひっそりと隠れている事から隠れ三滝と呼ばれている、丁字滝、玉簾滝、マックラ滝です。ので、順番に見に行きます。先程のY字路まで戻り、反対側の道を600m程進むと案内標識が在り、標識の大山方向に山道を進みます。途中に注意書きが在り、「増水により橋が渡れない場合があります」との事、2日前にW台風が通過しており嫌な予感がしますが、まあ~取り敢えず行ってみましょう。道は霧降川に向かって下り坂に入ります。
 

 

暫く下っていると、土砂止めの丸木の下が雨で流された障害のハードル状態の道に出くわしました。歩き難いなあ!下まで続いているぞ。杉の倒木も道を塞いでいるし、タイムロスです。何とか下の岸辺の標識まで約80mを下り辿り着きましたが、次に待っていたのが岩だらけの沢の道です。えらいこっちゃ!
 

 

右手に霧降川が見え其方側に移動します。川の流れは早く、何より水の透明度、綺麗さにビックリです。川沿い進むと上流先に丸木橋が見えます。じぇじぇじぇ!!! 丸木で組んだ橋が3つ繋がっている筈なのですが、1つ足りません。更に中間で置石からズレて半分水没、台風の増水による影響ですね。此処から引き返すのも嫌なので、暫く状況を冷静に観察、丸木橋自体はズレていても倒木が乗っかっていて安定しているので、倒木を跨いで水没している箇所を何処まで進めるかだ!トレッキングシューズは踝の上まであり防水、10cm位水中に入っても大丈夫なので、水没した橋の中に片足を入れ、大股で対岸の丸木橋の端に足が掛かり無事に渡れました(拍手パチパチ)。時間は予定よりも30分遅れでヤバイです。
 

霧降川沿いに進み、案内標識の大山・マックラ滝方向に600m程進むと、丁字滝への分岐が在り、霧降川には丁字滝へ続く丸木橋が架かっています。此処からかなり離れており時間も押しているので、丁字滝は帰り際にも寄れる道が在るので後回し、時間によっては最悪パスで進みます。川の流れは相変わらず豪快で、暑い夏の時季に来たい場所ですね。
 

 

山道沿いに黄色いキノコ見っけ、帰宅してから検索したけどキノコの種類は沢山在り過ぎて何だか判りません。一番近い形がコガネタケでしたが自信無し、誰か判りますか?赤い実を付けた草、此れはマムシグサの実でした。
 

川沿いの道を遡上すると、玉簾(たますだれ)滝が見え、山道の脇に観瀑台が在ります。暫く此処で滝を見ながら小休止して行きます。玉簾滝は落差6m、幅20mで、名前の由来は水量が少ない時は、簾のように水が滑り落ちる事から付いています。確かに幾筋もの細い流れが幅広く繋がり、優しい感じの滝です。此処から600m程の距離に次の滝が在るので進みます。
 

 

川沿いの道は足元を注意しながら進みますが、下ばかり見ていると上から蔦によるトラップや張出している枝に引っ掛かるので、偶に上も注意しながら進みます。ピンチです!霧降牧場の手前の道が急斜面になっていて足が滑り、上に上がれません。良く見ると道の脇に玉結びが付いたロープが張ってあったので、ロープに掴まりながら無事に上がれました。あ~疲れるな!息が切れたので此処で小休止、時間的には予定した帰りのバス時刻には完全に間に合わないタイミングです。暫く進むと霧降牧場の柵が見え、マックラ滝の近くまで来ているのが判り、少し元気が出て来ました(頑張れ!)。
 

牧場の柵伝いに進むと霧降牧場への牧道に出るので、其の儘横切って直進し案内標識に従って進みます。
 

奥の方からマックラ滝の流れが大きく聞こえて来ます。周囲が木々で鬱蒼とした場所に在り、手前の沢に架かる木橋を渡ると滝下へと進めます。マックラ滝の落差は約30mで、背後の真っ黒な溶岩を掻き分けて勢い良く流れ落ち、迫力が在ります。滝下に居ると水飛沫が霧のように舞い散り、レンズを拭きながらの撮影だ。滝壺の右側に見える木はサワグルミで、樹齢約350年経つ古木との事です。
 

 

右岸側の崖はかなり崩れているので下に入るのは危険ですね。予定していた帰りのバス(9:30発)には完全にNG状態なので1本遅らせるとして(10:50発)、遅れ序に滝下の流れを見ながら此処で朝食(おにぎり)です。此処まで霧降滝入口から高さで約40m登って80m下り、又130m登るコースとは知らず時間の読みに失敗!計画が甘く反省です。
 

マックラ滝からは霧降牧場のアップダウンの有る牧道を約1500m歩き霧降高原道路へ出ると、帰りの隠れ三滝バス停に到着します。現在の時刻は、9:40分なので次のバスまで70分有るので丁字滝へも寄れそうです。牧道沿いの紅葉、葉が色々な色彩で混ざり合い見事ですね。牧道の右横には支流が沿うようになりました、此の支流の先に丁字滝が在るのかな?いや在る筈です。道端に変わった実を付けている木が在りました、クサギ(臭木)と云うシソ科の落葉小高木で、葉から嫌な臭いを出す事から此の名前が付けられたそうです。
 

 

1km程進むと、丁字滝へ続く小道への分岐が在りました。時間的に行けるか計算。分岐点から丁字滝まで地図上では往復300m、滝下まで降りる事を考慮して3倍の距離で約1kmだな、30分で行って帰ってくればバスが来る時間まで10分程余裕が有るので行きます。途中から沢へ下り、沢沿いに岩を避けてジグザグと進みます。沢の途中に炭窯跡の説明板が在ります、説明板と窯跡を取り敢えず撮って後で確認(霧降高原には炭窯跡が沢山在り、此の場所に在った炭窯跡が復元され、炭焼き体験が出来る)だそうです。5分で丁字滝の上に到着、滝の横から下に降りられますので行きます。
 

 

滝下までに10分経過、チャッチャと滝を撮って直ぐに戻らなくっちゃ、慌ただしい動きで笑っちゃいますよね。丁字滝は霧降川の支流に在り、登山道から直接見えない正しく隠れた滝で、外界から閉ざされ神秘的な雰囲気が有り、川床の上を数段に別れた滝が緩やかに流れ落ちる静かな滝です。
 

急いで先程の分岐まで戻り、バス通りまで進みます。牧道出口の柵まで400m、出口の右側傍に隠れ三滝バス停が在りバスが来る5分前に到着で、一安心。おいおい、慌てて来たのに時刻通りにバスが来ないよ~。6分遅れでやっと来た、も~プンプン丸です。
 

次に向かう場所は予定では東照宮なんだけど、昨日バスの車窓から見た様子では観光客だらけで混雑必死なので行く気が萎えます。フレームの中に人が入り思うような絵が撮れないからです。時間も90分ロスしているので東照宮は最後にして、先に中禅寺湖、華厳滝に行く事にします。時刻表を確認、中禅寺温泉行は11:06分発。今、乗っているバスは駅前に11:05分頃に着く計算なので乗り換えがギリギリ、ダメだったら東照宮へ行きます。駅前に着くと中禅寺温泉行は未だ来ていません、ヤッター。だけど先客が多く並んでおり、中禅寺温泉まで45分立たされました、ガックシ。なんとこさ、中禅寺温泉バス停に到着。バスターミナルの杉が倒れています、2日前の台風の影響みたいです。
 

立ち疲れたので、湖畔前の食堂で昼食休憩を取ります、直ぐ出来る麺類にするかな。メニューに「日光ゆばラーメン」が載っていたので注文です。ゆばと麺の味は不味くも無く普通の美味さ、値段は観光地なので¥950、☆一つです。
 

取り敢えず中禅寺湖周辺を散策します。夕方から雨の予報であり曇り空の為、湖畔の景色は日光の手前、イマイチ(今市)です、チョッチー古いネ。遠景の紅葉はぼんやりしていますが、湖畔前の紅葉は近くで見られ綺麗です。
 

 

中禅寺湖は2万年前に男体山の噴火で出来た堰止湖で、782年(天応2)に勝道上人が男体山の登頂時に発見したと云われています。遠景は空気がガスっていて良い絵が撮れませんでしたが、載せておきます。
 

 

今回は紅葉と滝巡りがメインなので最後の滝として華厳滝を見に行きます。日光で最も有名なのが、中禅寺湖の流出口に在る華厳滝、バスターミナル横の駐車場奥が入口です。
 

華厳滝は、和歌山県の那智ノ滝(133m)、茨城県の袋田ノ滝(120m)と共に日本三大名瀑と呼ばれている滝で、高さ97mから垂直に落下する雄大な姿と、左右岸壁からの伏流水による筋状の流れに囲まれていて自然の造形美が美しいですね。華厳渓谷周辺には他に阿含滝、方等滝、般若滝、涅槃滝も在り、滝の発見者である勝道上人が仏教経典から名付けられたと云われています。
 

 

1930年(S5)に滝壷近くの観瀑台へ降りるエレベータ(料金:¥530/往復)が設置されていますが、時間が無いのでパス。13:10分始発のバスで東照宮へ行きます、始発なので楽に座れて嬉しいです。
 

14:00頃に東照宮前に到着、陽明門が改修工事で見られないのに値段据え置きのボッタクリ東照宮拝観券\1300を購入します。東照宮は「日光山に小さな堂を建てて、自分を神として祀る事。自分は日本の平和の守り神になる」との江戸幕府初代将軍・徳川家康の遺言により、1617年(元和3)に家康を神格化した東照大権現を祀った神社で、小さかったお堂は三代将軍家光公により、現在の華麗な社殿群として1636年(寛永13)に建立されています。所在:日光市山内2301。入口の石鳥居は1618年(元和4)に九州筑前藩主黒田長政公によって奉納され、重要文化財に指定されています。以下、(重文)と略す。鳥居左に五重塔(36m)が聳えています。1648年(慶安3)に若狭の国小浜藩主酒井忠勝公によって奉納され、其の後の落雷火災により焼失、1818年(文政1)に再建されています。(重文)
 

表門左に在る神厩舎(しんきゅうしゃ)は御神馬を繋ぐ厩で、昔から猿が馬を守るとされている事から、長押上には猿の彫刻が8面在り、子供から大人に成長する猿の姿が描かれ、猿の一生を描きながら人の生き方を伝えているとの事です。左から順番に彫刻の説明も在ります。一番有名なのが「見ザル、言わザル、聞かザル」ですね。(重文)
 

A mothe monkey is looking far into the future of her child,and child is looking up at the mother.手をかざし遠くを見る母猿は子猿の将来を見ており、小猿は母猿を見上げています。


Three monkeys tells us that children should "See-no-evil,Say-no-evil,Hear-no-evil".幼い時は純真で周囲の影響を受け易いので、世の中の悪い事を見せず、聞かせず、悪い言葉も使わせず、良い物だけを与えよ。


He is about to be independent.やがて立ち上がり「自立・独り立ち」する。


He is ambitiously looking up.大志を持って見上げる。(青い雲が「青雲の志」を暗示)


He is frustrated in life and desperately looking down the cliff while one of his friends is heering him up.正面を凝視して人生に立ち向かう。崖から落ちそうな友には手を差し伸べる。


Love-sick.恋に悩む。


A newly-wedded couple are going to sail through the rough waves of life together.二人で力を合わせれば、人生の荒波も乗り越えられる。


She is an expectant mother,and return to the first scene.結婚して子供が生まれ、親となり永遠の命が受け継がれていく。


陽明門の手前右に上神庫、中神庫、下神庫からなる三神庫が在ります。中には春秋渡御祭で使用される馬具や装束類が収められています(重文)。左に在る建物は経蔵です。
 

陽明門は日本を代表する最も美しい門で、何時までも見ていて飽きない事から「日暮らし門」とも呼ばれ、故事逸話や子供の遊び、聖人賢人など500以上の彫刻が施されており、国宝に指定されています。現在、平成の大修理として平成36年度まで順次修理工事が予定されている為、残念ながら華麗な容姿は見られませんでした。随身像などは別展示で見られます。陽明門の先に在るのが唐門です。全体が胡粉で白く塗られ、細かい彫刻が施されています。(国宝)
 

 

御本社は本殿、石の間、拝殿からなる東照宮の最も重要な箇所で、拝殿左右には、将軍着座の間と法親王着座の間が在ります。(国宝)
 

東回廊の奥社参道入り口を護る眠り猫は有名な彫り物(国宝)で、牡丹の花に囲まれ日の光を浴び、転寝しているところから「日光」に因んで彫られたとも云われています。良く見ると前脚には力が入り飛び掛かれる態勢のまま、薄眼で様子を覗いながら寝たふりをして、家康を守っている様にも見えます。流石、左甚五郎の作、奥深いね。
 

以上、早足での見学でしたが雨が降ってくる前に帰ります。帰りは浅草行きの快速で、19:00過ぎに帰宅。疲れが、どっと出て来ました。ゆっくりと風呂に入ってから、ブログの編集だ!。。。

>>>後書き<<<
初日の戦場ヶ原は余裕のスケジュールでしたが、2日目が失敗しましたね。まさか、あんなにアップダウンが激しい山道とは思わなかったです。けれども豪快な滝や、美しい滝など見られ苦労した甲斐がありました。紅葉も良かったですよ。地元の人に言わせると奥日光の紅葉シーズンは終わりに近いとの事で、確かに落ち葉が多かったですね、次回も行くならばもう少し早め(10月中旬)に行きます。東照宮の混雑、嫌ですね。有名観光地には平日が無い事が良く判りました。以上、紅葉と滝巡りの紹介、如何でしたか?

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/11/03(日) 02:10:00|
  2. 日光

Spot-6 日光 『湯元温泉~戦場ヶ原』


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紅葉のシーズンですが、東京だと余程の郊外に行かないと見られません。なので、思い切って関東で一番紅葉が早い日光に行って来ましたので、写真で其の気分だけでもお裾分けします。日帰りでも良かったのですが、日程が慌ただしくなるので余裕の一泊二日で、初日は湯元温泉の湯滝、戦場ヶ原経由、竜頭ノ滝のコースです。日光までスペーシアで行きたかったが早朝は走っていないので武蔵野線南越谷までJRで行き東武伊勢崎・日光線で南栗橋、新栃木で乗り換え、約3時間半掛けて東武日光に8:10分に到着です。先ずは湯元温泉まで東武バスで行きます。おっと、其の前に湯元温泉フリーパス(¥3000)を購入しないと、2日間有効なので結果的に¥3000程お得でした。
 

 

湯元温泉行8:36発のバス停列に4名並んでいます。バスを待つ間に徐々に列が後ろに伸び、たちまち60名程で一杯だ!半数以上が外人観光客です。バスが10分遅れで到着、じぇ!既に半分以上着席している。あちゃ~JR日光駅が始発だったのか、窓側席は既に埋まっており失敗したね、でも座れるからいいか。後方に並んだ連中は立って湯元まで85分、可愛そうに。結局15分遅れで発車したと思ったら、途中の東照宮近くで降りる外人が料金支払いでトラブル、万札だけで小銭を持っていないとかで他の客が両替して落着。あ~あ、本日のタイムスケジュールが早くも崩れて行きます。馬返から中禅寺湖への登り方向第二いろは坂辺りから漸く順調に走行です。いろは坂の名称は、第一いろは坂と第二いろは坂の二つの坂に存在する48のカーブを、いろは48音に例えたのが由来で、登りの第二いろは坂は「い」から「ね」までの20カーブ、中禅寺湖から下りの第一いろは坂は「な」から「ん」までの28カーブがあります。
湯元温泉に20分遅れで10:30に到着。本日は台風一過で快晴、真っ青な空に緑、紅葉が映えます。駅前は気温13℃でしたが此処は8℃肌寒いね、ウインドブレーカを出して着用です。バス停近くに無料で使える足湯「あんよのゆ」が在ります。同時に40人程が入れる広さで4月~11月の期間9:00~20:00まで開いています。成分は、含硫黄-カルシウム・ナトリウム-硫酸塩・炭酸水素塩泉。トレッキングシューズの紐を解くのが面倒だし本日の予定が密なのでパスです。
 

 

ファストコンタクトは温泉寺です。温泉寺は奧日光、湯ノ湖に在る天台宗のお寺で、788年(延暦7)輪王寺を開いた勝道上人によって創建されたと伝えられています。1966年(S41)の台風でお堂が崩壊しましたが1973年(S48)現在位置に復興されています。庫裡には温泉が引かれ「温泉の在るお寺」として有名で入浴料金は1時間以内で¥500です。山号:日光山、本尊:薬師如来像、所在:日光市湯本2559。
 

 

お寺の東側に温泉源が在るので寄ります。沼地に架かる木道を進んで行くと、涌出口が幾つもあり、近くの温泉街の宿毎に小屋で囲われています。小屋からは薄い煙が噴き出していて温泉独特の硫黄の匂いが立ち込めて居ます。
 

 

温泉源から100m程南下すると温泉神社が在ります。湯元温泉の鎮守を祀っている神社で、此の神社の創建も勝道上人との事。境内に在る堂祠は、国の重要文化財に指定されています。祭神:大己貴命(おおなむちのみこと)、所在:日光市湯本2521。入口の明神鳥居は1982年(S57)、狛犬は1992年(H4)奉納です。
 

湯ノ湖の湖畔から板張の遊歩道で湖畔沿いに湯滝へ向かいます。先日の台風の影響で葉がかなり散っているけど、湖畔脇の紅葉が近くで見られ綺麗です。
 

 

雲一つ無い快晴で、風もそよ風程度でトレッキング日和です。湖面に映る対岸の景色も良いね。20分程で湯ノ湖の流出口に架かる木橋が見えて来ました。
 

 

木橋の先に湯滝の落ち口が見えて来ました。水量が多く、階段沿いに滝と一緒に降りられるので滝の側面、滝壺も近くで見られ迫力が在ります。周りは鮮やかな紅葉、気分も高揚だ、判るかな~。湯滝は落差70m、幅25mの規模で、華厳滝、竜頭ノ滝と並んで奥日光三名瀑の一つとされています。流れ落ちた水は戦場ヶ原を流れる湯川となり、下流に在る竜頭ノ滝から中禅寺湖へ流入しています。
 

 

次に、湯滝下から戦場ヶ原を経由して竜頭ノ滝までの約8kmを湯川に沿って進みます。あれれ、戦場ヶ原の入口が判らん。駐車場の警備員に確認、鉄柵のゲートから入って下さいとの事。立入禁止の柵だと思っていたので横目に素通りしていました。鉄柵は湿原の植物を鹿の食害から防止するもので、扉の開閉は鹿が押しても開かないようにPULLのみです。散策ルートは木道で造られていて平坦なので迷う事も在りません。案内ガイドには3時間コースと在りましたが、スタートロスもあり、何時ものペースで歩くと帰りのバス時刻がヤバいので撮影しながら早足で歩き、最初のチェックポイント小滝を通過です。
 

 

湯川沿いにも紅葉が点在、林の緑に清流のせせらぎ、日差しも暖かくなり気分上々です。湿原は元々湯川が男体山の噴火で堰き止められた堰止湖でしたが、土砂や火山の噴出物が降り積もり、其の上にヨシなどの水生植物が腐らずに堆積して出来た場所なので、木の根も地中深くには張れない為、男体山からの吹き降ろしによる風で川には沢山の倒木が見られます。
 

 

スタートから1.5kmで小田代橋、20分経過で良いペースだ。橋を渡り今度は右岸沿いに進みます。木道は2列で右側通行、ハイカーは少なく偶にすれ違いますが、お互いにコンニチハの挨拶がマナーです。暫く進むと、泉門(いずみやど)池の休憩ポイントに着きます。時間は11:40、此処で、朝昼兼用の食事(おにぎり)休憩です。風が吹くと、金の針と形容されるカラマツの針葉が、パラパラと落ち、山では早くも冬の準備です。
 

 

戦場ヶ原は、日光国立公園内にある高層湿原で標高は約1,400m。地名の由来は、下野国の二荒神(二荒山の神))と上野国の赤城神(赤城山の神)が夫々、大蛇と大ムカデに化けて戦ったとする説の他、広い原野である事から「千畳が原」に由来する別説も在ります。木々の中に赤い実を付けた木もちらほら在ります。此奴はズミ(酸実)と云う、バラ科リンゴ属の1種です。木道は青木橋へと繋がり、湿原地帯の中に入って行きます。湿原の谷地(やち)坊主と云う案内板が在りました。丸く盛り上がった草の株が点々と見られ、スゲの仲間が作る株で水位が変動する場所に出来るとの事。体が水に浸からないようにしているんだと、谷地は湿原の事です。
 

 

木道は男体山に向かって伸び、もう直ぐ湿原地帯を抜け出ます。木道のビューポイントで写生している模様ですが、周りを見渡しても画家が居ません。茂みに雉打ちにでも行ったのかな?キャンバスに描かれていたのは川辺のカラマツ、出来栄えはノーコメント。川にはマガモが早い流れの中で餌探しです。
 

 

湿原地帯の端に赤沼分岐が在り、木道は此処で終わり、此の先は土の小道に変わります。途中に湯川赤沼橋が在りますが渡らずに、直進です。
 

川辺の雰囲気は雑草から岩場へと変化し川の流れも速くなり、滝に近づいている事が判ります。漸く戦場ヶ原の終点を示すゲートが目に入って来ました、今度は外に出るのでPUSHですね。
 

 

小道を暫く進むと、右手に愈々竜頭ノ滝の上流部が姿を現して来ます。湯ノ湖から流れ出た湯川が、中禅寺湖に注ぐ手前に在り、直下型の滝では無くて噴火による溶岩の上を210mに亘って流れ落ちて行きます。道路を一旦渡ると滝の脇に階段と坂道が下まで続き、滝の流れを見ながら降りられます。竜頭ノ滝は、滝壷近くが大きな岩によって二分されて流れ落ちる様が、竜の頭に見える事が名前の由来と云われています。
 

 

一番下まで来ると観瀑箇所が在りますが、滝壺から離れていて望遠で見た方が綺麗です。見物客も大勢いて茶店は大混雑、右脇に龍頭観音堂が建っています。湯元から此処までの距離約10kmを3時間で歩き、予定よりも早く到着しました。足は痛みも無く未だ余裕が有りますが、明日は山道の9km歩行が控えているので体力温存で早めに旅館にチェックインする事にします。
 

 

バス停竜頭ノ滝から15:03発に乗車、時間が早いので帰りのバスは未だ空いていて座れました。旅館は途中のバス停市役所前から1分の大野屋で、素泊まりで16:00チェックイン完了。日光の夜は早くも秋から冬の気温に変わりつつあり10℃以下に冷え込んでいます。部屋は寒く、今年初めての石油ストーブをONです。部屋が温かくなり、お茶を飲んでいると疲れから眠くなって来たので、遅い昼寝を1時間程取り其の後、夕飯を何にするか物色しながら市内をブラツキます。取り敢えず東照宮手前の神橋(しんきょう)のライトアップでも撮るか。神橋は日光の表玄関を飾るに相応しい朱塗に映える橋で、日光二荒山神社の建造物で国の重要文化財に指定されています。長さ28m、幅7.4m。翌日に撮った絵も載せておきます。
 

 

神橋のバス停からJR日光駅までバスに乗り、車窓から夕飯処をチェック。JR日光駅もライトアップとは云えないけど、夜景として撮っておきます。日光駅は日本鉄道(国有鉄道→JR)が、その支線の終着駅として1890年(M23)に開設した駅で、1912年(T1)に2代目の駅舎が落成しています。ネオ・ルネサンス様式の木造洋風建築2階建てで、関東の駅百選に選定され、其の選定理由は「明治時代の面影を残す白亜の木造建築の駅」との事。所在:日光市相生町115。序に東武日光駅の夜景も紹介、1929年(S4)に東武鉄道が東武日光駅まで開通して出来た駅舎で、1978年(S54)に山小屋をイメージした三角屋根の駅舎として改築。所在:日光市松原町4-3。
 

旅館まで徒歩で15分位なので歩いて帰ります。途中に養老乃瀧日光店が在ったので、喉も乾いていたので生ビールと適当に摘まみを頼んで夕食の替わりにします。
 

20:00旅館に戻り、風呂に入ります。小さめの浴槽だけどお湯は日光温泉、浴室は貸し切りでゆっくりと楽々くつろげました。明日は霧降高原に在る滝巡りを予定しており、スケジュールを確認、7:00にチェックアウトです。TVを見ながら24:00に眠くなったので就寝します。続きは、Spot-7で紹介!暫くお待ち下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/11/01(金) 02:05:20|
  2. 日光

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