ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-27 多摩川右岸 『多摩大橋』


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今回は、多摩川右岸の中央自動車道多摩川橋から多摩大橋までの約6km区間の紹介です。
多摩川には水位観測の場所が何箇所か在り、テレメータ測定による自動式や監視カメラによる半自動式などが在ります。中央道多摩川橋の上流には目視確認用の水位基準(黄色の梯子状の物)が河川敷内に立っています。前回紹介の日野橋を通過、土手沿いには高層マンション(アクアコート)が並んでいるだけで見処は在りません。
 

河原にはススキに似た小ぶりな白色の穂が畝っています、チガヤ(茅・茅萱)です。イネ科チガヤ属の植物で、細い葉を一面に立てた群落を作り白い穂を出す多年生の草。地下にしっかりした茎を伸ばすので厄介な雑草であるが、風が吹くと白い穂が波の様に揺れ動き綺麗です。唯、写真を撮りに群落の中に入った後でズボンに白い穂がびっしりと、へばりつき取るのが大変でした。
 

立日橋手前に日野排水樋管と日野渡し跡が在りました。日野の渡しは江戸時代、貞享元年から日野宿と府中宿を結ぶ正式な渡しとして使われ続け、1926年(T15)に日野橋が架橋された事で渡船は廃止されている。対岸の立川方向を見ると赤白の電波塔が見えます、NTT立川ビルの上に立つNTT電波塔です。
 

 

JR日野駅方向に神社仏閣が集まっていますので寄ります。先ずは土淵山観音院普門寺、普門寺は真言宗智山派で高幡山明王院金剛寺の末寺に属していたお寺で八坂神社の別当寺でした。創建は室町時代初め1398年(応永5)と伝えられている。入って右手に日野市の有形文化財に指定されている観音堂、突当りが本堂。本堂の右に樹齢150年の赤松が在ります。多摩八十八か所霊場:第八十四番札所、所在:日野市日野本町7-5-19。
 

 

南側に大昌寺、大昌寺は浄土宗知恩院末のお寺で、1602年(慶長7)に開山。山号:三鷲山、院号:鶴樹院、本尊:阿弥陀如来、所在:日野市日野本町2-12-13。本堂の屋根、美しいサイクロイド曲線です。
此の曲線は雨が屋根の上にいる時間が最小になるように出来ています。庭園には牡丹や石楠花の花が咲いています。
 

 

西側の日野駅前に臨済宗建長寺派の宝泉禅寺、創建は元徳年間1330年頃。山門は六脚檜造りで1853年(嘉永6)に建てられている。本堂は木造入母屋造りで2001年(H13)に再建された綺麗な造りです。山号:如意山、本尊:釈迦如来三尊像(左脇侍-文殊菩薩、右脇侍-普賢菩薩)、所在:日野市日野本町3-6-9。
 

 

本堂の火灯窓も綺麗です。火灯窓・花頭窓(かとうまど)は、日本の寺社や城郭建築に見られる、上枠を火炎形(火灯曲線)又は花形(花頭曲線)に造った特殊な窓です。
 

多摩川方向に100m程戻ると八坂神社が在ります、創建年代は不詳。多摩川の淵から拾い上げられた牛頭天王像を勧請し祠を建てたのが八坂神社の始まりと云われている。祭神:素盞嗚尊(すさのおのみこと)、本殿は1800年(寛政12)に造られ日野市の文化財に指定され、現在は覆屋で保護されている。所在:日野市日野本町3-14-12。入口の鳥居は1923年(T12)建立の明神鳥居。狛犬は1915年(T4)の奉納刻み在り。
 

 

さらに多摩川方向へ100m程進むと欣浄寺(ごんじょうじ)が在ります。八王子市大善寺の末寺で、浄土宗である。1620年(元和6)に硯伝という僧が草庵を結び、次いで1644年(正保1)に増上寺の長老超誉が中興開山したとされている。本堂は1929年(S4)に再建。山号:嶺北山、院号:硯伝院、本尊:阿弥陀如来木像、所在:日野市日野本町4-16-17。
 

南西100m、中央本線を渡った所に真言宗智山派の薬王院が在ります。創建は明らかでは無いが、1606年(慶長11)に僧覚心が中興開山したという記録あり、日野宮権現の別当寺でした。本尊:大日如来像、所在:日野市栄町1-32-2。庭園には白や桃色の芍薬が満開です。
 

 

多摩川に戻ります。中央本線橋梁の先に栄町排水樋管在り。100m程先の多摩川支流の谷地川沿いに日野宮神社が在ります。日野宮神社の創建は不詳、祭神:天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)、高魂尊(たかみむすぴのみこと)、日奉宗頼(ひまつりむねより)、日奉宗忠(ひまつりむねただ)、所在:日野市栄町2-27-19。
 

 


日野宮のうなぎ伝説
日野宮がある四ツ谷地区には「うなぎ」を食べてはいけないという習慣が伝えられている。その理由は、近くを流れる多摩川が洪水を起こしそうになった時、うなぎが堤に出来た穴を埋めて防いでくれたとか、日野宮へ遍座されている虚空蔵菩薩(本地仏)の召使いがうなぎであるからとの事。(案内板より)




西へ400m進むと東光寺が在ります。天台宗の寺院で円通寺(八王子市高月町)の末寺で1588年(天正16)に僧永海が中興建立。現在の本堂は1794年(寛政6)に建立された古いものです。山号:万照山、院号:成就院、本尊:阿弥陀如来坐像、所在:日野市栄町5-5-1。阿弥陀堂前には仁王像、右奥にぼけ封じ観音と云う珍しい像が立っています。
 

 

 


多摩川に戻り遡上を再開。多摩大橋の手前に八王子排水樋管が在ります。









本日終着地点の『#37多摩大橋』に到着です。多摩大橋は昭島市と八王子市間の主要地方道八王子武蔵村山線(59号)が多摩川を渡る橋で、1966年(S41)に架橋されたが歩道が無い為、2007年(H19)に上流側にアーチ形の新橋を架橋。旧橋に歩道増設及び補強工事を2020年(H22)に実施し、旧橋の車線は八王子方面専用、新橋の車線は昭島方面専用で運用されている。旧橋は9径間単純鋼床版鋼箱桁橋。
 

 

 

 


    名称:多摩大橋(新橋)
    構造種別:7径間連続PC床版鋼箱桁+
    主径間補剛アーチ橋
    河口からの距離:43.7km
    橋の長さ:461.1m
    竣工:2007年(H19)新橋完成
    旧橋補強:2020年(H22)完了




>>>後書き<<<
普段よりも一足早く夏の気配を感じる季節になり、少し動き回るだけで汗ばんで良いダイエットになります。
次回は多摩川左岸のJR中央本線橋梁からJR八高線橋梁までの紹介で、多摩川の風景がより一層と自然さを増して来ますよ。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/05/27(月) 00:02:00|
  2. 多摩川

Scene-26 多摩川左岸 『日野橋、立日橋、中央本線橋梁』


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今回は、多摩川左岸の石田大橋から日野橋、立日橋(たっぴばし)、そしてJR中央本線橋梁までの約4km区間の紹介になります。石田大橋から直ぐ右の土手沿いに2011年(H23)11月Openのサンフジ企画が運営するスーパー銭湯「湯楽の里」が在り、駐車場は一杯なので結構人が入っている様です。天候が良ければ富士山を望みながら露天風呂に浸かることが出来るそうです。利用料金:平日¥800、土・祝日¥900、所在:国立市谷保3143-1。直ぐ前方には前回紹介の中央自動車道多摩川橋が見えます。
 

中央自動車道多摩川橋を潜った先の遊歩道に車止めの柵が在り、サイクリングしている人は全て右折して行きます。歩いて行けそうな道も在りますが地図で確認すると、其の先に在る青柳段丘崖により行く手が遮られています。成程そういう事か、地図では根川緑道と云うサイクリングコースが迂回路として載っていますので其方を廻ります。途中に青柳神社が在りますが改築中でした。
 

少し先に緑川排水樋管が在り、府中用水と繋がっています。サイクリングコースがT字路として左折する場所に貝殻坂の碑在り。此の辺りの地中から蛤などの貝殻が多く出てくる事から名付けられたそうです。T字路を左折すると吊り橋をイメージした橋が架かっています、根川貝殻坂橋です。木造で味のある風情で暫く眺めていたい感じになります。
 

 

此の橋から多摩川と並行する形で1.3km続くのが根川緑道で、水は湧き水で凄く綺麗です。両脇が木立に覆われていて川岸にも草が生い茂り、彼方此方にカルガモがいます。中洲の茂みの中では雌が抱卵中で、もうすぐ子ガモの姿も見られそうです。
 

 

途中の多摩モノレール(芝崎体育館駅)高架を潜り200m先が根川の始点である湧き水地点ですので、序に寄ります。
 

此処にもカルガモがいます。湧き水手前は、少し深い溜りになっていて鯉が集まっています。野鯉に錦鯉(落ち葉しぐれ、茶鯉、白写り)色々といますが、あれれ!人面魚もいました。実は孔雀と云う種類の鯉は顔が人面魚みたいな模様になるそうで、探して見ると日本中の彼方此方に人面魚がいるそうです。少しガッカリだね。
 

 

綺麗な小川に見惚れて根川の源流まで来てしまいました、新奥多摩街道で日野橋方向へ戻ります。
根川と多摩川の間には立川公園陸上競技場や野球場が在り、途中に立川市の錦町下水処理場が在ります。此の処理場では汚水処理(流入BOD200~250を平均BOD6に浄化放流)だけではなく、汚泥焼却(年間500ton)も実施しています。所在:立川市錦町5-20-25。
 

『#34日野橋』に到着です。日野橋は多摩川に架かる都道256号八王子国立線が通る橋で左岸が立川市、右岸が日野市になります。
 

 

 



名称:日野橋
構造種別:上路鋼単純I桁
河口からの距離:39.9km
橋の長さ:410m
竣工:1926年(T15)





日野橋を潜った先に土管、タイヤ、ドラム缶などのガラクタで造られたバイクトライアルの練習場が在ります。Bike trialとは、岩場等の障害物を自転車に乗ったまま足を着けない様に越えて行く競技です。
少し進むと先程の錦町下水処理場からの放流口でもある錦町排水樋管が在ります。
 

残堀川が合流する先に『#35立日橋』が架かっています。立日橋は多摩都市モノレール建設の為、1989年(H1)に道路橋部分(都道149号立川日野線)が先行して開通し、その後2000年(H12)に多摩モノレールが開業し、道路橋上にモノレール部分が開通しています。左岸が立川市、右岸が日野市になります。
 

 

 



名称:立日橋
構造種別:上路鋼3・4径間連続箱桁
河口からの距離:40.4km
橋の長さ:417m
竣工:1989年(S64)





立日橋から中央本線橋梁までは見処が無いのでスルーします。
『#35 JR中央本線多摩川橋梁』は立川市と日野市の境界にある多摩川に架かる東日本旅客鉄道の鉄道橋で、昔の甲武鉄道(現在の中央本線)の立川駅から八王子駅の延長工事に伴って1889年(M22)に完成している。竣工時は単線用の橋梁であったが、1937年(S12)に立川駅から豊田駅間の複線化に伴い、当初の橋梁を上り線用とし、下流側に下り線用の橋梁を新たに架設している。上り線用の橋脚は、一部コンクリート造に変えられてはいるが、明治時代に造られた煉瓦製の楕円形橋脚が現在も残っている。下の左岸上流の写真中にも見られます。
 

 

 



名称:JR中央本線多摩川橋梁
構造種別:上路鋼単純単線桁
河口からの距離:41.3km
橋の長さ:440m
竣工:上り線:1889年(M22)、下り線:1937年(S12)





此処から北200m程の場所に臨済宗建長寺派普濟寺が在り、立川市で唯一の国宝(美術品考古資料)が見られますので寄ります。開山は1335年(文和2)で寺社名の普は「あまねく」、済は「すくう」という意味があり、全ての人々を救済すると云う大乗佛教の教えを示す名称として付けられたとの事。本尊:聖観世音菩薩像、所在:立川市柴崎町4-20-46。
普濟寺の入り口に鎮座している灯篭、デカイです。高さ7m、重量20tonもあります。参道正面に澄心閣と云う楼門、称号の澄心閣は三笠宮殿下の命名によるもので階上には聖徳太子尊像が奉られています。
 

楼門左に閻魔堂、右手に1691年(元禄4)鋳造の鐘楼が在り、楼門後ろが寺務所(社務所)です。
 

 

寺務所の隣の純木造本瓦葺入母屋造りの建物が本堂の常照殿。
 

常照殿の裏側に廻り込んだ場所に六面石幢(ろくめんせきどう)覆屋が在り、中には国宝である六面石幢が保存されています。石幢は塔婆の一種で1361年(延文6)に造られており、緑泥片岩の板材6面を組み合わせ上部に笠石と宝珠が重ねられています。各面には精緻な四天王及び金剛力士像が薄肉彫りされていて、1913年(T2)に美術品考古資料部門の国宝(指定No.00014)として登録されています。因みに都内に在る国宝は建築物2件、美術品274件です。
 

 

1954年(S29)に風化による劣化から保護する為に覆屋が設けられ、硝子越しに見る事が出来ますが硝子と格子が邪魔で全体の撮影は不可能です。但し、レプリカが立川市歴史民俗資料館に展示されていますので帰りに寄ってみます。
石幢を撮影していると何やってんの~と、柵に茶色のバッタが飛んで来ました。ツチイナゴ(土蝗、土稲子)です、バッタ目イナゴ科に分類されるバッタの1種で、全身褐色で細かい毛が生え背中には黄白色の線が頭部から尾部まで走っていて、複眼の下に泣いている様な黒い線、胸部の側面にも黒い縦縞があるのが特徴です。本堂の裏には綺麗な庭園が在ります。
 

歴史民俗資料館へ行く途中に立川諏訪神社が在ったので序に寄ります。811年(弘仁2)に信州諏訪大神を勧請、祭神:建御名方神(たけみなかたのかみ)。八幡神社、祭神:誉田別神(ほんだわけのかみ)と、稲荷神社、祭神:宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を合祀している。3社殿は1994年(H6)に焼失し、現在の諏訪神社・八幡神社・稲荷神社本殿は2002年(H14)に再建されています。所在:立川市柴崎町1-5-15。参道は東西南北に在り、表参道の鳥居は1963年(S38)建之の明神鳥居。狛犬は1991年(H3)建立のもの。
 

 

表参道に正対するのが隋身門、左に手水舎、正面拝殿前の狛犬は2000年(H12)建立の新しいもの。
 

 

東参道と北参道にも鳥居在り、末社は疱瘡神社、日吉神社、金比羅神社、浅間神社の4社。その隣に目の神様と云う珍しい末社?が在りました。
 

 

残堀川沿いに進んで行くと農林総合研究センターの敷地沿いに凄く綺麗な花が咲いています。ムギセンノウ(麦仙翁)ナデシコ科の一年草で、別名はアグロステンマ、ムギナデシコです。明治初期に日本に原産地ヨーロッパから渡来、葉は細長く麦に例えられ薄い紫や白の花が咲きます。
それからモクシュンギク(木春菊)、別名マーガレットのほうが判り易いですね。一見、野菊に似ていますが野菊は秋に咲く花。隣にサルビアに似た赤い花、シソ科のチェリーセージです。アメリカ南部・メキシコに分布する低木性のサルビアで、葉は軽くもむと甘いフルーツのような香りを放ち、ハーブティーやポプリに利用出来ます。
 

 

農林総合研究センター隣の立川市歴史民俗資料館に到着です。資料館がある土地は、此の地に400年に亘って暮らしてきた井上家から、市の文化財保護に活用して欲しいとの厚意により寄贈されたもので、1985年(S60)に開館。井上家が代々使っていた江戸時代の土蔵は今でも敷地に在ります。入館料:無料、休日:月曜日、所在:立川市富士見町3-12-34。
展示室入口に六面石幢のレプリカが在ります、他にも古代縄文時代の発掘品、中世の板碑、現在の立川を時系列で紹介した内容、養蚕と機織りの道具等が展示されています。
 

 

六面石幢に刻まれている守護神は四天王と仁王で、左から増長天、広目天、多聞天、持国天、吽金剛、阿金剛です。


隣にお寺が在りましたので序に紹介します。
 


臨済宗建長寺派の紫雲山常楽院。以前は阿弥陀院と称し、1570年の戦国時代から当地に存在。
法隆寺の伝統工法を取り入れた木目の美しいケヤキ造りで、免震構造になっています。
所在:立川市富士見町3-12-4。






常楽院から西100m先に在るのが昭島稲荷神社です。
 


天文年間(1532~55)の創建。祭神:倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、本殿は1615年(S1)に再建。鳥居は両部鳥居。
所在:昭島市郷地町1-12-1。







>>>後書き<<<
今回で中央本線橋梁まで来ましたので、多摩川河口から遡上して一次目標の奥多摩湖まで約半分が終わり。このペースだと10月末には多摩川編が完了する見込みで良い感じで遡上しています。
次回は多摩川右岸の中央道多摩川橋から多摩大橋までの紹介になります。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/05/22(水) 00:03:00|
  2. 多摩川

Scene-25 多摩川右岸 『中央道多摩川橋』


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今回は、多摩川右岸の府中四谷橋から中央道多摩川橋までの紹介です。
府中四谷橋の上流付近に野鳥が数羽、休んでいます、定番のアオサギとシラサギです。川鵜も水中で餌探しで引切り無しに潜水を繰り返しています。川鵜は最近、生息数が増えた様で群馬県では放流したアユが数百羽の川鵜の集団に捕食され、年間の漁業被害が2億円を超えるとの報道も有りました。因みに全国的規模での被害は軽く100億円を超えるそうで、ビックリですね。多摩川はそんなに魚影も濃くは無く、民家も近いので自分が見た範囲では最大で30羽程度です。
 

 

土手には緑の絨毯、シロツメクサの群生です。シロツメクサ(白詰草)は、マメ科シャジクソウ属の多年草でクローバーと云う名前のほうが一般的ですね。原産地はヨーロッパで、帰化植物。名前の由来はオランダから献上されたガラス製品の包装用緩衝材として詰められていた事からだそうです。
それからハルジオンも満開、間近で見ると綺麗ですね。近くにオオバコに似たひょろ長い雑草、ヘラオオバコでした。ヘラオオバコ(箆大葉子)はオオバコ科オオバコ属の植物でヨーロッパ原産の帰化植物。ヨーロッパではハーブとして食用や薬用に利用されているが、日本では生態系被害が懸念される事から環境省指定の要注意外来生物類に指定されている。
 

 

府中四谷橋から400m程進むと、段々と多摩川から離れていきます。支流の程久保川が障害物となって進むからで、此れは100m先に小さな橋が在り簡単にクリア出来ましたが、少し進むと河口から37K地点で今度は浅川がハザードになっています。此れは1.5km程先の新井橋まで進まないと浅川がクリア出来ません、徒歩だと豪いロスですがチャリなので楽勝。新井橋まで行き、Uターンします。

 

序に浅川を紹介します。多摩川の支流であり同じ一級河川扱いになり、八王子市と相模原市の境にある陣馬山(857m)を水源として東へ流れて日野市落川辺りで多摩川に合流、流路距離は約30km。自然環境保護の観点から、護岸はコンクリートで固めずにヨシなどの植物によって水の勢いを抑えて水質を浄化する取り組みが見られる。此処にも河口(多摩川)から距離ポストが設置されています。浅川右岸から後ろを振り返ると府中四谷橋の斜張塔が見えます。
 

途中には農業用の灌漑用水圦樋が在ります、かなり古いが現役ぽっい圦樋です。新井橋は上り下りの中央に多摩モノレールが架けられている橋で、降雨で多摩川が濁っていると水の綺麗な浅川に逃げ込む現象が在り、此の橋の下で鮎が沢山釣れるそうです。
 

 

新井橋の右側に浅川水再生センターが在り、其の裏に石田寺が在るので寄ります。お寺の前の歩道脇にはヤグルマギク(矢車菊)が咲いています。キク科ヤグルマギク属の1種で、矢車草とも呼ばれるがユキノシタ科のヤグルマソウと混同する為、ヤグルマギクと呼ばれることが多い。ヨーロッパ原産の雑草で耐寒性一年生植物。
 

石田寺(せきでんじ)は真言宗愛宕山地蔵院のお寺で高幡山金剛寺の末寺。1544年(天文13)多摩川の大洪水で一体の観音像が石田に流れ着き、村人が廃寺になった堂跡に観音堂を建て安置したのが始まりとの事。多摩川沿いの神社仏閣を訪れていると此の様な言い伝えによる創建が多く半信半疑だったが、上流域沿いには神社仏閣が沢山在り多摩川が暴れ川でもある事から満更、嘘でもなさそうです。所在:日野市石田1-1-10。
山門を入って右手に御神木の太いカヤの木が在り、日野市の天然記念物にも指定されています。太さ4.5m、高さ26m、樹齢は400年以上との事。
山門左手が本堂、此の本堂と向かい合う場所に、北向きに建てられている事から北向観音とも呼ばれている十一面観音堂が在ります。
 

 

 

浅川と多摩川の合流点(多摩川右岸)に行きます。遊歩道の末端は柵止めが在り、管理限界標識が建っています。看板では此の辺りから多摩川は上流に成るそうです。
 

下流方向を眺めると府中四谷橋と東芝エレベータ研究塔(150m)が見えます。因みに世界最高のエレベータ研究塔は日立製作所の213m。
 

多摩川右岸遡上を再開します。途中に日野クリーンセンターが在ります。市内のゴミ処理の他にも宮城県女川町の災害廃棄物を昨年6月から今年の3月までの間、約900トンを処理しています。河川敷には高圧送電塔が立っていますが、送電ケーブルが直角に張られた塔が在ります。直角の張力が発生するので普通よりも強度のある太い丸支柱で組み立てられています。
 

日野クリーンセンターの隣に東京都下水道局の浅川水再生センターが在ります。此処での処理区域は、日野市の大部分と八王子市の一部で、流入BOD値230を2の値に浄化処理して根川を経て多摩川に放流されています。所在:日野市石田1-236。水再生センターの上には公園が造られていて市民に開放されています。公園からは浄化処理施設の増設工事現場が見え沈殿池の構造が判ります。工事完了後は隣と同じように上に公園が出来るのかは不明。
 

 

前回紹介の石田大橋を多摩モノレール方向に行くと神社が在るので寄ります、最初は石明神社。1597年(慶長2)の創建で、昔は石明社又は石大明神と云われていた。鳥居は1960年(S35)奉納の明神鳥居、祭神:猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)、所在:日野市石田2-11-13。
 

 

日野バイパスを挟んだ北側に八幡大神社があります、創建は不詳。隣接する田村山安養寺が別当。祭神:誉田別命(ほんだわけのみこと)、仁徳天皇(にんとくてんのう)、所在:日野市万願寺4-18-2。鳥居は1961年(S36)奉納の明神鳥居、狛犬は2002年(H14)の新しいものです。
 

 

隣に在るのが、先程の八幡神社の別当寺だった真言宗智山派の田村山安養寺です。総本山は智積院(ちしゃくいん)、本堂は1690年頃(元禄時代初期)の建立と伝えられているそうです。現在の本堂は1983年(S58)に改修復元。本尊:阿弥陀如来像、所在:日野市万願寺4-20-8。
 

本堂前に黄色のアメリカ系牡丹(たぶんゴールデンサンダー)です、ピークを過ぎていますが未だ綺麗に咲いています。
 

 

 

北200m先に臨済宗鎌倉建長寺末寺の青柳山萬福寺が在ります。1586年(天正14)に開山と云われている。本尊:薬師如来像、所在:日野市万願寺3-41-7。萬福寺には大賀ハスなど50種類が育てられていますが、蓮は7月の誕生花でもあり開花には未だ2ケ月程掛かります。鉢の中でメダカがスイスイと泳いでいました。
 

 

中央自動車道と多摩モノレールが交差する場所に万願寺稲荷神社が在ります。本殿はかなり古い造りですが創建不詳。祭神:倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、所在:日野市万願寺3-39。
 

本日終着地点の『#33中央自動車道多摩川橋』に到着です。中央自動車道多摩川橋は石川PAと国立府中IC間に在る、自動車専用の橋です。
 

 

 



名称:中央自動車道多摩川橋
構造種別:上路鋼3径間連続I桁
河口からの距離:39km
橋の長さ:428.3m
竣工:1966年(S41)





中央道多摩川橋から石田大橋の間が抜けましたので戻って紹介。石田大橋の上流に根川浄化施設と根川排水口が在ります。以上で今回分の紹介は終わりです。
 


>>>後書き<<<
今回は多摩川の支流が邪魔して、すんなりと遡上出来ず迂回、後戻りなど大変でした。携帯ナビが無かったら迷子になっていましたね。次回は多摩川左岸の石田大橋から日野橋、立日橋、そしてJR中央本線橋梁までの約4km区間の紹介になります。
テレビでトマトの味噌汁が美味しいと言っていたので試しました。結果、不味くは無いが美味いとも思わなかった。又、作るかと聞かれたら?多聞、作らないだろうね!

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/05/17(金) 01:05:00|
  2. 多摩川

Scene-24 多摩川左岸 『石田大橋』


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今回は、多摩川左岸の新関戸橋からスタートして石田大橋までの紹介です。新関戸橋を府中方向に400m程進んだ京王線中河原駅近くに神社が2箇所在るので寄ります、先ずは御嶽神社。創建年代は不詳。1870年(M3)に山王御嶽合社として村社列格。御岳大神と称したが1896年(M29)に御嶽神社と改称。2001年(H13)に社殿を新築。祭神:大阿奈牟知命(おおあなむちのみこと)、所在:府中市住吉町4-6。入口の明神鳥居は1936年(S11)の奉納の刻在り。
 

次に北西400m程進んだ処に間嶋(あいじま)神社が在ります。1830年(文政13)の創建らしい。祭神:不詳、所在:府中市住吉町3-71-2。鳥居は1987年(S62)奉納の金属製の明神鳥居。
 

多摩川に戻ります。京王線多摩川橋梁の先、四谷庭球場の角に一の宮渡し跡碑在り、此の渡しは1880年(M13)に開設。1937年(S12)に関戸橋が架けられるまで使用されていたそうです。右手にはデカい建物、キューピーの中河原工場です、此処ではマヨネーズとコンビニ等のおでん用ゆで卵を製造している様です。
 

本日は富士山が少し見えます。府中四谷橋を過ぎると北多摩二号水再生センターの排水樋門が在ります。水再生センターは此処から上流400m先ですが、多摩川への排水最短ルートは私有地で排水路を通せない為、道路下を潜り此の場所に排水路が来ています。北多摩二号水再生センターの処理区域は、国立市と、立川市・国分寺市の一部で此処では下水流入BOD値140を2の値に浄化してから多摩川に放流している。
 

 

右手河口から37Kポスト付近に五本松が植わっています。説明看板があり、当時の水防林として活躍した「下堰の松」の名残で5本を残して枯れたが五本松として保存しているとの事。デカい松が2本、五本松と云う事で小さな松も含めて無理やり5本の数で維持されています。
 

先程の排水樋門から200m先に昔の圦樋(いりひ)が残っています。ブロックに下堰圦樋(S11)竣工と書いてあるので、昔の此の地区が下堰と云う地名であり多摩川からの水門跡になります。圦樋とは川から引き入れた水を堤防の下に通して田畑や用水路へ送る設備の事。
 

此処から400m先の上之島神社まで見処が無いので河川敷内を進みます。雑草ですが綺麗な花が沢山咲いていましたので紹介します。
■カタバミ(片喰、酢漿草)はカタバミ科カタバミ属の多年草。繁殖力が強く一度根付くと絶やすことが困難である事から(家が)絶えないに通じ、武家の間では家運隆盛、子孫繁栄の縁起担ぎとして家紋の図案に多く用いられており、五大紋の一つに数えられます。オキザリスにそっくりだが、カタバミはオキザリスに比べて花が小さいのが特徴。花言葉は「輝く心」である。
 

■クサフジ(草藤)は、マメ科ソラマメ属に属する多年草で和名の由来は、葉と花がフジに似ている事から。上部にある葉の脇から花柄を伸ばし、淡紫色から青紫色の蝶形花が総状花序で咲き、花の大きさは1cm程。遠目から見るとラベンダー畑の様です。
 

■ムラサキツメクサ(紫詰草)はクローバー(ツメクサ)の一種で、和名はアカツメクサや赤クローバーとも呼ばれている。ヨーロッパ、西アジア及び北西アフリカ原産で日本にはシロツメクサと共に牧草として明治以降移入されている。
 

■ハリエンジュ(針槐)北米原産のマメ科ハリエンジュ属の落葉高木。正式名はニセアカシアで日本には1873年(M6)に渡来し、樹高は20m位になりフジに似た白色の総状花序で蝶形花を下垂する。花序ごと天ぷらにして食用出来ると云われているが、花以外には毒があるので食用にすることは薦められない。
 

■スイバ(蓚・酸い葉)はタデ科の多年草。ギシギシという地方名もある。葉は長く、付け根は矢尻型になる。雌雄異株で、花は春から初夏にかけて咲く。葉を噛むと酸味があり、スイバ(酸い葉)などの語源となっている。
◆ヒメウラナミジャノメ(姫裏波蛇目)は、チョウ目タテハチョウ科ジャノメチョウ亜科に分類されるチョウ。羽を開いた状態での大きさは2cm程で小さいが、シジミチョウの仲間ではありません。金環の付いた、ひときわ目立つ蛇の目紋を翅に飾っている茶色の小さなチョウです。
 

北多摩二号水再生センター前に来たので上之島神社に寄ります。上之島神社は1615年(元和元年)に創建。その後、多摩川の大洪水によって没流し1910年(M43)に現在地に再建された。祭神:天照皇大神、所在:府中市四谷6-33-6。鳥居は神明鳥居、奉納年不詳。
 

次に国立市指定文化財の古民家が近くに在るので寄ります。途中の谷保緑地公園にはキショウブが満開です。キショウブ(黄菖蒲)はアヤメ科アヤメ属の多年草で帰化植物。西アジアからヨーロッパ原産で環境省は「要注意外来生物」の一種として警戒を喚起している。
 

日野バイパスと中央高速道の交差付近に中華そば¥290の安~いラーメン屋発見。昼食用におにぎりが買ってありましたが、話のネタに入ってみました。1954年(S29)福島会津若松で創業した幸楽苑で、現在チェーン数470店舗、中華そばだけだと気が引けるので餃子¥190も注文。一番高いのが豚バラ、担々麺などで此れも¥590とリーズナブル。安さもあって店内は2時過ぎでも満員、問題の味は☆☆☆美味いでした。
 

中央高速を潜った先の旧柳澤家の古民家に到着、藁葺屋根で風情の有る佇まいで心が落ち着きます。此の古民家は所有者から国立市に寄贈され、1991年(H3)に城山公園の南側に移築し建築当初の姿を復元し一般公開。内部には昔の農機具など展示されています。所在:国立市谷保1705-1。城山公園の入り口には紫が綺麗なシランが咲いている。シラン(紫蘭)はラン科シラン属の宿根草。日本、台湾、中国原産の地生ランで日向の草原などに自生しラン科植物には珍しく、日向でも栽培可能な極めて丈夫な植物です。
 

 

 

西方向に、くにたち郷土文化館が在ります。昨年、市内の緑川東遺跡で出土した大型石棒がくにたち郷土文化館に展示されています。石棒は土偶と並んで祭礼で使用されるもので、縄文時代中期末から後期初め(約4千年前)の敷石遺構から見つかっている。入館料:無料、所在:国立市谷保6231。
 

くにたち郷土文化館の裏手に古いお寺が在ります、臨済宗建長寺派の谷保山南養寺です。総門は1780年(安永9)築で形式は薬医門、屋根は切妻造りの銅葺。本堂は、1804年(文化元)に建築1981年(S56)に銅葺屋根として修理されている。
 

鐘楼は178年(天明8)に建立され、本堂の修理と同時に銅葺屋根として修理。梵鐘は1777年(安永6)下谷保の鋳物師によるもの。大悲殿(観音堂)は1718年(享保3)に建立。以上5点は国立市文化財に指定されています。本尊:釈迦如来坐像、所在:国立市谷保6218。
お寺の入口位置に元上谷保村の常夜燈が建っています。秋葉燈とも呼ばれ江戸時代に火事から防ぐ為に、火伏せの神を祀る秋葉神社への信仰として1794年(寛政6)に造られたものです。(案内看板より)
 

 

多摩川に戻ると前方に石田大橋、河口から37.8kmの処に四ツ谷下の水位観測小屋が在ります。其の手前には谷保排水樋管、奥側に西府用水圦樋が在ります。
 

 

土手道路を挟んだ石田大橋の手前に山谷運送国立(営)が在り、敷地内に昔の車掌車(ヨ8890)が展示されている。何故此処に展示されているのかは不明です。ヨ8000系は旧日本国有鉄道が1974年(S49)から1979年(S54)までに製造した事業用貨車(車掌車)。
 

石田大橋の下流には四谷本宿床止(とこどめ)が在ります。その昔は四谷本宿堰であり1967年(S42)に施工されたが2001年(H13)の台風15号で堰中央部が流出し、局所的な河床の洗掘が発生した為、河床の安定化を図る為、床固対策が行われ2004年(H16)に四谷本宿床止として完成している。床止とは川の流れによる侵食を防ぐため高水敷(洪水時にだけ流れる一段高い箇所)や河床をブロックやコンクリートなどで固めた物です。
 

 

本日終着地点の『#32石田大橋』に到着です。石田大橋は多摩川と根川に架かる日野バイパスの橋で、左岸が国立市谷保、右岸が日野市石田に位置する。
 

 

 



名称:石田大橋
構造種別:上路鋼4径間連続箱桁
河口からの距離:38.4km
橋の長さ:385m
竣工:2007年(H19)







>>>後書き<<<
河川敷に咲く雑草、良く観てみると結構綺麗なものが沢山在りましたね。唯、初めて見る花も在りデータを検索するのに、花の色で探したり結構苦労しました。
次回は多摩川右岸の府中四谷橋から中央道多摩川橋までの紹介です。

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  1. 2013/05/12(日) 00:03:00|
  2. 多摩川

Scene-23 多摩川右岸 『京王多摩川橋梁、府中四谷橋』


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今回は、多摩川右岸のクリーンセンター多摩川から京王多摩川橋梁と府中四谷橋までの紹介です。但し、クリーンセンター多摩川から先は自然環境保護の為、遊歩道は無く立ち入り出来ないので関戸橋下流、大栗川の多摩川合流0Kポストからのスタートになります。
 

右岸は約1kmに亘って環境保護地域になっている事から野鳥の宝庫で、対岸を見渡す位置に野鳥観測小屋も設置されています。岸辺では超望遠で固定撮影している人が4名位居ました。対岸までは約100m、200mmの望遠では撮影が難しい環境ですね。河原には弦を伸ばした紫の小花が沢山咲いています、カラスノエンドウ(烏野豌豆)で正式名はヤハズエンドウ(矢筈豌豆)、マメ科ソラマメ属の越年草です。原産地は地中海地方であり、若芽や若い豆果、熟した豆も炒って食用に出来ます。
 

関戸橋と新関戸橋を潜ると目の前に『#30京王線多摩川橋梁』が見えます。府中市の中河原駅と多摩市の聖蹟桜ヶ丘駅間にある鉄道橋です。
 

 



    名称:京王線多摩川橋梁
    構造種別:上路鋼単純単線桁
    河口からの距離:35.1km
    橋の長さ:474m
    竣工:1974年(S49)





右岸から200m先が京王線の聖蹟桜ヶ丘駅で隣が百草園(もぐさえん)駅。多摩地区では有名な庭園であり、珍しい植物も有るので寄ります。百草園は、多摩丘陵の一角である日野市百草560に所在し、現在は京王電鉄が所有している為、正式名称は京王百草園と言います。駅から徒歩で10分、ルートは2通りで車道と七生(ななお)散策路が在るので、散策路で行きます。10分コースなので大した事無いと思ったが、上り階段、坂道ばかりでかなりキツイ道程、途中で一休みです。
 

 

入園料金は\300、定休日は水曜日。入園して直ぐ右側に真っ白な毬がぶら下がったような綺麗な木が在ります。此れ何だろう、見た事無い植物です。
■オオデマリ(大手毬)でスイカズラ科の植物です。日本原産のヤブデマリを改良した園芸品種で、球状に密集したアジサイに似た小花を咲かせます、花序が手鞠のように丸い事からの名前です。
 

園内の休息場はあずまや、松連庵(食事可)、見晴台などが在りますがトイレはあずまや近くに1箇所のみです。それと園内は段差や坂が多いのでスニーカーでの散策がベストです。
 

 

現在、咲いている木花を解説しますので、どうぞご覧下さい。
■アヤメ(菖蒲、文目、綾目)はアヤメ科アヤメ属の多年草である外花被片(前面に垂れ下がった花びら)には網目模様が有り、乾いた所に育ち、葉が細いのが特徴。
似た花にハナショウブ(花菖蒲:アヤメ科アヤメ属)が在り、特徴は外花被片に網目が無く湿った場所に育ち、葉の主脈が太い。又、菖蒲湯に使われるショウブは、ショウブ科(サトイモ科)に分類され、花菖蒲とは別種の植物です。アヤメには弱い毒性が有るので間違わない様に!。もう一つ似ているのが、カキツバタ(燕子花、杜若杜若)でこれもアヤメ科アヤメ属の植物。特徴は湿地に群生し紫色の花を付け、内花被片が細く直立して外花被片の中央部に白ないし淡黄色の斑紋が付き、葉が広い。菖蒲と書いてアヤメやショウブ、紛らわしいですね。
 

■ノダナガフジ(野田長藤)はマメ科フジ属の蔓性落葉低木で、日本原産の野田藤(ノダフジ)の園芸品種。特徴は花房が長い事で、長いものは1メートルを超えます。
 

■ムサシアブミ(武蔵鐙)はサトイモ科テンナンショウ属の多年草で、仏炎苞の形が武蔵の国の鐙(あぶみ:馬具)に似ている事からの名前。暗紫色から緑白色の仏炎苞に包まれた花を咲かせます。
 

■エビネ(海老根)はラン科エビネ属の多年草で地上性のラン。ジエビネ、ヤブエビネと呼ばれる事もあり球茎は広卵状-球状で長さ、径共に約2cm。古い球茎は10年以上も残り、地表近くに海老の様に連なる事からの名前。
■ツツジ(躑躅)はツツジ科の植物でツツジ属植物の総称。漏斗型の特徴的な形の花(先端が五裂している)を複数個、枝先につける。似ている花にサツキがあり、此方は枝先に咲く花は大抵、1輪である。
 

■ボタン(牡丹)、前回Scene22で解説済みであり省略します。
 

■サクラソウ(桜草)はサクラソウ科サクラソウ属の多年草で、日本で約300種、世界中に約400に及ぶ品種が作られた古典園芸植物でもある。高さ15~40cmの花茎を直立させ、5~10個の花をつける。
 

■シャガ(射干、著莪)、前回Scene22で解説済みであり省略します。
■シャクナゲ (石楠花、石南花) は、ツツジ科ツツジ属で主に低木だが、高木になるものもある。大きな花に特徴があり、花の色は白や赤系統が多いが、黄色もある。葉にはケイレン毒を含む有毒植物でもある。
 

学問の大切さを子孫に知らしめる為に祀ったと云われる芭蕉天神が散策路途中に在ります。外周路には最初から紫色に近い葉を持ったカエデ(楓)も在り、緑とのバランスが良いです。
 

園内の最も高い位置に見晴台があり、空気が澄む冬場には都内の摩天楼が一望出来ます。この日はガスった状態で東側の東京スカイツリーが200mm望遠でボンヤリとしか見えません。反対側は百草高層団地。
 

松連庵前の広場からも府中方向が良く見え、通称、田無タワー(正式名:スカイタワー西東京、高さ:195m)や、本日最終到着地点である府中四谷橋も見えます。
 

京王百草園を後にして多摩川に戻りますが、途中に神社仏閣が在るので序に寄ります。先ずは園内に隣接する百草八幡宮です。創建は不詳、1971年(S46)に社殿を改装。古くは正八幡宮と称されていたとの事。祭神:誉田別命(ほんだわけのみこと)、気長足姫命(おきながたるひめのみこと)、武内宿禰(たけうちのすくね)源義家(みなもとよしいえ)、所在:日野市百草867。
八幡宮入口の鳥居は主要な柱の前後に柱が控え、庇がかけられている両部鳥居です。八幡神社や、誉田別尊が祭られている神社に多く見られる鳥居であるが、初めて実物が見られて感動。奉納の刻は無いが古い木造で貫録がある風情ですね。
 

石段を登りきると1967年(S42)奉納の狛犬、右手にかなり古い手水舎と阿弥陀如来堂が在ります。
 

 

正面に本殿。本殿前の狛犬は獅子では無く犬です、珍しい。御神木はスダジイ(しいの木)の古木、末社は秋葉大権現、稲荷神社、御嶽神社です。
 

 

七生丘陵散策路を戻り、下界に着くと散策路入口左に大宮神社が在ります。明神鳥居を潜り、約100段の歩き難い石段を登ると本殿が建っています。創建は不詳、現在の社殿は1986年(S61)に改装、祭神:大国主神(おおくにぬしのみこと)、天宇受売命(あめのうづめのみこと)、宮比竜神(みやひめのかみ)、矢之渡波使命(やのはばきのみこと)、大宮姫命(おおみやひめのみこと)、所在:日野市落川1008。本殿の裏手は行き止まりで石段を戻るしかありません。
 

左方向の交番の裏手に真言宗智山派寺院の真照寺が在ります。総本山は京都の智積院、別格本山の高幡山金剛寺の末寺、創建は約1000年前、山号:清谷山、院号:蓮華院、本尊:大日如来、多摩八十八ヶ所霊場:第十七番札所、所在:日野市 落川1113。
 

 

京王線の踏切を反対側に渡ると神明神社。創建は不詳、祭神:大日靈貴尊(おおひるめむちのみこと)、所在:日野市落川649。1982年(S57)奉納の神明鳥居、狛犬も同じ年の奉納です。
 

東方向の野猿街道へ出ると真言宗智山派寺院の真明寺が在ります。創建は不詳、山号:冠木山、院号:蓮華院、本尊:十一面観世音菩薩像、所在:多摩市一ノ宮1-38-1。
 

 

多摩川に戻ると、本日終着地点の『#31府中四谷橋』に到着です。府中四谷橋は中央道の国立府中ICと多摩ニュータウンを結ぶ都道20号の多摩川を渡る斜張橋として開通している。支柱塔の高さは61m。
 

 

 



名称:府中四谷橋
構造種別:鋼3径間連続斜張橋
河口からの距離:36.1km
橋の長さ:446m
竣工:1998年(H10)








>>>後書き<<<
百草園のオオデマリとアヤメ綺麗でしたね、石段や坂道の上り下りで良い運動に成りました。次回は多摩川左岸の新関戸橋から石田大橋までの紹介です。
プロ転向の松山英樹、2戦連続優勝はあと1歩で惜しくも逃したが、矢張り只者では無く凄いね。体格も良くゴルフの完成度も高いし、メジャー優勝も高確率で期待出来る!今後が楽しみですね。

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  1. 2013/05/07(火) 00:03:10|
  2. 多摩川

Scene-22 多摩川左岸 『関戸橋、新関戸橋』


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今回は、多摩川左岸の是政橋から新関戸橋までの紹介です。
前回左岸時に、是政渡し跡を紹介し忘れましたので載せます、是政橋の上流に矢崎都市下水路吐口在り。是政橋の上からは南武線橋梁越しに良い感じで富士山が見えるのですが、今日もNGです。
 

南武線と武蔵野線橋梁を潜ると左手に野球場やサッカーグラウンドが並んでいます。武蔵野線橋梁下にはクルミの木が在り、以前Scene-17でクルミの木を紹介した時には花が咲いていなかったが、今は赤い小さな花が咲いていました。珍しいので紹介します、木にはムクドリが休息中です、近くで見ると顔が斑で汚い顔だね。
 

 

遊歩道右手が府中市郷土の森公園で入り口に見晴らしの丘のモニュメントが在り、後ろには金塚桜広場。珍しい桜が15種類程あり今の時期、開花しているのはカンザンとフクロクジュの桜で両方とも八重咲き種。
 

 

右手の親水池には黄色の水生植物コウホネ(スイレン科コウホネ属)が咲いています。根茎が骨のように見え、コウホネ(河骨、川骨)の名の由来となっています。
 

右手に交通遊園が在り、昔の都電軌道車(チンチン電車)や機関車等が展示されています。東京都交通局6000形電車は1950年(S25)から製造され、現在残っている車両は8両であり其の内の6191号が此の交通遊園に展示されています。塗装は補修中であり車体番号と赤の横帯は未塗装です。昔は今と違いバスや地下鉄網も未発達で、此の都電に乗って渋谷から浅草橋に行った事が在ります。懐かしいね!
左手方向D51の後ろには1927年(S2)に2両製造された国鉄唯一の蓄電池機関車であるAB10形を改造した電気機関車(EB101)が展示されている。当時はボルトナットや溶接は普及して無かったんだろうね。殆どがリベットで組み立てられた芸術品だ。
 

※6月、近くに寄った時に都電軌道車6191号の塗装が完成していましたので下に載せます。


D51形蒸気機関車は、国鉄の前身である鉄道省が設計、1936年(S11)から製造した単式2気筒で過熱式の蒸気機関車。廃車、除籍後に178両が全国各地で展示されており、此処で展示されているD51-296は1939年(S14)川崎車両で製造された1台。車体全周に張り巡らされた配管やコック、此れも芸術品ですね。
 

 

総合プールと総合体育館の先に修景池が在り、色々な花蓮(ハス)が植えられています。ハスの開花は7月中旬~8月中旬なので今回は残念ですが、ハスが開花したらSpotで紹介します。
此の修景池には大賀ハスを発見した大賀博士(S20年に府中へ転居し生涯を蓮の研究に傾けた)の銅像が在ります。1951年(S26)千葉の東大検見川厚生農場内にあった落合遺跡で、2000年以上も昔の丸木舟の木片が見つかり、同じ地層から発掘された3粒のハスの種の内、一粒が大賀博士により奇跡的に発芽、翌年開花した事から大賀ハスと名付けられている。直径が25cmになる大輪ハスで、此の古代ハスを含め約30種類もの花蓮が保存されています。7月には必ず見に行くぞ!
 

修景池には現代彫刻家の一色邦彦氏作のブロンズ緑光燦舞像が飾られています。
公園の中には至る所に藤棚があり、花を撮りに下に近づくと凄く良い香りがし、花弁の薄紫と白のバランスも良い。藤棚の下で暫く時間を忘れて休憩です。芝生ではムクドリが餌探し、石垣では白い靴下を履いた黒猫も休憩です。
 

 

 

公園の端に府中市郷土の森博物館が在り、珍しい野草や古い民家、建物が展示されているそうなので寄って見ます。所在:府中市南町6-32、博物館入場料:大人200円、休館日:月曜。右側に別料金でプラネタリウムも在るが興味無いのでパスです。入って左手に昔の建物が並んでいます、全て移転したり復元した物で内装も其の儘、まるでタイムスリップした様で不思議な感覚です。最初の建物は1935年(S10)に建てられた旧府中尋常高等学校:1979年(S54)に新築で解体され此処に復元されている。昭和時代初期へワープ、写真はモノクロだね。
 

旧府中町役場庁舎:1921年(T10)に完成した洋風の町役場。都指定の有形文化財です。此れもモノクロで、残りはカラーが綺麗なので戻します。旧島田家住宅:1888年(M21)創建の蔵造り。
 

旧府中郵便取扱所:1872年(M5)から22年間郵便局として使用された旧矢島家住宅、昔の木製郵便ポストも再現されています。
 

旧田中家住宅:甲州街道府中宿を代表する商家を再現、表蔵などの5棟の土蔵を備える風格ある建物。
 

旧三岡家長屋門:少し離れた場所に在りますが一緒に纏めて紹介します、江戸後期1829年(文政12)の創建で、両側の部屋は総塗り込みの蔵造りとし、茅葺屋根を載せている都指定の有形文化財です。長屋門の前は木道になっていて一面、満開の菜の花畑です。
 

八ケ下の流れを超えると旧越智家:江戸時代後期の代表的な稲作農家で、珍しい茅葺屋根が間近に見られます。
 

中庭には見事なボタン(牡丹)が咲いていました。紅、桃、白の3種類、巨大輪で圧倒されます。ボタンはボタン科の落葉小低木で大形の紅、白色などの花を開く。原産地は中国西北部で「花王」と呼ばれる。又、根の樹皮部分は牡丹皮(ぼたんぴ)として、大黄牡丹皮湯、六味地黄丸、八味丸など漢方薬の原料になる。
似ている花にシャクヤク(芍薬)が在る。ボタンが樹木であるのに対して、シャクヤクは草本である為、冬には地上部が枯れてしまい休眠します。芍薬はすらりと伸びた茎の先端に華麗な花を咲かせ、牡丹は枝分かれした横向きの枝に花をつける事から、美人の姿や振る舞いを此の花に見立てて形容する『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』と云う言葉が生まれている。
左手に水車小屋:武蔵野に多かった胸掛け式の水車が再現されています。水車の形は3種類在り、①上掛け式:水車上部から水を供給、山間地で水量が少ないが高低差をつけられる所向き。②下掛け式:水流の上に水車を置くもので、平坦地で流量が多い所向き。③胸掛け式:上掛け式と下掛け式の中間で水車の中央部分から水を供給し、水車の下部は掘り下げてある。
 

 

水車小屋の上側位置にモミジの滝が在ります。落差は4~5m位の小さな滝ですが廻りはモミジで囲われています。水量は多く滝の流れをスローシャッターで撮ったのが冒頭のBest Shotです。ND(Neutral Density:減光)フィルターが有ればもっと明暗が出て綺麗な仕上がりになる筈です、周囲一帯が涼しい空気に包まれ夏場は良いオアシスになります。
 

水流は水遊びの池に繋がります、浅瀬を造ってあり夏は此の中で子供たちが水遊び出来る様にしている。隣には芝生広場、此処でもムクドリが集まっている。不細工なムクドリもう飽きましたね。
 

公園の外周にはアジサイ(未だ早い)、ロウバイ(1月に終わり)、梅林などの小径が続いています。梅林は種類も本数も多く園内の半分を占めている。2月の時季が見頃、今は梅花の実が成っていて園内で採れた梅のオリジナル製品として梅干し、梅ジャム、梅ようかん、梅酢、ねり梅などが販売されている。
 

公園内に在る芸術的な像2体を紹介します。原爆の「平和祈念像」で知られている北村西望氏作の「無限~夏の星座」像と、具象彫刻の第一人者である佐藤忠良氏作の「裸のリン」像。何れも府中にゆかりの有る作者です。
 

出口付近に山野草園が在り、珍しい植物が観られます。夫々に小さな花の名札が刺して在るので判り易いですよ。データを調べて写真と一緒に載せましたのでご覧下さい。

■ジュウニヒトエ(十二単)はシソ科キランソウ属の多年草で寒性常緑多年草、別名アジュガとも呼ばれる。株から数本伸びた枝先に穂状花序に白~薄紫色の小花を重ねるように咲かせ、其の様子を古代の女官の装束に見立てたのが和名の由来。
■クマガイソウ(熊谷草)は大きな花をつけるラン科植物である。扇型の特徴的な葉をつける。花は葉の間から伸びた茎の先に付き横を向く。花弁は細い楕円形で緑色を帯び、唇弁は大きく膨らんだ袋状で、白く、紫褐色の模様がある。同属にアツモリソウがあり、袋状の花を、昔の武士が背負っていた母衣(ほろ)に見立て、がっしりした方を熊谷直実(くまがい なおざね)に、優しげな姿の方を平敦盛(たいらのあつもり)のそれに見立てて命名されたとの事。
 

■キンラン(金蘭)はラン科キンラン属の多年草で、地生ランの一種。直径1cm程度の明るく鮮やかな黄色の花を総状に付け、花は全開せずに半開き状態のままである。特定樹木の共生菌から栄養分を依存するキンランの人工栽培はきわめて難しい。
■シャガ(射干、著莪)はアヤメ科アヤメ属の多年草、白っぽい紫のアヤメに似た花を付け、花弁に濃い紫と黄色の模様がある。根茎は短く横に這い、群落を形成する。中国原産で、かなり古くに日本に入ってきた帰化植物。
 

■ホウチャクソウ(宝鐸草)はユリ科チゴユリ属に分類される植物で地下茎を延ばして先端に翌年の株ができる擬似一年草。長さ2cm程の花が1〜3ケ垂れ下がり、花は白から緑へのグラデーションが美しい。
■ムサシノキスゲ(武蔵野黄菅)ユリ科ワスレグサ属の多年草でニッコウキスゲの変種。花は淡橙黄色で良い香りがする。府中市の浅間山(せんげんやま)標高80m程の小高い山で自生している。ワスレグサ属の特徴である一日花である。
 

■ゴヨウツツジ(五葉躑躅)は枝先に5枚の葉が輪生状に付くことから五葉躑躅と呼ばれる事が多いが、正式名はシロヤシオ(白八汐)でツツジ科ツツジ属の落葉樹である。葉の縁が薄く赤く色づく事がある。
■ツリガネスイセン(釣鐘水仙)ユリ科、南ヨーロッパ原産で明治時代末期に移入された球根草。葉は水仙に似て花は釣鐘状、文字通りですね。
 

山野草園の下に「まいまいず井戸」が在ります。渦巻状の道を降りて水を汲む方式の井戸で、「まいまい」はカタツムリの事、井戸の形が其の殻に似ている事から「まいまいうず井戸」が訛って「まいまいず井戸」の名前で呼ばれている。府中市内の埋蔵文化財の発掘調査で見つかった井戸は平安時代の物で、此の場所に調査記録を元に想定復元されている。羽村市の五ノ神神社内にも同じ「まいまいず井戸」が在ります。
何故、こんな形で掘られているかと云うと、武蔵野大地は表面地盤が脆弱であり縦穴が上手く掘れない為、硬い地盤の箇所まで渦巻傾斜で1次的に掘り、其処から縦穴井戸を掘っています。但し、水を汲む場合には相当の距離を登り降りしなければならないと云う不便さがある。
 

多摩川に戻ります。100m程戻った処に是政排水樋管が在り、200m長の桜並木が続いています。写真は先月の満開時であり現在は葉桜、一部の木にはサクランボも実っているが成長は此処まで、後は野鳥が処分します。
 

 

此の先、1.5km程は新聞社の印刷所や郵便配送拠点しか在りませんので、本日最終地点の関戸橋と新関戸橋まで飛ばします。関戸橋手前に中河原渡し跡が在り、河原では河原鳩が遊んでいます。
 

『#28 関戸橋』に到着。関戸橋は都道18号府中町田線(鎌倉街道)に架かる橋で、当地にあった『関戸の渡し』(府中市側では『中河原渡し』)の代替として1937年に架橋されている。尚、75年が経過し老朽化が進んでいる為、現在新橋梁への架け替えが予定されている。
 

 



    名称:関戸橋
    構造種別:上路RCゲルバー桁
    河口からの距離:34.6km
    橋の長さ:375.8m
    竣工:1937年(S1)





1990年代に至るまで多摩市主要部と多摩川南岸地域とを結ぶ橋はこの関戸橋のみで、隣接する橋は上流の日野橋、下流の是政橋しか無かった為に交通量が激しく、渋滞解消を目的に上流部に並ぶ形で『#29新関戸橋』が架けられた。しかし、交通量の増大は想定以上であり交通渋滞は解消できず、更に上流方面に府中四谷橋と石田大橋が架けられている。
 

 



    名称:新関戸橋
    構造種別:上路2径間連続箱桁+単純桁
    河口からの距離:34.6km
    橋の長さ:375.8m
    竣工:1970年(S45)





>>>後書き<<<
Spot-3小樽運河で紹介した観光地化された古い街並と違い、郷土の森公園に在る手付かずの昔の建物、古民家、風情の有る佇まいで心が和みましたね。珍しい野草も見られ自然一杯で、時間を忘れて楽しめ、お勧めです。
次回は多摩川右岸のクリーンセンター多摩川から京王多摩川橋梁と府中四谷橋までの紹介です。
富士山が世界遺産に登録されるみたいで良かったですね。三保の松原が除外された事で、富士山は山梨の物と云っている山梨県人の親爺は喜んでいるだろうな?

修正 Scene-17 多摩川水道橋に於いて、ヒヨドリをムクドリと間違えましたので、修正しました。
ヒヨドリ(鵯)は、スズメ目ヒヨドリ科ヒヨドリ属に分類される鳥で全長は約28 cm。嘴は黒く雌雄同色、頭部から胴体は灰色の羽毛に覆われるが、頬に褐色の部分がある。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/05/02(木) 00:04:00|
  2. 多摩川

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