ぶらっと遡上探索

河川沿いの散策、橋と付近の名所を写真で紹介します。偶にSpotで色々と...

Scene-273 野川最終回『丸山橋、もみじ橋、一里塚橋人道橋、一里塚橋、不動橋、緑橋、あやめ橋、押切橋、無名橋、返仁橋』


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次回アップ予定:Scene-274 野川の纏め (06/21 12:00)
今回は無名橋から遡上して、丸山橋、もみじ橋、一里塚橋人道橋、一里塚橋、不動橋、緑橋、あやめ橋、押切橋、無名橋、返仁橋までの紹介で、『ぶらっと遡上探索』野川編の最終回です。今回も前回後半と同様な、しょぼい橋ばかりなので、彩鮮やかな庭園や有名な寺院で盛りましたので、少し話が長くなりますよ(笑)。先ずは、無名橋の上流210mに架かる『#98丸山橋』から紹介します。野川左岸の国分寺市東元町1丁目・2丁目と右岸の同じく国分寺市東元町1丁目・2丁目とを結び、一般道が通ります。道路が堤防高さよりも低い位置を渡っているので、橋の両端に陸閘(増水時の遮蔽門)が付いています。



 名称:丸山橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:17.9km
 橋の長さ:約6m
 有効幅員:約2m
 完成:不明



丸山橋の上流70m程に架かるのが『#99もみじ橋』で、野川左岸の国分寺市東元町2丁目と右岸の同じく国分寺市東元町2丁目とを結び、一般道が通ります。橋の右岸側脇に山門が建っています、傍に賃貸マンションが在り、其処のオブジェですね。山門の由来などは判りませんでした。



 名称:もみじ橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:18km
 橋の長さ:約9m
 有効幅員:約6m
 完成:1988年(S63)



もみじ橋左岸側から北200m程に都立の殿ケ谷庭園が在ります、殺風景な橋ばかりなので彩を求めに行きますか。園内は、国分寺崖線と呼ばれる段丘崖と、豊富な湧水を巧みに生かして築かれた、回遊式林泉庭園で1915年(T4)に江口定条の別荘として作庭されたものです。1929年(S4)に三菱財閥創業家の岩崎彦弥太が別邸として買い取り、洋風邸宅、数奇屋風の茶室(紅葉亭)などを追加、其の後1974年(S49)に東京都が買収、整備し4年後に有料庭園として公開しています。入口付近にリンゴの花が咲いていました。桜、桃と同じバラ科なので花は桜、蕾は桃に似ているね。園内にキクモモ(菊桃)、初めて見ました。桃の品種で、江戸時代に中国から入り観賞用に改良され、小さな実が付くけど食べられないそうです。園内に在る次郎弁天池も国分寺崖線からの湧水で造られています。馬頭観音は1824年(文政7)の建立で、市内に現存する11基の内の一つです。








竹の小径を通ると竹林に筍がニョキニョキと生えています。孟宗竹なので食べられるけど、育ち過ぎだね。早く採って入口で売れば良いのに、安ければ買うよ(笑)。トサミズキ(土佐水木)、ミズキ科ではなく、マンサク科だそうです。アヤメ科のシャガ、ランの種類のエビネにキエビネも咲いています。休園日:年末・年始、入園料:150円、所在:国分寺市南町2-16。




野川に戻り、もみじ橋の上流160mに架かる『#100一里塚橋人道橋』に行きます。此の橋も野川左岸の国分寺市東元町2丁目と右岸の同じく国分寺市東元町2丁目とを結ぶ、人道専用橋です。



 名称:一里塚橋人道橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:18.2km
 橋の長さ:約9m
 有効幅員:約1m
 完成:不明



一里塚橋人道橋の上流隣に架かるのが『#101一里塚橋』で、野川左岸の国分寺市東元町2丁目・南町3丁目と右岸の国分寺市東元町2丁目・3丁目とを結び、都道133号(国分寺街道)が通ります。6月なのに桜が満開ですけど、気にしないで下さい(笑)。



 名称:一里塚橋
 構造種別:2径間PC桁
 河口からの距離:18.2km
 橋の長さ:約10m
 有効幅員:約8m
 完成:不明



一里塚橋の斜め上流30mに架かるのが『#102不動橋』で、野川左岸の国分寺市南町3丁目と右岸の国分寺市東元町3丁目とを結び、一般道が通ります。一見、アーチ橋ですが鈑桁橋です。



 名称:不動橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:18.2km
 橋の長さ:約6m
 有効幅員:約1.5m
 竣工:1982年(S57)



不動橋の上流110mに架かるのが『#103緑橋』で、野川左岸の国分寺市東元町3丁目と右岸の同じく国分寺市東元町3丁目とを結び、一般道が通ります。此の橋にも陸閘が付いています。



 名称:緑橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:18.3km
 橋の長さ:約7m
 有効幅員:約4m
 完成:不明



緑橋の南に、「お鷹の道」が在り、550m進むと野川源流の一つである真姿の湧水や、武蔵国分寺などの名所が在りますので、かなり遠い寄り道をします。「お鷹の道」は江戸時代に、尾張徳川家が国分寺の村々を鷹狩り場に指定した事から名付けられた小道で、脇の水路にカラー(湿地性種)や、道端芝桜、道端花ダイコン、道端モクレンの道端三姉妹が咲いています(笑)。




道の途中に標識が在り、北に60m程進むと野川源流の一つである「真姿の湧水」が見えます。道の反対側に湧水が溜まって出来た池が在ります。平安時代の848年(嘉祥1)、玉造小町という美女が病にかかり顔が腫れてしまい、国分寺の薬師如来で願を掛けると、童子が現れ小町を此の池に案内し身を清める様にと云われ、其の通りにすると、たちどころに病気が癒え、元の美しい姿に戻ったと云う。其れから人々が此の池を「真姿の池」と呼ぶ様になったと云われ、池の奥に弁財天が祀られています。


「お鷹の道」を更に170m進むと、真言宗豊山派寺院の武蔵国分寺が在ります。741年(天平13)に聖武天皇の詔により、鎮護国家を祈願して創建された寺院で、1333年(元弘3)に多摩川河畔の分倍河原において勃発した、北条泰家率いる鎌倉幕府勢と新田義貞率いる反幕府勢とによる「分倍河原の戦い」で焼失し、1335年(建武2)新田義貞により薬師堂が再建されたと云われています。其の後衰退し、本堂が1733年(享保18)に再建され、現在の本堂は1987年(S62)の改築です。楼門は、元々は米津出羽守田盛の元菩提寺として建立された米津寺の楼門を1895年(M28)に移築した物で、国分寺市の重要文化財に指定されています。山号:医王山、院号:最勝院、本尊:木造薬師如来坐像(重要文化財)、所在:国分寺市西元町1-13-16。関東九十一薬師霊場の1番、多摩八十八ケ所霊場の29番です。




武蔵国分寺山門を出て、西50m程に仁王門が見えます。宝暦年間(1751~1764年)に建造された入母屋造りの八脚門で、国分寺市の重要文化財に指定されています。仁王門から石段を上がりきると1756年(宝暦6)頃に再建された薬師堂が在ります。仁王門から南100mの位置に国指定史跡の武蔵国分寺跡が在ります。




国分寺薬師堂の西隣に元町八幡神社が在ります。創建は不詳、江戸期には国分寺村の鎮守社だったと云われています。1871年(M4)村社に列格しています。祭神:誉田別尊(応神天皇)、所在:国分寺市西元町1-13-23。境内社:祓戸神社、榛名神社、鳥居は1892年(M25)、狛犬は1933年(S8)の建立です。




野川まで1km程戻り次の橋に行きます。緑橋の上流100mに架かるのが『#104あやめ橋』で、此の橋も野川左岸の国分寺市東元町3丁目と右岸の同じく国分寺市東元町3丁目とを結ぶ、人道専用橋です。此の橋にも陸閘が付いていますね。



 名称:あやめ橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:18.4km
 橋の長さ:約6m
 有効幅員:約2m
 竣工:1984年(S59)



あやめ橋から上流20mに橋が2つ見えますが、個人宅の玄関に繋がる私設橋ですね。橋の廻りでパチパチ撮っていると不審者通報されそうなので、遠くから1枚だけ撮って、詳細はパスしておきます(笑)。更に、120m先で野川は都道145号(多喜窪通り)の暗渠を潜ります。


都道145号の暗渠を出て、250m程上流に架かるのが『#105押切橋』です。野川左岸の国分寺市泉町1丁目と右岸の同じく国分寺市泉町1丁目とを結び、一般道が通ります。



 名称:押切橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:18.8km
 橋の長さ:約6m
 有効幅員:約4m
 完成:不明



押切橋から上流130mで野川はJR中央本線軌道下の暗渠を潜り、源流が在る日立製作所中央研究所の敷地内に入ってしまいます。では、日立の敷地内へ行きますか。野川の左岸側は国分寺崖線のせいで、急な階段や坂が多いですね。中央本線を跨ぐ花沢橋を渡り、中央研究所へ向かいます。




てっ云うか、そんな簡単に会社の敷地内に入れる訳ないよね。実は、日立製作所中央研究所内の庭園は武蔵野の自然の森が残る環境で、春と秋の2回だけ地域社会への貢献として庭園を一般開放しています。今年は4/3日と11/13日。と云う事で、4月に見学済ですので、其の内容にタイムバックします。
当日の天気は小雨のち曇りで、残念ながら青空が見えませんでしたが、雨だと公開中止だったので、良しとしましょう。JR国分寺駅から6分で開門10時前に付くと、既に50名程並んでいました。少し進むと、橋が架かっていますが、野川に架かる最後の橋なので後で紹介します。橋を渡り、突き当りに白い建物が見えます。小平記念館と云うそうで、創業者の小平浪平氏に関する建物です。庭園の中程に大きな池が在ります。名前は大池?正解です(笑)。池の周りに四季を彩る樹木が配置されており、桜が見頃です。秋は紅葉が楽しめそうですね。1箇所、湧水口の案内板が在り、斜面から綺麗な水がチョロチョロと流れています、大池に流れ込む湧水は全体で1分間に200~500ℓの水量だそうで、何箇所もの湧水や伏流水が大池に集まります。




此処の中央研究所は1942年(S17)の創立で、総面積207,000m2(東京ドームの約4.5倍)、其の内の約45%が緑地で樹木数が約120種類、27000本も在るそうです。創業者社長の小平浪平氏は、「よい立ち木は切らずに、よけて建てよ」と、元ある景観を出来るだけ残すよう伝えました。その言葉に従い、武蔵野の森が守られてきたそうです。では、大池の端に行き、野川遡上の続きです。JR中央本線軌道下の暗渠入口から35m程に『#106無名橋』が架かっています。橋の先は立ち入り禁止ロープが張られ、橋の側面からの絵が撮れません。



 名称:無名橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:19.2km
 橋の長さ:約6m
 有効幅員:約2m
 完成:不明



無名橋の上流隣に大池からの放流樋管が在り、此処からの最終放流量は季節変動がありますが、1分間に400ℓ~1万ℓで、此処からの放流水が野川を形成しています。無名橋から上流410m程に架かるのが、野川最上流に架かる『#107返仁橋』で、研究所から入った時に渡った橋です。残念ながら、橋の両脇も立ち入り禁止なので、側面の絵が有りません。あっけない幕切れですが、此処で『ぶらっと遡上探索』の野川編を完走として終わります。



 名称:返仁橋
 構造種別:不明
 河口からの距離:19.6km
 橋の長さ:約20m
 有効幅員:約4m
 完成:不明



>>>後書き<<<
野川から少し離れている名所などを紹介した関係で長文になりましたが、最後までご覧戴きありがとうございました。野川は都内市街地を流れる河川としては、珍しく自然が豊富で楽しめる散策が出来、満喫出来ましたね。次回は野川の纏め(野川に架かる橋 107)の紹介です。

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  1. 2016/06/17(金) 12:00:00|
  2. 野川

Scene-272 野川『貫井新橋、弁天橋、西之橋、鞍尾根橋、長谷戸橋、長谷戸橋人道橋、平安橋、無名橋』


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次回アップ予定:Scene-273 野川最終回『丸山橋、もみじ橋、一里塚橋人道橋、一里塚橋、不動橋、緑橋、あやめ橋、押切橋、無名橋、返仁橋』(06/17 12:00)
今回は坂下橋から遡上して、貫井新橋、弁天橋、西之橋、鞍尾根橋、長谷戸橋、長谷戸橋人道橋、平安橋、無名橋までの紹介で、最初は坂下橋の上流230mに架かる『#90貫井新橋』からの紹介です。野川左岸の小金井市貫井南町4丁目と右岸の同じく小金井市貫井南町4丁目とを結び、一般道が通ります。橋の脇に黄色い綺麗な花が満開です、初めて見る花です。後でググルと雲南黄梅と云う中国原産の花で、名前に梅が付いていますが、梅では無く、ジャスミンの仲間だそうです。でも、花に香りは殆ど有りませんよ、中国らしいね(笑)。





 名称:貫井新橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:16.8km
 橋の長さ:約16m
 有効幅員:約4m
 完成:1999年(H11)



貫井新橋の80m上流に架かるのが『#91弁天橋』で、此の橋も野川左岸の小金井市貫井南町4丁目と右岸の同じく小金井市貫井南町4丁目とを結び、一般道が通ります。





 名称:弁天橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:16.8km
 橋の長さ:約16m
 有効幅員:約6m
 完成:2000年(H12)



弁天橋左岸から北に70m行くと、真言宗豊山派寺院の真明寺が在ります。1559年(永祿2)に尭音法師により開山、阿闍梨海宥が1569年(永禄12)に中興、1678年(延宝6)に尊祐法師が現在地へ移転させたと云われています。山号:貫井山、院号:妙音院、本尊:大日如来像、所在:小金井市貫井南町3-8-4。多摩八十八ケ所霊場の30番です。左隣に在る貫井神社前の石段を上がって行くと、不動堂が在ります。




真明寺が別当だった貫井神社が隣に在ります。本殿造営記念碑によると、創建は1590年(天正18)で、水神を貫井弁財天として祀られ、神仏分離令により1875年(M8)に厳島神社と改称。後に貫井村一之久保鎮座の貫井神社を合祀して貫井神社と改称しています。祭神:市杵島姫命、大己貴命、所在:小金井市貫井南町3-8。本殿は1709年(宝永6)の建造物でしたが、1985年(S60)に焼失し、翌年に再建。鳥居は1980年(S55)の建立です。先程の不動堂の手前に境内社の愛宕神社、奥に八雲神社が在ります。








野川に戻り、弁天橋の上流100m程に架かるのが『#92西之橋』で、此の橋も野川左岸の小金井市貫井南町4丁目と右岸の同じく小金井市貫井南町4丁目とを結び、一般道が通ります。





 名称:西之橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:16.9km
 橋の長さ:約17m
 有効幅員:約4m
 完成:2002年(H14)



西之橋から150m上流に架かるのが『#93鞍尾根橋』で、此処から源流までは国分寺市に入り、野川左岸の小金井市貫井南町4丁目・国分寺市南町1丁目と右岸の同じく小金井市貫井南町4丁目・国分寺市南町1丁目とを結び、一般道が通ります。野川の両岸に並んでいた散歩道も自然も、此の鞍尾根橋から上流は姿を消し、殺風景な住宅地を縫う様に流れています。





 名称:鞍尾根橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:17.1km
 橋の長さ:約13m
 有効幅員:約5m
 完成:2004年(H16)



鞍尾根橋の上流360m程に架かるのが『#94長谷戸橋』です。オール、コンクリートで固められた野川、味気ないですね。野川左岸の国分寺市南町・東元町と右岸の国分寺市東元町とを結び、一般道が通ります。



 名称:長谷戸橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:17.4km
 橋の長さ:約6m
 有効幅員:約5m
 完成:不明



長谷戸橋の上流に並んで架かるのが『#95長谷戸橋人道橋』で、文字通り人道専用橋です。



 名称:長谷戸橋人道橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:17.5km
 橋の長さ:約5m
 有効幅員:約1.5m
 完成:不明



長谷戸橋人道橋の160m上流に架かるのが『#96平安橋』です。両岸に民家が並び、護岸を拡張出来ない為、コンクリート製の切梁で護岸が崩れないようにしています。野川左岸の国分寺市東元町1丁目と右岸の同じく国分寺市東元町1丁目とを結び、一般道が通ります。



 名称:平安橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:17.6km
 橋の長さ:約7m
 有効幅員:約4m
 完成:1967年(S42)



平安橋の120m上流に入口が施錠された鈑桁橋が見えます。此の橋も野川左岸の国分寺市東元町1丁目と右岸の同じく国分寺市東元町1丁目とを結び、対岸の農地へ耕運機などを運び入れる私有橋で、『#97無名橋』としておきます。



 名称:無名橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:17.7km
 橋の長さ:約6m
 有効幅員:約2m
 完成:不明



先程の無名橋が今回終着地点の橋なのですが、右岸側から南130mに平安神宮が在りますので、其処に寄ってから終わりにします。境内の由緒案内によると、創建年は1849年(嘉永2)。祭神の菊理媛神は別名「白山媛」と云われ、加賀の白山頂上に白山比咩神社として祀られている女神です。此の分霊を祀った事から白山社と称し、1848年(嘉永1)に再建されたと云われています。其の後、1946年(S21)に平安神社に改称しています。祭神:菊理媛命、所在:国分寺市東元町1-29-20。狛犬は1968年(S43)の建立です。




>>>後書き<<<
前回に引き続き、料理の蔵出し整理です(笑)。カイワレなどのスプラウトは好きで良く買いますが、最近は色々な種類が増えていますね。空芯菜のスプラウトを鮭とシラスなどと混ぜて冷やし中華、彩も良くクセが無くて旨いです。レッドキャベツのスプラウト、此れも良いね。鶏胸肉をパリパリに炒めてスプラウトをパラパラと、元がキャベツなので甘みも少し有ります。次にアルファルファ、マメ科ウマゴヤシ属の牧草だそうです。パックの中にギュウギュウに詰まっていて、取り出すと3倍程に膨らみ使い応えがあります。歯触りはシャキシャキだけど味は無味、アルカロイドも多く青臭くて、どちらかと云うとマズイね、牛さんも好きでは無いそうです(笑)。


キャベツも沢山出て来たね、1玉は多いので半玉を買って、炒めながら始末。鶏胸肉をカリカリに炒めてキャベツと合体炒め、普通に旨いです(笑)。余りは炒飯行きですね。挽肉を炒めて肉味噌にしたキャベツ炒め、其のままでも御飯に掛けてもイケテます。


新ジャガも旨そう、皮付きでチン茹でしてから表面に塩バターで焼きを付け、豚バラと人参炒めと合体。水菜と茹で海老と一緒にサラダ盛りです。ジャーマンポテトも良い調味料が在り、簡単に出来るね。ん~ビールに最適だね(笑)。最後は塩焼きそば、キャベツにピーマンだけでも良かったんだけど、少し寂しいので茹で海老を追加召集、1UP(ワンアップ)しましたね。


次回は無名橋から遡上して、丸山橋、もみじ橋、一里塚橋人道橋、一里塚橋、不動橋、緑橋、あやめ橋、押切橋、無名橋、返仁橋までの紹介で、『ぶらっと遡上探索』野川編の最終回です。

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  1. 2016/06/13(月) 12:00:00|
  2. 野川

Scene-271 野川『新前橋、大城堀橋、前原野川橋、西之台橋、豊住橋、大城橋、荒牧橋、貫井大橋、坂下橋』


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次回アップ予定:Scene-272 野川『貫井新橋、弁天橋、西之橋、鞍尾根橋、長谷戸橋、長谷戸橋人道橋、平安橋、無名橋』(06/13 12:00)
今回は丸山橋から遡上して、新前橋、大城堀橋、前原野川橋、西之台橋、豊住橋、大城橋、荒牧橋、貫井大橋、坂下橋までの紹介です。では、丸山橋の上流110mに架かる『#81新前橋』から行きます。野川左岸の小金井市前原町3丁目と右岸の小金井市前原町3丁目・4丁目とを結び、都道15号(小金井街道)が通ります。





 名称:新前橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:15.6km
 橋の長さ:約23m
 有効幅員:約9m
 完成:1987年(S62)



新前橋の上流90mに架かるのが『#82大城堀橋』で、野川左岸の小金井市前原町3丁目と右岸の同じく小金井市前原町3丁目とを結び、一般道が通ります。





 名称:大城堀橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:15.7km
 橋の長さ:約22m
 有効幅員:約5m
 竣工:1985年(S60)



大城堀橋の上流80m先で、野川は小金井市立前原小学校の校庭下を流れる、約140m長の暗渠(カルバート)へと消えて行きます。川岸の散歩道をコサギが歩いています、魚が捕れず、お腹が空いたのでバッタかカマキリが居ないか探しているんだそうです。グルメだね(笑)。


小学校下の暗渠から左岸側北西200mに神明宮が在ります。上小金井前原町の産土神で、境内の由緒記念碑によると、1581年(天正9)の創建と伝えられています。1909年(M42)に小金井神社に合祀されたが、戦後の1947年(S22)に元の場所に復帰再建されたそうです。祭神:天照皇大神、所在:小金井市前原町3-15-18。鳥居は1960年(S35)、狛犬は1998年(H10)の奉納です。鳥居は道路を跨ぐ様に建っていて、前後に高さ制限用のガードが付いています。何回か、トラックにヤラレタみたいですね。




神明宮から前原小学校の裏手に廻り、暗渠入口に行きます。川辺では、学生ぽっいお兄さんが鞄を枕にして寝ています、ポカポカ天気なので、気持ち良さそうですね。


暗渠入口から100m、大城堀橋の上流320m程に架かるのが『#83前原野川橋』で、野川左岸と右岸の都営小金井市前原町3丁目アパート間を繋ぐ一般道が通ります。此の辺りから満開の桜並木が続いていて気分爽快です。てっ云うか、ストック分なので、でしたですね。現在、梅雨に入っていて遡上散策が出来ないけど、こう云う時の為のストックなので広~い目で見て下さい。





 名称:前原野川橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:16.1km
 橋の長さ:約18m
 有効幅員:約4m
 竣工:1987年(S62)



前原野川橋の上流80mに架かるのが『#84西之台橋』です。此の橋も野川左岸と右岸の小金井市前原町3丁目間を繋ぎ、一般道が通ります。





 名称:西之台橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:16.1km
 橋の長さ:約15m
 有効幅員:約4m
 完成:1996年(H8)



西之台橋右岸側から南西140mに上宮大澤神社が在ります。当地の大澤氏によって祀られた神社です。大澤氏の先祖、藤原外記壽治は、天慶年間(938~947年)平将門の乱鎮圧の為、征東大将軍藤原忠文の祐筆として従軍、下野国関宿より、真満・茂原を経て当地に土着した人物です。祭神:天児屋根命、所在:小金井市貫井南町2-1-24。




野川に戻り、西之台橋の上流30mに架かるのが『#85豊住橋』で、此の橋も野川左岸と右岸の小金井市前原町3丁目間を繋ぎ、一般道が通ります。





 名称:豊住橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:16.2km
 橋の長さ:約15m
 有効幅員:約4m
 完成:1993年(H5)



豊住橋から40m上流に架かるが『#86大城(だいじょう)橋』で、此の橋も野川左岸と右岸の小金井市前原町3丁目間を繋ぎ、一般道が通ります。それにしても80mも無い区間に橋が3橋梁とは、多過ぎだろ!両岸の分譲住宅とセットなのかな?(笑)。両岸の桜並木は此処で一旦、終わりになります。





 名称:大城橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:16.2km
 橋の長さ:約m
 有効幅員:約m
 完成:1995年(H7)



大城橋の上流165mに架かるのが『#87荒牧橋』です。野川左岸の小金井市貫井南町2丁目と右岸の小金井市前原町3丁目・貫井南町2丁目とを結び、一般道が通ります。





 名称:荒牧橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:16.4km
 橋の長さ:約14m
 有効幅員:約4m
 完成:1994年(H6)



荒牧橋の上流90mに架かるのが『#88貫井大橋』です。野川左岸の小金井市貫井南町2丁目と右岸の同じく小金井市貫井南町2丁目とを結び、都道248号(新小金井街道)が通ります。



 名称:貫井大橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:16.5km
 橋の長さ:約23m
 有効幅員:約20m
 完成:1994年(H6)



貫井大橋から70m程上流に架かるのが、今回終着地点の『#89坂下橋』で、野川左岸の小金井市貫井南町2丁目・4丁目と右岸の同じく小金井市貫井南町2丁目・4丁目とを結び、一般道(池の上通り)が通ります。





 名称:坂下橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:16.5km
 橋の長さ:約18m
 有効幅員:約5m
 完成:1997年(H9)



>>>後書き<<<
野川遡上も残り2回で終了ですが、橋の数が多くてブログスペースに中々空きが出ませんね。なので、料理ストックがドッサリと溜まってしまいましたので、少し整理します(笑)。コンロ周りの掃除は、月1程でゴトクも外して徹底的にやりますが、どうせ掃除するなら粉と油まみれになる揚げ物の出番ですね(爆)。春菊に蓮根、南瓜にかき揚げ、ドッサリと揚げて翌日からは天丼や天蕎麦が続きます。


天婦羅の衣は途中で足りなくなると悲惨なので、多めに溶くので必ず余ります。なので、余った衣は卵を追加して、お好み焼きで始末、結構旨いですよ。蓮根も余ったので、ハンバーグをサンドしてカレーにトッピング、シャキシャキの食感が良いね。カレーの残りは蕎麦汁で伸ばして、蕎麦屋風の華麗うどんです。


豚カツは、殆どカツ丼か閉じ煮にしますが、今回はオサレにトマトソース掛けにしました。大蒜を炒めてトマトソースを混ぜるだけ、豚カツがサッパリと美味しく頂けますね。エリンギは茸のなかでも安価なので良く使います。塩胡椒、バターで炒めて炒飯や拉麺の具として活躍しています。今回使用した皿と丼は珍しく全て違いますが、内4つは100均物で、アレとコレとソレとコイツですヨ(笑)。



6月5日の安田記念、やられました。モーリス(2着)からマルチ流しでロゴタイプ(1着)も押さえたけど、フィエロ(3着)が抜けてしまいました。フィエロは前日最終レースで騎乗予定のルメールが負傷した為、乗り替わりになっており、予定通りにルメールが乗っていれば買っていたのにな。残念でした。今月26日の宝塚記念が終わると、ローカルの夏競馬になるので、秋のGⅠまで暫くお休みですね。


次回は坂下橋から遡上して、貫井新橋、弁天橋、西之橋、鞍尾根橋、長谷戸橋、長谷戸橋人道橋、平安橋、無名橋までの紹介です。

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  1. 2016/06/09(木) 12:00:00|
  2. 野川

Scene-270 野川『箭真舳橋、小金井新橋、中前橋、天神橋、丸山橋』


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次回アップ予定:Scene-271 野川『新前橋、大城堀橋、前原野川橋、西之台橋、豊住橋、大城橋、荒牧橋、貫井大橋、坂下橋』(06/09 12:00)
今回は西武多摩川線二枚橋川橋梁から遡上して、箭真舳橋、小金井新橋、中前橋、天神橋、丸山橋までの紹介です。前回バスにて、調布駅経由で帰りましたが、最寄り駅の新小金井駅なら西武線経由が近いね。なので、JR南武線の南多摩駅で下車、多摩川に架かる是政橋を渡って西武線是政駅から新小金井駅に到着、約30分でした。では、新小金井駅から野川に向かってスタートします、途中に後期石器時代の遺跡が線路脇に在りました。国際基督教大学(ICU)は、此の崖線の中頃に位置し、現在構内に35ケ所の遺跡が確認されています。此処が15番遺跡で、ナイフ形石器などが発見されたそうです。


西武多摩川線二枚橋川橋梁から180m程上流左岸側に東町排水樋管が在ります。更に140m進むと、野川左岸の小金井市東町と右岸の府中市多磨町とに架かる、人道専用橋の『#76箭真舳(やまべ)橋』です。超難しい読みです。箭は矢の古い字で、舳は へさき(船首)ですね。野川と平行する国分寺崖線には多くの古代遺跡がみられ、船型埴輪に見られる方形の舟をイメージしたのかな?良く判りません。橋の右岸側にはイロハモミジが並んでいて、モミジの赤い蕾が開こうとしています。開花した後は、種もちゃんと出来ますよ。







 名称:箭真舳橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:14.2km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約3m
 完成:1985年(S60)



箭真舳橋の上流220m程に水棲昆虫や稚魚の棲み処であるビオトープが設けられています。100m上流に中町排水樋管があります、後ろに見えるピンク色の木は、多分 桃色だから桃だね(笑)。右岸側は武蔵野公園で川沿いに枝垂れ桜が並んでいます、枝垂れ桜は濃い赤色のほうが綺麗ですね。サトザクラも在りました。此方はプレートが付いていて「一葉」と云う、サトザクラの園芸品種とあります。少し進むと左岸側に堤防高さを1m程低くした、越流堤が100m続いています。野川が増水した時の洪水低減施設です。






越流堤の先に箭真舳橋から540m程に架かる『#77小金井新橋』が見えます。野川左岸の小金井市中町と右岸の小金井市前原町とを結び車は渡れそうですが、橋の廻りが車両進入禁止になっているので人道専用橋になります。橋脇にレンギョウ(連翹)と花桃が満開です。







 名称:小金井新橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:14.7km
 橋の長さ:約27m
 有効幅員:約3m
 完成:1988年(S63)



小金井新橋の上流390mに架かる『#78中前橋』へ行きます。川岸の枝垂れ桜が綺麗なので、川岸に降りて散策です。対岸に三脚を構えた人が桜方向を狙っています。ホーホケキョと鳴き声がするのでホトトギスが狙いの様です、唯、声はすれども姿見せずで、代わりにカルガモをパチリして先に進みます。川岸に花咲く雑草も見られます。オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢)、可愛い花なのに、可愛そうな名前です(笑)。ムラサキケマンも咲いています。自宅のプランターにも生えていて、結実した実を触ると鞘が下から高速でクルクルと巻き上がりながら種を飛び散らし、彼方此方に増殖してしまいます。中前橋下に来ましたが、上に上がる階段が対岸には見えますが、ぬぬ、右岸側には在りませんね。取り敢えず橋下から撮ってから、非常口?の梯子で上がり柵を乗り越えます、お子ちゃまはマネしちゃダメですよ(笑)。




中前橋も野川左岸の小金井市中町と右岸の小金井市前原町とを結び、一般道が通ります。





 名称:中前橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:15.1km
 橋の長さ:約22m
 有効幅員:約3m
 竣工:1977年(S52)



中前橋左岸側から北西200mに小金井神社が在るので寄ります。上小金井村・下小金井村・小金井新田の鎮守社で、境内の由緒案内によると、創建は1205年(元久2)武蔵国開拓の当時、里人が天満宮を奉祀したのが始まりで、1751年(宝暦1)に本殿を改築、拝殿は1889年(M22)の竣工です。明治維新に天満天神と改称、1870年(M3)に小金井の里の総鎮守として小金井神社に改称しています。祭神:菅原道真公、所在:小金井市中町4-7-2。境内社:稲荷神社、熊野神社、大鷲神社、鳥居は1839年(天保10)、脇鳥居は1959年(S34)、鳥居前の狛犬は1880年(M13)、拝殿前の狛犬は1986年(S61)の建立です。








野川に戻り中前橋の上流280m程に架かる『#79天神橋』に行きます。野川左岸の小金井市中町と右岸の小金井市前原町とを結び、一般道が通ります。橋の右岸側に「前原遺跡」の史跡案内が立っています。此の遺跡は1975年(S50)に河川改修工事で発掘されたもので、旧石器時代(約12000~3000万年前)の異なった時期の生活面が重層的に発見され、多数の石器や礫群と呼ばれる石焼き料理場の跡が多数出土したそうです。近くの地域地図を見ると前原遺跡は直ぐ傍なので見に行きましたが住宅地で、遺跡の欠片も在りませんでした。橋の際まで桜がせり出して橋の絵が撮り難いなぁ。嬉しい悲鳴です(笑)。







 名称:天神橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:15.4km
 橋の長さ:約22m
 有効幅員:約4m
 竣工:1978年(S53)



天神橋左岸側から北260m程に浄土真宗本願寺派寺院の西念寺が在ります。境内の寺縁起によると、1617年(元和3)本願寺第12世法主准如上人が江戸浜町に浜町御坊を建立し、其の末寺として1621年(元和7)釈宗練法師により開基されましたが、1657年(明暦3)に起きた有名なる振袖火事で類焼、別院と共に築地に移転しています。其の後の関東大震災にて再び堂宇、古記録等悉く烏有に帰し、区画整理の為、1928年(S3)に現在地に移転しています。山号:雲龍山、本尊:阿弥陀如来像、所在:小金井市中町4-11-10。


野川に戻り、天神橋の上流180mに架かるのが今回終着地点の『#80丸山橋』です。野川左岸の小金井市中町・前原町と右岸の小金井市前原町とを結び、右岸側に在る多磨霊園に繋がる霊園通りが通ります。





 名称:丸山橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:15.5km
 橋の長さ:約27m
 有効幅員:約6m
 竣工:1979年(S54)



>>>後書き<<<
稲城市の広報からイベント情報などが入るように携帯に設定してあり、ホタルの鑑賞案内が届いたので行って来ました。場所は上谷戸大橋の下を流れる上谷戸(かさやと)川に造られた親水公園です。ボランティア団体がホタルのえさになるカワニナを繁殖させ、ゲンジボタルの幼虫を放流しており、都内で数少ないホタルが見られる場所です。夜間撮影は苦手で、バルブ機能が無いカメラで四苦八苦、15秒開放で何とか撮れたのが数枚。なので、寄せ集めて合成して見ました(笑)。ホタルは実際に目で見た方が感動しますね。序にスーパーマーズもデジタルズームで目一杯に、風があり少し揺らいでいますけど、火星ぽっく撮れました。


次回は丸山橋から遡上して、新前橋、大城堀橋、前原野川橋、西之台橋、豊住橋、大城橋、荒牧橋、貫井大橋、坂下橋までの紹介です。

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  1. 2016/06/05(日) 12:00:00|
  2. 野川

Scene-269 野川『泉橋、富士見大橋、樫橋、櫟橋、桜橋、柳橋、水木橋、紅葉橋、なら橋、くり橋、二枚橋、西武多摩川線二枚橋川橋梁』


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次回アップ予定:Spot-32 那須『塩原温泉』(06/01 12:00)
今回は御狩野橋から遡上して、泉橋、富士見大橋、樫橋、櫟橋、桜橋、柳橋、水木橋、紅葉橋、なら橋、くり橋、二枚橋、西武多摩川線二枚橋川橋梁までの紹介です。先ずは、御狩野橋の上流130mに架かる『#64泉橋』から紹介します。野川左岸の三鷹市大沢2丁目と右岸の三鷹市大沢6丁目とを結ぶ、野川公園内の人道専用橋です。因みに野川公園の前身は、国際基督教大学が運営するゴルフ場で、1974年(S49)都に売却されています。





 名称:泉橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:12.6km
 橋の長さ:約22m
 有効幅員:約3m
 竣工:1971年(S46)



泉橋の190m上流に架かるのが、野川公園を横切る唯一の幹線道路の都道14号(東八道路)が通る、『#65富士見大橋』です。野川左岸の三鷹市大沢2丁目・3丁目と右岸の三鷹市大沢6丁目とを結んでいます。右岸側の公園に枝振りの良い桜が並んでいて、桜の下にはママチャリ軍団が宴の最中、昼間から飲んでないよね?





 名称:富士見大橋
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:12.8km
 橋の長さ:約31m
 有効幅員:約27m
 完成:1967年(S42)



富士見大橋左岸側から東450m程に在る、大澤八幡神社に行きます。東八道路との交差点を過ぎた辺り、火の見櫓の脇に高さ10m程の大木が聳えて紫の花が咲いています。初めて見る花なので、帰宅してから{紫の花が咲く木}で検索。ジャカランダと云う木の花に似ているけど、葉の形が全然違うね。{ジャカランダに似た花}で再検索。出ました!桐です。へ~、桐の木なんて見た事無いし、こんな綺麗な花が咲くのか!勉強になりました。


50m程先に大澤八幡神社の鳥居が見えて来ます。大沢村の守護神として、慶長年間(1596~1615年)前回紹介の古八幡社の地に創建され、1616年(元和2)に僧長祐が長久寺の開山と同時に八幡社を当地近くに遷座、大澤村の鎮守になりました。1871年(M4)村社に列格、東京天文台の建設により1917年(T6)遷座、更に中島飛行機製作所の建設により現在地に1973年(S47)遷座しています。祭神:應神天皇、所在:三鷹市大沢3-7-15。境内社:稲荷社、天満社、青龍権現、二ツ塚神社。狛犬は1924年(T13)の建立です。






野川に戻り、富士見大橋の上流60m程に架かるのが『#66樫(かしのき)橋』で、野川公園内の人道専用橋です。此処から6橋梁程は同じ造りで、架橋年も全て1971年(S46)完成の大量生産です。橋の間隔も100~200m程で、こんなに沢山必要なのかと思うでしょ。冒頭に書いた様に、ゴルフ場跡なのでホール間の移動用の橋だったと思われます。因みに、樫橋の左岸側は上流方向へ5、4、3番ホールと続いていたそうです。





 名称:樫橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:12.9km
 橋の長さ:約23m
 有効幅員:約2m
 完成:1971年(S46)



樫橋の上流100mに架かるのが『#67櫟(くぬぎ)橋』で、此方も野川公園内の人道専用橋です。先程の橋から8橋梁、木の名前の橋が続きますよ。櫟って読めなかったな。昔は、楽 一文字でクヌギと呼んでいたそうで、蚕が家で飼われる以前は、クヌギの葉を食べる天蚕のマユから糸を作っていて、白はドングリ、左右のチョンチョンは蚕の糸を表し、其の後、楽しいが一般に使われるようになった為、木へんを付けて櫟になったそうです。以上、役に立たない雑学でした(笑)。





 名称:櫟橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:13km
 橋の長さ:約25m
 有効幅員:約3m
 完成:1971年(S46)



櫟橋の上流290mに架かるのが『#68桜橋』で、此方も野川公園内の人道専用橋です。石垣にハナニラにヒメオドリコソウ、おっ、なんちゃってゼンマイだ(笑)、正式名はベニシダです。ゼンマイやワラビと同じシダ類だけど、ベニシダは食べられませんヨ!







 名称:桜橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:13.3km
 橋の長さ:約30m
 有効幅員:約3m
 完成:1971年(S46)



桜橋の上流100m程に架かるのが『#69柳橋』、此方も野川公園内の人道専用橋です。柳橋の下にマガモとコサギ、ハクセキレイが「アレッ、未だ桜が咲いているね、今日は何日だっけ?」、内緒ですヨ(汗)。此の後、6橋梁で終わりますが、特に面白い事は書いていないので↓キーで、すっ飛ばして下さい(笑)。





 名称:柳橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:13.4km
 橋の長さ:約22m
 有効幅員:約2m
 完成:1971年(S46)



柳橋の上流190m程に架かるのが『#70水木橋』で、此方も野川公園内の人道専用橋です。





 名称:水木橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:13.6km
 橋の長さ:約23m
 有効幅員:約2m
 完成:1971年(S46)



水木橋の上流60mに架かるのが『#71紅葉(もみじ)橋』で、此方も野川公園内の人道専用橋です。



 名称:紅葉橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:13.6km
 橋の長さ:約23m
 有効幅員:約2m
 完成:1971年(S46)



紅葉橋の上流120mに架かる竹色の橋が『#72なら橋』で、此方も野川公園内の人道専用橋です。橋名はひらがなです。近くに少年キャンプ場が在り、楢は、お子ちゃまが読めないからね。





 名称:なら橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:13.8km
 橋の長さ:約24m
 有効幅員:約2m
 完成:1971年(S46)



なら橋の上流25mに架かるのが『#73栗橋』で、此方も野川公園内の人道専用橋です。





 名称:栗橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:13.8km
 橋の長さ:約28m
 有効幅員:約4m
 完成:1971年(S46)



栗橋の上流隣に架かるのが『#74二枚橋』です。野川左岸の小金井市東町と右岸の同じく小金井市東町とを結び、一般道が通ります。二枚橋の由来には悲しい恋の物語があります。名主の息子と貧しい娘が恋仲になったが親の反対の末、野川の一本橋から身を投げ、其の霊が大蛇に姿を変えたそうです。其の後、二本の橋に見える幻の橋になって人を惑わし、渡った人が落ちて溺れる事故が続き、供養の為に一本橋を二枚に割った橋に架け替えたそうです。





 名称:二枚橋
 構造種別:1径間鈑桁
 河口からの距離:13.8km
 橋の長さ:約28m
 有効幅員:約7m
 完成:1971年(S46)



二枚橋の上流40m程に架かるのが今回終着地点の『#75西武多摩川線二枚橋川橋梁』です。付近に二枚橋川と云う川は無く、二枚橋橋梁の間違いかと思いますが、橋梁銘版に二枚橋川橋梁となっているので、其のままで紹介します。個人的には野川橋梁が良いね。左岸側の西武多摩川線新小金井駅と右岸側の多磨駅との間に位置しています。陽も陰りだしたし、遡上の区切りが良いので、二枚橋から300m程に在るバス停から帰ります。





 名称:西武多摩川線二枚橋川橋梁
 構造種別:1径間PC桁
 河口からの距離:13.8km
 橋の長さ:約33m
 軌道:単線
 竣工:1972年(S47)



>>>後書き<<<
次回は急遽差し替えで、那須『塩原温泉』のSpot紹介です。

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  1. 2016/05/28(土) 12:00:00|
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