ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-279 日本橋川最終回『堀留橋、新川橋、あいあい橋、新三崎橋、JR小石川橋通架道橋、三崎橋』


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次回アップ予定:Scene-280 日本橋川の纏め (日本橋に架かる橋31) (07/19 12:00)
今回は南堀留橋から遡上して、堀留橋、新川橋、あいあい橋、新三崎橋、JR小石川橋通架道橋、三崎橋までの紹介で、『ぶらっと遡上探索』日本橋川編の最終回です。先ずは、南堀留橋の上流120mに架かる『#26堀留橋』から始めます。日本橋川左岸の千代田区西神田と右岸の千代田区九段北・飯田橋とを結び、一般道が通ります。江戸時代に神田川が開削されると、日本橋川は三崎町の分岐地点から、此の堀留橋付近までは埋め立てられて、いわゆる堀留になっていた場所です。明治に元の流れに開削され、関東大震災の復興事業として架けられた橋です。左岸側に傳蔵地蔵尊が建っています、現在の橋を架ける際に、傳蔵さんなる頭領が工事の安全祈願として地蔵尊を此の場所に祀った物だと云われています。橋の下をクルージング船が航行しています、日本橋から乗船して、日本橋川・神田川・隅田川をぐるりと周回するコースなど、色々あるそうですよ。此の船はジールの海音号です。客が乗っていないので、此れから日本橋へ向かうみたいですね。





 名称:堀留橋
 構造種別:1径間RCアーチ
 河口からの距離:4.3km
 橋の長さ:25.6m
 有効幅員:27.5m
 完成:1926年(T15)



堀留橋の上流100m程に架かるのが『#27新川橋』で、日本橋川左岸の千代田区西神田・三崎町と右岸の千代田区飯田橋とを結び、一般道が通ります。此の橋も日本橋川が再開削された後に、関東大震災の復興事業として架けられた橋で、新しくなった川に架けられたので新川橋と命名されています。





 名称:新川橋
 構造種別:3径間鈑桁
 河口からの距離:4.4km
 橋の長さ:27m
 有効幅員:10.5m
 完成:1927年(S2)



新川橋の上流170mに架かるのが『#28あいあい橋』で、日本橋川左岸の千代田区三崎町と右岸の千代田区飯田橋とを結ぶ、人道専用橋です。右岸側に在った、JR貨物操車場跡の再開発事業において架けられました。橋名は地域住民の公募により決定しています。



 名称:あいあい橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.6km
 橋の長さ:約30m
 有効幅員:約3m
 完成:2001年(H13)



あいあい橋右岸側から南西300m程に白菊稲荷神社が在ります。1926年(T15)此の辺りに住んでいた越後村松出身の呉服商・斉藤三郎氏が、五穀豊穣を願って伏見稲荷大社から宇迦之御霊魂神を勧請し、祠を建立したのが始まりと云われています。築土神社(前回紹介)の境外末社です。祭神:倉稲魂命、所在:千代田区飯田橋1-1-16。入口が判り難い場所で、裏側の暁星小学校まで行ってしまいウロウロ、門前におられた学校の警備員さんに聞きました。


白菊稲荷神社前の道を西に150m程進むと、東京大神宮が在ります。境内に入ると女子で混雑しています、何か入り難いね。日本で初めて神前結婚式が執り行なわれた場所で、縁結びに御利益のある神社としても知られ、東京一有名な恋の神社だそうです。でも、こんなに沢山来られると神様も大変だね(笑)。境内の由緒案内によると、東京大神宮は東京における伊勢神宮の遥拝殿として1880年(M13)に有楽町の大隈重信邸跡に創建し、最初、日比谷の地に鎮座していた事から、「日比谷大神宮」と称されていました。1928年(S3)現在地に遷座してからは「飯田橋大神宮」と呼ばれ、1946年(S21)に宗教法人東京大神宮と改めています。祭神:天照皇大神、豊受大神、相殿:天之御中主神、神御産巣日神、神産巣日神、倭比売命、所在:千代田区富士見2-4。




日本橋川に戻り、あいあい橋の上流200mに架かるのが『#29新三崎橋』です。日本橋川左岸の千代田区三崎町と右岸の千代田区飯田橋とを結び、一般道が通ります。創架は日本橋川が再開削された後の木橋で、其の後の1926年(T15)架橋にRC橋を経て、現在の桁橋になっています。



 名称:新三崎橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.8km
 橋の長さ:28.3m
 有効幅員:11.2m
 竣工:2002年(H14)



新三崎橋の上流隣に『#30 JR小石川橋通架道橋』が2つ架かっています。下流側に架かるのが、中央急行線が通る鈑桁、上流側が中央・総武線(各駅停車)が通るトラス橋で、両端の鈑桁を含むと76.6mの長さです。トラスは1904年(M37)に架けられたドイツ製で、未だに健在なのが凄いね。



 名称:JR小石川橋通架道橋
 構造種別:1径間鈑桁(急行線)
 構造種別:1径間上路ワーレントラス(緩行線)
 河口からの距離:4.8km
 橋の長さ:23.1m(急行線)、25.4m(緩行線)
 軌道:複線
 完成:急行線1932年(S7)、緩行線1904年(M37)


JR小石川橋通架道橋の上流隣に架かるのが、日本橋川の終着地点になる『#31三崎橋』です。此の橋も日本橋川左岸の千代田区三崎町と右岸の千代田区飯田橋とを結び、一般道が通ります。当初の架橋は車道部のみで、歩道部分は後から橋の両側に新設されています。橋の東100m程にJR水道橋駅が在るので、此処から帰宅します。オ・ワ・リ...





 名称:三崎橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.8km
 橋の長さ:27m車道部、33.6m歩道部
 有効幅員:6.9m車道部、2.1m×2歩道部
 完成:1954年(S2)車道部、1987年(S62)歩道部



>>>後書き<<<
日本橋川の上を首都高速が覆っている関係で、全体的に暗い絵面になりましたが、江戸の歴史的な勉強にもなり結構楽しめましたね。暗い絵面の代わりに、明るい絵を載せます、近くの修景池の蓮です。今年の開花は少し遅れているみたいです、暖冬の影響かもしれませんね。




修景池に咲く約30種類の蓮はScene-39の後書きに一覧で載っていますので、此方もどうぞ。


次回は日本橋川と亀島川に架かる橋の纏めで、次弾の遡上予定は相模川です。源流の山中湖まで約110kmあるので、寒くなる12月までに完走出来るかな?(笑)

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  1. 2016/07/15(金) 12:00:00|
  2. 日本橋川

Scene-278 日本橋川『東京ガス専用橋、錦橋、一ツ橋、雉子橋、宝田橋、俎橋、南堀留橋』


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次回アップ予定:Scene-279 日本橋川最終回『堀留橋、新川橋、あいあい橋、新三崎橋、JR小石川橋通架道橋、三崎橋』(07/15 12:00)
今回は神田橋から遡上して、東京ガス専用橋、錦橋、一ツ橋、雉子橋、宝田橋、俎橋、南堀留橋までの紹介で、神田橋の上流350mに架かる『#19東京ガス専用橋』からの紹介です。日本橋川左岸の千代田区神田錦町と右岸の千代田区大手町との間に位置し、φ400程のガス管が渡されています。桜が咲いていた時に、寄った絵がありましたので其れを載せます。



 名称:東京ガス専用橋
 構造種別:1径間三弦トラス
 河口からの距離:3.1km
 橋の長さ:約32m
 有効幅員:約1m
 完成:不明



東京ガス専用橋の上流30m程に架かるのが『#20錦橋』で、日本橋川左岸の千代田区神田錦町と右岸の千代田区大手町とを結び、一般道(明大通り)が通ります。両端のアーチが半切れの珍しい3連アーチですね。橋名は左岸地区の町名や、此の一帯の河岸名称であった錦河岸に由来しています。



 名称:錦橋
 構造種別:3径間RCアーチ
 河口からの距離:3.1km
 橋の長さ:33m
 有効幅員:34m
 完成:1927年(S2)



錦橋の上流180mに架かるのが『#21一ツ橋』で、日本橋川左岸の千代田区神田錦町・一ツ橋と右岸の千代田区大手町・一ツ橋とを結び、都道301号白山祝田田町線が通ります。橋の袂に立つ由来案内によると、徳川家康が江戸城に入った頃には、此の場所に丸太の一本橋が架かっており、橋名の由来と伝えられています。橋の両端は石垣の土台(橋脚)ですが流路が造られていますね、中央部の鈑桁を架ける際に川の流れを確保したのか、石造りアーチの予定が鈑桁に変更されたのかは判りません。



 名称:一ツ橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:3.3km
 橋の長さ:30.8m
 有効幅員:28m
 竣工:1925年(T14)



一ツ橋の上流330m程に架かるのが『#22雉子(きじ)橋』です。日本橋川左岸の千代田区一ツ橋と右岸の千代田区一ツ橋・九段南とを結び、一般道が通ります。橋の袂に立つ由来案内によると、唐国からの勅使をもてなす為には雉子に勝る好物なしとして、諸国から雉子を集めた鶏屋を作り、雉子屋の畔に在ったのが此の橋で、雉子橋と呼ばれていたとの事です。先代の橋は、1903年(M36)架橋の鉄橋でした。





 名称:雉子橋
 構造種別:1径間鋼アーチ
 河口からの距離:3.6km
 橋の長さ:34.4m
 有効幅員:27.3m
 竣工:1925年(T14)



雉子橋左岸側から北200m程に妙法衛護稲荷神社が在ります。創建は不詳だが、元々は大名・小出家の屋敷神と伝えられており、明治に入り此の地域が町家となった時に、捨て置かれて祠だけが残されたが、地域住民が改めてお祀りした神社と云われています。祭神:稲荷神、所在:千代田区神田神保町3-29。


日本橋川に戻り、雉子橋の上流340mに架かるのが『#23宝田橋』で、日本橋川左岸の千代田区神田神保町と右岸の千代田区九段南とを結び、一般道(小竹通り)が通ります。創架は、関東大震災後の復興事業として1929年(S4)に木橋が架けられました。何故、木橋かと云うと、財政難と早期架橋の要望があったからで、橋名は江戸時代の地名の宝田村からの命名です。





 名称:宝田橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:3.9km
 橋の長さ:27m
 有効幅員:8.2m
 竣工:1968年(S43)



宝田橋の上流150mに架かるのが『#24俎(まないた)橋』、難しい名前で橋に読みが付いて無いと判らないね。因みに俎という漢字は、偏が「肉」、つくりが「台」を示す字で、肉を調理する台という意味を持つそうで、まな板には真魚板や真菜板もあります。俎橋は、日本橋川左岸の千代田区神田神保町と右岸の千代田区九段南・九段北とを結び、都道302号新宿両国線(靖国通り)が通ります。先代の橋は、1929年(S4)に関東大震災後の復興事業として、架けられたRCアーチ橋でした。





 名称:俎橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:4.1km
 橋の長さ:30.8m
 有効幅員:42m
 完成:1983年(S58)



俎橋右岸から西250m程に築土神社が在ります。境内の由緒案内によると、940年(天慶3)平将門の霊を武蔵国豊島郡上平川に祀り、津久土明神と称したのが始まりで、其の後、飯田町に近い田安に遷座し田安明神と称しました。1616年(元和2)には牛込門外の筑土山(現新宿区筑土八幡町2番地)に遷座して筑土明神となり、1874年(M7)に筑土神社と改称。1954年(S29)に九段中坂の世継稲荷神社境内、即ち田安明神の旧地に近い現在地に遷座しています。祭神:天津彦火邇々杵尊、相殿:平将門公、所在:千代田区九段北1-14-21。境内社:世継稲荷神社、天満宮大鳥神社。旧狛犬は1780年(安永9)に奉納されたもので区内最古の狛犬です。






日本橋川に戻り俎橋の上流130mに架かるのが、今回終着地点の『#25南堀留橋』です。日本橋川左岸の千代田区神田神保町・西神田と右岸の千代田区九段北とを結び、一般道が通ります。江戸時代初期には、此処から上流が埋め立てられ、現在の様に神田川と接続されたのは1903年(M36)で、南堀留橋は関東大震災後の復興事業として、1928年(S3)に創架されています。





 名称:南堀留橋
 構造種別:3径間鈑桁
 河口からの距離:4.2km
 橋の長さ:26.4m
 有効幅員:11m
 完成:1928年(S3)



>>>後書き<<<
ブログスペースが余ったのでアレです(笑)。暑い時はサッパリ系が良いですね、なので冷汁にしました。鯖味噌缶を使って、冷した御飯に胡瓜のスライス、ガリ、レモンの皮、胡麻、冷水を振り掛けるだけ、レモンの皮が良いアクセントになり食が進みます。残りの缶詰は、ゴマダレ冷やし中華の具として始末です。肉も食べないとね、ローストビーフにポン酢と生姜おろし、ビールに合うね。


スタミナを付けるには豚肉だよね、豚ヒレのしょうが焼き。御飯に合うね。残りは刻んで豚肉炒飯です。シチューも意外と御飯に合います、葉っぱも添えてクリームシチューライス、イケテます。


簡単に出来るのでよく作るのがベーコンにキャベツと獅子唐炒め、最後に卵を掻き混ぜて完成。残ったら拉麺の具に、暑い時に食べる熱い拉麺、汗が止まりません(笑)。暑い時のカレーも良いね、フワトロ玉子を乗せるとマイルドになります。


次回は南堀留橋から遡上して、堀留橋、新川橋、あいあい橋、新三崎橋、JR小石川橋通架道橋、三崎橋までの紹介で、早くも『ぶらっと遡上探索』日本橋川編の最終回です。

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  1. 2016/07/11(月) 12:00:00|
  2. 日本橋川

Scene-277 日本橋川『一石橋、常盤橋、新常盤橋、東北・上越新幹線橋梁、JR在来線橋梁、NTT鎌倉橋専用橋、鎌倉橋、神田橋』


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次回アップ予定:Scene-278 日本橋川『東京ガス専用橋、錦橋、一ツ橋、雉子橋、宝田橋、俎橋、南堀留橋』(07/11 12:00)
今回は西河岸橋から遡上して、一石橋、常盤橋、新常盤橋、東北・上越新幹線橋梁、JR在来線橋梁、NTT鎌倉橋専用橋、鎌倉橋、神田橋までの紹介です。西河岸橋の上流160mに架かるのが『#11一石(いっこく)橋』です。日本橋川左岸の中央区日本橋本石町と右岸の中央区八重洲・千代田区大手町とを結び、都道405号外濠環状線(外堀通り)が通ります。江戸時代には此の辺りで江戸城の外濠に直結していましたが、現在は一石橋右岸方向(南)に在った外濠が埋め立てられ、現在の日本橋川の流路が形成されています。右岸橋詰に「迷子しらせ石標」と説明板が立っています、江戸自体後半は此の辺りから日本橋にかけては盛り場で、迷子も多かったらしい。当時は町内が責任をもって保護する様に決められており、迷子探しの告知石碑が立てられました。左側面に迷子や尋ね人の特徴を書いた紙を貼り、其れを見て心当たりがあれば、其の旨を書いた紙を右側面に貼ると云うシステムです。歴史資料として都の有形文化財に指定されています。





 名称:一石橋
 構造種別:2径間鈑桁
 河口からの距離:1.8km
 橋の長さ:60.8m
 有効幅員:27.2m
 完成:2001年(H13)



一石橋左岸側から北70m程に貨幣博物館が在ります。日本銀行創立100周年を記念して1985年(S60)に開館した博物館で、国内外で流通した年代別の紙幣・硬貨などが展示されています。正式名称は日本銀行金融研究所貨幣博物館で、入場は無料、休館日は月曜日と年始年末。古銭や小判に金貨、流通紙幣の発番記号AA000001Aなど興味深い物が展示されていて面白かったです。所在:中央区日本橋本石町1-3-1。展示室内は残念ながら撮影禁止、お土産コーナー横に1億円パックが置いて在ります、勿論中身は偽物で、大きさと重さだけ体感出来ます(笑)。お土産に、お札せんべいを購入。因みに我が家の、お宝で一番高いのは昭和天皇陛下御即位記念10万円金貨、希少品は地方自治60年1000円銀貨の「岩手県24年」で、ウィーンで開かれた世界造幣局長会議のコイン・コンペティションで、「最も美しい貨幣」の受賞記念に1万枚が追加発行された奴で、倍率43倍で当選したものです。




貨幣博物館の前の建物が、1896年(M29)竣工の日本銀行本店です。国の重要文化財、東京の建築遺産50選に指定されています。所在:中央区日本橋本石町2-1-1。正面は木々で遮られて、判り難いデスね。手持ちの1986年(S61)に発行停止された旧千円札(伊藤博文)の裏側に描かれていましたので参考に載せます。


貨幣博物館の西側に一石橋の90m上流に架かる『#12常盤橋』が見えます。日本橋川左岸の中央区日本橋本石町と右岸の千代田区大手町とを結び、一般道が通ります。創架は1926年(S1)です。橋の上流右岸側に常盤橋公園が在りますが工事中で、近代経営の祖である「渋澤栄一像」だけ見られました。





 名称:常盤橋
 構造種別:2径間RCアーチ
 河口からの距離:1.9km
 橋の長さ:38.6m
 有効幅員:27m
 完成:1926(S1)



日本銀行の西側に常盤橋から90mの位置に、1877年(M10)に架けられた石造2連アーチの『常磐橋』が在るのですが、老朽化により来年まで解体復旧工事中です。現存する石橋では、都内で一番古く国の史跡に指定されています。創架は1590年(天正18)とも云われ、江戸でも最も古い橋で長さ17間(約31m)、幅6間(約11m)で、両国橋が架かるまでは江戸一の大橋だったそうです。因みに先程の下流の橋は常盤橋、此方は常磐橋で文字が異なります。


常盤橋の上流230m程に架かるのが『#13新常盤橋』で、日本橋川左岸の中央区日本橋本石町と右岸の千代田区大手町とを結び、都道407号丸の内室町線(江戸通り)が通ります。創架は1920年(T9)に路面電車の開通に合わせた、RC3連アーチでした。橋の側面を撮るポジションが見つかりませんね。



 名称:新常盤橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:2.1km
 橋の長さ:39.4m
 有効幅員:27m
 完成:1988年(S63)



新常盤橋の上流を塞ぐように架かるのが『#14 JR東北・上越新幹線橋梁』で、南600m程に在る東京駅まで東北新幹線が延長乗り入れたのが、1991年(H3)なので同時期の架橋と思われます。

 名称:JR東北・上越新幹線橋梁
 構造種別:3径間鈑桁
 河口からの距離:2.2km
 橋の長さ:約72m
 軌道:複線
 完成:1991年(H3)推定



東北・上越新幹線橋梁の上流隣に架かるのが『#15 JR在来線橋梁』で、手前から上野東京ライン、京浜東北線南行、山手線外回り、内回り、京浜東北線北行、中央本線が通る橋梁です。JR中央本線が1919年(T8)開通で同時期の架橋と推定、其の後に山手線や京浜東北線などが増設されています。在来線側は工事中で絵が撮れませんね。

 名称:上野東京ライン・京浜東北線・山手線・中央本線橋梁
 構造種別:1径間RCアーチ
 河口からの距離:2.2km
 橋の長さ:約72m
 軌道:8線
 完成:1919年(T8)推定



JR在来線橋梁の上流250m程に架かるのが『#15 NTT鎌倉橋専用橋』です。日本橋川左岸の千代田区内神田と右岸の千代田区大手町との間に位置し、NTT通信ケーブルなどが渡されています。

 名称:NTT鎌倉橋専用橋
 構造種別:1径間箱桁
 河口からの距離:2.5km
 橋の長さ:約35m
 有効幅員:約1m
 完成:不明



NTT鎌倉橋専用橋の上流隣に架かるのが『#16鎌倉橋』で、都道405号外濠環状線(外堀通り)が通ります。関東大震災の復興事業の一環として新たに架けられた橋で、徳川家康が江戸入城後に城壁や濠などの江戸城改修が行なわれ、川筋には鎌倉からの石材が陸揚げされるようになり、付近は鎌倉河岸と呼ばれ、橋名の由来になっています。



 名称:鎌倉橋
 構造種別:1径間RCアーチ
 河口からの距離:2.5km
 橋の長さ:30.1m
 有効幅員:22.6m
 完成:1929年(S4)



鎌倉橋の上流230mに架かるのが、今回終着地点の『#17神田橋』です。日本橋川左岸の千代田区内神田・神田錦町と右岸の千代田区大手町とを結び、一般道(日比谷通り)が通ります。先代の橋は木橋で、1923年(T12)の関東大震災で焼失し、震災復興事業で初めて鋼製の桁橋に架け替えられています。橋名は、北側一帯の地名である神田からの命名です。橋の両端が首都高速神田橋ランプの出入り口なので、側面からの絵が撮れませんね。



 名称:神田橋
 構造種別:3径間鈑桁
 河口からの距離:2.5km
 橋の長さ:36.7m
 有効幅員:33m
 完成:1980年(S55)



日本橋川は短い距離なので1日で完走出来ると思っていましたが、亀島川に架かる橋や少し遠い寺社などに寄った関係で、陽が陰り出しタイムアップです。なので、近くを走る東京メトロ千代田線の大手町駅から帰宅します。神田橋から右岸側南西280m程に平将門の首塚が在り、大手町駅方向なので序に寄ります。
将門塚は千代田区大手町にある史跡で、由緒案内によると、平将門が討ち取られ、首級が京都で晒されたものの、東国へ飛び去り武蔵国豊島郡芝崎(当地)へ落ち、村人により塚が築かれ埋葬されました。其の後、首塚は荒廃し、将門の御霊は怒り江戸の民に祟りをなす為、1307年(徳治2)に時宗二祖真教上人が江戸に行脚した折、将門に蓮阿弥陀佛という法号を追贈し、塚前に板石塔婆を立てて当地に在った日輪寺に供養、更に神田明神に霊を祀った事で将門の霊魂も鎮まり、此の地の守護神になったと云われています。所在:千代田区大手町1-2-1。


>>>後書き<<<
最近、不審メールの着信が増えているね、タイトルは巧妙で、○○銀行振り込み完了しました。宅配便集荷受付依頼完了。エアコンの修理見積もり受け取りました。などで必ずZIPファイルが添付されています。スパムメールなので、絶対に開いちゃダメですヨ。
次回は神田橋から遡上して、東京ガス専用橋、錦橋、一ツ橋、雉子橋、宝田橋、俎橋、南堀留橋までの紹介です。

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  1. 2016/07/07(木) 12:00:00|
  2. 日本橋川

Scene-276 日本橋川『NTT茅場橋専用橋、茅場橋、鎧橋、江戸橋水管橋、江戸橋、日本橋、西河岸橋』


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次回アップ予定:Scene-277 日本橋川『一石橋、常盤橋、新常盤橋、東北・上越新幹線橋梁、JR在来線橋梁、NTT鎌倉橋専用橋、鎌倉橋、神田橋』(07/07 12:00)
今回は湊橋水管橋から遡上して、NTT茅場橋専用橋、茅場橋、鎧橋、江戸橋水管橋、江戸橋、日本橋、西河岸橋までの紹介です。では、湊橋水管橋の上流260mに架かる『#04 NTT茅場橋専用橋』から紹介します。日本橋川左岸の中央区日本橋小網町と右岸の中央区日本橋茅場町との間に位置し、NTTの専用ケーブル類が渡されています。此の付近から日本橋川終端までは、川の流れを覆う様に頭上を首都高速道路が走り、青空が遮られてしまいます。なので、暗い橋の絵が続きますよ。因みに、此の首都高を地下に走らせて、日本橋川に青空を取り戻そうと云う運動が始まっています。5000億円以上は掛かるそうだけど、首都高は耐用年数から更新の時期でもあり、良いかもね。

 名称:NTT茅場橋専用橋
 構造種別:1径間箱桁
 河口からの距離:0.7km
 橋の長さ:約75m
 有効幅員:約1m
 完成:2012年(H24)



NTT茅場橋専用橋の上流隣に架かるのが『#05茅場橋』で、都道50号東京市川線(新大橋通り)が通ります。創架は1929年(S4)で、震災復興事業により架けられた桁橋でした。





 名称:茅場橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:0.7km
 橋の長さ:57.6m
 有効幅員:30m
 完成:1992年(H4)



茅場橋の左岸側から北東350mに茶ノ木神社が在ります。境内の由緒案内によると、此の土地は下総佐倉の城主大老堀田家の中屋敷で、屋敷神として祀られていました。社の周囲に巡られた土壌芝の上に丸く刈り込まれた、お茶の木が見事だった事からの社名です。1960年(S35)に地下鉄の計画路線にあり解体、地下鉄が完成後に新社殿を建立、1985年(S60)に布袋尊を遷座して、日本橋七福神の布袋尊としても信仰を集めています。祭神:倉稲魂大神、所在:中央区日本橋人形町1-12-10。狛狐は(H20)の建立です。




日本橋川に戻り、茅場橋の上流150mに架かるのが『#06鎧橋』で、日本橋川左岸の中央区日本橋小網町と右岸の中央区日本橋茅場町・日本橋兜町とを結び、一般道(平成通り)が通ります。由来碑によると、最初に架けられたのは1872年(M5)、当時此の近くに在った三井家などの豪商が木橋を架けたのが始まりです。其の後、1888年(M21)に鉄骨製のトラス橋に架け替えられています。右岸側の橋の袂に「鎧の渡し跡」が在ります。古くは江戸時代の元禄年間(1688~1704年)以来の絵図や地誌類にも記されていた渡し場で、鎧橋が架けられるまで存続していたそうです。渡し跡の手前のビルは1988年(S63)竣工の東京証券取引所本館です、会社に居た時に積み立てていた持ち株がどっさりと溜まっていますが、今年に入ってから暴落、元に戻るまで5年位待つしかないね、困ったもんだよ!





 名称:鎧橋
 構造種別:3径間ゲルバー桁
 河口からの距離:0.9km
 橋の長さ:56.7m
 有効幅員:19m
 完成:1957年(S32)



鎧橋から左岸沿いの道を200m程進むと、子網神社が在ります。恵心僧都が1466年(文正1)に稲荷大神を勧請、当時の領主であった太田道灌が小網山稲荷院万福寿寺と名付けたと云われ、慶長年間(1596~1616年)には院号に因み、周辺地域が小網町と名付けられたそうです。江戸期には浅草新寺町に在り、明治の神仏分離令によって分離、子網稲荷神社とした後、1869年(M2)に現在地に遷座、1873年(M6)村社に列格したと云われています。戦後の宗教法人化に伴い、名称は小網神社となりました。日本橋七福神の福禄寿・弁財天で、下町八社巡りの一社です。祭神:倉稲魂命(稲荷大神)、市杵島姫命(弁財天)、所在:中央区日本橋小網町16-23。




更に小網神社から日本橋川沿いの道を北西に280m程進むと、ビルの谷間にひっそりと佇む常盤稲荷神社が在ります。境内の由緒案内によると、室町時代中期の1457年(長禄1)に太田道灌が江戸城築城の際、京都伏見稲荷大神の分霊を祀り、常盤稲荷と名付け江戸城の守護神として勧請されたと云われています。其の後江戸時代には、日本橋魚市場内に移り、市場の守護神水神大神(罔象女神)を相殿に祀り、現在地に遷座しています。祭神:倉稲魂命、相殿:罔象女神、所在:中央区日本橋本町1-8付近。


常盤稲荷神社の南西120m、鎧橋の上流420m程に架かるのが『#07江戸橋水管橋』です。日本橋川左岸の中央区日本橋本町と右岸の中央区日本橋との間に位置し、都水道局の水道管(φ1000)が渡されています。頭上を通る首都高速の隙間から暖かい陽が射し込み、水管橋の上で休んでいるユリカモメも眠そうだね。



 名称:江戸橋水管橋
 構造種別:2径間パイプビーム
 河口からの距離:1.2km
 橋の長さ:約71m
 有効幅員:約1m
 竣工:1964年(S39)



江戸橋水管橋の上流隣に架かるのが『#08江戸橋』で、都道316号日本橋芝浦大森線(昭和通り)が通ります。創架は不詳ですが、江戸時代初期の1631年(寛永8)には、既に此の辺りに橋が在ったそうです。橋の付近で花や鳥などが撮れれば賑やかしで載せるのですが、何もないね。あっ、付近の立ち飲み処の壁に泣き面さしこのポスターが貼ってあったのでパチリ、此れで良いか(笑)。美人じゃないけど、人気あるよね、バラエティ能力が高いからかな?





 名称:江戸橋
 構造種別:2径間アーチ
 河口からの距離:1.3km
 橋の長さ:63.4m
 有効幅員:44.4m
 完成:1927年(S2)



江戸橋の上流230mに架かるのが『#09日本橋』です。左岸側に三井家の「三井」と創業時の「越後屋」から取った、三越が建っています。写真は2004年(H16)にリニューアルオープンした日本橋三越本店新館です。五街道の原点である日本橋は、明治以降も国道の起点として継承され、1972年(S47)に橋の道路中央部に道路元標が埋設されていて、東京市道路元標の脇に複製が設置されています。道路を挟んだ反対側は乙姫広場と呼ばれ、「日本橋魚市場発祥の地」の碑と乙姫像が立っています。魚市場は関東大震災で焼亡し、現在は築地に移転しています。此れが乙姫?お腹がポッコリと出た弟姫(おとひめ)だね、兄姫(えひめ)はどんな容姿なんだろ、想像するだけで怖いね(爆)。




日本橋は日本橋川左岸の中央区日本橋室町と右岸の中央区日本橋とを結び、橋の中央部を起点として南に国道1、15、20号、北に国道4、6、14、17号が伸びています。創架は1603年(慶長8)、橋には芸術的な麒麟像と東京市の紋章(東を象形)を持つ獅子像などが燈柱に装飾されています。因みに日本橋には、橋(8×4)=32頭の獅子が隠れていますので、興味がある人は探して見て下さい。燈柱上やアーチ部にも居るよ。







 名称:日本橋
 構造種別:2径間石造アーチ
 河口からの距離:1.5km
 橋の長さ:49.1m
 有効幅員:27.3m
 完成:1911年(M44)



日本橋の上流140m程に架かるのが、今回終着地点の『#10西河岸橋』です。日本橋川左岸の中央区日本橋室町と右岸の中央区日本橋・八重洲とを結び、一般道が通ります。創架は1891年(M24)の鋼製トラス橋でした。昔は、此の付近の右岸側を西河岸、左岸側は北河岸と呼ばれており、右岸側の旧地名である東京市日本橋区西河岸町が橋名の由来です。



 名称:西河岸橋
 構造種別:3径間鈑桁
 河口からの距離:1.6km
 橋の長さ:52m
 有効幅員:11m
 完成:1925(T14)



>>>後書き<<<
次回は西河岸橋から遡上して、一石橋、常盤橋、新常盤橋、東北・上越新幹線橋梁、JR在来線橋梁、NTT鎌倉橋専用橋、鎌倉橋、神田橋までの紹介です。

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  1. 2016/07/03(日) 12:00:00|
  2. 日本橋川

Scene-275 日本橋川『豊海橋、湊橋、湊橋水管橋、亀島川に架かる橋』


This best shot
 

次回アップ予定:Scene-276 日本橋川『NTT茅場橋専用橋、茅場橋、鎧橋、江戸橋水管橋、江戸橋、日本橋、西河岸橋』(07/03 12:00)
今回から『ぶらっと遡上探索』の第13弾、荒川水系の日本橋川編のスタートです。日本橋川は、東京都千代田区と文京区の境界に在る小石川橋で神田川から分流して南東へ流れ、中央区の永代橋付近で隅田川に合流します。流路延長約5km(下図の茶色ライン)と短い河川なので、5話完結編です。下流で分岐する亀島川(流路延長約1km:下図の黒色ライン)に架かる橋も併せて紹介しますね。


今回は河口から遡上して、豊海橋、湊橋、湊橋水管橋まで、そして下流で分岐する亀島川に架かる橋の紹介です。徳川家康が江戸に入府する前、東京丸の内周辺は「日比谷入江」と云う海で、此処に流れ込んでいた平川(昔の神田川)を江戸城の外濠に繋ぎ替え、さらに道三堀と呼ばれた隅田川へと結ぶ運河を開削し、日比谷入り江は埋め立てられました。明治以後に道三堀の西半分と外濠が埋め立てられ、残った流路が日本橋川です。
スタートの最寄り駅は東京メトロの茅場町駅、自宅から登戸・代々木上原経由で約1時間でした。茅場町駅から東側100mに分流である亀島川が流れているので、先に此方に架かる5橋梁を上流端から河口(隅田川)へ歩きながら紹介して、日本橋川の河口へ行きます。先ずは、茅場町駅から北東200m程に高潮発生想定時に閉められる日本橋水門が在ります。形式:鋼製単葉ローラーゲート、径間:15m×2連、門扉高さ:8.1m、竣工:1971年(S46)です。都心の川なので流れる水量が少なく、澱んでいる為に汚い薄緑色ですね。


日本橋水門の下流30m程に架かるのが『#05霊岸(れいがん)橋』で、亀島川左岸の中央区新川1丁目と右岸の中央区日本橋茅場町1丁目とを結び、都道10号線(永代通り)が通ります。橋名は旧地名の霊岸(巌)島に因んでの命名です。護岸でお休みの鳥は、ユリカモメですね。





 名称:霊岸橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:1km
 橋の長さ:55m
 有効幅員:33.8m
 完成:1985年(S60)



霊岸橋の下流220mに架かるのが『#04新亀島橋』で、亀島川左岸の中央区新川1丁目・2丁目と右岸の中央区日本橋茅場町2丁目・3丁目とを結び、一般道が通ります。右岸袂に立つ橋の由来碑によると、初代の架橋は1882年(M15)の木橋で、既に架かっていた下流の亀島橋に対して新を冠として命名しています。





 名称:新亀島橋
 構造種別:3径間鋼方杖ラーメン
 河口からの距離:0.8km
 橋の長さ:30.5m
 有効幅員:15m
 完成:1995年(H7)



新亀島橋から170m下流に架かり、橋の上流で左手に略直角に流れが変わるのが『#03亀島橋』で、亀島川左岸の中央区新川2丁目と右岸の中央区八丁堀1丁目・2丁目とを結び、一般道が通ります。橋の右岸袂に「堀部安兵衛武庸之碑」が建っています、赤穂浪士の一人、堀部 武庸(通称安兵衛)が此の地に住んでいた事を記念して立てられた碑です。





 名称:亀島橋
 構造種別:1径間鋼上路アーチ
 河口からの距離:0.6km
 橋の長さ:32.4m
 有効幅員:25.5m
 完成:1923年(T12)



亀島橋の下流230mに架かるのが『#02高橋(たかばし)』で、亀島川左岸の中央区新川2丁目と右岸の中央区八丁堀3丁目・4丁目とを結び、一般道(鍛冶橋通り)が通ります。赤穂浪士が討ち入り後の、凱旋時に通った橋の一つと云われています。創架は江戸時代前半の正保年間(1644~1647年)と伝えられており、江戸湊からの大型船の航行を妨げないよう、橋を高く架けた事が橋名の由来です。1882年(M15)に鉄橋に、1919年(T8)には3連アーチRC橋に架け替えられた記録が残っています。





 名称:高橋
 構造種別:1径間箱桁
 河口からの距離:0.4km
 橋の長さ:34.7m
 有効幅員:23.8m
 完成:1984年(S59)



高橋の下流220mに架かるのが、亀島川第一橋梁である『#01南高橋』です。亀島川左岸の中央区新川2丁目と右岸の中央区湊1丁目とを結び、一般道が通ります。橋の本体は隅田川に架かっていた、旧両国橋の中央トラス部分を移設したもので、車が通行出来る道路橋としては都内最古のトラス橋になり、中央区の区民有形文化財に登録されています。橋の左岸袂に徳船稲荷神社と云う祠が祀られています。元は、越前堀に在った福井藩主「松平家」の屋敷内に在ったものだそうです。海に近い場所なのか、珍しいカモの仲間も見られます、キンクロハジロ(金黒羽白)見たまんまの名前だね(笑)。高橋の下流50m程に亀島川水門が在ります。高潮発生想定時に閉められる水門で、形式:鋼製単葉ローラーゲート、径間:15m×2連、門扉高さ:8.3m、竣工:1969年(S44)です。







 名称:南高橋
 構造種別:1径間プラットトラス
 河口からの距離:km
 橋の長さ:63.1m
 有効幅員:11m
 完成:1932年(S7)



南高橋から隅田川右岸沿いに日本橋川方向へ移動します。隅田川に出ると中央大橋が見え、上流に永代橋が見えて来ます。永代橋、何とも云えない曲線が良いね!好きな橋の上位です。橋の下にカンムリカイツブリがいました。数枚撮ったところで潜られ、暫く探しましたが付近に浮上して来ません。橋の反対側に行かれたみたいなので、諦めます。




南高橋から北東600m程の位置に、日本橋川に架かる第一橋梁の『#01豊海(とよみ)橋』が架かっています。日本橋川左岸の中央区日本橋箱崎町と右岸の中央区新川1丁目とを結び、一般道が通ります。南海橋の袂に立つ由緒案内によると、創架は江戸時代の中期1698年(元禄11)で、其の後数回架け替えられ、関東大震災の復興事業として架橋された橋です。ベルギー人のフィーレンディールによる考案で、梯子を横倒しにした様な外観からトラス橋の一種とされる事があるが、格点部は剛結となっており、構造上はラーメン橋に分類されるそうです。此の橋も、中央区の区民有形文化財に登録されています。





 名称:豊海橋
 構造種別:1径間フィーレンディール
 河口からの距離:0.04km
 橋の長さ:46.13m
 有効幅員:8m
 竣工:1927年(S2)



豊海橋の上流350m程に架かるのが『#02湊橋』で、此の橋も日本橋川左岸の中央区日本橋箱崎町と右岸の中央区新川1丁目とを結び、一般道(湊橋通り)が通ります。橋の袂に立つ由緒案内によると、創架は江戸時代前期の1679年(延宝7)と伝えられており、橋名は此の辺りが「江戸湊」の出入口に当たる事からの命名です。湊橋の側面に飾られているメダリオンは、隅田川を頻繁に往来していた千石船(帆船)です。見えない所に飾るのが粋だね。





 名称:湊橋
 構造種別:3径間の上路式RCアーチ
 河口からの距離:0.4km
 橋の長さ:49.68m
 有効幅員:18.5m
 完成:1928年(S3)



湊橋の上流隣に架かるのが、今回終着地点の『#03湊橋水管橋』で、東京都水道局のφ400程の送水管が渡されています。



 名称:湊橋水管橋
 構造種別:1径間ランガー
 河口からの距離:0.4km
 橋の長さ:約46m
 有効幅員:約2m
 完成:1977年(S52)



>>>後書き<<<
次回は湊橋水管橋から遡上して、NTT茅場橋専用橋、茅場橋、鎧橋、江戸橋水管橋、江戸橋、日本橋、西河岸橋までの紹介です。

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  1. 2016/06/29(水) 12:00:00|
  2. 日本橋川

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