ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-16 多摩川左岸 『東名多摩川橋、小田急線多摩川橋梁』


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今回は二子橋から東名高速道路多摩川橋と小田急小田原線多摩川橋梁までの左岸遡上で、玉川堤通りに在る玉川諏訪神社からのスタートです。

玉川諏訪神社の創建年代は不詳。入口鳥居はかなり古い、飾額に六年八月吉日の文字は読めたが肝心の年号が判読不能。右手に手水石、左手に参道の階段が在り社務所の上に諏訪社が鎮座している。祭神:建御名方神(たけみなかたのかみ)、所在:世田谷区玉川3-26-5。あれれ守護獣の狛犬が居なかったな、珍しい神社ですね。今回、紹介する神社仏閣は此れだけです。

 

 

二子橋に戻り多摩川に出ると並行する様に野川が流れているので野川沿いに進みます。高くそびえる松林の一角にはシラサギやアオサギの営巣が見られる。此の高さなら猫も人も来る事無く安全なのだろう。

 

新二子橋手前に谷川排水樋管が在り、橋を潜ると玉川排水樋管が見えます。野川の水源は国分寺の湧き水で、調布、狛江を経て田園都市線橋梁の先で多摩川に合流しています。多摩川の支流と云う事で野川も一級河川です。土手には浜大根が密生しています。

 

 

左岸にも雪柳が植えられていますが、右岸に比べて咲きが遅い感じです。少し進むと玉川東に在った陸閘と同じ造りの玉川西の陸閘が在ります。

 

左岸沿いは緑地公園や運動場が続いており、暫くは此のまま直進。1km程先に高圧送電鉄塔が見えて来ます。此処の送電塔は変わっていて、基礎部分が河川敷の中に位置している為か増水から逃れる様に嵩上げされています。

 

送電塔の先に宇奈根排水樋管在り、此の辺りの流れは浅瀬が広がり釣りをする人も多くいます。河川敷には黄色い植え込み、レンギョウです。レンギョウ(連翹)はモクセイ科の花で、別名レンギョウウツギ(連翹空木)とも呼ばれている。古名は、いたちはぜ、いたちぐさ等、原産地は中国。土手にはハナニラも満開です。

 

 

昼過ぎなので此処で弁当休憩です。座って気付きました、土手一面にトクサ科の土筆(つくし)が一杯出ています。土から出てきた茎は、伸びきる前は先端まで袴という葉に覆われており、その形が筆に似ていることから土筆と云う名前が付いていて、春に土筆から胞子を放出して増える。全体が薄茶色で袴と呼ばれる端が焦げ茶色で輪状の葉が茎を取り巻いている。

 

つくし誰の子、スギナの子と云われるように土筆とスギナは地下茎で繋がっている親子です。土筆が伸びた後に地下茎からスギナが芽を出して、光合成により地下茎に栄養を貯め翌春に又、土筆が出ます。スギナは花が無く、土筆の胞子が花の替わりをしています。

 

土筆はサラダや天婦羅にして食用が可能。と云う事で昼食後に土筆取りです、5分位の間で50本位の収穫。自宅に持ち帰り調理方法を検索、Step-1:土筆の袴を取り除いて良く洗う。Step-2:水に6時間程度漬けて灰汁抜きする、苦みが好きな場合は3時間程度でOK。Step-3:170℃で1分程度揚げて完成、塩で食する。成程、灰汁抜きの時間がポイントだな、苦みは好きなので3時間コースで開始、いや~袴の取り除きが面倒でしたが無事完成、少しほろ苦さも残りサクサクで美味い。酒のつまみに良いね~。又、取ってこようかな?

 

 

多摩川遡上の続きに戻ります。土手一面に黄色の花、葉の濃緑とのバランスが良いね。大黄花片喰(おおきばなかたばみ)です、葉の形はクローバーに似ていて3枚、花弁は5枚。南アフリカのケープ地方が原産で別名はオキザリス。10月1日の誕生花です。

 

宇奈根排水樋管の先、東名高速道路多摩川橋の下に警視庁交通機動隊の訓練所があります。『#18 東名高速道路多摩川橋』は世田谷区から神奈川県川崎市多摩区へと架かる自動車専用の橋、側面の赤ペイント色が目印。

 

 

 



名称:東名高速道路多摩川橋
構造種別:上路鋼3径間連続桁
河口からの距離:20.6km
橋の長さ:495 m
竣工:1966年(S41)





上流側には先程の交通機動隊の白バイ訓練コースが併設してあります。直線で約400mの距離、この日は訓練が無く白バイの走行は見られませんでした。

 

河川敷にキジバト(雉鳩)が居ました、和名の由来はキジの雌に体色が似ていることが由来。ハト科キジバト属に分類される鳥で別名ヤマバトと呼ばれている。公園で良く見るカワラバト(河原鳩)と違い、人を警戒する野鳥である。

 

河川敷を進んで行くと緒方排水樋管が在り、二ヶ領用水宿河原堰に着きます。宿河原堰については次回に詳しく紹介します。堰の台座では川鵜とカモが休息中です、堰の下流には大昔(百数十万年前)の飯室層という地層が露出しており、堆積岩から微化石を取る事が出来るそうです。

 

 

本日の終着地の『#19 小田急小田原線多摩川橋梁』に到着です。此の橋梁は小田急小田原線和泉多摩川駅と登戸駅間に架かる鉄道橋で、小田原線開業時1927年(S2)に掛けられ長年使われていたが、和泉多摩川駅~向ヶ丘遊園駅間の改良工事に合わせて架け替えが行われた橋。

 

 

 



名称:小田急小田原線多摩川橋梁
構造種別:上路ラダー枕木3径間連続2箱桁
河口からの距離:22.9km
橋の長さ:429.6m
竣工:2008年(H20)






>>>おまけ
桜も今秋で終わり寂しくなりますね。替わりに今、咲き出したのが梨の花です。地元の稲城市では、8品種程生産されていて、白い花が彼方此方で開花を始めて居るので其の紹介です。

 

 

 



>>>後書き<<<
今回は見処が少なく面白くなかったですね。次回は見処が沢山あり、曲線が美しい『#20 多摩水道橋』も愈々登場しますので期待して下さい。

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  1. 2013/03/29(金) 00:10:00|
  2. 多摩川

Scene-15 多摩川左岸 『新二子橋』


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今回も前回左岸からの続きと云う事で第三京浜新多摩川大橋からスタート、新二子橋までを遡上します。南武線の武蔵新城駅から新多摩川大橋へ向かう途中に御嶽神社が在るので寄ります。

坂戸御嶽神社の創立年代は不詳、1851年(嘉永4)に社殿が創建され大正初期に改築、又数年前に改築されている。祭神:御嶽大神(みたけだいじん )、日本武尊(やまとたけるのみこと)、境内社:弁財天、稲荷神社、八幡神社、面足神社(写真省略)、所在:川崎市高津区坂戸2-20-1。
1958年(S33)刻みの狛犬の後ろに1907年(M40)奉納の古い明神鳥居があり、正面に拝殿。左右に稲荷神社、八幡神社、面足神社が祀られ、入口鳥居から道路を挟んだ対面に稲荷社が在る。昔は同じ境内に在ったものが、道路を造る際に分断された模様である。

 

 

近くに御嶽山神社の別当寺であった真言宗智山派の御嶽山安養院真性寺が在るので寄ります。本尊:阿弥陀如来、玉川八十八ヶ所霊場:29番、所在:川崎市高津区坂戸2-14。お寺=庭園が綺麗、と云う事で安養院の庭も凄く綺麗ですので、一部ですが枝垂れ桜と利休梅を紹介します。

 

 

 


 


あと2箇所お寺と神社に寄ってから多摩川のスタート地点に行きます。先ずは白王山正福寺です、宗派:真言宗智山派、本尊:大日如来、所在:川崎市高津区北見方2-13-1、玉川八十八ヶ所霊場:第31番札所。

 

100m先に、みちびきの神として知られる猿田彦命を祭神とした白髭神社が在ります。1610年(慶長15)頃、三重県の伊勢猿田彦神社から分霊され創建。其の後4回の再建、増築、修復があり2006年(H18)に新築再建されている。社殿は入母屋根造り銅板葺き、所在:川崎市高津区北見方2-14-7。拝殿横に神社略記が掲げられていて編集が楽で助かります。入口の鳥居は明治24年刻の明神鳥居、拝殿前鳥居は平成20年刻の新しい鳥居。拝殿前の狛犬は1940年(S15)建之。

 

 

 

やっと新多摩川大橋に到着です。前回のScene-14でユキヤナギが咲き出したと紹介しましたが、1週間で満開になっています。葉が柳に似て枝一杯に白い花を雪のように咲かせる事からユキヤナギ(雪柳)の名前が付けられている。又、小花がコメに似ている事から小米花(こごめばな)とも呼ばれている。薔薇科で中国原産、自分の誕生日である2月26日の誕生花、花言葉は愛嬌。この先の新二子橋まで2km程続いて植えられており此の時期の桜並木と同じ絶景です。

 

 

途中に諏訪排水樋管あり、此処にも雑草だがコバルトブルーの小花、オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢)オオバコ科が咲いています。近い種類にイヌノフグリがあり、名前のフグリは陰嚢の事で、実の形が雄犬のそれに似ている事からの名前で、イヌノフグリよりも大きい事からオオイヌノ..となっている。花弁は4枚、花の寿命は朝顔の2倍の1日、ヨーロッパ原産の帰化植物。

 

左岸にタワーイースト(42F,150m)、ウエストとセントラル(何れも28F,103m)の賃貸マンションが見えます、因みに家賃は2LDKで約\25万、自分の家賃と比べて3倍か、良い値段だね。

 

土手には他の雑草だけど綺麗な花も咲いています、ハナニラ(花韮)ヒガンバナ科です。明治時代に観賞用に運び込まれた後、帰化植物になっている。葉に韮や葱のような匂いがある為ハナニラの名がある。原産地はアルゼンチン。

 

左手200mに諏訪神社が在り、別当寺の諏訪山明王院が隣に在るので先に寄ります。宗派:真言宗智山派、所在:高津区諏訪3-14。お寺の庭は何時も手入れされていて黒松が綺麗です。入って右手に水鉢と弘法大師修行像、正面が本堂、左に観音堂が配置されています。

 

 

 

隣に諏訪神社が在りますが諏訪を社名に持つ神社は全国に約25,000社あり、長野県諏訪湖近くの諏訪大社が総本社。此処の諏訪神社は1590年(天正18)に信州諏訪大社の分霊により創建。1899年(M32)に杉山社、大陸大社、神明社、稲荷社を合祀。

 

1925年(T14)建之の古い狛犬、良い具合に苔生している。

 



祭神: 建御名方神(たけみなかたのかみ)
五十猛命(いそたけるのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
大日靈尊(おおひるめのみこと)
保食神(うけもちのかみ)
所在:川崎市高津区諏訪3-16-48




多摩川に戻り前回紹介の田園都市線橋梁と二子橋を潜ると二子排水樋管が在ります。

 

二子排水樋管の左手に二子神社が見えます。創建は不明、元は神明社と云っていたそうで鳥居は神明鳥居。祭神は、天照大神(あまてらすおおみかみ)、現在の社殿は1943年(S18)に建立との事。

 

(S4)奉納の狛犬、右の狛犬はかなり傷んでいます、顔が崩壊状態だ。

 

神社境内に岡本かの子文学碑が在ります。岡本かの子は岡本太郎の母親で、大正、昭和期の小説家、歌人。かの子の実家に近く、かの子が愛した多摩川の畔に位置する二子神社の境内に建てられている。この文学碑建設には、岡本太郎と建築家の丹下健三が協力し設計している。



本日最終目的地の『#16 新二子橋』に到着です、東京~横浜バイパスの一部を構成し、現在は国道246号のメインルートの橋。

 

 

 



名称:新二子橋
構造種別:上路鋼3径間連続桁
河口からの距離:18.3km
橋の長さ:577.9m
竣工:1974年(S49) 供用開始は1978年(S53)






>>>おまけ
都内各地で桜が満開です。多摩川河川の特集を予定していましたが、何処の桜も同じ風情なので地元の桜並木を紹介します。

◇三沢川の桜並木:5分咲き
 

 

 

 

◇北多摩一号水再生センターの桜並木:3分咲き
 

 

◇是政橋下流右岸の桜並木:5分~7分咲き
 

 

 

 



>>>後書き<<<
桜は今週一杯が見納めですね、桜も良いけどユキヤナギの白さ、如何でしたか。ユキヤナギも右岸は今週までが見頃、左岸は1週間位遅れている模様で未だ満開にはなっていません。
次回は、東名高速道路多摩川橋と小田急小田原線多摩川橋梁までの左岸遡上の予定です。

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  1. 2013/03/24(日) 00:36:45|
  2. 多摩川

Scene-14 多摩川左岸 『田園都市線橋梁、二子橋』


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今回は東横線橋梁から田園都市線橋梁と二子橋までの左岸を遡上です。川の右岸、左岸はScene-1で説明したように、川上に背中を向けて立った時の、右手側が右岸、逆が左岸になります。
東横線橋梁の下に、昔は此処から飲料取水を行なっていた調布取水堰(せき)幅104mが在ります。1935年(S10)に造られ1970年(S45)まで飲料水を取水していたが、生活排水による水質悪化の為、現在は停止しており調布取水堰は工業用水の取込みと潮害防止用の堰としての機能が残されている。多摩川で飲料水としての取水機能がある堰は小作堰と羽村堰で、Scene-3?で登場予定です。

 

堰の下には魚が滞留し、鷺や川鵜など大形野鳥の餌場でもあると云う事で、お約束のダイサギと川鵜が撮影待ちでスタンバイしていた。お待たせ、バシャッ、バシャッ。因みに多摩川に遡上する鮎の数は昨年は最多の1000万尾を越えていて、遡上シーズン(4,5月)には此の堰を飛び跳ねる姿が見られます。

 



目科:コウノトリ目サギ科
類:ダイサギ(大鷺)
学名:Ardea alba
体長:90cm程度
特徴:日本ではアオサギと並ぶ最大級のサギで
全身の羽毛が白色。白鷺の一種。




堰の先には田園調布水位観測所が建っています、テレメータ水位による基準値は、氾濫危険水位:8.8m、避難判断水位:7.9m、現在の水位は3.2m。因みに2007年(H19)の台風9号では8.6mが記録されています。川沿いには松並木が続いている、桜も綺麗だが松の緑も良いね。

 

右手に多摩川八景の一つ、多摩川台公園へ続く階段が在り、其の中にある「調布浄水場跡」に寄ります。調布浄水場跡は、民間の玉川水道㈱によって1918年(T7)に造られ、1935年(S10)に東京市が買収。1967年(S42)に廃止されるまで多摩川の水を汲み上げ浄化し周辺地域に上水を供給していた場所。跡地は浄水場であった事を残す為、濾過池、沈殿池を其のままの形で湿性植物園に転用されている。

 

 

公園内には7種類、約3000株の紫陽花が植えられている事で有名、現在は梅が見頃でした。紫陽花の見頃は梅雨時ですね。

 

公園の後ろ側には、都及び国の指定史跡である宝莱山(ほうらいさん)古墳と亀甲山(かめのこやま)古墳から成る多摩川台古墳群が連なっています、内容は、説明看板からどうぞ。古墳には番号標識が刺さっていますが、此れが古墳。ふ~ん、てな具合で素人には唯の小山にしか見えません。写真も撮りましたが、判らないですよね。8号墳まで続きますが7号墳の先に紅橋が架かり、多摩川に出る道が在ったので戻ります。

 

 

多摩川に戻り暫くは何も紹介出来るものが無いので黙って直進、唯歩くのは辛い。約2km先に玉川排水樋管が在り、此の排水路を辿っていくと等々力渓谷に出ます。序なので寄って行きます。

 

目黒通りを環八まで上がると等々力渓谷公園に到着です。公園入口にゴルフ橋と書かれた橋が在り、此処から下の渓谷に入ります。此の橋は、昭和初期に此の近くに在った等々力ゴルフコース(S14閉鎖)に行く人の為に造られたとの事。等々力渓谷の周囲は急斜面である為に宅地開発されずに昔の豊かな森の面影が残り、渓谷を流れる川は上流の矢沢川から続き、途中からの湧き水と合流し都内で唯一の渓谷となっている。

 

 

小川の水量は少なく、生活排水が流れ込んでいるようで薄く白濁しているのが残念。そんな悪い環境の中でもカルガモが元気に泳いでいます。誰かが餌付けし慣れている様で、人が立ち止ると餌が貰えると思いカルガモからアイコンタクトを受けます。
左手の斜面上には古墳時代後期から奈良時代(7~8世紀)の物と推定される、都史跡「等々力渓谷3号横穴(おうけつ)」が見られます。野毛地域の有力な農民の墓で、此の付近で3箇所確認されていて3号横穴が完全な形で残されているとの説明板あり。

 

 

川沿い右手に稚児大師御影堂あり、稚児大師像とは、弘法大師(空海)の幼児期の姿。左手先の利剣の橋を渡ると、稲荷堂と不動の滝があり湧き水による白糸のような細い滝が流れ落ちています。等々力の地名は此の滝の音が渓谷に響く事から、「とどろき」と命名されるに至ったとの事。現在は湧き水の量も減り、轟く事は無い。

 

 

不動の滝の右手に石段が在り、上がった先に真言宗智山派の等々力不動尊明王院が鎮座しています。明王院データ、山号:滝轟山、院号:明王院、所在:世田谷区等々1-22-47、本尊:不動明王像。玉川八十八ヶ所霊場:33番。

 

多摩川に戻り田園都市線橋梁まで遡上再開、此の辺りも見処は無く途中に野毛の渡し跡が駐車場の角に立っている程度。更に進むと前回紹介の新多摩川大橋の手前に下野毛排水樋管が見えて来ます。新多摩川大橋を潜ると田園都市線橋梁まで残り1km程、本日の徒歩予定は約10kmと長く脚に堪えます。

 

漸く田園都市線橋梁の手前まで到着、民家敷地内に二子の渡し跡あり。此の付近に玉川東陸閘が在るそうなので探します。今居る土手と並行するように内側に昔の土手が見えましたので移動、見っけ。自動車が通れる程の幅がある、かなり大きい造りです。赤煉瓦で築かれた陸閘が2箇所、上から遮蔽板を差し込むタイプでScene-12で紹介した多摩川治水工事{1918年(T7)~1933年(S8)}の時に造られています。

 

 

『#15 田園都市線多摩川橋梁』の紹介です。多摩川下流と支流の野川に架かる東京急行電鉄の鉄道橋で、1966年(S41)に田園都市線が併用軌道(路面電車)だった二子橋から専用の鉄道橋に移されるのに伴い建設されている。橋梁の両端は二子玉川駅と二子新地駅になります。

 

 

 



名称:田園都市線多摩川橋梁
構造種別:上路鋼単純箱桁+単純I桁
河口からの距離:17.8km
橋の長さ:440.4m
竣工:1966年(S41)





本日最終の目的地である国道246号の『#16 二子橋』を紹介して終わります。二子橋は田園都市線橋梁と並んで架けられていて先程書いたように、1927年(S2)から1966年(S41)迄は路面電車が走る単線道路との鉄道道路併用橋であり、下から見た橋桁構造(緑色部)に鉄橋の名残りが垣間見える。
左岸にはユキヤナギが白い小花を身に纏い咲き出しています、ユキヤナギは此の後の左岸紹介でも登場するので其の時に詳しく紹介します。

 

 

 



名称:二子橋
構造種別:上路鋼単純板桁
河口からの距離:17.8km
橋の長さ:440m
竣工:1925年(T14)






>>>後書き<<<
今回の右岸遡上は距離があった割に見処が少なかったですね。次回は新二子橋までの右岸を紹介します。
WBC準決勝戦、家で観戦していたが主審の立位置がずれていて判定が微妙だったり、ツキが無かったりで残念でしたね。Samurai Japan此処まで良く頑張ったよ、次回に期待しましょう。

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  1. 2013/03/20(水) 01:00:00|
  2. 多摩川

Scene-13 多摩川右岸 『新多摩川大橋』


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今回は新幹線橋梁からの右岸遡上で新多摩川大橋までの紹介ですが、神社仏閣の数が多いので手水舎や合祀社などは省略してありますので、ご容赦を。
先ずはスタート位置の新幹線橋梁から遡上開始。13Kポスト傍に丸子の渡し碑あり、其のまま丸子橋と東横線橋梁を潜り約1km程進むと等々力ポンプ場排水樋管が在ります。此処から左の小杉陣屋町方向に神社仏閣が沢山あるので寄り道します。因みに町名の由来は、中原街道上に在った将軍の宿泊地である小杉御殿がこの地にあった事からだそうです。

 

先ずは、真言宗智山派寺院の西明寺、創建年代は不詳。山号:龍宿山 、院号:金剛院 、本尊:金剛界大日如来像 、所在:川崎市中原区小杉御殿町1-906、玉川八十八ヶ所霊場の20番。入口から見える仁王門には文字通り右に木彫りの阿形像、左に吽形像が睨みを効かしている。比較的新しい像ではあるが雰囲気最高、経時により風格が出て来るのが楽しみです。

 

 

山門の正面が本堂、1932年(S7)に建てられている。左側には観音堂、右手に鐘楼が在ります。

 

 

西明寺の右裏手に小杉神社が在ります。此方も創建年代は不詳、1951年(S26)杉山社、神明社、権現社の三社を合祀して小杉神社と改称。祭神:天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、境内社:小杉天満宮、所在:川崎市中原区小杉御殿町1-1010。表参道鳥居は表参道の神明鳥居、南参道の鳥居は明神鳥居(省略)、正面に拝殿。

 

1959年(S34)作の比較的新しい狛犬一対。

 

神社右側の等々力競技場沿いに時計回りで多摩川方面に迂回、等々力アリーナ手前で左手に寄り道します。暫く進むと宮内の春日神社が見えてきます。宮内春日神社の創建年代は不詳、祭神:天津児屋根命(あまつこやねのみこと)、所在:川崎市中原区宮内4-12-2。

 

隣に真言宗智山派寺院の常楽寺が在ります。聖武天皇の直願所として行基菩薩が創建したと伝えられ1159年(平治1)には宮中の祈願所となったと云われ、春日神社の別当を務めていた。山号:春日山 、院号:医王院、本尊:金剛界大日如来像、所在:川崎市中原区宮内4-12-14。

 

本堂改修の際に、まんが好きの和尚を慕って、漫画家達が襖や壁にまんがを奉納、まんが寺とも呼ばれている。尚、参観は予約制との事。玉川八十八ヶ所霊場26番、庭園には梅が満開です。

 

 

多摩川に戻る為に等々力緑地内を横切ります、緑地内には梅の庭園もあり見頃でした。

 

海から14Kポスト(等々力)先の土手沿いに約1kmに亘って桜並木が続いており、一番奥(上流)の桜がピンク色になっているのが判りますか。此処の桜並木の特筆すべき点は桜の種類数で、上流側から咲く順番に13種類が7本程度の並びになっています。従って、現在満開の河津桜から最後の染井吉野まで、此の先ひと月は連続して花見が出来る計算です。

 

 

因みに中間に配置されている桜は上流側から、荘川(ショウカワ)、薄墨桜(ウスズミ)、大島桜、神代曙(ジンダイアケボノ)、仙台屋(センダイヤ)、紅傘、八重桜、関山(カンザン)、鬱金(ウコン)、福禄寿、紅華(コウカ)です。

 

桜の木には判り易く、其の種類(名前)と簡単な説明が書かれた札が下げられています、札が無かったら素人では外観からは見分けられないね。他の桜は未だ蕾状態だが此の天気が続けば来週には開花ですよ。

 

桜並木から2km程先に宮内下水樋管が在り、その先に本日終着地点である新多摩川大橋が見えて来ます。土手には淡紅紫色の花が満開、浜大根です。アブラナ科のダイコンが野生化したもので、大根と云う名が付いているが根は細くて固いので食用には不向きとの事。宮内下水路樋管の左手に多聞寺が在るので寄ります。

 

今回寄る最後のお寺です、川崎市中原区にある東樹院多聞寺(とうじゅいんたもんじ)は、川崎の七福神・毘沙門天を祀る寺院。山門は招福を意味する朱色の瓦屋根で飾られています。宗派:真言宗智山派、山号:大栄山、本尊:不動明王、所在:川崎市中原区宮内1-11-1。創建は室町時代、武州の豪族、平氏の流れである石井源左衛門により、当時宮内にある毘沙聞天(別名多聞天)の社が見出され、此処に堂宇を再建した。天狗は仏法を守護する八部衆の一つで迦楼羅天(かるらてん)が変化したものとも云われている。

 

 

多摩川16Kポストに戻ると赤いラインの『#14 新多摩川大橋』が見えます。第三京浜道路が通過する自動車専用道路橋で、世田谷区野毛から川崎市高津区の間に架かっています。

 

 



名称:第三京浜新多摩川大橋
構造種別:上路鋼連続I桁+PC桁
河口からの距離:16.6km
橋の長さ:382.9m
竣工:1965年(S40)







>>>後書き<<<
やっと#14の橋の紹介が終わり、残り70橋以上在るので今年中に多摩川が完結するかな?心配です、少しピッチを上げます。昨日、久しぶりに昔の同僚と飲み会でした。皆同い年に近く、親族の老人特有の病気について共感、明日とは云わないが数十年後は我が身、ボケないように頭を使わなきゃ!ですよね。それから可愛がっていたTaro君が転勤だと聞いた、幹事さん壮行会には呼んでくれよ。
次回は、田園都市線橋梁と二子橋までの左岸を遡上します。

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  1. 2013/03/16(土) 00:10:17|
  2. 多摩川

Scene-12 多摩川左岸 『丸子橋、東急東横線橋梁』


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今回は『ガス橋』左岸から『丸子橋』と、其の先に在る『東急東横線多摩川橋梁』迄を遡上します。ガス橋左岸のCanonビル裏手に連光院と六所神社などが在るので、先ず、其方に寄ります。

 

 

最初は真言宗智山派のお寺、蓮光院です。創建は不明、1716年(享保1) に火災により焼失、1939年(S14)に本堂、庫裡、山門を整備。1945年(S20)の戦災で山門以外は焼失したが、1956年(S31)に本堂、庫裡、書院を整備して現在に至る。1926年(S1)玉川八十八ヶ所霊場の59番札所になっている。(注.玉川八十八ヶ所霊場は、多摩川沿いの東京都大田区と世田谷区、神奈川県川崎市と横浜市を中心に構成)。多摩八十八ヶ所霊場とは異なります。八十八ヶ所霊場巡りは弘法大師ゆかりの八十八ヶ所の寺院を、祈願の為に参詣するもので、因みに八十八ヶ所の名前が付く霊場は全国に多数あり。
備前池田家の表門であったと伝えられる武家屋敷門が山門として使用されている。池田山(五反田)から大田区馬込町に移築された後、1935年(S10)頃に此の蓮光院門前に移築されたとの札板あり。1964年(S39)東京都指定有形文化財(建造物)となる。



宗派:真言宗智山派
山号:壽福山
院号:蓮光院
寺号:円満寺
所在:大田区下丸子3-19-7
本尊:大日如来像




連光院の左脇の小道を進むと直ぐに六所(ろくしょ)神社の入口が見えます。鳥居が2つ見えますが一の鳥居は神明鳥居。其の先の鳥居は明神鳥居でタイプが違う、何故?
六所を名乗る神社は全国に多々あり、六柱の神を祭神とする故に鳥居の形式も混在する為と思われる。
1839年(天保10)の作奉納の古い狛犬、かなり傷んでいます(1961年(S36)修復刻あり)。

 

 

六所神社は「1234年(文暦元年)の創建、荏原左衛門義宗が多摩川下流の此の下丸子の地に、六柱の神々を奉斉したのが当社の創祀であると伝えられている」との案内板あり。拝殿と本殿は1938年(S13)に改築。社号:六所神社、祭神:大己貴命(おおなむちのみこと)、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、素盞嗚命(すさのおのみこと)、大宮比売命(おおみやひめのみこと)、瓊々杵命(ににぎのみこと)、布留大神 (ふるのおおかみ)、境内社:稲荷神社、旭稲荷神社、すっとび稲荷神社、三峰神社、北野神社 、所在:大田区下丸子4-16-5。

 

六所神社の裏側に真言宗智山派のお寺長福寺があります。山号:長明山、本尊:観世音菩薩像、所在:大田区下丸子4-18-3。

 

長福寺を後に多摩川に戻ります。お寺の隣の民家に見事な枝垂れ紅梅が満開、途中の下丸子公園内の梅も満開を過ぎて散り始めています。冬も終わり、もうすぐ春ですねえ、ちょっと気どってみませんか~♪

 

多摩川左岸に戻るとガス橋先から400m程の桜並木が続いており老木の桜も数多くあるが、未だ蕾は固く開花までは早い、2週間後位の見頃になったら河川の桜特集でも組むかな。対岸には150m超6棟を中心とする武蔵小杉の高層ビル群が見え、本日も快晴視界良好、気分上々です。先週の日曜日は空一面黄曇りで黄砂と終わったら煙霧(砂嵐)だったのですね。

 

ガス橋から1.5km先に海から12Kの多摩川距離程ポスト。600m先に前回紹介の横須賀線橋梁が見え橋梁手前に沼部排水樋管あり、横須賀線と新幹線の橋梁を潜ると丸子橋緑地公園に出ます。公園脇には丸子の渡し跡の看板があり、碑は見当たりません。丸子の渡しは1934年(S9)迄、丸子橋が完成するまで使用されていたとの説明あり。
後ろ側の土手に高い塔が建っています、銘板が付いているので読もうとしたが距離があり判らん。こう云う時に役立つのが望遠レンズ、読んで見ると「空中線柱」型式:シリンダー型、高さ50mとある。なんのこっちゃ。後で調べて見ると、通信用鉄塔で設置面積が少なくて済むタイプとの事、塔の上にはアンテナの他に定点(10min)カメラが設置されていて京浜河川事務所HPのリアルタイム情報から水位が確認出来ます。

 

 

丸子の渡しに通じていた中原街道旧道の坂道部分は桜坂と名付けられ、福山雅治が唄う「桜坂」の場所でもあり近くなので寄ります。途中に1594年(文禄3)創建の真言宗智山派寺院の東光院が在ります。本尊:阿弥陀如来、所在:大田区田園調布本町35-8。

 

桜坂の道路両脇に20本程度の桜の木が並んでいるだけで、此処も未だ未開花でした。

 

 

多摩川に戻り『#12 丸子橋』に到着、大田区田園調布本町と川崎市中原区上丸子八幡町の間に架けられている橋で、「かながわの橋100選」にも選ばれている。因みに、その中で多摩川に架かる橋として大師橋、六郷橋、ガス橋、新丸子橋、多摩水道橋が入っている。自分的には、この後のScene-17辺りで登場する多摩水道橋がNo.1です。

 

 

 



名称:丸子橋
構造種別:鋼ローゼ(2連)+3径間連続PC箱桁橋
河口からの距離:13.0km
橋の長さ:405.6m
竣工:2000年(H12)





次の東急東横線橋梁へ行く前に、浅間神社が間にあるので寄ります。途中に中原・調布排水樋管があり、土手道路へ上がると多摩川治水記念碑が在る、1918年(T7)~1933年(S8)多摩川下流(羽田河口から世田谷区砧の22km)の治水工事の完成を記念して建てられたもの。其の右手が田園調布浅間神社です。

 

田園調布浅間神社は800年前の創建と伝えられ、源頼朝の妻、北条政子が此の地で逗留した際に亀甲山から望める富士山が鮮やかに見え、自分の守り本尊である浅間神社に向かって手を合わせ、夫の武運長久を祈り、身につけていた正観世音像をこの丘に建てたという事に始まる。入口の石段を登っていくと明神型の一の鳥居から最上段の四の鳥居が建つ。狛犬は大正3年の刻あり。

 

 

田園調布浅間神社データ、社号:浅間神社、祭神:木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、境内社:小御岳神社、稲荷神社、三峯神社、阿夫利神社、所在:大田区田園調布1-55-12。

 

手水舎の裏側には多摩川が一望出来る展望デッキがあり、此処からの眺めは最高、お勧めです。

 

本日最後の『#13 東急東横線橋梁』へ移動します。1926年(S1)にトラス橋梁として完成したが、1999年(H11)に東急東横線と東急目黒線の列車が複々線化された現在の橋梁となる。目黒線が走行するが同区間は正式には東横線の複々線扱いである為、東横線の橋梁とされている。橋梁の下には中洲があり草の茂みからコサギが獲物探し中です、バシャッ。

 

 

 



名称:東急東横線多摩川橋梁
構造種別:上路3径間連続鋼床版箱桁2連
河口からの距離:13.2km
橋の長さ:387.3m
竣工:1999年(H11)





>>>後書き<<<
三寒四温の時季とはいえ、温度差が激しいので体調を崩さないように。次回は『新多摩川大橋』までの右岸を遡上しながら紹介します。

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  1. 2013/03/13(水) 15:50:00|
  2. 多摩川

Spot-5 『妙覚寺の梅満開』



昨日Scene-11 多摩川右岸『JR横須賀線多摩川橋梁』をアップしましたが、以前に紹介した妙覚寺庭園内の梅が満開見頃なので、急遽Spotで紹介します。

 

場所は京王相模原線の京王よみうりランド駅下車、改札を出て真っ直ぐ高架下を進み、ランド通りの左手です。



 

 

 



>>>後書き<<<
次回は、予定通り『ガス橋』から『丸子橋』&『東急東横線多摩川橋梁』間の左岸を遡上しながらの紹介です。

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  1. 2013/03/09(土) 18:35:38|
  2. その他

Scene-11 多摩川右岸 『横須賀線・東海道新幹線多摩川橋梁』


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今回は『多摩川大橋』からJR東海道貨物線・横須賀線・湘南新宿ラインが通る『JR横須賀線多摩川橋梁』と『JR東海道新幹線多摩川橋梁』迄の右岸を遡上します。先ずは、多摩川大橋を越えた地点から再スタート、橋の先に古市場ポンプ排水場と排水樋管が在ります。

 

川沿いの入江崎水処理センター近くに天満天神社が在るので寄ります。直ぐに天満天神社の明神鳥居が見えて来ました。神社の鎮座は明らかでないが、約300年前に建立されたものと推定できる資料あり。当時の所在地は、多摩川大橋の上流約50mの中央河川敷であったそうです。この鳥居は1962年(S37)に東芝から奉納されたもので、東芝と深い関わりが有ります。

 

狛犬の左側に天満天神社由来の石碑があり、その関係も書かれています。1920年(T9)の多摩川大改修の為、神社も村の中心地に移転し整備されたが、1941年(S16)の大東亜戦争による軍需拡大に伴う、東京芝浦電気(現在の東芝)小向工場の拡張工事により現在地に移転。1962年(S37)、度重なる移転で老朽した本殿、社務所を新たに建立したとの事。大きな樟(クスノキ)は紀元2600年記念に国より拝受したもの。

 



河川敷から移転した鳥居は、1923年(T12)の大震災で折損し補修してあったが末永く保存すべく、復元されている(貫の部材が新しい)。当時の狛犬も据えられているが破損が激しく、歴史を感じる。

 


社号:天満天神社
祭神:菅原道真公(すがわらみちざねこう)
所在:川崎市幸区東古市場83








多摩川沿いに戻ると、左岸には前回紹介した多摩川清掃工場、本日は快晴で清掃工事の後ろを飛ぶ飛行機がハッキリと見える程、空気も澄んでいます。PM2.5の影響はどうなるだろう、黄砂がそろそろ飛来する季節だから複合汚染が気になるね。其のままガス橋方向へ遡上です。

 

ガス橋の300m程手前で遊歩道から1本隣の道へ入ると真宗大谷派寺院の西福寺が在ります。山号:涼栄山、本尊:阿弥陀如来像、所在:川崎市中原区上平間420。西福寺の脇道沿いを進むと平間八幡宮の正面に出ます。多摩川大洪水の際、石原八幡宮社殿が流失した際に、当村に神霊が漂着し住民相寄り社殿を建立したと言われているが、平間八幡宮の創立年代は不詳。

 

1890年(M23)建立の江戸狛犬が拝殿前に鎮座している。左手に手水舎、正面が拝殿。祭神:誉田別命(ほむだわけのみこと)、天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、素盞嗚命(すさのおのみこと)、菅原道真(すがわらみちざね)、所在:川崎市中原区上平間299。

 

 

境内の隅に鳥居の額板あり。傍の説明碑によると、「新しい神輿が奉納されたが鳥居の幅が狭くて入れない為に、鳥居が新しく造られた、その際に外されて保存されている」との事。角に稲荷社あり。

 

平間八幡宮を出て左手方向、ガス橋に戻ります。橋の袂に平間渡し跡がある、NPO法人-多摩川エコミュージアムが2009年に建てた新しい物です。ステンレス製のピカピカ、嫌いな類だ。

 

川沿いを進むと、上平間樋管と丸子ポンプ場排水樋管があり、其の先600m程で南武線側に入って行くと神明大神社が在りますので、又、寄り道です。バス通りに出て歩いていると、前方から大量のアルミ缶を山積みしたリヤカーが来ます。1m×2m長さ位の袋が15袋、どの位の重さ在るのかな?1袋10kgとして150kg、重たそうに超低速の歩み、後ろの車が怒っています。多摩川沿いの回収業者は大師橋の先までだから、今日中に付くのかな。レートは\100/kgとして\15,000、何人で何日分の収穫だろうか?後ろから、パチリ。

 

中丸子にある神明大神は、地頭本郷勝右ヱ門源重泰、本郷勝三郎源長泰が1656年(明暦2)創建。地元では中丸子神社と呼ばれ、バス停の名前も中丸子神社である。何故ならば、神明神社は、天照大神を主祭神とし、神明社、皇大神社、天祖神社等とも呼ばれ数が多い為である。神社本庁によると日本全国には約5千社あるとされている。又、伊勢信仰に分類される神社としては全国2位(4,425社)。
参道の鳥居は、2011年(H23)奉納の新品の神明鳥居です。左手に手水舎。

 

拝殿前の狛犬は1897年(M30)の古いもので、右側の狛犬は幼い狛犬を背負っていて珍しいタイプです。

 

拝殿右側に御神木と水神社。最初は弁財天社として祀られていたが後に水神さまと呼ばれるようになったようです、途中で折れた柱には「すいじん」の刻みが見られる。

 



社号:神明大神
祭神:天照皇大神、稲田姫命
境内社:稲荷社、天満宮、辨財天
所在:川崎市中原区中丸子492。






 

神明大神の鳥居を出て多摩川に戻ります、今日は寄り道が多いので疲れます。後一つ寄るのは丸子山王日枝神社ですが此れはJR横須賀線橋梁の直ぐ近くなので楽勝です。
多摩川右岸12Kポストから本日最終目的地である、JR横須賀線橋梁と新幹線橋梁が見えます。手前に山王排水樋管があり、ナビでは其の左手の道路に入り直進200mで丸子山王日枝神社に到着する筈です。

 

日枝神社に到着、入口は混みごみしている。丸子山王日枝神社は、今から1200年ほど前の平安時代の初め、809年(大同4)に丸子山王権現として創建され、本殿は徳川八代将軍吉宗公の1740年(元文5)の建立と云う、かなり古い神社です。鳥居は一般的に良く見られる神明型です。左手に手水舎、手水鉢への吐水口の飾りも一般的な龍です。

 

 

1927年(S2)作の狛犬一対、苔生す古さが良いですね。狛犬の先に猿神と銘のある石像、此れはなんだ。
猿神の説明板あり、「日枝神社の総本営である滋賀の日吉神社の使者として仕えていた猿を「猿神」と号し、魔を去る、人に優る、勝る等縁起が良いと敬愛されており、当社も分霊社として石像を建立す」とある。

 

 

御神木の大杉は樹齢およそ700年の樹根で、石碑によると明治時代には高さ30m、周囲8m、樹齢700年だったそうである。境内には合祀の稲荷神社、大鷲神社があります。

 

丸子山王日枝神社データ、社号:日枝神社、祭神:大己貴命(おおなむちのみこと)境内社:大鷲神社、稲荷神社、所在:川崎市中原区上丸子山王町1-1555。

 

愈々、本日最後の橋梁紹介です。先ずは、横須賀線と湘南新宿ラインの列車が通過する『#10 JR横須賀線多摩川橋梁』です。
元々は東海道本線の貨物専用線(通称品鶴線)の橋梁として建設されたが、1980年(S55)に行われた東海道線・横須賀線の別線分離化(ラッシュアワーの限界を解消する為に東海道線から横須賀線を分離)の際に横須賀線用のルートとして旅客線化された。又、2001年(H13)からは湘南新宿ラインの開設で同線の列車も走るようになっている。

 

 



名称:JR横須賀線多摩川橋梁
構造種別:ワーレントラス+上路単純桁
河口からの距離:12.6km
橋の長さ:383m
竣工:1928年(S3)





隣に架かる橋がJR東海道新幹線専用の橋梁。現在、走行している車両は700系、N700、そして2013年2月からN700系以降の技術開発成果を取り入れた最新型車両N700A(「A」はAdvancedの略)がデビュー。

 

 



名称:JR東海道新幹線多摩川橋梁
構造種別:上路4径間連続道床箱桁
河口からの距離:12.6km
橋の長さ:409m
竣工:1964年(S39)





今回、新幹線橋梁で終わる予定でしたが此の先に在る丸子橋公園に、初代丸子橋の親柱が記念として飾られているので見にいきます。親柱なんてどうでも良いって?そうです、本当は河津桜が満開なので見に行くのです。場所は、丸子橋の据付け橋の下で狭い公園ですが、白梅と河津桜が見事な咲きぶりです、如何ですか。

 

 

 

>>>後書き<<<
次回は『ガス橋』から『丸子橋』&『東急東横線多摩川橋梁』間の左岸を遡上しながらの紹介を予定。
定年退職行事、そして年金請求や必要資料集めも終わり、今月から無職の日刊「毎日サンデー」だ。睡眠時間は変わらないが、深夜に面白い番組があるので、就寝起床時間は後ろに2Hスライドです。

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  1. 2013/03/08(金) 21:20:47|
  2. 多摩川

Spot-4 『真鶴探索&湯河原』


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60歳の定年退職まで残り1週間となり、週末に職場の送別会を催して戴いた。幹事さんのサプライズ演出で盛り上がり、花束と記念品(Golf Marker & Photo Album with a message)まで戴き、ありがとう。戴いた花は帰宅してから花瓶探し、普段 花など活けないので結局は行方不明。中国で買った飾り用の一輪差しと、翡翠花瓶が目に入ったので取り敢えず活けて見ました。枯れる前にバシャッ。
Photo Albumを改めて読み返すと、つい先程の宴会スナップが既に綴じられていた。そうか、カラオケの時に一時姿が見えなくなったのはプリントしに行っていたのか、凄い早業で二度ビックリ。感激も一入です。

 

翌日は、昔の職場飲み仲間と真鶴へ泊りで遊び、慰労会と称したお誘いです。集合先は真鶴駅16:00、真鶴まで行くのなら岬付近を色々と探索したいが、宿泊先では多分、宴会、お風呂の繰り返しが想定される。普段歩かない平均年齢55の親爺衆を巻込むのは可愛そうなので、一足先に出掛けての真鶴探索を決定。
と云う事で、今回は真鶴岬と翌日に物見遊山で出掛けた湯河原などをSpotで紹介します。

JR真鶴駅に快速アクティーで1時前に到着、駅前の地下通路で国道を潜り岬方向へ739号線を東に進みます。湯河原消防署を過ぎた辺りに、浄土宗の発心寺がありました。院号:亀寶院、山号:佛光山、本尊:阿弥陀如来、所在:神奈川県足柄下郡真鶴町638-1。

 

 

発心寺前の坂道を下った右手に津島神社がある筈なので探します。地図では、この辺りなのに中々見つからないぞ~、道幅が狭く先が見通せない。暫く探してやっと見つけました、小さ~。民家の間に在る神社で、明神鳥居が無かったら見落とします。創建は鎌倉時代と古く、祭神:素戔嗚尊、所在:足柄下郡真鶴町。

 

坂道を重力に任せて海へ直進です。真鶴港は真鶴半島の北側に位置し、半島の陰にある小さな港で地場物の漁業の他に、江戸城築城以来の歴史ある石材業の町でもあり、石材の海運が現在も盛んである。

 

 

海沿いに進んで行くと魚座なる魚市場があります。1階が魚市場、2階に食堂があり、新鮮な海の幸を味わう事が出来る。沖網定食(\1800)、鯵定食(\1500)、海鮮食べたかったけど夜の宴会でも出るだろうし、此処は我慢です。手前では、目指しやイカの干物づくりと直売、此れも美味そう。試食で我慢、ん~美味っ!

 

魚座横の船着場からは遊覧船が出航しており、海からの真鶴巡りが楽しめるみたいです。発着場を出発し、真鶴岬の先の三ツ石沖でUターンするコースで所要時間30分(\1200)です。写真の海岸線は未だ半島で岬は更に先の後ろ側になります。

 

魚座前の道路を挟んだ反対側に鵐窟(しとどのいわや)の立札があります。
治承4年(1180年)石橋山の合戦に敗れた源頼朝の一行は、土肥(湯河原山中)を逃れ出て此の地の海岸から房州(千葉)へ渡ったとされている。其の時に主従七騎と此の岩屋に身を潜めて難を免れたが、隠れようとした時に鵐(しとど)と云う鳥が岩屋から舞い出た事から後世此の岩屋を鵐窟と伝えているとの事。ん~判ったような、判らんような説明だな。鵐が潜む窟屋など腐るほど在るし、「頼朝の隠れ窟」で良いんじゃないの?※鵐は、アオジ・ノジコ・ホオジロ・ホオアカなどの小鳥を指す古い呼び名。

 

魚座前にも海鮮の食事処が一杯、サザエの殻も沢山、一日で此れだけ食うのか。こんなの見てたら余計に腹、減って来たな~。いや、後の楽しみをピークにする為、耐えます。

 

暫く進むと港の堤防前に真鶴マリーナの建物が見えて来るのと同時に、右手には貴船(きぶね)神社の鳥居。此れこれ、貴船神社が見たかったので此方を優先、右手に歩を進めます。鳥居形式は明神鳥居ですね、大正15年再建の銘あり。

 

社伝では、寛平元年(889年)、三ツ石(真鶴岬)の沖に現れた木像12体と書状を社家平井家の祖先の「平井翁」が発見し、社殿を建てて村の鎮守としたのに始まると伝え、江戸時代まで貴宮大明神と称するなど、キノミヤ信仰が顕著であるが、明治元年(1868年)に貴船神社に改称したとの事。
男坂の鳥居を潜ると左手に手水舎、其の横には以前使われていたと思われる古い手水鉢、傍に貞享3年(1686)奉納の碑がある。

 

参道の階段手前には、明治16年生まれの古い江戸狛犬が鎮座。

 

狛犬の右側には合祀の稲荷大神、淡島大明神、恵比須大黒社、対面側には船玉竜神社がある。淡島大明神前の狛犬とてもチビ助です。此処から先の社殿までは石段が屹ており、その数は煩悩の数とされる108段。この石段を踏み越えるので、此の神社では清めの石段と呼んでいるそうです。

 

 


今日は風も無く、快晴で気温はこの時期にしては高めの13℃、それでなくても暑いのに石段を一気に登り、汗が噴き出す。
ふう~キツ~。拝殿前には若葉に桃花が映える3分咲山桜、疲れも忘れる程の爽やかさである。





境内入口両脇に鎮座する狛犬は比較的新しいもので、1936年(S11)の銘あり。普通は向かって右側が口を開いた角なしの「阿像」で獅子、左が口を閉じた角ありの「吽像」の狛犬だが、此の狛犬は、阿吽の位置が逆になっています。何故、まぁ~良いか。

 

拝殿左側の山神社前に置かれた狛犬も阿吽が逆の配置ですね。その隣の祖霊社には氏子の祖霊が祀られているが、昔は貴船神社の本殿だったとの事。祖霊社の壁には綺麗な透かし彫が飾られていました。

 

 


石段正面が貴船神社の拝殿です。昭和38年に新本殿として建てられています。祭神は、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)、事代主大神(ことしろぬしのおおかみ)、少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)、所在:足柄下郡真鶴町真鶴1117。






拝殿右の庭園には、箱根火山の産物で真鶴でしか採掘できない本小松石作りの「厄除厄祓門」と日参三千日を記念する「心願石」等が配置されています。厄除厄祓門をデイバッグを背負いながら潜ってみたが無事通過、うちの職場には絶対に潜れない輩が何人かいる事を思い出した。女坂入り口横には5分咲の紅白梅から甘い香りが漂って来ます。明日は、梅林でも行ってみるか?

 

 

貴船神社を後にして、マリーナ沿いに探索続行です。真鶴港には、クルーザーを中心に約30隻のヨットと、約60隻の漁船が収容されているそうです。ホンダの船外機を付けたクルーザーが在りました、バシャッ。どの位の価格かな、75馬力のエンジン1基だけで\120万、全体で\1,500万、高~。更に上のクラスになると2,000~3,000の世界、一般人には手の届かない趣味ですね。先に進みましょう。

 

漁港出口の赤灯台、その先のテトラ上に釣り人がちらほら。暫く見てたが釣果なし、多分メジナやクロダイ、カサゴなどの根魚狙いで気の長い釣りです。

 

海沿いの遊歩道は整備されていて歩き易いです、彼方此方に大きな岩がゴロゴロ、これが本小松石なのかな?海岸に漂着するゴミも少なく、海水も透明で綺麗です。更に遊歩道を進んで行くと、あれれ、陸閘(りっこう)が在りました。「Scene-2 多摩川左岸」で紹介した類と同じ物で、此方は現役で上から差し込むタイプ。

 

 

時間は3:20、この先の岬まで行く予定でしたが、集合まで残り40分。暗くなる前に児子(ちご)神社の絵も撮りたいので、急いでUターンです。漁港入り口までは海沿いに進めたが、此の先は上りの坂道。鯖大師経由で宿泊先方向へ進みますが道は殆ど私道で狭く、うっかりすると民家の玄関へ入ったりするので携帯ナビはフル稼働です。

 

途中の鯖大師に到着。海上安全、大漁祈願の為に建てられたお寺です。あまり撮れる絵が無いので先へ進みます。ナビを頼りに進みますがナビに無い小道も沢山ある、方向的には合っているので信じて進入だ。人が歩いた跡が在るので何処かには出られるだろう。

 

 

ナビに無い小道は正解でした、眼下に児子神社が見えて来ました。時計は集合時間に迫っているので、既に民宿近くに先回りしている旨、幹事さんに連絡してから神社裏手の鳥居などを撮影開始です。

 

手水鉢は古く、真鶴の指定文化財に登録されています。右手が流造りの本殿です、いいね~。

 

神社正面側に廻り込みます、昭和8年作の陶器製の狛犬一対、正面が拝殿。右に手水舎が在ります。

 

 

奉納された、さざれ石の横に由来看板有り。碝石(さざれいし)とは本来小石の事だが「古今和歌集」に我君は千代に八千代に、さざれ石の巌となりて苔のむす迄 とあるように次第に大きくなって巌になると信じられてる様を願って奉納とある。「君が代」に出て来る「さざれいしの♪」と云うフレーズは此のさざれ石の事だったとは知らなかったです。♪さざれ~、♪いしの~ と記憶していた。いや、恥ずかし~ね。
学術的には「石灰質角礫岩」などと呼ばれ、長い年月を掛けて小石の隙間を炭酸カルシウムや水酸化鉄が埋める事によって、大きな岩の塊に変化したものを指すとの事。又、勉強になった。

 

鳥居の横に境内社の龍宮神入口の鹿島鳥居と社殿がある。

 

石段を降り切った処に神社入口の明神鳥居、その横が今日お世話になる民宿「さざ波」です。既に相方の親爺3人衆は到着していました。よ~、ご無沙汰、変わってないね~。ちょっと来てるね、お互いに。

 

何時も顔を合わせているIさんは別にしておいて、もう一人のIさんは頭が親爺らしくなったが、他は変わらず元気そうで嬉しいです。後一人は療養中ですが元気そうだ、現場復帰も近いね。久しぶりに会う二人から差し入れ、還暦に掛けた赤ラベルの生原酒とMy Collectionから抜いてきたOld Parr DeLuxeの従価税時代の特級表示が付いている逸品。貴重なお宝物のScotchWhiskyを態々持って来て戴き、感激です。宴会が始まるまでの2時間程、昔話に花が咲き早速差し入れのお酒を戴きます。原酒美味いね~。
結局、日本酒は殆ど飲み干し、瓶は記念にお持ち帰り。スコッチは43°もあり強いけど美味い。スコッチは、すこっちづつ飲むものなのだと親爺ギャグ連発。此方はきつくて半分残ったのでテイクアウト、値段が気になったので調べたら何と1本はする貴重品、少しずつ味わいながら有難く戴く事にします。

 

民宿なので風呂は小さく、時間前に順番に入り愈々、宴会開始です。あれれ、船盛は?、何言ってんの、招待の分際で注文付けるなって。はい、はい。まずは、乾杯、お疲れ様でした!
お造りは真鶴周辺で採れた新鮮な地魚を中心に、旬の幸が盛り沢山。鯛、美味っ、鯵、此れも美味いなあ~。腹へらして来た甲斐がありました。飲み放題コースで、どんどんお銚子が空いていき、ビール瓶もゴロゴロと酔っぱらっています。

 

料理も次々と出て来る、ブリのあら煮。女将さんの自慢料理です、目玉トロトロで好きな人にはたまらない。真鶴の鯵は最高、押し寿司も身がプリプリと柔らかく上品な美味さ。あ、いけっね~写真撮るのも忘れて食べちゃったぞ、まぁ~いいか。〆は雑炊、鶏のだしが出てサラサラ、皆んな歳の割には良く食う。関取クラスも一緒なので完食です。話も盛り上がり尽きないので、座敷に戻って続行。夜中過ぎまで続き漸く就寝、耳栓も持ってきたので安心して寝れるぞ! お.や.す.み。

 



翌朝6:00目覚め、年寄りの朝は早いのだ。トイレから戻ってきても2人は熟睡、残る1頭の熊は自分の高鼾と格闘中、見ていておもろ~。朝飯まで、もう一眠りするか、耳栓、耳栓。
8:00に全員揃って朝食、この後どうするんだい。温泉へ行こうと云う事になり、真鶴には温泉が無いので湯河原に寄ってから帰る事に決定。帰り際、玄関に珍しい物あり、昔の水夫用海中マスクです。外の空き家にはレトロな琺瑯看板の由美かおる。当時の19歳、若いね~。タイムスリップしたようです。
民宿前と海岸で記念撮影、バッシャ、バッシャ。

 

 

真鶴駅に向かって坂道を登って行きます。途中に前段で紹介した鵐窟の話の続きになる碑がありました。一つは岩海岸の浜から頼朝が房州に船出した浜なる場所の碑、もう一つは船出の際に土肥実平が無事を祝い再起を願って謡い踊ったという謠坂の碑です。
戦いに敗れたとはいえ頼朝は源氏の御曹司。この後、坂東の武士達が次々馳せ参じ、僅か1ヶ月半後に大軍を率いて鎌倉入りを果たしている。

 

JR湯河原駅に到着、駅内に梅が咲いており湯河原梅林が今、3分咲との事。温泉に行く前に寄り道です。駅前には先程の土肥実平の夫婦像が建っています。幕山公園行きバス(\250)に乗り15分程で到着、既に観光客で溢れ梅林よりも人の方が多いぞ。3分咲は山の麓だけで山の上はまだ早い、やられました。

 

取り敢えず、麓に咲いている梅の中から見栄えのする紅梅を撮影、序に記念撮影。山の上に登っていく気力も無いので撤収、温泉に行きます。丁度、梅林の入場券に「こごめの湯」20%OFFのクーポンが付いており其処に行く事に決定、湯河原駅まで戻ります。

 

 

駅前から温泉方面に行くバスは満員の行列、TAXIだと8分との事でタクシー(\1230)で移動です。「こごめの湯」の泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸温泉。湯河原の温泉は万葉集にも詠まれた歴史のある温泉との事。お湯は適温、滑りは無くサラサラで気持ち良い。やっぱ、温泉はいいよね~。風呂場の撮影は無理なのでパンフレットを載せます、こんな感じです。入浴料は\1,000、風呂上がりに湯河原名物の担々焼きそばを肴にビールで乾杯、くぅ~うめ~。

 

温泉から帰る途中に、2.26事件の碑が建っていた。何、此れ、近くに立札があり読んで見ると、1936年(S11)2月26日に起きた昭和維新を目指す陸軍の一部青年将校らによるクーデター未遂事件、東京以外の唯一の現場となったのが此処湯河原の光風荘で、前内大臣の牧野伸顕伯爵が静養中に襲撃された場所との事。2.26事件は自分の誕生日でもあり良く知っていたが、此処でも事件が在ったとは知らなかった。
反対側の川沿いに小さな小屋があり湯河原温泉の立札がある、此れも温泉かな入れるのかな?温泉にしては小さ過ぎる。良く観ると隣にデカいタンク、そう此れは湯河原温泉全体にお湯を供給する為の源泉井戸の建物でした。配湯温度は60°に調整しているとの事。

 




>>>後書き<<<
今回のブログボリューム、2日分を纏めたので長くなりましたが、最後までご覧戴き有難う御座います。真鶴での探索、宿泊送別会、珍道中、大変楽しく良い思い出になりました。同行の親爺達よ有難う。
それから、昨日の定年退職行事も無事に終わり、お世話戴いた皆様にお礼申し上げます。
今日からは心機一転、新しい業務(ブログ作成)に力を入れて行きます、またご覧下さい。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

  1. 2013/03/01(金) 10:58:53|
  2. 真鶴

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