ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-40 多摩川左岸 『下奥多摩橋』


This best shot




今回は、多摩川左岸の多摩川橋から下奥多摩橋までの紹介です。


本日のスタート地点はJR青梅線の小作駅で、午前7:00前にチャリの組立を完了、今日も暑そうだね。
多摩川橋から圏央道多摩川橋までは遊歩道も無く、見処も無いので、先ずは奥多摩街道沿いに在る松本神社に寄ります。


松本神社は鎌倉時代の建久年間(1190~1199)に伏見稲荷から分社して創建されたと伝えられ、稲荷社と呼ばれていたが1869年(M2)に松本神社に改称している。祭神:豊受媛命(とようけひめのみこと)、1914年(T3)に櫛御毛奴命(くしみけぬのみこと)と大物主神(おおものぬしのかみ)を合祀、所在:羽村市羽西3-7。本殿は1840年(天保11)に小林藤馬による建造で、羽村市の有形文化財に指定されています。
 

圏央道多摩川橋の左岸沿いには市民球技場が整備され、遊歩道も立派なものが400m程続いていますが、其の先は私道へと繋がり多摩川から離れ川面を見る事が出来なくなるので、其の前に河原を散策します。
 

下流域では見ない珍しいイガイガが付いた野草が生えていました。メリケンガヤツリです、やや大型になるカヤツリグサ科の植物で湿地に生える帰化植物です。熱帯アメリカ原産の多年草で湿り気の多い草原に生え、草丈50cm~80cmで葉は6mm幅位で長さ30cm。茎の先に1cm~10cmの花柄を3~10個付けます。生態系に悪影響を及ぼしうる要注意外来生物に指定されています。
 

河原に早くも赤トンボ?が飛んでいます。赤トンボと言えば一般にアカネ属のトンボを指しますが、此奴はショウジョウトンボでした。ショウジョウトンボ(猩々蜻蛉)は、トンボ科に分類されるトンボの一種でショウジョウトンボ属。オスは和名のショウジョウ(猩猩)から連想できるように羽化したては薄い黄色だが、成熟したオスは全身真っ赤で赤トンボよりも赤くなる。メスは橙色で体長48ミリ程度。翅の付け根が橙黄色をした無紋で腹部が太いのが特徴です。
 

河原にユリ科のノカンゾウが咲いています。以前(Scene-37)に紹介した八重咲きのヤブカンゾウと同じユリ科ワスレグサ属の花で、橙色の大きな一重の百合の花が咲きます。違いが判る様にヤブカンゾウと並べて紹介します。
 

キバナコスモスに似ている花も咲いていました。オオキンケイギク(大金鶏菊)でキク科の植物の一種。黄色い花を咲かせる北アメリカ原産の宿根草で、外来種として野外に定着して問題となり、現在は栽培が禁止されており日本生態学会では日本の侵略的外来種ワースト100に選定されています。
 

私道脇に寺社が並んでいるので寄り道します。最初は八雲神社で、急坂の途中に在り1952年(S27)奉納の明神鳥居を潜り石段を上がると本殿が建っています。総本社は須佐神社(島根県出雲市)、祭神:須佐之男命(すさのおのみこと)、所在:青梅市河辺町3-1066。
 

八雲神社前の坂道にガクアジサイが綺麗に咲いています。ガクアジサイ(額紫陽花)はユキノシタ科アジサイ属の耐寒性落葉低木で、アジサイ(紫陽花)の一品種です。
 

坂を下った先に真言宗豊山派の東圓寺が在り、1311年(応長1)創建と伝えられています。明治末年火災に遭い、後再建しています。山号:盛光山、院号:観音院、本尊:阿弥陀如来像、所在:青梅市河辺町3-1063。
 

 

隣に春日神社が在ります。春日神社の創建不詳、昔は春日大明神と称し、1764年(明和1)に焼失したが、1774年(安永3)に東圓寺住職が現在位置に再建されています。1873年(M6)に村社に列格、社号も春日神社と改称している。祭神:比売大神(ひめのおおかみ)他3柱、所在:青梅市河辺町3-1066。神社入口の鳥居は神明鳥居、拝殿前の鳥居は木製の明神鳥居です。
 

鳥居左に手水舎、正面が拝殿。拝殿前の狛犬は1917年(T6)奉納刻有り。
 

 

参道脇に野イチゴが生えていました。正確にはヤブヘビイチゴ(藪蛇苺)と云い、バラ科キジムシロ属の多年草で、イチゴと似た葉や果実を持つが異なる属に分類されていて、黄色の花を付ける。食べられるが味は無いそうです。
 

春日神社前の道を100m程進むと曹洞宗の林泉寺が在ります。地図では林川寺となっているが、本堂の寺額は林泉寺になっているので林泉寺(りんせんじ)で紹介します。1689年(元禄2)に全焼しており、そのご再建されています。山号:高雲山、本尊:薬師如来像、所在:青梅市河辺町3-1129。
 

林泉寺前の坂を北に上がり大山道との交差点に石神社(いしがみしゃ)が在ります。石神社は旧西分神社の枝宮として字石神平(現在地より稍東)に鎮座していたそうです。祭神:道反乃命(ちかえしのみこと)、所在:青梅市東青梅4-16。
 

石神社の端に昔の大山道の道標があります。道標は自然石で正面に大日如来塔と書かれ、左右には「左 箱根ヶ崎 所沢道」、「右 大山 八王子道」と彫られています。
 

石神社から南に戻り、多摩川沿いの私道を進み本日終着地点の『#51下奥多摩橋』に到着です。多摩川は青梅付近から渓谷的な景観になり、川沿いが木々に覆われていたり、民家で遮断されていたりで橋を前後左右に自由に見通せるポイントが少なく、左岸沿いからは下奥多摩橋の全景は撮れませんでした。下奥多摩橋は青梅市の千ケ瀬と長淵の間に架かる橋で、最初の橋は1933年(S8)に架けられた吊橋(80m)。1973年(S48)に現在の橋に架け替えられている、水面からの高さは15m。

 

 

 



名称:下奥多摩橋
構造種別:上路鋼ローゼ桁
河口からの距離:59km
橋の長さ:90m
竣工:1973年(S48)





>>>後書き<<<
小作駅に着き、駅前の絵を撮る段階でカメラトラブル、撮影モードになりません。SDカードを初期化したら正常に戻ったが、原因不明なので次回からカメラの予備を持っていくかな?
次回は多摩川右岸の圏央道多摩川橋から調布橋と鮎美橋までの紹介です。
RBCカナディアン・オープン、松山英樹2日終了時点で-6の9位タイ、又頑張っているよ、凄い。遼君も出ているけど-1の63位!体幹に余裕が無く、海外では合わないかもね。
3日目、松山英樹-7で24位タイ頑張れ、石川遼+8でBMもっと頑張れ!
松山英樹の最終結果、-9で16位タイでした。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/07/28(日) 03:00:00|
  2. 多摩川

Scene-39 多摩川右岸 『友田水管橋、圏央道多摩川橋』


This best shot


今回は、多摩川右岸の小作堰管理橋から友田水管橋と圏央道多摩川橋までの紹介と、お約束の修景池の蓮を紹介します。小作堰管理橋から、此の先の圏央道多摩川橋までは川沿いに住宅地が立ち並び、チャリが通れる遊歩道が無い状態なので、滝山街道沿いに遡上します。滝山街道と圏央道(正式名称:首都圏中央連絡自動車道)が交差する地点に友田稲荷神社と花蔵院が在ります。
 

 

滝山街道右手に友田稲荷神社が在ります。創建不詳、祭神:宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、所在:青梅市友田町4-207-6。鹿島鳥居と祠だけが在る神社です。
 

滝山街道左手に真言宗豊山派の花蔵院(かぞういん)が在ります。創建不詳、山号:友田山、本尊:十一面観世音菩薩像、所在:青梅市友田町4-204。
 

北側の大荷田丘陵方向に友田御嶽神社が在ります。創建年代は不詳ですが、室町時代以前と云われ、当地には武蔵御嶽神社の供田があり、その分霊を移して御嶽山蔵王権現を祀ったのが起源と口伝されている。祭神:広国押武金日命(ひろくにおしたけかなひのみこと)、日本武尊(やまとたけるのみこと)、軻遇突知神(かぐつちのかみ)、所在:青梅市友田町5-563-1。入口参道から神明鳥居を潜り石段を上がりきると、左に手水舎、正面に拝殿が在ります。
 

 

拝殿前には新旧の狛犬が祀られています。古い狛犬は1917年(T6)の奉納ですが痛みが酷いです、新しい狛犬は1976年(S51)奉納の刻有り。
 

 

圏央道高架下に沿って多摩川へ行きます。圏央道は自動車専用なので圏央道多摩川橋の右岸側の絵を撮ってから、今回ラス前の友田水管橋に到着です。『#49友田水管橋』は多摩川右岸の青梅市と左岸の羽村市間に位置し、小作浄水場から青梅市の長淵配水池に送水する直径90cmと60cmの送水管を路面下に抱える橋で、アーチ部の高さは18m。車は通れない人道専用の橋です。
 

 

 



名称:友田水管橋
構造種別:下路ランガートラス
河口からの距離:56.4km
橋の長さ:126.8m
附属:水管90cm径と60cm径
竣工:1980年(S55)





時間が有るので河川敷を散策します。草むらにショウリョウバッタが隠れていましたが、飛んだので見つかってしまいました。動かなければ絶対見つからないのにお馬鹿さんですね。写真を撮る時に目を切ると、探すのに苦労する位なのに!写真で見ても注意しないと判りませんよね。良く判る様に、石ころの上に追い出してバシャッ。此れでも草に見えますよね。ショウリョウバッタ(精霊蝗虫)は、バッタ目・バッタ科に分類される昆虫で日本に分布するバッタの中では最大種。斜め上に尖った頭部が特徴で、別名ショウジョウバッタとも呼ばれている。オスの成虫は体長5cm前後で細身だが、メスの成虫は9cm、全長(触角の先端から伸ばした後脚の先端まで)は14~18cm程にも達する。
 

蝶、シジミも飛んでいます。
 

護岸にトンボが休憩中、ん~ムギワラトンボ、オニヤンマ、違うな。何だろ?一応撮影しておきます。ネットで検索して判りました。コオニヤンマです。コオニヤンマ(小鬼蜻蜓)はサナエトンボ科のトンボの一種で和名は「小型のオニヤンマ」の意味であり、ヤンマの名が付くが分類上はヤンマ科でもオニヤンマ科でもない。成虫は体長80~90mm程度でサナエトンボ科の中では日本最大種。体の大きさに比べて頭が小さく、後脚が長いのが特徴です。
 

今回の終着地点の『#50圏央道多摩川橋』です。圏央道多摩川橋は北行きと南行きの路面を分けてダブルデッキ(二階建て)構造になっている首都圏中央連絡自動車道の専用橋です。多摩川右岸の青梅市と左岸の羽村市間に位置し、圏央道は2002年(H14)に此の区間(日の出IC~青梅IC間)が開通しています。
 

 

 



名称:圏央道多摩川橋
構造種別:4径間曲線連続トラス
河口からの距離:56.5km
橋の長さ:352.2m
竣工:2001年(H13)





>>>後書き<<<
暫く、気温が35℃前後で続き、遡上中にぶっ倒れそうな環境で、帰宅すると3kgは体重が減っています。夏場の外出は天気予報で温度を確認し、35℃になる日は自宅待機にします。此の所30℃前後に気温が下がり、随分と凌ぎ易くなり遡上取材で助かっています。次回は多摩川左岸の多摩川橋から下奥多摩橋までの紹介です。
THEOPEN、松山英樹惜しかったね!スロープレイの1罰打がなければ3位で、流れも変わっていただろうに残念だったが、次に期待が繋がるね。

6月から今月まで府中郷土の森公園内の修景池に5回程通い、30種類の蓮の内27種類が一通り開花して撮影完了しましたので紹介します。残りの蓮は遅咲きらしく未だ蕾が小さい状態です。修景池に行く途中で、是政橋から富士山が良い具合に見えました。前日の降雨で空気が澄んでおり、此の時期に見えるのは珍しいです。其れも傘雲が掛かった状態で、いいですね~。
 


それでは、府中郷土の森公園内の修景池に咲いた蓮を、あいうえお順に紹介します。
■一天四海(いってんしかい)花色:黄色味のある白、紫斑、一重、花弁:15枚~18枚
 

■桜蓮(おうれん)花色:紅色→退色、一重、花弁:14~18枚
 

■大賀蓮(おおがはす)花色:濃いピンク、一重、花弁:14枚~18枚
 

■嘉祥蓮(かしょうれん)花色:ピンクに爪紅、一重、花弁:20枚前後
 

■漁山紅蓮(ぎょざんこうれん)花色:ピンク、一重、花弁:15枚前後
 

■金輪蓮(こんりんれん)花色:白に爪紅、一重、花弁:10枚前後
 

■原始蓮(げんしばす)花色:ピンク→白、一重、花弁:25枚前後
 

■西湖蓮(さいこれん)花色:白、八重、花弁:100~120枚
 

■白君子小蓮(しろくんししょうれん)花色:白、一重、花弁:20枚
 

■蜀紅蓮(しょっこうれん)花色:濃いピンク、一重、花弁:20枚
 

■酔妃蓮(すいひれん)花色:白に爪紅、大型、一重、花弁:20枚前後
 

■清月蓮(せいげつれん)花色:白に紅斑、一重、花弁:20枚前後
 

■千弁蓮(せんへんれん)花色:ピンク→紫紅、千弁咲、花弁:2000~3500枚
 

■大洒錦(たいせいきん)花色:白に紅斑、八重、花弁:70~100枚
 

■知里の曙(ちりのあけぼの)花色:ピンクに爪紅、一重、花弁:20枚前後
 

■中尊寺蓮(ちゅうそんじはす)花色:ピンク、一重、花弁:15枚前後
 

■中日友誼蓮(ちゅうにちゆうぎれん)花色:ピンク、一重、花弁:15枚前後
 

■天竺斑蓮(てんじくまだらばす)花色:白に紅斑、一重、花弁:20枚前後
 

■ネール蓮(ねーるばす)花色:濃ピンクに爪紅、一重、花弁:15枚前後
 

■白万々(はくまんまん)花色:白、八重、花弁:100~120枚
 

■美中心(びちゅうしん)花色:濃いピンク、一重、花弁:20枚前後
 

■紅舞妃(べにまいひ)花色:ピンク、一重、花弁:14~18枚
 

■舞妃蓮(まいひれん)花色:淡黄のぼかしに淡い紅爪、一重、花弁:20~25枚
 

■毎葉蓮(まいようれん)花色:ピンク、一重、花弁:20枚前後
 

■誠蓮(まことばす)花色:ピンク、八重、花弁:120枚前後
 

■ミセス・スローカム 花色:淡黄のぼかしに淡い紅爪、八重、花弁:70~100枚
 

■廬山白蓮(ろざんぱくれん)花色:白、八重、花弁:100枚前後
 

下記の3種類は、未だ小さな蕾であり開花までには後、10日位掛かりそうです。
■瑞光蓮(ずいこうれん)花色:白、爪紅→白、一重、花弁:14~18枚
■藤壺蓮(とうこれん)花色:ピンクに爪紅、一重、花弁:15枚前後
■妙蓮(みょうれん)花色:白に爪紅、八重、花弁:2000~5000枚

蓮の花、如何でしたか。天竺斑蓮が白に薄い紅斑で好きです。今月一杯は未だ1/3程度の開花は見られます。来年に行く場合は、早咲きの大賀蓮が咲く6月中旬からが見頃ですよ。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/07/23(火) 02:30:00|
  2. 多摩川

Scene-38 多摩川左岸 『多摩川橋』


This best shot


今回は、多摩川左岸の羽村堰下橋から多摩川橋までの紹介です。スタート地点はJR羽村駅で、西口は東口の賑やかさに比べ落ち着いた田舎の雰囲気です。先ず、羽村駅から新奥多摩街道を越えた先に正徳神社が在るので寄って行きます。道路の角地に建つ鳥居と祠の小さな神社で、江戸末期に地元職人を中心にした「太子講」が出来、その後聖徳太子の神像を奉納して創建されている。祭神:聖徳太子(しょうとくたいし)、所在:羽村市羽東1-11。
 

多摩川に着き、遡上を開始します。前回紹介した羽村堰下橋の先に公園広場が在り、羽村堰が良く見え、羽村堰から取り込まれる玉川上水の様子も良く判ります。
 

投渡堰と固定堰で堰き止められた多摩川の水は、第1水門から玉川上水に引き込まれ、第2水門で引き込んだ水量の調節を行ない、余分な水量は小吐(こはき)水門から多摩川へ戻しています。
 

 

広場には1653年(承応2)から玉川上水開削の指揮をとった玉川兄弟の記念像が建っています。兄弟は江戸時代の人物で土建屋を営む兄の庄右衛門と、人足斡旋を営む弟の清右衛門です。
1652年(承応元年)11月、幕府により江戸の飲料水不足を解消する目的で多摩川からの上水開削が計画され、工事総奉行に老中で川越藩主の松平信綱、水道奉行に伊奈忠治が就き、庄右衛門と清右衛門の兄弟が工事を請負った。上水工事の一回目は日野を取水口とした時、地面に水が吸い込まれてしまう水喰土(みずくらいど:浸透性の高い関東ローム層)により失敗、二回目は福生を取水口とした時、途中で岩盤に当たり挫折し、幕府から請け負った6000両も底を付いたが自己資金2000両と、所有の家屋敷を売り払った計3000両の自腹を切って工事を続行。三回目に現在地からの工事が順調に進み、1654年(承応3)までに開通している。此の功績により兄弟は名字帯刀が許され「玉川」の姓を名乗り、上水の管理も玉川家の世襲とされたが、1739年(元文4)の末孫の代(三代目)になって、慢心と贅沢の病に盗り付かれ、水元役としての義務に怠慢であった事が露見してしまい職を剥奪され、其の後、上水管理は町奉行、普請奉行(ふしんぶぎょう)の所管に移されている。
 

広場の先は遊歩道が途切れているので奥多摩街道沿いに進みます、暫く歩くと羽村取水所が在り、中に玉川上水羽村陣屋跡が残っています。完成した玉川上水道の取締り、水門、水路、堰などの修理に関する仕事を処理する為に、此処に陣屋と称する役所(普請奉行)が置かれていて、当時の門が保存されています。
 

直ぐ隣に玉川水神社が在ります。玉川水神社は東京水道の守護神で玉川上水が承応三年徳川幕府によって完成された際、水神宮として此の地に建立。1893年(M26)に名を玉川水神社と改められ、水神社としては最も古い物の一つです。祭神:彌都波能賣(みずはのめのかみ)、水分大神(みくまりのおおかみ)、所在:羽村市羽東3。本殿は名匠小林播磨守による天保時代の作で1895年(M28)に改築されている。入口の鳥居は木製の神明鳥居です。
 

玉川水神社前からは遊歩等が利用出来、遊歩道脇には那賀排水樋管が在ります。右には水上公園が在り、子供用の水遊び場になっています。
 

 

左岸沿いは此の先見処が無いので、奥多摩街道沿いの寺社を紹介します。先ずは、臨済宗建長寺派の禅福寺です。寺伝によると本寺は1368~1374年(応安年間)の創建。古くは、集落の地名田の上から「田上山」とも号していた。茅葺きの山門は、1462年(寛正3)の建立と云われ、羽村市の指定有形文化財です。山号:妙徳山、本尊:文殊菩薩像、所在:羽村市羽中4-5-8。
 

 

更に奥多摩街道沿いに進むと玉川神社が在ります。1182~1185年(寿永年間)畠山重忠一族が信州諏訪大社より勧請、諏訪大明神、多摩大明神と称した。鳥居は1923年(T12)奉納の神明鳥居、狛犬は1979年(S54)奉納刻在り。1869年(M2)諏訪神社と改め、1882年(M15)神社を合祀し玉川神社と改称している。祭神:建御名方命(たけみなかたのみこと)、大山祇命(おおやまつみのみこと)、所在:羽村市羽中4-1-16。
 

 

 

奥多摩街道沿いにもう一箇所、臨済宗建長寺派の一峰院(いっぽういん)が在ります。1424年(応永31)に青梅の勝沼城主三田雅楽之助平将定(みたうたのすけたいらのまささだ)の開基とされている。寺は1759年(宝暦9)に堂宇を焼失し、1766年(明和3)に再建されている。この寺は羽村堰に近い為、堰が決壊した時には鐘楼門の鐘を打ち鳴らして村民に知らせたと云う。此の鐘楼門の建立は江戸時代末期、羽村に縁の深い宮大工小林藤馬の手掛けた優れた作品とされ、羽村市の有形文化財に指定されています。山号:龍珠山、本尊:十一面観音菩薩像(市指定重要文化財)、所在:羽加美4-12-30。
 

 

多摩川に戻ります。此の一帯は根搦前(ねがらみまえ)と云い羽村市唯一の水田地帯で、小作取水堰の少し下流から自然流入で取水した羽用水が引かれています。明治末期に此の地の水田が洪水で水没した為、1913年(T2)に護岸工事に着手し大正土手として整備され、護岸工事以前から土手に孤立していた一本杉が現在も残されています。
 

多摩川の遊歩道は阿蘇神社への南参道と変わります。参道は木立ちの中へと続き、途中に羽村市指定史跡の三田雅楽之助平将定の墓が在ります。先程の一峰院を開いた人物で、此の辺りを支配していた豪族です。五輪塔2基は江戸初期のもので、「新編武蔵風土記稿」には三田雅楽之助ノ墳墓ナリと記されている。多摩川河口から55kmポスト、参道はいつの間にか遊歩道に戻っている。ん、神社は何処だ?まあいいか此のまま進みます。
 

 

遊歩道脇にホタルブクロみたいな花が咲いています。ヒレハリソウと云う花で、ヒレハリソウ(鰭玻璃草)はムラサキ科ヒレハリソウ属の多年生草木で、コンフリー(Comfrey)と云う名前の方が知られています。ヨーロッパ、西アジアが原産地。ヨーロッパでは根や葉を抗炎症薬として用いており、日本には明治時代に導入されて家畜飼料や食用として利用された。昭和40年代に健康食品として一時期大ブームとなり、植えられたものが一部野生化している。摂取による肝障害を起こす例が海外で多数報告され、日本では2004年(H16)に食品としての販売が禁止されています。
遊歩道脇にはマムシ注意の看板が立っているがマムシの絵、可愛過ぎで注意喚起の効果半減ですよ。遊歩道は多摩川縁に続き、漸く熊野神社の参道に繋がりました。
 

 

阿蘇神社は601年(推古天皇9)に創建されたと伝えられ、1986年(S61)の本殿解体修理の際に発見された墨書から1676年(延宝4)の再建である事が判明している。祭神:建磐龍命(たけいわたつのみこと)、阿蘇都媛命(あそつひめのみこと)、速瓶玉命(はやみかたまのみこと)、所在地:羽村市羽加美4-6-23。参道は南と東が在り、鳥居は1976年(S51)奉納の明神鳥居。
 

狛犬は拝殿前と東参道に2対在り、拝殿前の狛犬は建立年不明、東参道の狛犬は1984年(S59)方向の刻在り。
 

 

阿蘇神社の本殿は都の有形文化財に、境内のシイの木も都天然記念物に指定されています。
 

 

此の先左岸には見処が多摩川橋まで無いので、都道249号線と奥多摩街道交差点付近の大原稲荷に寄り、多摩川橋へ行きます。大原稲荷は江戸時代中期頃より屋敷神として祀られてきた祠。祭神:倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、所在:羽村市羽西1-6。入口鳥居は鹿島鳥居です。
 

今回終着地点の『#48多摩川橋』に到着。多摩川橋は都道249号福生羽村線が通り、左岸の羽村市と右岸の青梅市間に架かる橋です。橋が架かる以前は友田の渡しにより往来されていたが、1920年(T9)に吊り橋が架かり、その後1939年(S14)に本格的な橋が架けられ、現在の多摩川橋は1987年(S62)に新しく架け替えられています。写真に写っているアーチ橋とトラス橋は、次回に紹介する友田水管橋と圏央道多摩川橋で、一番手前が多摩川橋です。
 

 

 



名称:多摩川橋
構造種別:上路2径間連続PC桁
河口からの距離:56.4km
橋の長さ:150m
竣工:1987年(S62)





>>>後書き<<<
玉川兄弟により開削された全長約43km、標高差92mの緩勾配に及ぶ玉川上水は正確な測量技術によって僅か8ケ月で完成。更に2回のルート変更による影響で工事資金が底を突いたが、やると決めた事はやるのが人の道。私財を投げ打ってでも約束を守り通した玉川兄弟、凄すぎるね。
次回は多摩川右岸の小作堰管理橋から友田水管橋と圏央道多摩川橋までの紹介と、お約束の修景池の蓮を紹介します。
今日からTHEOPENが始まります。最強ルーキー松山英樹が初出場でどんな戦いを見せてくれるのか楽しみです。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/07/18(木) 02:30:00|
  2. 多摩川

Scene-37 多摩川右岸 『小作堰管理橋』


This best shot


今回は、多摩川右岸の羽村大橋から小作堰管理橋までの紹介です。羽村大橋の上から上流側を見渡すと、羽村堰下の魚道が見えますが、生憎と羽村大橋の歩道は片側(下流側)にしか無い為、反対側の欄干が邪魔で全体が良く撮れていません。
 

羽村大橋の上流、多摩川河口から54km位置に羽村市営堰下レクリエーション広場が在ります。キャンプファイアやバーベキュー(予約必要)などが可能な広場で、芝生も綺麗に手入れされています。水道施設も整っていて、今回分は前回遡上編の引き続きで右岸側に来ているので、此処の水道でクールダウン昼食休憩です。
 

此処からは先程の魚道も良く見えます。
 

河川敷には蝶々も沢山飛んでいます、先ずは紅色のシジミチョウ。ベニシジミ(紅小灰蝶)です。ベニシジミはチョウ目シジミチョウ科ベニシジミ属に分類されるチョウで、成虫の前翅長は1.5 cm程。前翅の表は黒褐色の縁取りがあり、赤橙色の地に黒い斑点がある。現在発行されている30円切手のモデルです。
 

ツバメシジミ(燕小灰蝶)もいました。チョウ目シジミチョウ科に属するチョウで、後翅にある尾状突起がある事が名前の由来です。前翅長は1~2cm程。翅の表面はオスが青紫色、メスが黒色で、裏面は灰色がかった白色で、後翅には橙色の紋を持っています。以前に紹介したハグロトンボも飛んでいます。
 

蝶、蜻蛉と来たら次は仮面ライダー、いや、飛蝗(バッタ)ですね。子供の頃に良く捕まえた事を思い出した。トノサマバッタ(殿様飛蝗)はバッタ目バッタ科に分類される昆虫で、体長は35~65mmと大型、♂より♀の方が大きい。前翅には茶と白の斑模様があり、後翅はクルマバッタなどと違って模様が無い。個体によって色に差があり、緑色型と褐色型の2種類がいます。
 

前回紹介の羽村堰下橋の手前に草花第2排水樋管が在ります。
 

羽村堰下橋の上流に造られているのが、羽村取水堰(全長:380m、左岸:羽村市羽東/右岸:あきる野市草花)で、玉川上水開削時の1654年(承応3)に木製の堰として設置されたが、1911年(M44)にコンクリート製に改築されている。此の堰は右岸側の固定堰と、左岸側の投渡堰(なげわたしぜき)との2種類の堰で構成されていて、左岸側には玉川上水の取水口が在ります。投渡堰とは堰の支柱の桁に丸太を横に渡し、隙間に木の枝や砂利を敷き並べる方法であり、大雨時に多摩川本流が増水して玉川上水門の破壊と洪水が予測される時には、堰の支柱桁に渡した丸太を多摩川本流に流して水門の破壊と洪水を回避する仕組みです。尚、此の仕組みは羽村堰が設置された当時から現在まで変わっていません。
 

 

固定堰と投渡堰の境にスロープが設置されています。此れは、多摩川上流の奥多摩や青梅で伐り出された材木を筏に組んで江戸まで運ぶ為に筏師たちが通った、かつての「筏通し場」跡です。当時、此処を通る筏は年間で約3000枚に達しており、筏1枚に付き16文を通行料として徴収して堰の維持管理費に当てていたとの事です。
 

 

何処かの庭から種が飛んで来たのか、植えられたのか、遊歩道脇に野草らしからぬ花が咲いています。初めて見る花で、三角形の葉がデカクて紫色で目立つ。オキザリス・レグネリーと云うカタバミ科、カタバミ属の花で、南アメリカが原産地だそうです。高さ10~20cm程で紫褐色の三角形の葉が特徴、葉が緑色の品種も有り、白色又は淡いピンクの花を咲かせます。
もう一つはヤブカンゾウ(薮萱草)で百合科、ワスレグサ属の花で野原などに咲き、多摩川でも偶に見かける花で、橙色の大きな八重の百合の花が咲く。似た花に野萱草(ノカンゾウ)が有り、此方は一重咲きです。
 

羽村取水堰の右岸固定堰側には昔の治水技術の一つである「川倉」が沢山並んでいます。「川倉」は水の勢いを弱めて堤防が壊れる事を防ぐもので、形が馬の背中に似ている事から「川鞍」と名付けられ、後に「川倉」と呼ばれるようになった。「川倉」には色々な種類が有り、最も一般的なものは丸太を三角形に組み立てた「牛枠」と呼ばれているもので、「牛枠」だけでは水中で浮く為、川石を詰めた蛇籠を重しとして載せて固定して使用します。
 

多摩川河口から54kポスト付近に草花排水樋管が在ります。
 

遊歩道の左側に三角屋根が特徴の羽村市郷土博物館が在ります。羽村市郷土博物館は1985年(S60)に竣工し、羽村市の自然・風土・歴史・文化に関する展示や学習会、資料の刊行等を行なっている。休館日:月曜日、入場料金:無料、所在:羽村市羽741。室内展示には多摩川の歴史、玉川上水、養蚕の隆盛、中里介山の世界などでテーマ化され、玉川上水取水口の水門や堰(せき)の実物大模型や養蚕業が盛んだった羽村に残された養蚕用器具の展示などが有ります。
 

 

屋外展示には古民家などが展示されています。博物館の中庭に江戸時代中頃の創建と云う古い赤門が有ります。此の赤門は、中里介山の大菩薩峠記念館の正門でしたが、記念館閉館後の1977年(S52)に、中里家から寄贈され、1984年(S59)に郷土博物館の中庭右手に復原されています。正面に旧下田家住宅(国指定重要有形民俗文化財)。この住宅は、羽村市羽西1丁目に在った下田家から譲り受け、1982年(S57)に移築復原したもので1847年(弘化4)の建築物です。内部は太い主柱に支えられていて、意外に天井は高く広々しています。当時の生活状態も再現されていて真ん中に囲炉裏、いいねえ~。唯、煙が中にこもっていて目が沁みます。
 

 

中庭から外の通りに出ると、道路脇に旧田中家長屋門が在ります。此の門は、もと丹木村(現八王子市丹木町)の千人同心田中郡次家の門で、以前は茅葺屋根だったが防火の為、今回の改築で瓦葺とされているとの事です。
羽村市郷土博物館へのアクセスはJR羽村駅東口からコミュニティバス「はむらん」で17分(¥100)、1時間に1本運行されています。此の「はむらん」は市内に在る日野自動車が開発した電気バスで、小型電気バスによる路線バスとしての実用運行は全国初です。
 

旧田中家長屋門前の道を登っていくと羽村神社に行けるのですが、ン~どうしようかな?神社までの距離は約1km程度だけど海抜220mだから20分位か、体力と時間に余裕が有るので行きます。山道脇にはせせらぎも流れ、涼しく木橋を渡り軽快に歩いていたが途中から山道が続く、矢張りキツイね。 

 

山側に何故か白いアジサイが一輪だけ咲いている、木が小さいからなのか良く判らん。
 

沢沿いに紫色に輝く綺麗な蝶、発見。暫く跡を追い葉に止まった処で撮影。ムラサキシジミ(紫小灰蝶)と云うチョウ目シジミチョウ科に属するチョウで、前翅長30~40mm。翅の表が青紫色に輝く周囲が黒褐色で縁取られている。前翅の先がやや尖っているのが特徴です。
 

神社まで残り少し、頑張って登り漸く到着です。神社付近は浅間山と云い、富士浅間又は琴平社などと呼ばれていたが、1870(M3)年に羽村神社と改称されています。創建不詳、祭神:木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、火産霊神(ほむすびのかみ)、大国主命(おおくにぬしのみこと)、崇徳天皇(すとくてんのう)、所在:羽村市羽743。鳥居は明神鳥居です。
 

神社のフェンス脇にカタツムリが居ました。カタツムリ(蝸牛)は陸に棲む巻貝の通称で、特にその中でも有肺類のうちの殻が細長くないものを言う場合が多い。此処にいた種類はミスジマイマイ(三条蝸牛)で、有肺目オナジマイマイ科に分類されるカタツムリの一種。樹上性のカタツムリで関東地方南部から中部地方東部に分布する日本の固有種です。
 

神社の境内は多摩川が見渡せるビューウンドウで、右手が羽村方面、左に小作方面、本日最終地点の小作堰管理橋も左上に写っています。
 

帰りは下りで加速が付き、10分の下山でした。郷土博物館の右岸先は、遊歩道が無いので小作堰管理橋へは左岸の取材を兼ねて羽村堰下橋から廻り込んで到着です。小作堰管理橋を紹介する前に右岸の八雲神社が在るので、其方を片付けます。友田地区に在り、友田八雲神社と呼ばれています。創建不詳、祭神:建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)、所在:青梅市友田町1-1031。此処もちょっとした山の中に在ります、鳥居は1985年(S60)奉納の神明鳥居です。
 

今回終着地点の『#47小作堰管理橋』と小作堰を紹介して終わります。
小作堰は多摩川橋の下流に造られた堰で、此処から取り入れられた多摩川の水は、沈殿池を経由して直径3.8mの地下導水管で8.4km離れた山口貯水池へ送られています。全長:133m、可動堰ゲート:5門、ゲート扉質量:70Ton、竣工:1980年(S55)。
 

小作堰の門扉操作室屋上に小鳥が止まっていました。セグロセキレイ(背黒鶺鴒)で、スズメ目セキレイ科に分類される鳥です。体長は20cm前後、ハクセキレイと略同じ大きさ。頭から肩、背にかけて濃い黒色で腹部が白色、胸部は黒色です。
 

 

 

小作堰管理橋は文字通り、小作堰の管理用に造られた橋で一般にも開放されていて、左岸:羽村市羽西、右岸:青梅市友田町に架かる人道専用の橋です。
 

 

 



名称:小作堰管理橋
構造種別:上路鋼単純桁
河口からの距離:56.2km
橋の長さ:193.1m
竣工:年(S53)





>>>後書き<<<
多摩川に在る堰は全部で9箇所であり、今回紹介した小作堰が9番目で最後(上流から最初の堰)になります。それにしても暑いですね、幸いな事に寺社の殆どは木立ちに囲まれていて地面からの照り返しも無く、思うよりも涼しい環境ですよ。次回は多摩川左岸の羽村堰下橋から多摩川橋までを紹介します。
7月2日に詰まった尿管結石、その後痛みも無く医者から出たら持って来るように言われていたが、11日に尿道に違和感があり此れは出るぞと思い、排尿時に茶漉しでキャッチしました。トゲトゲの結晶の塊で痛い筈だ!別名ブラウンシュガーと云うそうで、来週に再検が有るので成分分析して貰います。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/07/13(土) 02:30:00|
  2. 多摩川

Scene-36 多摩川左岸 『羽村堰下橋』


This best shot


今回は、多摩川左岸の永田橋から羽村堰下橋までの紹介ですが、寺社てんこ盛りです。永田橋の先に堰上明神社が在ります。創建は不詳。昔、多摩川の洪水の際にご神体が川岸に漂着し、其れを関上明神として祀った事が始まりとの事。本尊:不明、所在:福生市福生592。入口の鳥居は1924年(T13)奉納の神明鳥居、境内は広く鳥居も大きいが拝殿は小さな祠です。
 

堰上明神社前の通りを北上すると田村酒造が在ります。創業は1822年(文政5)、田村家九代目により造り酒屋を興している。秩父古生層の岩盤から湧き出る秩父奥多摩伏流水(酒造りに最適な中硬水)を井戸水として利用、此の水を「よき泉」として讃え、酒名を「嘉泉」と命名している。黒板塀に囲まれた敷地内に白塗りの蔵が建ち、風情がある景観ですね。丁度、団体さんが見学していたので一員に紛れて見学させて戴きましたが本当は、蔵の見学は10名以上で予約が必要です(ゴメンナサイ)。
 

蔵に建つ八角形の古い煙突が印象的です。此の煙突はフランス積みによるもので煉瓦のパターンが美しく、その後、明治中頃には煉瓦の積み方はイギリス積みが主流になったとされています。フランス積とは、一段に煉瓦の長手と小口を交互に積む方式で壁の表面には華麗な煉瓦パターンが出る。正式にはフランドル積みと云うそうです。片やイギリス積みとは、煉瓦を長手だけの段、小口だけの段と一段毎に積む方式です。此の煙突は蔵の建替え時にモニュメントとして残しており、現在は煙突としては機能していないそうで、黒い鉄枠は耐震補強用のものです。
 

蔵の一角にはショールームが在り、お酒の直売もしています。中に杉玉(すぎたま)が飾られていました。杉玉は杉の葉を集めて玉状にした造形物で、酒林(さかばやし)とも呼ばれています。日本酒の造り酒屋などの軒先に緑の杉玉を吊す事で、新酒が出来た事を知らせる役割を果たしている。今日では酒屋の看板の様に受け取られがちであるが、元々は酒の神に感謝を捧げるものであったとされています。
 

隣に臨済宗建長寺派の長徳寺が在ります。あきる野市の広徳寺の末寺で、長徳年間(995~998年)に創建されたと伝えられる。現在の本堂は1996年(H8)に新築されています。本尊:十一面観世音菩薩脇立像、山号:玉雲山、所在:福生市福生613。山門を入った裏手に綺麗な芍薬が咲いていました(6月初旬撮影)。右手に庫裡、正面が本堂。
 

 

 

玉川上水を挟んで東側に福生の神明社が在ります。ちょっと多摩川から離れていますが、福生では有名な神社ですので寄ります。福生神明社は1874年(M7)当時各町会に祀られていた五柱の神々と共に七祭神を合祀した神社です。祭神:天照皇大神(あまてらすおおかみ)、伊邪那岐神(いざなぎかみ)、伊邪那美神(いざなみかみ)、禰津波能賣神(につはのめのかみ)、豊宇気比賣神(とようけひめのかみ)、大山吭神(おおやまくびかみ)、菅原道真公(すがわらみちざねこう)、所在:福生市福生1081。参道は表参道と西参道に2箇所在り、鳥居は勿論神明鳥居1972年(S47奉納)。鳥居を潜ると左手に手水舎、右手に大きな緋紅梅(御神木)や枝垂れ梅が植えられています。実も成っていて誰も採らないのか地面に落ちています、勿体ない。自宅では今年も梅干し作り(南高梅3kg購入)を開始、梅雨明けに干して完成の予定です。
 

 

拝殿前に狛犬一対、目がクリクリしている可愛い狛犬です。天照皇大神を祀る神社であり、神紋(しんもん)は菊花紋(十六八重表菊)です。
 

 

 

西参道の横に合祀の稲荷神社、長澤稲荷が在ります。
 

多摩川方向に向かい、途中で奥多摩街道沿いに北進すると真言宗醍醐寺三宝院派の修験寺、永昌院(えいしょういん)が在ります。創建不詳、山号:葦桁山、本尊:不動明王像、所在:福生市福生1791。
 

 

右手の新奥多摩街道沿いに天満宮が在ります。江戸時代以前より、此の地区の天神講によって祠が祀られている。別当寺は宝蔵院。祭神:菅原道真(すがわらみちざね)、所在:福生市加美平3-38。入口の鳥居は明神鳥居。
 

北に少し進むと宗禅寺が在ります。五日市町の広徳寺を本寺とする臨済宗建長寺派のお寺で、1615年(元和1)村民により建立されたもので、玉川上水工事の為に1695年(元禄8)に現在地に移転している。山門は鐘楼が付いている鐘楼門ですね。山号:医王山、本尊:釈迦如来坐像、所在:羽村市川崎2-8-20。
 

本堂屋根の飾り瓦に鴟尾(しび)でなく鳩が飾られています、一瞬本物の鳩かと思った。薬師堂は寺伝によると、1583年(天正11)に多摩川を流れてきた1本の流木で造立された、「一本木堂」と称した堂で、羽村市の指定有形文化財です。
 

 

新奥多摩街道を進み多摩川に戻る途中に児魂神社が在ります。創建不詳、住人により建てられた祠が始まりで、1873年(M6)に神明神社境外末社児魂神社に改称されている。祭神:草野姫命(かやのひめのみこと)、伊邪那伎命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、速秋津彦命(はやあきつひこのみこと)、速伊佐那美命(はやいざなみのみこと)、所在:羽村市川崎4-7。
 

多摩川に戻る途中に羽村堰から引かれた玉川上水が流れています。一部飲用として利用している位なので水質は透明で綺麗です。流れは小平、三鷹を経由して新宿の四谷大木戸まで約43km続いています(羽村堰は次回に紹介します)。
 

玉川上水脇の遊歩道を進んで行くと羽村導水ポンプ所受変電所や活性炭注入設備の設置工事現場が有ります。説明板によると、羽村導水ポンプ所乾燥粉末活性炭注入設備(正式名)により小作浄水場に送る水を美味しくするとの事で、今年の8月末完成予定。其の先に玉川上水第3水門が在り、此処から村山・山口貯水池へ送られます。
 

 

羽村堰入り口付近に大きい貯水槽が立っています、銘鈑を読むと羽村小作間(小作浄水場向け)の送水用加圧調整タンクで、小作浄水場送水管に繋がっています。
 

羽村堰入り口付近から多摩川の遊歩道に合流し、羽村堰下橋手前に羽村排水樋管が在ります。
 

排水樋管の先が『#46羽村堰下橋』です。羽村堰下橋は多摩川左岸の羽村市羽東2丁目と右岸の羽村市羽との間に架かる人専用の橋です。羽村右岸から対岸に在る羽村市郷土博物館へ行く際に利用されていますが、実際の架橋理由は不明です。
 

 

 



名称:羽村堰下橋
構造種別:上路3径間連続+単純桁
河口からの距離:53.6 km
橋の長さ:267 m
竣工:1979年(S54)






JR羽村駅前の五ノ神神社内に、冒頭Best Shotに載せた、まいまいず井戸が在りますので寄ってから今回のScene-36を終わりにします。駅に向かう途中に臨済宗建長寺派の禅林寺が在ります。天明の大飢餓の際に羽村周辺の名主達が困窮する農民の生活を守る為、食料を買い占めていた富商を襲った一揆を正義の行動だと讃えて建てたとの事。名作『大菩薩峠』の著者として知られる、中里介山の菩提寺でもある。山号:東谷山、本尊:千手観音像、所在:羽村市羽東3-16-23。
 

 

駅へ向かうお寺坂の中程左手に、「馬の水飲み場跡」と云う史跡案内板が立っていました。解説を読むと、此の辺りは畑が段丘の上に在り、此の坂に苦労し肥料や収穫物を運搬する際に馬車に頼っており、急な坂を上った処に水飲み場を造り、馬を労わったとの事。うん、良い話だ!?
 

 

水飲み場の上に稲荷神社が在ります。羽東の鎮守で江戸時代は段丘下に鎮座していたが1906年(M39)に現在地に移されている。祭神:宇迦之御魂之神(うかのみたまのみこと)、建速素戔男尊(たてはやすさのおのみこと)、玉祖命(たまのおやのみこと)、所在:羽村市羽東2-14。神明鳥居の左柱におっさんが休憩中で、中々動こうとしない、暫く時間を潰したがダメで其の儘パチリです。鳥居右に手水舎、正面が拝殿と本殿です。
 

 

 

本日の最終地点になるJR羽村駅前の五ノ神神社に到着。五ノ神社は熊野五社大権現を祀ったもので、阿蘇神社と同じく601年(推古天皇9)の創建と伝えられている。神明鳥居の右に稲荷神社、左側に八雲神社が祀られ、正面が拝殿。
 

 

神社境内に、東京都指定史跡の「まいまいず井戸」が在ります。此の種の井戸はScene-22に於いて府中郷土の森博物館の中に想定復元されていた物を紹介しましたが、此の井戸は町営水道が開設された1960年(S35)まで実際に使用されていた物で、鎌倉時代に造られたと推定されている。何故、こんな形で掘られているかと云うと、武蔵野大地は表面地盤が脆弱な砂礫層であり縦穴が上手く掘れない為、硬い地盤の箇所まで渦巻傾斜で1次的に掘り、其処から縦穴井戸を掘っています。
 



>>>後書き<<<
先週、梅雨が明けた途端に35℃超えの猛暑、今年の夏は暑そうですね。熱中症になる人も増えていて、水分補給と適当な発汗が必要ですよ。
今年も自家製梅干しにチャレンジ。手間がいらない塩分18%ものですが、良い塩梅で出来上がりました。遡上取材の時にも持っていこう、それから木陰での休息などを細目に捕り、熱中症には注意します。
次回は多摩川右岸の羽村大橋から小作堰管理橋までを紹介します。
 

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/07/09(火) 03:00:00|
  2. 多摩川

Scene-35 多摩川右岸 『羽村大橋』


This best shot


今回は、多摩川右岸の多摩橋から羽村大橋までの紹介ですが、ターゲットが自宅から段々と遠くなってきます。因みに自宅から今回のスタート地点の多摩橋までは約20km有り、車体が重いマウンテンバイク(18kg)では往復に3時間以上を費やす事になり、体力的に辛い事と時間的なムダが発生します。其処で電車との併用で効率的に取材する事にしました。先ず電車に載せて移動するには現行チャリ18kgは大きくて重いので、小型軽量折り畳み自転車(13kg)を調達。普通に折り畳むとLWH(85,40,70cm)で抱えて携行するには未だ大き過ぎる。折り方を色々と試した結果、ハンドルだけ折り、サドルと前輪、そしてペダルを取り外し縦置きにするとLWH(50,20,140cm)で良い感じになりました。後は電車に載せる場合、全体が覆われていないとダメなので輪行バッグの調達です。ピッタリのサイズが無く、大き目を購入して真ん中から切断して2分割に縫製しました。写真は携行(チョット薄いゴルフバック的な感じで改札も抱えて楽々通過可能)から組立までの手順で、約20分掛かりました。
 

 

と云う事で本日のスタートはJR福生駅、車内が混む時間帯を避けて6:30に到着。多摩橋から永田橋までは見処が無いのでスルーして永田橋までの約1kmを軽快に走行、楽ちんです。永田橋付近は河原に出られますので、多摩川を覗いて見ます。セセリチョウが飛んでいます、キマダラセセリ(黄斑挵)はチョウ目(鱗翅目)セセリチョウ上科セセリチョウ科に属するチョウの一種で、オレンジ色に褐色の斑模様を持つ蝶です。河川敷でよく見られ、あまり市街地には現れず音を立てながらすばやく飛び、花によく集まり湿地で吸水します。
 

近くに湿地が在りハグロトンボも黒い羽をひらひらと蝶々の様に優雅に飛んでいます。ハグロトンボ(羽黒蜻蛉)はカワトンボ科のトンボで別名ホソホソトンボとも呼ばれている。成虫の体長は6cm前後でトンボとしてはやや大型。雌の方が雄より若干大きい。翅が黒いのが特徴で斑紋はなく、雄は体色が全体的に黒く緑色の金属光沢があるのに対し、雌は黒褐色である。翅の色が昔の「お歯黒」に似ているので、「おはぐろトンボ」と呼ばれたことが名前の由来です。
 

 

 

川の中では川鵜が数羽、餌探し後に濡れた羽を乾燥中です。
 

永田橋の先、北西側に寺社が4箇所程在るので寄ります。先ずは、臨済宗建長寺派の慈勝寺(じしょうじ)です。1188年(文治4)の創建で、境内にはモッコク(都指定)とタブノキ(あきる野市指定天然記念物)が聳えています。タブノキはクスノキ科の常緑高木で、此処のタブノキは樹高21m、幹回り4.8mの見事な大きさです。山号:福壽山、本尊:聖観世音菩薩像、所在:あきる野市草花1811。山門の右手に鐘楼台が在り、正面に本堂、右手が庫裡、本堂の真後ろに見える木がタブノキです。本堂の花頭窓、さり気なく木目をシンメトリーに配置して良い造りですね。
 

 

 

 

慈勝寺の手前左側の山裾に稲荷利神社が在ります、鹿島鳥居と大き目の祠が在るだけの神社です。祭神:宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、所在:あきる野市草花1790。
 

西側に少し歩くと草花(くさばな)神社が在ります。建立不詳であるが、1869年(M2)まで草花1476番地の平地に十二天社と称して鎮座していたが焼失し、1874年(M7)に現在地に再建されています。本尊:伊邪那岐尊(いざなぎのみこと)外五柱。所在:あきる野市草花1787。参道入口の鳥居は1919年(T8)奉納の神明鳥居。本殿までは石段が続きますが昔の造りで段差も幅もバラバラで上り難く、疲れるし、下りは手摺が無いと転げ落ちそうです。
 

途中に昔に奉納された狛犬が在りますが、顔が崩壊状態。石段を上がりきった場所に1987年(S62)奉納の新しい狛犬が居ます。
 

 

本殿前に在る手水舎の手水石は1882年(M15)建立の古いものです。
 

石段をゆっくりと降り、左手北100m程先に真言宗豊山派の花蔵院が在ります。1263年(弘長3)の創建と云う歴史のあるお寺です。本尊:不動明王像、山号:草花山、所在:あきる野市草花1740。
 

山門は1997年(H9)に解体修理された際に拳鼻の裏面に墨書が発見され、建立が1713年(正徳3)である事が判明しており、あきる野市の指定文化財になっています。
 

多摩川に戻り、遊歩道沿いに遡上します。歩道脇に水神宮が在ります。小さな祠のみが建つ神社です。祭神:美都波能女命(みずはのめのかみ)、所在:あきる野市草花3670付近。
 

本日終着地点の『#45羽村大橋』に到着です。羽村大橋は都道250号あきる野羽村線が通り、多摩川右岸のあきる野市と左岸の羽村市に架かる橋です。
 

 

 



名称:羽村大橋
構造種別:上路4径間連続PC箱桁
河口からの距離:53.2km
橋の長さ:547.3 m
竣工:1974年(S49)





>>>おまけ<<<
今回も見処が少なかったので、恒例のオマケ作戦を始めます。今の時季、鮎の遡上がピークであり、自宅近くの堰でも沢山の鮎が見られます。と云う事で今回のオマケは鮎がテーマです。
東京都島しょ農林水産総合センターによる平成25年の多摩川アユ遡上数調査報告による推定では、約645万尾で降雨量の減少が理由で前年の約半分の遡上数になっているが、依然として高水準の遡上との事です。
鮎が多いと云う事は、其れを目的に飛来する野鳥も多く、シラサギやオオサギも増えています。以下、堰下における鷺の鮎捕食百態をどうぞ。
 

 

 

 

 

堰には魚道も有るのですが1箇所しかない為、魚道に辿り着けなかった鮎達は堰下で頻繁にジャンプしては流される事を繰り返します。其のうち、魚道へ辿り着くから頑張れ!ところで鮎は何故遡上するか判りますか?水質が綺麗で藻類がよく生育する中流域を目指すそうで、秋の産卵期には下流に戻り産卵して一生を終えます。
 

鮎のジャンプ力、凄いですね!堰脇の土砂排出路と川面との段差30cm程度は楽々と越えます。但し、此処も行き止まりであり、堰の下ではパニック状態で飛び跳ねています。其の場所を見つけたシラサギが飛んで来て、簡単に空中で捕食、お前さんチョットずるいぞ!!
 

 

こんなに簡単にアユが捕れるなら誰もが真似したくなりますよね。此れを見ていた近くに営巣するカラスが早速、真似をしていました。元々カラスは頭が良く、何でも覚えるのでこんな芸当は朝飯前だとさ。
 


>>>後書き<<<
青梅線にチャリを携行しての遡上取材、電車が空いている早朝の出発なので眠いけど、座っていけるし楽々ですよ。時間に余裕があれば河川の木陰で昼寝、皆さん仕事しているのに申し訳ない(社交辞令ですよ、えへへ)。
日曜日に軽度の血尿発生、腰が重く15年前に発症した尿管結石と同じ感じ、痛みは軽く日曜日でもあり其の儘就寝。翌日は痛みも無く血尿も止まり、石が出たと思っていたが火曜日に再発、今度は痛みが強く市民病院で受診して貰った(待ち時間が長く痛いよ~)。血尿反応有、レントゲンで薄っすらと影、CTで再検査した結果、左尿管に3mm程の結石を確認。頓服と座薬を処方して貰い帰宅。現在は痛みも無く、石の出待ち状態です。
現在、多摩川の鮎が遡上ピークです、昔は釣りをした事も有り竿も残っているので今度、釣りに出掛けてみるかな、エサは何が良いのかな?
次回は多摩川左岸の永田橋から羽村堰下橋までを紹介します。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/07/04(木) 03:00:00|
  2. 多摩川

最新記事

カテゴリ

多摩川 (62)
多摩川に架かる橋--095 (1)
隅田川 (18)
隅田川に架かる橋--040 (1)
荒川 (59)
荒川に架かる橋----116 (1)
浅川 (14)
浅川に架かる橋----057 (1)
南浅川 (7)
南浅川に架かる橋--036 (1)
江戸川 (21)
江戸川に架かる橋--041 (1)
神田川 (18)
神田川に架かる橋--153 (1)
秋川 (15)
秋川に架かる橋----067 (1)
北秋川 (5)
北秋川に架かる橋--020 (1)
鶴見川 (21)
鶴見川に架かる橋--123 (1)
恩田川 (7)
恩田川に架かる橋--048 (1)
野川 (15)
野川に架かる橋----107 (1)
日本橋川 (5)
日本橋川に架かる橋031 (1)
相模川 (35)
相模川に架かる橋--159 (1)
玉川上水 (18)
玉川上水に架かる橋150 (1)
石神井川 (20)
石神井川に架かる橋179 (1)
入間川 (23)
入間川に架かる橋--109 (1)
高麗川 (6)
台湾-台北 (1)
ベトナム-ハノイ (2)
札幌雪まつり (2)
小樽 (1)
加茂水族館 (1)
弥彦温泉 (1)
寶川温泉 (1)
那須塩原温泉 (1)
日光 (2)
袋田の滝 (1)
秩父 (5)
川越 (2)
名栗渓谷鳥居観音 (1)
奥多摩 (2)
やまなみ五湖 (1)
忍野八海 (1)
鎌倉 (1)
横須賀港 (1)
三浦海岸 (1)
真鶴 (2)
伊東城ケ崎海岸 (1)
河津町 (1)
京都・奈良 (3)
大阪-関空と四天王寺 (1)
新宿御苑 (1)
三鷹国立天文台 (1)
神代植物公園 (2)
府中郷土の森博物館 (2)
昭和記念公園 (1)
川崎市立日本民家園 (1)
入間基地航空祭 (1)
横田基地日米友好祭 (2)
厚木基地日米親善春まつり (1)
その他 (8)

月別アーカイブ

カレンダー

06 | 2013/07 | 08
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

天気予報

東京の天気予報

東京の天気予報
-天気- -FC2-

検索フォーム

QRコード

QR

FC2カウンター

ご訪問 ありがとうございます。   リンクフリーです。