ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-21 多摩川右岸 『南武線・武蔵野線多摩川橋梁』


This best shot


今回は多摩川右岸の稲城大橋からJR南武線とJR武蔵野線の多摩川橋梁までの紹介です。
稲城大橋の上流側に多摩川を背負うように神社があります。祠の額には天満天と書いてありますが、稲荷天神社です。祭神:菅原道真(すがわらのみちざね)、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、所在:稲城市押立368。入口の鳥居は神明鳥居、1931年(S6)奉納の刻在り。
 

多摩川に戻ると大丸(おおまる)谷戸川樋管があり、此の先の是政橋までは見処が在りませんので、400m程南西に津島神社が在るので寄ります。
 

東長沼上新田の津島神社(牛頭天王社)は945年(天慶8)多摩川の氾濫を治める為に牛頭天王を祀った事に始まり、1926年(T15)に牛頭天王社から津島神社に社名を変更。祭神:素盞鳴尊(すさのおのみこと)、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、所在:稲城市東長沼402。
 

津島神社の近くを大丸用水が流れています。此の用水を遡ると多摩川に出るのでミニ遡上します。
大丸用水は、多摩川を水源として稲城市及び川崎市多摩区を流れる灌漑用水路で、江戸時代初期に開削されたものと考えられており、1611年(慶長16)に完成している。多摩川中流域からの引水が流れ、水は透明で綺麗です。
 

用水沿いには季節の樹木が植えられていて、今の時期は花水木が満開です。ハナミズキ(花水木)はミズキ科の落葉高木で北アメリカ原産。別名、アメリカヤマボウシ。開花期は4月下旬から5月上旬で白や薄いピンクの花を付ける。日本における植栽は、1912年(T1)に東京からアメリカワシントンD.C.へ桜(ソメイヨシノ)を贈った際、1915年(T4)にその返礼として贈られたのが始まり。
 

大丸用水は9本の幹線水路と其処から分かれた約200本の分岐水路があり、総延長は約70kmに及んでいる。ニケ領用水の長さが31kmだから約2倍の長さです、凄いですね。
 

菅堀の途中には文字通り、水と親しめる公園として菅堀からの水を引き込んで造られた親水公園が在る。又、用水傍の水田でも其の堀の水位よりも高い位置に在る水田への引き込みは出来ない為、並行する高い堀から低い堀の上を交差する様に分岐させて利用する工夫も見られる。
 

用水沿いにはセキレイ等の小鳥やカモが多く見られます。セキレイ(鶺鴒)はスズメ目、セキレイ科の小鳥でイワタタキ(岩叩き)、カワラスズメ(川原雀)、オシエドリ(教鳥)など多くの異名を持ち、主に水辺に住み長い尾を上下に振る習性があり、イシタタキの和名はその様子に由来している。カルガモは大人しくポージングしているのに、セキレイはチョコチョコとランダムに走り回るので中々フレーム内に収まってくれません。
 

JR南武線の南多摩駅付近には用水上に休憩場所が設けてあり、フジ棚が満開です。フジ(藤)はマメ科フジ属のつる性落葉木本で、木に巻きついて登り樹冠に広がる。蔓の巻き方は、右巻きで、かなり太くなる。南多摩駅下には大丸用水の最初の分量樋が在り、此の先が多摩川になります。
 

 

駅前に変わった高圧送電塔が立っています。環境調和型のモノポール型の鉄塔で66,000ボルト送電、従来の赤白の送電塔と繋がっています、珍しい形ですね。
 

多摩川に戻ると是政橋下流の護岸工事箇所で護岸ブロックを其の場所で製造している現場が在りました。河川敷に鉄製の型枠を並べて、其の中に生コンを流し固めて完成。効率的で賢いね~。
 

是政橋上流へ進むと『#26 JR南武線多摩川橋梁』が見えます。南武線南多摩駅と府中本町駅間の多摩川に架かる橋梁です。南武線の営業係数(現在は公表なし)は65前後で黒字路線です。
 

 

 



名称:南武線多摩川橋梁
構造種別:上路鋼単純単線桁
河口からの距離:31.9km
橋の長さ:503m
竣工:1966年(S41)





南武線橋梁と並走して『#27 JR武蔵野線多摩川橋梁』が掛かっています。武蔵野線は横浜市鶴見区の鶴見駅から船橋市の西船橋駅を結ぶ東日本旅客鉄道の鉄道路線であるが、鶴見駅から 府中本町駅間(通称:武蔵野南線)は原則として貨物列車専用であり、梶ヶ谷貨物ターミナル駅から多摩川橋梁までは地下トンネルを走り多摩川で地上に出る。武蔵野南線を旅客鉄道にして川崎まで地下高速鉄道の計画があったが、貨物輸送の重要性を理由に計画は撤回されている。
 

 

 



名称:武蔵野線多摩川橋梁
構造種別:上路PC3径間連続桁
河口からの距離:31.9km
橋の長さ:401.8m
竣工:1970年(S45)





南武線橋梁と武蔵野線橋梁を潜ると多摩川から引き込まれた大丸用水の源流が見え、南多摩駅の脇へ続いています。取入れ口は大丸用水堰の上流になります。
 

左手には4本のブルーラインの建物がそびえています、南多摩水再生センターです。此処でも下水のBOD(生物化学的酸素消費量)190~180を1の値に浄化再生してから多摩川に放流しています。操業開始:1971年(S46)、所在:稲城市大丸1492。
 

 

多摩ニュータウン開発に際して問題となったのが雨水の処理方法であり、流域の三沢川に流すと流量から見て洪水発生の恐れがあった。其処で考案されたのが、現在の稲城中央公園の下からトンネルを掘って川崎市内をバイパスさせて直接水を多摩川に流す「三沢川分水路」です。
 

三沢川分水路出口の上流に在るのが大丸用水堰(左岸:府中市是政/右岸:稲城市大丸)です。 昔は石を入れた竹蛇籠を積み上げて堰として利用していたが、度重なる水害等により安定した取水が困難になった為、1959年(S34)に鉄筋コンクリート堰が完成しています。堰は固定堰と可動堰が設置されていて可動堰は右岸側に2基、中央に5基設置、可動部により水量を調節。堰に溜まった土砂は右岸に設けた吐砂ゲートから下流に排出する構造も付いている。長さ:350m、高さ:2.2m、河口からの距離:32.3km。
 

 

河床低下等の理由で魚の溯上を妨げていた既存の階段式魚道はアイスハーバー型とハーフコーン型の二種類の魚道を採用することにより改善されている。可動堰長:113.9m、固定堰長:264.2m、竣工:2010年(H22)可動堰改修。堰下ではサギが捕食中です。
 

 

 

大丸用水堰右岸側に位置する取水口からは多摩川の水が取り込まれ、先程の大丸用水に流れています。
 

大丸用水堰の右岸先には自然環境保護の為、立ち入り御遠慮の立札が在る。簡単な柵止めであり行って行けない事は無いが獣道ぽっく、嫌いなニョロニョロが出て来そうな雰囲気もあり素直にUターンです。地図上でも多摩川の支流で獣道が寸断されていました。帰る途中の護岸ブロックに藤の花、こんな処に咲くなんて凄い生命力ですね。
 

 

獣道の左側はクリーンセンター多摩川で、狛江市、府中市、国立市、稲城市で排出される可燃ごみ焼却処理施設、不燃・粗大ごみ処理施設および灰溶融処理施設の3つの機能を同一施設内に備えた総合的な清掃工場です。竣工:1998年(H10)、所在:稲城市大丸1528番地。
 



>>>後書き<<<
今週は寒い日が続き片付けた冬物が復活、日本の四季に異常ありですね。大きい地震も各地で発生しているし、富士山の周りでも微小地震の増加や地割れ異常多発、何か起こっている。いざと云う時の準備、取り敢えずは現金だよね。次回は多摩川左岸の是政橋から新関戸橋までの紹介です。
写真詳細へ移動した際に、「このページは表示できません」と表示される事がありますが、データサーバーへのアクセス集中時に発生しています。暫くしてから再接続して下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/04/27(土) 00:05:00|
  2. 多摩川

Scene-20 多摩川左岸 『是政橋』


This best shot


今回は、左岸の京王線橋梁から遡上し是政橋までを紹介します。多摩川原橋の手前に陸閘(りっこう)が在ります、此の辺は川幅も広いので此処が溢れる位の水嵩に成る事は無いと思うけど、溢れる様だと下流は大変な事態になるね。多摩川原水道橋を越えた地点からの富士山は、今日もボンヤリとしか見えない。
 

右手に調布東宝スポーツパーク。テニス、ゴルフショートコース(9H)、ゴルフ練習場が在り、自宅から近いのでシーズンオフを除くと月2回程度は此処の打放しで汗を流しています。所在:調布市多摩川 2-29-1。
 

東宝スポーツパークの先、500m程の処に天台宗神明山龍光寺が在ります。龍光寺は、神明山薬王院と号し、江戸時代は深大寺の末寺であったとの事。1985年(S60)に本堂、庫裏等が新築再建されている。本尊:阿弥陀如来坐像、所在:府中市押立町4-35-2。境内掲示板に良い言葉が書いてある、「恩は着るもの 着せないもの」。
隣に1901年(M34)刻の明神鳥居と本殿の小さな本村神社がある。前回紹介の寛文年間の多摩川大洪水で此の地区が分断された後、創建されているが元は牛頭天王社と云い地元では天王様と呼ばれている。
祭神:天照大御神(あまてらすおおみかみ)、稲蒼魂命(うかのみたまのみこと)、素盞嗚命(すさのおのみこと)、所在:府中市押立4-35。
 

50m程先に在るのが押立神社です。慶長年間に京都伏見稲荷の分霊を祀り、昔は手津久里稲荷(てずくりいなり)と云われており、1881年(M14)に押立神社と改名、翌年に社殿が改築されている。(案内看板より)入口に明神鳥居と守護獣の狐様1936年(S11奉納)があるが狐様は破損が酷いので、拡大省略。
祭神:稲蒼魂命(うかのみたまのみこと)、府中市押立町4-31。
右手に1896年(M29)奉納の手水舎が在るが、手水石を狛犬が支えているチョット変わったデザインです。本殿右奥には、どうやったらこんなに曲がるのかと思う程に捻じれた楠木が在ります。
 

 

多摩川に戻ると稲城大橋の下に東京都下水道局の北多摩一号水再生センター排水樋門が在ります。此処の水再生センターに取り込まれる下水は水質指標であるBOD(生物化学的酸素消費量:Biochemical oxygen demand)値160を、1の値に浄化してから多摩川に放水している。多摩川の水が綺麗になったのは此のような設備のお蔭なのです。1973年(S48)から操業、所在:府中市小柳町6-6。
 

 

稲城大橋の先、河口から30Kポスト右に多摩川の流れをミニチュア化したせせらぎで造られた親水公園があり、土手右の北多摩変電所前に常久渡しの跡が在る。此の先に多摩川競艇場が在るので寄ります。
 

 

平和島競艇には何回か先輩と一緒に遊びに行った事があるが、多摩川競艇場は初めてです。競艇はスタートして最初のターンマーク(コーナー)で勝敗が決まってしまうので、気短な人向きのギャンブル。何で最初のターンマークで決まるかって?先頭のボートから発生する引き波に後続のボートのプロペラが入ると空回りして推進力が落ちて、後ろから抜く事が難しくなるからです。初めてボートレースに行った時にスタートして1周もしない内に舟券を捨てる親爺を見て、暫くは理解できなかったが、そう云う理由からなのです。レースは6艇で600mのコースを3周しますが、半周で勝敗は99%決まります。入口には縁起担ぎの福の神ならぬ福狸が歓迎していた。
 

ボートレースはフライングスタート方式で、スタートラインを他艇より早く通過すれば有利になるが、大時計が0秒を示す前に通過するとフライング、1秒以上遅れて通過すると出遅れとなり欠場となり対象の舟券は全て返還される。競馬にも出遅れた時の馬券返還があれば好いのに!
 

 

多摩川に戻ると河口から31Kポスト付近に誰かが植林したものか?ポプラの木が2本、上流には是政橋が見える。
 

府中と云ったら大國魂(おおくにたま)神社と府中競馬場ですので、寄ります。
大國魂神社の創建は景行天皇41年、祭神:大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)、本殿は1885年(M18)に改築、所在:府中市宮町3-1。東京五社の一社で他の四社は東京大神宮、靖国神社、日枝神社、明治神宮。例大祭は、くらやみ祭として有名で関東三大奇祭の一つになっています。参道正面に随神門、手前右に手水舎、随神門に古い狛犬1839年(天保10)の刻在り。
 

 

 

随神門を潜ると右手に寶物殿と神楽殿(日曜、祝祭日のみ開館、参観料\200)、左手に府中指定文化財の鼓楼(ころう:太鼓を懸け時刻を知らせる為の建物)。正面の中雀門前に苔生す狛犬、此方も1839年(天保10)の刻在り。
 

 

 

本殿は中殿、東殿、西殿から成る一棟三殿流造といわれる珍しい造りの社殿です。
 

大國魂神社には横浜、埼玉、東京の武蔵国一之宮から六之宮まで(小野大神、小河大神、氷川大神、秩父大神、金佐奈{かなさな}大神、杉山大神)が合祀されていて武蔵総社、六所宮と呼ばれています。その他に摂社として宮乃咩(みやのめ)神社が、境内末社として、松尾神社、巽(たつみ)神社、東照宮、住吉神社、大鷲神社、水神社が祀られている。※摂社はその神社の祭神と縁故の深い神を祀った神社、末社はそれ以外のもの。
 

 

 

東照宮前の狛犬は変わったデザインです、住吉神社前の狛犬は昔ながらの「獅子」と「狛犬」の組み合わせで、吽形(うんぎょう)」の狛犬は角を持っている。但し、配置が逆ですね、惜しい。
 

 

大國魂神社の西参道を出て府中街道沿いに南下して行くと妙光院の山門が見えます。真言宗豊山派寺院の妙光院は本覚山真如寺と号し、本尊:延命地蔵菩薩像、所在:府中市本町1-16-13、多摩八十八ヶ所霊場23番札所。仁王門の正面に本堂、左に庫裡が在る。
 

 

妙光院の右隣に天台宗の佛乗院安養寺が在ります、明治維新前は武蔵総社大國魂神社の別当寺であったそうです。山号は叡光山、本尊:阿弥陀三尊、所在:府中市本町1-17-10。観音堂の後ろに東京競馬場のスタンドが見えます。
 

 

東京競馬場は府中競馬場とも呼ばれ、日本ダービーや、オークス、天皇賞(秋)、ジャパンカップ等のGI レースが行われる日本中央競馬会(JRA)の主要競馬場。1933年(S8)に目黒から移転開設されている。芝コース:1周2083.1m、直線525.9m、フルゲート18頭。入場料金200円、他場開催日は入場無料です。
 

 

今回は、視点を変えた形で東京競馬場を紹介します。バドック裏手にトキノミノルの像、10戦無敗、レコード優勝7回という成績で1951年((S26)の皐月賞、日本ダービーの二冠を制したが、ダービー競走17日後に破傷風で急死、「幻の馬」と称された。戦後中央競馬で10走以上した馬で、唯一全勝を記録しているサラブレッドである。他にも元帝展審査員の池田勇八氏による「牧場への道」と題する親子馬像が在る。
 

メモリアルスタンドの後方に競馬博物館が在ります、館内には有名写真家によるギャラリーやJRA歴代顕著馬(競争馬の殿堂)29頭が絵と写真、血統書、そしてブロンズ像等により飾られています。入場は無料。所在:府中市日吉町1-1。偶には馬券から離れて馬を見るのも好いかも?
 

 

 

東京競馬場横の府中街道を南下すると、本日終着地点の『#25 是政橋』に到着です。是政橋は府中市と稲城市を通る都道9号線(府中街道)に架かる橋で旧橋は、1957年(S32)に竣工したが、慢性的な交通渋滞、交通量増加や老朽化の為に1998年(H10)に第1期、2011年(H23)の第2期工事を経て竣工。
 

 

 



名称:是政橋
構造種別:鋼3径間連続斜張橋
河口からの距離:31.5km
橋の長さ:401m
竣工:2011年(H23)





>>>後書き<<<
競艇場を最前列で初めて見たが、ターン時の水飛沫を上げての攻防は迫力があり凄いです。一回、間近で見ると面白いですよ。次回は多摩川右岸の稲城大橋からJR南武線と武蔵野線多摩川橋梁までの紹介です。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/04/22(月) 00:06:00|
  2. 多摩川

Scene-19 多摩川右岸 『多摩川原橋、多摩川原水道橋、稲城大橋』


This best shot


今回は多摩水道橋の右岸から多摩川原橋、多摩川原水道橋、そして稲城大橋までの遡上紹介です。
多摩水道橋が架かる世田谷通りとJR南武線との交差点に神社仏閣が4箇所程集中しているので寄ります。
先ずは登戸稲荷社です、創建は不明。総本社は伏見稲荷大社(京都府京都市伏見区)、祭神:倉稲魂命(うかのみたま)、所在:川崎市多摩区登戸2297。入口鳥居は明神形式、稲荷社なので守護獣は狐様(M32奉納)ですが破損が酷い状態です。

 

 

本殿外壁の漆喰には左官職人が鏝(こて)だけで仕上げた見事な鏝絵が描かれています。登戸には左官職人が多く腕前の良さは東京、埼玉まで評判が知れ渡っていたとの事。

 

拝殿側面の縁側に立てた板障子(脇障子)にも見事な透かし彫刻が飾られています。表と裏で別の彫り物が合わされていて素晴らしい!一見の価値ありです。

   

世田谷通りを多摩川と反対方向に100m程進むと、稲荷山光明院と云うお寺が在ります。もと王禅寺(麻生区)の末寺で、大日如来を本尊とする真言宗豊山(ぶざん)派の寺院、所在:川崎市多摩区登戸1253。本堂は現在新築工事中でした。銅板を1枚ずつ葺く作業で大変だ、出来上がるは何時になるのか?完成したら下のスペースにアップします。山門の左手には聖徳太子堂が在ります。(約8箇月後の状態を追加しました。屋根葺きは完了、山門が新たに工事中でした)

 

 

光明院の左手に丸山教の、ご法聖地とされる場所が在り、ご法塔が建立されている。入口の鳥居は1923年(T12)の刻在り。通りを挟んだ反対側に丸山幼稚園があり、その中に丸山教本庁の大教殿がありました。
丸山教は、武蔵国橘樹郡登戸の農民だった伊藤六郎兵衛が実家の清宮家に伝わる丸山講を復興して1873年(M6)に創設した新興宗教。同時代には、天理教、黒住教、金光教なども興っている。所在:川崎市多摩区登戸1274。

 

 

 

大教殿の羽目板に彫刻が施されています、見事な透かし彫です。

 

丸山教から北西方向に200m先に浄土真宗本願寺派の永池山長念寺が在ります。1522年(大永2)法専坊によって当地に草庵が築かれたことに始まるとの事。山門を入ると正面に本堂(1824年{文政7}建築)、右手に庫裏が建つ。3棟とも江戸時代の建物で、1990年(H2)に川崎市重要歴史記念物に指定されている。本尊:木造阿弥陀如来立像、所在:川崎市多摩区登戸1416。

 

山門に飾られている羽目板彫刻も凄い出来栄えで、お見事。登戸に在る神社仏閣は古い物が多く、昔の職人技が至る所で見られます。

 

 

山門の左手にお堂が在りますが何の堂かは判りません。柵の中には3頭の龍が如意宝珠を支えてい立像が祀られています。更に左手には鐘楼堂が在ります。

 



多摩川に戻ります。此の先2km程先の三沢水門まで何も在りませんので、野草でも載せます。菜の花とハルジオンです。菜の花はアブラナ又はセイヨウアブラナの別名で、アブラナ科アブラナ属の花。菜とは食用の意味であり菜の花とは食用の花の意味です。3月7日の誕生花。
ハルジオン(春紫苑)は、キク科ムカシヨモギ属の植物。春に咲くキク科のシオン(紫苑)という意味。一部の地域では貧乏草と呼ばれ、「折ったり、摘んだりすると貧乏になってしまう」と言われています。
ハルジオンにソックリな花でヒメジョオン(姫女苑)が在りますが、見分け方としてハルジオンの蕾は下を向いて垂れていて、茎が中空になっているのが特徴ですが、確認しようとして折ると貧乏に成りますよ!(^_^)

 

此の辺りの河川敷には大学や企業の専用テニスコートが矢鱈多く目に入ります。平日なのでプレイヤーは少なくギャラリーはネコちゃんだけ、多摩川キジトラ猫のタマミちゃんです。

 

中野島の渡し跡を過ぎると漸く、三沢川が稲城市を経て多摩川に注ぐ合流点に設置された三沢川水門に到着です。多摩川増水時の逆流防止水門で、1974年(S49)に設置。幅13m、高さ7.7m、門扉の開閉速度:30cm/minのローラーゲート式水門、扉の重さ:48.4ton。所在:川崎市多摩区、多摩川河口から右岸25.7km付近に在ります。多摩川の水門は全部で6箇所であり、此の三沢水門が河口から6番目の最後です。

 

 

宿河原堰下の中洲には川鵜が沢山休んでいます、何時もは2、3羽なのに今日は20羽位いる。降雨後の増水の影響で此の辺に魚が集まっているみたいですね。久しぶりにオオバンも居ました。

 

宿河原堰の上流に二ケ領用水への引込み口が在ります。二ケ領用水は三沢川と直交している為、三沢川の下を潜らせてサイフォンの原理で二ケ領用水に戻しています。用水脇に稲田水源ポンプ場があり多摩川の下を流れる伏流水を汲み上げて生田浄水場に送る設備だが、現在は使用されていない。

 

前回紹介の京王線橋梁を潜ると多摩川原橋が見えて来ます。多摩川からは結構、富士山が見えるポイントが多く、冬場の空気が澄んでいる時は良く見えます。今の時期は雨上がり等の空気が澄んだ時以外はガスった状態でボンヤリとしか見えません。本日も霞んだ状態で、おまけに雲で覆われているので富士山と云わないと判らないですよね。左に写っている塔は読売ランドにある読売シャンツェ跡です。

 

1km程先の国道19号線町田調布線(鶴川街道)が通る橋が『#22 多摩川原橋』(たまがわらばし)で、右岸は稲城市、左岸は調布市になります。旧橋は1935年(S10)に架けられ、現在の橋は、老朽化と交通量の増大により上流側は1998年(H10)に、下流側は2006年(H18)に架け替えられている。

 

 

 



名称:多摩川原橋
構造種別:上路3径間連続鋼床版箱桁
河口からの距離:27.8km
橋の長さ:401.2 m
竣工:2005年(H17)





直ぐ隣に架かる橋は武蔵境浄水場から多摩ニュータウン方面に水を運ぶ為の送水管専用の『#23 多摩川原水道橋』。この橋の左岸端からも富士山が見えます、下の写真の中にも小さく写っているけど判りますか?

 

 

 



名称:多摩川原水道橋
構造種別:下路鋼タイドアーチ
河口からの距離:27.8km
橋の長さ:453 m
附属:水道管1200mm径
竣工:1967年(S43)




此の先、稲城大橋まで約1km見処は在りませんので橋までワープします。稲城大橋据付け橋の袂に島守神社(天王社)が鎮座しています。昔、押立地区は府中に属していたが、寛文年間の大洪水で多摩川の流れが北側に移動した事から村は多摩川によって南北に分断されて、北の府中側が「本村」、南の稲城側が「向押立」と呼称されるようになった。北側の押立鎮守は本村神社、南側の押立鎮守が島守神社になっています。1882年(M15)現在地に鎮座、社殿は1987年(S62)に再建されている。
祭神:天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、秋葉大神(あきばのおおかみ)、素盞嗚尊(すさのおのみこと)、創建:不明、所在:稲城市押立678。鳥居は神明鳥居、1918年(T7)の刻あり。

 

 

本日最終地点の『#24 稲城大橋』を紹介します。都道9号川崎府中線の道路橋で、この道路橋を含む府中市の中央自動車道稲城IC付近から稲城大橋までの区間は有料一般道路であったが、2010年(H22)に無料開放されています。

 

 

 



名称:稲城大橋
構造種別:上路3径間連続鋼床版箱桁+単純桁
河口からの距離:29.4km
橋の長さ:351.7m
竣工:1995年(H7)





>>>後書き<<<
登戸にある神社仏閣は古い建物が多く昔の彫刻や鏝絵などの装飾が間近に見られ、美術館に居る様で良い目の保養になりました。次回は、左岸の京王線橋梁から遡上し是政橋までを紹介します。
マスターズ、激戦で面白かったですね。プレーオフの末、Adam Scottが優勝。Tiger Woodsは2日目15Hのプレイで女神に見放され運が無かったね、それでも4位、凄いね。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/04/16(火) 00:10:00|
  2. 多摩川

Scene-18 多摩川左岸 『京王相模原線橋梁』


This best shot


前回左岸の続きで小田急線橋梁から遡上して京王線橋梁までを紹介します。
小田急線橋梁の先に貸ボート「たまりや」が、対岸には同業者の「のんきや」が在ります、此の辺りは宿河原堰により多摩川の流れが留まっている為、ボート遊びに最適な様です。

 

目の前に前々回紹介の多摩水道橋、何時見ても良いね~。此の辺りは自宅からも近く気温も穏やかになって来たので、移動手段を徒歩から自転車に変更して効率良く遡上する事にしました。チャリは6年前に勤続記念で貰ったマンテンバイク(片山右京モデル)、室内保管なので未だピカピカです。

 

多摩水道橋から800m程進んだ地点に河口から24Kポストが在り、土手遊歩道の右側に沿って調布桜堤通りの桜並木が約800m続いています。河川敷内には本数は少ないけど松並木も続いている、昔はもっと多かった記憶有り。

 

 

桜並木の途中に六郷排水樋管在り、桜堤通りは彫刻のある散歩路として知られていて、国内外で活躍する彫刻家の現代彫刻9点が野外展示されているので、幾つかを紹介します。

 

 

桜堤通りの先に日活撮影所が在りましたが見学はNGと云う事なので、河川敷へ戻ります。

 

多摩川の土手道路の先に堰が見えて来ます、二ケ領上河原堰(にかりょうかみがわらぜき)です。二ケ領用水への取水堰は此の上河原堰と前回紹介の宿河原堰の2箇所で、380年に亘り右岸下流部の農業用水への取水口の役割を果たしている。
上河原堰の特徴は、堰堤(えんてい)の基礎を川底の不透過性地盤まで打ち込まない浮き堰堤と呼ばれる構造で造られていて、多摩川の地下を走る伏流水は上河原堰の下を潜って流れるので下流地域への井戸水への影響を与える事が無い。堰の長さは460m、3ゲート式。所在:左岸/調布市染地2、右岸/川崎市多摩区上布田。

 

 

 

 

二ケ領上河原堰の下流部には、国土交通省「多自然型川づくり」の一環として、ワンドと呼ばれる静流域が整備されています。ワンドは水流が緩やかで淡水魚の生息に適しており、水生植物が繁茂する場所は魚の産卵や稚魚が暮らす絶好の場所で、当然其れを狙う野鳥も多い。

 

上河原堰の台座上は川鵜の休息場、川鵜は水中に潜り易くする為に羽の油がカモなどに比べて少なく浮力を小さくしている。反面、羽が水に濡れ易いので羽を広げて乾かす習性があり太陽に向かって全開です。堰の下ではシラサギが餌取りで魚探しに夢中、魚を見つけロックオンすると射程距離まで忍び寄り嘴を発射。かなりの確率で魚を捕獲しています。ヤッター!15cm位の魚ゲットです。

 

 

上河原堰の上流、1ケ月前に通った時に工事中だったが、中洲の撤去は完了して新しい堤防が出来ている。

 

京王線橋梁の右手に競輪場(東京オーヴァル京王閣)が在り、開催中だったので寄ります。会社に入社当時、先輩に競輪好きが居て川崎競輪に数回連れて行って貰った事があるが、レース展開の駆け引き、位置取りなどが複雑で玄人好みのギャンブルです。入口横に入場券自販機みたいなものが在り、\100投入すると\50が2枚出てきた、入場料金\50だから\50を入れろって事かな。\50を入れると返却?なんだよ此れ!人に聞くのも恥ずかしいのでゲート付近で観察していると、ゲートに\50を直接入れていた。成程、そういう事か、素人でも判る様に説明文書いとけ!
京王閣競輪場は1949年(S24)開設、東京都11市で開催。選手の年収(獲得賞金)は最低ランクのA級3班でも平均して800万円、賞金王は2012年の村上義弘で158,590,868円。一般の自転車ギヤ倍数は2倍強に対して競輪で使用するギヤは3倍強から4倍であり、一般人は乗りこなせないね。バンクの最大傾斜32度、1周400m、所在:調布市多摩川4-31-1、JR南武線矢野口駅より無料送迎バス、若しくは徒歩15分。

 

 

レースは400mを5周し、最後の1周になるとジャンと云う鐘が叩かれ、選手の駆け引きが全開。ゴール前の最高瞬間時速は70km/h程にもなり、望遠ではブレて撮れています。勝利インタビューではバンクの女神と云うマスコットガールがチャリをアシスト、結構人気だそうですが平日と云う事で入場者は少なく、正面スタンド以外は閑古鳥状態でした。

 

 

競輪は良く判らないので、写真も撮ったので撤収です、入口横に庭園と池が在り、カルガモが営巣しています。其の横に鳥居が見えました。ん~何で此処に鳥居?大岡稲荷天と書いてあります。此の競輪場は昔の「京王閣」と云う遊園地跡に建てられているので、当時に在ったものが残されていたのか?詳細は不明です。

 

 

競輪場の並びに昔の京王百花園(1997年に廃園)、現在は京王フローラルガーデンANGE(アンジュ)として
2002年(H14)に開園された植物園が在るので寄ります。園内の約半分がコブシやモクレンなどの総称であるマグノリアで占められている。休園日(水曜)、入場料金(\500)、園内の主な花木を紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

多摩川に戻ります。京王閣競輪場の裏に玉川苑と言う石の広場が在ります。昔の都電軌道に使用されていた敷石を敷き詰めた広場で、使用されている敷石の種類は稲田石、甲州石、岡山の万成石、瀬戸内の議員石などが在る(案内看板より)。上流の旧多摩川原橋の親柱も在るが、雑に置かれた状態です。

 

本日最終の『#21 京王相模原線多摩川橋梁』に到着です。京王多摩川駅と京王稲田堤駅間に在る橋梁で、多摩川の砂利採取を目的に敷かれた路線でした。相模原線は調布~京王多摩川間が1916年(T5)に開業、その後
京王よみうりランド駅への延長(S46)に合わせて架橋されています。

 

 

 

 



    名称:京王相模原線多摩川橋梁
    構造種別:鋼3径間連続トラス+連続箱桁
    河口からの距離:26.8km
    橋の長さ:344.8m
    竣工:1971年(S46)








>>>後書き<<<
此の1週間、降雨が多かったけど雨上がり後の雲が残った状態での夕焼けと水溜りへの反射、最高でしたね。中々この様な気象条件が揃う事は無いと思うので、雨に感謝です。次回は多摩水道橋の右岸から多摩川原橋、多摩川原水道橋、稲城大橋までを遡上しての紹介を予定します。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/04/10(水) 00:10:00|
  2. 多摩川

Scene-17 多摩川右岸 『多摩水道橋』


This best shot


今回は前回右岸の新二子橋から多摩水道橋まで約6kmの右岸遡上で、見処一杯です。
新二子橋に到着、上流に多摩川に合流する平瀬川と平瀬川浄化取水堰が在ります。此の平瀬川の上流、約1kmの処に昔の面白いシステムが在るので見に行きます。

 

水田耕作が主体の日本では、各地で農業用水の確保に纏わる喧騒が絶えず、農業用水の正確な分水は懸案事項だった。其処で考えられたのが円筒分水(えんとうぶんすい)で、多摩川から引かれた二ケ領用水を正確に各農業用水堀に分配するシステムです。
先ず、二ケ領用水を直交する平瀬川の下を潜らせて、サイフォンの原理で円筒分水中央の円筒から用水を噴出させます。現在は農業用水の需要が減っている事から取込み量は抑えられていて中央からの噴出は無く、余った用水は平瀬川に排出している。

 

次に、噴出した水の流れを外側の直径8mの円筒が整水壁となって押さえます。此の地区で分水する用水堀は4箇所であり、夫々の灌漑面積に合わせた仕切り幅が外側の円筒に設けられていて、夫々の仕切から溢れた水が各堀へと流れていく仕組み。用水の流量が変化しても、常に一定の比率で分水されるこの仕組みは、当時最も理想的かつ正確な自然分水装置の一つと言われ、各地で造られた円筒分水の初期の例として大変貴重なものとなったとの説明板在り。1941年(S16)竣工、所在:川崎市高津区久地1 。整水壁を溢れた水位の違い、写真でも良く判りますよね。う~ん、良く出来た仕組みだね、感心、感心!

 

 



尚、円筒分水が分水していた二ケ領用水は徳川家康の命を受けた小泉次太夫が、慶長2(1597)年から約14年の歳月をかけて開削した、多摩川で最も古い農業用水路との事です。
近くに久地神社と浄元寺が在るので寄ります。久地神社の創建は不詳。元は毘沙門天と弁財天を祀る赤城社であったが神仏分離により神体は浄元寺に合祀され、祭神を天照大神と改め社名を久地神社と改称。現社殿は1966年(S41)に再建、同年に奉納された明神鳥居が参道入口に建つ。祭神:天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)、所在:川崎市高津区久地511。1901年(M34)刻の古い狛犬、頭に手拭を被った様な変わった造りです。

 

 

久地神社(赤城社)の別当寺であった日蓮宗の浄元寺が近くに在ります。山号:秋興山、所在:川崎市高津区久地1-31-1。池上本門寺の直末寺。

 

多摩川に戻る途中に曹洞宗の養周院が在りました。建立は安土桃山時代(1570年頃)、平瀬川久地橋上流にあったが、1862年(文久2)多摩川洪水により本堂、観音堂、地蔵堂などが流出した為、現在の地に移った。山号:冨鳳山、本尊:釈迦牟尼仏、所在:川崎市高津区久地3-10-32。

 

多摩川に戻ります。河川敷に多摩川宇奈根パークボール場と云うのが在りましたがホール距離が短い(30~90m)、ショートコース?いや違うなパークゴルフ場でした、パークゴルフと云うのは一本のクラブでプラスチックボールを打ち、打数を競いうスポーツで写真でも判る様にロフトが無いウッドにセンターシャフトが付いた形状のクラブを使っていました。上手くなるとカット打ち、ロブショットも出来るそうです。利用は当日申し込み順で用具貸出在り(クラブ&ボール含む)1人\50、安す~!1R 料金(大人 \400)え~ビックリ!

 

土手道路の反対側にミキサー車が頻繁に出入りしています、建物には溝口レミコンとある。レミコンて何?調べました、生コンの事でReady Mixed Concreteの略称でした。此処でセメント、骨材(砂・砂利)、水、混和剤などを配合し混ぜてミキサー車で打設現場に運送されます。唯、ミキサー車でも凝結を完全に防げる訳ではなく、90分以内に現場へ到着しなければならないとの事。へえ~そうなんだ。

 

多摩川右岸遡上を続行、前回紹介の高圧送電塔の右岸側の相方が在りました。土手には薄紫の小さい花がチラホラ、ホトケノザ(仏の座)シソ科です。半円形の葉が茎を取り囲んで付く様子から蓮華座に見立てた呼称が由来。上部の葉脇に2cm程の唇形状の花を咲かせる、七草の「ほとけのざ」であると誤解されている場合がありますが此のホトケノザは食用では無いので注意の事。

 

河港から20kポスト、東名高速道路多摩川橋の手前に宇奈根排水樋管と堰入樋管在り、前回も宇奈根排水樋管が出てきましたが、此方の宇奈根は川崎市、前回は世田谷区です。多摩川の両岸には同じ地名が幾つか在ります、丸子、等々力、野毛など沢山あり多摩川が暴れ川であった事を物語っています。

 

河川敷内ブルーシートの住人に飼われている猫ちゃん登場、毛並みの良いキジトラです。名前は多摩川のタマ子に命名。

 

河川敷には色々な樹木が生えています。遊歩道沿いの木は植林された物と思われるが、不自然な配置の木は多聞、増水時に上流から流れて付いて根付いたのであろう。小鳥が頻繁に出入りする木が在るので近づくとシジュウカラ(四十雀)スズメ目シジュウカラ科が雄花の穂に集っています。全長15cm程度で体の上面は青味がかった灰色や黒褐色、下面は淡褐色の羽毛で覆われている。頭頂は黒い羽毛で覆われ、喉から下腹部に黒い縦線が入る、メスは此の縦線が細い。餌探しに忙しくて、じっとしていてくれず撮影に苦労します。

 

 

シジュウカラが好んでいた樹木は胡桃の木で、葉の脇から雄花の穂が垂れ雌花は直立します。雌花は未だ咲いていないのか、食われたのかは不明。川辺にはヒドリガモ、白鷺、大鷺や川鵜などが目に付きます。

 

 

 

宿河原堰の手前に正一位船島稲荷が在ります。1721年(享保6)に現在地に治水興農の氏神として祀った稲荷社として創建。その後、船島稲荷と改称、社殿には草鞋(わらじ)の片方を掛け、祈願成就すると残りの草鞋を奉納する慣習が在り別名「沓稲荷」とも呼ばれているとの事。所在:川崎市多摩区宿河原1。

 

二ケ領宿河原堰(にかりょうしゅくがわらぜき)は取水堰で、此処から二ケ領用水へと分水されます。その昔、多摩川の流量減少に加え、江戸時代頃から大規模に行なわれていた砂利採取による河床低下の為、川の水を堰き止めなければ取水出来なくなり蛇籠(じゃかご)を積み上げた堰が二ケ領宿河原堰の始まりとの事。其の後1927年(S2)に二ケ領用水改良事業が計画され、1949年(S24)にコンクリート製の宿河原堰(長さ325m、1ゲート式)が完成している。
宿河原堰の左右には魚道や下流に浅瀬が出来ている為、魚が滞留する事から野鳥の餌場になり、中洲では休息する姿が多く見られる。

 

 

 

 

 

 

宿河原堰で忘れてならないのが1974年(S49)の台風16号による堤防決壊です。この時は堰止めた水が左岸方向に大量に流れ、洗堀決壊と言われる増水流によって堤防が削られ決壊したもので、迂回流による浸食で民家数19戸が多摩川に流されている。更なる被害を止める為に自衛隊による宿河原堰の固定部を13回の爆破によって破壊し、迂回流を抑止している(当時の新聞記事から)。この事実を後世に伝える碑が左岸に在る。

 

右岸河原には「聖牛」と呼ばれる伝統的水防工法が展示されています。聖牛とは川の流れをコントロールする水制の一種で、丸太を合掌状に組みあわせた構造で三角錐の形をしている。激流にも流されないように足元には重しの石を詰めた蛇籠(じゃかご)を載せて川の中に設置される。(看板説明文から)

 

宿河原堰の上流土手上には、多摩川の事がまるごと判る情報サテライト。多摩川流域リバーミュージアムの活動拠点である二ケ領せせらぎ館が在り、ミニ多摩川水族館、二ケ領宿河原堰模型、大型モニタ画面(魚道)等が見られる。開館時間はam10:00~pm4:00(土日は5:00迄)、無料。

 

せせらぎ館を囲むように、多摩川からの二ケ領用水取入れ口と取水水門が在り、二ケ領用水として流れ、此の末端が冒頭で紹介した円筒分水へと続いている。

 

 

登戸駅手前の土手に桜の花の蜜を吸いにヒヨドリとメジロが来ています。ヒヨドリ(鵯)は、スズメ目ヒヨドリ科ヒヨドリ属に分類される鳥で全長は約28 cm。嘴は黒く雌雄同色、頭部から胴体は灰色の羽毛に覆われるが、頬に褐色の部分がある。
メジロ(目白)はスズメ目メジロ科の鳥で全長12 cm程、緑がかった背と暗褐色の羽を持ち、雌雄同色。目の周りの白い輪が特徴であり名前の由来になっている。食性は雑食だが、花の蜜や果汁が大好物、顔が可愛いね。

 

 

桜の隣に咲き分け花桃が咲いています。咲き分けとは遺伝子の異なる細胞が接する時に稀に発生する遺伝子変異によって生まれたもので、梅、桜、桃、椿、朝顔などに見られます。

 

小田急橋梁の手前に登戸排水樋管と登戸の渡し碑あり。

 

小田急線橋梁を潜ると23Kポストが在り、目の前に川崎市多摩区と狛江市に架かる橋、『#20 多摩水道橋』が登場です。飾りとして付けられたアーチの形状が良いね、特にアーチと桁橋が交わる部分の滑らかな曲線、最高。好きな橋No1なので何時もより多くの写真を載せます。
川崎市の長沢浄水場から相模川の水を東京都に供給するために作られた橋で多摩水道橋の旧橋は、1953年(S28)に道路及び水道管の併用橋として開通。この場所には「登戸の渡し」が在ったが橋が出来た事により廃止されている。

 

 

 

 

 



名称:多摩水道橋
構造種別:下路鋼3径間連続ローゼ桁
河口からの距離:23.2km
橋の長さ:358.8m
附属:1.8m径水道管
竣工:2001年(H13)、第2期工事完了





>>>後書き<<<
今回のScene-17は円筒分水や宿河原堰、四十雀にメジロ等の綺麗な野鳥など盛り沢山で編集が大変出したが如何でしたか?次回は、前回左岸の続きで小田急橋梁から遡上して京王線橋梁までを紹介予定です。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/04/04(木) 00:10:00|
  2. 多摩川

最新記事

カテゴリ

多摩川 (62)
多摩川に架かる橋--095 (1)
隅田川 (18)
隅田川に架かる橋--040 (1)
荒川 (59)
荒川に架かる橋----116 (1)
浅川 (14)
浅川に架かる橋----057 (1)
南浅川 (7)
南浅川に架かる橋--036 (1)
江戸川 (21)
江戸川に架かる橋--041 (1)
神田川 (18)
神田川に架かる橋--153 (1)
秋川 (15)
秋川に架かる橋----067 (1)
北秋川 (5)
北秋川に架かる橋--020 (1)
鶴見川 (21)
鶴見川に架かる橋--123 (1)
恩田川 (7)
恩田川に架かる橋--048 (1)
野川 (15)
野川に架かる橋----107 (1)
日本橋川 (5)
日本橋川に架かる橋031 (1)
相模川 (35)
相模川に架かる橋--159 (1)
玉川上水 (18)
玉川上水に架かる橋150 (1)
石神井川 (20)
石神井川に架かる橋179 (1)
入間川 (4)
台湾-台北 (1)
ベトナム-ハノイ (2)
札幌雪まつり (2)
小樽 (1)
加茂水族館 (1)
弥彦温泉 (1)
寶川温泉 (1)
那須塩原温泉 (1)
日光 (2)
袋田の滝 (1)
秩父 (5)
川越 (0)
奥多摩 (2)
やまなみ五湖 (1)
忍野八海 (1)
鎌倉 (1)
横須賀港 (1)
三浦海岸 (1)
真鶴 (2)
伊東城ケ崎海岸 (1)
河津町 (1)
京都・奈良 (3)
大阪-関空と四天王寺 (1)
新宿御苑 (1)
三鷹国立天文台 (1)
神代植物公園 (2)
府中郷土の森博物館 (2)
昭和記念公園 (1)
横田基地日米友好祭 (2)
厚木基地日米親善春まつり (1)
川崎市立日本民家園 (1)
その他 (8)

月別アーカイブ

カレンダー

03 | 2013/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -

天気予報

東京の天気予報

東京の天気予報
-天気- -FC2-

検索フォーム

QRコード

QR

FC2カウンター

ご訪問 ありがとうございます。   リンクフリーです。